ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
043「新世代の美(カミング・ビューティ)エルミニア」
リリカルモナステリオ
種族 ヒューマン
冬の街に内側雪が淡く舞っている。
天蓋の空に美しい歌声が高く遠く響いていた。
シグネの極彩色の羽根がはばたくと、鳥の目を得たかのように視点が黄昏の空から地上へと導かれる。
雪が浅く積もった街路に跳ねた足跡が見える。
粉雪を蹴立てて走る「噂の美ラビーナ」はウサギ系獣人。
しなやかで無駄のない獣の動き。白く長い髪に耳に銀色の光の粒が弾ける。
ラビーナがこちらに向けてウインクすると、「狙い撃つ美レランジェ」がウサギを狩る猟師よろしく指を向けて見せた。ラビーナもまるで弾をよけるようにクルクルと雪の上を舞う。回避の動きに“そんなんじゃ避けられないよ”とニッと不敵に笑って応えるレランジェは角持つ悪魔である。
Illust:霜月友
Illust:斯比
学園校舎。窓越しの夕陽に目を細める、「魅了する美エルティーヌ」の姿。
エルフ特有の端正な容貌に、何かを訴えかけるような瞳が妖艶な美しさを際立たせている。
Illust:石山万由果
ここでさらにカメラはリリカルモナステリオの校舎正面、石段下の広場へと移る。
微風になびく紫の長い髪。長身で均整の取れたプロポーション、同じ学園の制服なのにこうすれば着崩しても決まる、という微妙なラインを熟知したポージング。
これが「新世代の美エルミニア」だ。
Illust:六
『私達が起こすムーブメント、目に焼き付けなさい!』
最後のひと言は、強く輝く琥珀色の瞳のクローズアップで。
「はいっ、カットぉ!!」
地上カメラ兼監督を務めるパルヴィの声がかかってもエルミニアは天蓋のさらに先の空を見つめたまま、しばらく彫像のように立ち尽くしていた。
きゃーっ!
エルミニアが姿勢を緩めると同時に、ギャラリーに詰めかけた学園生たちから黄色い声があがった。
リリカルモナステリオ学園、冬の広域配信用CM『魅惑の輝き』撮影。
やがて全世界へと流れる動画には、彼女たちの映像に効果やテロップ(「来たれ、魅惑の輝き」の様な)が加えられるが、学園を代表する美女たちのただならぬ存在感は撮影を見学している者を圧倒するほどだった。
「お疲れ様でした」「お疲れ様でーす!」
空中から手持ちカメラをさげた悪魔ベレトアが降りてくると、マイクセットを持った人魚エドヴィージュもヘッドホンを外す。その背後に「羽ばたく音色シグネ」が降り立った。人を魅了する歌声の持ち主、鳥系獣人シグネは派手な羽根の色とは反対に控えめで無口な少女である。
リリカルモナステリオではほとんどの場合、撮影から録音、編集からマスタリングまで映像制作のすべてが生徒たちによって行われる。それを可能としているのは、惑星クレイでも最高度の充実度を誇るカリキュラムと教師陣のきめ細かい指導だ。そして何より、“撮るものと撮られる者”の立場を経験することが、アイドル・歌手/音楽家・舞台俳優・芸術家、または裏方と呼ばれる制作スタッフ、いずれを目指すにしても大事なことなのだ。またそれを皆がいつも痛感するほど、リリカルモナステリオはレベルが高い環境ということもできる。
「……あの、エルミニア先輩。さっきは何を見ていたんですか?」
とパルヴィ。彼女は猫系獣人である。
エルミニアの琥珀色の瞳が最後に見上げていた先について、CMディレクターとしても尊敬する先輩としても好奇心を抑えられなかったらしい。
「子供の頃のことを」
丈高き人間エルミニアの答えは短かった。パルヴィは困った猫のような表情になった。予想した答えとは違っていたらしい。
「よぉ後輩たち!後は任せたよ」「キレイに撮ってくれたかなっ」
これは合流した悪魔レランジェと、ウサギ系獣人ラビーナ。
『美女』のもう一人、エルフのエルティーヌはというとこちらの会話に混じることなく、先ほどと同じく校舎の内側、窓際で妖しく微笑んでいる。
