ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
朝。雲一つ無い空の下、観測手は氷原に臥していた。
南極大陸、ブラントゲート国セントラル・ドーム。
ここはその半球型のドームから少し離れた崖の上。都市を築いた際に唯一残された小山、風雪に削られ剥き出しになった岩の合間に彼は身を潜めていた。
戦術スコープの視界が日光に煌めくドームの表面を下ると、内部にそびえる巨大なビルの最上階の窓を照準に収める。極寒の外気や過酷なブリザードから完璧に都市を守ってくれるこの透明な天蓋だが、こうした監視任務にはもっとも厄介な代物となる。
「標的確認」
『データを。ソラ』女性の声。彼女の名はルリだ。
「距離800m。無風。遮蔽物あり。ドーム外壁。硬質/曲面/防弾」
ソラと呼ばれた男性は、相互リンクで結ばれた同僚に唇をわずかにしか動かさず淡々と答える。
陽があるとはいえ外気は冬の南極の大気。極寒のこの環境では吐く息までがたちまち凍り付いてしまう。
『リーダーからの攻撃許可は出ていない。ソラ、このまま待機だ』男性の声。彼の名はザクセンという。
「標的に動き。特定人物と接触中。追って報告する」
ソラは通信を切って集中した。骨の髄まで凍える環境の中、姿勢は相変わらず微動だにしない。
再び、スコープの十字の中心に男性の顔が映る。
ソラはその男の名を知っていた。いや、この国の住民でその顔を見たことが無い者などいるのだろうか。
「ブリッツ・インダストリーCEOヴェルストラ」
窓の方を振り向いた標的の顔は──信じ難いことだが──はるか遠方であるこちらに向けてにやりと笑ったようだった。
Illust:西木あれく
「なぁ、葬空死団って聞いたことある?」
夕刻。といっても白夜の今は、太陽の位置以外ほとんど日の陰りを感じることもない。
「バスティ」ヴェルストラは促した。
「ああ」
頂の天帝バスティオンはヴェルストラと背中合わせの椅子に座り、氷に空けられた穴に釣り糸を垂れていた。
少し離れた場所には2人の随行員が不動で控えている。この極寒の中、ヴェルストラがどう誘っても釣りに加わるのも暖を取る事も固辞した若い天上騎士たちである。
「ブラントゲートの私兵組織。『この世界に根を張る悪を殲滅する』との理念の元、自分たちが悪と定めたものを徹底的に排除する組織とのことだが」とバスティオン。
「さっすが。迷惑なほど有り余る正義感で悪を懲らしめる組織といえば、どっかの国にもあったよな。……おっとこれは失礼。ケテルサンクチュアリ防衛省長官どの」
「私兵の標的となりそうな暴走経営者もな、ブリッツ・インダストリーCEO」
南極の大気のように冷たすぎる返答に、ヴェルストラはのけぞって笑った。
秘書の催促や指示を求める社員たちから逃れて無理矢理もぎ取った休暇。背には彼の親友。一応、二人きり。今この時が楽しくて堪らない。
ここはブラントゲートのセントラル・ドームから空飛ぶバイクで1時間ほど離れた彼の別荘。
ヴェルストラが異国の客を招いたのは美しい山と森に囲まれ、良質な温泉でも知られる保養地。その真ん中にある凍った湖の上である。
「それでその葬空死団だけどさ。まぁ言ってみれば『世直し隊』みたいなものなんだけど、一つ謎があるんだ。さっき私兵の集まりと言っただろう、バスティ」
「その呼び方はやめろ」
「バスティ。謎というのはリーダーについてだ。神出鬼没の葬空死団は命令を各員が随時、通信で受けとっているのさ。誰も直接会った者はいない。つまりヤツらを指揮し、何が“世界の敵”かを判断しているリーダーの顔は誰も知らないんだ」
「機密は良いとして、それで統制がとれるものか」
頂の天帝の評価は疑問と否定の中間のように聞こえた。
「とれてると思うぜ。例えば……」「!」
バスティオンは竿を置いて立ち上がった。
「標的が絶対防御のドーム都市を離れて親友と休暇に出かけた場合、発見されにくいように人数を最小限に絞った最強の刺客が、私有地を囲むレーダーの監視網を超低空飛行でかいくぐって襲撃してくる、みたいな」
ヴェルストラは空の彼方を指した。白夜の太陽を背に、猛烈な勢いで接近する影があった。
