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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
069 世界樹篇「フェストーソ・ドラゴン」
ストイケイア
種族 フォレストドラゴン
「「Xo-Dressクロスオーバードレス!!」」
 リノの叫びにトリクスタと装壁竜ビルスキルの掛け声が呼応する。
 まばゆい輝きとともにまた新たな《タリスマン》が出現した。
『武装剛壁ビルズヴェルリーナ』!!
 飛来した捕獲網は、両手を交差させ構えたビルズヴェルリーナの盾に当たると暗闇に空しく電撃を放ちながら、そのことごとくが地に墜ちた。

Illust:北熊


「破天騎士団の方たちですね?武器を降ろしてください。私たちは……」
「天輪の巫女リノ」
 低いがよく通る声が石壁を震わせた。
 薄明かりに浮かぶのは黒と赤の装い、右眼に刻まれた十字の傷跡、破天の騎士ユースベルクである。
 ここはケテルサンクチュアリの旧都セイクリッド・アルビオン、その地下に広がる上水道の内部だ。市内に幾つもある開口部からかなり歩いた用水路の合流点。灯りはリノたちが持ち込んだ化学照明しかない。
「そっちはリアノーン、《世界樹の音楽隊》の。タリスマン、そして天輪竜の卵」
 リアノーンとビルズヴェルリーナは警戒を解かずに頷いた。サプライズ・エッグはというといつもの様に地下の風に額の毛をそよがせている。
「おとなしく暁紅院へ帰っておればよいものを」
「矛を収めてくれれば良かったのに。革命の名の下にいたずらに世を騒がせる事など諦めて」
「ふっ。手厳しいな、この前のお返しか」
 ユースベルクは初対面でリノたち天輪の活動を“仲良しごっこ”と断じたのだった。
「同国人が相争う事態を見過ごしてはおけません。それは忌むべき絶望に通じる道です」
「天輪とはお節介なものだ。余所者よそものは首を突っ込むなと我は言わなかったか」
世界樹のピンチ・・・・・・・は他人事じゃありませんっ!」
 二人の会話に割って入ったリアノーンの音楽的な声には地下道の暗闇を圧倒するほどの力があった。
「……」
 侵入者に警告抜きの投げ網を見舞った破天騎士団の面々が、今はかすかにざわめいていた。
「みな下がれ。客人は我がもてなそう。カルブレ」
 ユースベルクの指示に、閃裂の騎士カルブレは仲間を促すと捕縛網を回収して暗闇に姿を消した。一切の迷いも停滞もない。全員が次にやるべきことを良くわかっているから行える動き。ユースベルクの統率力かあるいは有能な前線指揮官がいるためか、破天騎士団は訓練された軍隊並みに統制がとれているようだ。
 ドラゴンエンパイアの巫女であるリノはケテルサンクチュアリの騎士には詳しくない。だが、いま名を呼ばれたカルブレという無口な騎士の装いには他の破天の者とも少し違う、何か気になる点も感じていた。

Illust:BISAI


「着いてくるがいい」
 ユースベルクが背を向ける。
 敵意はないと見て、ビルズヴェルリーナは変化を解き、トリクスタと装壁竜ビルスキルの姿が現れた。すると……
ドラゴンはそこで待て。どの道この先は狭過ぎて通れんぞ」
 背中ごしに掛けられたユースベルクの冷たすぎる指摘に、がっくりと首を垂れる装壁竜ビルスキル。よしよしとトリクスタが慰めるのを見ながら、リノはリアノーンにそっと耳打ちした。
「世界樹のこと、触れて欲しくないみたい」
 ユースベルクはどうやら同志に世界樹のことを聞かせたくなくて、人払いをしたようである。もっともプレアドラゴンを除いたリノやトリクスタ、リアノーンだけでは自分を倒すことが出来ないという冷徹な計算もあるのだろうが。
「ごめんなさい。咄嗟のことで、つい(邪魔をしてしまって)」
 リアノーンと音楽、世界樹の切っても切り離せない関係はリノもよく知っている。
 いいのよ、とリノは皆まで言わせずリアノーンの背に手を回すと歩き出した。



