ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
リリカルモナステリオ学園 ダンス練習室/第1限
級友は最大のライバルで、最大の理解者でもある。
うん、確かにその通り。
だけど……。
わたしは目の前の光景にうるうる感動しながら、同時に押し寄せる絶望感に耐えていた。無理だ……わたし、これをやれと言われても絶対無理だ。今はまだ。
「辛くて泣いてるの?1限からダンスの授業はキツイよね。実は私も朝弱くて」とロウシェ。
「違う。感動してるの!一瞬も見逃したくないんだからジャマしないでよっ」
とわたし、ことイルダ。もちろんわたしたちエルフ二人組はともに小声だ。授業中だからね。
いまわたしたちの前で見事に踊ってるのは、吸血鬼フェルティローザ、天使アレスティエル、猫系獣人ロロネロル、人間ウィリスタ、そして竜人クラリッサ。世界中から集う多彩な種族、輝きあふれる才能。わたしの知る限りの学内トップクラスが勢揃いだ。
故郷で自慢したら逆に、アンタおかしくなったんじゃないのと心配されそうなのが、ここリリカルモナステリオの毎日。実際、このまえ母からは“夢みたいなことばかり書いてこないで!”って手紙が来た。いや、だから母よ、いつも書いて送ってるこれこそ現実なんだってば!
「はい、ストップ」
とダンスのケイラック先生が手を打った。かつてダークステイツの魔王をも魅了した伝説の踊り手として高名な悪魔Ms.ケイラックは、わたしたちダンスを学ぶ生徒にとっても目指すべき悪魔的な至峰だ。
「良いわね、皆さん。みんなのお手本です。特に、クラリッサ」
「はいっ」
Illust:Nardack
「尾の先まで気が通じてきた。自分を活かす踊りの段階に入ったわね。その調子で行きましょう」
「ありがとうございます!」
クラリッサの返事にわたしたちも一斉に拍手した。頑張ってー!と応援の声まであがる。
できるタイプの人はやっかまれがちだけど、クラリッサの努力と才能は誰が見ても群を抜いているので嫉妬もされない。わたしたちの期の星だ。
「いいなぁ。ホント絵になるよ、クラリッサは」とわたし。
「まぁね、あれで性格までいいんだもの。不公平よね、人生ってさぁ」とロウシェ。
同じ竜人のエブリンから差し出されたタオルに笑顔をみせるクラリッサの溌剌とした様子を、わたしたちは惚れ惚れ見つめた。
今朝は窓に雪が降り積もる天気だったのに、陽が出た今は運動すると汗が止まらないくらい暑い。天候の激変は、空飛ぶ都市リリカルモナステリオに来た人が最初に慣れなければならない試練だ。
「でさ、あんな取り巻きもいて」
「ね、知っている?あの娘たち、仲間内ではクラリッサを“姫”って呼んでるんだよ」
「へぇ……」
ロウシェの言葉に、わたしはちょっと納得した。
クラリッサの周りには、強気なカタリン、泣き虫リオナ、張り切り屋トリルビィ、そして物静かなエブリンの誰かが必ず付いていて彼女を……なんていうか“守って”いる。その動きはわたしの出身、海辺のエルフの族長の周囲を固める警護役を思い出させた。これまでなぜかは全くわからなかったけど。
「あと噂だけど、クラリッサたち竜人でユニットを組むって」
「さすがは早耳のロウシェ。すごい頑張り屋さんぞろいだもんね、あの娘たち。デビューはすぐなの?」
「いや、それよりも、よ。竜人なんて種族、今まで聞いたことあった?」
「無い……かな」
「いろんな怖い噂もあるんだよ。たとえば……」
「次っ!セルマ、バルエル、ロウシェ、イルダ」とケイラック先生。
「は、はいっ!」
わたしたちは慌てて立ち上がった。
リリカルモナステリオ学園 本校舎前/昼休み
1限のショックが後を引いていた──ぜんぜん思うようなダンスができなかったので、一緒に食べていると楽しい獣人のもぐもぐ組やロウシェとも離れて、寮のお弁当が食べられる木陰を探していた。
「!やばっ」
今、あやうく鉢合わせしそうになった『吸血鬼フェルティローザと11人のゴースト』を避けて(いい子たちなんだけど一度お喋りに巻き込まれるとお昼を食べそこねる恐れがあるので……)、校舎から少し離れた茂みにたどり着いたわたしの耳に、どこかで聞いた声が届いた。
「お嬢様!いや、姫!これぞ絶好の機会。ここはひとつ打って出ましょう!」これは……強気なカタリン?
