ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
082 龍樹篇「星刻姫 アストロア=ユニカ」
ダークステイツ
種族 ヒューマン
「昼の空にも星は輝いている。興味深いことですね」
破天騎士の側から声が聞こえた瞬間、フリーデとシュナイゼルは友であり主であるユースベルクにぴたりと身を寄せ、突破の騎士ドルブレイグは紅蓮のかぎ爪を、破弓の騎士スフィルトは黒い単弓を発生源に向けた。いずれも“赤”を纏う破天の同志である。
時間はちょうど正午。ここは日が燦々と降り注ぐ、人も多い都大路である。周囲の空気がぴんと張り詰めた。
「何者か!」と烈破の騎士フリーデが毛を逆立てれば
「ったく、どうやって潜り込んだんだか。だが俺たち破天騎士の精鋭のド真ん中に飛び込むとはいい度胸だぜ」
と破断の騎士シュナイゼルも不適な笑みを浮かべる。二人が武器を抜かずユースベルクに肉迫したのは、こうした万が一のことあらば真っ先に盾になると決めているからだ。
「待て。殺気があればとうにオレが斬り捨てている」
ユースベルクはまったく動じる様子もなく、声の主を顧みた。
「顔を見せろ」
「それは後ほど。今日はご相談があってまいりました」
「オレに?」
「そう、あなたに。破天の騎士ユースベルク」
深々とフードを被った黒衣の人物は、きゅっと口の両端を上げて笑った。
Illust:DaisukeIzuka
Illust:ひと和
ケテルサンクチュアリの地上の都セイクリッド・アルビオンは、つい先頃まで旧都と称されていた。現在もこの呼び名は使われてはいるものの、行政上は天空の都ケテルギアに対して同等である意味をこめて、「地上の都」と記されることになっている。なおこれは新任の防衛省長官の提案を受けて円卓会議で決定されたものである。
そのセイクリッド・アルビオンのアルフレッド大路、別名『騎士王の道』の真ん中で今、闖入者と破天騎士団の精鋭が睨み合っていた。
「話を聞こうか」
ユースベルクと一党は、黒衣の人物と少し距離を置いていた。
かぎ爪と短弓は構えられたままだが、これは双方とも当然のことと捉えて気にする者もいないようだ。
「では、お人払いを」
「ここで良い。我が同志と民の前で隠すことなど何もない」
周りを囲む市民から賛同の声があがった。
「人心を掴むのが上手。でも政治向きではないようね」じわりと迫る冷たい虚空のような皮肉。
「女か」
とユースベルク。尋ねたのではなく、やはりと納得した様子である。わずかに黒衣の肩が震えた。
「あなたが立ち上げた革命同様、破天とやらも所詮“ごっこ遊び”にしか過ぎないわ」
いきなり嘲弄がたっぷりと含まれた鋭い言葉が投げかけられた。これが話者の本性なのか。
獣人フリーデが突っかかろうとするのを、ユースベルクはわずかに手の先を動かしただけで制した。思えば、かつてその言葉を焔の巫女リノに浴びせたのは他ならぬユースベルクなのだ。
「“血みどろの内戦や憎しみを募らせる抵抗運動ばかりが《革命》ではない”」
ユースベルクの仮面に包まれた顔は相手ではなく、どうやらはるか天空を見上げているようだった。
「そして“民のため正しき世のために自分を殺せ”とも。どちらも騎士の鑑のような男たちの言葉だ。そうだ。我は武力で天を落とすことは叶わなかった。だが我ら天地のケテル国民は未来をこそ望み、掴みとったのだ。あの堅物の見事すぎる自己犠牲に突き動かされてな」
「こんな廃墟の街の王でご満足?」
「真の“天”の為ならば命を賭して仕えるのが騎士だ。オレは今ここにあるもの生きるもの全てが美しく、かけがえの無いものだと思う。ひとつ付け加えるならば、オレが素顔でいられるここでの名はユースだ」
ユースベルクの周りで歓声が沸いた。そうだ!ユース!ユース!我らが英雄、ユース!
