カードファイト!! ヴァンガード overDress 公式読み物サイト

ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
021「Astesice(アステサイス) カイリ」
リリカルモナステリオ
種族 マーメイド
カード情報

Illust:四季まこと

空飛ぶクジラに乗る理由はひとつを除けば様々だ。“平和”を願う心、それ以外は。

──決意の精霊王 オルバリア


Astesiceアステサイス』ライブ リリカルモナステリオ『賢者の塔』メインステージ/夕刻


「さぁ。次が本日ラストの曲になりまーす!」
 リーダー、カイリの声がマイクに乗るやいなや、会場からは悲鳴まじりの歓声があがった。
「みんな、ありがとー!」とキヨラ。
「これでほんとのラストだよーっ!」とナナミ。
「今日いっちばん盛り上がっちゃおー!」とミオン。
「みんなの想い、ミサがぜんぶ受け止めちゃうねーっ!」とミサ。
「(もじもじ……)」帽子で顔を隠してしまうカナミに、そっとメンバーが寄り添う。
「では聴いてください! ♪潮騒とわいらいと♪!!」
 湧き上がる観客の声は、淡い夕陽にきらめく天蓋(ドーム)を突き破らんばかり。

 ここはリリカルモナステリオ。
 空飛ぶクジラの背に乗り、世界中に歌と希望とそして愛を届けるアイドルたちが集う学園都市である。

リリカルモナステリオ 学園エリア 学生通り/朝・登校時間


Illust:三越はるは

 「おっはよー!」
 石畳から飛び上がりながら挨拶してみる。
 天蓋(ドーム)の中に降った雨上がりの街路。ストイケイアの海辺のエルフ出身のわたしにとって水と戯れるときこそ生き返る心地のする、貴重な瞬間だ。
 学園に向かう道のあちこちから答えがあった。
「おはよほー!」「お、おはよっ」「……」「おはようございます」「ららら♪」
 通学路には知っている子が沢山いる。知らない子でも挨拶を返してくれる。たまたま騒がしいのがイヤな朝だったら目と目を合わせて頷くだけでもいい。スマイルがあればなお良い。“挨拶はすべての基本です”っていうのは、学園に入ってまっさきに習うことだからね。
(ちなみにさっきの返事は犬系ワービーストの二人、食いしんぼのキャルフィと慌てんぼのリクリス、それとアペル、ザスキア、ハナエル。みんなわたしの友達だ。ん、アペルだけ無言?だってほらあの娘、常時ほんのりスランプだし、種族デーモンさんだし。でもいつも笑顔で応えてくれるいい子だよ……ちょっと怖いけど。あ、それとハナエルは天使さんで、ららら♪はいつもの返事。まぁほらザスキアにいたっては周りに人魂浮かべてるゴーストだし。細かいことは気にしない気にしない)
 わたしはリリカルモナステリオのこういう所が大好き。
 内側雨うちがわノあめも上がり、天蓋(ドーム)の上の空は快晴。気分も最っ高だぜぃ。くぅーっ。
「ロウシェ!おはよっ」
 水たまりを蹴立てて、わたしはロウシェ──同期で同じエルフということで入学してすぐに仲良くなった──に後ろから抱きつくと親愛の表現として恒例の、ぎゅーっをした。
「もうっ!じゃれないで、イルダ。楽譜が落ちちゃう」
「登校時間まで“楽譜にらめっこ”?ほら、目隠ししちゃお!」
「ちょっと!……ふっ、まぁふざけていられるのも今のうちよね。今日、声楽のテストだって忘れてるでしょ」
「!? ま、ままままさかぁ!」
 う……やっばい。がっちり忘れてたわ。
 学園の試験の厳しさは有名だ。わたしもリリカルモナステリオに来るまで正直ナメてた。
「そお?あと今日の課題には『爛漫はぴねす』のアナリーゼもあるわよ。イルダの好きな曲で命拾いしたね」
「よよよ、よゆー(余裕)よ、よゆー……ははっ(よしゃラッキー)」
「ほら、いくよっ。遅れちゃう」とロウシェがわたしの手を引く。
「ち、ちょっと待って。余裕なりにも取り急ぎ予習ををを……」
「いいよ、もう。強がんなくてさ」
 わたしは滝汗を流し、慌てて取り出した楽譜とプリントとにらめっこしつつ、学園へと引きずられていった。

