ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
Illust:安達洋介
“気がつくとそこにある宝ってなーんだ?”
宝か。ボクもいつか宝探しに行きたいなぁ。ウワサに聞く煌求者みたいにさ。
かすみ草が揺れる花園に侵入者があったのは、ボクがその謎々の答えを考えていた時のことだ。
ドサッ。
陽が燦々と降り注ぐ春のお昼どき。草原にこんな重い音がすることは滅多にない。
少なくともボクは──シルフ仲間同士で掛け合う謎々に悩んで時間を潰すくらい、ここの暮らしは平穏無事なので──最近聞いたこともなかった。
ボクらネオネクタールはこのストイケイアの各地で動植物の生育を助けている。
言ってみれば花園の牧人みたいなもので、ボクの仕事はこの一帯の花園を守ること。
ジプソフィラが芽吹き、実をつけ花が咲き誇るまで。自然のサイクルを見つめ、愛情をもって育んでいく。
「木の枝が落ちた?それとも森の獣が踏み入ったのかな?」
誰であれ何であれ、花園を踏み荒らすものをボクは許さない。侵入者ならば例えそれが巨大なクマであっても断固立ち退いてもらう!……まぁ、ああ見えてクマって話せばわかる獣なんだよ。じっくり語り合って穏便にね。
でも、腕組みをし羽根を鳴らしながら急行したボクが見つけたのは倒木でも獣でもなく、
──森との境界に倒れた一人の男性だった。
「あの~!ねぇ!生きてますかぁ?生きてますよねーっ!」
生命を育むのが僕らの仕事。まず生きているかどうか確かめるのは大事なことだ。
……。
その男は突っ伏したまま動かなかった。
仲間を呼んでこようか。ボクが不安を抑えきれずに飛び回っていると、男はむくりと起き上がった。
「もうブンブンうるさい。生きているよ、僕は。いや、まだ稼働していると言うべきか」
「あ、そこ!ダメ、退いてください」
ん?と男は顔をあげた。若い。
「踏んじゃってますよ!花や茎を傷つけないで」
あぁとここで男はようやく気がついたようで、草花にごめんねと呼びかけながら元通りに立たせた。ふむ、結構結構。
「ここは……かすみ草の畑だね」と男。
「そう。見事でしょう。僕が育てた花畑ですよ」
ボクは白く彩られた美しい景色を手で指し示しながら胸を張った。
「君は牧人の妖精か。じゃあここはまだ《この世》なんだな。僕はまだ辿り着けないのか、向こう側に」
男はまた暗く顔を伏せた。
「あ、なんだか生き急いでません?あなた。ダメですよ!生きていればきっと良い事が……」
「いや、人間みたいには死なないよ。あやうく機能停止して根付く所だったけど。見ての通り、僕はバイオロイドだからね」
おっとこれは失礼。確かにあらためて見てみると耳は葉っぱだし、身体のあちこちにブルースターの花が咲いている。今はしおれているけれど。
「じゃああなたもネオネクタール?」
「いいや。僕は騎士。《望郷の騎士》さ。名前はマルコ」
マルコは人差し指を差し出した。いいね、妖精への礼儀をわきまえている。
「ボクはジプソフィラの妖精アシェル。ようこそ、ボクの花園へ」
彼を畑荒らしではないと確信したボクはマルコの指を掴み、ブンブン振った。
「で。森に迷い込んで遭難しかけた?気が立ったクマとかに出会わなくて良かったね」
言いながら、ボクは集めてきた花蜜をマルコに差し出した。
相手がバイオロイドとなればここはご馳走する食べ物の宝庫だ。水筒を傾けていたマルコは礼を言って、蜜を口に運んだ。首や腰のブルースターの花も元気を取り戻している。
「うん。ここ辺りだろうかと探していたんだけど、完全に道を見失ってしまって。森には泉や川もなかったし」
「探す?何を?」
ボクらのこの農園の位置は特に秘密ではないけれど、外から偶然に踏み込むような場所でもない。
「故郷を」
マルコはまた難しい顔になっていた。
「ふるさと?自分の生まれた所を“探して”いるの?」
「そうだよ」
「なんで見つけられないの?目印くらいあるでしょ?そもそも自分の家ならいつでも帰ってOKでしょ?」
「……。それは言いたくない」
マルコはまた、どーんと落ち込んだ。せっかく少し明るい顔になっていたのに。花や生き物を元気づけるのが仕事のボクとしては失格だ。慌てて話題を変えた。
「蜜、美味しかったでしょ」
「うん、とても」
「蜂さんたちと一緒に集めてもちょっとしか取れないんだよ、ジプソフィラは」
「僕の故郷は一面ブルースターだ。君にも見せたいよ」
