ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
071 世界樹篇「魔石竜 ロックアグール」
ダークステイツ
種族 アビスドラゴン
ケテルサンクチュアリの旧都セイクリッド・アルビオン中心部。
中央に聳そびえる“宮殿山”の山体、その上部が魔宝竜ドラジュエルドのただの一撃、虹色の炎の奔流を浴びて消滅した。
空は燃え上がり、吹き飛んだ莫大な土砂と岩石が山腹に降り注ぐ。
その最も大きな岩の塊が落ちる先に、爆風によって地に叩き伏せられたバスティオンがいた。
迫りくる速度、面積と体積からして既に避けようもない。下敷きとなればどのような医術でも手の施しようがないであろう。死は確実だった。
バスティオンは天に向け誇り高く最後まで挑むように剣を掲げ、静かに迫りくる死を見つめている。
数多の激戦に臨み、幾度も死線をくぐりぬけてきた彼は自分の命を絶つのが剣でも槍でも矢でも竜の炎でもなく、ただの岩石であることに何を思うのか。
「……」
その時──
緑色の閃光が巨大な岩塊を粉砕した。
Illust:lack
ディアブロス“絶勝”ブルース。
あまりにも強力すぎてギャロウズボールでは出番のないブルースの“本気”。猛速で飛来する巨岩をタックルひとつで粉砕する、その決戦用防具を瞬間装着するのに要する時間はわずか0.06秒でしかない。
続いて、降り注ぐ土砂の雨をただ一体の竜が咆哮と共にその圧力ごと“無効化”した。
完全防御を誇るブルースの相棒、リペルドマリス・ドラゴンである。
「よう」
騎士を見下ろす悪魔のマスクが笑っていた。
「見たくもない顔だ」
と頂の天帝。命の恩人に対する憎まれ口にはどこか安堵の気配がある。
「この面は生まれつきだ。慣れろ」
「いつぞやの決着をつけに来たか、悪魔。見ての通り目下、私に余力は無い。煮るなり焼くなり好きにするがいい」
バスティオンは聖剣を引き下ろした。死力を尽くした決闘の直後で疲労困憊である。今すぐ全力で戦える身体では無かった。
「ケンカは対等でなければ意味がない」
“暴虐”ブルースはかつて騎士に斬られた左手を差し伸べた。すでに変身は解いている。
「我がケテルサンクチュアリの都でよもや貴様の手を借りることになるとは」
騎士が渋々挙げた右手を取ると、悪魔は軽々と騎士を引き立たせ、そのまま離さずに支えた。
降り注ぎもうもうと立ちこめる土埃の中、手を組んだ両雄は見つめ合った。
頂の天帝は腕を振りほどいた。アルビオン競技場での決闘以来の再会。命懸けの大喧嘩をした間柄である。
「何用だ」
バスティオンの口調は硬かった。同じく宿敵とは言え、同郷の破天騎士と語らうのとは明らかに違う。
「野暮用だ」
ブルースは上空を仰ぎながら続けた。旧都の空にダークステイツの何頭もの竜が舞っている。
「依頼人が暴走中でな」
「あれはドラジュエルドと魔竜の一党だな。そちらの貴様の連れも」
ほう、と悪魔は視線をバスティオンに戻した。
「常に各国の動静に通じていなければ一軍の将とは言えぬ」
「“悪意”を追っていたが、敵が一枚上手だった。俺が動いている間、これを……」
ブルースは懐から虹の魔石を取り出して見せた。バスティオンは動じない。
「魔竜の塒から盗み出したヤツがいる。どうやらそいつがあの山に逃げ込んだらしい。怒りに目がくらんだ老いぼれ竜は手がつけられん」
「説得は」
「不可能だろう。だからダークステイツの魔王連中もあえて虹の魔石には手を出さなかった」(※注.ダークステイツはいがみ合いながらも各々の州を統治する魔王とそれらを統べて国を動かす大魔王、正式名称「魔皇帝」による実質、連邦制の国家である)
ブルースは魔石をしまいながら、また違う方の空を見あげた。天上の都市から急接近する者がある。
「男と女が2人ずつ。おまえの配下か」