「ふふっ。アイドルも真っ青ね。あなたは頂の天帝を殺し、この国を平らげ世界を取れた男なのに」
「死と流血の上に築かれる覇道か。ずいぶんとまた物騒な未来図だな」
「運命の星が示す本来あなたがそう在るはずだった道よ。それがどう?あなたはと言えば天上人と親しく交わり、地下を隅々まで掃き浄め、市民のつまらない悩みを親身に聞いて仲裁し、野山に害獣を追いまわし、お礼に野菜や果物を贈られ、子供の悪戯を諭し、頼まれて赤ん坊の名付け親にまでなってやるのが騎士の道ですって?笑わせるわ。それでも漢なの?槍が泣いているわ」
「答えはどれも既に言った。同志は地にあり、依然として鬩ぎ合い破るべき天も在り。騎士としてこれに勝る幸いはない」
フリーデは、我とオレ/騎士と青年ユースが淀みなく溶け合うユースベルクの言葉を聴き、そっと涙を拭っていた。剛く辛抱強く、頑固で頭に血は上りやすいがしかし内面の優しさと思いやりが深い。他の者の痛みを知り、国の未来のため地に足を付けて共に生きる。彼女が本来の姿だと信じて疑わなかった命の恩人ユースがここにいる。
「そして父は、他の誰よりも今のオレを喜んでくれるはずだ。小娘」
最後のは強烈な意趣返しだ。ユースベルクは本来、性別や年齢、種族等で本質を惑わされる人間ではない。
「ふふっ。話にならないわね」
「話にならないのはお前の方だ!!」
今まで黙って聞いていた群衆から、鋭い声が飛んだ。そのあとは堰を切ったように続く。
「分からず屋!」「勝手なことばかり言って!」「お前に僕らのユースの何がわかるって言うんだよ!」
意外なことにユースベルクの動じない物言いよりも、彼に代わって熱く反論する群衆の思いの方が、この黒衣の女を動揺させたようだった。
──。
フードが後ろに撥ねのけられた。
長い長い白い髪が、突如、都大路に吹き始めた冷たい風に靡く。
それは少女と呼んでもよい、凍りつきそうに硬質な美貌をもつ若い人間の女性だった。
ただ変わっているのは、その額から青白く透ける1本の角が長く伸びていることだ。
「我が星刻の魔術の粋、ここで披露してみても良いか」
「備えろ」
ユースベルクの声は低かったが、破天騎士団とは密かに訓練怠りなく成長し続ける一心同体の兵団である。
フリーデ、シュナイゼルは市民に下がるよう呼びかけると、近衛の兵が通りに散開し瞬く間に防御陣形を組んで、油断なく武器を構えた。一糸乱れぬ連携。地上の都を管轄する守備隊長オールデンが見れば、さっそく真面目に質問を雨と浴びせて用兵研究を始めそうな実戦慣れした動きだった。
「ふふっ。害獣狩りばかりしているのかと思ったら、やるわね」
「我の槍は常に研ぎ澄まされている」
沈黙。
地上の都のアルフレッド大路、『騎士王の道』に殺気が交差した。
Illust:NOMISAKI
その時──。
「はーい、アストロア様。そろそろお時間でーす!」
この状況に一番似つかわしくない脳天気な娘の声が、天から降ってきた。
「ん?コウモリ?」とフリーデ。
いつの間にか上空を、鮮やかな紫色のコウモリの群れが覆っていた。声の主は群れが密集する中心にいるようだが、地上からはその姿を見ることができない。
威嚇のために放ったスフィルトの矢が、空中から生じた青黒く光る魔剣に切り払われた。その剣と右手が一体化した人影が現れて、呟く。
「我が魔剣。永遠に貴女と星の為に捧げます」これも女性だ。
「さぁ帰るよ、お姫様。そろそろ上のヤバい連中も動き出す。とは言え、アタシ達を邪魔する奴は、全員切り裂いてやるけどね!」
最後に、凶暴な紅のオーラを纏った人影が空に現れると、アストロアと呼ばれた黒衣の女性を長く伸びた獣の爪でそっと包み、後退し始める。
アストロアはユースベルクから目を離さないまま、呼びかけた。
「今日の所はご挨拶といった所ね。破天の騎士がここまで腑抜けだとは私の星見も随分外れたものだけれど」
「この地上の都市を脅かせば、我らが容赦はしない。冷やかしでも次に見かけたら排除する」
「ふふっ。仲良しの天上騎士団と力を合わせてね。でもそういう小規模な話ではないのよ。私たち、星刻姫に見えている未来は」
「どういうことだ」
「また会えたら教えてあげるわ。せいぜい頑張って生き残りなさいな、愛され上手のユース君」
──!
