ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
081 龍樹篇「ディアブロス“爆轟”ブルース」
ダークステイツ
種族 デーモン
星降る夜。悪意が現れる。この星のいずこか。その脅威は運命力をも歪めるほど強い。
──魔宝竜 ドラジュエルド
──魔宝竜 ドラジュエルド
惑星クレイ最大の陸地、ドラゴニア大陸。その東端を表す言葉に「東洋」というものがある。
具体的にはドラゴンエンパイア帝国東部、黒甍の都から日ノ元諸島までをまとめた呼び名だが、興味深いことに「西洋」という言葉が日常会話で使われることはほぼ無い。東洋以外の諸国・諸地方は方位ではなく地勢、文化や種族、生物相などから「サンクチュアリ地方」とか「暗黒地方」、「ズーガイア(大陸)」、「メガ多島海」、「南極(大陸)」と分けられるためである。
その東洋、ドラゴンエンパイア東部の北都。
竹で組み上げた偉容から“編み籠”とあだ名される北都スタジアム、その中央に向き合う人影があった。
悪魔ディアブロス “暴虐”ブルース。
言わずと知れたギャロウズボールのスタアプレイヤーにして惑星クレイ一の喧嘩屋。
その両脇を男女2人の悪魔が固めている。
対するは……。
焔の巫女リノ。
または“天輪の巫女”とも呼ばれる彼女は、最近の世界情勢の中でもっとも重要な位置にいる一人と目される、暁紅院から天輪竜の卵を預かる人物だ。
その傍らに天輪竜の卵サプライズ・エッグと、珍しく緊張した面持ちのトリクスタもいる。
三対三。実に奇妙な組み合わせながら頭数はそろっていた。
「どうしてもやりますか」とリノ。
「やる。お前とはどうしても拳を交えずにはいられない」とブルース。
「悪魔ブルースは女子供に手を上げないのではありませんでしたか」
「そうでもない。俺はただの喧嘩屋だ。拳は気に食わないものをただ叩き潰すために在る」
「残念です。では……」
「始めよう」
無人の観客席。沸くはずもない歓声。
薄暗いスタジアムに舞う冬の東洋の空っ風の中、黒い影となった悪魔たちが動いた──。
──1時間前。北都の宿屋。
宿の温泉から湯上がりのリノ、レイユ、ローナが浴衣姿で歩いてくると、ゾンネはまだ大画面テレビの配信動画に齧り付いていた。その周りで湯治客の人間や竜族の男女も鈴なりに集って盛り上がっている。
『おおっと、ここでディアブロスが中央突破だぁ!』
「行っけーっ!!チーム・ディアブロス!」
そこは戒律厳しい巫女の一員。浴衣の襟こそ乱れてはいないものの、どうやら誰かの奢りらしい缶ジュース片手に身を乗り出して歓声をあげるゾンネは、現地の応援で舞い踊るディアブロスガールズのようである。
「……まぁ」
レイユが同僚2人と顔を見合わせて肩をすくめる。
「いいんじゃない。今日くらい」とローナ。
リノは微笑んで頷いた。みんなの笑顔が今年も見られて嬉しい。その足元では二色の鬣を揺らす天輪竜の卵サプライズ・エッグが、微笑むリノの顔をじっと見上げている。
“新年の休みを東洋で迎えたい。皆で温泉なんてどうかな”と言い出したのは、リノだった。
天輪竜の卵とともに世界の希望を探す旅も、2年目を迎えている。
この間、“希望”と“絶望”とを巡り封焔の巫女バヴサーガラと争った《世界の選択》があり、一度は灰と化した天輪竜の卵の復活があり(後のケテルサンクチュアリの叛乱未遂事件ではこの卵から覚醒した新たな神格、天輪鳳竜ニルヴァーナ・ジーヴァが事態を収める大きな一助となった)、その他にもダークステイツでの遺跡発掘協力、ストイケイアの古都「尽きせぬ泉の町」ヌエバに赴き満開の大行進リアノーンとの邂逅、国賓として招待を受けたブラントゲート訪問など、これに巫女達一行が日々取り組んだ医療や灌漑の整備などを加えると、目まぐるしく気が休まる暇もないほどの忙しさだったのだ。
オ──ッ!!
