ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
037「極光烈姫 セラス・ピュアライト」
ブラントゲート
種族 ヒューマン
Illust:ERIMO
「あの~すみません。そろそろコレ離してもらえませんか~?」と脳天気な声。
「……。無理だと思うよ、たぶんね」と陰気な声。
巨大な掌に二人の道化師が掴まれ拘束されている。
白と黒の精霊、トリクスタとトリクムーンだ。
拘束している声の主の手には黒い翼の冠、その足元にはサンライズ・エッグが座り込んで眠っている。
「その通り。あなた達の力をもってしても私の《潔白の掌握》から抜け出ることはできない。我が掌は銀河中央監獄ギャラクトラズに直結しているから、指先一つで壁の向こう行きよ」
エージェントの宣告は、一同が今いる土地──スターク湖のほとりに吹く烈風よりも冷たかった。
「えーっ!?反則でしょ、そんなの!」
「……」
「さて、ストイケイア経由ドラゴンエンパイアからの客人がた」
エージェントはうろたえ騒ぐトリクスタと沈黙するトリクムーンを背に、目の前に立ち尽くす二人の女性に向き直った。何もかも見透さずには済まさない物理的な威圧感のある視線。まるでチェッカー模様のアイパッチをかけた右目にも特別な視力があるようだった。
「これからお二人にはそれぞれここまでの経緯を述べていただきます。いわば入国審査。どこの国でも行われていることです。それが異空間を通じてたどり着いたものだとしても」
二人のそっくりな顔立ちの少女──サンライズ・エッグとトリクスタを案じて胸の前に手を組み合わせる白き焔の巫女リノと、同じく不安げな少女リノリリは無言で目を見合わせた。
「なお、嘘やごまかしは一切許されません。大罪あれば即座にギャラクトラズ行きとなります。また正直に申告したとしても、あなたがたに非があれば結果は同じ。私はどちらでも構わない。なぜなら……」
普段は極光戦姫セラス・ホワイトとして知られる彼女──国内外いや宇宙空間も含めて惑星クレイの悪人がその名を聞いただけで震え上がるという正義の執行人は、薄く微笑んだようだった。
「あなた方を捕まえれば、この騒動はおしまいだからです」
セラスによる捕縛は有無を言わせず速やかで、抵抗は無意味だった。
バヴサーガラの冠は奪われ、武装はすでに解除されている。
不毛の大地に突き立てられたのは孤高の霊宝、封焔の銃チャンドラと封焔の槍アーディティヤである。
Illust:凪羊
極光烈姫セラス・ピュアライト。
超銀河警備保障のエージェント、極光戦姫セラス・ホワイトがこの姿を見せるのは極めて珍しい。
それはブラントゲートでは通常、宇宙から来る敵対的存在に対抗するシステムが完備されているからだ。それは防衛の最前線で活躍する宇宙軍であり、果てない“夜”の戦いに柩をもって臨むリンクジョーカー「柩機」に代表される。
それでも地上、南極大陸を中心とするブラントゲートに脅威が迫るとき、超銀河警備保障は、限られたエージェントにのみ超銀河兵装オーロラフレームのリミッター解除を許可する。この時解放される力と権限(たとえば異形の力の無効化や、デバイスからの監獄直結などがそれに当たる)があまりにも強力かつ国境をも越えることがあるため、この特務期間はエージェントと本部との連絡は途絶える。悪く言えば「エージェントの判断とその結果、生死について当局は一切関知しない」のである。
つまり極光烈姫セラス・ピュアライトがその姿を見せるということは、ブラントゲートに異質かつ対応困難な脅威が迫っているとも言えるのだ。
最初はリノだった。
