ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
“銃と我が身を砂に横たえ”
それは俺たちが砂漠銃士と呼ばれていた頃からの常套句だ。
砂と風が支配するこの世界では退屈に耐えられなくなったヤツから先に死んでゆく。
ドラゴンエンパイアの中央南部、"竜の顎"と呼ばれる山脈によって周囲と隔絶された広大な砂漠には名前がない。部外者は恐れをこめて俺たちは誇りをもって、ただこう呼ぶ。
『危険地帯』と。
陽が中天に差し掛かる頃、オレは朝から二度目の給水をしていた。
ほぼ正午、と計ったものの熱砂に潜っている間、時の経過とはあくまで感覚的なものでしかない。
多機能型の腕時計などを持ち込むものもいるが、ほとんどが最初に捨ててしまう。自然から感じ取る体感時間と機械が刻む時間との差に気づくと、後者は邪魔でしかないことを悟るからだ。
「そしていまオレは竜の舌の上に横たわってる、というわけだ」
オレは狭く薄暗いねぐらの中で独り言ちた。
ねぐら──状況によってはこの狭い空間の中で何日も過ごすことになる──は人一人がかろうじて寝られる程度の浅く掘った砂に、迷彩防熱布を砂釘で留めただけのものだ。ちなみに砂釘は土や岩に打ち込むものとは違い、軽くて砂を噛みやすいものがいい。なぜかは後でわかる。
"竜の顎"に話を戻そう。
三千年ほど昔、ここ一帯は多くの川が流れ込む広大な湖沼地帯だったそうだ。
言い伝えによれば「ドラクマの業火」なるものによって、豊かな水が一瞬にして干上がり、後に砂漠化したのだという。
大空を飛ぶものの目から見れば、この砂漠一帯を縁取る山々は西の海に向かって大口を開ける竜の顎の形をしている。砂に潜っていないとき、運搬獣や恐竜の背に揺られる長い移動の間、オレは飽くことなく地図を見続ける。紙の地図には広大な世界の有り様が詰まっているからだ。こうして右目を閉じていると、オレがこれまでに旅したドラゴニア大陸の、そしてまだ見ぬ国々の形をありありと思い浮かべることができる。
退屈に耐えられなくなったヤツに待つのは死。
これは真実だ。
オレが地図の旅を楽しむように、他の連中もそれぞれ楽しみを持っている。絵を描くもの、縫物をするもの、火薬を配合し弾丸を造り続けるもの。退屈との戦い、砂と風との戦い。最大の敵は孤独であり、最大の味方もまた孤独なのだ。
音とも言えない音がした。
オレは“獄炎”を引き寄せた。
湖を干上がらせた魔竜の異名をつけた愛銃、正式名称はヒエルHFR40GDSデザートスペシャル。我がドラゴンエンパイアの伝説的な銃工ヒエルが生涯最後に残した逸品であり、彼の工廠による永久完全保証つき。俺の腕と同じ長さ、重さに至っては常人では持ちあげることさえ難しいジャジャ馬、オレの唯一無二の親友だ。最後の時にはオレと一緒に埋めてほしい、と連中にも言ってある。
パパパパ・パパパパ!
軽快に刻む銃声が空気を震わせた。バートの二丁拳銃。2つ制圧。残る標的が慌てふためく様子が伝わってくる。長くかかった待ち伏せが功を奏したと確信する。
タタタ・タタタ・タタタ!!
つづいてナイジェルの点射3連。突撃銃が標的を正確に捕らえ、3つ制圧。
ババババババババ!!ババババババババ!!
強装弾をこめたランドールの機関拳銃が火を噴いた。片手ずつの連射で計6つ制圧……いや今、砂に倒れたので7つ制圧か。今回の標的──密輸団ビヒットのメンバーは12人との情報だ。連中も少しはやるようになったようだな、“獄炎”を抜くまでもなく掃討とは。オレは瞑目したまま、3人の分け前を少し積んだ。
ゴォォォォ!!
咆哮が乾ききった砂漠の空気に轟き、オレは右目を見開いた。
密輸団ビヒットの荷は違法獣といわれている。国をまたぐ貿易が禁止されているダークステイツの危険な動物を、ドラゴンエンパイア国内の物騒な連中に売り飛ばして荒稼ぎしているのだ。オレが今回の賞金首を優先させたのは稼ぎのためだけではない。オレたちの旅を危うくする違法獣貿易を潰す必要を感じたからだ。例えばこんな……
ゆるく留めた迷彩防熱布を跳ね上げるとオレは素早く立ち上がり、“獄炎”を持ち上げた。
名匠による銃は腕に馴染み、もはやオレの一部のようだ。
振り向くと、想像通りの光景が広がっていた。
密輸団の荷車が内側から破壊されている。
手前には散開して馬車から退避しつつあるバート、ナイジェル、ランバート──俺たち砂塵の銃士の面々。
そして地面に降り立ち炎を吐いて咆哮している巨大で奇怪な獣、キメラだ。これほど強力な存在を普通の檻で閉じ込めておけるなどと密輸団のバカどもは何故信じたのだろう。
「伏せろ、テメェら!!」
オレは腹から声をあげた。連中にはその一言で伝わる。3人はためらうことなく身を伏せた。
ド!!ド!!ドン!!
