ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
タッ!タッ!タッ!タッ!タッ!タッ!……
小刻みにロープが床を弾く音。
右に交差、左に交差。二重跳び、三重跳び、二重跳び、三重跳び……
行けるか?ボクの脚はできると答えてくれた。よし、ラストスパート!!
四重跳び……!!できた!!
ボクは縄跳びを畳むと、どさっとベンチに腰を下ろして息を整えた。
「ハァッ!ハァッ!……ハァ~……ふーっ……」
首に冷えたタオルが心地いい。バンテージを巻いたまま特製エナジードリンクを一気にあおる。
また吐息。差し込む朝日がボクを背中から照らす。
ブラントゲート中央ドーム。早朝。
ノヴァグラップラー専用トレーニングジムにはまだボク一人しかいない。生き物はね。
ふと気がつくと、下からボクの顔が見返していた。ジムの床に汗がたまっている。
カイジュウだってこれだけ身体を酷使すれば汗もかくんだよ。
ビィーッ!!
3分のアラームが鳴った。試合時間を身体に覚えさせるために、このジムではこの刻みの音が鳴り止むことはない。
「サァ、立ッテ。練習再開デス」
ボクの目の前にぬっと現れたのは救護ワーカロイド『AiD 9-Ⅴ』。
ノヴァグラップルの試合では生物も非生物もたちまち“修理”してくれるリングドクターみたいな存在の彼が、ボクの練習のトレーナーを引き受けてくれていた。ちなみにボクはエイディに感謝しながらも最初の一日目で激しく後悔していた。彼は鬼コーチだ。
「やぁ、エイディ。ボク、いまヘトヘトなんだ。もうちょっとだけ……」
「バイオセンサー計測値ニ拠レバ、アナタノ身体ハ“動ケル”ト答エテイマスヨ。休ンデイル暇ナド有リマセン!……ソレト私ノコトハ型番デ呼ンデクダサイ」
「9-Ⅴ?いや、やっぱり冷たい感じがするもの。エイディで」
エイディは2本の細いマニピュレーターで肩をすくめると──どうぞご勝手に、の意味のジェスチャーらしい──、さっさとグローブを着けてマスボクシングの準備に取りかかった。すっかりボクの“世話好き”のお株が奪われてしまった感じだ。
ボクは嘆息をついて重い腰をあげた。確かにゆっくり休んでいる暇はない。
決戦はもう明日なのだから。
Illust:ロクシロコウシ
ノヴァグラップルはブラントゲートが誇る惑星クレイを代表する娯楽競技。
格闘技から大規模宇宙戦までが安全に楽しめるとあって、最近は他の銀河からも注目されライブ中継も行われているそうだ。ここがもう一つの過激スポーツ「ギャロウズボール」との違いだね。
ボクは、世話好き怪獣セコンデル。
ノヴァグラップルの介添人だ。
「エェッ!!ボクぎゃ出場ォォ!?」
エイディからそのオファーを聞いて思わず、星間ガスを大量に吸い込んだ時みたいな変な声が出てしまった。
「『サプライズファイト』ノ闘士二選バレマシタ。名誉ナコトデスヨ」
「種目は何?」
「ワカリマセン」
「わからないのに出場しろ、なんておかしいでしょ!?ボクの仕事はセコンドなのに……」
「ソコガ“サプライズ”ナノデス」
「エェェ~!?」とまた星間ガス声。
この時のエイディの顔をみんなに見せて意見を聞きたい。ただの波形が映ってるスクリーンなのに、どう見てもエイディは“笑っている”ようにボクには見えたから。
結局、ボクは承知した。
特別報酬はもちろん魅力だったけど、僕らノヴァグラップラーは皆エンターテナーなんだ。みんなが驚き、興奮して、喜んでくれるのが一番嬉しい。
試合までの猶予は1ヶ月間。
という訳で、ボクは家で対戦ゲーム漬けになっていた身体を無理矢理鍛え直し、ワーカロイドのエイディにトレーナーになってもらい、朝から晩までジムに通い詰める日々を過ごしてきたのだった。
正直、昨夜はまったく眠れなかった。
南極大陸の端にあるブラントゲートの中央ドームの朝は早い。ほとんど一日中明るい日も珍しくない。
寝不足の目をこすりながらトレーニングセンターまでたどり着くと、エイディが待っていた。
「おはよう。試合会場には車で行くのかな」