「くぅ~腕が鳴る!めざせ、最強のアイドル!!」と張り切り屋トリルビィ。
「みんな置いてかないでね、ぐすん」泣き虫リオナだ。
「もちろん、オファーを受けるなら私たち全員よ。ね、エブリン」あ、クラリッサだ。
「もちろんです。我々は姫のご意思に従います」
物静かなエブリンは続けて言った。
「ユニット名は『Earnescorrect』」
4人はそれぞれ歓声をあげた。
「よい名だ」「いいね!」「良いと思います」
クラリッサは繰り返した。
「『Earnescorrect』、それがこれからの私達の名前なのね」
「そう。そして舞台こそ、我らが英雄とあたしたち竜人の新しい戦場だ!」とトリルビィ。
「『Earnescorrect』……英雄?……竜人……新しい、戦場?」
なんだろう。気になる。思わずわたしが呟いた瞬間──
「何奴!?」「そこか!」
強気なカタリンと張り切り屋トリルビィの叫びが聞こえて、思わずわたしはすくみ上がった。
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
リリカルモナステリオ学園 ボイススタジオ(個室と調節室)/放課後
いまわたしは、録音ブースにいるクラリッサの歌声をたった一人で聞いている。
学園の管理課に頼んで借り切っているこの個室ボイススタジオでは、いつもつかず離れずの『Earnescorrect』メンバーも人払いされている。これでさらに4人も入ったらぎゅうぎゅうだからね。
クラリッサは学園の制服ではなく、清楚で可愛らしい──このまま歌のジャケットに使えばいいのじゃないかと思う──素敵な私服、うっとりするような美声で……あ、ここで前言撤回。さすがにちょっと妬けてきた。
『イルダ?』
歌が終わり、録音を止めて感動のあまり呆然としていたわたしのヘッドフォンに彼女の声が届いた。
Illust:Nardack
「え?なに?……あ、はいはい!」
ブース内のクラリッサが“あなたの声、聞こえないわ”とジェスチャーしている。わたしは慌てて、トークバックのボタンを押した。
「はい、なんでしょうお姫様」
クラリッサは可愛らしく口元を押さえて笑った。
「それは竜人の呼び名──それもできれば止めてほしいのだけど。呼び捨てでいいのよ」
「そっか。了解よ、クラリッサ」
「つきあってくれてありがとう。初めて通してみたけど私の歌、どうだった?」
まさか!?これで初披露だなんて!デビューシングルの本番テイクの間違いでしょ!と、たった一人の観客の栄誉に与ったわたしはミュートにして全力で喝采した。こんなのマイクを通したらうるさいに決まってる。
防音ガラスの向こうでクラリッサが首を傾げる。興奮を鎮めてから、わたしはカフを戻した。
「素敵!素敵だったよーっ!!」
透き通る流水のように繊細なのに深みがあって芯に竜みたいな力強さと情熱を秘めている感じ。これくらいじゃ全く足りないけど、わたしはありったけの熱量と言葉で褒めちぎった。
「ありがとう。さっきのお詫びといっては何だけど、今の曲、あなたに捧げるわ」
嬉しすぎてクラクラしてきた。なるほど、このあふれる気品と嫌みのない自信。姫様と呼ばれるわけだ。わたし達じゃ、誰かに歌を捧げるなんてキザで滑ってる感じにしか聞こえないもの。
またうるうるしているわたしに、クラリッサの声は続けた。
「そう、でもよかった。私の声はもう誰かを傷つけることはないのね」
クラリッサは楽譜を愛おしげに抱きしめた。
なんの事?と今度はわたしが首をひねった。噂に聞く“竜の咆哮”──建物を破壊し、敵兵を斃すと恐れられるそれ──じゃないんだから、まさかこんな素敵な声が他人を傷つけることなんてあり得ないよ。
「カタリンとトリルビィにはしっかり言い聞かせておいたわ。あなたのこと、秘密を盗み聞きしようとするスパイと勘違いしたのね。本当にごめんなさい」
わたしは慌てて手を振った。
「もういいよ。気にしてないから」
