ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
いつの日か《世界の選択》を担うすべての者たちへ。未来の希望は君たちの手に委ねられている。
──大賢者ストイケイア 最終論文・序文より
──大賢者ストイケイア 最終論文・序文より
『運命力学』という学問が惑星クレイにはある。
大賢者ストイケイアがこの研究の大家として知られているが、簡単に述べるならば「惑星クレイには干渉し合う“もう一つの世界(註.もう一つの星「地球」なるもの)”が存在し、二つの世界の出来事は互いに影響し合っている。世界同士を結ぶ力は運命力と呼ばれ、その力の源とは願う力。すなわち“祈り”である」となる。
その運命力学に曰く。
世界は常に無数の《選択》によって未来が決められている。
この考えをさらに一歩進めて考えると「生き物の行動=選択はその大小に関わらず、すべて未来に影響する」と言い換えることもできる。つまり未来とは現存する全ての物の干渉の中で、無限数の可能性より選び取られたものの一つなのだ。
天輪聖紀の其の日。
未来を決める《世界の選択》が、惑星クレイで成された。
──ドラゴンエンパイア、危険地帯。
「くぅ~、目にしみるぜぇ!」
兄ドーリーの弾丸が尽きた。再装填!催涙弾もゴム弾もこれで終いだ。
「これじゃキリがない!」弟オーリーは残りの弾丸を数えて悲鳴をあげた。
「本隊も手一杯のようだね。救援は期待できそうもない」トラヴィスはイヤーピースに指を当てて頷いた。
「武装はそのまま。もし撃たれても実弾は使うなと」
二人も頷いた。“絶望”に駆られた群衆はこの砂漠のどこから現れたかもわからない。だがそれ故に昨日、世間話に興じたバザールの店主が混じっているかもしれないし、オアシスで一緒にボールを追って遊んでいた年端もいかない若者たちもいるかもしれないのだ。迎撃が非殺傷兵器に限定されるのは言われるまでもない。
が、これはあまりに酷な条件である。
砂塵の銃士たちは、地平線から突如現れた群衆に囲まれていた。
砂漠に突き出た岩の上、足場は三人が辛うじて動ける程度の広さでしかない。が、その狭さこそが期せずしてこの傭兵たちの最大の優位にもなっていた。
「弾丸が尽きたらどうする?」と砂塵の擲砲ドーリー。
「あー、ヤダヤダ。考えたくないよ!」と砂塵の擲弾オーリー。
群衆のほとんどはダークステイツの農民か町人のようで、武術の心得はおろか武器すらほとんど持っていない。敵にまわして遅れを取るような相手ではなかった。
だが問題はこの数である。いったいどこから、何のために、どこへ向かうのか。
暗い目をした暴徒には“絶望”という、対抗して戦う気力さえも萎えさせる底知れない闇があった。
「僕ら傭兵が、こんなものに巻き込まれるなんて、ね……」
砂塵の双弾トラヴィスは足にしがみつこうとした農夫を蹴り払いながら呟いた。
彼ら砂塵の銃士は傭兵である。
得のない戦いはしない。形勢が不利となり撤退が最善手となれば躊躇わず、逃げる。それが国防のために戦う職業軍人との違いだ。負けも恥ではない。逆に、逃げ時も分からん奴というのは傭兵としての最低評価である。
だが、降って湧いたように現れたこの“絶望”の群衆にはさしもの精鋭三人でさえ対処困難だった。
加えて相手は武装した盗賊ではない。殺傷能力のある武器は使えない。
人の波は岩の周りで止まっているわけではない。このままの勢いで進めば、彼らの背後に位置する人口の多い街道筋のドラゴンエンパイアの町村にも侵入して行くだろう。
「できる限り時間を稼ぐ!少しでも後方への被害を減らすんだ!」
トラヴィスは双銃を収め、徒手格闘の型を取りつつ叫んだ。これが先のドーリーの問いへの答えだ。
「罪のない自国の民に剣を向けるのはイヤだからね。もちろん死ぬのもごめんだ。絶対両方、叶えてみせる」
それは奇しくも、この少し前に隣国の天上騎士団長が言ったセリフと似ていた。
ドーリーとオーリーが彼に振り向く。二人が思わず顔を見合わせたほど、それはいつもの沈着冷静なトラヴィスらしくない熱いひと言だった。
「おう!」「そうだね!」
兄弟の応答は明るかった。傭兵は生きるために戦う。戦っている今こそが生きていると感じる。
たとえ彼らとこの砂漠が“絶望”に呑み込まれようとも、“希望”は捨てない。
その最後の瞬間まで。
──ダークステイツ、退廃の都クイルカルア。
「まだまだぁ!こんなんじゃ全然足りないぞぉ!」
あぁ……ガーメッツの兄貴がまたヒャッハー!してるっキー。
オレっちは肩と尻尾をがっくりと落とした。まったく朝っぱらからコレじゃ、今日という日は先が思いやられるよ。
デザイアデビルガーメッツはグリードン様のお気に入り。「俺たち悪魔を吸い込んで新たな悪魔を召喚する(ちょっとややこしいっキー)ことのできる」横柄で危険な悪魔。ギャングでいうところの子分を締める若頭で超おっかない。見つかったらお終いだ。
Illust:chuno
クイルカルアの広場では群衆がシュプレヒコールを上げていた。
その名は我らの救い主。“絶望”なき世界についてこの地で熱く語っていた黒き巫女の名前だ。
バヴサーガラ!バヴサーガラ!!バヴサーガラ!!!
