ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
ブラントゲートは雪と氷ばかりの冷たい国だと他人は言う。だったら、
「見せてやるわっ、この闘いを!」
あたしは左側面の崖から転げ落ちてくる乾いた大岩を左腕で砕き、瓦礫を払いのけながら叫んだ。
「ブラントゲート生まれでも熱い心を持ってるのよ!……うっ!」
背後から爆風が襲った。
“対地マイクロミサイル、後方至近に着弾”
警告がけたたましく鳴り響く。
今のあたしの身体に比べれば、小指ほどの大きさだけど、その威力は大きい。
つんのめった姿勢を素早く立て直し、あたしは両手のハンドキャノンを構え直した。
残る敵は正面と右に一人ずつ。どちらも地形の影に隠れている。
ヘッドホンから湧き上がる歓声。
あたしは戦う!今日も勝ってみせる!
この深紅の陸戦用人型機動兵器グラナロート・フェアティガーを駆って──!
ノヴァグラップルは惑星クレイの極寒の国ブラントゲートの人気イベント。武器・魔法・超能力使用無制限の格闘競技だ。
生身のレスラーから、あたしたちのような人型機動兵器乗り、果ては宇宙戦艦までを含めた闘士のことを「ノヴァグラップラー」と呼ぶ。(何も殴る蹴るばかりが格闘じゃないからね)
ノヴァグラップルの歴史は古い。
クレイ歴紀元前何千年からとも言うし、ほかの宇宙で行われていた──知っての通りノヴァグラップラーにはエイリアンもたくさんいる──ことも考えると(何と)何十億年も前から既に行われていた、という説もある。
まぁこんな養成所の講義みたいな話はともかく、ノヴァグラップルの舞台は地上、海中、空中、そして宇宙空間まで及ぶ。そしてフェアティガーは人型機動兵器の地上戦用モデル。もともとは宇宙戦用として伝説的な戦果で知られた“蒼き戦士”がモデルになっているらしい。地上なら湧きあがる土埃と岩を砕く爆炎、宇宙戦なら青く輝く惑星クレイを背景に暗闇を引き裂くビーム、輝くロケット噴射、乱れ飛ぶ対機ミサイルが描く網目の軌跡、球状に広がる爆光ってイメージかな。人型機動兵器バトルは。
さぁて視点を地上──今あたしが戦っている闘技場「ノヴァグラップル5000」に戻そう。
「ノヴァグラップル5000」は人型機動兵器専用ステージ。
南極大陸にあるブラントゲート本国とは違って、飛び地の旧ダークゾーン地方にあるため、ここの寒冷化はそれほど進んでいない。だから、
「出てきなさいっ!」
あたしはフェアティガーを右にホバリングさせながら、肩のミサイルランチャーから2発を正面にぶっ放した。着弾すると乾燥してもろくなった土壌に爆発が起きる。煙幕状に砂塵が広がったのを確認して、あたしはフェアティガーを停止させレーザー照準で3発ハンドキャノンを撃った。
手ごたえあり!
