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短編小説「ユニットストーリー」
029「厳罰の騎士 ゲイド」
ケテルサンクチュアリ
種族 ヒューマン
カード情報
“βについての近況、共有願う

鎧穿がいせんの騎士ムーゲン・拝”

 特殊インクで書かれた一筆箋を、私は目を通すなり発火させて燃やした。
 掌には消し炭さえ残らない。
「ご苦労であった」
 天上からの伝令、新米の天上の騎士クラウドナイトの若者は、私の声を聞くなり震え上がると敬礼もそこそこに退散した。齢で言えばそう変わらぬのだから、そこまで怯えることはなかろうに。もっともシャドウパラディン第5騎士団副団長が一人、この“厳罰の騎士 ゲイド”が相手となれば仕方もないことか。
 ケテルサンクチュアリの旧都セイクリッド・アルビオンの地下、シャドウパラディンの騎士の間。
 我々の任務の性質上、この部屋に人が一堂に会することは滅多にない。
 そしてつい先日まで、ここには古の魔法で守られた、ある宝具が祭ってあったのだ……。
「しかしムーゲンめ、なかなかにうるさい」
 私の独り言は壁に吸い込まれるように消えた。
 天輪聖紀、旧都のこの地下区画においては、幾つかの特殊な発声を使いこなすことで伝える先を自在に変えられる。独語、密談、談話(部屋話)、遠話、全館一斉号令。諜報秘密活動を旨とする第5騎士団としては、これ以上なく重宝していた。建物自体が非常に特殊な構造になっているためだが、そもそも音響設計が良いのはここが元宮殿だからという事情もあった。
 本部がある天上の浮島ケテルギアのシャドウパラディンの間では、ここを“囁きの館”などと揶揄されているのも知っている。まぁ剣と魔法・科学だけで国が守れるなどと思っている能天気な連中には、言わせておけばよいのだ。
「ゲイド様」従卒の声、これは密談だった。
「“赤髪”殿が、お会いできるとのことです」
 シャドウパラディンの従卒の声は緊張しているようだった。
「“話せる”ようになったか」
「それは……」
 従卒は口をつぐんだ。先の伝令同様、怯えているのだろう。
 私が、この国で古くから代々、影の上級騎士を継ぐ家柄であることは語りや仕草、接し方につい出てしまうものだが、役職に就いてからは、表情を窺わせ難いマスクと同じく、それらは相手を怯ませ、年齢を意識させないという点で私の武器になっていた。
 いずれにせよ、知らぬ事は答えぬが良し。我が騎士団の規律と作法は従卒に至るまで守られているようだ。大変宜しい。
 私は身を翻して歩を進めた。腰の剣がかすかな音を立てる。今日はお前に大いに役に立ってもらうぞ。
 通い慣れた道を、地下へまた地下へと潜る。
 ここは旧都セイクリッド・アルビオンの失われし核心だ。
 時折、地上の町の不確定な場所から《穴》が開いてしまうという厄介な時空間の気まぐれを除けば、歴史を愛し国に仕える影の騎士としてこれほど望ましい勤務地もない。暖かな陽と大地が恋しい?そんな者は郷士ゴールドパラディンになれば良いのだ。それも一つの生き方だ。


 件の竜は、《竜の間》にいた。
 騎士の間と対になる存在と言って良い場所であり、常人にはまったく想像もつかない複雑なルートで外部、つまり漏斗状の外見をした旧都セイクリッド・アルビオンのその頂きと繋がっている。
「ここまででよい」
 私は従卒に命じ、一礼して広間へと歩を進めた。
 その音はすでに聞こえていた。
 黒竜が床でのたうっている。
 ドラゴンエンパイアの竜騎士にもあると聞くが、生涯の友として強い絆で繋がれた人と竜は、相棒と引き離された時、竜は……あるいは騎士もこんな状態になると言う。魂同士まで結びつけられた仲なのだ。それがどう顕れるかの違いだけで、心身の苦しみは余人には計りがたいほど辛いのだと察せられる。
「ヴィールレンス殿」
 マスクを下げてもう一度、声をかける。
「我らが盟友“赤髪”よ。ヴィールレンス・ドラゴン!」
 竜が動きをようやく止め、私に向き直った。
 阿(ア)!
 炎が吐かれ、応答が得られた。私は内心の安堵を悟られたくなかったのでマスクをあげた。
 黒竜との対話は言語を介するものではないので本来、可能ならば専門家をたてたい所だ。できれば相棒の通訳が。しかし今回の問題はその相棒ドゥーフ失踪についての聴取なので、ことは少々厄介だった。
 無茶は承知で話しかけてみる。
 竜が相手ならば逆鱗は常に覚悟のこと。炎に巻かれるくらいは安いものだ。
「まずは貴殿の心痛、お察し申し上げる。此度はまさにその件でまかりり越した」
 では。儀礼はここまで。事態として、こちらもやや急いでいるのだ。
「御免仕る!」
 すらりと腰の剣を抜いた。恭しく両の手で掲げる。
は我が父祖伝来の剣。名はグンデストルップ。こちらが我らを介助いたす」
 グンデストルップは剣先がない斬首剣エクセキューショナーズソードだ。だが我が先祖はいつの頃からか、剣としての切れ味に加えて、相手の心に入り込みその感覚を過去まで追跡、つぶさに観察・共有できるという我々、闇の官吏にはうってつけの魔力を付与していた。その恩恵にもあずかって、この私は対国外諜報機関であるシャドウパラディン第5騎士団の旧都現場部門を取り仕切ることになっているのだ。
 目を閉じた。
 竜が“語り”始めた。私の目が竜となり、耳が竜となる感覚。それはとても奇妙なものだった。

