ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
091 龍樹篇「業魔宝竜 ドラジュエルド・マスクス」
ダークステイツ
種族 アビスドラゴン
ゴォォォォ!
灼熱の炎が雪原に渦巻いた。飛び散る白霧は猛り狂う吹雪か蒸気か。
城塞の大地は干上がり、瞬時に溶鉱炉と化した大気の中でユースベルクは塵と化し、消えた……かに見えた。
「やるのう、破天の騎士」
ドラジュエルドの見つめる先に、槍の一閃で虹の炎をなぎ払ったケテルの騎士の姿があった。槍を中心に腰を落とした重心の低い構えがぴたりと決まっている。完璧な防御の形である。
「反抗励起。ケテル地上の民の粋を舐めるな」
そう。ユースベルクが背負っているのはアリアドネが謳う天下無双の究極武装というだけではない。地上の都セイクリッド・アルビオンの、彼が愛し彼を慕う同志、すべての民の希望なのだ。
『ユースベルク“反抗黎騎・疾風”!!』
破天の騎士の姿が変わった。
これは疾風の黎騎。最速の形態である。
「ほう。それで来るか」
「さて、ご老体。虹の魔石の主がなぜ道を踏み外し、宇宙よりのものに加勢するか……」
立ち上がったユースベルクの声は死闘の場に似つかわしくないほど静かで落ち着いていたが、むしろそれ故に凄みがあった。
「我に教えてもらおう!」
睨み合う騎士と竜。五角城塞跡に闘気が充満してゆく。戦いはこれからだ。
Illust:萩谷薫
「ユース君」
同じ共同住宅に住んでいる同級生に呼びかける少年そのものの口調で、ヴェルストラは病室のドアを開け、笑顔を覗かせた。
「また貴様か」
破天の騎士は心底うんざりした様子で答えた。ベッドに掛けたユースベルクはちょうど足甲を着け始めた所だった。まだ兜も被ってはいない。
「まぁ、そう言うなって。バスティもソラも用が済んだらすーぐ行っちまうんだもの」
ヴェルストラは相対するソファーに腰掛けてへらへら笑う。もっとも、縁浅からぬバスティオンとブルースが正面切って鉢合わせしないよう、かつ互いに無事な様子だけは目線で確認できるよう、艦内ですれ違えるように仕組んだのもこの男である。ケテルサンクチュアリ防衛省長官が評するとおり、このCEOは曲者だった。
「こうしてユース君をせっかく捕まえたんだ。もう少し腹割って話してくれるまで帰さないぜぇ」
「好きにしろ」
ユースベルクの返事にヴェルストラは破顔した。放置は承知。完全にこの男のペースである。
このごく短い入院生活の間、病室に押しかけたこの船の主はあれやこれやのお見舞い品とお喋り攻勢で医師団と看護師からの再三の警告。本人の無視にもめげずに通い続け「名前で呼んでくれ」としつこく付き纏った結果、ユースベルク側の呼び名も、かつて旧都で出会った頃の“貴殿”から昨日は“CEO”になり、今“貴様”とようやく砕けたところである。
「ま。俺の友達、みんな忙しすぎるんだよな、特に組織の長ってのはさ。モテる男ってツライよなぁ」
破天の騎士は黙ったまま視線を窓の外に流れる風景に移した。
星刻姫の“星刻の魔術”なるものに導かれ、ダークステイツのどこかにある屋敷にまで移動させられ、売られた喧嘩で負傷したところを悪魔と葬空死団によって救出され、結果として同志には黙ったまま、このブリッツ・インダストリーCEOの保護を受ける事となった。
また仕方ないこととは言え、一時、反抗励起の装備一式も預けざるを得ない流れにもなってしまった。秘儀を分析する機会を与えてしまったと知ったらアリアドネはさぞ怒ることだろうが。さて……。
