ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
リノはブラント月の光の下、プレアドラゴンの背に乗って飛んでいる。その肩にはトリクスタ。
中央にリノが乗る装剣竜ガロンダイト、右翼が装閃竜ブラマーダ、左翼が装壁竜ビルスキル。実際の飛行隊形としては後衛にトリクスタが位置することになる。
「じゃあキミたちがリノリリが言っていた贈り物?」とトリクスタ。
「左様で。身命賭して皆様にお仕えするように命じられております。我ら剛き剣」とガロンダイト。
「疾き足となり」とブラマーダ。
「堅き盾ともなりましょう」とビルスキル。
「バヴサーガラ、あなたという人は……」
リノは小さく首を振って呟いた。
剛き剣と堅き盾すなわち援軍ならびにボディガードとして付き従い、疾き足すなわち今までは徒歩が基本だったリノたちの旅が空を飛ぶことで行動範囲も急激に広がる。プレアドラゴンは頼もしい味方、素晴らしい贈り物だ。だが、それを凄まじいスケールで実現させてしまう封焔の巫女バヴサーガラに、最近自分たちの感覚が麻痺しかけているようで怖い。
「これからどこへ行くの?」
とリノ。姉と慕うレイユにさえ告げずに出て来てしまった。書き置きは見てもらえただろうか。
つい1時間ほど前のこと。皆が寝静まった深夜。ケテルサンクチュアリ政府が手配してくれたホテルの扉の下に、いつものようにそっと差し込まれたバヴサーガラの便りには「リノとトリクスタだけで天上港に向かうように。そこで“贈り物”が待っている」との指示があり、リノはなんら疑問を持つこともなくそれに従った。バヴサーガラの世話見振りと大盤振る舞いは桁が外れている。しかし封焔の巫女の友とは生半可なことでは務まらない。リノは同じ悩むならば巻き込まれた後でと覚悟を決めていた。
「行く先は着くまで明かさぬよう申しつけられておりまして」とガロンダイト。
「あれれ。ボクらに仕えるんじゃなかったの?」とトリクスタ。
「無論。この任務が終わった後にはいかなるご命令にも従います」
「我らが主にして母なるバヴサーガラ様より我々への最後のご指示ゆえ。ご辛抱ください」
「あ、そう」
ブラマーダ、ビルスキルにも理路整然と説明されてはさすがのトリクスタも二の句が継げない。
「バヴサーガラがあなた達を?」
母なるのくだりにリノは思い当たることがあった。長き絶望の世に心折れた竜に焔を与え、生み出されたのが封焔竜だと聞いている。プレアドラゴンもそうした経緯で生み出されたものではないか。推測は当たっていた。
「はい。バヴサーガラ様ご自身に代わって天輪の方々をお支えするため」とガロンダイト。
「希望の祈りを集めて生まれ出でたる我ら。トリクスタ様と手を携え……」とブラマーダ。
「ボク?あ、お願いだから“様”はやめて」
「しかしトリクスタ殿。我々と貴方は一心同体の……」ビルスキルは困惑した様子で声をかける。
「“殿”もダメ!“トリクスタ”以外で呼んでも答えてあげないからね」
プレアドラゴンとの対話はトリクスタに任せて、リノはガロンダイトの背で考え込んだ。
ケテルサンクチュアリの首都、天空の浮島ケテルギアを出て針路は東南東へ。
その先にある極秘の行く先とは……。
リノはある予感に胸騒ぎが抑えられなかった。
「へぇ、バヴサーガラがそう言ってたの?」
「天輪竜の力が増大すれば……可能だと」ガロンダイトはなぜか奥歯に物が挟まったような言い方をした。
「すごいね!じゃあボクが一旦ヴェルリーナになって……こうかな」
「私がこの態勢で合わせますので、一緒に上昇してください。すると接近導入に入ります」
リノが物思いから覚めると会話が進んでいて、トリクスタと装剣竜ガロンダイトは打ち合わせしながら空中で何やら互いの位置を調整しているようだった。
「バヴサーガラ様からは教本も頂いていますが」
「ぶっつけでできるでしょ。後でちょっと試してみようよ」
とトリクスタ。
その時──。
Illust:ダイエクスト(DAI-XT.)
