ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
047「Astesice×Live(アステサイスクロスライブ) カイリ」
リリカルモナステリオ
種族 マーメイド
Illust:ぽよよん♥ろっく
人生とは空飛ぶクジラの背で演じられる舞台のようなものだ。
──決意の精霊王 オルバリア
「カイリさん!『ニューズ・スタア』メルティです!質問いいですか?」
わたしは質疑応答を募る声がかかった瞬間、元気よく挙手して立ち上がった。各国から会見場に詰めかけたメディア記者が一斉にこちらを振り向く。ニューズ・スタアってあの?と皆の顔に書いていた。ふふん、こんな可愛い女の子が記者してるとは思わなかったでしょ。わたし、ちょっと得意。
「はい。メルティさん、どうぞ」
カイリさんはにっこり笑って私を指し示した。記者たちはまた驚いて壇上に視線を戻した。
居並ぶ人魚6人はスタアの輝きにあふれ、その中でもドレスをまとった『Astesice 』のリーダー、カイリさんは今、ひときわ眩しく大きく見えた。エメラルド色の南洋に漂う碧い大輪の花のように。
Astesice×Live。
それは人魚アイドルユニットAstesice の新しい試みだ。
今日、リリカルモナステリオ賢者の塔ホールで開かれている記者会見はそのリハーサル、お披露目の前に行われてる。
×Liveのカイリさん、そのドレスがどんなものかって?
それはこちらをご覧ください!
Illust:藤真拓哉
くぅぅ……素敵素敵素敵っ!
この画、『ニューズ・スタア』の表紙に使お!絶対使おっと!!
ニューズ・スタアとはリリカルモナステリオが発行する月刊誌。わたしはこの新学期から志願して記者を勤めている。リリカルモナステリオでは学園の授業以外に、こうした課外活動をすることも奨励されている。メディアや裏方の仕事を知り、経験を積む事もアイドルになるための大事な修行なのだ。学園のウワサから空飛ぶクジラの町にある美味しいお店紹介、そして芸能情報まで盛り沢山。電子書籍版もあるし、ネットが使えない土地でも郵送で定期購読が可能。全世界のリリカルファンの後押しのおかげで、創刊してまもない雑誌なのに売れ行きは好調だ。
……。
ちょっと話がズレちゃった。
事前に配られたプレスリリースによると、Astesice が今度全世界中継する×Liveは“地上と海の×”、“科学と魔法の×”、“素顔とアイドルの×”つまり融合をテーマにしたステージなのだ。
「ご質問をどうぞ~」
とカイリさん。物腰も口調も、なによりその笑顔で初対面なのにいい人なんだとわかる。
「は、はい!えーっと、今回の×Liveのためにこの賢者の塔が改造されたってホントですか?」
「ええ、そうです。科学と魔法両方の力を集めて、メインステージに水球を作ってもらいました」
???水球って何???
その質問は不要だった。
カイリさんの言葉とともにAstesice メンバーが並ぶ後ろの幕がさっと開き、特設ステージが姿を現したからだ。
リリカルモナステリオ最大のホール、三方を屋内の観客席に囲まれたその中心にあるモノそれは……なんていうかその、ホラ!葉っぱに水の滴がたまるじゃない。揺らすとコロコロするやつ。あれを何万倍にもしたような巨大な水の塊がでんと鎮座していた。
巨大な水滴の内側では色とりどりの魚が泳ぎ、建物らしき(あれはたぶん人魚さんたちの故郷を模したものだと思うけど)舞台装置が備えられていた。魚は海流の具合なのか本能で避けているのか、水の境界に近づくとぷいと身を翻して中心に戻っていく。膨大な海水の塊はさざめきながら形を保ち、決して外にこぼれ出ない。不思議なしかけだった。
つまりこれは小さいけど完璧な「海」なんだ、すっごーいっ!リリカルモナステリオの天蓋の中に「海」できてるじゃん!
「そのとーり。早くお客さんにも観て欲しいですっ」
と人差し指を立てながらカイリさんもにっこり。意外にノリが良い。
……って、あれ?
どうやらわたし興奮のあまりそのまま感想を叫んじゃってたらしい。しかもかなり素のまんまで。
わたしは記者たちにジロジロ見られて真っ赤になりながら、恥のかきついでにもうひとつ質問してみた。
「じゃ、もう一つ。この資料にある×のうち“素顔とアイドルの×”って何ですか?」
カイリさんは答える前に、両側に並ぶAstesiceの5人、キヨラ、ナナミ、ミオン、ミサ、カナミと顔を見合わせて微笑んだ。ちょっと悪だくみな感じも可愛い。
「実は今回、海の人魚ステージと陸のステージの間に、MCのパートを入れて……」
MCタイムね、ふむふむ。手元のタブレットに書き込みながら、わたしは忙しなく画面とカイリさんとの間で視線を移動させた。カバンの横につけたキーホルダーが私の背で小さな音を立てる。
「メンバーが私服で登場!」
じゃん!