「お!そういえば点滴外れたのか。寝てなくて良いの?先生はなんて?」
ユースベルクの沈黙をどう取ったのか、ことさら明るくヴェルストラは話しかけた。
「もう問題ないそうだ。ブラントゲートの先進医療には驚かされる。……この度はいろいろ世話になった」
隻眼の騎士は兜を脇に抱え、感謝の礼を捧げた。礼儀に篤い事は万国共通の人品教養の評価基準である。短気だろうと頑なであろうと多少口が悪かろうとも若きユースが好かれるわけだ。
「どういたしまして。我が艦に地上の都セイクリッド・アルビオンの若き英雄をお招きできるとは望外の光栄」
同じく立ち上がったヴェルストラは胸に手を当て優雅に会釈してみせた。この男は始終おちゃらけていながら、こういう仰々しい儀礼をマントさばきも鮮やかにこなす所が実に憎い奴である。
「で。用はなんだ」
ユースは素っ気なく甲冑の装着に戻った。
「ユース君に会いたいって人がたったいま到着してね。連絡機を迎えに行かせたらセイクリッド・アルビオンからすっ飛んでき……」
「ユース!」
足音。ヴェルストラに皆まで言わせず、廊下から獣人フリーデが駆け入った。ただユースの前には立ったものの、どうすることもできずに差し出した手を握っては開くを繰り返している。姿を消す直前、あの時言いかけたこと、言いたかったこと、なんで言わなかったのか……想いばかりが次から次から溢れてくるのだ。
「心配かけたな」
ユースベルクはフリーデの頭に手を置いた。ボロボロ泣き出したフリーデはその手を強く握ってただ頷くばかり。だが二人にはこれで十分だった。
「よっ!」
ヴェルストラの後ろから破断の騎士シュナイゼルが片手を振った。こちらにも片方の手を挙げればそれで通じた。どちらも文字通り腹心の友であり同志である。おおげさな言葉も所作もいらない。
「あー。感動の再会を邪魔するのは気が引けるんだけど……」
「構わぬ。我らは戦士、いついかなる時も備えている。貴様の用とはそのことなのだろう」
ユースベルクの返答に、ヴェルストラは真面目な顔で頷いた。
「あぁ。思わぬ伝令が来た。ラウンジに皆を待たせてる」
Illust:Hirokorin
惑星クレイの庶民の間で通じるジョークに「空母持ちの金持ち」というものがある。
これが意味する所は2つ。
ひとつは“無用の長物”。
空母とは航空戦力を搭載して軍事作戦行動をおこなう母艦のことである。わざわざ国家相手にケンカを売るような希代の大馬鹿者でなければ、個人が航空機動軍団を所有する意味など無い。
もうひとつは“大飯食らい”、つまりは“浪費”だ。
空母はその規模においてもはや一つの街といってもいい巨大建造物である。建造はもとより運用にもとにかく金と人員、エネルギーがかかる。それらを湯水のごとく食らって維持されるシロモノを(繰り返しになるが)個人で所有して空に、果ては宇宙へも乗り回す意味は全く無いはずである。
しかし天輪聖紀にはたった一人、この冗談のような男がいる。
強襲飛翔母艦リューベツァール、主飛行甲板の上。
ブリッツCEO ヴェルストラは吹き付ける高空の烈風をものともせず、仁王立ちしていた。
一方の艦内ラウンジ。
CEOの姿を見下ろす一同は饗された豪華すぎるブランチにありついていた。
「ドラジュエルドは一騎打ちならば受けると言っている」
封焔の巫女バヴサーガラは傾けていたコーヒーのカップをソーサーに戻すと、おもむろにそう切り出した。その隣ではトリクムーンが無表情のままコーヒーを啜っている。
「指名は破天の騎士ユースベルク、ディアブロス “暴虐”ブルース」
騎士と悪魔は目線を合わせた。