「ディコルダ、ヘルモナ、オールデン、あと一人は……ムーゲンか。まだ決着もついていないのに出動するとは懲罰ものだな」
無双の天刃ディコルダと秀麗の天閃ヘルモナはバスティオン直属の近習として軍団最強の呼び名も高い双璧、豪儀の天剣オールデンは旧都守備隊長、そして鎧穿の騎士ムーゲンは兵装部門β計画の技術顧問。いずれもバスティオンに忠実かつ主君へ熱心すぎるほどの敬愛を捧げる天上騎士たちである。
Illust:米子
Illust:三好載克
誉めてやれ、この堅物がと聞こえるように呟いてから悪魔は騎士を顧みた。
「いい部下だ」
「ああ。上官と違って融通が利く」
二人はそれぞれに動き出した。
ブルースは相棒リペルドマリス・ドラゴンの背に。バスティオンは兜を軽く押して通信回戦を開く。
「大事ない。出迎えに合流し指揮に復帰する。フリエント、天地いずれにも非常事態令を出せ」
部下の命令違反を巧みに帳消しにした法の守護者に頷いて、悪魔は竜の背に足を掛けた。
「また会おう」
「どこに行く」
「依頼はまだ完遂していない。急ぎ向かうべき場所がある。後は任せたぞ」
「言われるまでもない」
竜が羽ばたく。ふと振り向いたブルースは仮面の騎士に言い残した。
「その腹も完治させておけ。悪魔にやられた後遺症なら神聖魔術と聖水の湯浴みが効くだろう」
「早く行け!この私自ら貴様を旧都不法侵入罪で逮捕する前にな」
低い笑い。
かくしてバスティオンを慕う天上騎士団の精鋭が到着する寸前、悪魔は南の空へと飛び去っていた。
──旧都、地下水道。破天騎士団、仮本部。
「違う!そこでもっとユースベルクを映せ、愚か者が!」
黒ずくめのエルフの乙女が呟いた。
その部屋のモニターには、先ほどまで旧都上空で行われていた破天騎士ユースベルクと頂の天帝バスティオンとの戦いが何度も再生され、映し出されている。
「……そうだ、それで良い。上手かったぞ、ユースベルク。お前と反抗励起こそ天と地の異種混成。いつか時空をも超えるであろう我が秘術の結晶。見事、天上に一泡食らわせてやったではないか。じつに爽快だ」
その女エルフの背後では、身体のどこかに赤を纏った破天騎士団の同志たちがユースベルクの優勢に沸いていた。
「なんだよ、この状況で戦闘の再生か、博士は」
と破断の騎士シュナイゼル。そういう本人もユースベルクの側近とあって周りほど浮かれてはいない。
「反抗励起がああもうまく決まったのです。博士はいま夢中なんです。放っといてあげましょう」
閃裂の騎士カルブレに博士と呼ばれたのは、いまモニターで戦術解析に熱中しているアリアドネだ。
破天騎士団の武装を一手に担う天才技術者。彼女こそユースベルクが天上側とバスティオンに隠し続けた奥の手、破天騎士団のブレーンである。
「だけど、のんびり再生なんてしてる場合かね。地上ではダークステイツの魔竜が大暴れだぜ」
「すでに市民のほとんどは地下水道に誘導完了しています。僕たちのアジトが役に立ちましたよね」
「街のみんなは俺たちの最大の味方だもんな。だが、これから一体どうなっちまうんだ。それに……」
シュナイゼルは声を潜めた。
「あの博士さんとあんた、シャドウパラディンだろ。本当にいいのか、こんな時に叛乱側に協力していて」
「シャドウパラディンと言っても博士はいろいろあって騎士団を抜けられた身ですし、そもそもケテルサンクチュアリ騎士団は昔から一枚岩にはほど遠いですから」
堅実に任務をこなし部下の面倒見も良いカルブレは、破天志願婦人兵たちをうっとりさせる美青年だが、今浮かべた笑みは少し怖くも見える。そこは闇の騎士、本性隠せずといった所か。
「不満があるのは旧都の市民だけじゃない。長い間、地を這ってきた僕ら闇の騎士さえも平等に扱ってもらえる国にする為なら、なんでもしますよ。命がけで」