Illust:とりゆふ
「敵は単騎。各個迎撃」
バスティオンの命令は簡潔だった。
身体より大きい羽根形の大弓を引き絞り、轟音とともに放ったのは天示の騎士ヴェフリーズ。
「我が主をお守りする!騎士が騎士たる誇り故!」
神聖魔術が付与された矢は、回避行動を取る敵機に対し、どのような地対空ミサイルでも不可能な軌跡を描きながら追いすがり、しかし直撃する寸前で剣に切り払われた。
Illust:匈歌ハトリ
「全力全開、出し惜しみ無し!」
勇往の天刈ロンダリアは甲冑の力で空に飛び上がると、両手に構えた聖槌で敵機に殴りかかる。繊手にはおよそ似つかわしくない大槌が軽々と振られ、波濤のように相手に迫る。
Illust:藤ちょこ
しかし、ここでまたしても敵は両手剣で応酬した。
その巨体──至近距離まで近づいたそれが人型機動兵器だと誰の目にもわかったが──は、二人の騎士の迎撃を躱し、バスティオンとヴェルストラをかすめて湖の低空を通過する。
衝撃波が氷を砕き、湖に入った亀裂から冷たい水が噴き出した。
「待てよ、バスティ」
とヴェルストラは剣を抜いて敵と正対しようとする頂の天帝を止めた。その背後でケテルの騎士2人もCEOを凝視する。
「なぜ止める。あれしきの敵にこの私が遅れを取ると思うのか」
「いいや。だが標的はこのオレ様だ。相手はオレがする」
返ってきたバスティオンの目線の意味を察して、ヴェルストラは手を振った。
「まだ出来てねぇよ。ウチ特製のカッコいいCEO専用強化スーツはさ。だが……」
ブリッツ・インダストリーCEOは自分をかばう腕をそっと押し返して、割れた湖面と低空でホバリングする葬空死団の人型機動兵器の前に立ちはだかり、手を広げた。
「聞こえてるんだろ。この通り、オレは逃げも隠れもしない。ただ……」
ヴェルストラはにやりと笑って鼻をこすった。
「狙われるからには理由を知っておきたい」
『知ってどうする』
人型機動兵器の声が轟いた。
「お。答えてくれたな。そうだ、オレはただ知り体験したいのさ、全てを。友を。人生を。創造の秘密を。この惑星生きとし生けるものの全てを」
『それが知れたら殺されてもいいのか』
「いいよ。オレが満足したらな」
『お前はバカだ』
「同意」ここまで黙って聞いていたバスティオンのひと言。
「ひっでぇな、お前ら。……それはそうと、降りてきて話そうぜ。ピリオド」
「……」
「ソラ・ピリオド。あんたこそが葬空死団のリーダーだ」
人型機動兵器のパイロットの停滞と沈黙は、それがまるで巨人自身のそれだったかのように、剣は収められ湖上から殺気は消えた。
Illust:とりゆふ
「葬空死団“裂空神”アーヴァガルダか。いい機体じゃないか。ソラ・ピリオド」
ヴェルストラは湖畔に着地した人型機動兵器を窓越しに惚れ惚れと見上げた。
自分が所有するものであれ他人が操るものであれ、良くできた構造物を心から愛する男なのだ。
「フ……」
暖かな部屋の中で低い笑いが響いた。ヴェルストラが嬉しそうに笑顔で振り返った所を見ると、今のはどうやら天上騎士団団長の控えめな同意の声であったらしい。
ここブリッツ・インダストリーCEOの別荘は主の趣味なのか、意外なほどクラシックな──つまり湖畔の別荘とはかくあるべしと思えるほど居心地が良く整頓された──造りだった。
「正体が知れるのは迷惑だ」とソラの第一声は無愛想きわまりなかった。
「湖でくつろぐ釣り人に人型機動兵器で突っ込んでくるヤツに言われたくねぇな。でも大丈夫、ここにいるのはみな口の固いヤツばかりさ。沈黙は金ってね」
ヴェルストラは薪が爆ぜる暖炉を背に、テーブルに置いた各人のグラスに最高の酒を惜しみなく注いだ。
「酒はやらない。反射速度が鈍るだけ」
「つまんねぇの。ま、確かにこの酒はオマエにはまだ早いかもな」
「早い遅いの問題じゃない」
「わかったわかった。じゃ水だ。ほらよ」
とヴェルストラがボトルを投げるとソラは指先で受け止めた。目線は標的から一瞬も離さない。
この部屋にはソラ、バスティオン、ヴェルストラの三人きり。2人のケテルの騎士は今後あるかもしれない第2の襲撃に備え、いまも極寒の屋外で警備に当たっている。
「なぜわかった」
