ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
太陽に正対するX方向プラスややZ方向マイナス頭頂方向に反機動をかけて振り返った瞬間、サンボリーノの背後Y方向マイナスに位置していた都市が直撃を受けて崩壊した。
──!
宇宙空間には衝撃が伝わらないというのは正しく、ある意味では間違っている。
この感覚こそ素肌で宇宙を感じられる種族とそうではない者の違いなのだ。
大きな質量が崩壊・飛散する衝撃を背中の体表センサーのノイズとして感じとりながらサンボリーノは数ナノ秒間、思考した。
……!
少し遅れて建物の破片、瓦礫、砂礫がサンボリーノの周囲に到達した。
サンボリーノはわざわざ噴射などをすることもなく、あるものは避け、あるものはその上に足を乗せることで接触を避けてゆく。
柩機の兵 サンボリーノはリンクジョーカーのサイバロイドである。
重力が弱い、遊星ブラントの上空では低重力機動が必要となる。ヒューマンならば宇宙服を着けてのろのろと遊泳するのが精一杯というこの状況においても、ゼロコンマ数秒間の制御でさえも汎用宇宙船用プロセッサーが焼き切れるほどの計算を易々とこなして、サンボリーノはまるで瓦礫の嵐の中を舞うかのごとく優雅に移動できるのだ。
“攻撃予測”
“支援の影と合流まで0.1秒”
サンボリーノはほとんど大気もない状況で唇を動かした。もっともその処理も分析も命令もとうにC7ISR〔註〕のもとに処理されているので、これは人型に造られた宿命とも言うべき反射・習慣である。
眼球に搭載されたセンサーがマイクロ波から宇宙線までの波長を全精査し処理を完了する。この間0.03秒。
反応なし。
サンボリーノは背後の両脇から接近した複数の影とともにX方向マイナス、つまり右手方向に全噴射した。
一瞬だけその機動に同調し損ねた黒い影が、音もなく消滅した。
“重力波感知。警戒されたし”
“既了。初撃回避済、これより反撃に移る”
この通信は量子的つながりにあるため、まったくの同時に──光速すら超えて司令部とサンボリーノの間で共有されている。
サンボリーノが戦闘態勢に移った。
──。
無言で前方を指し示すその指の先に影が集う。
夜影兵。
俊敏に動くその影は宇宙の黒よりも黒い渦の中に、人型の上半身のような形が浮かんでいる。
サンボリーノの指が引き金を引くように動くと、夜影兵がサンボリーノの指定したポイントに殺到した。
──!
指さした先の空間で、エネルギー同士が衝突し弾けて、光と熱に変わる。
それは他の者には火球の形で、サンボリーノ自身は頭部の両側にあるセンサーでより詳細に感じ取っていた。
大勢は有利。
まだ視認できない敵にダメージを与えた夜影兵たちは消滅している。彼らはサイバロイド以上に戦うため、敵を倒すためだけに生み出された影の存在なのだ。
“…柩…”
サンボリーノの唇が動くと、まるでそれが聞こえたかのように周りを囲んでいた沢山の立方体がざわざわと一斉に蠢き円陣を組んだ。攻撃態勢。
と、次の瞬間──
“守れ!”
サンボリーノは手を組み合わせて、身をすくめた。
立方体「柩」はサンボリーノの命令と動きに反応し、壁を形造った。
先の一撃で遊星ブラント地表の都市跡を破壊したほどのエネルギーが、殺到した。
他のいかなるダメージにも似ていない、しかし確実にこちらを滅ぼす意思がこめられた一撃だった。
──!!
