ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
045「秘めたる宝 フェナエル」
リリカルモナステリオ
種族 エンジェル
休日くらい、双翼の安らぐ時があれば良いものを。
天使フェナエルは読んでいた本を閉じると、密かな嘆息をついた。
リリカルモナステリオ学園。
歌と芸術で世界に希望と平和を広めるべく空飛ぶクジラの背に建てられた、アイドルおよびアイドル候補生が暮らす街である。
この学園にもお休みの日はある。
6日に1度まわってくるこの「休日」は、勉強熱心な生徒でさえ少なからずひと息つける貴重な自由時間だ。
町に繰り出す者が多いこの日ばかりは、にぎやかな学生寮も閑散としている。
フェナエルは飾り気のない寮部屋で、朝日が差す窓辺に片膝をついてもたれかかっている。
その視線の先、寮の中庭には三人の天使がいた。
「さぁ、アレスティエル様。今日こそ、私とお食事に。女の子の休日といえば美味しいお店訪問ですっ!」
と黒翼のピアエルが右腕にしがみつくと、
「ダメ。アレスティエル様はお疲れなのです。わたしと街の温浴施設でゆったりいたしましょ」
白翼のトルクエルはミトンをはめた柔らかい手を優しくアレスティエルの左肩に添えた。
「ありがとう。ピアエル、トルクエル」
両手に花の格好になったアレスティエルは、嬉しさと困惑が入り交じった笑みを浮かべた。
黒髪に黒瞳、黒い翼が右に。銀髪に赤の瞳、白い翼が左。手袋までが黒と白。
彼女の見かけと同様、アレスティエルの揺れ動く気持ちはいつも二律背反なのだ。
純情可憐に人の心に光を灯す白翼のアレスティエル。闇より出でし激情で観客を圧倒する黒翼のアレスティエル。その両人がつねに同居する、双翼の大天使アレスティエルは入学以来、人一倍の努力を積み重ねて才能を開花させ、リリカルモナステリオ学園の天使のトップに駆け上がったアイドルである。
Illust:Nardack
Illust:結城リカ
Illust:はねこと
トップとは「頂きに立つ者」である。頂きとは常に見上げられ、一挙手一投足までが注目される存在。
特にその頭上の光輪の交差する+字のように天使たちの中央に位置しながらも、謙虚で思い上がることなく自分に厳しく高みを目指し続けるアレスティエルに集まる人望は、一種崇拝とさえ言えるレベルに達している。ほんのひと時も放ってはおかれる事がないのだ。
この点、互いに固い絆で結ばれるリーダー・カイリと人魚たち『Astesice』や、家臣やボディーガードのように“姫”クラリッサを取り囲む竜人『Earnescorrect』、はたまた休日の今日も校舎前の木陰に集う『吸血鬼フェルティローザと11人のゴースト』とも違った近寄りがたさが、アレスティエルの天使の信奉者たちにはあった。
「ではお食事にっ!」
「スパでリラックス!」
言葉がかち合ったピアエルとトルクエルははっと顔を見合わせ、そうよ!と頷いて言葉を合わせた。
「「いっそ両方楽しみましょう!」」
黒翼と白翼の違いこそあれど、同じ大天使を崇める同志である。仲違いするよりも協調したほうが実りは大きいに決まっている。
「あ。ええっと、あのね、二人とも……きゃっ!」
バサッ!