「監視のことか?それともオマエの正体?」
「両方だ」とソラ。
「んー。情報の網そのものを握る、つまり監視を監視するのもおれの会社の得意技でね。それと知ってるか。あんたらの使ってる特級人型機動兵器、ブリッツ・インダストリー製なんだぜ」
「知っている。だが組織内部の機密管理は完璧だと思っていた」
「完璧だったよ。そこでオレは考えたのさ。ボスの命令を受けて日がな一日、凍った岩に寝そべってオレを監視し続けるようなヤツ、つまりはソラ、あんたこそが誰も知らないボス自身だったら面白ぇな、って。まぁ、勘だな」
「面白い?勘だと?」
「あり得る。これはそういう奴だ」
とバスティオン。何か仕掛けがあるらしく、傾けるグラスの酒は兜に遮られることもなく干されている。
「真面目な話をすれば、大きな標的ほど他人任せにはせずピリオド自身が出張ってくる、と踏んだのさ。少なくともオレならそうする。絶対当てたいビジネスならね」
「外れたらどうするつもりだったのか。もっと密やかな手段で暗殺を企んだかもしれないぞ」とバスティオン。
「それはない。あんたらは陰険になるにはあまりにも律儀なんだ。だからこうして3人が今ここにいる」
「こいつ、バカなのか賢いのか」とソラ。
「それは誰にもわからぬだろう」とバスティオン。
「まだオレを消すつもりなら、ここで切った張ったもいいけど。ケテルサンクチュアリ一の剣士の親友も黙っていないだろうし……」
「私のことなら招かれて療養に訪れているだけだ。そちらの揉め事に介入はしない」
「ま~たまたー、バスティ。そんなこと言って、いざオレがピンチになるとまた助けてくれるんだろう」
「知らぬ。そもそも狙われるような覚えがあるからこうなったのだろう。外した方が良ければ私は湯浴みに行かせてもらう。そちらで解決せよ」
一瞬目が泳いだヴェルストラだが、けたたましく笑い出した。
「まぁ、ここは穏便に。実は、話したい事がある。だから2人にここに来てもらったんだ」
席から立ち上がりかけたバスティオンと、懐から釘のような細身のナイフを取り出していたソラの動きが止まった。
Illust:п猫R
「我が社の情報網の話はさっきしたよな。どうも気になる話があるんだ。“悪意”の動きだよ」
初めてソラとバスティオンの視線が交わった。彼ら2人には思い当たる所が多すぎる言葉だったからだ。
「そうだ。地上の都セイクリッド・アルビオンで“悪意”と戦った天上騎士団と、ブラントゲートで“悪意”の侵入と戦う葬空死団。実は二人の敵は同じものなんだ」
バスティオンは座り直し、ソラもナイフを収めた。
「なるほど。新任祝いなどと称して我が政府にまで介入し、無理矢理に外遊させたのは妙だとは思ったが」
「では、お前がブラントゲートを侵す“悪意”の信徒の巨魁だという情報も」
「オレが流した虚偽情報だよ。本当はここにユース君にも来て欲しかったんだけど、まぁ彼にはセイクリッド・アルビオンの防備もあるだろうし、これから仲良くなればいいかな~とね」
「フッ、曲者め」
「これでビジネスマンとは笑わせる」
バスティオンとソラは声を合わせると、呆れた様子でそれぞれの飲み物を傾けた。
「いやぁオレもホッとした。ホントに殺されるかと思ったぜ。さ、つまみもどんっどん食ってくれよな」
ヴェルストラはヘラヘラ笑いながら卓を接待して、二人が一息ついたのを見計らい、最後にひとつ爆弾を投げることにした。
「さて、ここでもう一つ気になる話。オレの情報網で浮かび上がったこと」
「あの悪魔めが天輪の巫女に接触したのは知っている」
とバスティオン。さすがはケテルサンクチュアリ防衛省長官、早耳というべきか。焔の巫女リノと天輪の一行、そして因縁浅からぬディアブロス “暴虐”ブルースは目が離せない存在なのだろう。
「知の探求者の報告のことか」
とソラ・ピリオド。ストイケイアの終わりの始まり島の怪異について賢者セルセーラが惑星クレイに鳴らした警鐘は、水晶玉を持っていなくても今や、国土の防衛に関わる者であれば広く知られる情報となっている。
「いいや、それもあるが。オレが知ったのはある有名人の失踪についてだ。その人物とは……」
ブリッツ・インダストリーCEOの顔が真剣なものになり、剽軽な印象は消え去っていた。
