ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
僕ことカリクレスがそれと出会ったのは、この基地に配属されてひと月ほど経った頃のことだ。
ストイケイアの旧メガラニカ地方。
この大陸の西方を指して「メガアーキペラゴ」という呼び名がある。
僕らストイケイア海軍「アクアフォース」の基地はこの海域の大小さまざまな島に、あるものは海に向かって開かれた軍港として、またあるものは複雑な構造をした入り江など自然の地形を巧みに利用した秘密施設として設けられている。
現在、僕が勤務する基地は後者だ。正式名はなく、コードネーム“サイトM”と呼ばれている。赴任先を聞いた時に、遺跡なんてロマンチックな呼び名だなと思ったことを覚えている。もちろん所在地は極秘で、軍が使う汎用海洋地図にさえ書かれていない。
Illust:加藤綾華
──早朝の哨戒任務。
この日、僕の担当するサイトMの西南エリアには“お客”が大勢いて僕は大忙しだった。
船で行く海は広い。だが海の中はもっと広い。
哨戒、つまり担当する海域を監視・警戒し必要ならば迎撃する任務の難しい点は二つ。敵を見間違わないこと。そして見逃さないことだ。
「やぁ、士官候補生どの。首尾はどうです?」
と交替に来たインロード・シューターが声をかけてきた。
Illust:田島幸枝
厳密な階級で言うと僕の方が上なのだが、海の中で二人きりの時に気さくに話しかけてくることを僕は咎めなかった。見習い士官として、戦場を一度でも経験すればもっとも大事なものは頼れる味方だとわかる。この点、インロードはベテランで判断力もあり世話見もよい仲間であり、先輩だった。
「不法侵入の高速海賊船1隻、海底をさまよっていたはぐれ不死船員が12名、あと帰って正体を調べなきゃいけない深海生物に3度襲撃されたけど、いずれもこの銛銃でご退場いただいた。なんだか今日は海が騒いでる感じだ……まだ朝なのに疲れたよ」
ちなみにアクアロイドの僕たちにとって水中での会話は、地上を走るのと水中を高速で泳ぐのが同じくできるように、空気中で話すのと何ら変わらない感覚だ。
「この所、不死海賊団の動きも活発化してるみたいですから」
「グランブルーの海賊どもがある意味、ストイケイアの海運業の助けにもなっていることは知ってるよ。僕ら軍人は他国の船による不法取引までは取り締まれないからね。しかし互いの領域は守ってもらわなければ困る」
「一長一短ですな。まぁ、この美しい海を踏み荒らすものは排除いたしますよ。『絶対正義の名において』」
「あぁ、『絶対正義の名において』」
インロードは笑って敬礼すると、僕の替わりに朝の日差しが射す海底へと泳ぎ去って行った。
基地の乾ドックにたどり着くと、いつものように海水を後に曳きながら岸に歩いて上がった。
僕らアクアロイドの便利なところは元々水から創られた種族なので、人間のように濡れた身体を拭いたり乾かしたりする必要がないことだ。
Illust:黒井ススム
「士官候補生どの」
目を上げると、その声の主は僕に背を向けたままドックに収められている巨大な構造物を見上げていた。
クリード・アサルト。“サイトM”司令官。
インロード・シューターと違って、まったく疑う余地もなくこの基地で一番高い位にある僕の上官であり、規律に厳しいことでも知られる要人だった。あまりに真面目なので“鉄面皮”などと影口する者までいるという。
「報告を」
僕の敬礼にきちんと振り返って答礼したクリード・アサルトの言葉に、緊張しつつ先ほどと同じ内容を繰り返した。
「言い忘れたことはないか」
問われて僕は動揺した。見間違わないこと、見逃さないこと。何か変わったものはなかったか……そうだ!