リノの左手、隊列から見て10時方向に揺らぎを感じた。
この時一行が感じた感覚を言葉で伝えるのは難しい。衝撃と平衡感覚の失調(眩暈)をともなう空間の揺らぎ、空震とでもいえば良いか。
「警戒態勢!」
ガロンダイトの号令でトリクスタを含む4体が空中に停止し、リノをかばうように密集する。
「見て参ります」
「ボクも行く」
ガロンダイトはリノをビルスキルの背に預け、トリクスタと連れだって“空震”の源に向かった。出会ってからそれほど時間も経っていないが一行にはチームとして早くも連携ができあがりつつある。
「気をつけて」
リノは任せておけば大丈夫と理解して彼らの背に呼びかけた。リノの最大の長所は全てを受け入れる素地の良さだ。加えて生来の素直さが天輪の巫女として重責を担い、リノ本人が成長し続ける“器”の大きさに繋がっている。
トリクスタとガロンダイトが飛んだ先、そこはすでにドラゴンエンパイア領。ドラゴニア大山脈の西端にあたる深い森である。ブラント月夜とはいえ先ほどの気配の主を探すのには明かりは充分とは言えない。
「このあたりだと思うんだけど。木が倒れた跡は見えないね」
とトリクスタ。探しものを見つけるのは得意だ。
「気配からすると単なる墜落ではないと思います。我々2人の力を合わせればあるいは察知できるかも……ここでひとつ試してみますか」
「うん、やってみよう!」
トリクスタと装剣竜ガロンダイトは揃って急上昇した。
トリクスタがヴェルリーナに一瞬姿を変える。
ヴェルリーナとガロンダイト、2人の姿はそれぞれ光の束となり。
螺旋を描き交錯した2つの光は急激に速度を増し。
「「Xo-Dress!!」」
まばゆい輝きとともに新たな《タリスマン》が出現した。
『武装宝剣ガロウヴェルリーナ』!!
オォォォォ──!!
トリクスタでありガロンダイトであるそれは総身に漲る圧倒的な活力に雄叫びをあげた。
Illust:イシバシヨウスケ
「何だこの力!すごい!」
ガロウヴェルリーナ=トリクスタは剣を振り回して華麗に型を決めてみせる。
「……あ、いや。今は捜し物の途中であった」
武装宝剣である時、2つの人格は溶け合っている。これは生真面目なガロンダイト側が勝った発言だろう。
地上遠隔走査。
ガロウヴェルリーナは剣になっている両腕を顔の前にかざすと、それぞれが単体でいる時よりも優れた諸感覚を総動員して広範囲に森を捜索した。
「あれか!」
森の木々の中、まるでもともとそこに在ったかのようにあるものが存在していた。確かに墜落などではない。
それは異質な、この星以外から現れたものの姿だった。
「もし。宇宙からの方とお見受けしますが」
リノは森に横たわる異形に呼びかけた。肩にトリクスタ。背後には3体のプレアドラゴンが警戒怠りなく控えている。なお惑星クレイの住民にとって宇宙人はそれほど特別な存在ではない。
「ねぇ見た見た?Xo-Dress」とトリクスタがリノに囁く。興奮を抑えきれないのだ。
「うん、でもそれはまた後でね」とリノは微笑んだ。
ウーム……。
銀色に輝く巨体がわずかに身じろぎした。
Illust:DaisukeIzuka
「急に動かないでください。重力下ですので」
リノの警告に巨人の動きが止まった。おそらく今の状況を理解したのであろう。
“なるほど。運命力の極点に引かれて地表に飛ばされたか……”
この場にいるすべてのものに謎めいた声、銀色の巨人の意思が伝わった。言葉として伝わるそれはリノたちが頭で翻訳しているだけで、巨人は特に地上の言葉を話しているわけではない。
“では、こちらにふさわしい姿となろう”
ボン!