「もちろんです!」「いい画いただきましたから」「魅惑の輝き』、任せてくださーい!」
後輩三人の撮影スタッフ、パルヴィ、ベレトア、エドヴィージュはそれぞれの言葉で応えた。
「よーし、さっそく編集だーっ!」「「おーっ!」」
駆け去る三人娘の元気な掛け声と共に、ギャラリーも捌けてゆく。
リリカルモナステリオではアイドルに対する憧れと、自身もやがてはそうなるために学ぶ事との棲み分け、バランス感覚が大事になる。好きな先輩ばかり追いかけるばかりでは(当たり前だが)いつまで経ってもデビューはできない。ただし、“心動かされ憧れるもの、情熱を傾けられるものがあるのは幸せなことです。そしてそれを深く知りたいと思うのは恋することと同じ。あなたが真に生きているということなのです”とは学園で絵画を教える、人間エスター教諭の言葉である。
「シグネ。ちょっといい?」
ちょうど寮に向けて飛び立とうとしていたシグネ──鳥系獣人「羽ばたく音色シグネ」はエルミニアの声に振り返った。先ほど天を見つめていた強い眼が彼女を見つめている。シグネは無言でコクリと頷いた。
Illust:斯比
リリカルモナステリオの学生街にあるカフェテラスには傘型暖房が備え付けられているが、雪の夕方ともなれば歓談の場にあえて外を選ぶ者は稀だ。
人間エルミニアと鳥系獣人シグネの二人は、その例外のようだった。
シグネは羽になっている両手の先で器用にカップを傾けた。その背後には細雪が降っている。
「世界は本当に変わったのかしら」
シグネの手が止まった。そうっと声の主を上目遣いに見る。
エルミニアは顔を横に向け、寮へと帰路を急ぐ生徒たちを眺めている。テラスの客が「新世代の美エルミニア」だと気づく者も少なくなかったが、すでに述べたリリカルモナステリオ流マナーのため、あるいはそもそも気軽に声をかけられるような対象ではない故に、二人の静かな語らいを邪魔する者はいなかった。
「私たちは“希望”を選んだのよね。全世界的に」
エルミニアが言う《選択》とは新たな神格、天輪聖竜ニルヴァーナ(註.リノやバヴサーガラたち以外のほとんどには究極形態である「天輪真竜マハーニルヴァーナ」の名は知られていない)の覚醒に際し、惑星クレイの全土で起こった“絶望”の群衆と“希望”を信じる人々の想いが《天秤》にかけられた出来事を指している。
「際どい勝利」
相づちは短かったがシグネの言葉をエルミニアはいま初めて聞いた。震える琴線のような美しい音色だった。
「普段から綺麗な声なのね。思った通り」
シグネは真っ赤になった。誉められる事に慣れていないらしい。
「あなたの歌、良かったわ。私が推薦したの」
歌とは先のCM撮影のことだ。完成する映像ではリリカルモナステリオの街の全景とともに、別日に収録されるシグネの歌が聞く者の耳を喜ばせることだろう。
シグネは恥じらいながらも小鳥のように首を傾げた。
「そう。あなたは朝、この天蓋の空高くを飛びながら歌っている。高く遠く。私はよくその声で目が覚める」
エルミニアはシグネの無言の問いかけに答えた。
「私にとってリリカルモナステリオの朝とはあなたなのよ、羽ばたく音色シグネ。そしてあなたも間違いなく『魅惑の輝き』。世界をより良い方向へ導く力を持っている。その歌で」
シグネは手のカップを持て余しもじもじしている。ほとんどが断定形で放たれるエルミニアの率直な言葉と内に秘めた情熱は他人を困惑させることが多い。
「率直に言うわ、シグネ。私たちと組んで。あなたの歌で世界を変えよう!」
ひゃっと思わず叫んで取り落としかけたカップをエルミニアはお茶一滴こぼすことなく支えた。期せずしてシグネの両翼=両手がエルミニアの手を握り包み込む形になった。
「……」
「ムーブメント、起こそう。私たちの“美”で」
しんしんと雪の降るテラス。見つめ合う二人。沈黙は長かった。
もう街路にも店にも生徒たちの姿はない。
「歌うのが好き」
やがて俯いたシグネがぽつりと呟いた。
「……好きなだけ」
