ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
「この道を右に」
「じゃあ左ね」とリノ。
「この広場は通り過ぎて……」
「なるほど。では、ここに長く留まったのね」とレイユ。
「ポスターいっぱい貼ってあったよな。ひとつ大演説をぶったんだろ、封焔の巫女さんがさ」とゾンネ。
「で、ヤツらは東に向かった」
「ふーん、西かぁ。沼とか湖とかいっぱいある方だね」とローナ。
「あちらにはゼロスクレーターもあるし、その方角はここよりも瘴気が濃い一帯。気になるわね」とレイユ。
「急いでいたようだから今日はもう追いつけな……」
「今からでも遅くないわ。確かゼロスクレーター行きの駅馬車があるはず。急ぎましょう!」とリノ。
ここでオレっちはキレた。
「もー!なんで全部逆を選ぶっキーッ!?」
「だってキミ、悪魔だもん」
地団駄踏むオレっちの横で、トリクスタが笑って言った。
オレっちと焔の巫女たち、そしてトリクスタが今いるのは暗黒地方として名高いダークステイツ国の歴史ある街、退廃の都クイルカルア。
ここは大通り広場から少し脇道にそれた一角。
人に見られにくい場所だから、オレっちはここをよく密談に使う。まぁ、目に付く場所だったとしても、突然人が消えたからといって誰も騒ぐ奴なんかいない。なんせ退廃の都だからな、ケケケ!
ちなみに退廃なんてというとちょっと渋くて恰好よさげだが、要は建物も道も人も文化もオンボロなだけなんだよな。ここの魔王もすっげぇ年寄りだしさ。そしてオレっちは人間だった頃からこの街を隅々までよく知ってる。だから小遣い稼ぎも兼ねてオレっちは、暗黒街に足を踏み入れてくる他国からのマヌケな旅人に近づいて良い所にご案内することを仕事にしていた。そうしてまた悪魔が増えればグリードン様から目をかけてもらえるしな。
「天邪鬼はお得意でしょ。フラフラついてくと罠にかけられてうっかり悪魔になんか姿を変えられちゃいそうだし」とトリクスタは続けた。
なななんでわかった!?
「そ、そそ、それが“国境なき癒し手”とか言われてるヤツがいう言葉っキー!!」
「あ、ボクは焔の巫女じゃないしぃ」とトリクスタ。
「人々を癒し、世に希望を育み、善を成すことを一生の生業としていても、騙されやすいわけではありませんよ」とレイユ。
むむ。この女、手ごわい。
「だいたいオマエ、会った最初からあたしたちのこと知りすぎなんだよ!」とゾンネ。
ギクッ!たらりと汗が。
「みんなの名前もすぐに覚えちゃいましたよね~、初対面なのに」とローナ。
ギクギクッ!滝汗が流れ出した。
「“卵”を探している事まで知ってましたよね。私たちの邪魔をするように命じたのは封焔の巫女バヴサーガラさんですね」
リノ。こいつ、お人好しのように見えて実は一番油断ならない。
「ご、誤解キー!みなさんが先を急ぐなら、駅馬車の手配もオレっちが……」
「ひとつ聞かせてください」
リノは穏やかな口調なのに燃えるような瞳でオレっちを見つめた。……怖い。
「ははは、はい?キー」
「バヴサーガラさんはどんな人ですか」
「……。オレっちが逢った時には、普通の人間だったキー。ただ黒い冠をかぶった途端、すごい怖い女になって……」
「その一言一言に、世の“絶望”に打ちひしがれた民衆は熱狂した。噂のとおりね」とレイユ。
「それでバヴサーガラ様は、今のアンタみたいな目で(あっちは冷たかったけど)オレにアンタたちを暗黒街の奥深くに誘うように命じた。逆らえるものでは無いっキー。そしてその腕には……」
「ご本尊様。サンライズ・エッグを抱えていたのね」とローナ。
「そうだっキー……」
オレっちはがっくりと頭を下げた。あーあ、これじゃ犬猿の仲を利用して甘い汁すするどころか、グリードン様にも(悪魔を増やすのに失敗したので)とっちめられる。下手をすると今夜の晩メシにされちゃうかもな。
「よし、これで事情はわかった。さぁ、後を追おう!」とゾンネ。
「ちょっと待って」
リノはすっかりしょげているオレを振り返ると、硬貨と何かが入った小袋を手渡した。これってまさか報酬?