音にするとそのような感覚があった次の瞬間、リノと同じ位の背丈となったオルフィストが立っていた。
惑星クレイの重力に合わせて変化したためか、やや丸みを帯びた縮小となっている。
「私はオルフィスト。柩機の主神オルフィスト・レギスだ」
「リノと申します」
2人は礼儀正しく会釈を交わした。柩機はリノたちにとって初耳の言葉だ。何かの役職であろうか。
「あなたを存じている。天輪の巫女」
リノは目を瞠った。もちろん正しくは焔の巫女である。オルフィストは明らかに《世界の選択》のことまで知った上で意図してリノを“天輪”と呼んだのだ。この事実だけで銀色の巨人がリノたちのほとんどの事情に通じていることが察せられた。
「トリクスタ!」と希望の精霊が身を乗り出した。
オルフィストは頷いて思念を続けた。
「新たなる力を手に入れたな、《タリスマン》」
「ボクのことも知ってるの?」トリクスタは仰天する。
「我はブラントゲート正規軍の高レベル機密情報にアクセス可能。天輪と封焔の動向は惑星クレイ世界に関わる重大事ゆえ」
「貴方はどうして今こちらに?柩機」
「《因果の泡》に落ちて」
オルフィストの答えは簡潔だった。
「《因果の泡》とは?」とリノ。
「いわば時空の陥穽だ。いつのどこに飛ばされるかは誰にもわからぬ。我らの戦場とする“夜”、その舞台となる“狭間”は次元の間に存在する不安定な空間。突発的に生じる時空の歪みに巻き込まれる危険は常につきまとう。しかしながら“現在”のクレイの地表に降りたは幸い」
さて。とオルフィストの思念が動いた。
「戦線に復帰せねば。時は貴重な資源ゆえ」
「ご武運を」
とリノ。柩機が何者かはわからないが、戦場で命を賭ける仕事には違いなかった。
「気付けに感謝する。新《タリスマン》合体時に放出されるエネルギーを感じねば我の覚醒はさらに遅れたはず」
思念は続いた。
「時のことで言えば数時間前、天輪竜が再誕したようだ。祝祭は盛会となろうが再会の喜びは束の間のもの。驚異の卵は地上人の総力をあげて護って欲しい」
リノは息を呑んだ。背後でプレアドラゴンたちが動揺する。リノの予感はまたも当たっていたのだ。
オルフィストが(おそらく因果に干渉できるが故に)見破った通り、まだひと握りの者のみしか知らない事実として、暁紅院に安置されていた聖なる遺灰より卵が復活していた。このあと天輪の巫女リノの到着と引き渡しの儀式をもって初めて公表され全世界が祝祭日となる。これこそが到着まで沈黙を命じられていた秘密だった。
「リノ。天輪竜が纏う運命力は世界を変える可能性を秘めている」
とオルフィスト。
自分の発言がバヴサーガラとプレアドラゴンの配慮を台無しにしたことには気がついていない。異界の戦場で柩機の軍勢を率いるオルフィストだが、リノたち他の生き物の心の動きにはひどく疎い。惑星クレイ世界の一員となった現在も、彼はリンクジョーカーなのだった。
「しかし、深く広く影響を及ぼす力はそれ故に過酷な選択をも引き寄せる。心してかかれ」
「はい」
リノはオルフィストの地上での現し身を見つめた。
「“魂の中⼼にある祈りを⼤切にせよ”。今浮かんだのだが、これはいつか汝が必要とする忠告のようだ」
オルフィストはいま実体として存在はしているが時空連続体に同時に存在する一部でもあり、多相の宇宙を見、そこから着想を得られるのだ。
「ありがとうございます」
「我ら柩機より祝福を。さらば」
音もなく、柩機の主神オルフィスト・レギスは消滅した。彼が行く先は“狭間”、無限に続く異界の戦場である。
「天輪の巫女」
プレアドラゴンたちは跪いていた。
「“卵”がお待ちです」
「はい、行きましょう。暁紅院へ」
リノは恐縮する竜たちに微笑んだ。トリクスタがその頭上をクルクルと舞う。
誰よりもリノ自身が待ち望んだ瞬間が、巫女の到着を待っている。
天輪竜の卵の再誕。
歴史の新しい円環が始まろうとしていた。
暁紅院で。
ドラゴンエンパイアの奥地、惑星クレイの中央で、今この瞬間より──。
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
柩機の主神 オルフィスト・レギス
