ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
076 龍樹篇「砂塵の雷弾 サディード」
ドラゴンエンパイア
種族 ヒューマン
双子月夜。
俺のいる高台から見下ろす東方、ギーゼエンド湾の島嶼は、天空に浮かぶ二つの月と星明かりに照らされ黒々と海に影を落としている。海面は波も穏やかで細かな光の反射が無数の銀鱗を思わせる。
ふっと冷たい風が草むらを揺らした。暑さ寒さには砂漠で慣れてはいるが、ここいらの夜に吹く陸風は冷える。
この俺はタトゥーだらけの身体ひとつ、年中半裸で過ごしている。そこらの鉄砲撃ちとは鍛え方が違う。とはいえ……
「選べるもんなら来たい場所じゃねぇよな、ここは」
食いっぱぐれた傭兵に選択の自由など有りはしない。それがいかに退屈で話し相手もいない底冷えする任務だったとしても。
俺は得物と毛布を引き寄せると、今度は西の方を睨んだ。明るい夜空を背景に新竜骨山系の屋根が広がっている。
『行き先を間違えたな、砂塵の銃士!ここは他と違うぞ。とにかく一つずつ命を拾うことだ、頑張れ!』
呵呵と笑うあの炎竜の巨躯が目に浮かぶ。ヤツとはここに着いた初日に出会った。
緋炎帥竜ガーンデーヴァ。
あのヤロー。だが悔しいがその言葉どおり、あの山地に拠点を置く防人であり、弩一本で敵を狩る鎧武者たちは本職の辺境守備隊であり、ガーンデーヴァはそれを率いる長。この南方山地に4つある拠点のひとつ、最も過酷と言われる砦を守る司令官として有名人ならぬ有名竜ってわけだ。
一方でこの俺はといえば砂漠から離れ、こんな夜の国境線で一人……何やってんだろうな。
ゴロリと仰向けになって夜空を見上げた。
大小様々な惑星が浮かぶクレイの空からは雨のように糸を曳く星屑、流星が降り注いでいた。
ドラゴンエンパイア中央最南部。
ここには隣国ダークステイツとの国境線が広がっている。
天輪聖紀における二国の関係は、まぁ小競り合いはあっても大軍同士が大ゲンカおっ始めることのない程度の適度な緊張関係って所だ。もともとはドラゴンエンパイア領だった半島がまるまる半分、他国(ダークステイツ)になっている事を考えれば、うまくやってる方なんじゃないか?
そのおかげでこの“目に見えない”国境の見張りを任されている一人である俺も、こうして高台の草地に寝転びながら、警戒すべき相手と言えば山賊や密輸商人、はぐれ魔獣くらいという気楽な小金稼ぎをさせてもらえてるって訳さ。
「嵐が来る」
その声は横たわっている俺の、耳のすぐ横から聞こえた。
俺は長い得物を中心にくるりと素早く身を回して、そいつの顔に銃口をピタリ押し当てた。
やや遅れてモーターが回転を始める。ドでかい回転銃身式銃をまさか拳銃並みに軽々と扱える者がいるとは誰も思わないだろう。これが俺、砂塵の雷弾サディードの特技というわけだ。
だが小さい人型をしたそいつは唸りをあげる銃をジロリと見ただけで、まったく動じる様子がなかった。
「その銃は使えるな」
「何者だ」
と俺。傭兵である俺に気配を気づかせず至近距離まで近づけるなんてタダ者であるわけがなかった。
「僕の名はトリクムーン。絶望の精霊だ」
Illust:齋藤タヶオ
「はぁ、絶望だとぉ?」
「少し厄介な敵がいるんだ。手を借りたい」
そいつ──トリクムーンは俺の言葉が聞こえていないかのように話し続けた。相変わらず突きつけられた銃にはまったく注意を払わず降り注ぐ流星雨を見上げている。
「さっきから何言ってるんだ、オマエは」
俺はそいつを銃の先でコツンと突いた。そんなに痛くはしなかったつもりだが、絶望の精霊とやらは無表情のまま振り返った。この精霊、少々気味が悪い。
「先頃、2つの事件が起こった。いずれも大規模な時空変動に関わるもの。あれはその歪みから生じた」
「だ・か・ら!何言ってるかわかんねぇってんだろう!」
「理解できなくても協力してもらうことはできる。もちろん報酬は支払うよ、傭兵」
「へぇ、よく知ってんな。俺が傭兵だって」
「国境付近の草むらに半裸にタトゥー、バカでかい機関銃を持って呑気に寝転がっている人間が正規軍であるわけがない。服は砂漠仕様だが風体からして商人でもない。山賊にしては武装が高価で強力すぎる。以上から推理すると、キミは仕事にあぶれてこんな南方まで流れ着いた砂塵の銃士だ」
ご名答。俺は苦笑いして銃を引っ込めた。撃つのはいつでもできる。
「僕らの依頼はシンプルだ。ある標的を迎撃してほしい。その銃で」
「モノによるぜ。仲介は通してるが国境警備は一応、国の仕事だ。勝手には撃てねぇんだよ」
「僕らは常に国に対する脅威と戦っている。いや世界に対する脅威というべきだな。撃ったキミが責められることはない。安心するといい」とトリクムーン。