星刻姫の館からの脱出劇からまだ時間も経っていないが、命を張って戦う漢同士、言葉は少なくとも通じ合うものがあるらしい。ブルースにとってはまた新たな拳友が加わったようである。
「戦いを挑めるのは常に1名だ。見届け役を頼まれた私はどちらにも加勢しない」
とバヴサーガラは釘を刺した。彼女が惑星周回軌道上にあるA.E.G.I.S. 基地から転送されてきたのは数十分ほど前。『銀河英勇』の本部に届いた、仮面に連なる者魔宝竜ドラジュエルドからの便りは、宛先である旧友バヴサーガラを通じて指名する者たちへの挑戦状であったらしい。
「望むところだ。我が行く。漢の戦いを二度も邪魔してくれるなよ」
ユースベルクはそう答えると、携えていた兜を着けて立ち上がった。ユースベルクが言う一度目とは先の革命の際、ドラジュエルドに決死の戦いを挑もうとした彼をバヴサーガラが止めた事を指している。
「まだどちらが先かは決まっていない」
とブルースは腕組みを解かずに言った。その目は閉じたままである。
『そーそー。順番って大事なんだよ、ユース君。果たし合いも、商売もね~』
ブリッツ・インダストリーCEO ヴェルストラの笑い声がスピーカーから響いた。
名だたる戦士たちに対し緊張感のかけらも無いコメントに、一同から離れたテーブルに座っていたケテルの天使リプレニッシュメント・エンジェルは眉をひそめ、床に屈んでいる封焔竜カーンクシャティは翼を揺らした。天使と竜とテーブルを同じくするフリーデとシュナイゼルのように、何だろうあれは?と肩をすくめる感じの動作か。
もっとも、なんでこの男ヴェルストラだけが暖かなラウンジを避け、極寒の飛行甲板にいるのかの方が理解に苦しむ所だ。一人で高い所に立つことが趣味なのだろうか。
ラウンジの外、ブラントCEO向こうは青く晴れあがった空。眼下は一面の雪景色。
ここはブラントゲート北部。はるか前方にはダークステイツ国境にまたがる山地が広がっている。
一同を乗せた巨船はいまその上空にあった。
Illust:ショースケ
Illust:北熊
「ほぅ。決まったか。悪魔が先陣を譲るとはね」
飛行甲板に一人現れたユースベルクを見て、ヴェルストラはにやりと笑いかけた。
「2人の説得のほうが大変だった」
そう言いながら、ユースベルクは律儀に飛行甲板のカタパルト待機スポットまで歩みを進めた。フリーデとシュナイゼルはどうしても付いていくと言って聞かなかったのだろう。ラウンジの窓にはこちらを見つめる姿が見える。
「親友って最高だよな」とヴェルストラ。
「あぁ」とユースベルク。短い返答に万感の思いがこもっている。
「家族もそうだ。このオレ様にとって社員ってのはまさに家族なんだよな。だからキツいことも言えるし、ダメなら本気で叱る。精一杯やったら後はもう成功でも失敗でも一緒に騒いで、次の日にゃ忘れちまう」
「俺にとっては破天の同志が、たぶんそれだな」
ユースベルクは飛翔に備えて反抗励起を翼のように広げた。
「オレはさ、嬉しいんだよ。最近、たっくさん親友が増えてさ。この惑星に名だたる英雄がああやってオレの卓で飲み食いしてるのを見てると、あれがオレの親友だと思うと、ちょっと身震いする。ずっと、いつまでも肩組んで悪態付き合っていたいのさ。だから……仮面の連中だっけ?ヤツらの言うトモダチは胡散臭くていけないんだよな。どうにもお互い腹を割ってうまい酒が飲めそうもない」
「さっきの卓に、酒はなかったがな」とユースベルクは前傾姿勢を取った。
「全力勝負の前に酒はやめときなって。帰ってきたらたっぷり振る舞うから……フライハイツ!」