異界の敵との戦闘が行われる昏き“夜”。狭間で戦う柩機の頂点に立つのがオルフィスト・レギスである。
その圧倒的な力から“夜”の戦いを終わらせる者として知られてきたオルフィストだが、レギスは従来の姿(柩機の神オルフィスト)よりも“因果”に関する力を増しており、さらに深く世界に干渉することができる=異界の敵に対して優位に戦いを進めることができるとされている。
「柩」のその機能については
→ユニットストーリー016「柩機の兵サンボリーノ」も参照のこと。
柩機カーディナルと“夜”の戦いについて、および惑星クレイの月とブラント月については
→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」柩機(カーディナル)、参照のこと。
“夜”の戦いを終わらす者、オルフィストの出現が戦場の切り札となる様子については
→ユニットストーリー027「柩機の竜 デスティアーデ」も参照のこと。
因果の泡については
→ユニットストーリー057 世界樹篇「救命天使 ディグリエル」を参照のこと。
プレアドラゴン
封焔の巫女バヴサーガラが生み出した新たな竜。
天輪聖竜ニルヴァーナが覚醒し、天輪聖紀の幕開けとなった《世界の選択》において「絶望の祈り」を一身に集めたバヴサーガラであったが、惑星クレイの生物の総意として均衡は“希望”に傾き、一度世界を滅ぼした後に生物の理想郷を築かんとする宿願は潰えた。
これ以降、バヴサーガラは一転して天輪竜を支える存在となった。天を照らす太陽と対を成す夜の月のごとく。そして、かつてその身の内に宿る絶望の焔を分け与えることで封焔竜を集めたように、「世界を活性化する希望の祈り」のために生み出されるのが新しい竜の種族プレアドラゴンなのだ。
よってプレアドラゴンは装剣竜ガロンダイト、装閃竜ブラマーダ、装壁竜ビルスキルだけではない。3体以外にも今後、続々とリノたちの元に馳せ参じるものと思われる。
なおプレアドラゴンのほとんどはバヴサーガラに直接仕えることはない。新たな天輪竜の卵サプライズ・エッグとそれを護る焔の巫女たち、そして特に希望の精霊トリクスタを補佐するため、バヴサーガラからリノに贈られる。トリクスタはサプライズ・エッグの再誕によって力を増大させており、すでにプレアドラゴンと合体する新たな能力、Xo-Dressに目覚めている。トリクスタはこれによって様々な「ヴェルリーナ」の新形態に変化することができる。
プレアドラゴンについては
今後公開される
→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」祈りの竜──プレアドラゴンも参照のこと。
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中央にリノが乗る装剣竜ガロンダイト、右翼が装閃竜ブラマーダ、左翼が装壁竜ビルスキル。実際の飛行隊形としては後衛にトリクスタが位置することになる。
「じゃあキミたちがリノリリが言っていた贈り物?」とトリクスタ。
「左様で。身命賭して皆様にお仕えするように命じられております。我ら剛き剣」とガロンダイト。
「疾き足となり」とブラマーダ。
「堅き盾ともなりましょう」とビルスキル。
「バヴサーガラ、あなたという人は……」
リノは小さく首を振って呟いた。
剛き剣と堅き盾すなわち援軍ならびにボディガードとして付き従い、疾き足すなわち今までは徒歩が基本だったリノたちの旅が空を飛ぶことで行動範囲も急激に広がる。プレアドラゴンは頼もしい味方、素晴らしい贈り物だ。だが、それを凄まじいスケールで実現させてしまう封焔の巫女バヴサーガラに、最近自分たちの感覚が麻痺しかけているようで怖い。
「これからどこへ行くの?」
とリノ。姉と慕うレイユにさえ告げずに出て来てしまった。書き置きは見てもらえただろうか。
つい1時間ほど前のこと。皆が寝静まった深夜。ケテルサンクチュアリ政府が手配してくれたホテルの扉の下に、いつものようにそっと差し込まれたバヴサーガラの便りには「リノとトリクスタだけで天上港に向かうように。そこで“贈り物”が待っている」との指示があり、リノはなんら疑問を持つこともなくそれに従った。バヴサーガラの世話見振りと大盤振る舞いは桁が外れている。しかし封焔の巫女の友とは生半可なことでは務まらない。リノは同じ悩むならば巻き込まれた後でと覚悟を決めていた。