「ドックの入り口にティアードラゴンが、何かを待っているかのようにここ数日ずっと動かずにおります」
「そうか。貴官はあれが誰かを知らないのだな。動かざる中将フラッグバーグ・ドラゴン。時に、天賦の才能と強さを持つが故に出番に恵まれない事もあるものだ」
僕はホッと胸を撫で下ろした。あのティアードラゴンがクリード・アサルトと同じ将官なのには驚かされたけれど。士官見習いにとっては毎日、起きてから眠るまで全ての時間が試験みたいなものなのだ。クリード・アサルトは顎を少し動かして、見つめていたものを指し示した。
「これが何かわかるか」
また質問。僕は一所懸命に頭を巡らせる。
この基地で一番古いドックに置かれているもの。建物に見間違えるほどの大きさ。材質と形状。係留なのか封印なのか錆びついた巨大な鎖によって繋がれたそれは歴史をも感じさせる、これは……。
「兵器です。ずいぶん古いものですね」
「遺跡だな。自分が知る限り、この基地が名を冠する偉大なる竜、かの蒼き嵐の提督より託されて以来、少なくとも千年は使われていない。強力すぎてどんな竜も使用に耐えられなかったのだ。その間もこの“サイトM”で一日も欠かさずに整備され、磨かれ、大切に保管されてきた」
クリード・アサルトはサーベルを杖のようについて物思わしげな様子だった。アクアロイドの力で形成される水の刃をもつそのサーベルは、かつて大型海賊船を一撃で真っ二つにしたという伝説つきだ。
「戦場におけるティアードラゴンの意義とは何か」
「巨大な体躯を活かした重武装と重装甲。海上戦力の主力となります。いわば生ける戦艦です」
戦場では僕らが海中の脅威に備え、ティアードラゴンたちが海上からの猛攻撃で敵を圧倒する。
「この基地所属のティアードラゴンは?」
「2体。駆逐艦型ハイレートバースト・ドラゴンと戦艦型アグレスブルー・ドラゴン。基地の規模からすれば防衛には充分とも申せましょうが、遺憾ながら我が艦隊には指揮中枢が欠けております。旗艦となる竜が」
僕は即答して寸評まで入れた。チラリとクリード・アサルトが僕を見た。
洟垂れ小僧が言い過ぎだと、ブン殴られるのも覚悟の上だった。でも士官候補生は伊達じゃない。
敵に対応する戦術と、戦場にいかに有効な戦力を投入するか──つまり指揮については四六時中、考えているのだ。訓練にしても哨戒から発生した小競り合いにしても、“サイトM”の海兵は強かった。だけどこの強さをまとめるものがあれば、あるいはもっと……と感じることも多かった。
巨大な古代兵器を前に立つ、僕ら二人の間に長い沈黙が落ちた。
ビィー!!ビィー!!ビィー!!
『北より有翼の未確認生物接近。警告には無反応。敵はきわめて多数、総員出動せよ!!』
突然、全館に警報と命令が出た。
と同時にドックに海水が流入してきた。これは僕ら海の種族が動きやすくするための措置で、つまりこれは──緊急発進だ。
「出動します!」と僕。海水はもう胸まで達している。今なら北門までは誰より早く到達できるだろう。
「待て!」僕は身を翻しかけていた動きを止めた。
「我が艦隊には指揮中枢に欠けると君は言った」
「申しました」これは出撃前に一発気合い入れられるかな。僕は歯を食いしばった。
「旗艦すなわち指揮を下し、味方を鼓舞する要の存在は個の力を何倍、何十倍にもする」
「は、はい。おっしゃる通りです」
「いま対処困難な脅威が迫り、運命の扉が叩かれている。そして……これはたぶん意味のある偶然だな。その鍵は私たち歴代の司令官のみが預かってきた。カリクレス、君ならばどうするか」
今、クリード・アサルトは初めて僕の名前を呼ばなかったか。胸が高鳴った。
乾ドックは満水となり、僕らは完全に水中にいた。
「いまこそ古の封印を解く!」
クリード・アサルトが伝説に謳われるサーベルを鞘走らせた。
僕は巨大な鎖を易々と断ち切った上官の剣技と、背後からそれに応えるように歓喜の咆哮をあげる竜の存在に圧倒されていた。
Illust:ダイエクスト(DAI-XT.)
海上に出てみると、兵器となる装具と一体化したフラッグバーグ・ドラゴンが、僕ら艦隊の中央で咆哮を上げ、有翼の敵を蹴散らしていた。
「士官候補生どの。あれは一体……」
近くに浮上してきたインロード・シューターが呆然と呟いていた。
放たれたミサイルが有翼の敵を追尾し爆発する。まばゆいビームが宙をそして敵を切り裂く。
古代の竜装兵器を、いままでどの竜も使いこなせなかった武器を、フラッグバーグ・ドラゴンは初陣にも関わらず完全に使いこなしていた。
「観艦式ではないのだぞ、士官候補生どの。見とれてる場合か」
いつの間にか背後に浮上していたクリード・アサルトに、僕らとインロードは水面に硬直して敬礼した。
「戦艦の最大の弱点は」
とクリード・アサルト。インロード・シューターは物言いたげに僕を見た。
「頭上と足元。すなわち上空と海中です」
「では備えよ!海兵! 私は直衛に回る」
『絶対正義の名において』!!
僕らは合唱すると海に潜った。
「我らが旗艦竜フラッグバーグ・ドラゴンのために!」
急速に潜航する僕ことカリクレスの耳に届いたのは、満足と誇らしげな感情に満ちたクリード・アサルトの叫び声だった。
了
※註.アルファベット、単位等は地球のものに変換した※
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《今回の一口用語メモ》
アクアロイドとティアードラゴン
ストイケイア(旧メガラニカ)の海軍、アクアフォース。その戦力の中核を成すのが「アクアロイド」と、「ティアードラゴン」、そして「マーメイド」である。このうちマーメイドは人魚として惑星クレイでは比較的ありふれた水棲種族であり、その特性を活かし海軍で活躍している。同じ人型種族でもアクアロイドは水に魔力を加える事で創られた人造戦士であり、水を操る力と海中での戦闘に特化したアクアフォース海軍独特の種族である。ティアードラゴンはアクアフォース海軍で戦艦や空母の役割を果たすものとして、他のドラゴン族に比べても飛び抜けて巨大な体躯を誇り、艦載砲やミサイルなどの強力な攻撃力と強固な装甲を備えている竜が多い。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