ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
瘴気立ちこめるグロウシルトの空に今宵も小糠雨が降る。
僕ことスルーは、いつもバドラックと一緒だった。遊ぶときも、いまこうして旅している時も。
「役立たずと違って、オレには悪運がついてるんだからな」
悪運が彼の口癖。憎まれ口もいつものことだ。でもそれが彼の強がりだと僕はよく知っている。
グロウシルトの街に着いた時、ひとつ運試しをしてみようぜと言い出したのもバドラックだ。
この一帯は、魔法王国ダークステイツの中でもまだ歴史も浅い土地、グロウシルトも新しく活気のある街だ。
聞けばグロウシルトではこう言うらしい。
“ギャンブルは食事と同じ”
なるほど。常に食う者と食われる物がいる辺りは言い得て妙かもしれない。
『クリーパー【蔦/ツタ】』
這い伸びるツルが描かれた看板が掛かる賭場の入り口は、華やかな店が並ぶ表通りから外れた込み入った路地の奥にある、それと言われなければ判らない質素な扉だった。
「ここじゃ普通ではできないギャンブルができるんだってさ」とバドラック。
昼間、露天の商人にきいたという特別な調子でノックすると、すかさず覗き窓があいて光る二つの目が僕らを睨みつけた。
「冷やかしはお断りだぜ。何を欲しくてここに来た」
「全てを。何もしなくても贅沢な暮らしができるくらいな」
とバドラックは不適に笑った。まずいよ、と思わず僕は彼の裾を引いた。それはバドラックの本音だろうけど、世の中冗談が通じない相手もいる、というのは僕らがここまでダークステイツを旅してきた中でたっぷり思い知ったことだった。
「よし。そっちの坊主は」扉の向こうの声にはまったく容赦というものがなかった。
「お金です。グロウシルトの滞在を楽しめる程度に」
「……。入りな」
重い木の扉が開いた。
とたんに怪しい臭いのする煙と赤青紫の異様な照明が僕らを襲った。
「一度進んだら振り向くんじゃねぇぞ。それがここのルールだ。よぉく覚えときな」
地を這うようなドスの利いた声に、僕はがくがく頷いて歩を進めた。
魔王によって統べられるこのダークステイツには、瘴気によって産み出された危険で凶暴な種族もたくさんいる。できればお近づきになりたくない魔的な存在も。
「いらっしゃいませ。今夜はカード、ルーレット、スロットに空きがあります」
思わずほっとしたのは、出迎えてくれた店員が服装も物腰も(こうした賭場にしては)ごく普通の男性だったことだ。警告に従って背後以外を見渡すと、客は半ばの入り。僕らのような人型もそれ以外の種族もギャンブルに熱中し、思い思いに飲み食いや交流を楽しんでいる。ごく普通の店のようでこの点もやや拍子抜けだった。
「僕はスロットにするよ」
「スルー、あんなの玩具だ。だが、まぁせいぜい財布の中身、使い果たさないようにな」
とバドラック。
それが僕が聞いた彼の最後の声だった。
スルーはまるで実の弟みたいでいいヤツなんだけど人が良すぎるというか、欲が無いっていうか、もどかしく思うことが多い。
オレはスロットマシン──魔法王国ダークステイツの機械なんてどんなイカサマがしかけられてるか……信用しちゃダメだろうに──のレバーを真剣な顔で握るスルーに肩をすくめて、店員に尋ねた。
「なぁ、ここにはグロウシルト一の最高に高額なテーブルがあるって聞いてんだけど」
「……。そういう事でしたら、こちらへどうぞ」
店員は口元を隠して背を向けた。ぎぃ、と奇妙な音が聞こえたような気がしてオレは思わず辺りを見渡した。イヤだな、まるで魔物の笑い声みたいじゃないか。
『“ク”リーパー』
店の奥、カーテンの後ろにある隠し扉には、表にあった看板と同じような文字が書いてあった。文字間違えてるぜ、と言うのはなんだか面倒くさいので止めといた。
「それではお気をつけて」
店員に導かれるままに進んだオレは、背後の扉が閉まると同時にまったくの漆黒の闇に取り残された。
汗が噴き出し、心臓が早鐘のように打ち出す。闇を恐れるのは避けられない人間の本能だ。
その時……
チッ!チッ!チッ!チッ!