リリカルモナステリオ 『賢者の塔』エレベーター/第2限前 移動休憩時間



 ぽーん。
 柔らかい音をたててエレベーターの扉が開いた。
 この階で入ってきたのは6人。わたしには横目ですそだけが見えた。舞台衣装みたいだった。
 一瞬後、エレベーター内の空気が凍り付いた。ん、なんで?わたしの他にも何人か乗ってるはずなのに。
「なんふぁいですかぁ(何階ですか)?」
 わたしことイルダは一番前にいたので、普通に声がけをした。
 ちなみにわたしは今、すごく動きづらい体勢をしていて、両手いっぱいの紙箱で顔がふさがれている。
 1限のアナリーゼ試験はなんとかクリアしたものの、調子に乗って鼻歌を歌ってたら、鬼教師デスファンブル先生の逆鱗に触れ(先生、トカゲ系だからホントにウロコを逆立てちゃって、もー最悪……)、大量の荷物を学園の中央に位置する、我らが都市のメインステージがある『賢者の塔』最上階まで手で抱えて届ける罰を喰らってしまったのだ。荷車もなしで。
「10階へお願い」
「りはーはるしふでふね、ふぁーい(リハーサル室ですね、はーい)!」
 しかしどんな時でも返事は元気よく、とは学園ではよく言われることだし、我ら陽気な海辺のエルフでも家訓のようなものだ。
 背後でくすくす笑いが聞こえて、顔から火が出るほど恥ずかしかった。まぁ前面が箱に埋もれてるこの格好じゃ仕方ない。
「あなたも学園の子ね。新入生?どうしたの?困ってるのかしら」
 優しく落ち着いた声が、わたしにかけられた。この時間から『賢者の塔』にいるということは、すでにアイドル活動をはじめているリリカルモナステリオ学園の上級生だ。なお、この学園の上級生はみな下級生に優しい。
 わたしは垂直に顔をあげて、ぷは!とようやく息をついた。
「いえ、先輩。わたし、ちょっと授業でやらかしちゃって」
「ふふふっ、何をしたの?」と優しい声の人。
「試験にギリギリパスしたので調子に乗って、ふふふーんって鼻歌を」
 6人は華やかに笑った。そりゃ笑うよね。
「で、その罰にこの塔まで届け物?ひっどーい。誰の指示?」これは最初と違う6人のうちの誰かみたい。
「てへっ、デスファンブル先生でーす」
「「あー」」背後の6人がきれいにハモった。
「例のデスファンブル制裁パニッシュメントだ。キツイよねー」また6人のうちの誰かが言った。
「ねぇみんな。次までちょっと時間あるよね。助けてあげようよ」これは元の人。この人がリーダーらしい。
「ありがとうございますっ。でも手伝っていただくと、罰になりませんので……」
「おー偉い!」「よく言った!」また6人のうちの誰か。
「うん、そっか。そうだね。じゃあがんばって、アイドル候補生さん」これはリーダーの人。
「はいっ、先輩たちも!」
 ぽーん。
 10階の扉が開いたので、わたしは【開】ボタンを押してあげた。
「どうもありがとう。お礼がわりにあなた、これからは私たちのこと名前で呼んでちょうだいね。お名前は?」
「へ?あ、わたしイルダです。ん~、でも大袈裟ですよ、ちょっとこのボタンを押してるだけですもん」
「ううん。そうじゃないわ、イルダ。こうした出会いはいつも偶然ではなく、必然なのだから」
「あの、ところで……」
 みなさんはどちら様で?と言おうとした時、ドアが閉じ始めた。リーダーのひと言を残して。
「わたしたち『Astesiceアステサイス』のように」
 紙箱を全部取り落としたわたしの目の前で、いまもっとも話題を集めてるトップアイドル『Astesiceアステサイス』の6人、キヨラ、ナナミ、ミオン、ミサ、カナミ、そしてわたしに声をかけたリーダー、カイリが微笑み、むこうから手を振っていた。なによこれ、みんなすっごい綺麗ですっごい可愛くてすっごい感じのいい人たちじゃん。さらに今、すっごくいい匂いがしてる。香水、何使ってんだろ。
 って、ちょっと待て……これって夢じゃないよね……。
 今まで無言だったエレベーターの乗客がようやく、嬉しさのあまり悲鳴をあげ始めた。
 ぽーん。
 呆然とするわたしの前で、エレベーターの扉が閉じた。