効果音とともに浮遊スクリーンにカイリさんの私服姿が映された。
Illust:藤真拓哉
「さらにお客さんをお一人、ステージにあげて楽しくお喋り!」
な、何だってぇ!?とざわめく記者たち。
「手作りチョコレートをプレゼント!」
おぉぉ~!沸き上がる歓声の中、こっこれはファン狂喜だぜ、とわたしはコブシをぐぐっと握りしめた。
「そして最後に!」最後に?とわたし。
「“Astesiceがあなたの望みひとつ叶えますコーナー”あり!」
なななんと!と驚いてるヒマもなく
びっ!
立ち上がったカイリさんはぴたりとわたしを指さして、ひと言。
「予行練習しましょう、メルティさん」
記者会見場は水を打ったように静まりかえった。わたしは文字通り度肝を抜かれていた。
「(え……わたし?)」
とわたしが口だけ動かすと、カイリさんはうんうんと可愛らしく頷いてくれた。
「あなたの望みは何?」
まるでこの会場で、わたしとAstesice6人だけがスポットライトに照らされたような気分だった。
「わたしたちでできること、ひとつ叶えます」
とカイリさん。キヨラ、ナナミ、ミオン、ミサ、カナミもいつの間にか席から立ち上がっていた。
わたしはきっと顔をあげた。答えはとうに決まっている。
「わたしの望み、それは……」
大好きなAstesiceを指さす。
「あなたたちと友達になりたい!」
これは無理かな。でもある理由からどうしても言わずにはいられなかった。
わたしは思う。人同士をつなぐ気持ちで一番長続きするものは“友情”だと。実際、このリリカルモナステリオには校友、級友、寮友、親友、心友……まだまだ沢山の“友”を表す言葉があるのだから。
おぉ。
どよめきが起こる。わたしたちの雰囲気に呑まれたように記者たちは立ち尽くしていた。
「それなら」
カイリさんとAstesiceメンバーは微笑んだ。
「わたしたちはもうとっくにお友達よ、メルティ」
これはまるでひとつの舞台ステージの出来事。
これが“ファンとアーティストの×”。いまこうして出会えたことが幸せ。
実は……わたしAstesice結成の頃からのファンなんだけど、この気持ちが正しく通じた手応えを感じた今、もうなんだか胸がいっぱいで何も言えない。
Astesiceには驚きと感動がいっぱい詰まってる。
とは、わたしの寮友「友情交友イルダ 」の言葉だ。
わたしも、この会場に詰めかけた記者たちも感じたと思う。
カイリ、キヨラ、ナナミ、ミオン、ミサ、カナミ。
仲間と励まし合いながら夢の階に踏み出し、誰よりもファンと喜びを分かち合いたいと望む、彼女たちこそ本物の6つの星だ、と。
了
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
マーメイド
惑星クレイの海によく見られる人型の水棲生物。いわゆる「人魚」のこと。
下半身が魚の様になっており尾びれを使って水中を自在に移動するが、一定の年齢に達すると魔法の薬「トゥインクル・パウダー」を使用して陸上を歩行するための二足を得られる(これを“陸上がり”と呼ぶ)。その際、体の構造が変わるため地上で声が出せなくなってしまうが、「プリズムパール」を身につける事で、声を発する事が出来るようになる。多くが旧メガラニカ地方の海中に点在する町村に居住しており、古くから調和と芸術を好む種族として知られている。
惑星クレイのマーメイドの歴史でもっとも有名なものが弐神紀後期、メガラニカ(当時)のバミューダ海域の歌姫たちが結成し世界的な人気を博したアイドルユニット「バミューダ△」である。バミューダ△が織りなす旋律とハーモニー、彼女たちのアイドル活動の系譜は後に、歌や踊り・芸術によって世界に調和と希望をもたらさんと望む大賢者ストイケイアの遺志を受けて、空飛ぶクジラの背に乗ったアイドル学園「リリカルモナステリオ」となって受け継がれている。
→弐神期(後期)とメガラニカ、マーメイドについては『世界観コラム ─ 解説!惑星クレイ史』第7章「弐神紀後期 ~神格「創世竜メサイア」の休眠と次元の扉~」を参照のこと。
----------------------------------------------------------
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