どうやら得点が動いたらしい。テレビ観戦に加わるレイユ、ローナ、サプライズ・エッグを他の宿泊客が笑顔で迎える。焔の巫女の素性を知らない者にとっては、年始めの旅行に訪れた若い女性の一行としか見られない。もっとも歩く卵を不思議がる者はいただろうけれども。
「お客様」
宿の女将が独りになったリノをそっと呼び止めた。
「玄関に、リノ様をお訪ねになられている方がいらっしゃいますが……」
リノは首を傾げた。お忍びというほどではないにしても、ここに来ることは誰にも告げていない。
焔の巫女たちの行方が“見えている”者がいるとするなら、千里眼のバヴサーガラくらいしか思いつかないが。
「お断りしましょうか」リノたちの事情を知っている女将は気を利かせたようだった。
「……いえ、お会いします。ありがとうございます」
リノは、こちらに気がついたレイユに手を挙げて歩き、玄関の外に出た。
月のない夜である。
北都近郊。森に囲まれた東洋風の落ち着いた温泉旅館の周囲に、人の気配はない。
だが、リノはこの旅で経験を積んでいた。自分を待ち受けているのは必ずしも“人間”だけではないと。
「わたしに御用ですか」
リノは漆黒の闇に呼びかけた。
「天輪の巫女リノ」
誰もいなかったはずの正面、少し離れた林の中にぬっと大きな人影が立ち上がった。
「ディアブロス “暴虐”ブルース」リノは動じることなく相手の名を口にした。
「いかにも」
とブルース。こちらも自分だとひと目で見破られたことは意外ではないらしい。
「さっきの試合に出ていらっしゃらなかった」
一瞥で見抜いていたリノも、実は相当なギャロウズボールファンなのかもしれない。
「そうだ。弟たちに任せて、お前に会いに来た」
「わたしに?」何用かとの質問はすでに投げている。
「今夜、スタジアムで俺と戦え。こちらは三人。そっちも卵とタリスマン、そしてお前の三人だ」
「“ケンカは対等でなければ意味がない”でしたね。でも何のために?」
「来ればわかる。俺は闘技場で待つ。早く来い」
悪魔の気配は一瞬で消えた。
後には冬の風が吹きすぎる木々のざわめきだけが残されていた。
「リノ?どうしたの?こんな所に突っ立って。風邪引いちゃうよ」
少しぼぅとしていたのかもしれない。散歩から帰ってきたトリクスタに耳元で呼ばれてリノは我に返った。
「うん。トリクスタ、あのね……わたしたち、悪魔にケンカ売られたみたい」
「ボクらが悪魔とケンカぁ?」
トリクスタは宙に浮いたまま首を捻りすぎて一回転してしまった。
「ちょ、ちょっと待って。じゃあプレアドラゴンも呼んでこなくっちゃ」
封焔の巫女バヴサーガラから贈られた護衛の竜はかなり大勢になってきているので、リノ達が宿をとる場合、プレアドラゴンは少し離れた場所で待機しているのだ。
「それはダメ。ブルースさんは私たち3人だけで来いと」「もう!そんな話、なんで受けるのさ」
リノは少し考える風に首を傾げた。なぜだろうか。そうだ。あの人からはまるで……
「悪意を感じなかったから、かな」
「悪魔なのにぃ?」
トリクスタは呆れた、といった様子で肩をすくめるばかりだった。
Illust:タダ
“編み籠”北都スタジアム。
思わず身構えたリノとトリクスタを尻目に、ブルースの脇に控えていた悪魔の片割れディアブロスナックラー ジャミルは、スタンド席まで一気に飛び上がると照明のスイッチ棒を次々とブッ倒し、調整席にでんと座って陣取る。
「オメェ、良い音しそうだなァ!もう一発殴らせろや!!」
まさか巫女さんブン殴るワケにいかねぇしよぉ、とボヤいたのは幸い誰にも聞かれずに済んだようだ。
バ・バ・バ・バ!
スタジアムの照明が点り、スポットライトが悪魔と巫女、トリクスタと卵を眩しく照らす。
「ねぇブルース、今回のは高く付くよ。あたしはチアじゃなくて選手。攻めも守りも超一流。それがレギュラーたる所以なんだからさ。雑用なんかで呼ばないでよね」
と言いながら、もう一人の女悪魔ディアブロスガールズ トリッシュも芝生から飛び立ち、一同から距離をおいて周囲を警戒する。
Illust:菊屋シロウ
ブルースはというと黙ったまま、2人に手を挙げてみせた。済まないな、というサインらしい。
照明に浮かび上がったその姿は、世に知られた姿とは変わっていた。
鮮やかな紫色を帯びた、それは……
ディアブロス“爆轟”ブルース!!