「空飛ぶ幽霊船リグレイン号船長、怪雨の降霊術師ゾルガだ」
※註.単位は地球のものに変換した。
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《今回の一口用語メモ》
葬空死団とソラ・ピリオド
ブラントゲートの私兵組織。
自らを葬空死団と名乗り、「この世界に根差す悪を殲滅する」という理念のもと、世界にとって悪であると見定めたモノ(個人、組織、物を問わず)を徹底的に排除する。任務に応じ、生身から巨大な人型機動兵器までを操り、どこからともなく現れて対象を排除し、またどこかへ消えていく。
なお「葬空死団」のリーダーは電子媒体でしかやり取りが行われないため、構成員たちの中でも謎の存在となっている。
ソラ・ピリオドと葬空死団については
→世界観/ライドライン解説「サム(サミュエル・フレッドソン)」
も参照のこと。
ブリッツCEOヴェルストラについては
→ユニットストーリー世界樹篇067「ブリッツCEO ヴェルストラ」を参照のこと。
破天騎士団によるケテルサンクチュアリの革命とその結果については
→ユニットストーリー世界樹篇062「ユースベルク“破天黎騎”」
ユニットストーリー世界樹篇067「ユースベルク“反抗黎騎・疾風”」
ユニットストーリー世界樹篇069「#Make_A_Trend!! キョウカ」
ユニットストーリー世界樹篇070「ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐”」
ユニットストーリー世界樹篇071「魔石竜 ロックアグール」
ユニットストーリー世界樹篇072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(前編)」
ユニットストーリー世界樹篇073「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(後編)」
を参照のこと。
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南極大陸、ブラントゲート国セントラル・ドーム。
ここはその半球型のドームから少し離れた崖の上。都市を築いた際に唯一残された小山、風雪に削られ剥き出しになった岩の合間に彼は身を潜めていた。
戦術スコープの視界が日光に煌めくドームの表面を下ると、内部にそびえる巨大なビルの最上階の窓を照準に収める。極寒の外気や過酷なブリザードから完璧に都市を守ってくれるこの透明な天蓋だが、こうした監視任務にはもっとも厄介な代物となる。
「標的確認」
『データを。ソラ』女性の声。彼女の名はルリだ。
「距離800m。無風。遮蔽物あり。ドーム外壁。硬質/曲面/防弾」
ソラと呼ばれた男性は、相互リンクで結ばれた同僚に唇をわずかにしか動かさず淡々と答える。
陽があるとはいえ外気は冬の南極の大気。極寒のこの環境では吐く息までがたちまち凍り付いてしまう。
『リーダーからの攻撃許可は出ていない。ソラ、このまま待機だ』男性の声。彼の名はザクセンという。
「標的に動き。特定人物と接触中。追って報告する」
ソラは通信を切って集中した。骨の髄まで凍える環境の中、姿勢は相変わらず微動だにしない。
再び、スコープの十字の中心に男性の顔が映る。
ソラはその男の名を知っていた。いや、この国の住民でその顔を見たことが無い者などいるのだろうか。
「ブリッツ・インダストリーCEOヴェルストラ」
窓の方を振り向いた標的の顔は──信じ難いことだが──はるか遠方であるこちらに向けてにやりと笑ったようだった。
Illust:西木あれく
「なぁ、葬空死団って聞いたことある?」
夕刻。といっても白夜の今は、太陽の位置以外ほとんど日の陰りを感じることもない。
「バスティ」ヴェルストラは促した。
「ああ」
頂の天帝バスティオンはヴェルストラと背中合わせの椅子に座り、氷に空けられた穴に釣り糸を垂れていた。
少し離れた場所には2人の随行員が不動で控えている。この極寒の中、ヴェルストラがどう誘っても釣りに加わるのも暖を取る事も固辞した若い天上騎士たちである。