左腕を損傷したクレイモア型人型機動兵器が煙を割って突撃を試みてきた。白兵戦に持ち込もうとするその狙い自体は悪くない。
が、これを予期していたあたしのフェアティガーはひらりと避け、勢いあまったクレイモアの足を払い、突っ伏す形で地面に叩き伏せた。あたしはクレイモアの背中を踏みつけると、ハンドキャノンの狙いをピタリと相手コクピットに合わせた。
『降参か?』
耳に審判の声が響く。
『……降参する』
すると即座にクレイモアの動力は停止し、あたしのカウントが+1され撃墜数は4となった。
あたしの勝ち、そして大歓声。
と、ここまでが公式記録。そしてここからがあたしの本当の仕事だ。
通信モニターを接触モード(これは互いの機体のどこかが触れている時のみ使える。秘話通信のことだ)にすると、あたしは相手パイロットに通達した。
「超銀河警備保障だ。詐欺、恐喝、宇宙門無許可通過ほか微罪合わせて126件の罪で逮捕する。試合後、お前の身柄は速やかに銀河中央監獄ギャラクトラズに移される。抵抗は無意味よ」
ま、抵抗も何も、衆人環視のノヴァグラップルステージで、動力の落ちた人型機動兵器から脱出するなんてゼッタイ無理だけどね。
「スピネル……深紅か……くそっ、俺としたことが……」
観念したのか弱々しい声がそれだけ答えて、通信は切れた。
そう、あたしの登録名は宝石の尖晶石だ。超銀河警備保障のエージェントはその身にまとう色に合わせた“輝く美しいもの”の名をコードネームにする。悪人でも勘の良いヤツなら気づいてもおかしくなかったね。まぁどこに逃げようとあたしが捕まえるけど。
ノヴァグラップラーはこうした公式ファイトに登録・参加している間は治外法権に守られている。これは度々、悪人どもの隠れ蓑に使われることから、あたしのような対ノヴァグラップラー・ノヴァグラップラー・エージェント(ちょっとややこしい)も必要ってわけ。
『さて勝者となったミス・スピネル。サドンデス&ダブルチャンスに挑戦しますかー?』
MCの声に、あたしは我に返った。
今回のノヴァグラップルは、8機によるバトルロイアル。
ルールは単純。撃墜数が最も多くなった者の勝ち。
ということで本来はここでもう、あたしが勝利と賞金を手に入れるのだけれど「ノヴァグラップル5000」には特別ルール“サドンデス&ダブルチャンス”がある。
ルールは読んで字の如し。ここで一旦勝利を放棄して、リザーブとして登録された強豪グラップラーと闘う。負けると賞金はリザーブのものとなり、あたしは速やかに敗退だ。反面、あたしが勝てば2倍の賞金を得ることができるというもの。
「受けるわ」
歓声があがった。
わざわざ問われるまでもない。ノヴァグラップラーにとってギャンブルと闘いのスリルより好ましいものはないし、何よりあたし、勝負を挑まれて逃げたことはないから。
『素晴らしい!それでは対戦相手をご紹介します!昨年のノヴァグラップル5000トップグラップラー、アドニス・ジェイド!』
大歓声。パワートルーパー シングを駆るノヴァグラップラー、アドニスは超有名人だ。相手に不足なし。あの美男子をこてんぱんにやっつけて今日のシメにしてやろう。
『ご希望でしたらインターバルが取れますが、ミス・スピネル?』
「必要ないわ。すぐに片付けるから」
観客のどよめきが伝わってきた。そして割れんばかりの歓声。
あたしのフェアティガーと、アドニスのシングはステージの真ん中に移動して、機体の拳を合わせた。
接触モード。
『俺からも一つ、賭けを提案したい』
「なによ」
『俺が勝ったら今度デートしてくれ』
「あたし、忙しいの」
『断らないんだね、エージェントのお嬢さん。じゃあ決まりで』
ちょっと腹がたってきた。なんでバレたの?
「闘いに色恋もちこむなんてアンタそれでもノヴァグラップラー?じゃああたしが勝ったら……」
『勝ったら?』
あたしは答えず、胸部ブースターを吹かして背後に飛びのいた。
全兵装準備完了!照準感度良し!
大歓声。
意識が鮮明になり、全身の血が滾るのを感じる。
あたしはノヴァグラップラーだ!
『始まりました、サドンデス!さぁどちらが生き残るのかー!?』
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《今回の一口用語メモ》
バトロイド
戦闘用に作られた人型機動兵器。パイロットが機乗して操縦するものも、AIで自律機動するものもある。
大きく分けて宇宙戦用と地上戦用、水中用がある。それらの主な違いは求められる機密性と装甲の素材、武装
となる。
超銀河警備保障
天輪聖紀に入り星間交流が活発化すると、それと共に犯罪やトラブルも多様化するようになった。
そのため、個人のヒーローでは対処しきれなくなり、星間犯罪への対応を専門とする法人化の動きが目立ち始めている。そのひとつがコマーシャルでおなじみの超銀河警備保障である。
超銀河兵装オーロラフレームを身にまとう極光戦姫が有名だが、多様な犯罪に対応するために様々な局面に対応できるエージェントが所属している。星間条約に基づく逮捕権を有しており、逮捕された者は銀河中央監獄ギャラクトラズに送られることになる。
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「見せてやるわっ、この闘いを!」
あたしは左側面の崖から転げ落ちてくる乾いた大岩を左腕で砕き、瓦礫を払いのけながら叫んだ。
「ブラントゲート生まれでも熱い心を持ってるのよ!……うっ!」
背後から爆風が襲った。
“対地マイクロミサイル、後方至近に着弾”
警告がけたたましく鳴り響く。
今のあたしの身体に比べれば、小指ほどの大きさだけど、その威力は大きい。
つんのめった姿勢を素早く立て直し、あたしは両手のハンドキャノンを構え直した。
残る敵は正面と右に一人ずつ。どちらも地形の影に隠れている。
ヘッドホンから湧き上がる歓声。
あたしは戦う!今日も勝ってみせる!
