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短編小説「ユニットストーリー」
004「豪儀の天剣 オールデン」
ケテルサンクチュアリ
種族 ヒューマン
カード情報
 漆黒の空から猛烈な勢いで降下した“雲”が地上スレスレではじけると、それは煌めく鎧に身を包んだ騎士の姿になった。
「我、《豪儀の天剣 オールデン》。天上の騎士クラウドナイトの名の下、首都の治安を維持する者。罪あらばひざまずけ!」
 剣を杖に身構えた若き騎士の大音声だいおんじょうに、路上を駆けていた賊ばら・・・の動きは凍りつく。
「天空の法の下に!」
 相手がただちに恭順の姿勢をとらないのを看て取ると、オールデンは正面に剣を掲げ戦闘開始に備えた。


 ケテルサンクチュアリ。
 かつて英雄アルフレッドによって興され、神聖国家ユナイテッドサンクチュアリと称されていたこの国は、その在り様を大きく変えている。
 ケテルサンクチュアリは実質2つの国を指す。
 ひとつは多くの人間が住む、地上の旧ユナイテッドサンクチュアリ地方。かつて栄華を極めた聖都セイクリッド・アルビオンは荒廃し、そのほとんどが廃墟となっている。
 もう一つが地上を支配する首都──天空に浮かぶ巨大な島「ケテルギア」である。
 ケテルサンクチュアリの地上の住民たちが、盗賊団や魔獣の襲撃に怯えながら、日々の糧のために汗を
流しているのに対し、地上の領主から納められる収穫物と魔力によって豊かな生活を送る天空の都ケテルギアの住民たちには内外の敵に対する守り手が存在する。すなわち天上騎士団《クラウドナイツ》である。

 その夜、警邏パトロール中のオールデンがその異変に気が付いたのは天空通信網クラウドネットに入った警告アラートだった。
「ブロック32。治外侵入者による強盗の通報。負傷者なし。付近のクラウドナイトは急行されたし」
 すぐさまオールデンを含む数人の騎士が応答した。
「ブロック32だと……」
 まとった《クラウド》の進路を変えようとして、オールデンはつぶやいた。
 オールデンの鎧は、神聖魔術によって作られた雲上の霧を周囲に発生させ、空を自在に飛行することができる。これによりケテルギアのどこにいてもすぐさま駆け付けることができる。天上の騎士クラウドナイトと呼ばれる一つの理由だ。
「そんなハズはないだろう」
 天空の浮島ケテルギアの西北、ブロック32は動力発生部エネルギープラントエリアとなっている。あるものと言えば発動機と動力パイプ、魔法変換炉くらいなもの、なにを島外に持ち出すにしても盗みを働くには不向きだ。
「オールデン、ブロック6に向かう。警戒準備行動」
 本部の返信を待たずに、オールデンは32とは正反対にあたるブロック6、居住地区へと進路を向けた。背負った大剣が風を切り、白い軌跡が夜空に鮮やかな弧を描く。
 オールデンは代々続く騎士の家系に生まれた。
 旧ユナイテッドサンクチュアリの時代、ブラスター兵装が使われていた頃にまで遡れると彼の祖父は言う。
 天上の騎士クラウドナイトはケテルサンクチュアリでも最も栄誉ある騎士団である。当然、入団の資格・審査は厳しく地上人のオールデンにとってはとてつもない難関であった。祖父も父も、法と秩序の守り手にあこがれた20歳の若者が、その狭き門を突破したことを喜び、財産をなげうって天空へと送り出してくれた。この点、オールデンはケテルギア生まれのエリートとは違う。だが地上生まれゆえに機転が利き、貧しさを知るがゆえに気骨があった。ゆえに“地上生まれ”はオールデンにとってむしろ誇らしいあだ名だった。
「……やはりな」
 オールデンの眼下に広がる住宅地、規律正しく規則通りに暮らすこの一帯の住民ではあり得ない深夜に、街路に蠢く影が複数あった。
「ブロック6、不審者発見。確保に向かう」
 急降下。まとった《クラウド》を解きつつオールデンは街灯が照らす島の地面へと降り立ったのだった。