ボクは送迎車を探したけど、道路にはそれらしいものは見当たらなかった。
「コチラヘ」とエイディ。
ボクは導かれるまま建物の中、奥へ奥へとどんどん進んでいった。
「あ、もしかしてジムのリングを使うのかな。中継設備さえあればいいもんね」
ボクは思いつきをぶつけてみた。まぁあんな練習室でのファイトが全世界、宇宙にまで中継されるのは考えにくいけれど。
「サァ入ッテ」
エイディが示したのはどこかで見たような円筒状の部屋だった。ボクがためらうことなくエイディに続いて室内に入ると、ドアにロックがかかった。
ガチャン! ……ブーン……
機械の作動音が高まってきた。
「え!? ちょっと待……」
ボクが言いかけた瞬間、ボクら二人は無数の光の粒に分解されて転送室から消滅した。
転送完了。
「って!」
残りのセリフを言い終えたボクとエイディが再構成=出現したのは、前とまったく同じに見える円筒状の部屋。
「ドウゾ。アナタガ開ケテクダサイ」
エイディがドアを指し示した。
ボクは何が起こるのかビクビクしながら解除スイッチに手をかけた。
シュ。
ほとんど音もなく扉がスライドする。
目の前にあったのは、ぎっしりとモニターと制御盤が並ぶ部屋だった。
「席に着いて」
頭上から静かな声が降ってきた。それは記憶に新しい人物だった。
「レディ!?あなたなんですか」
ボクは室内に駆け行って、背後の高みを振り返った。
そこには、以前B0前線基地に飛んだ時に連れとなった、《軋む世界のレディヒーラー》が悠然と座っていた。こうして会うのはあれ以来だけど、彼女とは前線基地で一緒にエナジードリンクを飲みながら窓の外の宇宙を眺める程度には仲良くなっていた。あの時はほとんどボクが一方的に喋っていたんだけど。
「総員。配置に」
着けということなんだろうか。エイディこと救護ワーカロイドAiD 9-Ⅴは細いマニピュレータで敬礼して、右の制御卓の前に着いた。
「レディ、これは一体どういうことなんです?」
「サプライズ」彼女の言葉はいつも短い。
レディヒーラーが何か操作すると、前面のスクリーンが今ボクらがいる場所……いいやそうじゃない、ボクらが乗っているモノを映し出した。
ここは惑星クレイの衛星軌道上。本物の宇宙だ。
乗っているのは宇宙巡洋艦、だった。
「最新型ノ船デス。宇宙ヨット程度の人数、即チ、3名デ操船可能」
「は?」ボクはただ呆然としていた。
「私ガ操縦。レディヒーラー艦長ガ指揮ヲ執ラレマス。セコンデル、アナタガ火器管制、ツマリ砲手デス」
「はぁ?」
「ラッキーデスヨ、セコンデル。コレコソ皆ガ憧レル舞台デス。アナタ達ガ先日、虚無ノ先兵カラ逃ゲ切ッタニュースガ話題トナッテ」
「……」嫌な予感がしてきた。
「ノヴァグラップル最大ノカテゴリー《銀河級》二招待サレタノデスカラ」
「対艦戦闘準備」
「アイ・サー。準備完了。サァ、座ッテ。試合開始デス」
エイディの操艦は巧みだった。姿勢制御のための準備機動噴射を終えると、正面にピタリと船の軸が合う。
ボクとトレーニングする間に操船から宇宙船戦全般の知識と操船技術をダウンロードしていたのだろう。ワーカロイドなら容易いことだ。宇宙戦の専門家、サイバロイドのレディヒーラーに至っては言うまでもない。
眼下に青く輝く惑星クレイ、右手上方に見えるのはブラント月だろうか。ボクはぼーっと見とれていた。
「砲手」とレディ。
「は、はい!ただいま」ボクはあたふたと席についた。
ご丁寧に、そこには家に置いてある宇宙戦闘機ゲームのコントローラーそっくりな操縦桿とトリガーがあった。確かにこれならボクにもできそうだ。
……って、サプライズってこういう事?せっかく身体を絞ってきたのに~。
「レディ、じゃなかった艦長。ひと言申し上げても?」
「却下」
「エイディ?キミ、なんでボクに教えてく……」
「戦闘中ノ私語ハ厳禁デス」
どこからか観客の笑いが聞こえた。なぜかボクを励ます沢山の人の喝采の声も。
キョロキョロと声の出所を探すボクの頭上に、浮遊スクリーンが現れた。