いや、浮かれた人間どもが叫んでるだけならわかるよ。この街にゃ酔っ払いやギャンブルでひと儲けした連中があふれているからな。ただ、その中にオレたち悪魔も混じってるっていうのはどういうことなんだっキー。
ゴォォォ!
また一匹。ちっさい悪魔が兄貴に呑み込まれ、炎の中から新しい悪魔が現れた。
オレっちは、いつも潜んでる建物の影でガタガタ震えていた。
ここは地獄だ。(悪魔が言うことじゃないけどさ……)
ガーメッツの兄貴が怖い。この世から無くなるのが怖い。
なによりもあの暗い目をした人間たち、“絶望”の群衆が怖かった。
ジロリ。
ガーメッツの目がこちらを見た気がした。ヤバイ。近づいてくる羽音が聞こえる。
思わずお守りをぎゅーっと握りしめ、目を閉じた。
……。
羽音が遠ざかっていった。どこかでまた一匹、悪魔が呑み込まれる悲鳴が聞こえる。
ホント、いい事あったっキー。
オレっちことデザイアデビルケンエンは、“絶望”に呑み込まれつつあるこの街で、リノと焔の巫女たちからもらった護符に今日もちょっぴり感謝した。
あれ?ひょっとして、これが“希望”って言うもんだっキー?
──ブラントゲート、東ドーム。
「正義の鉄槌!まっからいとぐりーんのダ~ブルパーンチ!!」
ずっごーん!!
衝撃波がオレンジ色の波動となって、凶器をもって襲いかかってきた“絶望”の群衆の先頭集団をまとめて無力化した。
「そこ!止まれ!抵抗するとぶっ倒すッ!」
背のブースターをひと噴かしして瞬時に距離を詰める。反射的にアタシに向かって麻痺光線銃を構えたカニ型エイリアンの懐に潜り込むと、親爪を取って素早く残りの脚を払い、宙をぶん回して地に叩きつけた。あまりの速さにあたしの体術には鮮やかな青緑の残像が軌跡を曳いている。泡を噴いて地を這うカニのおじさん、警告はしたからね。
「セラス様の留守だからって勝手してんじゃないわよ!」
鎮圧の名は伊達じゃないんだ。
Illust:まるえ
アタシは群衆の前に立ちはだかって胸を張った。
暗い目をした群衆がこちらを見返す。
アタシは鼻を鳴らした。この暗い目というのがどうにも気に入らない。
突如暴徒化した群衆は現在までの所、この東ドームだけでもかなりの被害と混乱を引き起こしている。手いっぱいになっている警察からの協力要請でアタシたち超銀河警備保障も出動してるわけだけど……はぁ?“絶望”?世の中が暗くて息が詰まりそうだからって物を壊したり、施設を占拠したりして良いわけ?とアタシは心底腹が立っていた。
任務でちょっとやらかしちゃっても仕事終わりに奢り合う甘っいストロベリーシェイクとか、休憩時間にふっと流れた素敵なミュージックとかにちょっと幸せと明日への“希望”感じちゃったりするもんでしょ!違う!?
「……」
腰にグローブを当てて立つアタシと群衆のにらみ合いは続いた。
さっきの正義の鉄槌ダブルパンチには相当ビビッてくれたらしい。よろしい。このアタシ、極光戦姫サプレス・グリーマとしても、そういつもドッカンドッカンばっかりやってやれないからね。
キューン!
