カードファイト!! ヴァンガード overDress 公式読み物サイト

ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
065 世界樹篇「リペルドマリス・ドラゴン」
ダークステイツ
種族 アビスドラゴン
カード情報

Illust:Kakiken


 右ストレート、左エルボー、右フックフェイント、左アッパー。
 目にも止まらぬ悪魔デーモンの拳と肘を、宙に羽ばたくドラゴンはことごとく完璧に受け流した。
「やるな」
 悪魔デーモン──ディアブロス“暴虐バイオレンス”ブルースは蹴りまで行きかけた動きを止め、じろりと相手を睨んだ。顔の下半分を覆うマスクは笑いを浮かべているが、実際にどんな気持ちなのかは知る術はない。
 リペルドマリス・ドラゴンは牙を剥き出しにしてひと声吠えた。笑いであろうか。
「ドラジュエルドの使い・・だな。乗れというのか」とブルース。
 踵を返して悪魔に背を向けたリペルドマリス・ドラゴンがちらりとブルースを見る。
「どこであれ駆けて・・・行くのにな。ご苦労なことだ」
 悪魔が身体を預けると竜は空に羽ばたいた。遠ざかる眼下の森には大学図書館があった。
 
 グレートネイチャー総合大学。
 ストイケイアが誇る惑星クレイ世界の最高学府である。
 他の学校と大きく違うのは校舎や研究施設が、森の自然と巧みに融合している点にある。
 それにしても大学の図書館とクレイ一のケンカ屋悪魔デーモン──最近の逸話としてはケテルサンクチュアリにまで殴り込みに行って頂の天帝の兜にも手をかけたとか──ブルースとは、これほど不釣り合いなものも無いだろう。

「世界樹の地図が見たい」
 大学図書館の司書は受付に現れた大男の悪魔を見、その正体に一瞬で思い当たって肝を潰した。しかしそれでも落ちかかったメガネを押し上げて問い返したのは、若き学究雄アライグマ系ハイビーストとしての矜持だった。
「せ、世界樹地図は禁帯出きんたいしゅつ資料かつ各国の上位オーダーのみという閲覧制限がありまして」
「そうなのか」悪魔は静かに司書を見つめた。
「ど、どなたのご紹介でしょうか。有識者か著名人からの依頼を証明するものはありますか」
 まさかこの悪魔デーモン自身のリクエストではないだろうな。司書は内心、警備を呼ぼうかどうか葛藤していた。しかし警備員が束になったとして、誰がこのギャロウズボールのスタアプレイヤーを止められるのか。
「あぁ。虹の魔竜のかしらの依頼だ」
 ブルースは懐から輝く魔石を取り出した。司書は(職業柄、惑星クレイの宝物にも詳しいので)その価値と希少性を知っていた。虹の魔石は魔竜が練り上げた運命力の塊と噂されるだけに、宝石としても魔宝具としてもその価値は途方もないものだ。特に虹の魔石の真価を知るこの大学界隈では、壮絶な争奪戦が起きかねない。
「そ、それこそ禁帯出きんたいしゅつですな。結構。人目を引きますのでしまわれてください」
 司書の声が震えている。
 門外不出の虹の魔石がダークステイツの外、ここストイケイアで見られたことも、それを身分証代わりにこの男に託したあの強欲ドラゴンの心変わりも、それを何の警戒もなく見せるこの悪魔デーモンも怖かった。



「ふむ。トゥーリとヌエバにはもう行ったが、“悪意”は感じられなかった」とブルース。
 用心のため──ディアブロスはケンカ屋であって盗っ人ではないという評判だが──連れだって入った資料閲覧室で司書は、
「(歩いて回ったんじゃないでしょうね。ズーガイア大陸をまさか徒歩で縦断したとか?)」
 と戦慄していた。“悪意”が何を意味するのかはわからない。地獄の隠語だろうか。後で調べてみなくては。
「世界樹は惑星クレイに幾つも存在しますが、各国の世界樹は地下ですべて繋がっている同一の株であるという説もあります。いわゆる地下茎というやつです。当然、いまだに誰も確認したことがない仮説なのですけれどね」
 司書は肩をすくめた。
「残るはマグノリア王の峡谷か」デスクライトに下から照らされたブルースの表情は読めない。
「大陸の東端、レティア大渓谷の中心部です。しかし入れませんよ、外からの客人は」と司書。
「よし。世話になった」
 悪魔デーモンはひと言残して閲覧室から去った。狭い部屋を圧する巨躯なのに音もなくしなやかに速やかにその姿は消えた。
 アライグマ系ハイビーストの司書はようやく今向かい合っていたのが、とてつもなく危険な男であったことを実感して、へなへなと椅子に崩れ落ちた。

 上空。
 リペルドマリス・ドラゴンは早くもゾーア・カルデラに差し掛かり、ほんの数時間で大陸の半分を移動しつつある。
 その背に乗るブルース。
「出会い頭に殴りかかるのは癖だが、よく受けた」
 吠え声の返事。完全防御を誇るドラゴンにとっては殴りかかられた事もきっと挨拶程度なのだろう。
 どうやら空の旅を経てドラゴン悪魔デーモンはそこそこ話せる仲にはなったらしい。
「お前はオレの魔石の気配を追ってきたのだな。しかし悪意の元を見つけたとして、こちらからはどうドラジュエルドに連絡を取ったものか」
 む。とブルースは竜の背に括り付けられた袋に目が行った。リペルドマリス・ドラゴンが目線で開けろと言っている。
「なるほど」
 袋の口を覗き込んだブルースはひとつ頷いた。

