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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
072 世界樹篇「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(後編)」
ドラゴンエンパイア
種族 フレイムドラゴン

Illust:ウスダヒロ


 ケテルサンクチュアリ、天上の浮島ケテルギア、中央島セントラル
 国会議事堂にこの国の政治に関わる6つのクラン、その代表者が結集していた。
 集うはロイヤルパラディン、シャドウパラディン、ゴールドパラディン、オラクルシンクタンク、ジェネシス、エンジェルフェザーの代表者。
 首都ケテルギアの最高意志決定機関《円卓会議》である。
 すでに議論は出尽くしていた。
 破天騎士団が率いる地上の旧都セイクリッド・アルビオンの叛乱、ダークステイツの魔宝竜ドラジュエルドによる聖所“宮殿山きゅうでんのおやま”への攻撃、そして同じく聖所に安置されていたケテルサンクチュアリの《白き世界樹》への悪意の浸食。
 行動は起こさねばならぬ。
 だがこれほど一度に、解決が難しい国難が襲い来るとは。
「最後に、今回の事態においても陣頭で総指揮を執ってくれている彼に発言を求めたいと思うが、異論は?」
 沈黙。今期の議長を任されているエンジェルフェザーの長老はに向き直った。
「ではバスティオン殿」
 頂の天帝は優雅に立ち上がった。一分の隙もない騎士の第一礼装である。
「発言の機会を与えてくれたことに感謝いたします」
 一礼。
「我が偉大なる冠頂く我が神聖国ケテルサンクチュアリと市民ならびに円卓会議よ、聞いて欲しい」
 ざわめき。厳格な法の守護者と称えられるバスティオンが間違えるはずもない呼びかけをしたのである。
「そうだ。今までの約三千年間はこうであった、“偉大なる冠頂く我が神聖国ケテルサンクチュアリとケテルギア市民ならびに円卓会議よ”と。私はある英雄親子・・・・の意志を汲んで、先の呼びかけをするに至った」
 バスティオンは聴衆に向かって頷いた。
「いま時代は大きく変わろうとしている。時これに際して、私より心からの願いがある。どうか昨日の敵を友として受け入れて欲しい。いつまでも天と地に別れ、いがみ合っていては我が国は座して滅びを待つのみである」
「バスティオン殿。友とは誰か」と議長。
「破天の騎士ユースベルクと破天騎士団。それに協力する地上すべてのケテルサンクチュアリの民」
 場は水を打ったように静まりかえった。
「それらは叛乱分子であろう。地上に生まれ地上に縛られた」
「そうだ。だが方々はご存じか。地上のため抵抗運動に身を投じた騎士ユースベルクとは天上生まれの少年ユース。父の名はロング。裏切り者の汚名を着せられた先々代の反乱鎮圧隊隊長。ロイヤルパラディン第5騎士団の騎士だった男。そのユースベルクを鎮める豪儀の天剣オールデンは地上生まれだ。誰も縛られてなどいない」
 議場がどよめいた。
「そして破天の協力者には我が騎士団の者も含まれている」
 驚愕の叫びと怒号が頂の天帝を押し包んだ。
「静粛に!我々はバスティオン殿の発言を最後まで聞くべきだと思うが、如何いかがか方々」
「ありがとう議長」
 バスティオンは円卓に聖剣を置いた。これは辞職のサインである。
「天と地を結ぶ糸はもつれにもつれ、事はすでに内乱であり内戦でもある。私を含む誰の手をもってしても完全には収められまい。だが……」
 頂の天帝は議場を見渡した。
「全てはひとつの結論を指していると私は考える。思えば天上と地上、永らくわかたれてきた二つの都はその発足において“姉妹きょうだい”であった。祈り無き時代に手を取り合って生き延びてきた同志だった。我々は憎み合うのではなく、今こそ互いに慈しみ合うべきなのだ。はるか古代、国がまったき一つであった頃のように。存在するのならば、これが唯一の“解決法”だと私は確信する」
「バスティオン殿。いま卓に剣を置いたのはなぜか」と議長。
「騎士団の長として、いま負うべき責が4つ。ひとつは叛乱を未然に防げなかったこと。二つに軍団から離脱者を出したこと。三つ目として聖所を一部とはいえ破壊させるのを許してしまったこと。さらに、これらの解決を他者の手に委ねざるを得ないこと」
 バスティオンは副官フリエントと配下を顧みて、静かに頷いた。
 いい部下だと彼奴きゃつは言った。確かに、私は愛されるに値しない男だ。自分には勿体なさ過ぎる。
「以上のことから、私は首都防衛司令官の職を辞するべきであると考える。最後にひとつ、許されるならば付け加えたく思うが」
 沈黙はふたたびの返答のようであった。
 この危機を脱するまでの手順は納得が行くまで検討し、天上騎士団に伝えてある。彼らなら出来るだろう。
 バスティオンは投げ出すわけではない。だが法は守られねばならず、誰かが責任を負わねばならない。それが正しい組織の在り方だ。そして騎士とは民のために身を挺する者なのだ。ユースの父ロングのように。
 議場につめかけた者はバスティオンを見つめていた。様々な主張、様々な立場、様々な表情。ただひとつ共通しているのは頂の天帝に対する信頼と、声にならないひとつの思いだ。私たちには今こそ貴方が必要なのに。
「どうか眼下に目を向けて欲しい。天輪竜が降臨し、魔竜が“悪意”を焼き、破天が聖所の扉を開き、音楽隊が樹を癒やす。禍福はあざなえる縄のごとし。希望は我らの足元にあり。我が愛する天上の民よ、一身を退く私の訴えに耳を貸し、どうか門戸を閉ざさずに外の世界を受け入れて欲しい。さすれば自ずと活路は見出せよう。……では方々、ご静聴に感謝する。偉大なる冠頂く我が神聖国ケテルサンクチュアリに永遠の栄光あれ」
 天上騎士団団長であった男、バスティオンはもう剣を手にすることもなく、議場を立ち去った。


