ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
048 世界樹編「インヴィガレイト・セージ」
ケテルサンクチュアリ
種族 エルフ
Illust:ひたきえり
「ちょっと待って。もう一度繰り返して、ディグリエル」
インヴィガレイト・セージは瞑っていた目を開いて、答えた。
魔法陣の中央に直立する彼の体は何者かに挑むかのように半身。賢者の杖を握る手に力がこもり、エルフ特有の長い耳介がぴんと張っている。彼もまた臨戦態勢なのだ。
「オラクルの予定地点に敵機は現れたの?そう。こちらの被害状況は?……了解。うん、増援だね。わかった、伝える」
インヴィガレイトはオーケストラの指揮者を思わせる優雅な動きで浮遊スクリーンに指を滑らして弾くと、少し離れたモニター席にいるS01地上支援基地勤務の女性士官に振り向いた。
彼と同じくケテルサンクチュアリ首都ケテルギア出身の人間のオペレーターが、思わず軽く悲鳴をあげて口元を覆った。
ただでさえ他人の目を奪うほど整った容貌のエルフなのに、高い知性と強い意志が瞳から火花のようにほとばしる任務中の彼が、今あまりにも美しく力強かったから。
インヴィガレイトは、味方に生気を与えるケテルサンクチュアリの賢者である。
彼が戻した視線の先、空のはるか彼方には異界との敵に対する守りの要、パラドクスコロニーがあった。
パラドクスコロニー。
虚空に浮かぶ小惑星に造られたドームの中にあるそこは、宇宙的な尺度でいうと惑星クレイから遠くない所にある前線基地であり、ブラントゲートとケテルサンクチュアリ2つの国籍を持つ隊員が勤務する珍しい職場としても知られている。
今まではブラントゲート、特に異界との戦いにあたる「柩機」が負っていた世界防衛の前線に、ケテルサンクチュアリの国民が参加したことは数こそまだ少ないとは言え、惑星クレイの国家間の出来事・歴史として実は大きな一歩だとも言えるだろう。
先に、遠くないと表したがこの基地は惑星クレイ星系の宇宙と他次元との間の“狭間”に設けられているため、四次元的な距離や時間はスケールとしてあまり意味をなさない。
そしてその“狭間”にある前線基地パラドクスコロニーの戦士と地上にいるインヴィガレイトたちが相対しているのは惑星外からせまり来る脅威、異界からの敵であり、戦いは“夜”と称される。ここでいう“夜”とは一般に言われる昼の反対の夜のことではない。虚無の尖兵との戦いで起きる空間変異、一種の結界のようなものだと考えられている。
S01地上支援基地の救護隊司令室。
そのような訳で、配置担当のインヴィガレイト・セージは司令官に報告と確認をとった後、前線にいる救命天使ディグリエルからの連絡をオペレーターに伝える。今この瞬間も世界は異界との戦いの真っ最中なのだ。
「随伴のディグリエルから救護の増援要請です。もらった最新の戦況データはいま1番モニターに送りました。連絡よろしくお願いします」
数秒の停滞。インヴィガレイトが振り返って小首を傾げると、ぽーっとなっていた士官が慌ててコンソールに向かった。
「……は、は、はい、インヴィガレイト。すぐに向かわせます、ありったけ!」
インヴィガレイトは「またやってしまったかな」という風で瞬きすると、軽く一礼して元の姿勢に戻った。彼自身はまったく意識していないが、誰に対しても絶妙な距離感を保てる事も好かれる一因だ。
「ディグリエル。聞こえたよね。もう少しだから頑張って」
イヤーモニターに呼びかけたインヴィガレイトの眉根がすっと寄った。返信に気になる点があったらしい。
「いいや、ディグリエル。僕の力は片道切符だから。でもね。……」
こちら側の一幕は通信の向こうにも筒抜けだったらしい。救護ドリルを構えて奔走する救命天使ディグリエルの軽口に答えたのだろう。最後のひと言は近くにいたオペレーターにさえ聞きとれなかった。
「あぁそうだね。すぐそこに駆けつけたいよ。どうにかして僕もパラドクスコロニー勤務に回してもらえないかな」
とインヴィガレイト。オペレーターの女性がぎょっとした顔で振り向いたので、冗談ですよと微笑み返した。
それにしても……。
嘆息。
自分の熱情が相手を圧倒してしまいいつも大袈裟な結果になってしまうのは僕の悪い癖だ、とインヴィガレイトは思う。救護支援に大切なのは緊急性と正確さである。そもそも自分は“配置担当士官”という柄ではないし、増援要請ですぐに全隊が反応してしまうなど明らかに問題だ。転属願いも考えるべきだろうか、と。
では実際の周囲はどうか。
救護隊の指揮を執るインヴィガレイトの麗姿を眺めていたいばかりに、救護担当オペレーターはこの基地でもっとも志願者が詰めかける高倍率の任務となっている。現場のエンジェルフェザー部隊もある理由から、あのエルフの子(インヴィガレイトのことである)が行くなら狭間のどこでも駆けつけるよという天使のお姉様ばかり。とどのつまり有能かつ勤勉で、かつそこに居るだけで周りの士気が爆発的に上がるような人材を、基地上層部が手放すはずもなかったのである。
ビィーッ!!