「そうか?だが俺の弾丸は高いぜぇ……おっと、どうも今夜は派手な“暴発”事故が起こりそうだなぁ」
俺はトリクムーンが差し出した革袋の重みを確認して、にんまり笑った。
「タイミングは僕が指示する。構えて待て」
「方位は。時計で指示しろよ」俺は正面からくるりと指を回して見せた。
「6時。上だ。来たぞ」
トリクムーンが顔を向けたのは北の空、俺の背後だった。それはまだ遠く高い。
「おい……なんだありゃ」
それは最初、渡り鳥の群れのように見えた。だがそれにしては個々が大きすぎる。
「僕らの分析ではあれは時を越える敵性存在と思われる。少なくともここ数千年は目撃例がないので現段階では“翼あるもの”としか呼びようがないが……構えろ!」とトリクムーン。
ふっ、言われるまでもない。俺は銃身を持ち上げると回転を開始、弾帯をさばいて射撃に備えた。
──それがはっきりと見えてきた。
追う者と追われる者。
先頭を切って飛行しているのは竜と騎乗している人間……女か。
そしてその後ろには、夜の闇よりも黒い“翼あるもの”が群れていた。
「ちょっと待て」
俺は肩で目をこすった。俺の目がおかしいのか“翼あるもの”は確かに存在して見えているのに、細部を把握することができない。まるで影そのものが実体を持ったかのようだった。
「目のせいではない」
トリクムーンは俺の動揺を見透かしたように答えた。
「あれはつい最近、惑星クレイに出現した。彼女と僕の“目”を以てしても、あれを予見することができなかった。僕が知るどの空間でもあんなものを見たことが無い。まるで時の外から現れたかのようだ」
トリクムーン、この絶望の精霊が何を言っているのかはさっぱり理解できなかったが、その一団が近づくにつれてこれはどうやら報酬に関わらず、迎撃しなければいけない相手だと感じてきた。それほどに“翼あるもの”は禍々しい気配と敵意を放っていたからだ。
「希望の峰の東で遭遇したのが2時間ほど前。他の地域に被害が及ばぬよう、彼女が囮となって引き寄せてきた」
「だが、どうやらそれももう限界のようだぜ……やるか」
と俺。長時間の逃避行で疲れているのだろう、女が操る竜と“翼あるもの”の距離は狭まりつつある。
「十分に引きつけてからだ。バヴサーガラには絶対当てるな。今は余計な力を使わせたくない」
へっ、誰に物を言ってる!と俺はにやりと笑った。
俺は射撃のプロだぜ。あの先頭の女と竜を助けたいんだろ?状況を見誤ることもないぜ。もっともバヴサーガラという名前が気にはなったが。
バヴサーガラと竜は、俺たちの右側から渦を巻くように進入してきた。急加速。“翼あるもの”の群がつられて密集から長く伸びた隊形になった。ありがとよバヴサーガラさん、アンタいい勘してるぜ。
「この弾幕、避けられるもんなら避けてみなッ!」
ヴ────────────────────────────────────!!!!
銃口から炎が噴き出し、曳光弾が夜空に扇状の軌跡を描く。
銃声はまるで猛牛の吠え声のよう。そう、俺はこの表現が好きだ。圧倒的で容赦がなく誰も止められない。
毎分6000発の連射、ほぼ一繋ぎで殺到する鋼鉄の塊の前ではいかなる物質も無事では済まされない。
“翼あるもの”は弾幕に触れた所から散り散りになり、また集結しそうになっては(まるで一つの生き物みたいに。これには俺もギョッとした)高速で飛来した弾丸に粉砕された。
「オラオラ、墜ちろッ!!」
辺り一面に降りしきる薬莢の中、俺は銃と一体になって踊った。俺たちが向き合った先から敵影が消え、バヴサーガラを追う“翼あるもの”の数が減ってゆく。
トリクムーンがどこまで俺のこの銃の特性を知っていたかはわからない。
が、回転銃身式銃がその特性上、対空砲としても用いられることを理解し、こいつを抱えていた俺を見つけて助けを求めたのだとしたら、大した軍師だと言わざるを得ないな。
──ヴ……
竜の背に乗った女、バヴサーガラが手を挙げたので俺はトリガーを離した。“翼あるもの”はいつの間にか全てその姿を消していた。
降下してくる。
「封焔竜アーヒンサ」
トリクムーンは迎えるために空中に浮かび上がると、竜の名を呼んでその首に手をかけた。これはヤツなりの労をねぎらう仕草らしい。
「協力、感謝する」
黒と青の装い。羽根持つ冠。なびく黒髪。吸い込まれそうな紺碧の瞳。全身を包む圧倒的な魔力。
綺麗な女だった。
「報酬はもらってる。礼は要らねぇよ。俺は砂塵の雷弾サディード。砂塵の銃士だ」
Illust:モレシャン
「私は封焔の巫女バヴサーガラ」
そうか。思い出したぜ、こいつは“絶望”の巫女だ。