ここで番組タイトル。
『サプライズ《バラエティ》ファイト──突然のノヴァグラップル参戦オファー!しかもそれが実は銀河級だったら?』
「はぁ?」ボクの目が点になった。
「さぁて、1ヶ月に及んだ世話好き怪獣セコンデルのボクシングトレーニング!ここまで皆さんもご覧になったようにこれで最低限、宇宙戦の高Gに耐えられる体力、反射神経、良い目も養われたことでしょう。企画に協力してくれたお友だち2人も、ここまでプロの軍人顔負けの厳しい訓練を積んできました。この後のメインイベント“大艦隊戦”の前にしての《巡洋艦シングルマッチ無制限一本勝負》!この後いよいよスタートですっ!ここでちょっとお客さんにも感想を聞いてみましょう、ここまでどうでしたか?」
「僕、セコンデル君に活躍して欲しいなぁ。ここまでとっても頑張ってたもん」
「そうですね。セコンデル君とお友だち!お客さんも期待してるわよ~!」
(ご覧になった?お友だち?軍人顔負けの訓練?)
可愛い女の子の司会者と観客席の少年の陽気なコメントを、ボクは口をポカンと開けたまま聞いていた。
エイディがどこかにあるカメラに向かってマニピュレータを振ってみせた。
また観客の声援と好意的な笑いがボクらに降り注ぐ。
だんだんと、ボクは状況を理解し始めた。
そうか……そういうことだったのか。
これは前座試合、これ自体がドッキリ企画だ。どうやらここまでボクが四苦八苦している姿も全て放送されていたらしい。
その時、頭上から声が掛かった。
今度の声にはなんとなく温かみというか、微笑の気配が漂っている。
「君に期待する」
彼女もボクの努力を知って慰めてくれてるのかな。確かにボクシングはちょうど良い鍛練だったかもしれない。
よぉし!やってやる。
ボクは半ばヤケのまま覚悟を決めた。
ドッキリ企画でも何でもいい。サイバロイドにワーカロイド、異星人の怪獣の3人で巡洋艦に乗り込んでバリバリの宇宙戦闘だって。なんだか燃えてくるじゃないか!
「通常射程。標的を捕捉次第、砲門開け」とレディ。
「アイ・アイ・サー。……斉発!!」
ボクは照準が定まるや否や、正面の宇宙船に向け全弾叩き込んだ。相手も当然のように反撃を放つ。
敵弾がフォースシールドをかすめ、船体が激しく震える。模擬用の武装とはいえ衝撃は本物だ。万が一、ボクらが傷つくことがあったら?それは心配ない。ボクらには心強い癒やし手が艦長席に就いているんだから。
「面舵!」
エイディが舵を切ると、2隻は船側を擦り合わせるような併走状態になった。曳光弾とレーザーが暗い宇宙を扇状の閃光で染めあげてゆく。スクリーンから沸き上がる歓声が高まる。接近戦だ。
血が滾る。こうこなくっちゃ!
Hey!レディ!エイディ!
友よ、これこそノヴァグラップルだ!
※註.ボクシングについては地球のよく似た競技とその用語を使用している。※
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《今回の一口用語メモ》
ワーカロイド
惑星クレイに存在するロボットのうち、もともと非戦闘用に造られたものをワーカロイドと呼ぶ。
外見は人間に極めて近いものから獣型、球体・柱・箱型など見るからに金属構築物的なもの、巨大な設備と一体になったものまで様々である。
お手伝いロボット、清掃ロボット、整備ロボット、医療(救護)ロボットなど専門知識や技能・特殊機能を駆使して、社会活動全般を多岐にわたって支える役割を担っている。
またノヴァグラップル競技のサポートとして、レフリー、審判、オペレーター、トレーナー、マネージャー、チアガールもいる。軍に所属しているものもあり、緊急時など任務に応じて自ら戦うこともできる。
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小刻みにロープが床を弾く音。
右に交差、左に交差。二重跳び、三重跳び、二重跳び、三重跳び……
行けるか?ボクの脚はできると答えてくれた。よし、ラストスパート!!