ヴェルストラは襟にあるマイクから、彼お抱えの天才オペレーターに呼びかけた。この一瞬の口調は鋭い。
『針路クリア。いつでもどうぞ!』
「了解!祝い酒用意しておくぜ、破天の騎士ユースベルク。……そら、行ってきな!」
ヴェルストラはそう言うなり、発艦サインを出した。本職のカタパルト要員も真っ青な華麗な体捌きだった。ずっと極寒の甲板で待っていたのは、どうもこれがしたかったかららしい。
“見送り感謝する”
ユースベルクもまたヴェルストラ私設航空隊パイロットばりの優美な敬礼を返し、蒼空へ飛びたった。
「くぅ……格好いいねぇ」
勇者の出撃を見届けたブリッツ・インダストリーCEOは衝撃波にマントをはためかせながら口笛をひとつ吹いて、鼻をこすった。
「こちらこそ感謝だよ、ユース君。楽しみに待ってな、オレ専用の超かっこいい戦闘スーツの完成を、さ」
そう言うとヴェルストラは、今度こそ親友の集うラウンジで駄弁るべく身を翻した。
五角城塞跡。
ブラントゲート国としては奇妙な地名である。
ドラゴンエンパイアの東洋の様に──北都であるとか黒甍の都など──、その形と用途の説明だけがある古い名前。それはまだこの地がダークゾーン(現ダークステイツ国)の一部だった三千年前の名残なのだ。
その城塞跡で、今……
一人の竜と一人の騎士が向かい合っていた。
「石は持っておるな、破天の騎士よ」
「しかとこの胸にある、虹の魔竜よ」
ドラジュエルドの問いかけに、ユースベルクは重々しく答えた。
青すぎる空で睨み合う二人の姿はまるで一幅の絵画のようだ。
「よし。では始めるとするか。約定通り」
「始めよう。我ら二人きりで」
そして虹の魔竜が最初の炎を吐き出した。
ここで話は冒頭に戻る。
強襲飛翔母艦リューベツァールから舞い降りてきた破天の騎士ユースベルクと魔宝竜ドラジュエルドの戦いは、五角形の城塞を舞台にユースベルク優勢で推移していた。
ユースベルクの強さは若さと多様性──様々な型から繰り出される多彩な攻めにあり、対するドラジュエルドは老練さと身の内に溜めて吐き出す圧倒的な虹の炎の力にあった。
故にユースベルクは炎の直撃を避け、あるいは槍で撥ね除けながら次第に肉迫し、ドラジュエルドは城塞の中心にどっしりと構えて、騎士が飛ぶ先さらにその先へと炎を繰り出した。
──!
ユースベルクが避ける。この俊敏性は反抗黎騎・疾風の真骨頂である。
「むうっ!」
ユースベルクの槍がドラジュエルドの腹を突いた。
竜に対する時の定石とは「腹を狙え」である。
「一つ目に問う。ご老体、虹の魔石の主である貴様が、何故マスクスに与する」
「ふふ。決まっておろうが。“強さ”じゃ。ワシは龍樹の種グリフォシィドと話し、そして悟ったのじゃ。龍樹はこの惑星の未来を変えるとな」
「力はもう十分に持っているだろう!“ダークステイツの悪夢”と呼ばれ魔王たちにも恐れられるほどに」
「言葉をよく吟味せよ。“力”と“強さ”とは違うぞ。龍樹はワシの炎でも焼けなかった……渾身まであと一息の差を見切られてしもうた。龍樹に連なる一党、すなわちマスクスの強さとはその戦闘センスにもある」
「虹の魔竜の長がまさかこれほど容易に悪に転ぶとはな」
「悪?ワシはもとから悪じゃ。それは二つ目の問いかのう。心に刻んでおけ、若僧。善と悪は相対的な観念に過ぎぬ。国を動かす立場となるにはそれを超えた所に辿り着かんといかんぞ。先のお主の革命もあえて悪者の汚名を被るものではなかったか」
「あいにくと俺は親父の教育が良くてね。あのまま悪に徹することなどできなかったのだと今は思うのだ」
「では死ぬが良い!」
ゴォォォォ!