ユースベルクが投げた槍が嘲笑うアストロアの胸を貫いた……ように見えた瞬間、4人の女性、星刻姫はコウモリの群れごと、地上の都の空から一瞬で姿を消していた。
フフフフフ!
からかうように震える笑い声だけが何もない宙に残滓のように漂っていた。
「やるな。しかもまだ本気ではない」
手首の返し一つで、長槍はユースベルクの手に戻った。神出鬼没の星刻姫たち相手では、予備動作なしの投擲ではやはり牽制程度にしかならないようだ。
「ユース……」
フリーデが見上げると、ユースベルクは静かに頷いた。
「警戒を強めよう。これから来るのがどんな相手かはわかった。それが今日の収穫だ」
「ふぅ。まーたアリアドネが情報寄越せってうるさいだろうな。よぉ、今の撮れてたかい?」
とシュナイゼルは群衆の中、携帯端末を向けていた市民に声をかけた。バッチリ撮れてるよ、と提供OKの意思も併せて合図してきたのを確認してホッと胸を撫で下ろす。
「後は各リーダーが指示を出せ。任せたぞ」
ユースベルクは軽く勢いをつけただけで、空高く飛び上がった。その先には騒ぎを聞きつけた天上騎士の一団がいる。
「また護衛もつけないで……。ユース、帰りは遅いかな」とフリーデ。
「遅いだろ。ウチの団長、真面目だからなぁ。これから上の連中と色々打ち合わせもあるだろうし」
シュナイゼルは肩をすくめてみせた。ユースベルクの安全について言えば、天上騎士が目を光らせる上空の方がむしろ防御は厚い。
「そうだね。じゃ始めよう」「あぁ。団長の負担を減らしてやりたいからな」
「「我らが英雄、ユースのために!」」
2人は声を揃えて笑い、市民のため破天騎士団のため、そして何よりも友ユースベルクのために山と積まれた仕事に戻っていった。
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《今回の一口用語メモ》
星刻姫
現在のところ、シャドウパラディンの調査でわかっている情報はきわめて少ないが
星刻姫とは常闇の国ダークステイツで代々、星見を生業にしてきた一族であるらしい。また星刻姫は惑星クレイから見える星座と心身を結びつけることで、その星座に則した特殊な能力や力を身につけられるようだ。今回、ケテルサンクチュアリの地上の都セイクリッド・アルビオンに姿を現した星刻姫 ピピス゠ムルシェは「蝙蝠座」、星刻姫 シュアト゠スパーダは「魔剣座」、星刻姫 テュラン゠ダイナは「恐竜座」そしてリーダー格の星刻姫 アストロア゠ユニカは「一角獣座」であるという。
星刻姫については
→世界観/ライドライン解説「ソフィー・ベル」
も参照のこと。
破天騎士ユースベルクと頂の天帝バスティオン、豪儀の天剣オールデンの関わりについては
→ユニットストーリー062 世界樹篇「ユースベルク“破天黎騎”」
ユニットストーリー066「ユースベルク“反抗黎騎・疾風”」
ユニットストーリー070「ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐”」
ユニットストーリー071「魔石竜 ロックアグール」
ユニットストーリー072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(前編)」
ユニットストーリー072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(後編)」
を参照のこと。