「行く先は着くまで明かさぬよう申しつけられておりまして」とガロンダイト。
「あれれ。ボクらに仕えるんじゃなかったの?」とトリクスタ。
「無論。この任務が終わった後にはいかなるご命令にも従います」
「我らが主にして母なるバヴサーガラ様より我々への最後のご指示ゆえ。ご辛抱ください」
「あ、そう」
ブラマーダ、ビルスキルにも理路整然と説明されてはさすがのトリクスタも二の句が継げない。
「バヴサーガラがあなた達を?」
母なるのくだりにリノは思い当たることがあった。長き絶望の世に心折れた竜に焔を与え、生み出されたのが封焔竜だと聞いている。プレアドラゴンもそうした経緯で生み出されたものではないか。推測は当たっていた。
「はい。バヴサーガラ様ご自身に代わって天輪の方々をお支えするため」とガロンダイト。
「希望の祈りを集めて生まれ出でたる我ら。トリクスタ様と手を携え……」とブラマーダ。
「ボク?あ、お願いだから“様”はやめて」
「しかしトリクスタ殿。我々と貴方は一心同体の……」ビルスキルは困惑した様子で声をかける。
「“殿”もダメ!“トリクスタ”以外で呼んでも答えてあげないからね」
プレアドラゴンとの対話はトリクスタに任せて、リノはガロンダイトの背で考え込んだ。
ケテルサンクチュアリの首都、天空の浮島ケテルギアを出て針路は東南東へ。
その先にある極秘の行く先とは……。
リノはある予感に胸騒ぎが抑えられなかった。
「へぇ、バヴサーガラがそう言ってたの?」
「天輪竜の力が増大すれば……可能だと」ガロンダイトはなぜか奥歯に物が挟まったような言い方をした。
「すごいね!じゃあボクが一旦ヴェルリーナになって……こうかな」
「私がこの態勢で合わせますので、一緒に上昇してください。すると接近導入に入ります」
リノが物思いから覚めると会話が進んでいて、トリクスタと装剣竜ガロンダイトは打ち合わせしながら空中で何やら互いの位置を調整しているようだった。
「バヴサーガラ様からは教本も頂いていますが」
「ぶっつけでできるでしょ。後でちょっと試してみようよ」
とトリクスタ。
その時──。
Illust:ダイエクスト(DAI-XT.)
リノの左手、隊列から見て10時方向に揺らぎを感じた。
この時一行が感じた感覚を言葉で伝えるのは難しい。衝撃と平衡感覚の失調(眩暈)をともなう空間の揺らぎ、空震とでもいえば良いか。
「警戒態勢!」
ガロンダイトの号令でトリクスタを含む4体が空中に停止し、リノをかばうように密集する。
「見て参ります」
「ボクも行く」
ガロンダイトはリノをビルスキルの背に預け、トリクスタと連れだって“空震”の源に向かった。出会ってからそれほど時間も経っていないが一行にはチームとして早くも連携ができあがりつつある。
「気をつけて」
リノは任せておけば大丈夫と理解して彼らの背に呼びかけた。リノの最大の長所は全てを受け入れる素地の良さだ。加えて生来の素直さが天輪の巫女として重責を担い、リノ本人が成長し続ける“器”の大きさに繋がっている。
トリクスタとガロンダイトが飛んだ先、そこはすでにドラゴンエンパイア領。ドラゴニア大山脈の西端にあたる深い森である。ブラント月夜とはいえ先ほどの気配の主を探すのには明かりは充分とは言えない。
「このあたりだと思うんだけど。木が倒れた跡は見えないね」
とトリクスタ。探しものを見つけるのは得意だ。
「気配からすると単なる墜落ではないと思います。我々2人の力を合わせればあるいは察知できるかも……ここでひとつ試してみますか」
「うん、やってみよう!」
トリクスタと装剣竜ガロンダイトは揃って急上昇した。
トリクスタがヴェルリーナに一瞬姿を変える。
ヴェルリーナとガロンダイト、2人の姿はそれぞれ光の束となり。
螺旋を描き交錯した2つの光は急激に速度を増し。
「「Xo-Dress!!」」
まばゆい輝きとともに新たな《タリスマン》が出現した。
『武装宝剣ガロウヴェルリーナ』!!
オォォォォ──!!