再び虹色の炎が破天の騎士を襲う。しかしまたユースベルクはその奔流を避け、二の槍を同じ箇所に叩き込んだ。
「うぐっ!やるのう……」
「三つ目の問いだ。グリフォシィドならびにマスクスの真の狙いとは」
「察しはついておるのじゃろ。この惑星の力を吸い上げて食らい、クレイと同化し、龍樹そのものに変えることよ……むっ!」
ドラジュエルドは苦痛に耐える様子になった。どうやらグリフォシィドの機密を口に上らせると──この惑星の上にいる限りどれほど離れていても──何らかの罰則があるらしい。
「大丈夫かな、ご老体」
ユースベルクはまだ若い。戦闘の高揚のあまりドラジュエルドがなぜ今、苦痛を押してまで喋りつつけるのかまでは察することができない。
「大事ない。さぁ来い!来ねば我が炎によって灰燼と化すまで!」
ゴォォォォ!ゴォォォォ!ゴォォォォ!
炎の奔流が三方に放たれた。避けられない。
だがユースベルクはあえて直進を選んだ。槍と反抗励起を前面に展開し、急激な錐もみ回転をすることで虹の炎を弾き飛ばす。
炎の力か反抗励起の速さか。
この勝負は後者に傾いた。
殺到する炎の流れを突っ切った瞬間、ユースベルクは竜との間に射線が開けたのを見た。それはまっすぐに槍を打ち込むべき一直線の道だ。
“もらったッ!”
この一番の、そして決定的な三の槍がドラジュエルドの胴体をぶち抜いた。
「ぐわぁぁぁ!」
「魔宝竜、破れたり」
ユースベルクは呟いた。手応えは十分だった。
反抗励起は竜を貫いて、いま破天の騎士を包む羽根のような形で静止している。必殺の突き、万全の攻撃で相手を貫いてなお心を鏡のように研ぎ澄ませ、次の攻防に備えて体勢を躾ける。これが残心である。騎士として万が一にも油断をついた逆襲など食らわぬ。
「安らかに眠れ」
だが──
「……ぁ、ハハハハ!!『疾風』型。惜しかったのう、ユースベルク」
「何!?」
胴を貫かれたはずのドラジュエルドの姿は背後から消えていた。
「若い頃じゃのう。ドラゴンエンパイアの忍びが見せた奇妙な術があった」
“空蝉の術”だと!?
マスク・オブ・ヒュドラグルム!!
声が呼ばわると老竜の新たな姿が雪煙の上空から降りてきた。
『業魔宝竜 ドラジュエルド・マスクス』!!
Illust:北熊
仮面の竜の次の襲撃はあまりにも疾かった。
殺到する虹色のエネルギーを辛うじて反抗励起が受け止めた。アリアドネ自慢の構造材が軋み、破天の騎士はただの一撃で五角城塞跡の敷地から弾き飛ばされた。
「ほ、炎ではないだと……」
全身を痛みと衝撃と消耗とが襲っている。
目の端に、今まで雪で見られなかった封焔の巫女バヴサーガラとトリクムーンの姿が見えた。見届け人の裁定を待つまでも無く、果たし合いは我の負けだ。
だが勝負には敗れても、意気地では譲らぬ。
「ほう、立ち上がるか。さすがはワシが見込んだ漢だけはあるわ。だが……」
「……」
「今のお主では未来は掴めぬ。お主は弱い」
「騎士とは民のために身を挺する者」
ユースベルクは顔を上げた。
「俺は今弱くても構わぬ。負けることは恥では無い。強くなりまた挑んで戦う。愛する民のために」
「また返り討ちにするまでよ」
「勝つまでやる、何度でも挑む。そしていつか我はお前を超えてみせる、魔宝竜ドラジュエルド!」
槍を支えに立っていられるのもやっとの状態。しかし決然と破天の騎士ユースベルクは叫んだ。
天下にあまねく名を知られた偉大なる虹の魔竜の長。自らを悪と言って憚らぬダークステイツの悪夢。ケテルサンクチュアリの騎士としていつかこの手で倒し、乗り越える目標としてこれほど燃える相手はいない。
ドラジュエルドは震えた。死地においてもなお前に進むことを放棄しない。無謀とも愚直とも呼べば呼べ。若さとはこうも眩しく美しいものか。だがその心が動いたことを察したのは旧き友バヴサーガラだけだった。
「その意気やよし。だがワシもマスクスとして止めの機会を逸したくは無い。許せ、ケテルの騎士よ」
ドラジュエルドの口が開いた。
虹のエネルギーの奔流。その疾さ、威力ともに今のユースベルクには避ける術もない。
ユースベルクの瞳が閉じられた。
その時──
Hut! Hut!!