 夕景の峡谷に、樹角獣王マグノリアと近習の樹角獣。
 その伸びた影の先にディアブロス“暴虐バイオレンス”ブルースとリペルドマリス・ドラゴン。
 さきほどからもう一時間ほどになるが峡谷の草地──ここがレティア大渓谷における樹角獣の王の間というか王の“原”らしいが──で向き合ったまま、双方とも立ち尽くしている。
 ブルースが動いた。王と竜の中間まで歩き、虹の宝石と“ある物”を草地に置く。
オレもまた使いでしかない」
 背後でやや控えめなリペルドマリスの吠え声。
「直接話してもらうのが一番だろう」
 ブルースは“ある物”──水晶玉マジックターミナルの上部を軽く撫ぜた。すると……
『おぅ、マグノリア。久しいのぉ』
 魔宝竜ドラジュエルドの声(と恐らく水晶正面のマグノリアには動画としても見えている)が一同に伝わった。
『一族みな息災じゃ。ところでこの悪魔デーモンめを差し向けたは察しの通りよ』
 どうやらマグノリアは声ではなく思念を使い、水晶球マジックターミナルを通してはるかダークステイツの虹の魔竜のねぐらにいるドラジュエルドと会話しているようだ。親し気な様子は二人が旧知の仲である故らしい。
『“悪意”が世界に迫りつつある。そしてそうした悪意が依る・・とするならば惑星ほしの生命に直結する世界樹を狙うであろうとワシは睨んでおる。ブルースはストイケイア最後の候補として、おぬしの峡谷の世界樹を挙げていたようじゃが……』
 風に森の夜の匂いが立ちこめてきた。マグノリアはまた何ごとか返答をしたようだ。
『そうか。それは重畳ちょうじょう。もっとも、レティア大渓谷にマグノリアある限り“絶望”とて容易に領土を侵すことはかなわなかったのだ。心配はしておらんかったがな』
 マグノリアはここで初めて首をめぐらせてブルースに視線を送った。ブルースは軽く頷いた。
オレはすぐに去る。聖域に立ち入らせてもらったこと、礼を言う」とブルース。
『とにもかくにも用心。ご用心じゃマグノリア、ブルース。おぉ……』
 マグノリアは何か“言った”ようだ。
『ケテルサンクチュアリの白き世界樹か。なるほど』とダークステイツのドラジュエルド。
「なるほどな」
 と悪魔デーモンブルース。ケテルサンクチュアリの名が出たことに何か感慨があったとしても今のブルースには微塵も動揺は見られない。
「重ねて礼を言う、樹角獣帝。……お前はもう帰れ」
 最後のひと言はリペルドマリス・ドラゴンに向けられたものだ。
 返答は吠え声だった。
『そやつに噛まれぬうちにさっさと一緒に旅立つがいい。ワシ自ら出陣する前にな。この小僧っ子めが』
 とドラジュエルドは通話の向こう側で笑った。
 小僧と呼ばれたことにブルースはどう思ったのか、悪魔デーモンは速やかに水晶玉マジックターミナルの通話を切ると虹の宝石と共に懐に収め、新たに相棒となったドラゴンの背にひらりと乗った。
「では」
 ブルースの別れの挨拶にマグノリアはかすかに頷いたように見えた。
 リペルドマリス・ドラゴンはひと掻き・・・・で上空に達した。見上げるは森の王と近習。
 こうして樹角獣王マグノリアの謁見は終わった。
 惑星クレイの空を彩る大小さまざまな惑星の姿を背景に、森の空に差す最後の陽は、悪魔デーモンディアブロス“暴虐バイオレンス”ブルースの白く長い髪を束の間、彗星のように輝かせた。



----------------------------------------------------------

《今回の一口用語メモ》

グレートネイチャー総合大学と賢者ストイケイア
 惑星クレイ最古にして最大、そして最高の学府といえば異論の余地無く「グレートネイチャー総合大学」の名前が挙がるだろう。ハイビーストを中心とした豊かな人材と学術資産、ズーガイア大陸北部の広大な森の中心部すべてに学び舎と各科の研究施設が融合し、またそれ自体が生活空間でもあるという、いわば総合学園都市と呼べるものだ。
 だが、ギーゼ消滅後の無神紀からの約3,000年間は大学にとって多難の時代であった。
 現在、国の名前にも冠せられている賢者ストイケイアは、その無神紀クレイ歴でいう3500年代に活躍した人物である。
 当時の大学は衰退と縮小の極みにあって解体寸前であったという。
 その中で一人奮闘を続けた賢者ストイケイアの研究課題は、真理の追求にあった。
 彼が死の直前、ついに到達した「祈り無き時代の真理」と希望ある未来の予言は、思想・理念として国家「ストイケイア」と「リリカルモナステリオ」に引き継がれ、また偉大な発明として惑星クレイに遍在する加護を観測する知性ある宝具「ワイズキューブ」の創造として後代に残されている。

《世界の選択》における樹角王 マグノリアの変化、樹角獣帝 マグノリア・エルダーと不動の防御については
 →ユニットストーリー035「樹角獣帝 マグノリア・エルダー」および
  ユニットストーリー041「天輪聖竜ニルヴァーナ(覚醒編)前編 ~昇華する願い~」を参照のこと。

虹の魔竜と魔宝竜ドラジュエルドについては
 →ユニットストーリー061「魔宝竜 ドラジュエルド」を参照のこと。

遅延無しの極長距離通信を可能とする発明品、水晶玉マジックターミナルについては
 →ユニットストーリー054 世界樹編「混濁の瘴気」を参照のこと。

----------------------------------------------------------

本文:金子良馬
世界観監修:中村聡