修行と生活の地だった暁紅院を離れ、天輪竜の卵サンライズ・エッグと巫女レイユ、ゾンネ、ローナとともに希望の芽を探す旅に出たこと。サンライズ・エッグは希望の祈りに反応して天輪聖竜ニルヴァーナの姿を(幻影として)見せていたこと。巫女たちの旅はいつしか希望を探す旅ではなく、人々を癒やし希望を広める目的に変わっていたこと。……そして、サンライズ・エッグがバヴサーガラに奪われたこと。その後すでに惑星クレイを半周しようかという、卵と封焔の一行を追跡するここまでの行程について。
「わかりました。ありがとう。あなたの言い分は私が掴んでいる情報と合致している。お休みください」
セラスは、先に(空間の歪みから吐き出される直前に感知し)この地に到着した一同を確保した時に与えていたリノの防寒コートを整えてやり、柔らかい断熱マットに巫女を座らせた。
ここスターク湖は南極大陸、ブラントゲート東部にある極寒の地である。
季節こそ春の真昼(註.一同が突入したゾーア・カルデラからスターク湖に繋がる異空間移動の間、外界では半日ほどの時間が経過している)ではあるが、それでも南極の気温の低さは諸国の真冬とさえ比べものにならない。
惑星クレイの空を彩る沢山の星の下、極寒の審問会が再開された。
「わたしの名はリノリリ。生まれた場所は知りません。一番古い記憶は、ドラゴンエンパイアのト=リズンの町で宿屋の手伝いをしていた時のことです」
リノは目を丸くして、まだ鋼鉄の掌に掴まれたままのトリクスタに“あの町にこの娘もいたの?”、“いやボクも知らなかったさ”と目顔で会話する。
しかし明らかに十代半ばの外見の少女の、一番古い記憶が半年ほど前とはどういうことなのか。
「手伝いと言いましたが、わたしは何をやっても足手まといでした。竜のお客様はおろか馬の飼い葉さえ、どうやってお世話して良いのか、まったく解らなかったので。ご主人が良い人でかばってくれましたけど、ダメでした。宿の人もお客さんもわたしをどう扱っていいのか……わたし、自分でもわからなくて」
このとき背後でトリクムーンが小さく頭を振ったのを、セラスはもちろん見逃していない。
「世の中もまだ暗く荒れていた頃でした。ところがあの事があって、その……」
「あの事とは天輪聖竜ニルヴァーナのことね」とセラス。
「そうです。わたし、リノさんたちの事、見ていました。あの時、みなさん強くて輝いていて楽しそうで」
少女は焔の巫女リノを振り向いて、ひと息で喋った。憧れと言い知れぬ苦悩を込めて。そしてうつむいた。
「……わたしには魂がないんです」
!?
一同に驚きが広がる。ただ一人、トリクムーンを除いて。
「のけ者にされたり、いじめられても何も感じないから辛くない。逆に優しくされても、感謝ってどんな気持ちなのだろうって思う」
「僕のせいだ」とトリクムーン。
「お黙りなさい。あなたの言い分は後で聞く」とセラスは厳しく諫めた。
「いいえ。その人の言うとおり。絶望に閉ざされ行く先もなかったわたしに、天輪聖竜とリノさんたちは希望の光を、その人は絶望の真実を教えてくれた。夜ごとの囁き声として……」
「そうだ。僕が君を創り出した。絶望と闇を生地として」
制止されたにも関わらず、再び放たれたトリクムーンの声はいつものように無表情だった。
セラスは違和感を覚えていた。
彼女は知るよしもなかったが、それは少し前にストイケイアの森の王、樹角獣帝マグノリア・エルダーが感じたものと同じものだった。
「お待ちなさい。この娘は人間です。科学実験や魔術で創られたまがい物ではなく」
セラスには生体分析の機能もあるのだろう。今のはリノリリをスキャンした結果を述べたものだ。
「その通り。ホムンクルスでもなければ魔術生命体でもない」とトリクムーン。
「まるでボクみたいだ」
トリクスタも自分が生まれた記憶を持たず、生き物として意識が目覚めた時には、すでに卵とリノたちに接触したい衝動だけがあったことを思い出していた。
「わからない。では封焔の巫女バヴサーガラとは何なのです?封焔竜とは?」とセラス。
「……」
「これはここだけで済む話ではないようです。リノリリ、トリクムーンには本部までご同行願います」