自分の言葉にエルミニアが微笑んだ事にシグネは気がついた。エルミニアほど完成された美の人であっても少女のように微笑むことがあることに、それを知ったことに、引っ込み思案の彼女の心が揺れる。
「無理にとは言わない。目指すのは本物のアイドル。全力でやれないと思うならこの手は離していい」
エルミニアの琥珀色の瞳はあの時、天を仰いでいたものと同じくシグネを見つめていた。その時、自分の子供時代を見ていたというエルミニアの眼はいま何を思うのか。
「好きだから……続けてみたい。全力で」
羽根に柔らかく包まれていたエルミニアの手がぎゅっと握られた。
「私もそうだよ、シグネ」
新世代の美エルミニアは、羽ばたく音色シグネにカップを持ち直させると自分のグラスと触れあわせて献杯した。二人ともつかんだ手は離さないまま。
「頑張ろう、一緒に」
それはリリカルモナステリオに内側雪の降る、ある夕べのことだった。
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《今回の一口用語メモ》
リリカルモナステリオの天蓋と気候
リリカルモナステリオは空飛ぶクジラの背に乗った学園都市であり、時代で言うと無神紀の頃、クレイ歴3,000年代の終わりぐらいに設立され、惑星クレイの世界中を放浪し始めたと言われている。
リリステクジラの背の天蓋がいつ作られたかは不明だが、空中・海上そして海中をクジラと共に移動するためには絶対不可欠な設備であるため国家としての始まりからコンセプトにあったものと思われる。
天蓋は機密性に優れ、高高度の気圧や深海の水圧にも耐えられる構造になっており、緩やかに対流・交換される空気によって微風も生じる。
一方で、外との気温・気圧差によって天蓋内には雨や雪が降ることがある。昼まで水泳ができる陽気だったものが一夜にして雪景色になったり、一転して土砂降りになったりすることも珍しくない。これがリリカルモナステリオ名物「内側雨」「内側雪」である。
→リリカルモナステリオの天蓋と気圧、内側雪や内側雨を降らせる雲の仕組みについては、世界観コラム ─ セルセーラ秘録図書館009「リリカルモナステリオ」も参照のこと。
Illust:四季まこと
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天蓋の空に美しい歌声が高く遠く響いていた。
シグネの極彩色の羽根がはばたくと、鳥の目を得たかのように視点が黄昏の空から地上へと導かれる。
雪が浅く積もった街路に跳ねた足跡が見える。
粉雪を蹴立てて走る「噂の美ラビーナ」はウサギ系獣人。
しなやかで無駄のない獣の動き。白く長い髪に耳に銀色の光の粒が弾ける。
ラビーナがこちらに向けてウインクすると、「狙い撃つ美レランジェ」がウサギを狩る猟師よろしく指を向けて見せた。ラビーナもまるで弾をよけるようにクルクルと雪の上を舞う。回避の動きに“そんなんじゃ避けられないよ”とニッと不敵に笑って応えるレランジェは角持つ悪魔である。
Illust:霜月友
Illust:斯比
学園校舎。窓越しの夕陽に目を細める、「魅了する美エルティーヌ」の姿。
エルフ特有の端正な容貌に、何かを訴えかけるような瞳が妖艶な美しさを際立たせている。
Illust:石山万由果
ここでさらにカメラはリリカルモナステリオの校舎正面、石段下の広場へと移る。
微風になびく紫の長い髪。長身で均整の取れたプロポーション、同じ学園の制服なのにこうすれば着崩しても決まる、という微妙なラインを熟知したポージング。
これが「新世代の美エルミニア」だ。
Illust:六
『私達が起こすムーブメント、目に焼き付けなさい!』
最後のひと言は、強く輝く琥珀色の瞳のクローズアップで。
「はいっ、カットぉ!!」
地上カメラ兼監督を務めるパルヴィの声がかかってもエルミニアは天蓋のさらに先の空を見つめたまま、しばらく彫像のように立ち尽くしていた。
きゃーっ!
