ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
046「MiMish(ミミッシュ) フォルティア」
リリカルモナステリオ
種族 ワービースト
Illust:たにはらなつき
バンッ!
「はい!私たちの新学期の目標はこれですっ!」
フォルティアはホワイトボードに一枚の紙を貼りだした。ぴんと伸びた制服の群青とピンクの柔らかい髪と可愛らしく垂れた耳が、昼の日差しに鮮やかな対照を成している。
「皆で作りたいの!最っ高のステージを!」
……すぅ……すぅぅぅ……。
キラキラと輝く瞳で仲間を見つめたフォルティアはしかし、室内に響く穏やかな寝息につんのめりそうになった。
「もう!タビーったら!!」
「お日様ぽかぽか~♪もう少しだけのんびり……ダメ?」
むくれるフォルティアにも、テーブルで午睡中のタビーライラの返答はあくまでマイペースだ。
アイドルユニットMiMishのメンバーは猫系獣人。温かな日向にいるとたまらなく眠くなり身体を丸めてしまうのは本能である。
Illust:鈴穂ほたる
リリカルモナステリオ学園、練習室D。
希望数の増加により予約が難しくなってきてはいるものの、生徒の芸能・アイドル活動のためであればレッスン、発声練習、楽器演奏など自由に使って良いこの一室を借り切って、本日MiMishのメンバーはミーティングを開いていたのだった。
「それよりも、ねぇ。気になる新譜、ピックしたからさー。一緒に聴こー?」
と携帯端末を見ながらアズハチル。ブラントゲート製最新モデルの機能で彼女の周りには浮遊スクリーンがいくつも投影されている。
Illust:むらき
「アズハチルまで!ねぇせっかく練習室借りられたんだから、ちゃんとやろうよ!」
とフォルティア。ちなみに、リリカルモナステリオでは鬼レッスンで怖れられるデスファンブル教諭の評によれば、“MiMishは99%猫系の本能とリーダーフォルティアの懸命さだけで成り立っている”そうである。
「資料そろえてみた。役に立ちそうなもの」
練習室Dの防音ドアが開くと、本をいっぱい抱えたリカシェンナが現れた。
「ありがとう」
フォルティアは安堵した様子を隠さずに歓迎した。
「できる事、少しずつでも増やしていきたいから」
リカシェンナの返事は寡黙な彼女をよく知らないと無愛想にも聞こえるものだったが、フォルティアも他の二人もその口調の裏には誠実さとそして照れがあることをよく知っていた。
Illust:石山万由果
メンバーが揃った。
「はい。ということで、私たちの新学期の目標はこれです」
フォルティアはホワイトボードの一枚の紙をもう一度指した。
目の前には半寝ぼけのタビーライラ、ヘッドホンをつけて身体を揺らすアズハチル。
きちんと椅子に腰掛けたリカシェンナ以外誰も注目していないので、トントンとホワイトボードを指で叩く。全員の頭が音に反応してぴくりとこちらを向き、これでようやく打ち合わせの態勢が整った。
デスファンブル教諭の評価は正しく、こうしたフォルティアの根気強い努力がないと、アイドルユニットMiMishはたちまち日だまりで午睡する猫の群れに戻ってしまうのだ。
「私たちが目指すもの。それは……キャトリーナ様です!」
貼り出されたポスターに皆の目がまん丸くなった。
ファンタスティックフィニャーレ キャトリーナ。
数多のアイドルを輩出するリリカルモナステリオでも『肉食系アイドルの先駆者』として新時代を拓いたと評価が高く、獣人アイドルの卵たちにとっては憧れの的、偉大な先輩であった。
Illust:たにはらなつき
「どう?」フォルティアが胸を張ると
「ちょっと目標高すぎじゃない?」と音楽を止めてアズハチルが答え
「本格デビューもしてないのにファンタスティックフィニャーレ様なんて、ムリムリ~」とタビーライラも目を覚まして答えた。