トリクスタでありガロンダイトであるそれは総身に漲る圧倒的な活力に雄叫びをあげた。
Illust:イシバシヨウスケ
「何だこの力!すごい!」
ガロウヴェルリーナ=トリクスタは剣を振り回して華麗に型を決めてみせる。
「……あ、いや。今は捜し物の途中であった」
武装宝剣である時、2つの人格は溶け合っている。これは生真面目なガロンダイト側が勝った発言だろう。
地上遠隔走査。
ガロウヴェルリーナは剣になっている両腕を顔の前にかざすと、それぞれが単体でいる時よりも優れた諸感覚を総動員して広範囲に森を捜索した。
「あれか!」
森の木々の中、まるでもともとそこに在ったかのようにあるものが存在していた。確かに墜落などではない。
それは異質な、この星以外から現れたものの姿だった。
「もし。宇宙からの方とお見受けしますが」
リノは森に横たわる異形に呼びかけた。肩にトリクスタ。背後には3体のプレアドラゴンが警戒怠りなく控えている。なお惑星クレイの住民にとって宇宙人はそれほど特別な存在ではない。
「ねぇ見た見た?Xo-Dress」とトリクスタがリノに囁く。興奮を抑えきれないのだ。
「うん、でもそれはまた後でね」とリノは微笑んだ。
ウーム……。
銀色に輝く巨体がわずかに身じろぎした。
Illust:DaisukeIzuka
「急に動かないでください。重力下ですので」
リノの警告に巨人の動きが止まった。おそらく今の状況を理解したのであろう。
“なるほど。運命力の極点に引かれて地表に飛ばされたか……”
この場にいるすべてのものに謎めいた声、銀色の巨人の意思が伝わった。言葉として伝わるそれはリノたちが頭で翻訳しているだけで、巨人は特に地上の言葉を話しているわけではない。
“では、こちらにふさわしい姿となろう”
ボン!
音にするとそのような感覚があった次の瞬間、リノと同じ位の背丈となったオルフィストが立っていた。
惑星クレイの重力に合わせて変化したためか、やや丸みを帯びた縮小となっている。
「私はオルフィスト。柩機の主神オルフィスト・レギスだ」
「リノと申します」
2人は礼儀正しく会釈を交わした。柩機はリノたちにとって初耳の言葉だ。何かの役職であろうか。
「あなたを存じている。天輪の巫女」
リノは目を瞠った。もちろん正しくは焔の巫女である。オルフィストは明らかに《世界の選択》のことまで知った上で意図してリノを“天輪”と呼んだのだ。この事実だけで銀色の巨人がリノたちのほとんどの事情に通じていることが察せられた。
「トリクスタ!」と希望の精霊が身を乗り出した。
オルフィストは頷いて思念を続けた。
「新たなる力を手に入れたな、《タリスマン》」
「ボクのことも知ってるの?」トリクスタは仰天する。
「我はブラントゲート正規軍の高レベル機密情報にアクセス可能。天輪と封焔の動向は惑星クレイ世界に関わる重大事ゆえ」
「貴方はどうして今こちらに?柩機」
「《因果の泡》に落ちて」
オルフィストの答えは簡潔だった。
「《因果の泡》とは?」とリノ。
「いわば時空の陥穽だ。いつのどこに飛ばされるかは誰にもわからぬ。我らの戦場とする“夜”、その舞台となる“狭間”は次元の間に存在する不安定な空間。突発的に生じる時空の歪みに巻き込まれる危険は常につきまとう。しかしながら“現在”のクレイの地表に降りたは幸い」
さて。とオルフィストの思念が動いた。
「戦線に復帰せねば。時は貴重な資源ゆえ」
「ご武運を」
とリノ。柩機が何者かはわからないが、戦場で命を賭ける仕事には違いなかった。
「気付けに感謝する。新《タリスマン》合体時に放出されるエネルギーを感じねば我の覚醒はさらに遅れたはず」
思念は続いた。
「時のことで言えば数時間前、天輪竜が再誕したようだ。祝祭は盛会となろうが再会の喜びは束の間のもの。驚異の卵は地上人の総力をあげて護って欲しい」
リノは息を呑んだ。背後でプレアドラゴンたちが動揺する。リノの予感はまたも当たっていたのだ。
オルフィストが(おそらく因果に干渉できるが故に)見破った通り、まだひと握りの者のみしか知らない事実として、暁紅院に安置されていた聖なる遺灰より卵が復活していた。このあと天輪の巫女リノの到着と引き渡しの儀式をもって初めて公表され全世界が祝祭日となる。これこそが到着まで沈黙を命じられていた秘密だった。
「リノ。天輪竜が纏う運命力は世界を変える可能性を秘めている」
とオルフィスト。