俺は銃を抱え直した。トリクムーンが割って入ろうとするのを、バヴサーガラが手で制する。
「よい。私のせいで人生や暮らしが変わってしまったというものもいるだろう。恐れ、忌み嫌う者もまた。私はそうした責めから逃れるつもりはない。気に食わなければこの場で討ってくれても良いが、まだもう少しこの世を見守りたく思うのだ。誰よりも、かけがえのない友たちのために」
バヴサーガラはまるで俺の思考を読んだかのように答えた。
「……。このトリクムーンから聞いた感じでは、どうやらあんた等はこの世界を脅威から守ってくれているようだ。命がけで、報われることも無い仕事を、人知れず」
「今回はキミの功績だ。おかげで今現在この時代から虚無の尖兵は一掃され、脅威は無くなった。……一応ね」
とトリクムーン。虚無の尖兵というのは初耳だが、あの“翼あるもの”がそれならヤバイ奴らには違いない。
「……」
バヴサーガラは少し悲しげに微笑んだ。それはほんの束の間、英雄然とした軍人の貌とは別人の貌だった。
「いいや、俺は撃たない。撃てないぜ、今夜はもう弾切れだ」
俺は銃を下げ、肩に余った弾帯を巻き直した。戦いはもう終わった。
バヴサーガラは静かに頷いた。
「重ねて感謝する。何より、“虚無の先兵”に物理的な打撃でも効果があるという発見が最大の収穫だった」
「対処可能だという点には希望が持てるが、あれは手先に過ぎないと考えられる。世界樹を狙う“悪意”ともまた別な対策を練らなければ……いつも都合良く大火力が用意できるとは限らない。科学だけでなく魔法も動員すべきだ。大事なのは防御の体制の確立と連携。各国にも警鐘を鳴らしておくべきだろう」
とトリクムーン。いまはバヴサーガラの肩に移動している。
「ま、国のことはわからんが地上でこれ以上の武器がほしいなら大砲、守るなら要塞でも持ってこなくちゃな」
俺は冗談のつもりで言ったが、二人は思うところがあるらしく巫女と精霊は頷きあっていた。
「世話になった。我らは行くが」
「俺はここでひと寝するぜ。夜は長い。まだ“客”が来ないとも限らんから」
「キミの弾丸は切れたのではなかったか」
とトリクムーン。その頭をポカリと小突くと、ひとつ手を振ってバヴサーガラは夜空に飛び上がった。
俺はその背に手を振りながら、ついさっきまで苦手にしていたこの国境の寒さが、いまはあまり苦にならないことに気がついた。
天輪の巫女は人の心を和らげ、封焔の巫女は人の心に焔を灯す。
名高いあの佳い女たちにひと目会ってみたいもんだ。噂好きな傭兵仲間が集まれば必ず盛り上がる話題だ。
その片方に会ってみた今、どう思うかって?
まぁ噂も全部が嘘じゃない……って所かな。
それじゃ俺はもう休ませてもらおう。とりあえずまた一つ命は拾ったわけだしな。
了
※注.銃の発射機構と名称については地球の似たものに変換した。※
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《今回の一口用語メモ》
翼あるもの
天輪聖紀に起こった「ある一件」で、惑星クレイで目撃された存在。
物質としての特性(飛行船に衝突して破壊しようとする等)は持っているものの、人間の視覚では
輪郭や細部があいまいであったり、出現後ある程度の時間経過や、非常に強い打撃(ガトリング砲)
などによって消滅することも報告されている。
世界樹を狙い、ケテルサンクチュアリの聖所にまで侵入した“悪意”とはまた別物らしい。
また“翼あるもの”は、そもそも生物であるのかどうか、意志や知性を持っているかどうかについては明らかになっていない。なお、バヴサーガラはこれを「虚無の尖兵」と呼んでいる。
翼あるものの被害は今のところ、強い敵意や害意から「見る者を恐怖に陥れる」以外、危険な事件には至って
いないが、その出現については「時」と「空(空間)」の異常な現象が源となっていることから、
各国の為政者・軍人も警戒すべき存在であり、今後も注視される対象である。
砂塵の銃士については下記を
→ユニットストーリー003「砂塵の重砲 ユージン」
ユニットストーリー026「砂塵の榴砲 ダスティン」
ユニットストーリー040「ヴェルリーナ・エスペラルイデア(前編)」
ユニットストーリー041「天輪聖竜ニルヴァーナ(覚醒編)前編 ~昇華する願い~」
また、惑星クレイに突如出現した“翼あるもの”については
→短期集中小説『The Elderly ~時空竜と創成竜~』前篇 第1話 鳳凰の夢
短期集中小説『The Elderly ~時空竜と創成竜~』前篇 第2話 砂上の楼閣
を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