だが柩、かつて遊星ブラントの地下で発見された遺物はこの攻撃に耐えきった。
“敵は重力弾を使用”
サンボリーノはセンサーの解析結果から相手の正体を看破していた。
局地的な重力の塊を投下する攻撃──重力弾というのも正式な名前ではないが、サンボリーノが命名したこの瞬間からC7ISRでは皆が使う言葉となっている。
“…そして不可視”
避けるのも難しく、捕捉もできない。
難敵だった。
柩がなければ。
“集中攻撃。照準は私の視線を追え”
サンボリーノのセンサーが感知するのは波長だけではない。宇宙で起こるあらゆる現象に対応できるように設計されている。
立方体「柩」の群れがエネルギーを充填させ始めた。
“そこだ…攻撃”
なんの気負いもなく、攻撃命令が下った。
柩から一斉にまばゆいエネルギービームが放たれ、暗い宇宙空間に見えない敵を見据えたサンボリーノの姿が輝いた。
──!!!
またしても音のない、しかし凄まじい断末魔の気配が伝わってきた。
サンボリーノは、迫りくる不可視の敵が超重力を生み出す瞬間に起こる空間の歪みを観測していたのだ。
“迎撃完了”
“了解。戦果確認。所属基地に帰投せよ”
サンボリーノは太陽に背を向け、X方向マイナスつまり遊星ブラントに顔を向けた。
その肩に瓦礫でも砂でもないものが当たった。もっともそれが鋼鉄であったとしてもサイバロイドであるサンボリーノは動揺すらしなかっただろう。
手を伸ばしてみる。
人形だった。男の子が遊ぶようなデフォルメされたロボットの様な模型。
こんな上空にまで舞い上がった、敵の襲撃で散った都市の一片。
サンボリーノが共有するリンクジョーカーの記憶によれば、それは惑星クレイを中心に宇宙的な人気を誇るスポーツ「ノヴァグラップル」に登場していた機体のようだった。
……。
サンボリーノが動きを止めていたのはほんの数秒。
だがその数秒は彼女にとって異例の長い停滞だった。
やがてサンボリーノは、噴射を再開して地表へと身を翻した。
緩やかなカーブを描き降下軌道へと移る。
そして、もともと廃墟として破棄されていた都市の上を過ぎた時、彼女の手から何が離れ、ゆっくりと下に落ちていった。
柩機が異界の敵と闘う戦場は“夜”と呼ばれる。
それは人々が夢の世界に憩う昼夜の“夜”という意味ともう一つ、無限に広がる宇宙空間の闇を表しているとも言われる。
柩機の兵 サンボリーノがした事は、他種族には理解しがたいと言われるリンクジョーカーの情動からしても謎めいていた。
それは記憶の一片を都市の亡骸に還そうとしたのか。
それとも数千年もの忘れられた刻に手向けられた花のようなものだったのか。
いずれにせよ、誰にも語られることのない戦いが今また一つ終わり、惑星クレイの第2の月ブラントの“夜”はまたしばしの静寂を取り戻したのであった。
※註.C7ISR:国家ブラントゲートの宇宙軍事システム。
「当該宇宙=Cosmicにおける、命令Command、制御Control、通信Communications、コンピューターComputers、サイバー防衛および戦闘システムとインテリジェンスCyber-Defense and Combat Systems and Intelligence、監視Surveillance、および偵察Reconnaissance」のこと。
※註.単位、軍事用語は地球のものに変換した※
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《今回の一口用語メモ》
柩機とサイバロイド
サイバロイドは有機金属生命体としてリンクジョーカーで生み出された存在であり、二手二足の人型を基本とする。ブラントゲート国家の対異界・対外宇宙防衛の中核を成す種族である。
惑星クレイ歴2500年代、無神紀のころから続く対異界種族戦闘においては、沈着冷静な機械的思考とヒューマンなどをはるかに超える処理能力、なによりも謎多き兵器「柩」や「夜影兵」を自在に駆使する重要な戦力として、常に最前線に立ち続けている。
他のリンクジョーカーと同じく、惑星クレイならびに第2の月とも呼ばれる遊星ブラントの住民として同化・共存しており、その証としてバイザーで隠さない素顔のままで活動する。もっともこの「外見があまりにも人間に似ているため」に、その言動や宇宙服なしでの船外活動など、初見の相手を驚かせることもしばしばであるという。
柩機と“夜”の戦い
→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」柩機(カーディナル)、参照のこと。
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──!