この深紅の陸戦用人型機動兵器グラナロート・フェアティガーを駆って──!
ノヴァグラップルは惑星クレイの極寒の国ブラントゲートの人気イベント。武器・魔法・超能力使用無制限の格闘競技だ。
生身のレスラーから、あたしたちのような人型機動兵器乗り、果ては宇宙戦艦までを含めた闘士のことを「ノヴァグラップラー」と呼ぶ。(何も殴る蹴るばかりが格闘じゃないからね)
ノヴァグラップルの歴史は古い。
クレイ歴紀元前何千年からとも言うし、ほかの宇宙で行われていた──知っての通りノヴァグラップラーにはエイリアンもたくさんいる──ことも考えると(何と)何十億年も前から既に行われていた、という説もある。
まぁこんな養成所の講義みたいな話はともかく、ノヴァグラップルの舞台は地上、海中、空中、そして宇宙空間まで及ぶ。そしてフェアティガーは人型機動兵器の地上戦用モデル。もともとは宇宙戦用として伝説的な戦果で知られた“蒼き戦士”がモデルになっているらしい。地上なら湧きあがる土埃と岩を砕く爆炎、宇宙戦なら青く輝く惑星クレイを背景に暗闇を引き裂くビーム、輝くロケット噴射、乱れ飛ぶ対機ミサイルが描く網目の軌跡、球状に広がる爆光ってイメージかな。人型機動兵器バトルは。
さぁて視点を地上──今あたしが戦っている闘技場「ノヴァグラップル5000」に戻そう。
「ノヴァグラップル5000」は人型機動兵器専用ステージ。
南極大陸にあるブラントゲート本国とは違って、飛び地の旧ダークゾーン地方にあるため、ここの寒冷化はそれほど進んでいない。だから、
「出てきなさいっ!」
あたしはフェアティガーを右にホバリングさせながら、肩のミサイルランチャーから2発を正面にぶっ放した。着弾すると乾燥してもろくなった土壌に爆発が起きる。煙幕状に砂塵が広がったのを確認して、あたしはフェアティガーを停止させレーザー照準で3発ハンドキャノンを撃った。
手ごたえあり!