Illust:ひと和


 ドォーン!
 天輪鳳竜ニルヴァーナ・ジーヴァ!!
 老いたる魔宝竜ドラジュエルドは、目の前に立ちはだかった巨大な焔の竜フレイムドラゴンに、文字通り仰天していた。
 もう押さえておく必要はないと見てガロウヴェルリーナ=トリクスタが離れる。
「おぉ、何と……」
 ドラジュエルドは震えた。
「ありがたや!神格ニルヴァーナの化身をよもやこの目で拝めるとは、齢も取るもんじゃのう……おぅ眩しや、希望の輝き。ありがたや、ありがたや」
 手を組み合わせて歓喜する老竜。つい先ほどまで怒りに我を忘れていた様子が嘘のようである。トリクスタは思わずつんのめったが、他の者はその大感激の様子に誰も笑っていない。それはそうだろう。ニルヴァーナとは惑星クレイの新時代、天輪聖紀に冠たる神格の化身なのだから。すべての生き物を活性化させ加護を与える畏敬すべき存在なのである。
「よかった。ニルヴァーナ様の一喝で正気づいたようね」
 とレイユ。長い渾身の祈りのあとで憔悴していたが、プレアドラゴンの背でその表情は満足げだった。
「ご苦労様。もう大丈夫。ゆっくり休んで」とリノは心から労った。
 天輪鳳竜ニルヴァーナ・ジーヴァは天輪聖竜ニルヴァーナが再誕した化身だが、その顕現に要する祈りの力は大きい。レイユは普段、灌漑技術や医療の大家として活動しているが、いざ事ある時には善なる人々の祈りを集め、リノを中心とした焔の巫女によるニルヴァーナ招来の助けとなる存在なのだ。