マルコは身体を覆う青い花たちを撫でながら遠い目をしていた。彼はいったい何年故郷に帰っていないのだろう。たぶんマルコの“宝”はふるさとなんだ。望郷の想いは身を切られるほど辛いものなのだろう。
クレイの空に浮かぶ星々の下、陽はそろそろ午後に傾き始めていた。
「さぁてアシェル。どうもありがとう。仕事の邪魔をしてしまったね」
「え?もう少し休んでいけば」
とボク。午後は農園の見回りと元気のない株がないか点検するのが主な作業だ。それほど忙しくはない。
「またエネルギー切れしたら大変でしょ」
エネルギー切れはバイオロイドにかけた冗談だ。彼らは機械ではない。今そうしたようにバイオロイドも普通に食事もするし望郷の想いに胸を焦がすような感情もある。マルコはにっこり笑った。
「そうだね。少し横にならせてもらおうかな。ただし……」
「「花を踏まないようにね」」
ボクらは声を合わせて笑った。マルコはいい奴だ。もっと話がしたい。
「それじゃ……」
ボクが飛び立とうとした時──
「待った!」
すらり、と剣が抜かれた。
そうだ。あまりに自然だったから意識しなかったけれど、マルコは花の柄がついた細剣を携えていた。
ボクは刃物が苦手だ。ジプソフィラの世話もハサミではなく素手や風の力を集めてするくらいに。
ボクに向かってマルコの剣が閃いた。
「ひっ!」
怯えて身を縮めた瞬間、頭上で大きな羽音がした。マルコの剣が狙ったもの、それは──
バサバサバサーッ!!
猛禽のトンビだ。
ボクらの天敵。空を悠々と舞っていたかと思うと、気配もなく急降下して小動物を襲うこいつに仲間が何人もさらわれている。平和で穏やかなボクらの暮らしのほぼ唯一の脅威。生命の危機だった。
ピィー!
トンビの叫びは空しく悔しげだった。
マルコの剣さばきは全く隙がなく、繰り出された二の太刀を避けられず、トンビは羽根をまき散らしながら退散した。
「怖かったね。もう大丈夫だよ、アシェル」
ぽかんとしたまま宙に浮いていたボクを、マルコの温かい手が包んだ。
ボクは何も言えないまま、バイオロイドの手にしがみついて泣いた。嬉しくて温かくて。
“気がつくとそこにある宝ってなーんだ?”
今のボクには、なぜかその答えがわかるような気がした。
了
※註.動物(クマ、トンビなど)の名は地球の類似種に変換した※
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《今回の一口用語メモ》
ネオネクタール
旧ズー国、現在のストイケイア北部発祥の超巨大穀物商社組織のこと。かつてはズーガイア大陸の広大な農地と豊かな土壌で育てられた動植物によって、惑星クレイ世界が必要とする食糧の中でも大きな割合を供給していた。しかし、メサイアの加護(魔法の力)を失って以降、ネオネクタールの生産は激減。3000年近く続いた無神紀には、この食糧不足が世界各国に不安と混乱(これらは“絶望”の勢力を助長させる原因のひとつともなった)をもたらすことになった。
時代が天輪聖紀となった後は、世界全体に魔法力の回復が見られ、同時にネオネクタールが生産・管理する食糧も順調に増加している。
ネオネクタールを構成するのは、自らも植物の特徴をもつ半人植物のバイオロイドや植物型妖精ドリアード、空を舞う妖精シルフなどである。彼らは現在、旧ズーの大地だけでなく長い不毛の時代に荒廃した惑星クレイの各地に派遣され、各国の植生と収穫量の復活に尽力している。
世界樹
豊かな生命と繁栄をもたらすとされる魔法の樹木。普通の樹木との違いとして、見上げるほど(時には町ひとつを覆いつくすほど)大きく成長する個体もあることでも知られている。
ストイケイア国グレートネイチャー総合大学によれば、クレイに自生する魔法植物の中でも頂点に位置する力と不可思議な生態をもつことで長く研究対象とされてきた存在であり、天輪聖紀では現在、煌結晶を求める煌求者たちが集う場所として同・ストイケイアの街トゥーリの「世界樹」が最も有名である。
世界樹は古代より惑星クレイの各地に存在していたが、新聖紀の終わりに(ギーゼの消滅とともに)その役目を終えた神格メサイアがクレイから去り世界から「加護」が失われた後は、その力も衰退期にあった。
トゥーリの世界樹はその直後に発芽したと伝えられ、かつてはひなびた港町であったトゥーリの町が人と財を集め、首都に次ぐ規模にまで発展したのはこの「世界樹」の恩恵に与ったものと信じられ、敬われている。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