ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
089 龍樹篇「隷属の葬列 リアノーン・マスクス」
ストイケイア
種族 バイオロイド
ブラントゲート・ファーイーストドーム 朝8:00/入出国管理局面会室
「今から、録画を始めます。」
セラスの指がデスクの一部を押す所から、そのデータは始まった。
その部屋は暗かった。2人が向かい合ったデスクとその周囲だけがぼんやりとした明かりで照らされている以外は。
Illust:ERIMO
「接見担当:極光戦姫セラス・ホワイト。……では、国籍とお名前、種族をどうぞ」
「えっと……いま、自分で喋ればいいですか?」
「はい。決まりですので」
「ストイケイアの満開の大行進リアノーン。バイオロイドです」
「リアノーン。ブラントゲート国には今回、何のご用でしょうか」
「あぁ、奉納公演ですよ。何度も来ていますから!」
「そうですね。確かに過去に記録があります」
ここでセラスは再び指を動かすと、デスクの上に3D書類が現れた。これは仮想現実として手でめくれるものらしい。部屋に沈黙が降りた。
「あの、どういう事でしょうか。私、昨日からここに泊められていて。今までこんな事、一度も……」
「通常の手続きです。セントラル・ドームから駆けつけるまで少し時間がかかってしまいましたが」
ノックの音。
「捜査官セラス」
遠慮がちに顔を出したのは極光戦姫ペネトレイト・アクアスである。彼女の愛銃であり代名詞の貫通ロングライフルはキャリングケースに収められ、肩付けされている。
Illust:祀花よう子
「ユースベルクについての水晶玉報告ね。聞いてるわ」
ペネトレイトは安心したように頷くと一礼し、最後にバイオロイドに一瞥を投げてから扉を閉めた。
「ユースベルクって、ケテルサンクチュアリのユースさんですか」
「ええ」
「しばらく会っていないですけど、元気だといいなぁ。楽しい人だったから」
「報告によれば負傷したようですね」
「ええっ!?」
「命に別状はないそうですが」
「はぁ~、良かったぁ。やっぱり騎士さんって危険が多い仕事なんですね」
「リアノーン」
セラスは別な書類をデスクに呼び出した。
「はい?」
「あなたに捜索願が出ています。世界樹の音楽隊とカラーガード3人から。一座はまもなくこちらに到着する予定です」
「あ、あはっ!みんなには心配かけちゃいましたね」
「どこにいましたか」
「どこ?」
「行方不明になっていた間です」
「あー。ええっと、トモダチの所にお世話になってました」
「ご友人のお名前は」
「それは、プライベートなことだと思いますけど」
「これも仕事なので。ではこの項目は無回答としておきましょう」
「……」
「質問はもう少しで終わりです。階下に身元引受人もいらしているようなので、問題なければこのあとは自由です」
「よかったぁ」
セラスはまたデスクを操作した。
すると今まで閉じていた窓のシェードが巻き上がり、まぶしい朝日が室内に射し込んでくる。
窓の外は万年氷に覆われた南極大陸の真っ白な世界。その雪を頂いた峰の麓に、とてつもなく巨大な樅の木が聳えていた。
「なんて見事な世界樹……」
うっとりとしたリアノーンの呟きをセラスは聞き逃さなかった。
「ブラントゲートの極東世界樹。これがあなたの狙いね」
「そうです。だからもう早く行かせてください」
答えてから、リアノーンは慌てて言い継いだ。
「あ!い、いや、そうじゃなくて……そう、あの樹の前で演奏するので、もう待ちきれなくて!」
「音楽隊もまだ着いていないのに?」
「下見ですよぉ。いやリハーサルかなぁ……」
「星降る夜。悪意が現れる。この星のいずこか」
「……」
唐突にセラスが口に出した言葉に、リアノーンは動きを止めた。
部屋を支配する張り詰めた沈黙は、見ているものが不安になるほど長かった。
やがて極光戦姫セラス・ホワイトが口を開いた。
「審査は以上です。お疲れ様でした、ストイケイアのリアノーン」
セラスは立ち上がって、音楽隊の指揮者に扉を指し示した。
「種族の坩堝、ブラントゲートにようこそ」
続くセラスの言葉に、扉に向かって歩いていたリアノーンの足が止まった。
「我が国は異邦人を拒まない」
「それってどういう意味なのかな」
リアノーンの口調が少し変わっていた。リアノーンをよく知る者ならば、そもそもこの面接の最初から彼女の様子に違和感を覚えていたに違いなかったが。
「文字通りの意味です。あなたがどんな存在であれ、我が国と市民、土地に危害を加える恐れが無い限りはブラントゲート入国審査官として拘束することはできません。もちろんそうでなくなったら躊躇わず監獄にお送りしますが」
「極光戦姫のお姉様にそんなこと言われるなんて……私、警戒されているんですね」
今度はセラスが沈黙する番だった。
リアノーンが扉に手を掛けた。