悪魔の新たな装いは、天輪竜と巫女、そしてタリスマンに敬意を表したものだっただろうか。
「これでいい」
「……という事は?」リノは急な展開にまだ付いていけていない。
「ケンカの相手は俺一人だ。あの2人は見張りだと思ってくれ。誰にも話の邪魔をさせたくない」
ずい、とブルースは踏み出した。大柄だが均整の取れた体躯はまさに全身凶器の迫力がある。
リノはすいっとすり足で後退った。焔の巫女はいずれも修行僧、武術の達人である。こちらも隙はない。
「理由をきかせてください」
「少し前のことだ」
ブルースは予備動作なしで左ストレートを打ち込んだ。リノがひらりと飛び上がると拳が地面を抉る。爆発したように芝と土塊が噴き上がった。
「うわっ!とっと……」トリクスタがサプライズ・エッグを抱えて空に飛び上がる。
「惑星クレイに幾つかの隕石が落ちた」
「流星雨のことは知っています。でも隕石の被害があったとまでは……」
「この水晶玉の特設チャンネルにアクセスできる者しか知らされていない。機密事項だ」
ブルースは腰に下げた袋からちらりと輝く球体を覗かせ、そしていきなり蹴りを繰り出した。手加減無し。当たれば怪我では済まない猛烈な黒い旋風がリノに迫る。
「ハッ!」
リノは素早くかがむと身を捻ってブルースの逞しい軸足を払った。美しいフォームの水面蹴りである。
ブルースは足を浮かせ、手の力だけで逆立ちのまま垂直に飛び上がった。
悪魔と巫女の身体が交差する。それは武術というよりダンスのようだ。
「俺を雇った老いぼれ竜が言った言葉がある。魔宝竜 ドラジュエルド、ケテルの聖所を破壊したバカ野郎だ」
「ドラジュエルドの伯父様は、存じあげています。その時わたしもケテルサンクチュアリにおりましたので」
「フッ。なるほど。ヤツならお前を気に入るだろう、な」
着地したブルースが交互に繰り出す熊手状に広げた手の連打を、リノは上体の動きだけで躱してゆく。
手首のスナップだけで弓矢並みの球速を出すブルースの腕力である。身体をかすめただけでもショックで気絶してしまうだろう。命がけのスパーリングだった。
「“星降る夜。悪意が現れる。この星のいずこか。その脅威は運命力をも歪めるほど強い”」
「!」
リノの集中が乱れた。ブルースは(彼にしかわからないことだが少し手加減しつつ)巫女の肩を押して、突き飛ばした。リノは逆らわず宙返りして打撃の勢いを殺した。体術の達人にしかできない弱化の技である。
「今のがドラジュエルドの言葉だ。これを知っているのはこの惑星にヤツら一党と俺、そしてお前だけ」
リノにかけられたブルースの声は低かった。至近距離で戦う者同士のみが辛うじて聞き取れるような……。
「!? まさか、それを伝えるために?」
「《世界の選択》、ケテルサンクチュアリの動乱、そのすべてを見知って俺は確信した。この惑星と卵を守るための力、皆をつき動かし取りまとめる旗印こそ、お前、天輪の巫女なのだと」
「リノ!受け取って」
トリクスタの声に手を広げたリノの胸に、天輪竜の卵サプライズ・エッグが飛び込んできた。目をぱちくりさせている卵をそっと地面に安置する。ひと度覚醒すれば惑星に冠たる神格の化身だが、化身である卵はひ弱いのだ。
オーバードレス!
天から急降下してきたヴェルリーナ=トリクスタを、ブルースは両手でがっしり受け止めた。大柄な悪魔に対抗するため、今の形態はヴェルリーナ・バリエンテとなっている。
そのまま両者一歩も退かない力比べとなった。
喧嘩無双の悪魔と変身を特技とする祈りの精霊タリスマン、闘技場であれば観覧チケットが飛ぶように売れる垂涎の対戦である。
「ボクとも話をしようよ。なんでわざわざこんなケンカするのさ」
「拳を交えなければ本質は見えない。本音では語れない。では尋ねるが、お前はケンカもできない相手に命を賭けられるのか」
「ボクは……」
ぐぐぐ、と両者のせめぎ合いが限界を迎えた。
「暴力が、キライなんだー!」
ブルースはヴェルリーナが突き放す力を借りて、背後に立つリノに向かって跳躍し、殺到した。
一気爆勢の猛烈な勢いをもって──リノではなく──立ち尽くす天輪竜の卵サプライズ・エッグに目がけて。
Illust:lack
「危ない!」
リノは卵を突き飛ばし、突進の前に立ちはだかった。殺到する悪魔から、惑星クレイの神格の化身、自分が任された天輪竜の卵のためにためらわず身を捨てたのだ。誰も見てはいなかったがほんの一瞬、いつも眠そうにしている天輪竜の卵サプライズ・エッグの目がカッと見開かれた。
──!