宇宙空間には衝撃が伝わらないというのは正しく、ある意味では間違っている。
この感覚こそ素肌で宇宙を感じられる種族とそうではない者の違いなのだ。
大きな質量が崩壊・飛散する衝撃を背中の体表センサーのノイズとして感じとりながらサンボリーノは数ナノ秒間、思考した。
……!
少し遅れて建物の破片、瓦礫、砂礫がサンボリーノの周囲に到達した。
サンボリーノはわざわざ噴射などをすることもなく、あるものは避け、あるものはその上に足を乗せることで接触を避けてゆく。
柩機の兵 サンボリーノはリンクジョーカーのサイバロイドである。
重力が弱い、遊星ブラントの上空では低重力機動が必要となる。ヒューマンならば宇宙服を着けてのろのろと遊泳するのが精一杯というこの状況においても、ゼロコンマ数秒間の制御でさえも汎用宇宙船用プロセッサーが焼き切れるほどの計算を易々とこなして、サンボリーノはまるで瓦礫の嵐の中を舞うかのごとく優雅に移動できるのだ。
“攻撃予測”
“支援の影と合流まで0.1秒”
サンボリーノはほとんど大気もない状況で唇を動かした。もっともその処理も分析も命令もとうにC7ISR〔註〕のもとに処理されているので、これは人型に造られた宿命とも言うべき反射・習慣である。
眼球に搭載されたセンサーがマイクロ波から宇宙線までの波長を全精査し処理を完了する。この間0.03秒。
反応なし。
サンボリーノは背後の両脇から接近した複数の影とともにX方向マイナス、つまり右手方向に全噴射した。
一瞬だけその機動に同調し損ねた黒い影が、音もなく消滅した。
“重力波感知。警戒されたし”
“既了。初撃回避済、これより反撃に移る”
この通信は量子的つながりにあるため、まったくの同時に──光速すら超えて司令部とサンボリーノの間で共有されている。
サンボリーノが戦闘態勢に移った。
──。
無言で前方を指し示すその指の先に影が集う。
夜影兵。
俊敏に動くその影は宇宙の黒よりも黒い渦の中に、人型の上半身のような形が浮かんでいる。
サンボリーノの指が引き金を引くように動くと、夜影兵がサンボリーノの指定したポイントに殺到した。
──!
指さした先の空間で、エネルギー同士が衝突し弾けて、光と熱に変わる。
それは他の者には火球の形で、サンボリーノ自身は頭部の両側にあるセンサーでより詳細に感じ取っていた。
大勢は有利。
まだ視認できない敵にダメージを与えた夜影兵たちは消滅している。彼らはサイバロイド以上に戦うため、敵を倒すためだけに生み出された影の存在なのだ。
“…柩…”
サンボリーノの唇が動くと、まるでそれが聞こえたかのように周りを囲んでいた沢山の立方体がざわざわと一斉に蠢き円陣を組んだ。攻撃態勢。
と、次の瞬間──
“守れ!”
サンボリーノは手を組み合わせて、身をすくめた。
立方体「柩」はサンボリーノの命令と動きに反応し、壁を形造った。
先の一撃で遊星ブラント地表の都市跡を破壊したほどのエネルギーが、殺到した。
他のいかなるダメージにも似ていない、しかし確実にこちらを滅ぼす意思がこめられた一撃だった。
──!!
だが柩、かつて遊星ブラントの地下で発見された遺物はこの攻撃に耐えきった。
“敵は重力弾を使用”
サンボリーノはセンサーの解析結果から相手の正体を看破していた。
局地的な重力の塊を投下する攻撃──重力弾というのも正式な名前ではないが、サンボリーノが命名したこの瞬間からC7ISRでは皆が使う言葉となっている。
“…そして不可視”
避けるのも難しく、捕捉もできない。
難敵だった。
柩がなければ。
“集中攻撃。照準は私の視線を追え”
サンボリーノのセンサーが感知するのは波長だけではない。宇宙で起こるあらゆる現象に対応できるように設計されている。
立方体「柩」の群れがエネルギーを充填させ始めた。
“そこだ…攻撃”
なんの気負いもなく、攻撃命令が下った。
柩から一斉にまばゆいエネルギービームが放たれ、暗い宇宙空間に見えない敵を見据えたサンボリーノの姿が輝いた。
──!!!