 背に闇の騎士ドゥーフを乗せ、旧都セイクリッド・アルビオンを飛び立った。
  ──これは私の命令だ。“洞窟”到着までの自由で心躍る道中は、“赤髪”よ、申し訳ないが割愛させて欲しい。
 到着するなり、いきなり猛烈な眠気
  ──天輪聖紀の世に、黒竜を眠らせる力をもった存在とはいかなる者か?
 身が震え血に炎がたぎる。気がつくと少女が自分の鼻先に口づけしていた。
  ──……。乙女のキスで黒竜が目覚める?これはどこのお伽話なのか。
   しかし事実には違いない。後で民間伝承をあたってみる事にしよう。
  ──“赤髪”よ、ここからは最後まで貴殿の邪魔をせず、集中して見聞きしたい。このまますべて伝えてくれ。

 吽(ウン)!
 再び竜の炎が吐かれ、ヴィールレンス・ドラゴンの孤独な帰還で、数奇な旅の共感は終了した。
 私は、目を開けた。
「か、感謝する……心より感謝するぞ。我らが盟友ヴィールレンス・ドラゴン、“赤髪”よ……相棒のことは我らにお任せ、あれ」
 剣を支えに膝を落とした。グンデストルップの力は凄まじいまでに体力の消耗を要求する。
 じっと私を見つめる“赤髪”ヴィールレンス・ドラゴンの竜の視線を意識しながら、普段の限界を超える思考を巡らせていた。
 《光の宝具》は作られた本来の役割をまっとうした。これは我が騎士団の務めとして重畳ちょうじょう
 だが……あぁ、何と言うことだ。
 なんとなく予感はしていたが、事実は夢想すら遙かに超えている。
 ほとんどが洞窟の中のことだったので聴覚・嗅覚のみが頼りだったが、特に黒竜の聴力は臥していれば地中深くのことでも辛うじて聞き取ることができた。
 つまり本人たちと、かの死せる修道僧ゴジョーを除けば、現時点で真実に限りなく近付いたのはこの私ということになるのだが……。
 特に問題なのは、我が友ドゥーフのこの言葉だ。
『しかし、まさか古代のブラスター兵装の使い手などに出会うとはな……』
 “洞窟”で実体のあるブラスター・ダークに襲撃されただと!?
 事実ならば、まさに先のムーゲンの書状や我ら騎士団全体の問題にまでも繋がるような一大事ではないか。
 さらに。
 もっと気になるのが、竜の聴力でも聴けなかった、かの少女フィリネがゴジョー師に耳打ちした言葉だ。
 あれは、なんと、言ったのか。
 少女はあの扉の向こうに何を見、何を知ったのか?
 それはもしやこの世を、この国を、あるいは世界のバランスをも変えうる秘密ではないのか。
 知りたい!我らは知らねばならぬ!
 すぐに探さねば!!我が友と運命の子供たちは我が国が保護する!!絶対に!!
「影の騎士よ!ゲイドの名の元に招集する!総員、広間に集えーッ!」
 全館一斉号令。
 この地下は静かでも無人ではあり得ない。私の一声で、たちまち騎士、衛兵、従卒が動き出す気配がした。
 待っておれ、我が友よ。
 私は竜に別れを告げ、階上へと足音荒く進みつつ、配下に下す次の命令と騎士団、参謀長にどう報告するかについてめまぐるしく考えていた。
 もう何年も味わったことのない、狂おしく燃え上がる熱情を感じる。心が躍る。
 だが、それが責務のためか、友誼のためか、世界最高峰の秘密を欲するゆえか、それとも……妬ましさにも拠るものなのか、私は自分でもよく分からなかった。



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《今回の一口用語メモ》

シャドウパラディン
ケテルサンクチュアリの闇の騎士。5つの騎士団で構成される。表向きの所属としては天上騎士団クラウドナイツとなるが、光の騎士ロイヤルパラディンとは同胞であるにも関わらず、歴史的にも長い対立状態にある。また後述する第4第5騎士団などは天上、地上の所在すら明らかにされておらず、他の騎士もその任務の性質上、あえて問いただすこともない。第1から3騎士団は他国との戦闘を想定した騎士団である。第4騎士団は対国内諜報機関であり、警察を調査する警察つまり「監察」の役割もしている。第5騎士団は対国外諜報機関であり任務として外国に派遣されることもあるとされるが、その存在から活動状況までのすべてが、他国はもちろん自国ケテルサンクチュアリでも極秘となっている。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