羽ばたきの音とともに、二人の天使の腕の中からアレスティエルの姿が消えた。
「アレスティエル様はお預かりしましたよ、お嬢さんたち」
天使秘めたる宝フェナエルは、アレスティエルの腰を抱いて空に浮かんでいた。
Illust:BISAI
「あー、ずっるーい!」「もう!抜け駆けは許しませんよ、フェナエル」
呆然としたのは一瞬。休日を一緒に過ごす野望を砕かれたと悟ってピアエルは叫び、温厚なトルクエルまでが憤慨した。
「では、お二方」
フェナエルは二本指でいたずらっぽく敬礼して、二人が追おうと身構える間も与えず、校舎の方角へと飛び去った。
腕の中からくすくす笑う声がしてフェナエルは羽ばたきを止め、学園の上を滑空した。
「何か可笑しいことでも?」とフェナエル。
「だって……あなたまるで盗賊みたい」
大天使アレスティエルは身をよじって笑っている。
確かに“男装”のリリカルモナステリオ学園制服がよく似合うフェナエルが大天使を脇に抱え追っ手から逃げる様は、その自信ありげな笑みと相まってお宝の奪取に成功した義賊の趣がある。
「よかった。笑ってもらえて」
フェナエルは手を離すと、アレスティエルは黒と白の翼で羽ばたいた。
「ありがとう。私……誘いを断るのが苦手で」
「そして皆のように楽しむのも苦手。違いますか?」
アレスティエルは首を振って笑った。その通りだと認めたのだ。
「どうしよう。これから」
と大天使アレスティエルは空に寝そべるように天を仰ぐ姿勢になった。フェナエルはベッドに寄り添う執事のようにその横をゆったり漂っている。
「あなたの好きにしたら良いです。せっかくのお休み、せっかくの自由時間なのですから」とフェナエル。
「……」
アレスティエルは沈黙する。
フェナエルの大袈裟で強引な奪還劇に笑う少女らしいアレスティエルは影を潜め、憂悶が黒と白の二律背反な美しさを増している。きっとこんな時の彼女は“黒翼”なのだろう。
「休むって、よくわからない」
長い沈黙のあと、アレスティエルは呟いた。
「リラックスすること。ある人たちにとっては美味しい食べ物やくつろげる温浴だったりしますね」
とフェナエルが黒い翼を揺らした。
「あなたの“お休み”は?」とアレスティエル。
「読書です。寮友が出かけているとはかどります」
フェナエルは腰から本を取り出してみせた。
「勉強家ね」
「あなたほどじゃありません。ダンスも、歌も」
フェナエルは近づきつつある校舎を親指で指してみせた。
「ところで、そんなあなたが好きなのはあそこじゃありませんか」
休日の校舎には人気がなかった。
「でも、お休みの楽しみがレッスンだなんて、おかしいかな」
双翼のアレスティエルはぽつりと呟いた。黒い翼の天使はその横でにっこり笑った。
「休日に必要なのは楽しみを邪魔されない環境です」とフェナエル。
「そうね」
「そのためにこんなものを持っている天使もいます」
フェナエルは本に挟んであった鍵を取り上げてみせた。この学園の学生ならばよく知っている予約制のレッスン室の鍵だった。平日であれ休日であれ、学園でもっとも入手困難なものの一つだ。
「どうやって手に入れたのかしら」“白翼”のアレスティエルは真面目に尋ねた。
「それは内緒。くれぐれも管理棟のオレオン先生にはご内密に」とフェナエルは唇に指を立てて見せた。
「まぁ」“黒翼”のアレスティエルはまたくすくす笑った。
「我が秘めたる宝。よろしければ進呈します。ここなら歌でもダンスでも勉強でも誰も邪魔しませんから。大天使の休日の通行証ということで。ではごゆっくり」
フェナエルは優雅に一礼して、アレスティエルの懐に鍵を落とすと踵を返した。
「必要なのは楽しみを邪魔されない環境よね」とアレスティエル。
「ええそうです」フェナエルは振り返った。
「歌は好き?フェナエル」
「ええ。特にあなたのが、とても。アレスティエル」
「よかったら休日を共有したいのだけど。つきあってもらえるかしら」
双翼のアレスティエルは、安らぐ休日をくれた新たな友に両手を差し伸べた。その言葉は白と黒、どちらの翼のアレスティエルが言ったものだったろうか。
「私も、誘いを断るのは苦手なので」
天使、秘めたる宝フェナエルは微笑んで手を握った。心中、崇拝にも似た憧れを抱き見つめ続けているトップスター、双翼の大天使アレスティエルの白と黒の美しい手を。
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
リリカルモナステリオの休日