またしても音のない、しかし凄まじい断末魔の気配が伝わってきた。
サンボリーノは、迫りくる不可視の敵が超重力を生み出す瞬間に起こる空間の歪みを観測していたのだ。
“迎撃完了”
“了解。戦果確認。所属基地に帰投せよ”
サンボリーノは太陽に背を向け、X方向マイナスつまり遊星ブラントに顔を向けた。
その肩に瓦礫でも砂でもないものが当たった。もっともそれが鋼鉄であったとしてもサイバロイドであるサンボリーノは動揺すらしなかっただろう。
手を伸ばしてみる。
人形だった。男の子が遊ぶようなデフォルメされたロボットの様な模型。
こんな上空にまで舞い上がった、敵の襲撃で散った都市の一片。
サンボリーノが共有するリンクジョーカーの記憶によれば、それは惑星クレイを中心に宇宙的な人気を誇るスポーツ「ノヴァグラップル」に登場していた機体のようだった。
……。
サンボリーノが動きを止めていたのはほんの数秒。
だがその数秒は彼女にとって異例の長い停滞だった。
やがてサンボリーノは、噴射を再開して地表へと身を翻した。
緩やかなカーブを描き降下軌道へと移る。
そして、もともと廃墟として破棄されていた都市の上を過ぎた時、彼女の手から何が離れ、ゆっくりと下に落ちていった。
柩機が異界の敵と闘う戦場は“夜”と呼ばれる。
それは人々が夢の世界に憩う昼夜の“夜”という意味ともう一つ、無限に広がる宇宙空間の闇を表しているとも言われる。
柩機の兵 サンボリーノがした事は、他種族には理解しがたいと言われるリンクジョーカーの情動からしても謎めいていた。
それは記憶の一片を都市の亡骸に還そうとしたのか。
それとも数千年もの忘れられた刻に手向けられた花のようなものだったのか。
いずれにせよ、誰にも語られることのない戦いが今また一つ終わり、惑星クレイの第2の月ブラントの“夜”はまたしばしの静寂を取り戻したのであった。
了
※註.C7ISR:国家ブラントゲートの宇宙軍事システム。
「当該宇宙=Cosmicにおける、命令Command、制御Control、通信Communications、コンピューターComputers、サイバー防衛および戦闘システムとインテリジェンスCyber-Defense and Combat Systems and Intelligence、監視Surveillance、および偵察Reconnaissance」のこと。
※註.単位、軍事用語は地球のものに変換した※
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《今回の一口用語メモ》
柩機とサイバロイド
サイバロイドは有機金属生命体としてリンクジョーカーで生み出された存在であり、二手二足の人型を基本とする。ブラントゲート国家の対異界・対外宇宙防衛の中核を成す種族である。
惑星クレイ歴2500年代、無神紀のころから続く対異界種族戦闘においては、沈着冷静な機械的思考とヒューマンなどをはるかに超える処理能力、なによりも謎多き兵器「柩」や「夜影兵」を自在に駆使する重要な戦力として、常に最前線に立ち続けている。
他のリンクジョーカーと同じく、惑星クレイならびに第2の月とも呼ばれる遊星ブラントの住民として同化・共存しており、その証としてバイザーで隠さない素顔のままで活動する。もっともこの「外見があまりにも人間に似ているため」に、その言動や宇宙服なしでの船外活動など、初見の相手を驚かせることもしばしばであるという。
柩機と“夜”の戦い
→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」柩機(カーディナル)、参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