左腕を損傷したクレイモア型人型機動兵器が煙を割って突撃を試みてきた。白兵戦に持ち込もうとするその狙い自体は悪くない。
が、これを予期していたあたしのフェアティガーはひらりと避け、勢いあまったクレイモアの足を払い、突っ伏す形で地面に叩き伏せた。あたしはクレイモアの背中を踏みつけると、ハンドキャノンの狙いをピタリと相手コクピットに合わせた。
『降参か?』
耳に審判の声が響く。
『……降参する』
すると即座にクレイモアの動力は停止し、あたしのカウントが+1され撃墜数は4となった。
あたしの勝ち、そして大歓声。
と、ここまでが公式記録。そしてここからがあたしの本当の仕事だ。
通信モニターを接触モード(これは互いの機体のどこかが触れている時のみ使える。秘話通信のことだ)にすると、あたしは相手パイロットに通達した。
「超銀河警備保障だ。詐欺、恐喝、宇宙門無許可通過ほか微罪合わせて126件の罪で逮捕する。試合後、お前の身柄は速やかに銀河中央監獄ギャラクトラズに移される。抵抗は無意味よ」
ま、抵抗も何も、衆人環視のノヴァグラップルステージで、動力の落ちた人型機動兵器から脱出するなんてゼッタイ無理だけどね。
「スピネル……深紅か……くそっ、俺としたことが……」
観念したのか弱々しい声がそれだけ答えて、通信は切れた。
そう、あたしの登録名は宝石の尖晶石だ。超銀河警備保障のエージェントはその身にまとう色に合わせた“輝く美しいもの”の名をコードネームにする。悪人でも勘の良いヤツなら気づいてもおかしくなかったね。まぁどこに逃げようとあたしが捕まえるけど。
ノヴァグラップラーはこうした公式ファイトに登録・参加している間は治外法権に守られている。これは度々、悪人どもの隠れ蓑に使われることから、あたしのような対ノヴァグラップラー・ノヴァグラップラー・エージェント(ちょっとややこしい)も必要ってわけ。
『さて勝者となったミス・スピネル。サドンデス&ダブルチャンスに挑戦しますかー?』
MCの声に、あたしは我に返った。
今回のノヴァグラップルは、8機によるバトルロイアル。
ルールは単純。撃墜数が最も多くなった者の勝ち。
ということで本来はここでもう、あたしが勝利と賞金を手に入れるのだけれど「ノヴァグラップル5000」には特別ルール“サドンデス&ダブルチャンス”がある。
ルールは読んで字の如し。ここで一旦勝利を放棄して、リザーブとして登録された強豪グラップラーと闘う。負けると賞金はリザーブのものとなり、あたしは速やかに敗退だ。反面、あたしが勝てば2倍の賞金を得ることができるというもの。
「受けるわ」
歓声があがった。
わざわざ問われるまでもない。ノヴァグラップラーにとってギャンブルと闘いのスリルより好ましいものはないし、何よりあたし、勝負を挑まれて逃げたことはないから。
『素晴らしい!それでは対戦相手をご紹介します!昨年のノヴァグラップル5000トップグラップラー、アドニス・ジェイド!』
大歓声。パワートルーパー シングを駆るノヴァグラップラー、アドニスは超有名人だ。相手に不足なし。あの美男子をこてんぱんにやっつけて今日のシメにしてやろう。
『ご希望でしたらインターバルが取れますが、ミス・スピネル?』
「必要ないわ。すぐに片付けるから」
観客のどよめきが伝わってきた。そして割れんばかりの歓声。
あたしのフェアティガーと、アドニスのシングはステージの真ん中に移動して、機体の拳を合わせた。
接触モード。
『俺からも一つ、賭けを提案したい』
「なによ」
『俺が勝ったら今度デートしてくれ』
「あたし、忙しいの」
『断らないんだね、エージェントのお嬢さん。じゃあ決まりで』
ちょっと腹がたってきた。なんでバレたの?
「闘いに色恋もちこむなんてアンタそれでもノヴァグラップラー?じゃああたしが勝ったら……」
『勝ったら?』
あたしは答えず、胸部ブースターを吹かして背後に飛びのいた。
全兵装準備完了!照準感度良し!
大歓声。
意識が鮮明になり、全身の血が滾るのを感じる。
あたしはノヴァグラップラーだ!
『始まりました、サドンデス!さぁどちらが生き残るのかー!?』
了
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《今回の一口用語メモ》
バトロイド
戦闘用に作られた人型機動兵器。パイロットが機乗して操縦するものも、AIで自律機動するものもある。
大きく分けて宇宙戦用と地上戦用、水中用がある。それらの主な違いは求められる機密性と装甲の素材、武装
となる。
超銀河警備保障
天輪聖紀に入り星間交流が活発化すると、それと共に犯罪やトラブルも多様化するようになった。
そのため、個人のヒーローでは対処しきれなくなり、星間犯罪への対応を専門とする法人化の動きが目立ち始めている。そのひとつがコマーシャルでおなじみの超銀河警備保障である。
超銀河兵装オーロラフレームを身にまとう極光戦姫が有名だが、多様な犯罪に対応するために様々な局面に対応できるエージェントが所属している。星間条約に基づく逮捕権を有しており、逮捕された者は銀河中央監獄ギャラクトラズに送られることになる。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