「いいえ。あんなことをしていては私たち竜人が誤解されるばかりだわ。私、リーダーとして『Earnescorrect』のこと、みんなにもっと知って欲しいのよ。それも正しくね。今の私たちの力を発揮するのは歌と踊りの“舞台”、平和のためなんだから!」
熱心にそう言うクラリッサは文武両道のお姫様というより、ただの一所懸命な女の子という感じだ。
「大丈夫だよ。そのためにもこれからデビューして、たくさんの人に聞いてもらうんでしょ。平和を望むあなたの素敵な歌声を。クラリッサの気持ち、きっと伝わるよ。今のわたしみたいに」
「そうね。そうなったらいいな」
ロウシェが噂していたように、これまで竜人といえば、ドラゴンエンパイアの皇帝直属の選ばれし武人一族の出身で、結束が強すぎてちょっと近寄りづらい感じ。でも、群を抜いた優等生ぞろいというイメージがリリカルモナステリオ学園では広まりつつある。秘密とかスパイとかいう言葉は、ちょっとひっかかるけど……。
「それに、わたしたち海辺のエルフは元気と頑丈さだけが売りなのよ、平気平気!」
私は強がりを言った。実はまだ少し、痛い。
でもこの程度の痛みを残すだけで、瞬時にかつ安全に相手の気を失わせ行動不能にするほど、カタリンの当て身とトリルビィの捕縛術は鮮やかだったのだ。ちなみに一応、わたしも武術のたしなみはそこそこある。あのときわたしと竜人たちはたぶん5m以上も離れていた。そんな距離をものともせず、察知し瞬時に襲撃した速さと技、力……竜人たちはとんでもない武芸の達人だった。
「そんなことないわ、イルダ。さっき撮ってくれた写真もここの録音機材の扱いも上手じゃない。それは立派な特技よ」
えへへとわたしは照れた。謝罪され、仲直りしたあとに撮った『Earnescorrect』5人の写真は我ながらいい出来だった。リリカルモナステリオでは歌やダンス以外の技術を学ぶのも奨励されている。手先の器用さに自信があるわたしは、こうした友達のデモテープ録音やジャケ写もよく手伝っていたのだ。
「平和って尊いものね。あなたともこうして仲良くなれた」
ガラスの向こうで、ぽつりとクラリッサが言った。
「うん。平和はリリカルモナステリオの理念だし」とわたし。
「種族も生まれも関係なし。わたしたちもう信友ね、イルダ」
もちろん、わたしは笑顔で頷いた。ん?でも信友って?
「ドラゴンエンパイアには“竜は三つの友を選ぶ”という諺があるの。ひとつは同族の血と秘密を共有する竜友。ひとつは互いの命を預ける戦友。そしてもうひとつは信友。相手を信じ、心からの言葉で話せる友のこと」
「光栄だわ、クラリッサ」とわたし。
「ね。じゃあ歌はここまで。もっとお話ししましょう。『Astesice』のことも私、聞きたいな」
もちろんOKだよ、いくらでも話しちゃう。トップアイドル『Astesice』とお友達という事は、あれから何日経ってもわたしをちょっとした有名人にしていた。
わたしは照れながらヘッドフォンを外し、竜人のお姫様……いや、わたしの大事な信友のために、部屋を隔てる重いドアを開けてあげた。
リリカルモナステリオ 女子学生寮/消灯時刻
今夜もきちんと整えられたベッドに、クラリッサはいつもよりはしゃいだ様子で飛び乗った。
「新しいお友達ができた」
「イルダ、ご級友ですね。良い娘のようで何よりでした」と同室者のエブリン。
「もう信友よ、イルダは」
寝間着姿のクラリッサは笑顔で答えた。
「それは、よろしゅうございました」
エブリンはただ微笑んだ。
「わたし、やっぱりここに来て良かった。このクジラの背に。リリカルモナステリオに」
クラリッサは微笑んだ口元までブランケットを引き上げた。黄金色の目だけがエブリンを見つめる。
「でも、あなたはこれで良かったの、エブリン?剣を楽譜に替え、武術を舞踏に替えての暮らし」
「私はいつの日もあなた様につき従うのみです、姫」