リリカルモナステリオの暦は惑星クレイの標準歴に沿っているため、6日ごとに「休日」がある※地方によってはこの6日間を一週間と呼ぶ。ちなみに10日を1旬とするのは主に農業歴である※。
この日は授業も行われないため、生徒たちも1ヶ月30日のうち5回はまる一日、自分だけの時間を満喫する機会がある。ただしトップアイドルともなると舞台稽古やステージ本番でせっかくの休日も流れがちになるため、ツアー終了時にまとめて代休を取ることも認められている。
生徒たちの休日の過ごし方は様々だが、学園エリアとは反対にある市街地に繰り出して、買い物や食べ歩き、娯楽(美術館からスポーツ施設、映画館やゲームセンターまである)に友達と連れだって出かける者が多い。またリリステクジラが寄港している場合は、天蓋の外に出ることもできる。世界の見聞を拡げることも大事な学習の一環とされているために、門限が守られる限りこうした「上陸」はむしろ学園からは奨励されるものである。
→リリステクジラの名称については、ユニットストーリー021「Astesice カイリ」末尾の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
→惑星クレイの暦については、ユニットストーリー017「樹角獣 ダマイナル」末尾の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
----------------------------------------------------------
天使フェナエルは読んでいた本を閉じると、密かな嘆息をついた。
リリカルモナステリオ学園。
歌と芸術で世界に希望と平和を広めるべく空飛ぶクジラの背に建てられた、アイドルおよびアイドル候補生が暮らす街である。
この学園にもお休みの日はある。
6日に1度まわってくるこの「休日」は、勉強熱心な生徒でさえ少なからずひと息つける貴重な自由時間だ。
町に繰り出す者が多いこの日ばかりは、にぎやかな学生寮も閑散としている。
フェナエルは飾り気のない寮部屋で、朝日が差す窓辺に片膝をついてもたれかかっている。
その視線の先、寮の中庭には三人の天使がいた。
「さぁ、アレスティエル様。今日こそ、私とお食事に。女の子の休日といえば美味しいお店訪問ですっ!」
と黒翼のピアエルが右腕にしがみつくと、
「ダメ。アレスティエル様はお疲れなのです。わたしと街の温浴施設でゆったりいたしましょ」
白翼のトルクエルはミトンをはめた柔らかい手を優しくアレスティエルの左肩に添えた。
「ありがとう。ピアエル、トルクエル」
両手に花の格好になったアレスティエルは、嬉しさと困惑が入り交じった笑みを浮かべた。
黒髪に黒瞳、黒い翼が右に。銀髪に赤の瞳、白い翼が左。手袋までが黒と白。
彼女の見かけと同様、アレスティエルの揺れ動く気持ちはいつも二律背反なのだ。
純情可憐に人の心に光を灯す白翼のアレスティエル。闇より出でし激情で観客を圧倒する黒翼のアレスティエル。その両人がつねに同居する、双翼の大天使アレスティエルは入学以来、人一倍の努力を積み重ねて才能を開花させ、リリカルモナステリオ学園の天使のトップに駆け上がったアイドルである。
Illust:Nardack
Illust:結城リカ
Illust:はねこと
トップとは「頂きに立つ者」である。頂きとは常に見上げられ、一挙手一投足までが注目される存在。
特にその頭上の光輪の交差する+字のように天使たちの中央に位置しながらも、謙虚で思い上がることなく自分に厳しく高みを目指し続けるアレスティエルに集まる人望は、一種崇拝とさえ言えるレベルに達している。ほんのひと時も放ってはおかれる事がないのだ。
この点、互いに固い絆で結ばれるリーダー・カイリと人魚たち『Astesice』や、家臣やボディーガードのように“姫”クラリッサを取り囲む竜人『Earnescorrect』、はたまた休日の今日も校舎前の木陰に集う『吸血鬼フェルティローザと11人のゴースト』とも違った近寄りがたさが、アレスティエルの天使の信奉者たちにはあった。
「ではお食事にっ!」
「スパでリラックス!」
言葉がかち合ったピアエルとトルクエルははっと顔を見合わせ、そうよ!と頷いて言葉を合わせた。
「「いっそ両方楽しみましょう!」」
黒翼と白翼の違いこそあれど、同じ大天使を崇める同志である。仲違いするよりも協調したほうが実りは大きいに決まっている。
「あ。ええっと、あのね、二人とも……きゃっ!」
バサッ!