 数時間前──。
「ケテルサンクチュアリの《白き世界樹》の在処ありかは国家機密だった」
 セイクリッド・アルビオン地上、中心部《宮殿山きゅうでんのおやま》。七合目。
「今までは」
 雲もなき旧都に雨の降りそそぐ。リノとリアノーンが見上げる頂の天帝バスティオンは天泣てんきゅうに打たれる銀の彫像のように不動だった。他の全員に外套を手配したバスティオンだが、本人と随行団員のオールデンは端然と鎧姿で直立している。
「わたしが必ず、元気にしてみせますから!」
 満開の大行進リアノーンはそう言ってぎゅっと指揮棒を握りしめた。
 リノは頷きつつも気遣わしげにそんなバイオロイドの指揮者ドラムメジャーを見つめている。
 二人はストイケイアの尽きせぬ泉の都ヌエバで出会い、その後はそれぞれの道を辿ってつい先日、バスティオンの手配で天上の浮島ケテルギアで再会することとなった。(ちなみにダークステイツにいたリアノーンたちを迎えたチャーター機は大所帯を輸送するため、ケテルサンクチュアリ最大の大型輸送機が派遣されている)
 焔の巫女と世界樹の音楽隊を一堂に集めた天上騎士団長は「時至ときいたれり」と騎士団と円卓会議に向けて宣言し、自ら地上の山に隠されたケテルサンクチュアリの《白き世界樹》に彼女たちを導いたのである。

 一同の目の前には細密な意匠が施された重厚な扉があった。
ドラゴンよ。中が見えるか」とバスティオン。
 声をかけられたのは世界樹の音楽隊の森の竜フォレスト・ドラゴンフェストーソ・ドラゴンである。
「……なんてこと。蝕まれている」
 フェストーソ・ドラゴンは蝶のような鮮やかな羽根を震わせて俯いた。本来は陽気な森の竜が慄然としている様は見ている者を不安にさせた。
「やはりな」「これもオラクルの予測通りでありました」
 バスティオンと豪儀の天剣オールデンの主従は目配せを交わした。
「どういう事?」
 とトリクスタ。この場に降り立つ際、バスティオンは随行の人数を最小限に絞っていた。バスティオンとオールデン、リノ、トリクスタ、サプライズ・エッグ、リアノーン、そしてフェストーソ・ドラゴン。実際、宮殿山きゅうでんのおやまの中腹に設けられた軍用道路としても、これだけの人数が立ち並ぶのにはぎりぎりの幅だった。

Illust:獣道


「扉は長く閉ざされ誰も中に入って見ることはできない。故にフェストーソ・ドラゴンに来てもらったのだ」
 とバスティオン。音楽隊の調律師チューナーであるフェストーソ・ドラゴンは、“音”や“気配”だけで生物としての世界樹の健康状態を察知することができる。
「蝕まれているって?」
 とリアノーン。聞いてはみたものの何だか答えを知るのが怖くもある。
「草花に害虫がつく感じ。わかりますか?リアノーン。茎や葉、花びらまで這い回られ精気を吸われてる感じ」
 ドラゴンの言葉は淡々としていたが、それが逆に真に迫った不気味さを増していた。予感していたリアノーンだけでなくリノやトリクスタまでがぞっと身を震わせる。
「早く助けてあげたい!ねぇバスティオンさん、ここはどうすれば開くんですか」とリアノーン。
「この扉は我が国が天と地に分かれた頃に造られ閉じられたものだ。開け方は伝わっていない。ただ……」
 一同は天上騎士団団長に目を向けた。雨に濡れた甲冑の男は静かに言葉を続ける。
「オラクルシンクタンクの予言によれば、この扉を開け、“悪意”に蝕まれる世界樹を救える可能性をもつ人物がこの旧都に一人だけいるという」
「予言が指し示す人物とは?」
 リノはオラクルシンクタンクの名が出たことに感銘を受けていた。さすがは旧ユナイテッドサンクチュアリの頃から、この国と世界の未来を予言し、数々の危機に際し警鐘と助言を発し続ける総合情報コンサルタント企業である。惑星クレイのどこかに潜み世界樹を蝕む“悪意”のこともすでに予見していたのだ。
「貴女はすでにに会っている。天上に住まう我らの呼びかけには決して応じない者。特に私と彼は不倶戴天ふぐたいてんの敵同士という関係にあるが」
「破天の騎士ユースベルク」とリノ。
「そこで、各々方に頼みがある」
 バスティオンはようやく不動を解いて一同に向き直った。
 眼下には雨に煙る旧都セイクリッド・アルビオン。このどこかに彼はいる。そして、誰をどこに向かわせれば会えるのか、天上騎士団団長には心当たりがあった。