南の空から赤い悪魔が弾丸のように五角の城塞に突っ込んできた。
※時間の単位は地球のものに変換した。コーヒーについては地球で似た製法の飲料の名称を借りた。※
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
【お詫びとご案内】強襲飛翔母艦リューベツァールにつきまして
親愛なるお客様方へ
平素は格別のご愛護を賜り誠にありがとうございます。
“犬小屋から軌道エレベーターまで”。
これはブラントゲートが誇る世界的工業会社、私どもブリッツ・インダストリーのモットーであります。
上記の標語はただの例えではございません。現在発売中の「機動犬舎 アインガルテン」は全世界の愛犬家の皆様より大変ご好評をいただいております。
詳しくはブリッツ・インダストリーの商品カタログをご覧ください。ネットショッピングに適さない通信環境にあられる場合や、ご希望の方には紙媒体での印刷配布も行っております。注文票付き総合カタログの本体・送料・定期交換代はいずれも無料ですが、大変分量がありますのでお受け取りの際にはくれぐれもご注意くださいませ。(弊社カタログ専用強化書庫※自走防犯機能付き&内部での快適な居住も可能※も販売しております)
さて、現在ブラントゲート北部を飛行しております強襲飛翔母艦リューベツァールにつきまして、お客様とダークステイツ国市民より多数お問い合わせをいただいておりますので、ご回答いたします。
強襲飛翔母艦リューベツァールは我が社が誇る最新鋭の飛行航空母艦であります。
ブラントゲート海・空・宇宙軍にも同型艦を納入。制式採用いただいておりまして、海上から宇宙空間までその性能と実績はまさに折り紙つきです。
但し、恐縮ながら以下を強調しておきたいのですが、現在ノースドームを母港とする強襲飛翔母艦リューベツァールは軍所属ではございません。つまりその建造および運用において軍事作戦行動を想定あるいは関与するものでなく、弊社CEO個人所有の構造物であり、ブラントゲート国より商業船籍も頂戴しております。リューベツァールは飛行する空域と宙域について各国政府の許可の下、CEOが最低限必要と考える武装と艦載機を搭載し、同CEOが望む場所を平和裡にビジネス目的で巡航するものであり、商談はもとより各国の名士方の会談・ご滞在にも利用されます。寄港の際にはシャトル便の送迎により艦内のCEOおすすめ順路見学、戦闘機/バトロイド体感アトラクション、各国通貨と電子決済が使える売店のご利用、ご予約があれば飛行甲板展望ラウンジレストラン『The Great VERSTRA』で当艦自慢のスペシャルビュッフェもお楽しみいただけます。なおCEOよりご招待がない方には宿泊および艦載機の利用はいただけませんので悪しからずご了承ください。
この度お寄せいただいておりますリューベツァール航行による騒音、衝撃波による損害につきまして、お客様方にはご不便、ご迷惑をおかけいたしまして大変申し訳ございません。弊社営業部ならびにブリッツ・インダストリー修復ラボの総力を挙げて引き続き誠心誠意対応してまいります。また恐縮ながら、五角城塞跡における爆発や閃光、同艦艦載機以外の射出、戦術的艦船運動などにつきましては一部誤情報も混じっている恐れもあり、これはCEO命名による“強襲”という肩書きが誤解を招いているものと思われます。
他にもご不明な点等ございましたら、弊社カスタマーセンターへお気軽にご連絡いただければ幸いです。
お客様の声にお応えすることこそが私どもブリッツ・インダストリーの使命であります。今後ともご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願いいたします。