四重跳び……!!できた!!
ボクは縄跳びを畳むと、どさっとベンチに腰を下ろして息を整えた。
「ハァッ!ハァッ!……ハァ~……ふーっ……」
首に冷えたタオルが心地いい。バンテージを巻いたまま特製エナジードリンクを一気にあおる。
また吐息。差し込む朝日がボクを背中から照らす。
ブラントゲート中央ドーム。早朝。
ノヴァグラップラー専用トレーニングジムにはまだボク一人しかいない。生き物はね。
ふと気がつくと、下からボクの顔が見返していた。ジムの床に汗がたまっている。
カイジュウだってこれだけ身体を酷使すれば汗もかくんだよ。
ビィーッ!!
3分のアラームが鳴った。試合時間を身体に覚えさせるために、このジムではこの刻みの音が鳴り止むことはない。
「サァ、立ッテ。練習再開デス」
ボクの目の前にぬっと現れたのは救護ワーカロイド『AiD 9-Ⅴ』。
ノヴァグラップルの試合では生物も非生物もたちまち“修理”してくれるリングドクターみたいな存在の彼が、ボクの練習のトレーナーを引き受けてくれていた。ちなみにボクはエイディに感謝しながらも最初の一日目で激しく後悔していた。彼は鬼コーチだ。
「やぁ、エイディ。ボク、いまヘトヘトなんだ。もうちょっとだけ……」
「バイオセンサー計測値ニ拠レバ、アナタノ身体ハ“動ケル”ト答エテイマスヨ。休ンデイル暇ナド有リマセン!……ソレト私ノコトハ型番デ呼ンデクダサイ」
「9-Ⅴ?いや、やっぱり冷たい感じがするもの。エイディで」
エイディは2本の細いマニピュレーターで肩をすくめると──どうぞご勝手に、の意味のジェスチャーらしい──、さっさとグローブを着けてマスボクシングの準備に取りかかった。すっかりボクの“世話好き”のお株が奪われてしまった感じだ。
ボクは嘆息をついて重い腰をあげた。確かにゆっくり休んでいる暇はない。
決戦はもう明日なのだから。
Illust:ロクシロコウシ
ノヴァグラップルはブラントゲートが誇る惑星クレイを代表する娯楽競技。
格闘技から大規模宇宙戦までが安全に楽しめるとあって、最近は他の銀河からも注目されライブ中継も行われているそうだ。ここがもう一つの過激スポーツ「ギャロウズボール」との違いだね。
ボクは、世話好き怪獣セコンデル。
ノヴァグラップルの介添人だ。
「エェッ!!ボクぎゃ出場ォォ!?」
エイディからそのオファーを聞いて思わず、星間ガスを大量に吸い込んだ時みたいな変な声が出てしまった。
「『サプライズファイト』ノ闘士二選バレマシタ。名誉ナコトデスヨ」
「種目は何?」
「ワカリマセン」
「わからないのに出場しろ、なんておかしいでしょ!?ボクの仕事はセコンドなのに……」
「ソコガ“サプライズ”ナノデス」
「エェェ~!?」とまた星間ガス声。
この時のエイディの顔をみんなに見せて意見を聞きたい。ただの波形が映ってるスクリーンなのに、どう見てもエイディは“笑っている”ようにボクには見えたから。
結局、ボクは承知した。
特別報酬はもちろん魅力だったけど、僕らノヴァグラップラーは皆エンターテナーなんだ。みんなが驚き、興奮して、喜んでくれるのが一番嬉しい。
試合までの猶予は1ヶ月間。
という訳で、ボクは家で対戦ゲーム漬けになっていた身体を無理矢理鍛え直し、ワーカロイドのエイディにトレーナーになってもらい、朝から晩までジムに通い詰める日々を過ごしてきたのだった。
正直、昨夜はまったく眠れなかった。
南極大陸の端にあるブラントゲートの中央ドームの朝は早い。ほとんど一日中明るい日も珍しくない。
寝不足の目をこすりながらトレーニングセンターまでたどり着くと、エイディが待っていた。
「おはよう。試合会場には車で行くのかな」
ボクは送迎車を探したけど、道路にはそれらしいものは見当たらなかった。
「コチラヘ」とエイディ。
ボクは導かれるまま建物の中、奥へ奥へとどんどん進んでいった。
