ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
064 世界樹篇「マーチングデビュー ピュリテ」
ストイケイア
種族 バイオロイド
Illust:眠介
マレットが磨き抜かれた音板を弾くと澄んだ音が辺りいっぱいに響き渡った。
……♪……♪♪……♪♪♪
震える音の波が寄せては引いて、世界樹と生い茂る木々に響いてゆく。
わたしは閉じていた目を開いた。
晴天。この国にしては珍しいキラキラと降り注ぐ陽光の粒まで見えそうな朝の森の風景。
今日はわたし、ピュリテの初舞台なのだ!
ダークステイツ暗黒地方中央部のド真ん中。
わたしたち『世界樹の音楽隊』は、魔狼ノ森と呼ばれている森に分け入っている。深い深い森の奥の少し開けた場所に、まるで地に伏せた巨大な獣のようにその樹「魔狼ノ森の世界樹」はあった。
このダークステイツでも最古と言われる世界樹が最近元気を無くしているために、わたしたちの音楽と踊りで元気づけてやってほしい、と大魔王様じきじきの依頼があったのだそうだ。
わたしはもう一度、鉄琴を鳴らしてみた。
……♪……♪♪……×……♪
何かおかしい。
むー、とマレットを構えたまま固まっていると、
「おはよう、ピュリテ」
後ろからドラムメジャーのリアノーンが声をかけてきた。
「あ、リアノーン。おっはよー!」
「こんな早くから練習?頑張ってるね」
リアノーンはメンバー一人一人のことをよく覚えていて(これは音楽隊の人数を考えるとすごいことだよ)、姉妹のように接してくれる親しみやすいリーダーだ。わたしは大好き!
「うん。今日は待ちに待ったデビューだし。陽が翳らないうちに響きを整えておきたくって」とわたし。
ここに来るまでの道中でわかったことだけど、ダークステイツは(わたしたちの故郷ストイケイアと違って)朝よりもむしろ昼間の方が暗くなることが多い。空模様はどうしても音の響きに影響するものだから。
案の定、わたしたちが見上げた空にはもう瘴気の薄雲がかかり始めていた。もうあの朝日のきらめく瞬間は終わりなのだ。
「ここの瘴気のせいよね。私も樹のご機嫌聞いてみようかな」
とリアノーンはわたしと並んで、世界樹に向き合った。
敬礼。発進。
指揮杖が風を捲く。リアノーンの華やかな笑顔。
……♪♪……♪♪♪……♪♪
リアノーンの指揮は周囲に輝く音符が見えるほどキレイだ。わたしは張り切ってマレットを振るった。
前面回し、トス、キャッチ、肩付け。1・2、1・2!
指揮杖に合わせて演奏するわたしの心は浮き立ち、一人では奏でられない快い音が放たれ、深く昼なお暗い森の木々に響き、また弾ける。
「!」
突然、リアノーンが耳を覆った。トワリングが止まり、わたしも危うくマレットを取り落としそうになる。
♪……×……×♪×
音が乱れている。樹に呼びかけ元気づけるための波動が、なにかの雑音に邪魔されている。
「苦しんでる。この世界樹……北にも……」
頭を抱えて言葉を詰まらせるリアノーンの肩を支えながら、わたしも頷いた。
わたしはリアノーンのように直接“樹の気持ち”はわからないけれど、鉄琴の響きを通してなら判ることもある。
不協和音。いま目の前の大木のご機嫌はひどく悪い。その世界樹と音叉のように同調したリアノーンが辛い思いをするほどに。
……×……×……×× ××× ××
この音は何?どこから聞こえてる?
止めなければ世界樹のために、リアノーンのために!
わたし、ピュリテのスズラン型のおさげ髪がぴくりと動いた。
「ここでじっとしてて。すぐ戻るから!」
草地に身を横たえたリアノーンがかろうじて頷くのを確認して、わたしはひとっ跳びで樹の幹に取り付いた。そのまま音の出所に向かって走る。巨大な幹は少し滑るけど幅は問題ない。
わたしたちはバイオロイドだ。
半分植物の特性は森や野原など自然の多い場所で特に活きる。
×× ××× ××……
雑音が弱まっている。いえ、遠ざかっているの?