Illust:菊屋シロウ


「そうか……いや、なんとも申し訳ない。ワシはなんと言うことをしてしまったのか」
 とドラジュエルドはがっくり頭を落とした。
 声は聞こえないがニルヴァーナはどうやら思考で直接、老いたる魔宝竜に説教しているらしい。ドラジュエルドの恐縮した様子からすると相当にきつい叱責であり、これがトリクスタの言う“おしおき”なのだろう。
「無論、この償いは必ずさせてもらう。……ん?それでもワシの炎によって“悪意”の大半が焼け死んだ?」
「その通り。それは今後、ケテルサンクチュアリとの交渉の際に有利となるだろう」
 バヴサーガラが一同の前に急上昇して現れた。その姿はいつものように封焔竜アーヒンサの背にある。
『おぉ、バヴサーガラか。……なんとも面目ない次第だが、汝にだけはわかって欲しい。怒りに我を忘れたとは言え、ワシは悪しき者の手に魔石が渡ることで惑星ほしの運命力を危うくする事だけは看過できなかったのじゃ』
『それはわかっている、ドラジュエルド。いつか世界は汝が何を恐れ、何に憤っていたのかを知る事だろう』
 二人は古代竜語で話していたので、他の者にはここまでの二人の会話の内容はわからない。
「さて皆のもの。後学のためだ。これ・・を見ておくと良い」
 バヴサーガラは一同の前に、背後に持っていたそれ・・を掲げた。
 キィィ!!
 ひと抱えもある異形の者が歯をむき出した。辛うじて目鼻は判別できるがそれはまるで仮面のようだった。
 一般に知られるいかなる動物とも違う、見た目から嫌悪を誘うボロ布の塊のようなモノ。もし世界樹の音楽隊ワールドツリー・マーチングバンド鉄琴ベルリラ、ピュリテがそれを見たら魔狼マロウモリで目撃したマントを着けた人影を思い出したかもしれない。その大きさは恐ろしく縮んでしまっているけれども。
「うえぇっ、なにそれ・・
 とガロウヴェルリーナ=トリクスタ。焔の巫女たちも眉をひそめる。
「僕がずっと追っていた“悪意”のなれの果てだよ」
 バヴサーガラの肩からトリクムーンが顔を出した。いつも片真面目な顔の絶望の精霊、バヴサーガラのである。
「僕にしてはだいぶ手間取った。キミのように“変身オーバードレス”できないからな。加速も武装もできないとこうした・・・・相手には不利なのだ」
 バヴサーガラは彼女の友の背に手をおいた。それが力不足を痛感した友に対する慰めと労いの仕草だとは理解できず、トリクムーンは背中がどうかしたのか?と後ろを振り返る。
「やぁ、トリクムーン。元気?」と変身を解いてトリクスタが手を振った。
「変わりはない、何も」
 とトリクムーン。愛想が無いのではなく、ただ訊かれた事に正確に返事をしただけだ。
「それにしても、“悪意”のなれの果てとは一体?」とリノは一同になりかわって尋ねた。
 バヴサーガラは頷いた。