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破天騎士の側から声が聞こえた瞬間、フリーデとシュナイゼルは友であり主であるユースベルクにぴたりと身を寄せ、突破の騎士ドルブレイグは紅蓮のかぎ爪を、破弓の騎士スフィルトは黒い単弓を発生源に向けた。いずれも“赤”を纏う破天の同志である。
時間はちょうど正午。ここは日が燦々と降り注ぐ、人も多い都大路である。周囲の空気がぴんと張り詰めた。
「何者か!」と烈破の騎士フリーデが毛を逆立てれば
「ったく、どうやって潜り込んだんだか。だが俺たち破天騎士の精鋭のド真ん中に飛び込むとはいい度胸だぜ」
と破断の騎士シュナイゼルも不適な笑みを浮かべる。二人が武器を抜かずユースベルクに肉迫したのは、こうした万が一のことあらば真っ先に盾になると決めているからだ。
「待て。殺気があればとうにオレが斬り捨てている」
ユースベルクはまったく動じる様子もなく、声の主を顧みた。
「顔を見せろ」
「それは後ほど。今日はご相談があってまいりました」
「オレに?」
「そう、あなたに。破天の騎士ユースベルク」
深々とフードを被った黒衣の人物は、きゅっと口の両端を上げて笑った。
Illust:DaisukeIzuka
Illust:ひと和
ケテルサンクチュアリの地上の都セイクリッド・アルビオンは、つい先頃まで旧都と称されていた。現在もこの呼び名は使われてはいるものの、行政上は天空の都ケテルギアに対して同等である意味をこめて、「地上の都」と記されることになっている。なおこれは新任の防衛省長官の提案を受けて円卓会議で決定されたものである。
そのセイクリッド・アルビオンのアルフレッド大路、別名『騎士王の道』の真ん中で今、闖入者と破天騎士団の精鋭が睨み合っていた。
「話を聞こうか」
ユースベルクと一党は、黒衣の人物と少し距離を置いていた。
かぎ爪と短弓は構えられたままだが、これは双方とも当然のことと捉えて気にする者もいないようだ。
「では、お人払いを」
「ここで良い。我が同志と民の前で隠すことなど何もない」
周りを囲む市民から賛同の声があがった。
「人心を掴むのが上手。でも政治向きではないようね」じわりと迫る冷たい虚空のような皮肉。
「女か」
とユースベルク。尋ねたのではなく、やはりと納得した様子である。わずかに黒衣の肩が震えた。
「あなたが立ち上げた革命同様、破天とやらも所詮“ごっこ遊び”にしか過ぎないわ」
いきなり嘲弄がたっぷりと含まれた鋭い言葉が投げかけられた。これが話者の本性なのか。
獣人フリーデが突っかかろうとするのを、ユースベルクはわずかに手の先を動かしただけで制した。思えば、かつてその言葉を焔の巫女リノに浴びせたのは他ならぬユースベルクなのだ。
「“血みどろの内戦や憎しみを募らせる抵抗運動ばかりが《革命》ではない”」
ユースベルクの仮面に包まれた顔は相手ではなく、どうやらはるか天空を見上げているようだった。
「そして“民のため正しき世のために自分を殺せ”とも。どちらも騎士の鑑のような男たちの言葉だ。そうだ。我は武力で天を落とすことは叶わなかった。だが我ら天地のケテル国民は未来をこそ望み、掴みとったのだ。あの堅物の見事すぎる自己犠牲に突き動かされてな」
「こんな廃墟の街の王でご満足?」
「真の“天”の為ならば命を賭して仕えるのが騎士だ。オレは今ここにあるもの生きるもの全てが美しく、かけがえの無いものだと思う。ひとつ付け加えるならば、オレが素顔でいられるここでの名はユースだ」
ユースベルクの周りで歓声が沸いた。そうだ!ユース!ユース!我らが英雄、ユース!