自分の発言がバヴサーガラとプレアドラゴンの配慮を台無しにしたことには気がついていない。異界の戦場で柩機の軍勢を率いるオルフィストだが、リノたち他の生き物の心の動きにはひどく疎い。惑星クレイ世界の一員となった現在も、彼はリンクジョーカーなのだった。
「しかし、深く広く影響を及ぼす力はそれ故に過酷な選択をも引き寄せる。心してかかれ」
「はい」
リノはオルフィストの地上での現し身を見つめた。
「“魂の中⼼にある祈りを⼤切にせよ”。今浮かんだのだが、これはいつか汝が必要とする忠告のようだ」
オルフィストはいま実体として存在はしているが時空連続体に同時に存在する一部でもあり、多相の宇宙を見、そこから着想を得られるのだ。
「ありがとうございます」
「我ら柩機より祝福を。さらば」
音もなく、柩機の主神オルフィスト・レギスは消滅した。彼が行く先は“狭間”、無限に続く異界の戦場である。
「天輪の巫女」
プレアドラゴンたちは跪いていた。
「“卵”がお待ちです」
「はい、行きましょう。暁紅院へ」
リノは恐縮する竜たちに微笑んだ。トリクスタがその頭上をクルクルと舞う。
誰よりもリノ自身が待ち望んだ瞬間が、巫女の到着を待っている。
天輪竜の卵の再誕。
歴史の新しい円環が始まろうとしていた。
暁紅院で。
ドラゴンエンパイアの奥地、惑星クレイの中央で、今この瞬間より──。
了
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《今回の一口用語メモ》
柩機の主神 オルフィスト・レギス
異界の敵との戦闘が行われる昏き“夜”。狭間で戦う柩機の頂点に立つのがオルフィスト・レギスである。
その圧倒的な力から“夜”の戦いを終わらせる者として知られてきたオルフィストだが、レギスは従来の姿(柩機の神オルフィスト)よりも“因果”に関する力を増しており、さらに深く世界に干渉することができる=異界の敵に対して優位に戦いを進めることができるとされている。
「柩」のその機能については
→ユニットストーリー016「柩機の兵サンボリーノ」も参照のこと。
柩機カーディナルと“夜”の戦いについて、および惑星クレイの月とブラント月については
→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」柩機(カーディナル)、参照のこと。
“夜”の戦いを終わらす者、オルフィストの出現が戦場の切り札となる様子については
→ユニットストーリー027「柩機の竜 デスティアーデ」も参照のこと。
因果の泡については
→ユニットストーリー057 世界樹篇「救命天使 ディグリエル」を参照のこと。
プレアドラゴン
封焔の巫女バヴサーガラが生み出した新たな竜。
天輪聖竜ニルヴァーナが覚醒し、天輪聖紀の幕開けとなった《世界の選択》において「絶望の祈り」を一身に集めたバヴサーガラであったが、惑星クレイの生物の総意として均衡は“希望”に傾き、一度世界を滅ぼした後に生物の理想郷を築かんとする宿願は潰えた。
これ以降、バヴサーガラは一転して天輪竜を支える存在となった。天を照らす太陽と対を成す夜の月のごとく。そして、かつてその身の内に宿る絶望の焔を分け与えることで封焔竜を集めたように、「世界を活性化する希望の祈り」のために生み出されるのが新しい竜の種族プレアドラゴンなのだ。
よってプレアドラゴンは装剣竜ガロンダイト、装閃竜ブラマーダ、装壁竜ビルスキルだけではない。3体以外にも今後、続々とリノたちの元に馳せ参じるものと思われる。
なおプレアドラゴンのほとんどはバヴサーガラに直接仕えることはない。新たな天輪竜の卵サプライズ・エッグとそれを護る焔の巫女たち、そして特に希望の精霊トリクスタを補佐するため、バヴサーガラからリノに贈られる。トリクスタはサプライズ・エッグの再誕によって力を増大させており、すでにプレアドラゴンと合体する新たな能力、Xo-Dressに目覚めている。トリクスタはこれによって様々な「ヴェルリーナ」の新形態に変化することができる。
プレアドラゴンについては
今後公開される
→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」祈りの竜──プレアドラゴンも参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