「あ、もしかしてジムのリングを使うのかな。中継設備さえあればいいもんね」
ボクは思いつきをぶつけてみた。まぁあんな練習室でのファイトが全世界、宇宙にまで中継されるのは考えにくいけれど。
「サァ入ッテ」
エイディが示したのはどこかで見たような円筒状の部屋だった。ボクがためらうことなくエイディに続いて室内に入ると、ドアにロックがかかった。
ガチャン! ……ブーン……
機械の作動音が高まってきた。
「え!? ちょっと待……」
ボクが言いかけた瞬間、ボクら二人は無数の光の粒に分解されて転送室から消滅した。
転送完了。
「って!」
残りのセリフを言い終えたボクとエイディが再構成=出現したのは、前とまったく同じに見える円筒状の部屋。
「ドウゾ。アナタガ開ケテクダサイ」
エイディがドアを指し示した。
ボクは何が起こるのかビクビクしながら解除スイッチに手をかけた。
シュ。
ほとんど音もなく扉がスライドする。
目の前にあったのは、ぎっしりとモニターと制御盤が並ぶ部屋だった。
「席に着いて」
頭上から静かな声が降ってきた。それは記憶に新しい人物だった。
「レディ!?あなたなんですか」
ボクは室内に駆け行って、背後の高みを振り返った。
そこには、以前B0前線基地に飛んだ時に連れとなった、《軋む世界のレディヒーラー》が悠然と座っていた。こうして会うのはあれ以来だけど、彼女とは前線基地で一緒にエナジードリンクを飲みながら窓の外の宇宙を眺める程度には仲良くなっていた。あの時はほとんどボクが一方的に喋っていたんだけど。
「総員。配置に」
着けということなんだろうか。エイディこと救護ワーカロイドAiD 9-Ⅴは細いマニピュレータで敬礼して、右の制御卓の前に着いた。
「レディ、これは一体どういうことなんです?」
「サプライズ」彼女の言葉はいつも短い。
レディヒーラーが何か操作すると、前面のスクリーンが今ボクらがいる場所……いいやそうじゃない、ボクらが乗っているモノを映し出した。
ここは惑星クレイの衛星軌道上。本物の宇宙だ。
乗っているのは宇宙巡洋艦、だった。
「最新型ノ船デス。宇宙ヨット程度の人数、即チ、3名デ操船可能」
「は?」ボクはただ呆然としていた。
「私ガ操縦。レディヒーラー艦長ガ指揮ヲ執ラレマス。セコンデル、アナタガ火器管制、ツマリ砲手デス」
「はぁ?」
「ラッキーデスヨ、セコンデル。コレコソ皆ガ憧レル舞台デス。アナタ達ガ先日、虚無ノ先兵カラ逃ゲ切ッタニュースガ話題トナッテ」
「……」嫌な予感がしてきた。
「ノヴァグラップル最大ノカテゴリー《銀河級》二招待サレタノデスカラ」
「対艦戦闘準備」
「アイ・サー。準備完了。サァ、座ッテ。試合開始デス」
エイディの操艦は巧みだった。姿勢制御のための準備機動噴射を終えると、正面にピタリと船の軸が合う。
ボクとトレーニングする間に操船から宇宙船戦全般の知識と操船技術をダウンロードしていたのだろう。ワーカロイドなら容易いことだ。宇宙戦の専門家、サイバロイドのレディヒーラーに至っては言うまでもない。
眼下に青く輝く惑星クレイ、右手上方に見えるのはブラント月だろうか。ボクはぼーっと見とれていた。
「砲手」とレディ。
「は、はい!ただいま」ボクはあたふたと席についた。
ご丁寧に、そこには家に置いてある宇宙戦闘機ゲームのコントローラーそっくりな操縦桿とトリガーがあった。確かにこれならボクにもできそうだ。
……って、サプライズってこういう事?せっかく身体を絞ってきたのに~。
「レディ、じゃなかった艦長。ひと言申し上げても?」
「却下」
「エイディ?キミ、なんでボクに教えてく……」
「戦闘中ノ私語ハ厳禁デス」
どこからか観客の笑いが聞こえた。なぜかボクを励ます沢山の人の喝采の声も。
キョロキョロと声の出所を探すボクの頭上に、浮遊スクリーンが現れた。
