ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」

「Hey!レディ!気付けに一杯いかがです?」
差し出したエナジードリンクのボトルに、彼女は無反応だった。
前線基地B0行きの転送ルームの中。
いつもはもっと要員が詰めているだろうこの広い部屋で、同便に居合わせたボクらは二人きりだ。
腕を突き上げた姿勢のまましばらく固まったボクは、気を取り直して背の荷物を担ぎ直した。
「ボク、セコンデルって言います。見ての通り異星人でカイジュウです、ヨロシク!」
……。
またも無反応。
まるでそもそもここに存在していないみたい。ま、いいか。サイバロイドに愛想の良い態度なんて期待しちゃダメだもんね。
「なぜボクがこれに乗ってるかって思ってるでしょ。へへーん、実はこれから飛ぶB0基地で慰問公演があるんですよ。軍が乗り気ですっごい臨時ステージ作ってくれて。ノヴァグラップル、好きですか?サイバロイドだとやっぱり銀河級の宇宙戦とか……あ、ボクがセコンドにつくのは闘技場級でも一番小さいカテゴリーなんですけど。やっぱりノヴァグラップラーといえば格闘戦でしょ、一番燃えるのは拳と拳のぶつかり合い!」
意外に思われるかもしれないけど、軍の基地でノヴァグラップルの慰問試合(のセコンド)を頼まれることは珍しくない。前線の兵隊さんって実はかなりの時間がヒマなものらしいから。まぁ、どこにいても退屈は人生の敵、娯楽はなによりの味方だ。
ジェネレーターの作動音が次第に高まってきた。もうすぐ出発だ。
「ねぇ、少しお話ししませんか。着くまでの時間はほんの一瞬でも超長旅なんですから。ね、名前教えてくださいよ。そもそもお姉さんはどんな用で、ここに?」
不意にサイバロイドが動いた。
その時、ヘッドギア(のようなもの)に手を当てて発せられた答えを、ボクは今でも思い出して考え込んでしまう。あれは本当に耳に聞こえた音声だったのか。
「研究所」
ボクが聞き返そうとしたとき、装置が起動してボクら二人は無数の光の粒に分解されて転送室から消滅した。
転送完了。
ボクらが再構成=出現したのは小さな建物の中。窓からブラントゲートの前線基地B0が見下ろせる場所だった。
「え!?」
転送される直前にボクの発した声が人気の無い転送室に響きわたった。
「……」
サイバロイドは目を丸くしているボクを尻目にエアロックに近づくと、内扉を解除してこちらを振り返った。
一切ムダの無い動き。表情のない冷たい目が、来なさいと促している。
「は……はいはい!ただいま!」
ボクが背中の荷物を揺らしながらあたふたとエアロックに駆け込むと、減圧が始まり、外扉が開いた。
一歩出ると、暗く凍てつく宇宙。ここはまだ“狭間”ではない。惑星クレイ星系の端にあたる“普通の宇宙”だ。
どこまでも荒寥とした大地が広がっている。
真空、低重力、極寒。ここを訪れる人型生命体のほとんどは宇宙服が必要になる過酷な環境だけど、異星人で怪獣のボクとサイバロイドにとっては、いわば魚が海に帰ってきたようなものだ。
そう、この時ボクの気持ちはいっぺんに浮き立っていた。
「さぁ、行きましょう!リングの選手を全力サポート!」
後半はノヴァグラップルのセコンドにつく時の、ボクの謳い文句だ。
ボクは基地に向かって駆けだした。
惑星クレイよりはるかに弱い重力の大地を弾むように。背中の重みなどもはや物ともせずに。
そして──
襲撃は音もなく始まった。
──!
ボクの背後、ギリギリに着弾した。
空気がないので轟音も爆風もないけれど、かわりに飛び散った砂礫が背中を激しく打って、ボクの身体を吹き飛ばした。
しまった……そうだ。ここは前線基地。戦場だった。
攻撃が上空より/ボクを狙った/異界の敵(“虚無”の先兵でボクらブラントゲートがずっと戦っている相手)からのものだとわかると、目で基地の方角を探した。
地面に叩きつけられた。砂埃をあげながら不毛の大地の上をゴロゴロ転がり、がばっと起き上がる。
逃げなきゃ!
ボクもノヴァグラップラーの端くれ(いつもは選手の世話をするセコンド役だけど)、戦いの真っ只中に投げ出されたとき何が大事かは知っている。
それは、敵の思い通りにさせないこと。
つまり今の状況で言うならば逃げきること、生き延びることが「勝ち」なんだ。
音の無い世界で、ボクはまた駆けだした。
背の荷物のおかげで衝撃は和らげられているけど、身体はもうボロボロだ。それでも──
まだだ!まだ精一杯生きてやる!
でも……宇宙に生を受けた者の感覚として、ボクはいま再び頭上から迫るものの気配にも気がついていた。
空間を切り裂き、大地を抉る不可視の弾丸。
超高速で降り来たるそれ。2度目にして必殺の弾丸はあと数秒でボクの身体を易々と引き裂くだろう。異星人で怪獣のボクを。
──!
ボクはその時の衝撃に備えて身を固くした。
ギン!
