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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
061 世界樹篇「魔宝竜 ドラジュエルド」
ダークステイツ
種族 アビスドラゴン
世は移ろうも世界の行方に介入せし者の数いまだ我が指に余らず。そして今また一人。
──魔宝竜 ドラジュエルド


Illust:北熊


 “虹の魔竜の地下迷宮ダンジョン”の警備担当はヒマな仕事だった。そりゃもう何千年も。
 この地下迷宮の位置はどこの地図にも描かれていない。
 「迷宮で命を落とした盗っ人どもの地図」を除けば。
 これが地図に記されない理由。オレ様がいつもヒマな理由だ。
 オレ様こと、ジュエリアス・ドラコキッドは今日も迷宮最深部にある警備室で、12羽目の猛禽ローストに齧りつき火酒を腹に流し込んでいた。
 ちなみに、こいつはどちらも美食家で名料理人でもあるこのオレ様特製だ。オレ様の“虹の炎”でじっくり焙った暗黒コンドルの肉は香ばしく、蔵で熟成された火酒は竜のノドをも焼く。たまんないぜ。
“昼酒とはいいご身分だ。特別警戒中だってことを忘れるなよ”
 オレの頭にジュエルコアの兄貴の思念が伝わってきた。
 ジュエルコア・ドラゴンはおれたち虹の魔竜でいうと青年期に当たる働き盛り。今日もオレンジ色の炎を纏ってこの一帯の哨戒任務にあたっている。
“外はどうです?”とオレ様。
“いつも通り……と言いたい所だが、最近は妙な客が多いな”とジュエルコアの兄貴。
“客?あぁこの間の賢者のネエちゃんとあのガキのことっすか”
 オレ様は岩壁で保護された科学者の怯えた顔を思い出して思わず笑っちまった。聞けば生まれはドラゴンエンパイアだってんだからもうちょっとビシッとキメようぜ。オレたちは知り合いまで問答無用で丸焦げにするわけじゃないんだからさ。
“今度の客は笑えないかもな。そろそろそっちに着いてる頃だぞ”と兄貴。

Illust:北熊


 その思念が届くと同時に迷宮のどこかで轟音が響いた。部屋が揺れるほどだった。
 お、おいおい、なんかの冗談だろ。
 ここ地下迷宮ダンジョンの最深部にたどり着くまでには、「盗っ人殺し」と呼ばれるトラップと「虹の竜の眷属」と呼ばれる守護者ガーディアン──獣から死霊まで種族は様々だがそこらの冒険者では束になっても勝てないダークステイツの屈強なモンスターたちのことだ──がわんさと待ち受ける89もの階層を突破しなければならない。抜け道なんてものも存在しない。ただ一点を除けば……。
「勝手に上がらせてもらったぞ」
 低い声にオレは文字通り飛び上がった。暗黒コンドルの骨がノドに詰まりオレ様は火酒にむせ返った。
「ぶ、ぶぶ、ブルースっ!?」
「ドラジュエルドは起きている・・・・・か」
 振り向くと鍵がもぎとられた警備室の扉を背に、丈高い悪魔デーモンディアブロス “暴虐バイオレンス”ブルースがじっとオレ様を見下ろしていた。

「はぁ?ここを降りてきただぁ?」
 オレ様はあんぐり口を開けて迷宮の縦坑──誰も知らない死の抜け道──を見上げた。
 上は昼のはずだが、オレ様の目でも地上の光を見ることはできない。開口部はオレたち虹の魔竜以外が使えないように巧妙に隠され、塞いであるからだ。
「ってオメエ、こりゃ軽く3,000mはあるぜ」わざわざ計ったこともないけどな。
「壁はつるつる滑る岩で足場も無いから入ったら最後、落ちるだけだ。あとここって竜の鍛冶場の排出口なんだぜ。煙、死ぬほど熱かったろ?迷い込んだ鳥も数分かそこらで呼吸が止まって黒焦げだ。そういやお前、飛べたっけ?」
「いいや」
「じゃあ、どうやったんだよ!?」飛び降りたとか言うなよ、頼む。
「飛び降りた。それだけだ」
 本気マジか。見れば、うずたかく積まれた鳥やコウモリどもの骨が爆撃にあったかのように四散していた。
 不死身かよ。惑星クレイの重力ナメんな、悪魔デーモンが。
 早急な警備計画の見直しを迫られ、オレ様は頭を抱えた。
 なんで力押しで侵入してくるんだよ。魔法の装具とか科学の発明とかで作戦立ててガチガチに準備してこいよ。突破不可能って言われてる地下迷宮なんだから頭使えよ。これだから常識外れは困るんだよ。
「案内してもらおう」
 ブルースの声に、オレ様は頭を振って正気を取り戻した。ここまでの移動方法はどうあれ、こいつはオレたちの旧い知り合いで客人だ。仕方ない。
「いいぜ。着いてきな」あとその扉弁償しろよな。