そう言うとカルブレはまた微笑んだ。
「なるほどな。それにしても、この一騎打ちに勝ったら博士も丸くなってくれるかな、なんて考えてたんだが無理そうだよな。あれで話し方まで可愛かったら俺、ぜったい口説いちゃうんだけど、ハハッ」
「はぁ、たぶん。でも博士は美形でいらっしゃいますから。僕もシュナイゼルの気持ち、わかりま……」
「シュナイゼル!カルブレ!」
アリアドネ博士から鋭く声をかけられて、二人ははっと居住まいを正した。
見かけはまったくの少女といっても良いアリアドネだがエルフの実年齢は常に測りがたく、堅物技術者の男性的な口調と若々しい美声とのギャップにいつも周りは振り回される。
「いまこそ我が研究の成果を証明する時。魔竜の襲撃によって決闘が中断したは不幸中の幸い。この隙にユースベルクを一時帰投させ、暫時休息の後、余勢を駆って一気に勝利を得るのだ!反抗励起の整備は私自らがする」
「はっ!……しかし、そのぉ」と恐縮するシュナイゼル。
「何かっ!?」若々しくも猛々しい少女技術者は吠えた。
「我がリーダーはまだ戦いを続けております」カルブレは困ったように笑みを浮かべていた。
彼女が戦闘の再現に心奪われている間、事態はすでに進んでいたのである。
ユースベルクは、旧都上空に布陣する虹の魔竜の軍団、その前衛を蹴散らし、中堅とおぼしき竜とせめぎ合っていた。
先の爆発の中、決闘相手であるバスティオンの姿は見失っている。激しい疲労を伴うため、空中戦とはそもそも長時間行われるものではないし、ユースベルクが再び存分に戦いたいのであれば束の間でも休むべきだ。自分でもわかってはいた。
だが、爆発の後に飛来した竜の一群に、旧都とその中心に聳える聖域をこれ以上脅かされることをユースベルクは由としなかった。どんなに過激な文言を唱えてはいても、破天の騎士ユースベルクの愛はケテルサンクチュアリ国とそこに住む人々にあったのだから。
Illust:lack
ユースベルクの行く手に精強なる竜、魔石竜ロックアグールが立ちはだかり、彼の槍を受け止めて阻む。
しかし、彼が倒すべきはさらにその先にいた。老いたる魔竜のその威容には聞き覚えがある。
目指すは異国の竜の頭目、魔宝竜ドラジュエルド!!
ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐(レヴォルフォーム・テンペスト)”は翠色の嵐となって、突撃した。
その時──
「矛を収めよ!破天の騎士!汝らの敵は彼ではない」
声がかかった。
「何奴!」
黒と青の装い。羽根持つ冠。なびく黒髪。吸い込まれそうな紺碧の瞳。全身を包む圧倒的な魔力。
その女は言った。
「お初にお目にかかる。私は封焔の巫女バヴサーガラ」
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《今回の一口用語メモ》
反抗励起
武器と飛行具が一体となっている破天の騎士ユースベルクの装備。またはその武装を装着すること自体を指す言葉。
開発者はシャドウパラディンのアリアドネ。
アリアドネは、ケテルサンクチュアリの伝説の武器、失われた古代技術の研究者であり、その強すぎる情熱故の逸脱行為を重ねた末、ケテルサンクチュアリ騎士団を追放された過去を持つ。古代における“真の”ブラスター兵装に追いつき、それを超えようとする執念にも似た研鑽を重ね、ユースベルクが使う武具「反抗励起」を開発した。
その結果、破天の騎士ユースベルクの勇戦をもって、頂の天帝バスティオンをも一時圧倒するに至っている。
(真の)ブラスター兵装と、量産型ブラスター兵装については
→ユニットストーリー070「ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐(レヴォルフォーム・テンペスト)”」を参照のこと。