誰かが舌打ちするような音とともに、前方の闇にスポットライトが点った。
♪チッ!チッ!チッ!チッ!♪
「なんだ……ありゃ」
♪チッ!チッ!チッ!チッ!♪
眩しい光の下、横一列に翼ある悪魔がずらりと並び、指を弾きながらリズムを取っていた。
Illust:獣道
暗闇から調子っぱずれの伴奏が鳴り響いた。
♪賭けで儲けたイーダ♪ ♪楽して勝ちたイーダ♪ ♪バッチリ決めたイーダ♪ ♪タイーダ・タイーダ!!♪
オレはたぶんあんぐりと口を開けていたのだと思う。次に声がかかるまで呆然としたままだった。
「ようこそ、お若けぇの。オレの店一番の賭けに挑戦とはいい度胸だ」
小悪魔たちの後ろに、派手なスーツの大男が立っていた。目深に被った帽子のせいで顔は見えない。
それが、さっき扉の後ろにいたヤツの声だとオレはすぐに気がついた。
慌てるな、慌てるな!オレは出口を求めて身体を動かした。ここは裏路地とはいえ都市のド真ん中だ。隣の部屋には友達もいるはず……。
「おっと!警告しといたはずだぜ、バドラック。もう賭けは始まってるんだ。振り向いたらオマエの負けさ……あぁ、喋ってたら腹が減っちまった」
なんで俺の名前まで知ってるんだ、と思う間もなく、大男は一人の小悪魔をつまんでひょいと口に放り込んだ。ごくりとスーツの襟元で喉が動く。悪魔を食った?オレは混乱で頭がおかしくなりそうだった。
「安心しな。ここでの賭けはフェアなもんだ。今夜はコイン投げといこうか。こいつは知ってるな?」
男は懐から大きな金貨を取り出した。
パガニーニ金貨だと!?
オレはひっくり返りそうなくらい驚いた。
この国ダークステイツがまだダークゾーンと呼ばれていた頃から魔王の宮殿の中でのみ流通してきたという超高額の硬貨だ。オレたちが暮らす街や村、街道筋であってもこれを見せるだけで無限に金が借りられるという、別名「すべてを買える金貨」。これなら買える!この世のすべてが!
「勝負はいたってシンプルだ。この金貨の表と裏」
大男は筋骨隆々の腕を伸ばし、器用にひっくり返して見せた。
「好きなほうを言ってみな。当てたらこの金くれてやる」
「ま、負けたら……?」
オレは恐る恐る訪ねた。気がつくとオレはびっしょり汗をかいていた。恐れだけじゃない。この部屋は異様な暑さだった。
「それはその時にわかる。なぁギャンブルなんだぜ。勝った時のことしか考えんなよ」
大男は面倒くさそうに答えた。怠惰、傲慢そして貪欲。普段のオレなら友達には絶対に近寄るなと警告するタイプだった。だが男の言うとおり、後は無い。
「新しいしもべだ、ぎぃ。グリードン様……喰らう者……この街の闇の支配する王……」
気がつけば部屋の中はざわざわと大小の魔物の気配でひしめいていた。オレのギャンブルを観戦して楽しもうという悪魔たちだろう。
「賭けなよ。勝てばすべてがオマエのもんだ」
大男は手に持った葉巻を吸い、大きく吐き出した。生臭い。まるで竜の息みたいだ。
「……」
「さぁ!賭けろ、バドラック!!」
男が今まで隠れていた魔竜の顔を見せて吠えたとき、オレは踵を返して、背後へ、一目散に逃げ出した。ようやくわかった。こいつらは平凡で平穏な暮らしをするオレたちに這い寄るもの、狩りとる者だ。
怖い。そうだ、オレは今、たまらなく怖い!