「で、あの男の依頼を受けて破天騎士団の根城までのこのこやって来たわけか。お前たちは」とユースベルク。
「そうです」リノは動じない。
 時は現在に戻る。
 ユースベルクが案内したのは(意外にも)住み心地も使い勝手にも優れた設計になっている上水道の一角だった。ここはいわば詰め所、小規模だが前線基地だ。我らが利用できるこうした空間は無数にある。とユースベルクは特に警戒する様子もなく説明して一同に椅子を勧めた。
 リノは一人立ったまま、ユースベルクと近習の兵士たちに向き合った。
「どうして我らが地下にいるとわかったのだ」とユースベルク。
「オールデン殿の助言です。上水道に入ればあなた方の方から現れるだろうとも」とリノ。
「捕らえられ殺されるかもしれないのにか」
「それはありえません。あなた達の望みとは反することだから。民衆を敵ではなく心からの味方としたいはず」
 とはいえリノは焔の巫女の仲間を、リアノーンはフェストーソ・ドラゴンを含めた世界樹の音楽隊の誰にも告げず、同行もさせていなかった。破天騎士団を過度に警戒させないためと万が一の危険を考えてのことである。
「ほう。貴様が我らの何を知っているというのだ」
「破天騎士団とはセイクリッド・アルビオンの上下水道網を動線と補給線として利用する義勇兵の集まり。地の利は地上育ちのあなた達に攻守とも圧倒的な優位となる。天上の都市と天上騎士団に対するゲリラ戦をあえて派手に仕掛け、これを継続することで地上人の不満を煽り援助と潜在的な戦力とし、いずれはこの旧都の構造と民衆すべてを難攻不落の要塞へと転じてゆく事こそ真の狙い。これがあなたの言う『革命』」
「……すごい」
 リアノーンは目を丸くした。発言の元があるとしてもこれだけ淀みなく言えるのは、リノが内容を理解して自分の言葉で喋っているからだ。巫女とはいえさすが尚武の国ドラゴンエンパイア生まれといった所だろうか。
「とバスティオン殿は仰っていました」
「だと思った」
 ユースベルクは面白くもなさそうに甲冑の下で笑った。
「相変わらず優秀すぎるな、あの団長殿は」
 とユースベルクの横に控える破断の騎士シュナイゼル。
「オールデンの調査も鋭い。まったく上から下まで真面目な連中ばかり揃ったものよ、天上騎士団クラウドナイツは」
 ユースベルクはそう批評しながら椅子に深く身を埋めた。背後には翼と武器が一体になった武具が整備され、立てかけてある。
「笑ってる場合?アタシたちの組織から狙いまで、見抜かれまくってるじゃない」
 獣人ワービーストの烈破の騎士フリーデは、ユースベルクの隣で怒りに毛を逆立てていた。
「案ずるな、フリーデ。あえて手の内を明かすのは、“知られても構わぬ、だがそちらの事もわかっているぞ”と牽制しながら、互いにさらにその先の狙いがあると確信しているからだ。つまりは腹の探り合いだ」
「まるで指し手を窺うチェスゲームね」
「お互い様というわけか」
 とフリーデは呆れ、シュナイゼルは混ぜっ返す。同じ革命の同志であることを示す“赤”をまとう二人はユースベルクが特に気を許す相手らしい。