「ブラントゲートの私兵組織。『この世界に根を張る悪を殲滅する』との理念の元、自分たちが悪と定めたものを徹底的に排除する組織とのことだが」とバスティオン。
「さっすが。迷惑なほど有り余る正義感で悪を懲らしめる組織といえば、どっかの国にもあったよな。……おっとこれは失礼。ケテルサンクチュアリ防衛省長官どの」
「私兵の標的となりそうな暴走経営者もな、ブリッツ・インダストリーCEO」
南極の大気のように冷たすぎる返答に、ヴェルストラはのけぞって笑った。
秘書の催促や指示を求める社員たちから逃れて無理矢理もぎ取った休暇。背には彼の親友。一応、二人きり。今この時が楽しくて堪らない。
ここはブラントゲートのセントラル・ドームから空飛ぶバイクで1時間ほど離れた彼の別荘。
ヴェルストラが異国の客を招いたのは美しい山と森に囲まれ、良質な温泉でも知られる保養地。その真ん中にある凍った湖の上である。
「それでその葬空死団だけどさ。まぁ言ってみれば『世直し隊』みたいなものなんだけど、一つ謎があるんだ。さっき私兵の集まりと言っただろう、バスティ」
「その呼び方はやめろ」
「バスティ。謎というのはリーダーについてだ。神出鬼没の葬空死団は命令を各員が随時、通信で受けとっているのさ。誰も直接会った者はいない。つまりヤツらを指揮し、何が“世界の敵”かを判断しているリーダーの顔は誰も知らないんだ」
「機密は良いとして、それで統制がとれるものか」
頂の天帝の評価は疑問と否定の中間のように聞こえた。
「とれてると思うぜ。例えば……」「!」
バスティオンは竿を置いて立ち上がった。
「標的が絶対防御のドーム都市を離れて親友と休暇に出かけた場合、発見されにくいように人数を最小限に絞った最強の刺客が、私有地を囲むレーダーの監視網を超低空飛行でかいくぐって襲撃してくる、みたいな」
ヴェルストラは空の彼方を指した。白夜の太陽を背に、猛烈な勢いで接近する影があった。
Illust:とりゆふ
「敵は単騎。各個迎撃」
バスティオンの命令は簡潔だった。
身体より大きい羽根形の大弓を引き絞り、轟音とともに放ったのは天示の騎士ヴェフリーズ。
「我が主をお守りする!騎士が騎士たる誇り故!」
神聖魔術が付与された矢は、回避行動を取る敵機に対し、どのような地対空ミサイルでも不可能な軌跡を描きながら追いすがり、しかし直撃する寸前で剣に切り払われた。
Illust:匈歌ハトリ
「全力全開、出し惜しみ無し!」
勇往の天刈ロンダリアは甲冑の力で空に飛び上がると、両手に構えた聖槌で敵機に殴りかかる。繊手にはおよそ似つかわしくない大槌が軽々と振られ、波濤のように相手に迫る。
Illust:藤ちょこ
しかし、ここでまたしても敵は両手剣で応酬した。
その巨体──至近距離まで近づいたそれが人型機動兵器だと誰の目にもわかったが──は、二人の騎士の迎撃を躱し、バスティオンとヴェルストラをかすめて湖の低空を通過する。
衝撃波が氷を砕き、湖に入った亀裂から冷たい水が噴き出した。
「待てよ、バスティ」
とヴェルストラは剣を抜いて敵と正対しようとする頂の天帝を止めた。その背後でケテルの騎士2人もCEOを凝視する。
「なぜ止める。あれしきの敵にこの私が遅れを取ると思うのか」
「いいや。だが標的はこのオレ様だ。相手はオレがする」
返ってきたバスティオンの目線の意味を察して、ヴェルストラは手を振った。
「まだ出来てねぇよ。ウチ特製のカッコいいCEO専用強化スーツはさ。だが……」
ブリッツ・インダストリーCEOは自分をかばう腕をそっと押し返して、割れた湖面と低空でホバリングする葬空死団の人型機動兵器の前に立ちはだかり、手を広げた。
「聞こえてるんだろ。この通り、オレは逃げも隠れもしない。ただ……」
ヴェルストラはにやりと笑って鼻をこすった。
「狙われるからには理由を知っておきたい」
『知ってどうする』
人型機動兵器の声が轟いた。
「お。答えてくれたな。そうだ、オレはただ知り体験したいのさ、全てを。友を。人生を。創造の秘密を。この惑星生きとし生けるものの全てを」
『それが知れたら殺されてもいいのか』