「世界樹など惑星の生命エネルギーに取り憑いて枯らす害虫のようなもの。最初は完全な人型だが、次第に自らも悪意に冒され、頭だけの形をしたこうした塊になる。こやつの心に入り研究してみたが、この段階まで進むとただ生きているのが苦しくてたまらない、無間の地獄をただもがくだけの存在であった。哀れなものだ」
 バヴサーガラがそれを持つ手を振ると、“悪意”のなれの果ては灰になって消えた。
「結局わからなかったこともある。この“悪意”は《世界の選択》の後に現れたものだが、それがなぜ、そしてどのようにして、突然発生し始めたのかはこれ・・の心からも記憶からも遡れなかった。“絶望の巫女”であったこの私でさえ……」
 ここでリノの目顔の問いにバヴサーガラは答えた。
「我が封焔の炎で浄めた。だが、これはほんの一部、尖兵でしかない。残念ながら盗まれた魔石とともに力ある悪意もとり逃してしまった。嫌な予感がする。今回の騒動に隠れ、“悪意”の側が悪しき力、それは負の運命力とも呼べるものかもしれぬが、その勢力を着々と蓄えているような……いやしかし、今は我らが崇め奉る神格の御前にかしずくべき時」
 封焔の巫女はあらためてニルヴァーナに向き直ると、拝謁の礼を取った。
「我らが偉大なる太陽。帰依きえたてまつる」
 天輪鳳竜ニルヴァーナ・ジーヴァはひとつ頷いたようだった。
 その姿が空中から消えると、リノの膝の上にすやすや眠るサプライズ・エッグとなって現れた。
「……それにしても、ワシはこれからどうすれば良いかのう」
 とドラジュエルド。周囲に敵意を無くした虹の魔竜が集まりつつある。
 領空侵犯、他国との交戦(一応ユースベルクも叛徒とはいえケテルサンクチュアリ国民だ)、そして聖所損壊。ひとつ間違えば、いや間違わなくてもすでに重大な国際問題である。そもそもこの混沌とした状況に互いをどう紹介し合えば良いのか。リノは頭を抱えた。
『汝に償う気持ちがあるのなら、ここを去る前にできることは多い。我に任せよ、古き友よ』
 とバヴサーガラは再び古代竜語で呼びかけた。ドラジュエルドにとっては故郷の方言のようなもので安心を誘うが、それを意図して話す封焔の巫女の笑顔もさきほど“悪意”を一瞬で消炭にした者とは別人のようである。
『無論、何でもやらせてもらうぞ、我が友よ』「そして天輪の巫女リノ。バヴサーガラより聞いておった通り、可憐じゃのう。世を変えうる善き女、善き男がこれだけ揃えば惑星クレイもしばしは安泰じゃろうて」
 ドラジュエルドの言葉の後半は、誰にでも判る共通語だった。
 リノはほんの少しの間きょとんとして、またしても心友・・である彼女バヴサーガラの交際範囲の広さと深謀遠慮に思い当たり、ちょっとだけ怒った。
「もう!昔からのお知り合いなら、そうと先に言ってください!お二人とも」
 ドラゴンと封焔の巫女は声を合わせて笑った。