Illust:モレシャン


「貴方たちはよく似ていらっしゃる」
 リノの言葉はなかば独り言だったが、それが自分とバスティオンのことを指していると判ったユースベルクが笑いを呑み込むのには十分な効果があった。
 本人は完全には理解していないかもしれないが、リノは世界のためならばあえて権謀策術の駒として盤上に立つことも厭わない。むしろ駒として表と裏からバスティオンとユースベルク二人の“人となり”を見つめている。傷のある仮面の破天騎士は天輪の巫女の真っ直ぐな視線に率直な驚きを感じた。心動いたのである。
「世界樹の件は道すがら聞いたが、天上にとっては治安を乱す脅威でしかないこの我に何をしろと」
「それは貴方が知っているものと」
「古代より国を支える力の柱・・・となっていた世界樹があの山にあるという事実は我も知っていた。が、他は何も知らん。オラクルシンクタンクの予言など所詮戯言。騎士団の任務ではよく振り回されたものよ」
「……」
「そうだ。俺はケテルサンクチュアリの騎士だったこともある。聞いているかと思ったが」
 ユースベルクはいま自分を“俺”と呼んだ。おそらくこれが天上に挑む革命の旗手として心までよろおった彼ではない、親しい仲間の前で見せる本当のユースベルクの話し方なのだろう。
「いいえ何も。曇りのない目で貴方を見よ、とのことなのでしょう」
 それはかつて暁紅院の導師にも掛けられた言葉だ。先入観があるほど、人はまっすぐにその人やものを見ることができなくなる。導師、バヴサーガラ、バスティオン、セラス、ヴェルストラ。リノを好いて篤く援助する者は、彼女が何ごとにも曇らされることのない澄んだ目で人物や世界の実像を捉え、真実と解決の道を模索する様子に喜びを見出す。老いも若きも男も女も、リノの冒険と成長を見ていると心躍るのである。
「いずれ役には立てぬ。無駄骨だったな、天輪の巫女よ」
 ユースベルクは立ち上がった。
「そろそろ移動せねば。ひと所に留まらず動き続けるのがゲリラ戦の本質ゆえ」
 その目の前に立った者がいた。手を広げたその姿は騎士と比べれば華奢なものだ。だがその顔にみなぎる決意の強さはあるいはこの瞬間、ユースベルクを上回っていたかもしれない。
「どけ、バイオロイド」
「どきませんよ、人間ヒューマン。世界樹を救う手掛かりが得られるまでは」
 ここにもう一人、澄んだ目と開けた心を持つ少女がいる。リアノーンは威圧感にあふれる甲冑にも傷のある面頬にも取り付く島のない冷たい態度にも臆することはなかった。
「我が望むのは天を墜とすこと。社会の在り方を変えることだ」
「このまま内戦になったとしても」とリノ。暴動でも内乱でも衝突でもなくあえて“内戦”と言っている。
「犠牲はやむを得ぬ。この世を変えるためならば」
「うわ。それってこの街で戦争しちゃうってこと?この前もボクらに全力でぶつかって来てゴメンもないよね?暴力反対!!」
 とトリクスタ。プレアドラゴンと合体することで多彩かつ強力無比な戦闘力を持つ彼もこれには黙っていられなかったらしい。トリクスタは戯けることと皆の笑顔を見ることが大好きな希望の精霊なのだ。
 一同は知らないことだが崇高な使命のための犠牲については、天上騎士団副団長フリエントもユースベルクと同じことを言っている。かつてのバヴサーガラもまた。個々の人生をかけがえ無いものと思うか、より多くのを活かすことをとるか。政治家や軍人が選ぶ道は間違いなく後者だ。巫女や演奏家と、彼ら為政者が直面する“世界”はまったく違う。そのことをリノは理解していた。同意はしかねるものだったが。
「我は地上に新たな均衡バランスをもたらす者だ。世界樹の門番ではないし年寄りの樹がどうなろうと知ったことではない」
「それは違う。世界樹が枯れたらあなたの望む世界はやってこない!」
 リアノーンの言葉にユースベルクだけでなく、シュナイゼル、フリーデ2人の騎士までが動きを止めた。
惑星ほしの生命に直結する世界樹は、街や国を繁栄させる礎。でも一人一人・・・・では弱い存在です。常にわたしたちが音楽や舞踏で元気づけてあげなければ……」
 リアノーンは激昂しすぎたと悟って語気を弱めた。
「扉を開けられればそれが可能だと」仮面の騎士は皮肉に首を傾げた。
「私たちはそう考えています。これはケテルサンクチュアリと世界が直面している危機。そして解決できる者としてオラクルシンクタンクの予言が指した人物はあなた、ユースベルク」とリノ。
 沈黙は長かった。
「では。ひとつ取引と行こうか」
 リノ、リアノーン、トリクスタはユースベルクを見つめた。その足元では相変わらずサプライズ・エッグが静かに立てた毛を風に揺らしている。
「あの片真面目な騎士団長に伝えてもらおう」
 なるほど。この風変わりな使節団を寄越した真意はそういうこと・・・・・・か。
 ユースベルクは天輪と指揮者ドラムメジャーに提案を投げながら仲間にさえ気取らせず、心中独りごちた。
 頂の天帝、つくづく食えぬ奴。