「いいよ。オレが満足したらな」
『お前はバカだ』
「同意」ここまで黙って聞いていたバスティオンのひと言。
「ひっでぇな、お前ら。……それはそうと、降りてきて話そうぜ。ピリオド」
「……」
「ソラ・ピリオド。あんたこそが葬空死団のリーダーだ」
人型機動兵器のパイロットの停滞と沈黙は、それがまるで巨人自身のそれだったかのように、剣は収められ湖上から殺気は消えた。
Illust:とりゆふ
「葬空死団“裂空神”アーヴァガルダか。いい機体じゃないか。ソラ・ピリオド」
ヴェルストラは湖畔に着地した人型機動兵器を窓越しに惚れ惚れと見上げた。
自分が所有するものであれ他人が操るものであれ、良くできた構造物を心から愛する男なのだ。
「フ……」
暖かな部屋の中で低い笑いが響いた。ヴェルストラが嬉しそうに笑顔で振り返った所を見ると、今のはどうやら天上騎士団団長の控えめな同意の声であったらしい。
ここブリッツ・インダストリーCEOの別荘は主の趣味なのか、意外なほどクラシックな──つまり湖畔の別荘とはかくあるべしと思えるほど居心地が良く整頓された──造りだった。
「正体が知れるのは迷惑だ」とソラの第一声は無愛想きわまりなかった。
「湖でくつろぐ釣り人に人型機動兵器で突っ込んでくるヤツに言われたくねぇな。でも大丈夫、ここにいるのはみな口の固いヤツばかりさ。沈黙は金ってね」
ヴェルストラは薪が爆ぜる暖炉を背に、テーブルに置いた各人のグラスに最高の酒を惜しみなく注いだ。
「酒はやらない。反射速度が鈍るだけ」
「つまんねぇの。ま、確かにこの酒はオマエにはまだ早いかもな」
「早い遅いの問題じゃない」
「わかったわかった。じゃ水だ。ほらよ」
とヴェルストラがボトルを投げるとソラは指先で受け止めた。目線は標的から一瞬も離さない。
この部屋にはソラ、バスティオン、ヴェルストラの三人きり。2人のケテルの騎士は今後あるかもしれない第2の襲撃に備え、いまも極寒の屋外で警備に当たっている。
「なぜわかった」
「監視のことか?それともオマエの正体?」
「両方だ」とソラ。
「んー。情報の網そのものを握る、つまり監視を監視するのもおれの会社の得意技でね。それと知ってるか。あんたらの使ってる特級人型機動兵器、ブリッツ・インダストリー製なんだぜ」
「知っている。だが組織内部の機密管理は完璧だと思っていた」
「完璧だったよ。そこでオレは考えたのさ。ボスの命令を受けて日がな一日、凍った岩に寝そべってオレを監視し続けるようなヤツ、つまりはソラ、あんたこそが誰も知らないボス自身だったら面白ぇな、って。まぁ、勘だな」
「面白い?勘だと?」
「あり得る。これはそういう奴だ」
とバスティオン。何か仕掛けがあるらしく、傾けるグラスの酒は兜に遮られることもなく干されている。
「真面目な話をすれば、大きな標的ほど他人任せにはせずピリオド自身が出張ってくる、と踏んだのさ。少なくともオレならそうする。絶対当てたいビジネスならね」
「外れたらどうするつもりだったのか。もっと密やかな手段で暗殺を企んだかもしれないぞ」とバスティオン。
「それはない。あんたらは陰険になるにはあまりにも律儀なんだ。だからこうして3人が今ここにいる」
「こいつ、バカなのか賢いのか」とソラ。
「それは誰にもわからぬだろう」とバスティオン。
「まだオレを消すつもりなら、ここで切った張ったもいいけど。ケテルサンクチュアリ一の剣士の親友も黙っていないだろうし……」
「私のことなら招かれて療養に訪れているだけだ。そちらの揉め事に介入はしない」
「ま~たまたー、バスティ。そんなこと言って、いざオレがピンチになるとまた助けてくれるんだろう」
「知らぬ。そもそも狙われるような覚えがあるからこうなったのだろう。外した方が良ければ私は湯浴みに行かせてもらう。そちらで解決せよ」
一瞬目が泳いだヴェルストラだが、けたたましく笑い出した。
「まぁ、ここは穏便に。実は、話したい事がある。だから2人にここに来てもらったんだ」
席から立ち上がりかけたバスティオンと、懐から釘のような細身のナイフを取り出していたソラの動きが止まった。
Illust:п猫R