Illust:Moopic
「バドラック?バドラーック!」
僕、スルーはかなり良い当たりを出したスロットのお金で美味しい食事と飲み物をたっぷり楽しんだ後、ふと気がついて煙る店内を探し回った。だけど友達の姿はどこにも見あたらなかった。
ただ一つ、奥の閉まったカーテン以外は。
「お客様、困ります!」
店員が止めるのも構わず、僕は厚いカーテンを引いた。
バサバサバサーッ!
僕の顔を柔らかい羽根が撫で、奇怪な鳴き声が耳をつんざいた。
ぎぃ、キィーッ!
続いて、なにか小さい奇妙な生物がカーテンの向こうから沢山飛びだしてきた。
店内の明かりが消え、混乱と悲鳴が広がってゆく。
やっとのことで外に飛び出すと、月光をさえぎるように上空には無数の羽ばたき、すぐ近くから犬の鳴き声のような吠え声も聞こえていた。
怖い。そうだ、僕は今、たまらなく怖い!
僕は、なぜか一匹だけ僕の髪にしがみついて離れない小さな生き物を必死に振り払おうとしながら、店の外に飛び出した。
瘴気立ちこめる空の下、これからいよいよ享楽の夜を迎えようとする魔都グロウシルトの街に。
※註.文字綴りについては地球の相当する言語に変換した※
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《今回の一口用語メモ》
ダークステイツとダークサイドビジネス
魔法王国ダークステイツは古より魔力が強く滞留し、瘴気うずまく沼沢地帯である。天輪聖紀となる前には小領主の魔王たちが群雄割拠し、小競り合いを繰り返す無法地帯となっていたが、一人の英雄の出現によって統一され、現在は国家としての体を成している。
とはいえ魔族や凶悪な生物が跋扈する土地であることに変わりはなく、街で取引される魔法や呪術の品や世界を揺るがしかねない秘密情報、上限なしの賭博などは他国では明らかに違法となるものが多い。ただそうした危険と裏腹に一攫千金を狙う者や我欲を満たしたい者は引きも切らず、ダークステイツの住民にとっても主要なビジネスとなっている。これは各地の魔王もよほど領地の治安を乱すことがない限り黙認している立派な「貿易」である。
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僕ことスルーは、いつもバドラックと一緒だった。遊ぶときも、いまこうして旅している時も。
「役立たずと違って、オレには悪運がついてるんだからな」
悪運が彼の口癖。憎まれ口もいつものことだ。でもそれが彼の強がりだと僕はよく知っている。
グロウシルトの街に着いた時、ひとつ運試しをしてみようぜと言い出したのもバドラックだ。
この一帯は、魔法王国ダークステイツの中でもまだ歴史も浅い土地、グロウシルトも新しく活気のある街だ。
聞けばグロウシルトではこう言うらしい。
“ギャンブルは食事と同じ”
なるほど。常に食う者と食われる物がいる辺りは言い得て妙かもしれない。
『クリーパー【蔦/ツタ】』
這い伸びるツルが描かれた看板が掛かる賭場の入り口は、華やかな店が並ぶ表通りから外れた込み入った路地の奥にある、それと言われなければ判らない質素な扉だった。
「ここじゃ普通ではできないギャンブルができるんだってさ」とバドラック。
昼間、露天の商人にきいたという特別な調子でノックすると、すかさず覗き窓があいて光る二つの目が僕らを睨みつけた。
「冷やかしはお断りだぜ。何を欲しくてここに来た」
「全てを。何もしなくても贅沢な暮らしができるくらいな」
とバドラックは不適に笑った。まずいよ、と思わず僕は彼の裾を引いた。それはバドラックの本音だろうけど、世の中冗談が通じない相手もいる、というのは僕らがここまでダークステイツを旅してきた中でたっぷり思い知ったことだった。
「よし。そっちの坊主は」扉の向こうの声にはまったく容赦というものがなかった。