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中央に聳そびえる“宮殿山”の山体、その上部が魔宝竜ドラジュエルドのただの一撃、虹色の炎の奔流を浴びて消滅した。
空は燃え上がり、吹き飛んだ莫大な土砂と岩石が山腹に降り注ぐ。
その最も大きな岩の塊が落ちる先に、爆風によって地に叩き伏せられたバスティオンがいた。
迫りくる速度、面積と体積からして既に避けようもない。下敷きとなればどのような医術でも手の施しようがないであろう。死は確実だった。
バスティオンは天に向け誇り高く最後まで挑むように剣を掲げ、静かに迫りくる死を見つめている。
数多の激戦に臨み、幾度も死線をくぐりぬけてきた彼は自分の命を絶つのが剣でも槍でも矢でも竜の炎でもなく、ただの岩石であることに何を思うのか。
「……」
その時──
緑色の閃光が巨大な岩塊を粉砕した。
Illust:lack
ディアブロス“絶勝”ブルース。
あまりにも強力すぎてギャロウズボールでは出番のないブルースの“本気”。猛速で飛来する巨岩をタックルひとつで粉砕する、その決戦用防具を瞬間装着するのに要する時間はわずか0.06秒でしかない。
続いて、降り注ぐ土砂の雨をただ一体の竜が咆哮と共にその圧力ごと“無効化”した。
完全防御を誇るブルースの相棒、リペルドマリス・ドラゴンである。
「よう」
騎士を見下ろす悪魔のマスクが笑っていた。
「見たくもない顔だ」
と頂の天帝。命の恩人に対する憎まれ口にはどこか安堵の気配がある。
「この面は生まれつきだ。慣れろ」
「いつぞやの決着をつけに来たか、悪魔。見ての通り目下、私に余力は無い。煮るなり焼くなり好きにするがいい」
バスティオンは聖剣を引き下ろした。死力を尽くした決闘の直後で疲労困憊である。今すぐ全力で戦える身体では無かった。
「ケンカは対等でなければ意味がない」
“暴虐”ブルースはかつて騎士に斬られた左手を差し伸べた。すでに変身は解いている。
「我がケテルサンクチュアリの都でよもや貴様の手を借りることになるとは」
騎士が渋々挙げた右手を取ると、悪魔は軽々と騎士を引き立たせ、そのまま離さずに支えた。
降り注ぎもうもうと立ちこめる土埃の中、手を組んだ両雄は見つめ合った。
頂の天帝は腕を振りほどいた。アルビオン競技場での決闘以来の再会。命懸けの大喧嘩をした間柄である。
「何用だ」
バスティオンの口調は硬かった。同じく宿敵とは言え、同郷の破天騎士と語らうのとは明らかに違う。
「野暮用だ」
ブルースは上空を仰ぎながら続けた。旧都の空にダークステイツの何頭もの竜が舞っている。
「依頼人が暴走中でな」
「あれはドラジュエルドと魔竜の一党だな。そちらの貴様の連れも」
ほう、と悪魔は視線をバスティオンに戻した。
「常に各国の動静に通じていなければ一軍の将とは言えぬ」
「“悪意”を追っていたが、敵が一枚上手だった。俺が動いている間、これを……」
ブルースは懐から虹の魔石を取り出して見せた。バスティオンは動じない。
「魔竜の塒から盗み出したヤツがいる。どうやらそいつがあの山に逃げ込んだらしい。怒りに目がくらんだ老いぼれ竜は手がつけられん」
「説得は」
「不可能だろう。だからダークステイツの魔王連中もあえて虹の魔石には手を出さなかった」(※注.ダークステイツはいがみ合いながらも各々の州を統治する魔王とそれらを統べて国を動かす大魔王、正式名称「魔皇帝」による実質、連邦制の国家である)
ブルースは魔石をしまいながら、また違う方の空を見あげた。天上の都市から急接近する者がある。
「男と女が2人ずつ。おまえの配下か」
「ディコルダ、ヘルモナ、オールデン、あと一人は……ムーゲンか。まだ決着もついていないのに出動するとは懲罰ものだな」