 洞窟の回廊の突き当たりに扉があった。
 扉と言ってもオレたち竜が使う戸口なので、ブルースくらいの大男でも見上げる程の大きさだ。オレはこの前に立つといつも緊張する。
「知ってるな。扉の開け方は」
 ブルースは静かに頷いた。
 この扉には強力な魔法がかけてある。突破方法はどんな書物にも載っていないので、侵入者にとっては最大の難関だ。もたもたしてるとオレ様や守護者ガーディアンが駆けつけて装備ごと消炭に変える。
 もっとも、友好的な客人ならば開け方は幾通りもある。
 この前訪ねてきた賢者(と科学者の小僧)は迷宮の主の名を古代竜語・・・・で呼びかけた。すると扉が開いて、はいどうぞ中へお入りを。
 他には高度な解錠の魔法や呪紋をパズルのように描く方法。もっとも簡単で定番なのはオレたちしか知らない複雑なノック音を刻むというものだ。
 まぁノックだろうな。
 オレ様は壁にもたれて牙をせせった。まったくこの悪魔デーモンのせいで今日3度目の食事が台無しになっちまったぜ。
 ブルースが手をあげた。やっぱりノックだ。絶対間違えんなよ、えらい目に遭うぜ。
 ズンッ!
 拳が扉に叩きつけられた。
 ズン!ズン!ズン!
「お、おいおい!!何やってん……」
 ズシーン!!
 堅牢無比な大扉は破壊された。
「だ……」
 オレ様は頭を抱えた。ここの警備も見直しか。もういいよ、こんなバカ焼かれちまえ・・・・・・
 ボウッ!
 扉が弾け飛んだ瞬間、部屋の中から虹色の炎が殺到しブルースの全身を包んだ。
 ほら言わんこっちゃない。ジュエルニールの兄貴の炎はあっついぜぇ。

Illust:北熊


 あれ。
 炎に巻かれたはずのブルースの姿は、一瞬で消えていた。もう炭化して塵になっちまったのか。
 いやそうじゃない。
 恐る恐る覗き込んで見ると、玉座の間で悪魔デーモンドラゴンが殴り合っていた。
 楽しそうに。
 ……負けた。負けたよ。オレ様はがっくりと膝をついた。
 “虹の魔竜の地下迷宮ダンジョン”の最下層まで自由落下して最後の扉を拳で粉砕、ここのナンバー2の竜──魔石竜ジュエルニールの兄貴に出会うなり楽しげにスパーリングしてるようなヤツには、もう何を言っても無駄ってもんだろう。
「止めよ、止めい。久しいのう、ブルース」
 腹の底に響くあの方の声にブルースは玉座に向き直り、オレ様は戸口で平服した。
「呼ばれたので来た」
「変わらんなお前は。パンチの重さも」とジュエルニールの兄貴は高らかに笑った。
「おぬしらがじゃれると洞窟が揺らぐわ。少し控えい」
 愉快そうなその笑いは火山の鳴動のようだ。
 この迷宮の主にして“虹の魔石”の所有主、魔宝竜ドラジュエルド様は玉座から身を起こした。
「さて、ブルース。おぬしは唯一、ワシの枕元までたどり着いた天下無双のおとこ。そして今回もまた、よくもまあ、あの警備をすり抜けてくれたものよ」
「虹の魔竜に睨まれて逃げきれるとは思わん。侵入の報復ならばこの俺一人、なんとでも始末するがいい」
「何か誤解があるようだ。来てもらったのは復讐のためではない。まずはこの迷宮について率直に思う所を聞きたい」
「ここの警備はザルだ」とブルース。
 なんだとぉ!警備責任者のオレ様は逆上しかけたが、兄貴の一睨みでまた平伏した。
「まぁそう言うな。“虹の魔石”は一片たりとも悪しき者の手には渡っておらぬ。盗っ人どもはいずれも虹の炎の前に灰となり果てたしな」
「……」そう、忘れちゃいけない。オレたち虹の魔竜はダークステイツの魔王もビビる強い竜なんだからな。
「それも今のところはだがな」とドラジュエルド様。
「感じたのか。予兆を」とブルースは腕組みをした。
「聡いの、悪魔デーモン。実は最近、夢を見たのだ。我が眠りをかき乱す、不吉な夢を」
「何を見た」
「星降る夜。悪意が現れる。この星のいずこか。その脅威は運命力をも歪めるほど強い」
「知っての通り、我らの至宝“虹の魔石”は惑星クレイの運命力の現れ、ダークステイツの瘴気を固めたものだ。ここに貯蔵されているうちは良いが、万が一悪意あるものに奪われるようなことがあれば世界のバランスを崩しかねん。ドラジュエルド様よりお言葉を賜り、いまこの迷宮は特別警戒態勢をとっている」とジュエルニールの兄貴。
「ふむ。なぜオレにそれを?」
「世界の行方、運命力が作用するほどの大事に介入するのは限られた者、いわば資格がいるのだ。今の世においてはそれもこの指で数えられるくらい程しかおらぬ」
「そしてその一人がおぬし、ダークステイツのディアブロス “暴虐バイオレンス”ブルース。我が旧き友よ」
「それで、オレにどうしろと」
「あの凄まじい悪意のありかを探し、見極めてほしいのだ。この世界のために」
「世界のため、か……あんたが強欲に魔石をため込み、惰眠を貪るように」とブルース。
 おいおいおい!よせって。失礼なこと言うな。オレは滝汗を流しながら止めるようにジェスチャーを送ったが、ジュエルニールの兄貴にまた睨まれて諦めた。
オレもまた殴りたいだけだ。気に食わないヤツは追いかけずにはいられない」
 オレ様は警備室のテレビで聞き慣れた掛け声を思い出していた。ギャロウズボールのウォークライだ。『“気に入らなければ地の果てまで追いかけてブン殴る!”チーム・ディアブロス!』。
「引き受けよう」
「善き答えなり。無論、我らも総力をあげておぬしを支えよう。強欲に宝を貯め込む惰眠より覚めてな」
 ドラジュエルド様が笑った。ジュエルニールの兄貴も。そして信じられないことにブルースまでが肩を揺すっているようだった。その光景をオレ様はただ呆然と見つめるだけだった。
 竜と悪魔デーモンの笑い声は“虹の魔竜の地下迷宮ダンジョン”を揺るがした。
 高らかに朗らかに。
 玉座の間に山と積まれた運命力の塊、“虹の魔石”の目も綾な眩しい輝きに囲まれて。