その警報はインヴィガレイトのイヤーモニターと司令室、両方同時に鳴り響いた。
「!」
『状況報告』
イヤーモニターからの司令の声は命令だった。インヴィガレイトはまた指揮者のように指を閃かせて浮遊スクリーンに戦況を次々と映してゆく。
「“狭間”に未確認機多数。第二波と思われます」
インヴィガレイトはいきなり両手でカーテンをこじ開けるようにスクリーン群を消した。魔方陣の中で素早く印を結ぶ。
「障壁招来!」
いまここに立つS01地上支援基地の志願兵、インヴィガレイトが得意とすることは3つ。ひとつは生命活性(治療)の力。もう一つは、天使と同様に“狭間”の中でも行動できる絶対障壁を生じさせる神聖魔法の使い手であること。
「座標確認。インヴィガレイト、出ます!!」
『少し待てないか』通信の向こう側で司令官の声にはやや諦めの感が漂っていた。
「許可は既にいただいています。以後、通信遮絶」
まばゆい光と共に、司令室から球体の障壁に身を包んだインヴィガレイトの姿が消えた。
インヴィガレイト・セージの最後の能力。
それは空間転移。
“狭間”のどこであれ瞬時に現れ、味方の生命の危機に対応できる。ただし、位相が四次元空間では表せない“狭間”の中でこの力はあくまで片道切符でしかなく、地上への帰還には天使たちの力が必要となる。インヴィガレイトは困ったときの「切り札」である。そしてこれこそが天使の信頼を得、上層部が階級を超えて重用する理由だった。
彼、インヴィガレイトが先に救命天使ディグリエルに答えた言葉はこうである。
「僕に宿る活性の息吹はね、逆境にこそ燃え盛るのさ」
了
※註.管弦楽団の呼称(オーケストラ)やアルファベットは地球のものに変換した※
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《今回の一口用語メモ》
“狭間”とパラドクスコロニー
“狭間”とは惑星クレイ星系の宇宙と他次元の間。異界の敵との戦闘の舞台となっている空間のことである。
その“狭間”にある前線基地「パラドクスコロニー」は無神紀から近年まで、リンクジョーカーを始めとするメサイアの碑文に賛同したブラントゲートの戦士たち(主に虚無の尖兵との戦いに特化した「柩機」)が駐屯する場所として、国内でさえ一般には知られることのない辺塞であった。
パラドクスコロニーに、本来国外との関わりには閉鎖的であるケテルサンクチュアリ国の民が入り交じるようになったきっかけは、国境を問わず負傷した者の救護活動を続けてきたエンジェルフェザーの天使たちである。
(なお現在でも作戦への参加権限を持たない天使たちは、ケテルサンクチュアリのS01地上支援基地などに所属して虚無との戦いを支援している)
人知れず異界の敵と戦う柩機やそれを支える天使たちの活動が知られるようになると、特に天輪聖竜ニルヴァーナの完全覚醒と《世界の選択》以降、ケテルサンクチュアリの鎖国的な国家方針に反発する少数の有志が国の垣根を越えて次々とこの基地を訪れ、戦いに身を投じることになった。今のところこのように2国が協働する基地は惑星クレイでも稀な例である。
パラドクスコロニーでは現在、(文字通り)居住地としての拡大を計っており、兵士たちを人・物・精神的に支える仕組みと協調が、天輪聖紀となってようやく充実のきざしを見せている。
狭間と柩機と“夜”の戦いについては
→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」柩機、参照のこと。
→ユニットストーリー016「柩機の兵 サンボリーノ」、027「柩機の竜 デスティアーデ」も参照のこと。
オラクルシンクタンク
ケテルサンクチュアリの巨大コンサルタント企業。
3000年前、旧ユナイテッドサンクチュアリの頃に比べると、海外規模は縮小されているがケテルサンクチュアリでは立法を担当、さらに浮島ケテルギアの動力源であり元々は古代に予言機械として造られた「ケテルエンジン」の管理・補修も請けおっており、その影響力は大きい。
天才的な科学者や魔法使いたちで構成されたノーブルと呼ばれる上層部は古来より変わらず世界規模の予知・予言を追求し、エージェントとして女魔術師、ディヴァインシスター(バトルシスター)らが実務を担当している。なお、かつての呼び方では女魔術師=メイガス、ディヴァインシスター=バトルシスターとなる。
※注.本文中ではインヴィガレイトはオラクルシンクタンクからあげられた脅威分析レポートのことを、略称の「オラクル」と呼んでいる。
ケテルエンジンとケテルギア(ケテルサンクチュアリ)については
→『世界観コラム ─ 解説!惑星クレイ史』第8章「聖竜紀前期 ~神格「守護聖竜」と光と闇の抗争~」
および
→公式サイトの「惑星クレイ年表」
https://cf-vanguard.com/chronological_table_of_cray/
を参考のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