「ふふっ。アイドルも真っ青ね。あなたは頂の天帝を殺し、この国を平らげ世界を取れた男なのに」
「死と流血の上に築かれる覇道か。ずいぶんとまた物騒な未来図だな」
「運命の星が示す本来あなたがそう在るはずだった道よ。それがどう?あなたはと言えば天上人と親しく交わり、地下を隅々まで掃き浄め、市民のつまらない悩みを親身に聞いて仲裁し、野山に害獣を追いまわし、お礼に野菜や果物を贈られ、子供の悪戯を諭し、頼まれて赤ん坊の名付け親にまでなってやるのが騎士の道ですって?笑わせるわ。それでも漢なの?槍が泣いているわ」
「答えはどれも既に言った。同志は地にあり、依然として鬩ぎ合い破るべき天も在り。騎士としてこれに勝る幸いはない」
フリーデは、我とオレ/騎士と青年ユースが淀みなく溶け合うユースベルクの言葉を聴き、そっと涙を拭っていた。剛く辛抱強く、頑固で頭に血は上りやすいがしかし内面の優しさと思いやりが深い。他の者の痛みを知り、国の未来のため地に足を付けて共に生きる。彼女が本来の姿だと信じて疑わなかった命の恩人ユースがここにいる。
「そして父は、他の誰よりも今のオレを喜んでくれるはずだ。小娘」
最後のは強烈な意趣返しだ。ユースベルクは本来、性別や年齢、種族等で本質を惑わされる人間ではない。
「ふふっ。話にならないわね」
「話にならないのはお前の方だ!!」
今まで黙って聞いていた群衆から、鋭い声が飛んだ。そのあとは堰を切ったように続く。
「分からず屋!」「勝手なことばかり言って!」「お前に僕らのユースの何がわかるって言うんだよ!」
意外なことにユースベルクの動じない物言いよりも、彼に代わって熱く反論する群衆の思いの方が、この黒衣の女を動揺させたようだった。
──。
フードが後ろに撥ねのけられた。
長い長い白い髪が、突如、都大路に吹き始めた冷たい風に靡く。
それは少女と呼んでもよい、凍りつきそうに硬質な美貌をもつ若い人間の女性だった。
ただ変わっているのは、その額から青白く透ける1本の角が長く伸びていることだ。
「我が星刻の魔術の粋、ここで披露してみても良いか」
「備えろ」
ユースベルクの声は低かったが、破天騎士団とは密かに訓練怠りなく成長し続ける一心同体の兵団である。
フリーデ、シュナイゼルは市民に下がるよう呼びかけると、近衛の兵が通りに散開し瞬く間に防御陣形を組んで、油断なく武器を構えた。一糸乱れぬ連携。地上の都を管轄する守備隊長オールデンが見れば、さっそく真面目に質問を雨と浴びせて用兵研究を始めそうな実戦慣れした動きだった。
「ふふっ。害獣狩りばかりしているのかと思ったら、やるわね」
「我の槍は常に研ぎ澄まされている」
沈黙。
地上の都のアルフレッド大路、『騎士王の道』に殺気が交差した。
Illust:NOMISAKI
その時──。
「はーい、アストロア様。そろそろお時間でーす!」
この状況に一番似つかわしくない脳天気な娘の声が、天から降ってきた。
「ん?コウモリ?」とフリーデ。
いつの間にか上空を、鮮やかな紫色のコウモリの群れが覆っていた。声の主は群れが密集する中心にいるようだが、地上からはその姿を見ることができない。
威嚇のために放ったスフィルトの矢が、空中から生じた青黒く光る魔剣に切り払われた。その剣と右手が一体化した人影が現れて、呟く。
「我が魔剣。永遠に貴女と星の為に捧げます」これも女性だ。
「さぁ帰るよ、お姫様。そろそろ上のヤバい連中も動き出す。とは言え、アタシ達を邪魔する奴は、全員切り裂いてやるけどね!」
最後に、凶暴な紅のオーラを纏った人影が空に現れると、アストロアと呼ばれた黒衣の女性を長く伸びた獣の爪でそっと包み、後退し始める。
アストロアはユースベルクから目を離さないまま、呼びかけた。
「今日の所はご挨拶といった所ね。破天の騎士がここまで腑抜けだとは私の星見も随分外れたものだけれど」
「この地上の都市を脅かせば、我らが容赦はしない。冷やかしでも次に見かけたら排除する」
「ふふっ。仲良しの天上騎士団と力を合わせてね。でもそういう小規模な話ではないのよ。私たち、星刻姫に見えている未来は」
「どういうことだ」
「また会えたら教えてあげるわ。せいぜい頑張って生き残りなさいな、愛され上手のユース君」
──!