Illust:akio


 ユースベルクは大扉に手を掛けている。
 だが押しても引いてもぴくりとも動かない。これは難題だった。
「見ろ、この通りだ。俺のどこが“世界樹を救える可能性をもつ”のだ。あのインチキ予言者どもが」破天騎士は毒づいた。
「焦らず考えてみよう」
 とオールデン。頭上にはまだ魔竜が群れている状況、豪儀の名をもって成る彼だからこその落ち着きである。
「ユースベルクさんじゃないとダメってどういう事なんでしょう。何か特別なことが?」
 とリアノーン。天と地、二人の騎士は顔を見合わせた。
「特別といえば、おまえは天上生まれの地上の騎士で」とオールデン。
「貴様は地上生まれの天上騎士だ」とユースベルク。
「我が身に帯びるは天上騎士団の聖なる武具」
「俺は地上で発明された反抗励起レヴォルドレス
それ・・は誰が造ったものなのだ。なぜ古代と同じ素材を使えるのか」とオールデン。
「秘密だ。まだ手の内をすべて曝す気は無いぞ」とユースベルク。
「では質問を変えよう。その武具の特性は天上のものに似ているが、地上のものでもある様だが?」
「それは答えてもいいだろう。どうせ天上は真似もしないし、出来ないだろうからな。推察の通りだ。だが、古のブラスター兵装を科学研究しただけではないぞ。国境、時代、科学と魔法の境を問わず、あらゆる技術を研究して生み出されたもの。だから変形も可能なのだ」
「つまりそれは天と地、科学と魔術その他の異種混成ハイブリットというわけか」
 オールデンは思案に沈んで独りごちる。
「神聖王国ユナイテッドサンクチュアリは科学と神聖魔術を国の柱としてきた」
 オールデンの視線が、ユースベルクの背後に少し離れて追随する反抗励起レヴォルドレスに当たった。
「ここが宮殿であったころの古代技術は、天上ではすでに失われている。だが反抗励起はそれ・・に限りなく近づき、超えるために開発されたはず」
「つまり?」とリアノーン。
「それを扉に当てて見ろ、ユースベルク」
これ・・は鍵じゃない」
「いいや、それ・・こそ鍵だ。おまえも元天上騎士なら本部の自動ドアを知っているな。あれは……」
「侵入者を防ぐため、天上で造られた素材のみを着けた騎士が通る時にしか反応しない!そうか!」
 ユースベルクが背の反抗励起レヴォルドレスを回し、扉に当てた瞬間、
 バサバサバサッ! 
 開いた扉の内部から“悪意”の群れが飛び出した。そのほとんどは虹の竜の炎で焼きただれ弱体化しているが、まだ人を傷つける力はある。ちらりと覗いた白き世界樹はと言うと炎の影響を受けていないようである。虹の竜の炎が運命力(の塊である魔石由来の)の力を帯びているためか、樹に寄生する邪悪な存在だけを焼き焦がしていたのである。
「「下がれ!」」
 二人の騎士は同時にリアノーンとフェストーソ・ドラゴンをかばうと、それぞれの武器を一閃させた。
「援護しろ!ユースベルク!」
「貴様がな!オールデン!」
 かつての天上騎士といまの天上騎士は呼び交わしながら、聖所の只中へと突っ込んだ。
 破邪に燃える白銀と黒、二筋の炎のように。