「たまには本音で答えてよね、エブリン。これは竜友としての願いよ」
命令ではなく。エブリンは視線をそらすと雪の窓に歩み寄った。その方は故郷のドラゴンエンパイアだったろうか。
「剣をもって相手とせめぎ合う事と、歌と踊りで平和を広めること、それはまったくの表と裏とに思えます」
雪の窓の手前には信友イルダの撮った『Earnescorrect』5人の写真が二人の間を繋ぐように立てかけてあった。エブリン以外はみな笑顔を浮かべている。
「私が思うにそのどちらもが熾烈な戦い。この生をどう駆け抜けるか。幸いなことに、必要なものは今ここに全てあります。主と友と機会と試練。それこそが『Earnescorrec』。……ですから私はここに居て良かったと思います」
「あなたの言うことって、いつも難しい」
「本音で答えよと願われたのは姫のほうですよ」
エブリンは主の枕辺にそっと寄り添った。
「さぁ、お疲れでしょう。明日も早いですから」
「うん。お休み、エブリン」
クラリッサはブランケットにくるまって、エブリンに背を向けた。竜の尾が衣擦れの音をたてる。
「『Earnescorrect』のみんなは竜友ね」
「私ども一族はあなたにお仕えする忠実な配下です、姫」
「大切な仲間よ。戦人じゃないんだから配下は止めてね」
消灯。
部屋に暗闇が落ちた。
「……そしてあなたは寮友ね、エブリン」
「私はただの同室者です。皆に羨まれて困っています。早く替われと」
くすくす、とクラリッサの笑い声が応えた。
「知ってる?リリカルモナステリオの寮友って、生涯の友になることが、多いそう、よ」
ベッドから、主の穏やかな寝息が聞こえ始めた。
「お休みなさいませ、クラリッサ。私の英雄殿」
せめてこの時だけは心安く。
エブリンはいつもそうするように、終生の主と心に決めている人の果てなき宿命とその行き着く先について、ベッドに横たわり眠りに落ちるほんの束の間、思いをはせた。
Illust:石山万由果
了
※註.時刻、単位、機材名などは地球のものに変換した※
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《今回の一口用語メモ》
リリカルモナステリオの学生寮
白い空飛ぶクジラで知られるリリカルモナステリオ学園には女子のみ入学が許されており、全寮制である。
新入生から現アイドルまで区別は無く、すべて2人部屋。
ただし種族と必要設備、サイズ等によっては、1人ないしは多人数(たとえばすごく身体小さいフェアリー的なもの)の使用も許可される。
部屋使用の組み合わせ・同居者は、新入生はくじ引きで、それ以降はゆるやかに部屋替えが認められている。
リリカルモナステリオとアイドルデビュー
世界に歌と平和を届けるため各地を巡るリリカルモナステリオでは充分な実力があると認められれば、学園に在籍したままデビューすることが可能だ。よって入学して間もなくトップアイドルとなった者もいれば、500年間ファンの心をつかんで離さない人魚の歌い手などもいる。
高度な教育と同時に、芸能事務所として都市ぐるみの手厚いバックアップ、さらには先輩・後輩たちの熱い応援や協力も受けられるとあって、都市国家リリカルモナステリオの旅とアイドル活動は矛盾なく一体のものとなっている。
吸血鬼フェルティローザと11人のゴースト
食事を摂る必要がない吸血鬼と幽霊が校舎前の木陰に集う、リリカルモナステリオの昼休み名物。
中心に吸血鬼フェルティローザを置き、彼女を取り囲んでお喋りに興じる妹分的幽霊として、イングリット、フロレンツィア、アンネリーゼ、エレオノーレ、ハイルヴィヒ、マルレーン、クリームヒルト、エルネスタ、ヘルミーナ、ハンネローレ、アンゼルマが今のところ確認されている。
なお幽霊の数は日によって変わるが、その理由は定かでない。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