「お金です。グロウシルトの滞在を楽しめる程度に」
「……。入りな」
重い木の扉が開いた。
とたんに怪しい臭いのする煙と赤青紫の異様な照明が僕らを襲った。
「一度進んだら振り向くんじゃねぇぞ。それがここのルールだ。よぉく覚えときな」
地を這うようなドスの利いた声に、僕はがくがく頷いて歩を進めた。
魔王によって統べられるこのダークステイツには、瘴気によって産み出された危険で凶暴な種族もたくさんいる。できればお近づきになりたくない魔的な存在も。
「いらっしゃいませ。今夜はカード、ルーレット、スロットに空きがあります」
思わずほっとしたのは、出迎えてくれた店員が服装も物腰も(こうした賭場にしては)ごく普通の男性だったことだ。警告に従って背後以外を見渡すと、客は半ばの入り。僕らのような人型もそれ以外の種族もギャンブルに熱中し、思い思いに飲み食いや交流を楽しんでいる。ごく普通の店のようでこの点もやや拍子抜けだった。
「僕はスロットにするよ」
「スルー、あんなの玩具だ。だが、まぁせいぜい財布の中身、使い果たさないようにな」
とバドラック。
それが僕が聞いた彼の最後の声だった。
スルーはまるで実の弟みたいでいいヤツなんだけど人が良すぎるというか、欲が無いっていうか、もどかしく思うことが多い。
オレはスロットマシン──魔法王国ダークステイツの機械なんてどんなイカサマがしかけられてるか……信用しちゃダメだろうに──のレバーを真剣な顔で握るスルーに肩をすくめて、店員に尋ねた。
「なぁ、ここにはグロウシルト一の最高に高額なテーブルがあるって聞いてんだけど」
「……。そういう事でしたら、こちらへどうぞ」
店員は口元を隠して背を向けた。ぎぃ、と奇妙な音が聞こえたような気がしてオレは思わず辺りを見渡した。イヤだな、まるで魔物の笑い声みたいじゃないか。
『“ク”リーパー』
店の奥、カーテンの後ろにある隠し扉には、表にあった看板と同じような文字が書いてあった。文字間違えてるぜ、と言うのはなんだか面倒くさいので止めといた。
「それではお気をつけて」
店員に導かれるままに進んだオレは、背後の扉が閉まると同時にまったくの漆黒の闇に取り残された。
汗が噴き出し、心臓が早鐘のように打ち出す。闇を恐れるのは避けられない人間の本能だ。
その時……
チッ!チッ!チッ!チッ!
誰かが舌打ちするような音とともに、前方の闇にスポットライトが点った。
♪チッ!チッ!チッ!チッ!♪
「なんだ……ありゃ」
♪チッ!チッ!チッ!チッ!♪
眩しい光の下、横一列に翼ある悪魔がずらりと並び、指を弾きながらリズムを取っていた。
Illust:獣道
暗闇から調子っぱずれの伴奏が鳴り響いた。
♪賭けで儲けたイーダ♪ ♪楽して勝ちたイーダ♪ ♪バッチリ決めたイーダ♪ ♪タイーダ・タイーダ!!♪
オレはたぶんあんぐりと口を開けていたのだと思う。次に声がかかるまで呆然としたままだった。
「ようこそ、お若けぇの。オレの店一番の賭けに挑戦とはいい度胸だ」
小悪魔たちの後ろに、派手なスーツの大男が立っていた。目深に被った帽子のせいで顔は見えない。
それが、さっき扉の後ろにいたヤツの声だとオレはすぐに気がついた。
慌てるな、慌てるな!オレは出口を求めて身体を動かした。ここは裏路地とはいえ都市のド真ん中だ。隣の部屋には友達もいるはず……。
「おっと!警告しといたはずだぜ、バドラック。もう賭けは始まってるんだ。振り向いたらオマエの負けさ……あぁ、喋ってたら腹が減っちまった」
なんで俺の名前まで知ってるんだ、と思う間もなく、大男は一人の小悪魔をつまんでひょいと口に放り込んだ。ごくりとスーツの襟元で喉が動く。悪魔を食った?オレは混乱で頭がおかしくなりそうだった。
「安心しな。ここでの賭けはフェアなもんだ。今夜はコイン投げといこうか。こいつは知ってるな?」
男は懐から大きな金貨を取り出した。
パガニーニ金貨だと!?