「お断りします」「!?」
リノリリはそう決然と言って、セラスに歩み寄った。
空が、真昼だったスターク湖のほとりが急激に暗くなってきた。
「君は僕らの力を封じたといった」
「でも、あなたでは封じることのできない力が少なくとも三つある」
トリクムーンとリノリリはまるで一人の人間のように喋った。
「ひとつは『運命を紡ぐ力』」
「それは強力なエネルギー。古の邪竜の破壊の傷跡に名残として潜んでいる“世界の在り方を変える力”。……僕らはこの時を待っていた」とトリクムーン。
リノリリはセラスの足元に安置されていた眠る卵、サンライズ・エッグを抱え上げた。一同のすぐ脇の地面に再びあの時空間の歪みが生じていた。リノリリ以外の誰もが、何かに縛られたかのように指一本動かすことすら困難になっていた。
「もうひとつは『絶望』」
「戴冠の時だ、リノリリ」
リノリリは、凍り付いたようになっているセラスの手から黒い翼の冠を取ると、頭に載せた。たちまちその姿は黒き封焔の巫女バヴサーガラとなる。地に突き立てられていた武装も消えていた。
キンッ!
バヴサーガラが指を弾くと、トリクムーンがセラスの力の抜けた鋼鉄の掌をすり抜け、主人の側に浮いた。
「……待て……話は終わっていな……い」
セラスはマニピュレータを旋回させ、二人を狙おうとする。だがその動きは緩慢で、標的を捉えることができない。
この存在はあまりに危険だった。自分にも国家にも、我が世界にとっても。
「無駄だ。セラス・ピュアライト。おまえの潔白の光では我が闇を刺し貫くことはできぬ」
バヴサーガラは振り向かないまま進み、時空の歪み、いずこに続くとも知れない穴に足を掛けた。
「サンライズ・エッグはまだ目覚めない!わたしには解る!」
リノの声は鋭かった。後ろを向いたまま、びくりとバヴサーガラが肩を揺らす。その表情は窺えない。
「どこまでも追うわ。3つ目の偉大な力、『希望』が続く限り」
「そう言うからには、この穴の向かう先はもう気がついているのでしょう。焔の巫女さん」
束の間、バヴサーガラの口調にはどこかリノリリの影があった。
「追えるものなら追ってくるといい。リノ、トリクスタ」
「読めたぞ。お前たちが企てているのは《世界の選択》に関わることだな。……我が名にかけて好きにはさせない!焔の巫女たちはこの私が必ずおまえの元に送り届ける!聞こえたな、封焔の巫女よ!」
極光烈姫セラス・ピュアライトの叫びは、この怪異の中、抵抗困難な力の奔流の中にあってさえも法の執行者として確かな威厳に満ちていた。
「できるものなら、な」
そして巫女と道化師は消えた。
最後の言葉とともに。速やかに口を閉じた、時空の歪みのように。
『次に天輪と滅日が出会う時、この惑星に審判が下されよう』
了
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《今回の一口用語メモ》
極光烈姫セラス・ピュアライト
検挙率100%を誇る超銀河警備保障のトップエージェント「極光戦姫 セラス・ホワイト」がもっとも重要な任務に対してのみ、その姿を見せると言われる姿。超銀河兵装オーロラフレームのリミッターを解除した形態である。セラス・ホワイトの時に背負っていた三連砲ユニットは、五指の形のマニピュレーターに変わっている。指先はそれぞれ機関砲になっており、対異次元の敵にも有効な弾薬をも使いこなすことで実質10門の大口径砲を背負う、小さな軍隊並みの攻撃力を誇る。ただ、セラス・ピュアライトの真に恐るべき点は一握りしたが最後、手続きを省略して銀河中央監獄ギャラクトラズに悪人を転送できる《潔白の掌握》。そして時に国家の枠さえ超えるという情報収集/分析とトラブル解決力であり、彼女の前では些細な嘘やごまかしも無意味である。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