わたしは枯れかけた木の枝を払いのけながら、追っている目標に向かって思い切り跳んだ。
──!
いた。マントを着けた人影が逃げている。手には何か重そうな包みが揺れていた。
「そこ、ちょっと待ちなさーい!」
と、わたしは鉄琴とマレットをお巡りさんの警棒みたいに怪しい逃走者に向けて突き出した。
ガサッ!
人影は魔狼ノ森の藪に飛び込んで姿を消した。悔しいけど相手の方がはるかに上手だ。バイオロイドが追いつけないほど走れる人型動物って一体?魔法か科学で強化してるとでも言うの?
気がつくとあの雑音も無くなっていた。それにしても、
「逃げ足、速すぎでしょ……」わたしは妙に感心した。
リアノーンの元に戻ってみると、世界樹前の空き地にはもう一人増えていた。
音楽隊のメンバーかなと思ったのは一瞬だけ。その女性は背後に小型の竜を留めて、深い青色の服と黒い翼がついた冠を着けていた。
「ごめん。逃げられちゃった。イヤな雑音と関係ありそうだったのに……」とわたし。
「あの者なら、このあと私と封焔竜が追う。心配は要らぬ」
女の人はリアノーンより早く、わたしに答えた。
「あ、ピュリテ。こちらはバヴサーガラさん。バヴサーガラさん、鉄琴のピュリテです。今日が初舞台」
わたしはぴょこんとお辞儀をした。
暗い陽が差す森の朝、世界樹を前に胸を張ってたたずむその美しい女の人の背には白い翼が畳まれていて、物腰は穏やかなのにその総身には見ているこちらが圧倒される威厳と力が漲っていた。重厚な祭服とあいまってまるで貴族か女王様みたい。いままで『世界樹の音楽隊』の見習いとして世界のいろいろな所に行ったけれど、こんな不思議な印象を受ける人を見たことが無い。
「って、封焔の巫女バヴサーガラ?“絶望”で世界を滅ぼそうとした、あの!?」とわたしは仰天した。
「(ダメ。失礼よ、ピュリテ)」
とリアノーンが口と手の動きで注意する。後で聞いたんだけど、封焔竜というドラゴンの一党を率いるこのバヴサーガラという人はリアノーンともよく手紙をやりとりする仲で、その力と知識、影響力でいまや世界の色々な国で賓客として迎えられる有名人らしい。
「構わぬ。それは消すことのできない過去ゆえ。しかし……」
バヴサーガラさんはわたしに近づくと、追いかけっこで乱れたわたしの花の髪と隊服を直してくれた。この人、近くで見ると目が優しい。
「いまは私も神格ニルヴァーナを崇め、支える者。リノたちが昼に輝く天輪ならば私は夜を照らす月。恐れずとも良い」
ヌエバの町でリアノーンを保護してくれた、焔の巫女リノさん達のことはわたしも知っていた。
「さて、リアノーン。先ほどの続きを聞かせてくれ。あの雑音に旋律を乱され、この魔狼ノ森の世界樹と“混線”した際、北方の世界樹の気配に通じたのだな」
「はい。偶然に。何か厚い……魔法のようなもので封じられているようでした。広い都市の廃墟の中にある町、その中心にある漏斗のような形の山に祀られています」とリアノーン。
「ケテルサンクチュアリの旧都セイクリッド・アルビオン。大いに助かったぞ、リアノーン。我が“目”を以てしても神聖王国当時から続く、かの白き世界樹の在処までは見通せなかったのだ」
「こちらこそ。良いお薬ありがとうございました」
リアノーンは小さな水筒を両手で掲げて見せた。バイオロイドにも効く薬というのはちょっとびっくりだ(半分人間なんだから通常の薬も効かなくは無いのだけれど……)。
なに、とバヴサーガラさんは肩をすくめて小型の竜の背に乗った。
「贈られ物でな。暁紅院特製の強壮薬だ。他ならぬ満開の大行進リアノーンの役に立ったのなら彼女らもきっと喜ぶだろう。まさに……」
持つべきものは友、でしょう?バヴサーガラ。