「そうかなぁ。リカシェンナはどう思う?」とフォルティア。
「そうね……」
リカシェンナはじっと考えこんだ。三人が身を乗り出す。
「何よりも今は、まず自分たちの実力をつけなければ」
フォルティアはがっくりと肩を落とした。残り二人はそうよね~といった様子で、アズハチルはヘッドホンを着け直し、タビーライラはまた午睡に備えて身を丸めた。
「でも、目標は高い方がいい。たとえ、始めは小さいことからでも」
リカシェンナは本の下敷きになっていた一枚の紙──募集チラシを持ち上げて見せた。
離れかけた皆の注目がチラシに集まる。
『求む!リリカルモナステリオ新入生歓迎ポスター デザインコンテスト』
「いい!全然小さくないよ、これ!」とフォルティア。
まだ状況が理解できていないタビーライラとアズハチルに、リカシェンナが説明する。
「受験生と新入生を歓迎するポスター素材が欲しいって。ドームの町や寄港地に貼られるから」
「注目が集まるね」とアズハチル。
「デビューにもポンポ~ン!」
とタビーライラ。弾みがつくと言いたいらしい。タビーライラ語には慣れっこの三人に通訳は不要だ。
「じゃあ決まり!ありがとう、リカシェンナ!」
キャトリーナ様の横にチラシを止めると、フォルティアはにっこり笑った。
「甘かった……」
フォルティアは学園の掲示板の前でがっくりと頭を垂れた。
目の前には、絢爛豪華なリリカルモナステリオのアイドルたちの“本気”がずらりと貼られていた。
完璧なる人魚Astesice。
勇壮な竜人Earnescorrect。
11人の取り巻きに囲まれた吸血鬼フェルティローザ──不思議なのはポスターに魔法がかけられているらしく背後のゴースト達は新顔が沢山増えているのに、写真の取り巻きの数は常に11人なのだった──。
元気印ロロネロル。
才気煌めくウィリスタ。
双翼のアレスティエルと天使たち。
そして、“美女”を引き連れ大人の雰囲気を醸し出す、新世代の美エルミニア。
などなど、それは華麗にさんざめき……。
「ホラ、落ち込んでるヒマなんてないなーい。女の子の髪の乱れは心の乱れ。残り物ほど美味しいって言う~」
と、取り出した櫛でフォルティアの髪の乱れを丁寧に直したのはタビーライラだ。最後の一節は後発にも利点はあるという真面目な忠告なのか、それとも故郷ストイケイアの森の言い伝えなのか、ただの気分なのか意図はよくわからない。
「場所、決めよう!」
とアズハチル。今日の彼女は高解像度のデジタルカメラを肩がけしていた、こちらも“本気”の装備である。
「いいアイデアがある。すぐに行こう」
リカシェンナは、フォルティアの今日の衣装もコーディネイトしている。
本当に落ち込む間すらなく、フォルティアはわいわい言う友達に連れられて学園の外に出た。
あの娘たち、ホント仲いいよね~と羨ましそうに見つめる同じクラスの同級生(人間、エルフ、人魚、竜人、天使)たちを背として。
「いらっしゃい。新入生歓迎のポスター撮影だって?」と厨房から顔を出したお爺さんが笑顔を見せた。
リリカルモナステリオのドームに覆われた町は半分が学園と寮、もう半分が住居や施設が並ぶ都市である。
フォルティアたちが入ったのは瀟洒な外見の喫茶店で、ここは店を営む老夫婦の人柄と特製ケーキが名物らしい。
「あの……」
「ここ、ずっと使っていいですから。はい、これは新学期のサービスね」
フォルティアが言いかける前に、これも満面の笑顔のお婆さんがテーブルにケーキとお茶を置く。
「さぁて、MiMishフォルティアさん」
とアズハチル。インタビューをしながら動画とポスター用の静止画を同時に撮って(科学的に)動くポスターを作るつもりらしい。雰囲気というものは微妙に表情に出るものだから、店内に流れる音楽もフォルティアが好きなものをリクエストしてある。