「天空の法の下に!」
 影は4つ。魔物か亜人類か。その正体にもよるがオールデンの天剣──翼の意匠が施されたこの両手剣は天空の島ケテルギアで鍛えられたものだ──ならば、ものの二息で斬り伏せられよう。
 暗がりからそっと彼の名が呼ばれた。
「オールデン」
 今度は若き天上の騎士クラウドナイトが凍りつく番だった。その声には聞き覚えがあったからだ。
「ハントなのか」
 オールデンの声はかすかに震えた。地上にいた頃、同じ村で育ち、野山で遊んだ少年がいま強盗として目の前にいる。
「いい作戦だと思ったんだけど、おまえじゃ相手が悪い。同じ手使ってたもんな、畑の芋いただく時にさ」
「何を盗んだ」
 かつての幼なじみは背に負っていた袋を投げ出した。他の影もそれに倣う。ハントと違うのはこの三人が短刀を抜いていることだ。ケテルギアの法は厳しい。天空への不法侵入に窃盗が加われば地上に帰る望みはほぼ無い。となれば抵抗する側も必死にならざるをえない。
「宝石だよ。此処ここらに住む連中が何よりも好きなもの。国の隅々にまで手を伸ばして奪い集めた俺たち庶民の財産だ。けどな、一度奪ってしまえば闇市場じゃ硬貨より足が付きにくいのさ。地上のものは地上に返す。これであいこ・・・だ」
「……。それがおまえの正義か。そんなやり方で天空と地上に公平がもたらされるのか」
「わかんねぇだろうよ、おまえには。俺たちがどんな惨めな生活をしてるのか」
「知っている。オレの家も貧しかったから」
 天上の騎士クラウドナイトは束の間、地上の人間に戻ったようだった。
「それはどうかなぁ、オールデン。ご近所でも自慢の息子だもの。ボロ屋に住んでもいい顔してるぜ、おまえんの家族はさ。反抗人レジスタンスにならざる得ない俺らとは違う」
 オールデンとハントは動かない。3つの影も動けなかった。
「な、ここはひとつ見逃してくれないか。同郷のよしみってヤツで」
「無理だ」オールデンは即答する。
「じゃ斬るか」
「いいや。捕らえて裁きの場に連れてゆく」
「真面目だな。ホント昔と変わってねぇ」
 後ろの三人が慌てだした。
 周囲の家々で灯りが点き出している。まもなく応援の騎士たちも駆けつけてくるだろう。
「荷を持って逃げろ。ここは俺が何とかする」
 ハントが言うなり、三人はハントの分までかっさらって走り去った。宝石の袋とは別に賑やかな音を立てているものはおそらく密造した軽量の飛行器具だろう。それは地上からはるか天空まで昇るにはあまりにも心許ない装備だった。ハントたち盗賊は文字通り命がけで天空の都市へとたどり着いたのだ。
 オールデンの顔が曇った。どこに行こうと天上の騎士クラウドナイトとその追及からは逃げ切れない。虚しい抵抗だった。
「どうしてもダメかい」とハント。
 返答がわりにオールデンは剣の構えをゆっくりと斜めに移した。あたりの空気が虹の光彩を帯びて輝く。
 それは一族に伝わる豪儀の構え。相手が動いた瞬間に渾身の力で斬り下ろす。ただ一撃に魂を込めて。
 ──。
 誰ひとり、割って入ることのできない睨み合いが、続いた。
 そして──。
「わかった。やっぱりお前にゃかなわん」
 ハントは後ろ手に隠し持っていた2挺の手斧をからりと捨てた。
 その気があれば抜く手も見せず研ぎ澄ました斧の刃がオールデンを襲っていたはず。ハントは地元で敵なしの投げ斧の達人だった。
 進み出たオールデンは黙ったまま魔法の捕縛綱で友人の手を束ねた。
「投げたら斬ってたか、俺を」
「斧は叩き斬る。おまえには罪を償わせる」
「だろうな」
 ハントは顔を伏せ、オールデンは空を見上げた。
 惑星クレイの鮮やかな夜空を背に《クラウド》をまとったき天上の騎士たちクラウドナイツが二人の若者のもとに降りてきた。




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《今回の一口用語メモ》
 天上の騎士(クラウドナイト)
 ケテルサンクチュアリの最高議決機関、円卓会議を占める6クランのひとつロイヤルパラディン。その誉れある第1騎士団、天上騎士団クラウドナイツに所属するのが天上の騎士クラウドナイトである。
 ロイヤルパラディンは、法と秩序の守護者であり、国家と人々を守るため犯罪者や反乱勢力を取り締まる。
天上騎士団クラウドナイトは、天空の島「ケテルギア」の守護と治安を維持し、その任務を誇りとしている。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