ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
Illust:雅
暗黒海標準時09:55 IPDより司令あて入電 『右舷二機影見ユ 飛行体反応6 視認5』
「あ、よいしょーっ!」
オレ、ことアセンダンス・アサルトは掛け声をあげて水面上に砲身を持ち上げ、構えた。
派手な潮しぶきを立てて荷電粒子砲がオレの肩に収まる。オレはこいつを半ば海中、上体だけを海面の上に出して持ち上げている。人間なら到底不可能なことだろうが、アクアロイドのこのオレには何の問題は無い。
腰のバックパックから黄緑色のエネルギーが伝い、動力のハイドロエンジン、その結晶面が黄緑色に輝く。高まる戦闘の予感。自分と肩の上の武器とが一体化する感覚。アクアフォースの海兵なら誰でも痺れる瞬間だ。
それがこの昼なお暗い、曇天の暗黒海であっても。
「警戒態勢。大佐、あちらさんへの警告よろしく!」
オレは背後も振り返らず、ちゃっと額の横で指を払った。大丈夫、後ろに控える御大はこれくらいで怒る上官じゃない。万が一、小突かれた所でこの顔のキズが一つ増えるだけのことさ。
『送った。司令からの返信があるまでは動くな』
脳内に直接返答があった。これはいつもの思念での伝達。
一方で御大は、未確認機への伝達を惑星クレイの「海上衝突回避規範【CUES】」の手順に沿って、電波を始めとしてあらゆる生物が警告(つまり、正体を表せ。止まらないとブッ放すぞ)と解る方式で送ってくれている。つくづく頼れる相棒だ。さすが砲艦イントレット。
『その呼び方はよせ。自分は2本マストの帆船ではないのだから』
『戦闘開始までは思考読むの止めてもらえませんか、大佐どの』
とオレも思考(つまり強く思うこと)で返し、読み取った大佐も苦笑の波動で答えた。
後は未確認機からの返信を待つだけ。
どうせウチの領海に迷い込んだ竜の群れだろう。追い返せば良いだけで、いちいち大騒ぎすることじゃない。
我らが旗艦フラッグバーグ・ドラゴンから先行すること6海里。オレと上官の大佐、2人でこなすのんびりした
哨戒任務、
──のはずだった。
暗黒海標準時09:56 IPDより司令あて入電 『国籍不明機ヨリ砲撃アリ 交戦許可求ム』
“チャンドラ!”
その声はオレにも聞こえた。海の向こうからの遠い、しかし強大な力を感じさせる女の声だった。
そして──
ドーン!
左舷。近距離への着弾。
しぶきと波をかぶったオレだったが、肩のパーティクル・キャノンはブレることもなかった。なにしろ背後の水中にはあの砲艦イントレットがついているんだ。オレは前だけ見てりゃいい。
「いきなりかよ!? 旗艦からは?」
『返信待ちだ』
「撃ってきた連中は?」
『“ジャマをするな”と言っている。単機で向かってくるぞ』
「単機ぃ?!」
そしてまた着弾。だんだんと誤差が縮まっている。やばい。
「もういいでしょう。迎撃ちますよ?!」
『ちょっと待て!』
暗黒海標準時09:57 司令よりIPDあて入電 『発砲許可 殲滅セザル時ハ北ヘノ針路変更強制ヲ優先セヨ』
「なんだそりゃ?つまり撃ち落とすのじゃなく、北に追い払えと?」
『そうだ。どうした?許可は下りたぞ、撃たんのか?』
「そりゃ言われるまでも……ないですって!」
充填完了。幸いこの瞬間だけ、荒れ狂う波の狭間で海が静まった。
オレはトリガーを引き絞って、スコープの中の……これはなんだ神官?巫女か?ともかく片手に盾、片手に銃を構えた女に向けて、荷電粒子の光線を放った。
距離も充分引きつけた。地磁気を考慮して照準はやや俯角。発射後、上方に流す感じ。
ビームは緩やかな弧を描いて標的を捉えた。完璧な水上射撃だった。
──が、女は避けた。構えた盾の一閃で。
「バカな!」
いったい、どこの世界に、粒子ビームを盾で弾けるヤツがいると言うんだ!?