音がするはずの無い世界で、それは確かに聞こえた。
サイバロイドがボクをかばう様に立ち、腕を天に突き出している。その指先で不可視の弾丸は弾かれ、空間が……ボクらを囲む世界が軋みをあげたようだった。
「止まらないで。そのまま」
サイバロイドの声は思念としてボクに伝わった。その意図も正しく理解できた。
ボクは走り続けた。
彼女も立ち尽くしていたわけじゃない。ボクと同様、砂煙をあげながら基地に向かって飛び跳ねていた。ただボクと違ったのは背後を警戒するために、ずっと後ろ向きのまま飛び退っていたんだ。
B0基地の反応は早かった。
ボクらが基地のゲートにたどり着く前に、対空砲の火線が暗い空を扇状の閃光で染めあげていった。
無音の応酬。無音の戦い。これが前線基地の日常なんだろうな。
ボクを狙った敵はどうやら退いたようだった。ボクの、いやボクらの勝利だ。
「ふぅぅ……」
思わず嘆息が出た。安堵と全身の痛みで思わず涙がこぼれる。
気配に目を上げると、輝く球体を掲げたサイバロイドが立っていた。
その光が当たった所から、みるみる傷が塞がり肌の色が戻ってゆく。
セコンドとして傷の治し方はよく知っているつもりのボクでも、見たことの無い治癒の力だった。
“この力があったら便利だろうな……いや、こんなにすぐ治ってしまうといつまで経っても試合が終わらないか”
ぼーっとそんなことを考えていたボクの前で、サイバロイドの思念はもう少し続いていた。
「異世界現象研究所装備H8、動作良好。護衛任務完了を報告」
またヘッドギアに手を当てている彼女を見て、ボクはようやく腑に落ちた。
なんでボクら二人が同便で転送されたのか。研究所とは異世界現象研究所のことか。それが異界の敵や“虚無”への対抗手段を模索するためのブラントゲートの研究組織だということはボクも知っている。サイバロイドのエージェントが任務についていたり、彼女が使う治癒球もまた実験開発品の一つなんだろう。
「Hey……レディ、お礼に一杯いかがです」
ボクはエナジードリンクのボトルを、彼女に掲げた。
軋む世界のレディヒーラー。
彼女の名前を知ったのはこのしばらく後のこと。
でも、あの銀の球体を掲げているレディヒーラーの表情がいま、笑顔を浮かべたように見えるのはボクの気のせいなんだろうな。
リンクジョーカーのサイバロイドが微笑むなんて、ボクは聞いたことがないから。

了
※註.単位、アルファベット等については地球の言語に変換した※
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《今回の一口用語メモ》
サイバロイド
リンクジョーカーに属する有機金属生命体。リンクジョーカーはかつて惑星クレイを脅かす侵略者だったが、母星である遊星ブラント(いまは第2の月、ブラント月として知られている)とともにクレイ世界に融和しており、国籍としてはブラントゲートとなる。
サイバロイドについては
→ユニットストーリー016「柩機の兵 サンボリーノ」も参照のこと。
狭間と柩機と“夜”の戦いについては
→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」柩機、参照のこと。
→ユニットストーリー016「柩機の兵 サンボリーノ」、027「柩機の竜 デスティアーデ」も参照のこと。
ノヴァグラップル
魔法・兵器・超能力、あらゆる戦闘手段が使用可能な総合格闘技。
この競技に参加する者が「ノヴァグラップラー」である。
興行の歴史は古く弐神紀まで遡ることができる(確認できる範囲でもおよそ1万年以上競技が続けられていることになる)。無差別級は興行的な盛り上がりに欠けるため、階級や制限を加えた多様な興行が存在する。代表的なしばりは、戦場の大きさを示す戦闘距離である。人気があるクラスを上げるとすると、魔法・銃器・格闘技と最も多様な駆け引きが楽しめるオーソドックスな闘技場級と、戦艦やロボットが交戦しビーム兵器が飛び交うど派手な銀河級の2つである。天輪聖紀に入り、超新星格闘新時代を宣言、異星・異国からの観光客数は次々と最高記録を更新している。
ノヴァグラップルとノヴァグラップラーについては
→ユニットストーリー010「グラナロート・フェアティガー」も参照のこと。
異世界現象研究所
“希望”が辛くも勝利を収めた《世界の選択》以降の天輪聖紀、ブラントゲートが関係するニュースとして、ストイケイアとの共同研究が進められてきた「異世界現象研究所」にケテルサンクチュアリが参入。惑星クレイの歴史においても珍しい、3カ国共同事業が始まったことがあげられる。
異世界現象研究所はもともとブラントゲートが遊星ブラントの地表に残されていた「メサイアの碑文」と柩の解析、異世界・異星系・多次元について研究するために造られた「研究所」であり、そこにストイケイア(グレートネイチャー総合大学)が参加して魔法科学ネットワークと電子端末、水晶玉、念話の共通規格が生み出された。
近年、ここにパラドクスコロニーと同じく、国際救護活動にあたっていたエンジェルフェザーが仲介する形でケテルサンクチュアリ(正確に言えばケテルサンクチュアリの巨大企業オラクルシンクタンク)が参加。予知・予言を得意とする同国が、異界の敵や“虚無”への対抗手段を模索するための力となると期待されている。
パラドクスコロニーについては
→ユニットストーリー048世界樹篇「インヴィガレイト・セージ」も参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