上空からジェットバイクの噴射音が聞こえてきた。
「はいはーい!そこまでそこまで!規則を守れない子は怖い所に連れていきますよぉ!」
来たか。アタシは天を仰いだ。
銀のパトロールバイクに乗って、同じチームの極光戦姫チェイシング・ネールが降下してきた。
「P1より本部。暴徒抑制中。増援よろしく。群衆に負傷者多数、甲殻類エイリアン。救急車お願いしまーす」
ネールはゴーグルをあげると、アタシを何か言いたげな横目で見た。
「まーた、派手にやっちゃったわね」
ダブルパンチで吹き飛ばされた連中と、まだフラフラしてるカニ型エイリアンのおじさんのことを言っているらしい。
「抵抗するからよ。あと派手なのはアンタとバイクのほう」とアタシ。
「まーたまた。甘い物足りないんじゃなーい、イライラしちゃって。あのね、グリーマ。今回の私たちの仕事は暴動を収めることで、悪人を懲らしめることじゃないのよ~」とネール。
「超銀河警備保障に抵抗したら監獄行き、は常識よ。アンタもさっき言ってたでしょうに」
「短気はダメダメ。ブラントゲートの場合、エイリアンって言ってもいつ同国人になるかわからないワケだし」
口調は軽いが、アタシは知っている。ネールの目は笑っていない。
Illust:田島幸枝
その時、群衆から一人の男が走り出た。手に禁制品のレーザーブレードを持ち振り回している。どこでこんなヤバイものを!?
ビィーッ!!
アタシのグローブが動くより早く、ネールのバイクのカウルから衝撃ビームが撃ち出され、当てられた男はビリビリ震えて倒れた。
「んもう、言ったでしょ。規則を守れない子は怖い所に連れていきますよって」
ネールはウインクすると、時刻を宣言して男を緊急逮捕した。“絶望”の群衆に紛れて、持ち込み厳禁の危険な武器をドームに入れた罪は重い。銀河中央監獄ギャラクトラズの刑期は長いだろう。
「じゃ、連行は任せたよ!アタシは次の現場に急行すんね!」
アタシはそう言い残して、ブースターに点火した。
ネールはまだ何か言いたげだったけど、きっと仕事の帰りに寄るお店の相談くらいだろう。暴徒による被害の通報は次々と入ってきているのだ、気にしてる暇はない。
セラス様がいないとはいえ、アタシたち超銀河警備保障がいる限り、“絶望”だかなんだかわからないけど勝手なことをさせはしない。
「絶対に!」
アタシは急上昇すると東ドームの内空を駆けた。
──ケテルサンクチュアリ、ユクラック湖湖畔。
旗持つ乙女は杖にすがり、戦う修道女は地に手をついて息を整えていた。
ブラストレイク神殿の周囲には爆発跡と、上空から次々に降り来たる天上騎士によって身柄を確保された“絶望”の群衆が散らばっている。とはいえ、寄せ来る人の波の先頭集団には辛うじて耐えきったという状況である。
「……ま、守れましたぁ。サリーネ」
「……ふ、まだ残ってるけどね。ふぁしあーた」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
当の護られた村人たちが目を丸くしているのは、謹厳実直な天上騎士天救の御旗サリーネが修道女とまるで幼なじみの少女同士のような口調で労をねぎらいあった事か、それとも天上からの救援が来るまで二人が見せた鬼神のごとき戦い振りか……おそらく両方に度肝を抜かれているのであろう。
さてと、とサリーネは服の埃を払うと姿勢を正した。
「あとは彼らに任せておけば大丈夫ね。帰隊します。首都と旧都周辺の事情も気になるものですから。修道女ふぁしあーた」
「お役目ご苦労様で~す。あなたと騎士団の方々にわたしと村人からの感謝を、心より」
ディヴァインシスターふぁしあーたはサリーネの手を取った。
何かを渡された気がしてサリーネが目を落とすと、手の中にさきほど中断したお茶の菓子が可愛い袋に詰められて握らされていた。サリーネはまた眉根を押さえつつ、ホントいちいち力の抜けること……と首を振った。
「ずっと持ってたの、これ?」
ふぁしあーたはにっこり笑った。
ディヴァインシスターとは、天輪聖紀の時代においてケテルサンクチュアリが直面する内外の脅威に対し結成されたオラクルシンクタンク所属のエージェント、戦う修道女たちのことである。
特にこのふぁしあーたの場合、友情も信徒への愛も心温める“希望”も、“絶望”が呑み尽くすことはついに叶わなかったようである。
──ストイケイア、レティア大峡谷。
ビーバーのような樹角獣アルヴァンが小川の水面から顔を覗かせ、サルを思わせる姿のレムレアが木々の枝から枝へと飛び移る。
豹のような樹角獣パンテーロが森の外に向かって警戒の喉音を鳴らすと、リューカもその山猫のような姿を崖の上に現した。