騎上の人となった封焔の巫女の満足げな独り言を、音楽で鍛えられたわたしたちの耳は聞き逃さなかった。
「ではさらばだ。リアノーン、ピュリテ。私はあの嫌な感じの者の正体を追うが……」
封焔の巫女バヴサーガラはゆっくり上昇しながら、わたしたちに言い添えた。
「いま世界樹は例外なく脅威にさらされている。『世界樹の音楽隊』が担う役割は大きいぞ。心の声に耳を澄ますのだ。我は西へ、汝らは北へ」
また便りを送る。バヴサーガラはそう言い添えた。
「アーヒンサ!」
バヴサーガラが竜の名を叫ぶと、上空で待っていた数体の竜と合流して矢のように西へと飛び去った。
「私たちは北へ。ケテルサンクチュアリへ」
リアノーンはそう呟くと、視線を空から世界樹にそして私へと戻してにっこり笑った。
「さぁ皆を呼んできましょう。今日は良いデビューになりそうね、ピュリテ」とリアノーン。
そうだ。今日はわたしの初舞台!大地につながる聖なる樹に捧げるパフォーマンス。
この元気を無くした魔狼ノ森の世界樹に、良い音たくさん響かせちゃおう。
あんな怪しい雑音なんかに、わたしたち『世界樹の音楽隊』の音楽が負けるもんか!
了
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《今回の一口用語メモ》
天輪聖紀のダークステイツ:大魔王とギアクロニクル
ダークステイツは天輪聖紀を迎えた惑星クレイ世界の変化、つまり魔法力の復興による恩恵をもっとも大きく受けた国といえる。旧ダークゾーンの頃に迫る魔法力を回復したことによって力を取り戻した魔王(と虹の魔竜のようなドラゴンたち魔法生物)、その配下の活動によって国力・人口・治安・経済いずれもが順調である。
このダークステイツの活況を支えているのが(各自治州を支配する魔王たちを取りまとめる)統治者「大魔王」と、全国に敷かれている統一法規つまり「法律」だ。
かの大魔王がギアクロニクルの末裔だというのは広く知られた事実であり、ダークゾーンの頃は惑星クレイでも指折りの無法地帯だったこの国に誕生した法律も、同じくギアクロニクルの官僚たちによって作られ施行されている。
ギアクロニクルはもともと惑星クレイの外から来た種族だ。
「時間の観測者」として知られるギアクロニクルは、いくつもの世界線と時空を超えて旅する流浪の集団だった。それが聖竜紀(クレイ歴2000年代)に、神格メサイアが遊星ブラントと融合し星輝大戦が終結した際の「世界線のゆらぎ」を感知して、惑星クレイに到来した。この時、時空への干渉が起こり、「太古よりクレイを観測し続けてきた事実」を意味する「遺跡」が当時のダークゾーン内に出現、その後も(過去から引き続き)ギアクロニクルは惑星クレイ世界を観測し続けることになった。
天輪聖紀のギアクロニクルは(前述の通り)ダークステイツ国の政治の中枢に位置し、自分たちの趣味・嗜好にしか興味を示さぬ魔王たちを取りまとめ、ダークゾーン時代の混沌状態に戻さないために日夜苦労を重ねている。ギアクロニクルの本来の役割、「訪れた世界の時間の流れを観測し、その流れに歪みがある場合にはそれを正す」が少し違った形で、しかし変わらぬ勤勉さで継続されているわけである。
ダークイレギュラーズについては
→ユニットストーリー006「重力の支配者 バロウマグネス」の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
ダークステイツとダークサイドビジネスについては
→ユニットストーリー023「強欲魔竜 グリードン」の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