『出番のようだな』
呆然とするオレの背後で、水面を割って竜が立ち上がった。その巨躯から滝のような海水がなだれ落ちる。
Illust:宮本サトル
蒼砲竜インレットパルス・ドラゴン。
またの名を「砲艦イントレット」。ストイケイア東の海では、傍若無人な海賊どももその名を聞いただけで当海域の稼ぎを諦めるという伝説の豪腕、いや豪砲と呼ぶべきか。
インレットパルス・ドラゴンが背負う双砲が旋回して正面を向いた。
「すみません。大佐にそれを出させるとは」
オレはまだしっかり砲身を構えながら詫びた。
確かに蒼砲竜が一撃を放てば、下手な海賊船団なら丸ごと殲滅させられよう。が、警告にはちと強烈すぎる。
『気にするな。貴官のも実は利いている』と蒼砲竜の大佐は伝えてきた。
オレは慌ててスコープを覗いた。
羽が生えた女は空中で銃を持ったまま、盾側の腕を押さえている。先の一撃で負傷させたのか。
『北に進路を変えるよう、勧告した』
すると4体の竜たちが巫女を押し包むように囲み、こちらを睨みつけたまま北方へと速度をあげて、飛び去っていった。
ふう、とオレは荷電粒子砲を下ろして警戒を解いた。
「なんだったんです?アレは」
『わからん。だが続いて入ってきている命令にはヒントがあるかもしれんな』
「はぁ……」
暗黒海標準時10:01 司令よりIPDあて入電 『東北東 132海里ヨリ救援要請 焔ノ巫女ヲ護衛セヨ』
「やれやれ。領海防衛のあとは護衛任務ですか?」
『不満か?』
「いいえ。『絶対正義の名において』」
オレはぼやきが本気でないことを示した。蒼砲竜インレットパルス・ドラゴンはこういう緩みには厳しい人、いや竜だからな。それにしても……
『なんだ?』
『思考を読まないでってお願いしてるでしょう。まぁ……』
それにしてもこのフラッグバーグ艦隊を1人で敵に回そうだなんて、なめてくれたもんだぜ。
『うむ。まぁ同意だな』
オレと竜は声に出して笑うと、どうやら暗黒海で立ち往生しているらしい、ドラゴンエンパイアの巫女たちの救援のために身を翻し、暗い海に強く高い波を立てた。
了
※註.C6ISR:ストイケイア海軍「アクアフォース」の軍事システム。
「軍事行動における、命令Command、制御Control、通信Communications、コンピューターComputers、サイバー防衛および戦闘システムとインテリジェンスCyber-Defense and Combat Systems and Intelligence、監視Surveillance、および偵察Reconnaissance」のこと。ブラントゲートのC7ISRとは違い、海を戦いの舞台とするアクアフォースには外宇宙を考慮にいれた行動規範は無い。
※註.時刻、距離のほか、艦種などの軍事用語は地球のものに変換した※
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《今回の一口用語メモ》
ストイケイア海軍「アクアフォース」
絶対正義を掲げる海軍アクアフォースが誕生したのは弐神紀、メガラニカの建国とほぼ時を同じくする。
惑星クレイに、現在まで続く国家やクランが林立し、治安も秩序も不安定だったこの時代は、メガアーキペラゴ、暗黒海、ドラゴニア海、南極海のいずれもが“大海賊時代”とも呼べる、物騒な時代だった。当然ながら、ここで言う海賊とは不死者の船団「グランブルー」のことだ。メガラニカという国家はこうした海の脅威に対抗するために、多島海や沿岸町村など小国家が集まって設立されたもので、その中でも特に対海賊の切り札として結成されたのが海軍アクアフォースである。
アクアフォースは平時からストイケイアの領海と公海を警戒している(防空を含む)。しかし海は広く深く、海賊船や水中・水上をさまよう不死者だけでなく、未知の生物、海図に未記載の岩礁や潮流、海底火山活動や悪天候など、アクアロイドとティアードラゴンといえども単独行動は危険であるため、哨戒任務は最低でもバディ(二人ひと組の交代制)で構成される。
なおアクアフォースは各地に基地と船団を持っているが、旗艦が存在する場合には独立した艦隊としての派遣行動も可能となる。
→アクアフォース海軍の主戦力(アクアロイドとティアードラゴン)については、ユニットストーリー025「旗艦竜 フラッグバーグ・ドラゴン」を参照のこと。
→アクアフォースの歴史については、「世界観コラム ─ 解説!惑星クレイ史」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