「我が社の情報網の話はさっきしたよな。どうも気になる話があるんだ。“悪意”の動きだよ」
初めてソラとバスティオンの視線が交わった。彼ら2人には思い当たる所が多すぎる言葉だったからだ。
「そうだ。地上の都セイクリッド・アルビオンで“悪意”と戦った天上騎士団と、ブラントゲートで“悪意”の侵入と戦う葬空死団。実は二人の敵は同じものなんだ」
バスティオンは座り直し、ソラもナイフを収めた。
「なるほど。新任祝いなどと称して我が政府にまで介入し、無理矢理に外遊させたのは妙だとは思ったが」
「では、お前がブラントゲートを侵す“悪意”の信徒の巨魁だという情報も」
「オレが流した虚偽情報だよ。本当はここにユース君にも来て欲しかったんだけど、まぁ彼にはセイクリッド・アルビオンの防備もあるだろうし、これから仲良くなればいいかな~とね」
「フッ、曲者め」
「これでビジネスマンとは笑わせる」
バスティオンとソラは声を合わせると、呆れた様子でそれぞれの飲み物を傾けた。
「いやぁオレもホッとした。ホントに殺されるかと思ったぜ。さ、つまみもどんっどん食ってくれよな」
ヴェルストラはヘラヘラ笑いながら卓を接待して、二人が一息ついたのを見計らい、最後にひとつ爆弾を投げることにした。
「さて、ここでもう一つ気になる話。オレの情報網で浮かび上がったこと」
「あの悪魔めが天輪の巫女に接触したのは知っている」
とバスティオン。さすがはケテルサンクチュアリ防衛省長官、早耳というべきか。焔の巫女リノと天輪の一行、そして因縁浅からぬディアブロス “暴虐”ブルースは目が離せない存在なのだろう。
「知の探求者の報告のことか」
とソラ・ピリオド。ストイケイアの終わりの始まり島の怪異について賢者セルセーラが惑星クレイに鳴らした警鐘は、水晶玉を持っていなくても今や、国土の防衛に関わる者であれば広く知られる情報となっている。
「いいや、それもあるが。オレが知ったのはある有名人の失踪についてだ。その人物とは……」
ブリッツ・インダストリーCEOの顔が真剣なものになり、剽軽な印象は消え去っていた。
「空飛ぶ幽霊船リグレイン号船長、怪雨の降霊術師ゾルガだ」
了
※註.単位は地球のものに変換した。
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《今回の一口用語メモ》
葬空死団とソラ・ピリオド
ブラントゲートの私兵組織。
自らを葬空死団と名乗り、「この世界に根差す悪を殲滅する」という理念のもと、世界にとって悪であると見定めたモノ(個人、組織、物を問わず)を徹底的に排除する。任務に応じ、生身から巨大な人型機動兵器までを操り、どこからともなく現れて対象を排除し、またどこかへ消えていく。
なお「葬空死団」のリーダーは電子媒体でしかやり取りが行われないため、構成員たちの中でも謎の存在となっている。
ソラ・ピリオドと葬空死団については
→世界観/ライドライン解説「サム(サミュエル・フレッドソン)」
も参照のこと。
ブリッツCEOヴェルストラについては
→ユニットストーリー世界樹篇067「ブリッツCEO ヴェルストラ」を参照のこと。
破天騎士団によるケテルサンクチュアリの革命とその結果については
→ユニットストーリー世界樹篇062「ユースベルク“破天黎騎”」
ユニットストーリー世界樹篇067「ユースベルク“反抗黎騎・疾風”」
ユニットストーリー世界樹篇069「#Make_A_Trend!! キョウカ」
ユニットストーリー世界樹篇070「ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐”」
ユニットストーリー世界樹篇071「魔石竜 ロックアグール」
ユニットストーリー世界樹篇072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(前編)」
ユニットストーリー世界樹篇073「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(後編)」
を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