Illust:北熊




※註.長さの単位(m)は地球の単位に換算した。※

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《今回の一口用語メモ》

虹の魔石
 宝石はその多くが惑星クレイの地下、熱いマグマの中で生まれる。惑星クレイをひとつの生命体として見たとき、宝石もまたこの星の身体の一部と言えるだろう。(より科学的に言うと、岩石が地下の熱や圧力、風化の働きの下で途方もなく長い時間をかけて結晶化するというのが宝石が誕生するプロセスである)。
 ダークステイツの「虹の魔石」はその意味で他の宝石とはまったく違った性質をもっている。
 虹の魔石の原料は、ダークステイツ国の暗黒地方を厚く覆う「瘴気」である。
 瘴気とは魔法力の源、さらに言えば惑星クレイに存在する「運命力」が目に見えるほど実体化(気化)したもの。この瘴気を“虹の魔竜”と呼ばれる竜が結晶化させたものが虹の魔石であり、虹の魔竜のみが虹の魔石を生み出せる。
 ゆえに虹の魔石はただの美しく輝く石ではない。
 石自体が運命力の塊なので、もっとも分かりやすい効果としては所持する者の諸力を増幅し、大量に集めれば世界を変える力をも得られると言われる。
 惑星クレイ世界にとって幸いだったのがこの虹の魔石が長らく、製造者である「虹の魔竜」の支配下にあった事で、魔石の収集と貯蔵に異常なまでに執着する独占欲と、盗っ人をことごとく焼き尽くす竜としての強さこそが最大の守りとなってきた。この状況が続く限り、魔石の力が悪用されるような事態は無いだろう。

運命力と運命力学については
 →ユニットストーリー041「天輪聖竜ニルヴァーナ(覚醒編)前編 ~昇華する願い~」序文を参照のこと。

虹の魔竜(ジュエリアス・ドラコキッド、ジュエルコア・ドラゴン、魔石竜 ジュエルニール、魔宝竜 ドラジュエルド)については
 →ライドライン解説も参照のこと。

虹の魔石と虹の魔竜については
 今後公開される
 →世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」虹の魔竜も参照のこと。

ダークステイツとダークサイドビジネスについては
 →ユニットストーリー023「強欲魔竜 グリードン」の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