ブリッツ・インダストリー営業宣伝部 ブリッツトップセールス アンレーグ 拝
----------------------------------------------------------
灼熱の炎が雪原に渦巻いた。飛び散る白霧は猛り狂う吹雪か蒸気か。
城塞の大地は干上がり、瞬時に溶鉱炉と化した大気の中でユースベルクは塵と化し、消えた……かに見えた。
「やるのう、破天の騎士」
ドラジュエルドの見つめる先に、槍の一閃で虹の炎をなぎ払ったケテルの騎士の姿があった。槍を中心に腰を落とした重心の低い構えがぴたりと決まっている。完璧な防御の形である。
「反抗励起。ケテル地上の民の粋を舐めるな」
そう。ユースベルクが背負っているのはアリアドネが謳う天下無双の究極武装というだけではない。地上の都セイクリッド・アルビオンの、彼が愛し彼を慕う同志、すべての民の希望なのだ。
『ユースベルク“反抗黎騎・疾風”!!』
破天の騎士の姿が変わった。
これは疾風の黎騎。最速の形態である。
「ほう。それで来るか」
「さて、ご老体。虹の魔石の主がなぜ道を踏み外し、宇宙よりのものに加勢するか……」
立ち上がったユースベルクの声は死闘の場に似つかわしくないほど静かで落ち着いていたが、むしろそれ故に凄みがあった。
「我に教えてもらおう!」
睨み合う騎士と竜。五角城塞跡に闘気が充満してゆく。戦いはこれからだ。
Illust:萩谷薫
「ユース君」
同じ共同住宅に住んでいる同級生に呼びかける少年そのものの口調で、ヴェルストラは病室のドアを開け、笑顔を覗かせた。
「また貴様か」
破天の騎士は心底うんざりした様子で答えた。ベッドに掛けたユースベルクはちょうど足甲を着け始めた所だった。まだ兜も被ってはいない。
「まぁ、そう言うなって。バスティもソラも用が済んだらすーぐ行っちまうんだもの」
ヴェルストラは相対するソファーに腰掛けてへらへら笑う。もっとも、縁浅からぬバスティオンとブルースが正面切って鉢合わせしないよう、かつ互いに無事な様子だけは目線で確認できるよう、艦内ですれ違えるように仕組んだのもこの男である。ケテルサンクチュアリ防衛省長官が評するとおり、このCEOは曲者だった。
「こうしてユース君をせっかく捕まえたんだ。もう少し腹割って話してくれるまで帰さないぜぇ」
「好きにしろ」
ユースベルクの返事にヴェルストラは破顔した。放置は承知。完全にこの男のペースである。
このごく短い入院生活の間、病室に押しかけたこの船の主はあれやこれやのお見舞い品とお喋り攻勢で医師団と看護師からの再三の警告。本人の無視にもめげずに通い続け「名前で呼んでくれ」としつこく付き纏った結果、ユースベルク側の呼び名も、かつて旧都で出会った頃の“貴殿”から昨日は“CEO”になり、今“貴様”とようやく砕けたところである。
「ま。俺の友達、みんな忙しすぎるんだよな、特に組織の長ってのはさ。モテる男ってツライよなぁ」
破天の騎士は黙ったまま視線を窓の外に流れる風景に移した。
星刻姫の“星刻の魔術”なるものに導かれ、ダークステイツのどこかにある屋敷にまで移動させられ、売られた喧嘩で負傷したところを悪魔と葬空死団によって救出され、結果として同志には黙ったまま、このブリッツ・インダストリーCEOの保護を受ける事となった。
また仕方ないこととは言え、一時、反抗励起の装備一式も預けざるを得ない流れにもなってしまった。秘儀を分析する機会を与えてしまったと知ったらアリアドネはさぞ怒ることだろうが。さて……。
「お!そういえば点滴外れたのか。寝てなくて良いの?先生はなんて?」
ユースベルクの沈黙をどう取ったのか、ことさら明るくヴェルストラは話しかけた。