羽ばたきの音とともに、二人の天使の腕の中からアレスティエルの姿が消えた。
「アレスティエル様はお預かりしましたよ、お嬢さんたち」
天使秘めたる宝フェナエルは、アレスティエルの腰を抱いて空に浮かんでいた。
Illust:BISAI
「あー、ずっるーい!」「もう!抜け駆けは許しませんよ、フェナエル」
呆然としたのは一瞬。休日を一緒に過ごす野望を砕かれたと悟ってピアエルは叫び、温厚なトルクエルまでが憤慨した。
「では、お二方」
フェナエルは二本指でいたずらっぽく敬礼して、二人が追おうと身構える間も与えず、校舎の方角へと飛び去った。
腕の中からくすくす笑う声がしてフェナエルは羽ばたきを止め、学園の上を滑空した。
「何か可笑しいことでも?」とフェナエル。
「だって……あなたまるで盗賊みたい」
大天使アレスティエルは身をよじって笑っている。
確かに“男装”のリリカルモナステリオ学園制服がよく似合うフェナエルが大天使を脇に抱え追っ手から逃げる様は、その自信ありげな笑みと相まってお宝の奪取に成功した義賊の趣がある。
「よかった。笑ってもらえて」
フェナエルは手を離すと、アレスティエルは黒と白の翼で羽ばたいた。
「ありがとう。私……誘いを断るのが苦手で」
「そして皆のように楽しむのも苦手。違いますか?」
アレスティエルは首を振って笑った。その通りだと認めたのだ。
「どうしよう。これから」
と大天使アレスティエルは空に寝そべるように天を仰ぐ姿勢になった。フェナエルはベッドに寄り添う執事のようにその横をゆったり漂っている。
「あなたの好きにしたら良いです。せっかくのお休み、せっかくの自由時間なのですから」とフェナエル。
「……」
アレスティエルは沈黙する。
フェナエルの大袈裟で強引な奪還劇に笑う少女らしいアレスティエルは影を潜め、憂悶が黒と白の二律背反な美しさを増している。きっとこんな時の彼女は“黒翼”なのだろう。
「休むって、よくわからない」
長い沈黙のあと、アレスティエルは呟いた。
「リラックスすること。ある人たちにとっては美味しい食べ物やくつろげる温浴だったりしますね」
とフェナエルが黒い翼を揺らした。
「あなたの“お休み”は?」とアレスティエル。
「読書です。寮友が出かけているとはかどります」
フェナエルは腰から本を取り出してみせた。
「勉強家ね」
「あなたほどじゃありません。ダンスも、歌も」
フェナエルは近づきつつある校舎を親指で指してみせた。
「ところで、そんなあなたが好きなのはあそこじゃありませんか」
休日の校舎には人気がなかった。
「でも、お休みの楽しみがレッスンだなんて、おかしいかな」
双翼のアレスティエルはぽつりと呟いた。黒い翼の天使はその横でにっこり笑った。
「休日に必要なのは楽しみを邪魔されない環境です」とフェナエル。
「そうね」
「そのためにこんなものを持っている天使もいます」
フェナエルは本に挟んであった鍵を取り上げてみせた。この学園の学生ならばよく知っている予約制のレッスン室の鍵だった。平日であれ休日であれ、学園でもっとも入手困難なものの一つだ。
「どうやって手に入れたのかしら」“白翼”のアレスティエルは真面目に尋ねた。
「それは内緒。くれぐれも管理棟のオレオン先生にはご内密に」とフェナエルは唇に指を立てて見せた。
「まぁ」“黒翼”のアレスティエルはまたくすくす笑った。
「我が秘めたる宝。よろしければ進呈します。ここなら歌でもダンスでも勉強でも誰も邪魔しませんから。大天使の休日の通行証ということで。ではごゆっくり」
フェナエルは優雅に一礼して、アレスティエルの懐に鍵を落とすと踵を返した。
「必要なのは楽しみを邪魔されない環境よね」とアレスティエル。
「ええそうです」フェナエルは振り返った。
「歌は好き?フェナエル」
「ええ。特にあなたのが、とても。アレスティエル」
「よかったら休日を共有したいのだけど。つきあってもらえるかしら」
双翼のアレスティエルは、安らぐ休日をくれた新たな友に両手を差し伸べた。その言葉は白と黒、どちらの翼のアレスティエルが言ったものだったろうか。
「私も、誘いを断るのは苦手なので」
天使、秘めたる宝フェナエルは微笑んで手を握った。心中、崇拝にも似た憧れを抱き見つめ続けているトップスター、双翼の大天使アレスティエルの白と黒の美しい手を。
了
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
リリカルモナステリオの休日
リリカルモナステリオの暦は惑星クレイの標準歴に沿っているため、6日ごとに「休日」がある※地方によってはこの6日間を一週間と呼ぶ。ちなみに10日を1旬とするのは主に農業歴である※。
この日は授業も行われないため、生徒たちも1ヶ月30日のうち5回はまる一日、自分だけの時間を満喫する機会がある。ただしトップアイドルともなると舞台稽古やステージ本番でせっかくの休日も流れがちになるため、ツアー終了時にまとめて代休を取ることも認められている。
生徒たちの休日の過ごし方は様々だが、学園エリアとは反対にある市街地に繰り出して、買い物や食べ歩き、娯楽(美術館からスポーツ施設、映画館やゲームセンターまである)に友達と連れだって出かける者が多い。またリリステクジラが寄港している場合は、天蓋の外に出ることもできる。世界の見聞を拡げることも大事な学習の一環とされているために、門限が守られる限りこうした「上陸」はむしろ学園からは奨励されるものである。
→リリステクジラの名称については、ユニットストーリー021「Astesice カイリ」末尾の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
→惑星クレイの暦については、ユニットストーリー017「樹角獣 ダマイナル」末尾の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
----------------------------------------------------------
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