ここで番組タイトル。
『サプライズ《バラエティ》ファイト──突然のノヴァグラップル参戦オファー!しかもそれが実は銀河級だったら?』
「はぁ?」ボクの目が点になった。
「さぁて、1ヶ月に及んだ世話好き怪獣セコンデルのボクシングトレーニング!ここまで皆さんもご覧になったようにこれで最低限、宇宙戦の高Gに耐えられる体力、反射神経、良い目も養われたことでしょう。企画に協力してくれたお友だち2人も、ここまでプロの軍人顔負けの厳しい訓練を積んできました。この後のメインイベント“大艦隊戦”の前にしての《巡洋艦シングルマッチ無制限一本勝負》!この後いよいよスタートですっ!ここでちょっとお客さんにも感想を聞いてみましょう、ここまでどうでしたか?」
「僕、セコンデル君に活躍して欲しいなぁ。ここまでとっても頑張ってたもん」
「そうですね。セコンデル君とお友だち!お客さんも期待してるわよ~!」
(ご覧になった?お友だち?軍人顔負けの訓練?)
可愛い女の子の司会者と観客席の少年の陽気なコメントを、ボクは口をポカンと開けたまま聞いていた。
エイディがどこかにあるカメラに向かってマニピュレータを振ってみせた。
また観客の声援と好意的な笑いがボクらに降り注ぐ。
だんだんと、ボクは状況を理解し始めた。
そうか……そういうことだったのか。
これは前座試合、これ自体がドッキリ企画だ。どうやらここまでボクが四苦八苦している姿も全て放送されていたらしい。
その時、頭上から声が掛かった。
今度の声にはなんとなく温かみというか、微笑の気配が漂っている。
「君に期待する」
彼女もボクの努力を知って慰めてくれてるのかな。確かにボクシングはちょうど良い鍛練だったかもしれない。
よぉし!やってやる。
ボクは半ばヤケのまま覚悟を決めた。
ドッキリ企画でも何でもいい。サイバロイドにワーカロイド、異星人の怪獣の3人で巡洋艦に乗り込んでバリバリの宇宙戦闘だって。なんだか燃えてくるじゃないか!
「通常射程。標的を捕捉次第、砲門開け」とレディ。
「アイ・アイ・サー。……斉発!!」
ボクは照準が定まるや否や、正面の宇宙船に向け全弾叩き込んだ。相手も当然のように反撃を放つ。
敵弾がフォースシールドをかすめ、船体が激しく震える。模擬用の武装とはいえ衝撃は本物だ。万が一、ボクらが傷つくことがあったら?それは心配ない。ボクらには心強い癒やし手が艦長席に就いているんだから。
「面舵!」
エイディが舵を切ると、2隻は船側を擦り合わせるような併走状態になった。曳光弾とレーザーが暗い宇宙を扇状の閃光で染めあげてゆく。スクリーンから沸き上がる歓声が高まる。接近戦だ。
血が滾る。こうこなくっちゃ!
Hey!レディ!エイディ!
友よ、これこそノヴァグラップルだ!
了
※註.ボクシングについては地球のよく似た競技とその用語を使用している。※
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《今回の一口用語メモ》
ワーカロイド
惑星クレイに存在するロボットのうち、もともと非戦闘用に造られたものをワーカロイドと呼ぶ。
外見は人間に極めて近いものから獣型、球体・柱・箱型など見るからに金属構築物的なもの、巨大な設備と一体になったものまで様々である。
お手伝いロボット、清掃ロボット、整備ロボット、医療(救護)ロボットなど専門知識や技能・特殊機能を駆使して、社会活動全般を多岐にわたって支える役割を担っている。
またノヴァグラップル競技のサポートとして、レフリー、審判、オペレーター、トレーナー、マネージャー、チアガールもいる。軍に所属しているものもあり、緊急時など任務に応じて自ら戦うこともできる。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