「……多すぎるっキー。それにオレっち、アンタたちを騙そうとしたのに」
リノは微笑んで首を振った。
「案内してくれたお礼です。それとこの袋にはわたしたちの祈りをこめてあります。希望を捨てずに頑張って」
「アンタ、悪魔に護符渡すキー……?」
なに考えてるんだ?でも、なんだかいいヤツすぎて泣けてきた。
「そうですよ。明日もまたいい事ありますように。それじゃ行きます。色々教えてくれてどうもありがとう」
と、リノは最後にオレっちの頭を撫でた。
善人が悪魔の頭を撫でる?悪いことしようとした悪魔の頭を?オレっちはなんだかひどく混乱してきた。
そしてローナ、ゾンネ、レイユ、なぜかトリクスタにまで、オレっちは頭を撫で撫でされ、焔の巫女一行は駅馬車の発着所へと去っていった。
「……。オレ、悪魔やめよっかな」
“国境なき癒し手”たちの後ろ姿を見ながら、口から出たのは、オレがまだ人間だった時みたいな言葉だった。
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
デザイアデビル
デザイアデビルの種族はデーモン。デーモンの中でも特に、強欲魔竜グリードンによって悪魔の姿に変えられたのがデザイアデビルである。グリードン一流のジョークなのだろうか、賭けに負けた相手を悪魔に変える際、元々のダメだった所を名前に反映させるらしく、今まで確認されているものとしてタイーダ(怠惰)、ゴーマン(傲慢)、ボーショック(暴食)、アクラーツ(悪辣)、インケーン(陰険)、ヒステラ(ヒステリー)、そしてケンエン(犬猿)とどれも世の中とうまく折り合いがつかなさそうな性格が並んでいる。
なおヤーバとムッカーについては性格というより、抑えられない感情の発露を指しているらしいのだが、デザイアデビルは個体ではなく階位の名前でもある(よく食べられるタイーダなどは常に多数存在しないとグリードンの食欲を賄えないはずなので)ことからも、一時の欲や感情、誘惑に負けてグリードンのギャンブルの罠に堕ちてゆく人間やその他の種族がいかに多いかが分かる。それは文字通り、魔が差したのだろう。
強欲魔竜グリードンとデザイアデビルについては
→世界観/ライドライン解説「梶田シノブ」、
ユニットストーリー023「強欲魔竜グリードン」も参照のこと。
----------------------------------------------------------
「じゃあ左ね」とリノ。
「この広場は通り過ぎて……」
「なるほど。では、ここに長く留まったのね」とレイユ。
「ポスターいっぱい貼ってあったよな。ひとつ大演説をぶったんだろ、封焔の巫女さんがさ」とゾンネ。
「で、ヤツらは東に向かった」
「ふーん、西かぁ。沼とか湖とかいっぱいある方だね」とローナ。
「あちらにはゼロスクレーターもあるし、その方角はここよりも瘴気が濃い一帯。気になるわね」とレイユ。
「急いでいたようだから今日はもう追いつけな……」
「今からでも遅くないわ。確かゼロスクレーター行きの駅馬車があるはず。急ぎましょう!」とリノ。
ここでオレっちはキレた。
「もー!なんで全部逆を選ぶっキーッ!?」
「だってキミ、悪魔だもん」
地団駄踏むオレっちの横で、トリクスタが笑って言った。
オレっちと焔の巫女たち、そしてトリクスタが今いるのは暗黒地方として名高いダークステイツ国の歴史ある街、退廃の都クイルカルア。
ここは大通り広場から少し脇道にそれた一角。
人に見られにくい場所だから、オレっちはここをよく密談に使う。まぁ、目に付く場所だったとしても、突然人が消えたからといって誰も騒ぐ奴なんかいない。なんせ退廃の都だからな、ケケケ!
ちなみに退廃なんてというとちょっと渋くて恰好よさげだが、要は建物も道も人も文化もオンボロなだけなんだよな。ここの魔王もすっげぇ年寄りだしさ。そしてオレっちは人間だった頃からこの街を隅々までよく知ってる。だから小遣い稼ぎも兼ねてオレっちは、暗黒街に足を踏み入れてくる他国からのマヌケな旅人に近づいて良い所にご案内することを仕事にしていた。そうしてまた悪魔が増えればグリードン様から目をかけてもらえるしな。
「天邪鬼はお得意でしょ。フラフラついてくと罠にかけられてうっかり悪魔になんか姿を変えられちゃいそうだし」とトリクスタは続けた。
なななんでわかった!?
