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師匠~。もう帰りませんか? -
もう弱音を吐くのか、アリウス。ダークステイツの名高い「魔石」を見てみたいと言ったのはお前だろうが。 -
(あーんなこと言わなきゃ良かった……) -
これしきの登攀でまったく情けないのう。 -
師匠は楽ですよね!そうやってムーンバックに乗っかっていれば頂上までひとっ飛びですから。僕はなんでこんなものすごい岩壁を一人でよじ登らなきゃならないんですか!? -
まだ気づかぬか。いつもの山登りに比べて楽であろうが。 -
? あっ、あれ?そういえばマスクごしでも呼吸が楽なような……。 -
そうであろう。この一帯はダークステイツには珍しく瘴気が薄いのだ。 -
ダークステイツといえば「今日も朝から曇りの暗い空。夜も瘴気の厚い層が低空まで垂れこめて渦巻いているでしょう」が定番ですね。 -
気象学の天気予報とやらか。あいかわらず小難しい言い方をする。 -
この濃い瘴気の正体は“魔力”だと師匠はおっしゃっていましたね。瘴気とは惑星クレイを包む運命力が具現化したものだとも。 -
ほう、よく覚えていたな。ダークステイツの暗黒地方は、惑星クレイでも特に魔力が集中する場所だ。よって古代より魔法や魔法生物が栄え、魔王たちが覇権を争ってきた。 -
それが、なんでここだけ薄いんですか? -
その原因が「魔石」だ。この一帯には古くから「虹の魔竜」と呼ばれるドラゴンが棲息している。 -
虹の魔竜?聞いたことありませんけど。 -
お前も今はダークステイツ国籍なのだから、自分の国のことはもっと学ばねばなぁ。 -
はーい……。 -
虹の魔竜は伝説の竜の一族だ。彼らはダークステイツに渦巻く瘴気を、虹色に輝く魔石に変えることができた。一帯の瘴気が薄くなるほど大量に。 -
へぇ~、すごい価値がありそう。お宝ざっくざくですね。 -
値段もつけられん。というのもこの魔石は純粋な魔力の結晶体であるために、魔法の素材としても非常に価値があるのだ。魔術師ならずとも、何に変えても喉から手が出るほど欲しいものだ。 -
それがこの山の中にあると? -
正確に言うと虹の魔竜の巣の中に、な。虹の魔竜はちょっと変わったドラゴンでな。本気になれば魔王を凌駕するほど強いと言われているのに、興味があるのはこの魔石と“寝ること”のみ。何千年もな。 -
(千年寝たろうドラゴン?) -
無礼者めが。この山の主に聞こえたら後が怖いぞ。さて、そんな虹の魔竜も唯一、本気になることがある。 -
(いやな予感がする) -
それは魔石の安全が脅かされること。巣に侵入されること。むろん魔石を盗むなどもってのほかだ。愚かな盗賊どもはことごとく虹の魔竜の吐く炎で消炭となり果てた。 -
あの……師匠、さっきからドラゴンさんが僕らの周りを旋回しているんですが。 -
おぉ、衛兵役が来たか。テリトリーを侵す不届き者を警戒しているのだ。あれは成体になりかけだな。吐く炎はオレンジ色。熱いぞ。 -
怖っ。ね、ねぇ師匠、なんで落ち着いているんですか!? -
私はずっと以前に訪ねたことがあるからな。顔見知りなのだ。彼らが警戒しているのは“お前”だ、アリウス。 -
えぇ~っ!!ちゃんとドラゴンさん達に伝えてくださいよ。僕もドロボーじゃないって! -
はて、この地方の竜語はしばらく使っておらぬからなぁ。うまく喋れるかどうか。 -
師匠~、そこを何とか! -
仕方ない、そこで待っておれ。くれぐれも岩壁から手を離さぬようにな。行くぞ、むーちゃん! -
よ、よろしくお願いしまーす……うぅぅ。
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