轟音3射。オレは構えた“獄炎”を左斜め上に撃った。
はるか前方、キメラの獅子の顔が歪む……笑ったようだった。
自分を狙う人間が見当違いな方向に銃を撃った、それともそれは威嚇のつもりか、とこの行為自体をあざ笑うだけの知恵はあるようだった。
だが次の瞬間──
獅子の頭、山羊の胴体、毒蛇の尻尾が爆発した。
“獄炎”が放つ対魔獣閃光榴弾は銃口から放たれた時から、名匠ヒエルの半科学半魔法といわれる再現不能の機構によって、弾丸自体が狩人と化す。
どこに向けて撃とうとも、オレが狙う場所に寸分の狂いもなく、もっとも有効なダメージを与える。
キメラだったそれは地響きをたてて砂に倒れた。
完了。今度こそ。
オレは砂塵の銃士たちに起き上がるよう合図を送って、今日三度目の水をあおった。
昼下がりの砂漠。真っ青な空を背景に、黒い煙があがってゆく。折からの風が強く吹き始めた。
すべては埋もれ、存在した跡形さえ無くなるだろう。
やがてオレが銃と我が身を横たえる、熱く暗い砂の中に。
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
砂塵の銃士
デザートガンナーとも呼ばれる、ドラゴンエンパイアの遊撃部隊「なるかみ」の地上戦力。航空戦力サンダードラゴンと共に、電光石火のスピードで敵を殲滅する。天輪聖紀が始まる前、ドラゴンの多くが眠りについていた無神紀には、彼らが砂漠地帯の治安と防衛を支えてきた。
雷光を帯びた魔銃を相棒とし、歴戦の勇士には、砂と一体化する秘術を用いる者もいる。
キメラ
合成獣。多くの場合、禁断の科学実験や魔術によって生まれる。哺乳類に爬虫類を組み合わせたものなど、本来まったく異なる種が一つの生き物になった獣のことをこう呼ぶ。
----------------------------------------------------------
それは俺たちが砂漠銃士と呼ばれていた頃からの常套句だ。
砂と風が支配するこの世界では退屈に耐えられなくなったヤツから先に死んでゆく。
ドラゴンエンパイアの中央南部、"竜の顎"と呼ばれる山脈によって周囲と隔絶された広大な砂漠には名前がない。部外者は恐れをこめて俺たちは誇りをもって、ただこう呼ぶ。
『危険地帯』と。
陽が中天に差し掛かる頃、オレは朝から二度目の給水をしていた。
ほぼ正午、と計ったものの熱砂に潜っている間、時の経過とはあくまで感覚的なものでしかない。
多機能型の腕時計などを持ち込むものもいるが、ほとんどが最初に捨ててしまう。自然から感じ取る体感時間と機械が刻む時間との差に気づくと、後者は邪魔でしかないことを悟るからだ。
「そしていまオレは竜の舌の上に横たわってる、というわけだ」
オレは狭く薄暗いねぐらの中で独り言ちた。
ねぐら──状況によってはこの狭い空間の中で何日も過ごすことになる──は人一人がかろうじて寝られる程度の浅く掘った砂に、迷彩防熱布を砂釘で留めただけのものだ。ちなみに砂釘は土や岩に打ち込むものとは違い、軽くて砂を噛みやすいものがいい。なぜかは後でわかる。
"竜の顎"に話を戻そう。
三千年ほど昔、ここ一帯は多くの川が流れ込む広大な湖沼地帯だったそうだ。
言い伝えによれば「ドラクマの業火」なるものによって、豊かな水が一瞬にして干上がり、後に砂漠化したのだという。
大空を飛ぶものの目から見れば、この砂漠一帯を縁取る山々は西の海に向かって大口を開ける竜の顎の形をしている。砂に潜っていないとき、運搬獣や恐竜の背に揺られる長い移動の間、オレは飽くことなく地図を見続ける。紙の地図には広大な世界の有り様が詰まっているからだ。こうして右目を閉じていると、オレがこれまでに旅したドラゴニア大陸の、そしてまだ見ぬ国々の形をありありと思い浮かべることができる。
退屈に耐えられなくなったヤツに待つのは死。
これは真実だ。
オレが地図の旅を楽しむように、他の連中もそれぞれ楽しみを持っている。絵を描くもの、縫物をするもの、火薬を配合し弾丸を造り続けるもの。退屈との戦い、砂と風との戦い。最大の敵は孤独であり、最大の味方もまた孤独なのだ。
音とも言えない音がした。
オレは“獄炎”を引き寄せた。
湖を干上がらせた魔竜の異名をつけた愛銃、正式名称はヒエルHFR40GDSデザートスペシャル。我がドラゴンエンパイアの伝説的な銃工ヒエルが生涯最後に残した逸品であり、彼の工廠による永久完全保証つき。俺の腕と同じ長さ、重さに至っては常人では持ちあげることさえ難しいジャジャ馬、オレの唯一無二の親友だ。最後の時にはオレと一緒に埋めてほしい、と連中にも言ってある。
パパパパ・パパパパ!