エルミニアが姿勢を緩めると同時に、ギャラリーに詰めかけた学園生たちから黄色い声があがった。
リリカルモナステリオ学園、冬の広域配信用CM『魅惑の輝き』撮影。
やがて全世界へと流れる動画には、彼女たちの映像に効果やテロップ(「来たれ、魅惑の輝き」の様な)が加えられるが、学園を代表する美女たちのただならぬ存在感は撮影を見学している者を圧倒するほどだった。
「お疲れ様でした」「お疲れ様でーす!」
空中から手持ちカメラをさげた悪魔ベレトアが降りてくると、マイクセットを持った人魚エドヴィージュもヘッドホンを外す。その背後に「羽ばたく音色シグネ」が降り立った。人を魅了する歌声の持ち主、鳥系獣人シグネは派手な羽根の色とは反対に控えめで無口な少女である。
リリカルモナステリオではほとんどの場合、撮影から録音、編集からマスタリングまで映像制作のすべてが生徒たちによって行われる。それを可能としているのは、惑星クレイでも最高度の充実度を誇るカリキュラムと教師陣のきめ細かい指導だ。そして何より、“撮るものと撮られる者”の立場を経験することが、アイドル・歌手/音楽家・舞台俳優・芸術家、または裏方と呼ばれる制作スタッフ、いずれを目指すにしても大事なことなのだ。またそれを皆がいつも痛感するほど、リリカルモナステリオはレベルが高い環境ということもできる。
「……あの、エルミニア先輩。さっきは何を見ていたんですか?」
とパルヴィ。彼女は猫系獣人である。
エルミニアの琥珀色の瞳が最後に見上げていた先について、CMディレクターとしても尊敬する先輩としても好奇心を抑えられなかったらしい。
「子供の頃のことを」
丈高き人間エルミニアの答えは短かった。パルヴィは困った猫のような表情になった。予想した答えとは違っていたらしい。
「よぉ後輩たち!後は任せたよ」「キレイに撮ってくれたかなっ」
これは合流した悪魔レランジェと、ウサギ系獣人ラビーナ。
『美女』のもう一人、エルフのエルティーヌはというとこちらの会話に混じることなく、先ほどと同じく校舎の内側、窓際で妖しく微笑んでいる。
「もちろんです!」「いい画いただきましたから」「魅惑の輝き』、任せてくださーい!」
後輩三人の撮影スタッフ、パルヴィ、ベレトア、エドヴィージュはそれぞれの言葉で応えた。
「よーし、さっそく編集だーっ!」「「おーっ!」」
駆け去る三人娘の元気な掛け声と共に、ギャラリーも捌けてゆく。
リリカルモナステリオではアイドルに対する憧れと、自身もやがてはそうなるために学ぶ事との棲み分け、バランス感覚が大事になる。好きな先輩ばかり追いかけるばかりでは(当たり前だが)いつまで経ってもデビューはできない。ただし、“心動かされ憧れるもの、情熱を傾けられるものがあるのは幸せなことです。そしてそれを深く知りたいと思うのは恋することと同じ。あなたが真に生きているということなのです”とは学園で絵画を教える、人間エスター教諭の言葉である。
「シグネ。ちょっといい?」
ちょうど寮に向けて飛び立とうとしていたシグネ──鳥系獣人「羽ばたく音色シグネ」はエルミニアの声に振り返った。先ほど天を見つめていた強い眼が彼女を見つめている。シグネは無言でコクリと頷いた。
Illust:斯比
リリカルモナステリオの学生街にあるカフェテラスには傘型暖房が備え付けられているが、雪の夕方ともなれば歓談の場にあえて外を選ぶ者は稀だ。
人間エルミニアと鳥系獣人シグネの二人は、その例外のようだった。
シグネは羽になっている両手の先で器用にカップを傾けた。その背後には細雪が降っている。
「世界は本当に変わったのかしら」
シグネの手が止まった。そうっと声の主を上目遣いに見る。
エルミニアは顔を横に向け、寮へと帰路を急ぐ生徒たちを眺めている。テラスの客が「新世代の美エルミニア」だと気づく者も少なくなかったが、すでに述べたリリカルモナステリオ流マナーのため、あるいはそもそも気軽に声をかけられるような対象ではない故に、二人の静かな語らいを邪魔する者はいなかった。
「私たちは“希望”を選んだのよね。全世界的に」