無双の天刃ディコルダと秀麗の天閃ヘルモナはバスティオン直属の近習として軍団最強の呼び名も高い双璧、豪儀の天剣オールデンは旧都守備隊長、そして鎧穿の騎士ムーゲンは兵装部門β計画の技術顧問。いずれもバスティオンに忠実かつ主君へ熱心すぎるほどの敬愛を捧げる天上騎士たちである。
Illust:米子
Illust:三好載克
誉めてやれ、この堅物がと聞こえるように呟いてから悪魔は騎士を顧みた。
「いい部下だ」
「ああ。上官と違って融通が利く」
二人はそれぞれに動き出した。
ブルースは相棒リペルドマリス・ドラゴンの背に。バスティオンは兜を軽く押して通信回戦を開く。
「大事ない。出迎えに合流し指揮に復帰する。フリエント、天地いずれにも非常事態令を出せ」
部下の命令違反を巧みに帳消しにした法の守護者に頷いて、悪魔は竜の背に足を掛けた。
「また会おう」
「どこに行く」
「依頼はまだ完遂していない。急ぎ向かうべき場所がある。後は任せたぞ」
「言われるまでもない」
竜が羽ばたく。ふと振り向いたブルースは仮面の騎士に言い残した。
「その腹も完治させておけ。悪魔にやられた後遺症なら神聖魔術と聖水の湯浴みが効くだろう」
「早く行け!この私自ら貴様を旧都不法侵入罪で逮捕する前にな」
低い笑い。
かくしてバスティオンを慕う天上騎士団の精鋭が到着する寸前、悪魔は南の空へと飛び去っていた。
──旧都、地下水道。破天騎士団、仮本部。
「違う!そこでもっとユースベルクを映せ、愚か者が!」
黒ずくめのエルフの乙女が呟いた。
その部屋のモニターには、先ほどまで旧都上空で行われていた破天騎士ユースベルクと頂の天帝バスティオンとの戦いが何度も再生され、映し出されている。
「……そうだ、それで良い。上手かったぞ、ユースベルク。お前と反抗励起こそ天と地の異種混成。いつか時空をも超えるであろう我が秘術の結晶。見事、天上に一泡食らわせてやったではないか。じつに爽快だ」
その女エルフの背後では、身体のどこかに赤を纏った破天騎士団の同志たちがユースベルクの優勢に沸いていた。
「なんだよ、この状況で戦闘の再生か、博士は」
と破断の騎士シュナイゼル。そういう本人もユースベルクの側近とあって周りほど浮かれてはいない。
「反抗励起がああもうまく決まったのです。博士はいま夢中なんです。放っといてあげましょう」
閃裂の騎士カルブレに博士と呼ばれたのは、いまモニターで戦術解析に熱中しているアリアドネだ。
破天騎士団の武装を一手に担う天才技術者。彼女こそユースベルクが天上側とバスティオンに隠し続けた奥の手、破天騎士団のブレーンである。
「だけど、のんびり再生なんてしてる場合かね。地上ではダークステイツの魔竜が大暴れだぜ」
「すでに市民のほとんどは地下水道に誘導完了しています。僕たちのアジトが役に立ちましたよね」
「街のみんなは俺たちの最大の味方だもんな。だが、これから一体どうなっちまうんだ。それに……」
シュナイゼルは声を潜めた。
「あの博士さんとあんた、シャドウパラディンだろ。本当にいいのか、こんな時に叛乱側に協力していて」
「シャドウパラディンと言っても博士はいろいろあって騎士団を抜けられた身ですし、そもそもケテルサンクチュアリ騎士団は昔から一枚岩にはほど遠いですから」
堅実に任務をこなし部下の面倒見も良いカルブレは、破天志願婦人兵たちをうっとりさせる美青年だが、今浮かべた笑みは少し怖くも見える。そこは闇の騎士、本性隠せずといった所か。
「不満があるのは旧都の市民だけじゃない。長い間、地を這ってきた僕ら闇の騎士さえも平等に扱ってもらえる国にする為なら、なんでもしますよ。命がけで」
そう言うとカルブレはまた微笑んだ。
「なるほどな。それにしても、この一騎打ちに勝ったら博士も丸くなってくれるかな、なんて考えてたんだが無理そうだよな。あれで話し方まで可愛かったら俺、ぜったい口説いちゃうんだけど、ハハッ」