軽快に刻む銃声が空気を震わせた。バートの二丁拳銃。2つ制圧。残る標的が慌てふためく様子が伝わってくる。長くかかった待ち伏せが功を奏したと確信する。
タタタ・タタタ・タタタ!!
つづいてナイジェルの点射3連。突撃銃が標的を正確に捕らえ、3つ制圧。
ババババババババ!!ババババババババ!!
強装弾をこめたランドールの機関拳銃が火を噴いた。片手ずつの連射で計6つ制圧……いや今、砂に倒れたので7つ制圧か。今回の標的──密輸団ビヒットのメンバーは12人との情報だ。連中も少しはやるようになったようだな、“獄炎”を抜くまでもなく掃討とは。オレは瞑目したまま、3人の分け前を少し積んだ。
ゴォォォォ!!
咆哮が乾ききった砂漠の空気に轟き、オレは右目を見開いた。
密輸団ビヒットの荷は違法獣といわれている。国をまたぐ貿易が禁止されているダークステイツの危険な動物を、ドラゴンエンパイア国内の物騒な連中に売り飛ばして荒稼ぎしているのだ。オレが今回の賞金首を優先させたのは稼ぎのためだけではない。オレたちの旅を危うくする違法獣貿易を潰す必要を感じたからだ。例えばこんな……
ゆるく留めた迷彩防熱布を跳ね上げるとオレは素早く立ち上がり、“獄炎”を持ち上げた。
名匠による銃は腕に馴染み、もはやオレの一部のようだ。
振り向くと、想像通りの光景が広がっていた。
密輸団の荷車が内側から破壊されている。
手前には散開して馬車から退避しつつあるバート、ナイジェル、ランバート──俺たち砂塵の銃士の面々。
そして地面に降り立ち炎を吐いて咆哮している巨大で奇怪な獣、キメラだ。これほど強力な存在を普通の檻で閉じ込めておけるなどと密輸団のバカどもは何故信じたのだろう。
「伏せろ、テメェら!!」
オレは腹から声をあげた。連中にはその一言で伝わる。3人はためらうことなく身を伏せた。
ド!!ド!!ドン!!
轟音3射。オレは構えた“獄炎”を左斜め上に撃った。
はるか前方、キメラの獅子の顔が歪む……笑ったようだった。
自分を狙う人間が見当違いな方向に銃を撃った、それともそれは威嚇のつもりか、とこの行為自体をあざ笑うだけの知恵はあるようだった。
だが次の瞬間──
獅子の頭、山羊の胴体、毒蛇の尻尾が爆発した。
“獄炎”が放つ対魔獣閃光榴弾は銃口から放たれた時から、名匠ヒエルの半科学半魔法といわれる再現不能の機構によって、弾丸自体が狩人と化す。
どこに向けて撃とうとも、オレが狙う場所に寸分の狂いもなく、もっとも有効なダメージを与える。
キメラだったそれは地響きをたてて砂に倒れた。
完了。今度こそ。
オレは砂塵の銃士たちに起き上がるよう合図を送って、今日三度目の水をあおった。
昼下がりの砂漠。真っ青な空を背景に、黒い煙があがってゆく。折からの風が強く吹き始めた。
すべては埋もれ、存在した跡形さえ無くなるだろう。
やがてオレが銃と我が身を横たえる、熱く暗い砂の中に。
了
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
砂塵の銃士
デザートガンナーとも呼ばれる、ドラゴンエンパイアの遊撃部隊「なるかみ」の地上戦力。航空戦力サンダードラゴンと共に、電光石火のスピードで敵を殲滅する。天輪聖紀が始まる前、ドラゴンの多くが眠りについていた無神紀には、彼らが砂漠地帯の治安と防衛を支えてきた。
雷光を帯びた魔銃を相棒とし、歴戦の勇士には、砂と一体化する秘術を用いる者もいる。
キメラ
合成獣。多くの場合、禁断の科学実験や魔術によって生まれる。哺乳類に爬虫類を組み合わせたものなど、本来まったく異なる種が一つの生き物になった獣のことをこう呼ぶ。
----------------------------------------------------------
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