ユースベルクが投げた槍が嘲笑うアストロアの胸を貫いた……ように見えた瞬間、4人の女性、星刻姫はコウモリの群れごと、地上の都の空から一瞬で姿を消していた。
フフフフフ!
からかうように震える笑い声だけが何もない宙に残滓のように漂っていた。
「やるな。しかもまだ本気ではない」
手首の返し一つで、長槍はユースベルクの手に戻った。神出鬼没の星刻姫たち相手では、予備動作なしの投擲ではやはり牽制程度にしかならないようだ。
「ユース……」
フリーデが見上げると、ユースベルクは静かに頷いた。
「警戒を強めよう。これから来るのがどんな相手かはわかった。それが今日の収穫だ」
「ふぅ。まーたアリアドネが情報寄越せってうるさいだろうな。よぉ、今の撮れてたかい?」
とシュナイゼルは群衆の中、携帯端末を向けていた市民に声をかけた。バッチリ撮れてるよ、と提供OKの意思も併せて合図してきたのを確認してホッと胸を撫で下ろす。
「後は各リーダーが指示を出せ。任せたぞ」
ユースベルクは軽く勢いをつけただけで、空高く飛び上がった。その先には騒ぎを聞きつけた天上騎士の一団がいる。
「また護衛もつけないで……。ユース、帰りは遅いかな」とフリーデ。
「遅いだろ。ウチの団長、真面目だからなぁ。これから上の連中と色々打ち合わせもあるだろうし」
シュナイゼルは肩をすくめてみせた。ユースベルクの安全について言えば、天上騎士が目を光らせる上空の方がむしろ防御は厚い。
「そうだね。じゃ始めよう」「あぁ。団長の負担を減らしてやりたいからな」
「「我らが英雄、ユースのために!」」
2人は声を揃えて笑い、市民のため破天騎士団のため、そして何よりも友ユースベルクのために山と積まれた仕事に戻っていった。
了
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《今回の一口用語メモ》
星刻姫
現在のところ、シャドウパラディンの調査でわかっている情報はきわめて少ないが
星刻姫とは常闇の国ダークステイツで代々、星見を生業にしてきた一族であるらしい。また星刻姫は惑星クレイから見える星座と心身を結びつけることで、その星座に則した特殊な能力や力を身につけられるようだ。今回、ケテルサンクチュアリの地上の都セイクリッド・アルビオンに姿を現した星刻姫 ピピス゠ムルシェは「蝙蝠座」、星刻姫 シュアト゠スパーダは「魔剣座」、星刻姫 テュラン゠ダイナは「恐竜座」そしてリーダー格の星刻姫 アストロア゠ユニカは「一角獣座」であるという。
星刻姫については
→世界観/ライドライン解説「ソフィー・ベル」
も参照のこと。
破天騎士ユースベルクと頂の天帝バスティオン、豪儀の天剣オールデンの関わりについては
→ユニットストーリー062 世界樹篇「ユースベルク“破天黎騎”」
ユニットストーリー066「ユースベルク“反抗黎騎・疾風”」
ユニットストーリー070「ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐”」
ユニットストーリー071「魔石竜 ロックアグール」
ユニットストーリー072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(前編)」
ユニットストーリー072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(後編)」
を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