「新学期の抱負を聞かせて」
「えーっと、本格デビューに向けてもっと頑張りたいです。みんなと一緒に」
「目指す憧れのアイドルは?」
「ファンタスティックフィニャーレ キャトリーナ様」
フォルティアがキラキラ目を輝かせた。ここでワンショットいただき。
「お茶はどう」
「美味しいです。ありがとう!」お礼は店主のご夫婦に向けられたものだ。
「ケーキも戴いちゃおうか」
「あ、その前に受験生、新入生のみんなに……」
「いいね。では、ひと言」
「リリカルモナステリオは音楽と舞台、芸術と平和を愛する町です。みんな仲良しで町の人もとっても良くしてくれます。私はここが大好き!」
店主のお爺さんは照れくさそうに皿を拭き、お婆さんはエプロンの裾でちょっと目を押さえた。
ついこの前まで“絶望”の波に呑み込まれる可能性もあったこの世界で、素直なフォルティアの言葉は素朴で飾らないが故に聞く人の心を打つものがあった。
「みんな、今は大変かもしれないけど頑張ってね!私たちも皆に会えるのを楽しみにしてます」
「OK。じゃ最後にこれを見ているみんなにプレゼントしちゃおう」
「?」
フォルティアは首を傾げた。
窓の外から差し込む陽がフォルティアと彼女を囲むタビーライラ、アズハチル、リカシェンナを温かく包む。アイドルとして一緒に組む仲間であり、なによりも彼女たちは大事な友達だった。
「あーん、って」
「え~、できないよ」
「じゃあわたしたちに食べさせるつもりで。それとも誰か好きな人相手だと思ったほうがいいのかな?」
「いじわる!」
フォルティアは、ぱっと赤面した。
「ホラ、あーん」インタビュアーが促す。
しかたないなぁ、といった様子でフォルティアはひと匙ケーキをすくった。
「はい。あーん……。リリカルモナステリオ、新学期始まるよ」
最後の言葉は画面のこちらにいる人に呼びかけるものだ。希望に満ちた新しい日々に向けて。
映像が終わった。
フォルティアの笑みと仲間たちの拍手、歓声とともに。
実は先に引用した鬼教師デスファンブルのMiMish評には、こんな続きがある。
“MiMishは99%猫系の本能とリーダーフォルティアの懸命さだけで成り立っている。そして無限の可能性を秘めた、熱すぎるほどの友情も”。
了
Illust:たにはらなつき
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《今回の一口用語メモ》
リリカルモナステリオの「学期」と「学年」
リリカルモナステリオは空飛ぶクジラの背に建てられた学園都市であり、入学を希望する生徒には国籍や種族を問わず、常に門戸が開かれている。
また「移動する歌と踊りの祝祭」の舞台でもあるリリカルモナステリオは、惑星クレイのほぼ全域をリリステクジラ(様々な名称があるのでここでは仮にそう呼ぶ)と相談しながら行く先を決め、常に巡業しているために一所に定住することがなく、季節や年の区切りが地上の民とは違う。このため「学年」の始めを何月とするかが問題となってくる。
そこでリリカルモナステリオでは、一年(12ヶ月)を3ヶ月ごとの4つに分けてこれを「学期」と呼び、これがほぼ入/卒業、進級の区切りになっている。ちなみにリリカルモナステリオが世界最高水準の教育機関と呼ばれる所以であり、ほぼ全ての在校生徒にとって恐怖の的でもある厳しい定期試験も各学期末に行われる。
よって同級生の意識も緩やかであり、同期または同年の入学で親しくなるのが一般ではあるが、一方で「寮友(寮の部屋が同室)」や「組友(同じアイドルユニットに所属)」はリリカルモナステリオ独特のものであり、生涯つづく友情で結ばれることが多いとされている。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