この瞬間、室内はまるで真剣を手にした者が見合うような極限の緊張に張り詰めた。
(この者が脅威ならば、今、禍根を断つべきだろうか)
セラスの頭によぎったのはそんな思考だったかもしれない。セラスには奥の手である極光烈姫セラス・ピュアライトの形態、そしてかつて精霊トリクスタ、トリクムーンをも捕縛した《潔白の掌握》がある。永遠にリアノーンをこのドームに封じることさえできるのだ。
「いいんですか」
リアノーンはぽつりと呟いた。
セラスは動けなかった。彼女は法を守る優秀なエージェントである。それ故に法にこそ縛られるのだ。疑わしきは罰せず。この点、この部屋で繰り広げられた勝負はセラスの負けだった。
そして、それを看て取ったリアノーンは微笑を浮かべた。何か深い意思と経てきた経験──それは言葉にすると自身の“変革”なのだろうか──を感じさせる笑みだった。
「……」
セラス以外には聞き取れない謎めいたひと言だけが空気に漂い、リアノーンは去り、動画は停止した。
ブラントゲート・ファーイーストドーム 朝8:22/入出国管理局面会室
「セラス様ぁ、これでよかったんですか?」
極光戦姫グレネード・マリーダはプロジェクターに流れる動画を見終えると、窓際に佇むセラスの後ろ姿に呼びかけた。
Illust:田所哲平
「みすみす見逃したら、超銀河警備保障が負けたみたいで……悔しい」
とマリーダ。彼女の得意はデスクワークでは無く、その名の通りまるでボール遊びのように繰り出される手榴弾で悪者を吹っ飛ばす♡ことなのだ。
「私たちは軍隊ではないのよ、マリーダ。治安と平和を維持することが仕事。勝ち負けではないわ」
「はーい……」
マリーダは悄気た。
「情報は十分に取ることができた。時間も稼ぎ、警戒態勢を敷いて、来るべき戦いに備えることができた」
「というと?」
戦いの予感がする。マリーダに少し元気が戻ってきた。
「そろそろ次のお客様がいらっしゃる頃ね。マリーダ、到着ゲートで東洋からのご一行をお迎えして」
とセラス。マリーダはびしっと敬礼を決めると扉を開け、竜の群れを出迎えるため駆けていった。
光に満ちた朝だった。
その眩しい冬の陽差しの下、まだ誰の足跡もないブラントゲートの極東世界樹への道を、新雪を踏みしめて歩く影の一団がある。その歩みは疾いが重々しく陰鬱なものだ。見つめるセラスはなぜか“葬列”という言葉を想起した。
その一つ、先頭の女性が振り返った。リアノーンだ。
セラスを、法と治安の守護者を見つめている。これほどの距離があっても、厚いガラスに隔てられていてもそれがわかった。
『世界から音が消えても、私達の音楽は世界樹の為に』
リアノーンの唇が動いている。先ほど別れの時に聞こえた言葉だ。セラスが確証を掴めず、審査で(一旦とはいえ)自分を見逃さざるを得なかったことを知っていて、繰り返しているのだ。
指揮者の手が持ち上げる。
そこには仮面があった。
そしてそれが着けられ、リアノーンだったものが別な存在へと変化してゆくのが見えた。
「マスクス……」
セラスは今しがた共有されたその集団の名を知っていた。その名を帯びた者の名も。
「リアノーン・マスクス」
Illust:にじまあるく
了
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《今回の一口用語メモ》
隷属の葬列 リアノーン・マスクス
ここではブラントゲート入出国管理局から共有された情報を紹介する。
ストイケイアの満開の大行進リアノーンは、ブラントゲートの入国審査を通過した。
一晩かけたスキャニングでも──ブラントゲートには国としての性質上、あらゆる宇宙的な現象や物質を精査する技術があるが──何も不審な点は見つからず、手荷物として仮差押えをした「仮面」にもまた、検査の時点では異常を確認することはできなかった。
今回、急遽ではあるが接見担当を引き受けた超銀河警備保障、極光戦姫セラス・ホワイトのコメントによれば、リアノーンは「まるで深い悩みから解放されたかのように明るく、人物プロファイルよりも陽気に親し気に振る舞っているように感じられた」そうである。
これはここまで“マスクス”を名乗る人物に共通した特徴のようであり、「仮面」「龍樹」「悪意(の使徒)」という今回の事件の真相に迫る一つの鍵であるようにも思われる。
ブラントゲートでは超銀河警備保障の下、厳戒態勢が続いている。
続報待たれたし。
シャドウパラディン第5騎士団副団長/水晶玉特設チャンネル管理配信担当チーフ
厳罰の騎士ゲイド 拝
厳罰の騎士ゲイド 拝
極光戦姫セラス・ホワイトと極光烈姫セラス・ピュアライトについては
→ユニットストーリー037「極光烈姫 セラス・ピュアライト」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