Illust:藤真拓哉

リリカルモナステリオ学園 本校舎前/放課後


Illust:花咲まひる

 噴水で人魚たちが戯れ、周囲に生徒たちの人垣ができていた。
 夕陽にキラキラと輝く飛沫、水面の揺らぎ、女の子たちの華やぐ声までが心を踊らせ、同時に安らがせる。
励起の泉ルミネセンス・ファウンテン』と呼ばれる学園名物だ。
 リリカルモナステリオには色々な種族のいろいろな状態の人たちがいる。例えば今のは人魚が元々の姿、尾の形をとって遊んでいるということなのだけど、学内では翼ある者の飛行、水の種族が泳ぐこと、幽体が壁をすりぬけることも特に禁じられてない。もっとも、節度は求められるけれども。
「はぁ……また良いもん見ましたよ」
 わたしは励起の泉に手を合わせた。
「また大袈裟な」とロウシェ。
「さっきのハナシもだいぶ盛ってるでしょー」
 とペラゲーヤ。授業で気がつくともう姿がない“常習サボり魔”のデーモンなんだけど、なぜか試験では落第したことがない、という不思議な友達だ。
「違うもん!わたし『Astesiceアステサイス』の友達ダチだもん」
「わはしはひんじるよほ(私は信じるよ)」
 これは犬系ワービーストのシーヤ。もぐもぐ娘シーヤの“食べていない姿”を見たことがない。
「確かに良い人らしいって噂は聞くけどさぁ。そんなのあり得る?」
 ロウシェはまだ疑わしげだ。
 ……。
 自分でもだんだん自信がなくなってきた。
「あ、クジラさんが」
 とパンから口を離してシーヤが言った。
 緩やかに、言われなければ気がつかないほど控えめに地面が下降する感覚があった。
 リリカルモナステリオ、この都市を背に乗せているクジラがその翼を地上に向け、着水に備えているのだ。
「今夜も『Astesiceアステサイス』のステージが見られるね」とロウシェ。
「あんたの友達ダチのお姉さんたちのね~」と楽しげなペラゲーヤ。もうっ、この悪魔デーモンめっ。
 気がつくと、中庭に人が集まり始めていた。
 このスペースにも、学内にいくつか設けられているPV(パブリックビューイング)の巨大画面が出現する。
 世界に夢と希望と平和を届けるアイドルの学園都市であるリリカルモナステリオでは、先輩アイドルのステージを観ることが奨励されているし、わたしたちももちろん喜んで観ている。
『みんなー!元気してるー?』
 中庭に歓声があがる。
 Astesiceアステサイスのステージは、いわゆる前段、本番前から楽しいって評判だ。
 ここで話されるエピソードはどれも、先輩たちも普通の、親しみやすい、等身大の女の子たちだってわかるから。
『今日はまたひとつ楽しい出会いがありました。頑張り屋さんの新入生』とリーダー、カイリが話し始めた。
 ドキン!と心臓がひとつ胸で鳴った。
 ロウシェ、ペラゲーヤ、シーヤが目をまん丸くしてこっちを観ている。
『みんなも覚えがあるでしょう。慣れないこと、覚えたいこと、ちょっと羽目を外しちゃうこと、いっぱいいっぱいあるよね』
 なんだろ、わたし、いま涙が止まらない。肩にそっと3人の友達の手が添えられた。
『わたしたちの学園の可愛い後輩にひと言。いいえ、もうお友達よね。せーの……』
『頑張れー、イルダ!』『いつかいっしょのステージで歌おうねっ』
 Astesiceアステサイスの声にわたしは、わっと泣き崩れた。嬉しくて……ただ嬉しくて。

 眼下に夕景の海。 
 わたしたちを乗せたクジラは悠々と次の寄港地、新たなライブステージに向けて下降していった。



----------------------------------------------------------

《今回の一口用語メモ》

リリカルモナステリオとクジラ
 リリカルモナステリオは、旧ズーの大賢者ストイケイアの教えに共感した「バミューダ△」のマーメイドたちによって、世界に歌と平和と希望を届けるべく、空飛ぶクジラの背の上に創られた都市国家である。リリカルモナステリオは天蓋ドームに覆われた都市であり、生活を支える都市と学園部分が合体している。
 リリカルモナステリオ学園は惑星クレイの全世界に広く門戸を開いており、入学資格に種族・年齢の制限はない。
 また学園はアイドル養成だけではなく、世界有数の高等教育も受けられる場所としても知られており、偉大な先輩に学び、芸能活動の手厚いバックアップを受け、より高みを目指し続けるワークショップ的な側面もあり、デビューし現役で活躍するアイドルたちも籍を置いている。

リリステクジラの名称
 空飛ぶクジラに、特定の名前はない。
 実際は古代に「力ある名前」を持っていたとされるが、不明。リリカルモナステリオの住人は「空鯨くうげい」「クジラさん」「羽ばたきクジラフラッピングホエール」など好きに呼ぶ。

----------------------------------------------------------

本文:金子良馬
世界観監修:中村聡