 ドアがノックされた時、もう身支度は終わっていた。
「入ってくれ」
 一礼して顔を覗かせたのはオールデンである。
「よろしいですか」
「散らかっているがね。だが、ここもしまいだ。今さら恥ずかしいこともない。入ってくれ」
 バスティオンの執務室は、すでに荷物をまとめられ整頓を画で描いたように完璧に片付けられていた。どうやら法の守護者は自分のことになると嘘つきのようだ。
「別れを言いに来てくれたのか、オールデン。せめて茶ぐらいとは思うが、これでは何も出せないな」
「いえ、結構です。その……」
「ああ、引き渡しの担当を仰せつかったのだな。私には気を遣わなくていい。これからは君たちの時代だ」
「これからどうなさるご予定でしたか」
「あの悪魔デーモンめの勧めどおり、ゆっくり静養する。北部にいい聖水の湧く温泉があるそうだ。山の秋は早い、出かけるにはいい季節だ」
「そうでしたか……」
「そして最後に返すのはこれ・・だけだ。それが君で良かった、本当に」
 バスティオンは甲冑を外そうと手をかけた。
「お待ちを。実はご報告がありまして」
「もう敬語は使わなくて良い」
「そういう訳にはいきません」
「真面目だな。うむ。君の良い所だ。それを大事にな」
「ではお伝えします。聖所に寄生した“悪意”を完全に駆除、白き世界樹の安全と健康・・を確保しました」
「君とユースベルク、そしてリアノーンと音楽隊の大手柄だったな。ご苦労」
「ありがとうございます。また本日、魔宝竜ドラジュエルドと魔竜一党がダークステイツに帰国。賠償として虹の魔石が謝罪を添えて各騎士団に寄贈されました」
「ほう、運命力の塊を一度に6つも贈られるとはドラジュエルドも何と気の大きい」
「魔石は7つでした」
「そうか。半端な数ではあるが……」
「天輪の一行はドラゴンエンパイアに帰られました。バスティオン様にくれぐれもよろしくとのご伝言です。封焔の巫女バヴサーガラもまた然り。世界樹の音楽隊ワールドツリー・マーチングバンドも次の公演へ」
「そうか。あの心晴れやかな乙女達にもうひと目会いたかったな」
 バスティオンは窓の外に視線を送った。
「地上との会談は順調に進捗しております。円卓会議は地上側の新たな役職ポストを創成することで合意」
「それは良かった。ニュースはしばらく見ていないので助かる。……ユースは?」
「ユースベルクと『破天騎士団』は郷士ゴールドパラディンや自分たち旧都守備担当の天上騎士と連携して、旧都を中心とした地上全般の防衛にあたる組織となりました。ただし7つ目の騎士団ではなく、指揮系統が独立した遊撃隊扱いとなり、天上と地上の均衡を監視、また地上の市民会議の自治力向上を助ける役目も負います」
「それで7つの魔石か。ユースたちの革命の意志とその第一歩を祝す賞杯トロフィーというわけだ。それで善し」
 バスティオンは晴れ晴れと笑った。
「ただ、ユースベルクとの交渉は難航しました」
「だろうな。よく収めたものだ。誰が担当を?」
「自分であります」
 バスティオンは力強くオールデンの肩を叩いた。
「よくやった。それでこそだ、オールデン!」
「それが実は……いままで述べた改革は全てまだ執行されておりません」
「まぁ政治とは時間がかかるものだよ。だんだんと判ってくる。焦らず、一歩ずつだ」
「いいえ。合意はできているのですが、最終条件が折り合わないのです」
「無理を言っているのか。父君に似て頑固者だな、ユースは」
「そうではありません」「?」
 豪儀の天剣オールデンは直立して彼の上官に告げた。
「破天騎士団、さらに郷士ゴールドパラディンならびに旧都セイクリッド・アルビオン市民は、天と地の都の未来を指し示された頂の天帝バスティオンが務めを果たさない場合、交渉は成立しないとしております」
 バスティオンは白銀の彫像のように執務室の真ん中で立ち尽くした。
 沈黙は長かった。
「円卓会議も地上の主張を認めました。全会一致です」
「……馬鹿を言うな」
「大変失礼ながら、これだけ愛されても去られるならバスティオン様は大馬鹿者です」
「私はもう辞めた身だ!」
「円卓にはまだ聖剣が残されています。誰ひとり触れようともいたしません。正統な所持者以外は」
「辞表を破り捨てられたのか、私は」
「辞表など誰も見ておりません。皆、天上騎士団団長兼、新設されるケテルサンクチュアリ防衛省長官の休暇・・からのお帰りをいまや遅しと待っております」
「……」
 バスティオンは彼が信頼する若き天上騎士にくるりと背を向けた。法の守護者の肩と声が震えていた。
「なるほど……それで過去形だったのか。休養は取り消しだな。たまにはゆっくりと傷を癒やしたかったが」
「申し訳ございません」
「オールデン!」「はっ」
「私には決して謝るな。これは頂の天帝バスティオンの命令である」
「はい!長官殿!」
 執務室の窓から西風と柔らかい陽差しが射し込んだ。
 いにしえよりケテルサンクチュアリの秋は実り多き季節である。

Illust:えびら




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《今回の一口用語メモ》

円卓会議
 ケテルギアの最高意志決定機関であり、6つのクランの代表者が集まる《円卓会議》。
 この円卓会議にはゴールドパラディンも議決権を有しており、これを通じて地上側の意思も国家の運営に一定の影響力を保ってきた。
 天輪聖紀における「ケテルサンクチュアリの6クラン」とはロイヤルパラディン、シャドウパラディン、ゴールドパラディン、オラクルシンクタンク、ジェネシス、エンジェルフェザーのことを指す。

 なお本編で語られている旧都叛乱“未遂”事件のあとに制度が改正され、新たに設けられた円卓会議の副議長兼地上担当司法長官にゴールドパラディンの代表が着任している。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