エルミニアが言う《選択》とは新たな神格、天輪聖竜ニルヴァーナ(註.リノやバヴサーガラたち以外のほとんどには究極形態である「天輪真竜マハーニルヴァーナ」の名は知られていない)の覚醒に際し、惑星クレイの全土で起こった“絶望”の群衆と“希望”を信じる人々の想いが《天秤》にかけられた出来事を指している。
「際どい勝利」
相づちは短かったがシグネの言葉をエルミニアはいま初めて聞いた。震える琴線のような美しい音色だった。
「普段から綺麗な声なのね。思った通り」
シグネは真っ赤になった。誉められる事に慣れていないらしい。
「あなたの歌、良かったわ。私が推薦したの」
歌とは先のCM撮影のことだ。完成する映像ではリリカルモナステリオの街の全景とともに、別日に収録されるシグネの歌が聞く者の耳を喜ばせることだろう。
シグネは恥じらいながらも小鳥のように首を傾げた。
「そう。あなたは朝、この天蓋の空高くを飛びながら歌っている。高く遠く。私はよくその声で目が覚める」
エルミニアはシグネの無言の問いかけに答えた。
「私にとってリリカルモナステリオの朝とはあなたなのよ、羽ばたく音色シグネ。そしてあなたも間違いなく『魅惑の輝き』。世界をより良い方向へ導く力を持っている。その歌で」
シグネは手のカップを持て余しもじもじしている。ほとんどが断定形で放たれるエルミニアの率直な言葉と内に秘めた情熱は他人を困惑させることが多い。
「率直に言うわ、シグネ。私たちと組んで。あなたの歌で世界を変えよう!」
ひゃっと思わず叫んで取り落としかけたカップをエルミニアはお茶一滴こぼすことなく支えた。期せずしてシグネの両翼=両手がエルミニアの手を握り包み込む形になった。
「……」
「ムーブメント、起こそう。私たちの“美”で」
しんしんと雪の降るテラス。見つめ合う二人。沈黙は長かった。
もう街路にも店にも生徒たちの姿はない。
「歌うのが好き」
やがて俯いたシグネがぽつりと呟いた。
「……好きなだけ」
自分の言葉にエルミニアが微笑んだ事にシグネは気がついた。エルミニアほど完成された美の人であっても少女のように微笑むことがあることに、それを知ったことに、引っ込み思案の彼女の心が揺れる。
「無理にとは言わない。目指すのは本物のアイドル。全力でやれないと思うならこの手は離していい」
エルミニアの琥珀色の瞳はあの時、天を仰いでいたものと同じくシグネを見つめていた。その時、自分の子供時代を見ていたというエルミニアの眼はいま何を思うのか。
「好きだから……続けてみたい。全力で」
羽根に柔らかく包まれていたエルミニアの手がぎゅっと握られた。
「私もそうだよ、シグネ」
新世代の美エルミニアは、羽ばたく音色シグネにカップを持ち直させると自分のグラスと触れあわせて献杯した。二人ともつかんだ手は離さないまま。
「頑張ろう、一緒に」
それはリリカルモナステリオに内側雪の降る、ある夕べのことだった。
了
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《今回の一口用語メモ》
リリカルモナステリオの天蓋と気候
リリカルモナステリオは空飛ぶクジラの背に乗った学園都市であり、時代で言うと無神紀の頃、クレイ歴3,000年代の終わりぐらいに設立され、惑星クレイの世界中を放浪し始めたと言われている。
リリステクジラの背の天蓋がいつ作られたかは不明だが、空中・海上そして海中をクジラと共に移動するためには絶対不可欠な設備であるため国家としての始まりからコンセプトにあったものと思われる。
天蓋は機密性に優れ、高高度の気圧や深海の水圧にも耐えられる構造になっており、緩やかに対流・交換される空気によって微風も生じる。
一方で、外との気温・気圧差によって天蓋内には雨や雪が降ることがある。昼まで水泳ができる陽気だったものが一夜にして雪景色になったり、一転して土砂降りになったりすることも珍しくない。これがリリカルモナステリオ名物「内側雨」「内側雪」である。
→リリカルモナステリオの天蓋と気圧、内側雪や内側雨を降らせる雲の仕組みについては、世界観コラム ─ セルセーラ秘録図書館009「リリカルモナステリオ」も参照のこと。
Illust:四季まこと
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