激しい衝撃はいつまで経っても、リノには伝わってこなかった。目を開けると悪魔ブルースは立ち止まり、その姿は元に戻っていた。自分が生きていると実感したリノは膝から崩れ落ちる。リノは勇敢な修道僧だ。だがまだ年若い乙女でもある。
「その覚悟、確かに見せてもらった」
差し伸べられた手をリノは遠慮なく握って、しゃんと起き上がった。
「伝えたいことも伝えるべき方法で伝えられた。だが結果として試すような真似をした事、許してもらえればありがたい」
「いいえ。どうかお気にならさず」
リノも今はブルースの意図を正しく理解していた。絶対の秘話とは絶対の緊張の中でのみ伝えられること。先の真剣勝負も本気そのもののように見えて、やはり少し手加減してくれていたことも。
悪魔ディアブロス “暴虐”ブルースは女子供に手を上げることはしない。例外として、同じく戦士として認めた者以外は。ブルースは種族も年齢も性別をも超えて、リノを闘士として同志として認めたのである。リノは、なぜかブルースとは古くからの友人のように思える自分に軽い驚きを覚えていた。それはどうも相手も同じだったようで、続いた言葉が裏打ちしていた。
「俺の助けが必要な時は呼べ。友のためならいつ何時でも駆けつける」
リノは笑顔で頷いた。敵に回せば真に恐怖でしかないが、味方となればこれほど頼もしい存在もいない。
変身を解いたトリクスタとサプライズ・エッグも、先ほどまでの緊迫感はどこへやらブルースにじゃれついて遊んでいる。遊ばれている本人の悪魔は、どう思っているのか表情も身体も微動だにしなかったが。
「ともに備えましょう。新たな世界の危機に」
「あぁ。星降る夜の脅威にな」
悪魔と巫女は空を見上げた。
“編み籠”北都スタジアムの上には惑星クレイ独特の大小さまざまな星が連なり、空を埋め尽くしていた。
星降る夜。
リノは見慣れた空に、星の連なりに、なぜか心騒ぐ思いが抑えられなかった。
古代より生きとし生けるものを見守り続けてきた星辰のまなざしが、急に冷たさを増し、睥睨に変わってゆくような。
しかし、そんな思いも新たな友と古くからの友達が交わる様子を見ているうちに、やがて消えてしまっていた。
了
※註.竹については地球のよく似た植物・特製を同じくする素材の名称を使用した。
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《今回の一口用語メモ》
ディアブロス“爆轟”ブルース
悪魔ブルースの新しい形態である。
ブルースの強化形態で言えば、競技の枠からはみ出すほどの威力を誇る「ディアブロス“絶勝”ブルース」があるが、“爆轟”ブルースはチームメイトとの連携に根ざした能力から、チーム「ディアブロス」でも今後、レギュラーとして起用を期待されるものである。
なおこの“爆轟”ブルースを中心とした新たな必殺フォーメーションとして一気呵勢を超える「一気爆勢」も生み出され、連勝記録を伸ばしている。
悪魔ブルースと拳友
惑星クレイ一の喧嘩屋として知られるブルースは、一度は拳を交えた相手でないと信頼しないという主義を持って生きている。ギャロウズボールのチームメイトや闘士は勿論のこと、ブルースの「拳友」には錚々たる面子が並ぶ。まず今回、その一人に加わえられたドラゴンエンパイアの焔の巫女リノ。天輪の巫女として知る人ぞ知る重要人物である。ダークステイツのドラジュエルド率いる虹の魔竜一派はいずれも拳友。完全防御を誇るリペルドマリス・ドラゴンに至っては契約が終了した後も行動を共にしているという。他にも知られていない拳友は多くいるものと思われるが最後に、本人達は認めようとしない拳友として現ケテルサンクチュアリ防衛省長官、頂の天帝バスティオンとの葛藤もまたひとつの「拳友」の絆のようである。
ギャロウズボールとチーム・ディアブロスについては
→ユニットストーリー014「ディアブロスジェットバッカー レナード」と《今回の一口用語メモ》
→ユニットストーリー038「ディアブロス “絶勝”ブルース」
→世界観コラム ─ セルセーラ秘録図書館002「ディアブロス」
を参照のこと。
ギャロウズボールの会場や設備がいかに壊れようとも、翌試合には使用可能になっている事情については
→ユニットストーリー067「ブリッツCEO ヴェルストラ」
→世界観コラム ─ セルセーラ秘録図書館014「ブリッツ・インダストリー」
を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