オレはひっくり返りそうなくらい驚いた。
この国ダークステイツがまだダークゾーンと呼ばれていた頃から魔王の宮殿の中でのみ流通してきたという超高額の硬貨だ。オレたちが暮らす街や村、街道筋であってもこれを見せるだけで無限に金が借りられるという、別名「すべてを買える金貨」。これなら買える!この世のすべてが!
「勝負はいたってシンプルだ。この金貨の表と裏」
大男は筋骨隆々の腕を伸ばし、器用にひっくり返して見せた。
「好きなほうを言ってみな。当てたらこの金くれてやる」
「ま、負けたら……?」
オレは恐る恐る訪ねた。気がつくとオレはびっしょり汗をかいていた。恐れだけじゃない。この部屋は異様な暑さだった。
「それはその時にわかる。なぁギャンブルなんだぜ。勝った時のことしか考えんなよ」
大男は面倒くさそうに答えた。怠惰、傲慢そして貪欲。普段のオレなら友達には絶対に近寄るなと警告するタイプだった。だが男の言うとおり、後は無い。
「新しいしもべだ、ぎぃ。グリードン様……喰らう者……この街の闇の支配する王……」
気がつけば部屋の中はざわざわと大小の魔物の気配でひしめいていた。オレのギャンブルを観戦して楽しもうという悪魔たちだろう。
「賭けなよ。勝てばすべてがオマエのもんだ」
大男は手に持った葉巻を吸い、大きく吐き出した。生臭い。まるで竜の息みたいだ。
「……」
「さぁ!賭けろ、バドラック!!」
男が今まで隠れていた魔竜の顔を見せて吠えたとき、オレは踵を返して、背後へ、一目散に逃げ出した。ようやくわかった。こいつらは平凡で平穏な暮らしをするオレたちに這い寄るもの、狩りとる者だ。
怖い。そうだ、オレは今、たまらなく怖い!
Illust:Moopic
「バドラック?バドラーック!」
僕、スルーはかなり良い当たりを出したスロットのお金で美味しい食事と飲み物をたっぷり楽しんだ後、ふと気がついて煙る店内を探し回った。だけど友達の姿はどこにも見あたらなかった。
ただ一つ、奥の閉まったカーテン以外は。
「お客様、困ります!」
店員が止めるのも構わず、僕は厚いカーテンを引いた。
バサバサバサーッ!
僕の顔を柔らかい羽根が撫で、奇怪な鳴き声が耳をつんざいた。
ぎぃ、キィーッ!
続いて、なにか小さい奇妙な生物がカーテンの向こうから沢山飛びだしてきた。
店内の明かりが消え、混乱と悲鳴が広がってゆく。
やっとのことで外に飛び出すと、月光をさえぎるように上空には無数の羽ばたき、すぐ近くから犬の鳴き声のような吠え声も聞こえていた。
怖い。そうだ、僕は今、たまらなく怖い!
僕は、なぜか一匹だけ僕の髪にしがみついて離れない小さな生き物を必死に振り払おうとしながら、店の外に飛び出した。
瘴気立ちこめる空の下、これからいよいよ享楽の夜を迎えようとする魔都グロウシルトの街に。
了
※註.文字綴りについては地球の相当する言語に変換した※
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《今回の一口用語メモ》
ダークステイツとダークサイドビジネス
魔法王国ダークステイツは古より魔力が強く滞留し、瘴気うずまく沼沢地帯である。天輪聖紀となる前には小領主の魔王たちが群雄割拠し、小競り合いを繰り返す無法地帯となっていたが、一人の英雄の出現によって統一され、現在は国家としての体を成している。
とはいえ魔族や凶悪な生物が跋扈する土地であることに変わりはなく、街で取引される魔法や呪術の品や世界を揺るがしかねない秘密情報、上限なしの賭博などは他国では明らかに違法となるものが多い。ただそうした危険と裏腹に一攫千金を狙う者や我欲を満たしたい者は引きも切らず、ダークステイツの住民にとっても主要なビジネスとなっている。これは各地の魔王もよほど領地の治安を乱すことがない限り黙認している立派な「貿易」である。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