一方で、蝶と戯れる樹角獣クースィーの横を、サイのようなライナルバが悠然と歩き、キリンのようなジラフィナは起き上がることもなく草むらに憩う。
森は、外界の騒動をよそに今日も穏やかで、豊かな生き物の気配に満ちていた。
だが、その森の中心にそびえる巨大な姿、樹角獣帝マグノリア・エルダーは西を──おそらくはギーゼエンド湾の方角──を向いたまま、いまだその姿を解いていない。最大級の警戒で臨んでいるのだろう。
映像の“目”は、マグノリア・エルダーの吸い込まれそうに深い瞳を映す。
言葉はない。
だが、森の王すなわちストイケイアを代表する偉大なる存在の瞳は、言葉以上に語っていた。
『我がいる限り、この森に“絶望”が立ち入ること能わず』と。
“絶望”と“希望”はいまこの瞬間も、世界のあちこちで際どくせめぎ合っている。
レティア大峡谷はその例外中の例外。
ここはいわば森の王、樹角獣帝マグノリア・エルダーの偉大な力が作り上げた中立地帯なのであった。
再び、ギーゼエンド湾の石舞台。
焔の巫女リノとトリクムーンは同時に目を開けた。
二人の間には輝くサンライズ・エッグ、頭上には今までに“目”で見た世界各地の様子の映像が、まだ止まることなく流れ続けている。
「……もうよい、止めだ。リノを供犠とする必要は無くなった」
バヴサーガラは鍔ぜり合いしていたヴェルリーナ・エスペラルイデアに呼びかけると、両手の武装を消した。
ヴェルリーナ・エスペラルイデアも一瞬罠を警戒したが、バヴサーガラが腕を組んで瞑目しているのを確認して、光を放ちながらヴェルリーナの姿に戻る。
「どういうこと?」
トリクスタ=ヴェルリーナの質問はこの場にいる全員に向けられたものだった。
「未来とは現存する全ての物の干渉の中で、無限数の可能性より選び取られたものの一つなのだ」
「?」トリクスタにはバヴサーガラの返答の意味がよくわからない。
「天輪真竜マハーニルヴァーナは天輪竜の卵サンライズ・エッグが覚醒した姿だ。そしてその特性はこの世に渦巻く希望か絶望、そのどちらかに寄る」
「つまり希望のニルヴァーナとして覚醒すれば惑星クレイは元気を取り戻し、絶望の種子から生まれれば世界を滅ぼすってことだね。キミが考えている滅日のための力として」とトリクスタ=ヴェルリーナ。
「そうだ。その通り」バヴサーガラは目を開けた。少し感心したらしい。
「そしていま、《世界の選択》がなされる」
バヴサーガラは石舞台の中央、輝くサンライズ・エッグを挟んで屈む二人、トリクムーンと焔の巫女リノを指さした。
「見よ。いま世界では、3,000年におよぶ長い衰退や停滞をもたらし長く世を覆ってきた“絶望”とそれに対抗しようとする側の“希望”がせめぎ合っている。間もなくその総量が《天秤》にかけられ、それを感知し受け入れた天輪真竜マハーニルヴァーナによって惑星クレイの未来が決定する」
「もう止められないんだね」
「あぁ。ある意味、私はまた失敗した。リノの供犠によってサンライズ・エッグを《選択》が下るよりも早く神格に昇華させることは叶わず……」
バヴサーガラは深く嘆息をついた。疲れたのだ。
彼女はすべての“絶望”を背負い、全責任を負って世界を一度滅ぼし、すべての彼女を信じてくれる生き物たちを新たな理想の世界に導くつもりだったのだから。
「ここから先は惑星クレイの住民すべての祈りが、“絶望”か“希望”、そのどちらに天秤を傾かせるかで決まる」
そして今、天輪竜の卵サンライズ・エッグがその姿を変えつつあった。勢いを増す輝きで周囲を包みながら。
バヴサーガラとヴェルリーナもまた、その光に取り込まれてゆく。
はたして、祈りの《天秤》はどちらに傾くのか。
──それはまだ誰にもわからない。
Illust: ToMo
後編に続く
※註.概念に関する用語(地獄)は地球のものに変換した※
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《今回の一口用語メモ》
天輪聖紀
暦としての「天輪聖紀」とはサンライズ・エッグが孵化した年から始まっている。
この日をもって無神紀は終わり、惑星クレイの全世界が天輪聖紀 元年となった。
なお、天輪真竜マハーニルヴァーナの真の覚醒が成されようとする今、世界は大きく変わろうとしている一方で、この覚醒に大きな役割を果たしたものの、公の歴史ではおそらく取り上げられることのないであろうトリクスタとトリクムーン、そしてリノリリについては次回で述べる。
→退廃の都クイルカルアとこの地でのバヴサーガラの活動については、ユニットストーリー032「デザイアデビル ケンエン」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