「はぁ、たぶん。でも博士は美形でいらっしゃいますから。僕もシュナイゼルの気持ち、わかりま……」
「シュナイゼル!カルブレ!」
アリアドネ博士から鋭く声をかけられて、二人ははっと居住まいを正した。
見かけはまったくの少女といっても良いアリアドネだがエルフの実年齢は常に測りがたく、堅物技術者の男性的な口調と若々しい美声とのギャップにいつも周りは振り回される。
「いまこそ我が研究の成果を証明する時。魔竜の襲撃によって決闘が中断したは不幸中の幸い。この隙にユースベルクを一時帰投させ、暫時休息の後、余勢を駆って一気に勝利を得るのだ!反抗励起の整備は私自らがする」
「はっ!……しかし、そのぉ」と恐縮するシュナイゼル。
「何かっ!?」若々しくも猛々しい少女技術者は吠えた。
「我がリーダーはまだ戦いを続けております」カルブレは困ったように笑みを浮かべていた。
彼女が戦闘の再現に心奪われている間、事態はすでに進んでいたのである。
ユースベルクは、旧都上空に布陣する虹の魔竜の軍団、その前衛を蹴散らし、中堅とおぼしき竜とせめぎ合っていた。
先の爆発の中、決闘相手であるバスティオンの姿は見失っている。激しい疲労を伴うため、空中戦とはそもそも長時間行われるものではないし、ユースベルクが再び存分に戦いたいのであれば束の間でも休むべきだ。自分でもわかってはいた。
だが、爆発の後に飛来した竜の一群に、旧都とその中心に聳える聖域をこれ以上脅かされることをユースベルクは由としなかった。どんなに過激な文言を唱えてはいても、破天の騎士ユースベルクの愛はケテルサンクチュアリ国とそこに住む人々にあったのだから。
Illust:lack
ユースベルクの行く手に精強なる竜、魔石竜ロックアグールが立ちはだかり、彼の槍を受け止めて阻む。
しかし、彼が倒すべきはさらにその先にいた。老いたる魔竜のその威容には聞き覚えがある。
目指すは異国の竜の頭目、魔宝竜ドラジュエルド!!
ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐(レヴォルフォーム・テンペスト)”は翠色の嵐となって、突撃した。
その時──
「矛を収めよ!破天の騎士!汝らの敵は彼ではない」
声がかかった。
「何奴!」
黒と青の装い。羽根持つ冠。なびく黒髪。吸い込まれそうな紺碧の瞳。全身を包む圧倒的な魔力。
その女は言った。
「お初にお目にかかる。私は封焔の巫女バヴサーガラ」
《次回に続く》
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《今回の一口用語メモ》
反抗励起
武器と飛行具が一体となっている破天の騎士ユースベルクの装備。またはその武装を装着すること自体を指す言葉。
開発者はシャドウパラディンのアリアドネ。
アリアドネは、ケテルサンクチュアリの伝説の武器、失われた古代技術の研究者であり、その強すぎる情熱故の逸脱行為を重ねた末、ケテルサンクチュアリ騎士団を追放された過去を持つ。古代における“真の”ブラスター兵装に追いつき、それを超えようとする執念にも似た研鑽を重ね、ユースベルクが使う武具「反抗励起」を開発した。
その結果、破天の騎士ユースベルクの勇戦をもって、頂の天帝バスティオンをも一時圧倒するに至っている。
(真の)ブラスター兵装と、量産型ブラスター兵装については
→ユニットストーリー070「ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐(レヴォルフォーム・テンペスト)”」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