 ──ダークステイツ国暗黒地方、“虹の魔竜のねぐら”。
 今日は迷宮ダンジョンに警報が鳴り止まない。
 ズンズズーン!ズーン!!
 轟音とともに直したばかりの大扉が軋んでいた。
「どうかっ!どうか気をお鎮めください~!」
 ジュエリアス・ドラコキッドは為す術もなく通路の床にひれ伏していた。
 ねぐらで暴れているのは迷宮の主ドラジュエルドである。
 “なんとかご機嫌をとれないのか……”
 外で警戒に当たっているジュエルコアの思考も揺らいでいる。恐怖しているのだ。
「ジュエルニールの兄貴でもムリだって!魔石が盗まれたとなっちまったら、もう……」
 “だがどうやって侵入した。前以上に水も漏らさぬ警戒態勢を敷いていたのに”
 なぜ盗むことができたのか。ほんの一片たりとも望まぬ相手の手には渡さないあの魔石を。
「そんなのわかるわけ……!」ドラゴキッドの応答は凄まじい轟音にかき消された。
 ズドーン!!
 迷宮最後の扉が壁が内側から吐き出された虹色の焔とともに消し飛んだ。
「ひぃぃぃっ!」
奸賊かんぞくばら、我が喉元の鱗に触れぬ!」
 破壊され尽くした迷宮最後の扉から怒れる竜が顔を出した。迷宮を支える強固な岩盤さえ恐怖のあまり鳴動した。
「窃取誅すべし!魔石と我が眠りを侵すものに滅びあれ!!!」
 そこに親しい友や縁者が知る、どこか好好爺的な老竜ドラジュエルドの面影はもうどこにも無かった。
「虹の炎で焼き尽くし、我が怒りを世に知らしめてくれる!」
「どどど、どちらへ……」
 ドラゴキッドの声は迷宮のすべての者と同じく竦みあがってはいたが、またそれはすべての者が求める問いでもあった。
「“悪意”の元はすでに悪魔デーモンが指し示しておるわ!くぞ、皆のもの!」
 魔宝竜ドラジュエルドは迷宮の最下層を自ら突き崩し破壊しながら突進し、地上へと通じる縦坑に達すると空へと飛び立った。次々と虹の魔竜たちが追随する。
 渦巻く虹色の竜巻のように。地上へと噴き上がる灼熱のマグマのように。
 復讐に猛る魔竜の進軍。これこそダークステイツの魔王たちが永く恐れてきた悪夢の幕開けだった。
「ケテルサンクチュアリ!目指すは《白き世界樹》!!」
 咆哮が薄い瘴気の空をどよもした。



※注.チェスについては地球の似た遊技の名を使用した※

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《今回の一口用語メモ》

旧都セイクリッド・アルビオンの生活基盤インフラストラクチャー
 都市のインフラの中で古代からもっとも重要とされるのが「水道」である。人間を含めて水資源無しに生物が生存し続けることはできないからだ。
 ドラゴニア大陸西部最大の都市セイクリッド・アルビオンは旧ユナイテッドサンクチュアリであった頃から、騎士王の玉座を頂く首都、神聖魔術と科学が融合した文化・政治・軍事の中心として水道設備も完備されてきた。
 無神紀(祈り無き時代)、惑星クレイ世界全体がほぼ例外なく衰退していった時代、ケテルサンクチュアリ国が天と地に別れた後も、セイクリッド・アルビオンの上下水道網──配管や清掃管理をより維持しやすい形として上水道は開放型への改築が選ばれたものの──は安定して保たれてきた。旧都セイクリッド・アルビオンの上下水道網は都市の端々まで枝葉が分かれ、図示することが困難なほどの複雑かつ機能的な設備となっている。
 生活基盤インフラストラクチャーとは、よほど意識しない限り住民にとっては「当たり前に存在する」ものであり、縁の下の力持ちとして「当たり前に行われている」ことが為政者としては理想とも言える。
 なお旧都を含む地上の人々は忘れがちだが、上下水道、電気などエネルギー、通信に至るまで地上のインフラ維持は、天上の首都ケテルギアが現在に至るまで費用・人材ともに膨大な負担を負っている。それはケテルサンクチュアリが国としてもっとも苦しかった時期も例外ではなく、天地に別たれ、互いに「当たり前」になってしまった今も、二つの都が両立する理念はもともと相互に支え合う助け合いの精神から出発した証拠でもある。

旧都セイクリッド・アルビオンの概要については
 →ユニットストーリー066「ユースベルク“反抗黎騎・疾風”」の《今回の一口用語メモ》も参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