「そ、そそ、それが“国境なき癒し手”とか言われてるヤツがいう言葉っキー!!」
「あ、ボクは焔の巫女じゃないしぃ」とトリクスタ。
「人々を癒し、世に希望を育み、善を成すことを一生の生業としていても、騙されやすいわけではありませんよ」とレイユ。
むむ。この女、手ごわい。
「だいたいオマエ、会った最初からあたしたちのこと知りすぎなんだよ!」とゾンネ。
ギクッ!たらりと汗が。
「みんなの名前もすぐに覚えちゃいましたよね~、初対面なのに」とローナ。
ギクギクッ!滝汗が流れ出した。
「“卵”を探している事まで知ってましたよね。私たちの邪魔をするように命じたのは封焔の巫女バヴサーガラさんですね」
リノ。こいつ、お人好しのように見えて実は一番油断ならない。
「ご、誤解キー!みなさんが先を急ぐなら、駅馬車の手配もオレっちが……」
「ひとつ聞かせてください」
リノは穏やかな口調なのに燃えるような瞳でオレっちを見つめた。……怖い。
「ははは、はい?キー」
「バヴサーガラさんはどんな人ですか」
「……。オレっちが逢った時には、普通の人間だったキー。ただ黒い冠をかぶった途端、すごい怖い女になって……」
「その一言一言に、世の“絶望”に打ちひしがれた民衆は熱狂した。噂のとおりね」とレイユ。
「それでバヴサーガラ様は、今のアンタみたいな目で(あっちは冷たかったけど)オレにアンタたちを暗黒街の奥深くに誘うように命じた。逆らえるものでは無いっキー。そしてその腕には……」
「ご本尊様。サンライズ・エッグを抱えていたのね」とローナ。
「そうだっキー……」
オレっちはがっくりと頭を下げた。あーあ、これじゃ犬猿の仲を利用して甘い汁すするどころか、グリードン様にも(悪魔を増やすのに失敗したので)とっちめられる。下手をすると今夜の晩メシにされちゃうかもな。
「よし、これで事情はわかった。さぁ、後を追おう!」とゾンネ。
「ちょっと待って」
リノはすっかりしょげているオレを振り返ると、硬貨と何かが入った小袋を手渡した。これってまさか報酬?
「……多すぎるっキー。それにオレっち、アンタたちを騙そうとしたのに」
リノは微笑んで首を振った。
「案内してくれたお礼です。それとこの袋にはわたしたちの祈りをこめてあります。希望を捨てずに頑張って」
「アンタ、悪魔に護符渡すキー……?」
なに考えてるんだ?でも、なんだかいいヤツすぎて泣けてきた。
「そうですよ。明日もまたいい事ありますように。それじゃ行きます。色々教えてくれてどうもありがとう」
と、リノは最後にオレっちの頭を撫でた。
善人が悪魔の頭を撫でる?悪いことしようとした悪魔の頭を?オレっちはなんだかひどく混乱してきた。
そしてローナ、ゾンネ、レイユ、なぜかトリクスタにまで、オレっちは頭を撫で撫でされ、焔の巫女一行は駅馬車の発着所へと去っていった。
「……。オレ、悪魔やめよっかな」
“国境なき癒し手”たちの後ろ姿を見ながら、口から出たのは、オレがまだ人間だった時みたいな言葉だった。
了
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
デザイアデビル
デザイアデビルの種族はデーモン。デーモンの中でも特に、強欲魔竜グリードンによって悪魔の姿に変えられたのがデザイアデビルである。グリードン一流のジョークなのだろうか、賭けに負けた相手を悪魔に変える際、元々のダメだった所を名前に反映させるらしく、今まで確認されているものとしてタイーダ(怠惰)、ゴーマン(傲慢)、ボーショック(暴食)、アクラーツ(悪辣)、インケーン(陰険)、ヒステラ(ヒステリー)、そしてケンエン(犬猿)とどれも世の中とうまく折り合いがつかなさそうな性格が並んでいる。
なおヤーバとムッカーについては性格というより、抑えられない感情の発露を指しているらしいのだが、デザイアデビルは個体ではなく階位の名前でもある(よく食べられるタイーダなどは常に多数存在しないとグリードンの食欲を賄えないはずなので)ことからも、一時の欲や感情、誘惑に負けてグリードンのギャンブルの罠に堕ちてゆく人間やその他の種族がいかに多いかが分かる。それは文字通り、魔が差したのだろう。
強欲魔竜グリードンとデザイアデビルについては
→世界観/ライドライン解説「梶田シノブ」、
ユニットストーリー023「強欲魔竜グリードン」も参照のこと。
----------------------------------------------------------
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