「もう問題ないそうだ。ブラントゲートの先進医療には驚かされる。……この度はいろいろ世話になった」
隻眼の騎士は兜を脇に抱え、感謝の礼を捧げた。礼儀に篤い事は万国共通の人品教養の評価基準である。短気だろうと頑なであろうと多少口が悪かろうとも若きユースが好かれるわけだ。
「どういたしまして。我が艦に地上の都セイクリッド・アルビオンの若き英雄をお招きできるとは望外の光栄」
同じく立ち上がったヴェルストラは胸に手を当て優雅に会釈してみせた。この男は始終おちゃらけていながら、こういう仰々しい儀礼をマントさばきも鮮やかにこなす所が実に憎い奴である。
「で。用はなんだ」
ユースは素っ気なく甲冑の装着に戻った。
「ユース君に会いたいって人がたったいま到着してね。連絡機を迎えに行かせたらセイクリッド・アルビオンからすっ飛んでき……」
「ユース!」
足音。ヴェルストラに皆まで言わせず、廊下から獣人フリーデが駆け入った。ただユースの前には立ったものの、どうすることもできずに差し出した手を握っては開くを繰り返している。姿を消す直前、あの時言いかけたこと、言いたかったこと、なんで言わなかったのか……想いばかりが次から次から溢れてくるのだ。
「心配かけたな」
ユースベルクはフリーデの頭に手を置いた。ボロボロ泣き出したフリーデはその手を強く握ってただ頷くばかり。だが二人にはこれで十分だった。
「よっ!」
ヴェルストラの後ろから破断の騎士シュナイゼルが片手を振った。こちらにも片方の手を挙げればそれで通じた。どちらも文字通り腹心の友であり同志である。おおげさな言葉も所作もいらない。
「あー。感動の再会を邪魔するのは気が引けるんだけど……」
「構わぬ。我らは戦士、いついかなる時も備えている。貴様の用とはそのことなのだろう」
ユースベルクの返答に、ヴェルストラは真面目な顔で頷いた。
「あぁ。思わぬ伝令が来た。ラウンジに皆を待たせてる」
Illust:Hirokorin
惑星クレイの庶民の間で通じるジョークに「空母持ちの金持ち」というものがある。
これが意味する所は2つ。
ひとつは“無用の長物”。
空母とは航空戦力を搭載して軍事作戦行動をおこなう母艦のことである。わざわざ国家相手にケンカを売るような希代の大馬鹿者でなければ、個人が航空機動軍団を所有する意味など無い。
もうひとつは“大飯食らい”、つまりは“浪費”だ。
空母はその規模においてもはや一つの街といってもいい巨大建造物である。建造はもとより運用にもとにかく金と人員、エネルギーがかかる。それらを湯水のごとく食らって維持されるシロモノを(繰り返しになるが)個人で所有して空に、果ては宇宙へも乗り回す意味は全く無いはずである。
しかし天輪聖紀にはたった一人、この冗談のような男がいる。
強襲飛翔母艦リューベツァール、主飛行甲板の上。
ブリッツCEO ヴェルストラは吹き付ける高空の烈風をものともせず、仁王立ちしていた。
一方の艦内ラウンジ。
CEOの姿を見下ろす一同は饗された豪華すぎるブランチにありついていた。
「ドラジュエルドは一騎打ちならば受けると言っている」
封焔の巫女バヴサーガラは傾けていたコーヒーのカップをソーサーに戻すと、おもむろにそう切り出した。その隣ではトリクムーンが無表情のままコーヒーを啜っている。
「指名は破天の騎士ユースベルク、ディアブロス “暴虐”ブルース」
騎士と悪魔は目線を合わせた。
星刻姫の館からの脱出劇からまだ時間も経っていないが、命を張って戦う漢同士、言葉は少なくとも通じ合うものがあるらしい。ブルースにとってはまた新たな拳友が加わったようである。
「戦いを挑めるのは常に1名だ。見届け役を頼まれた私はどちらにも加勢しない」
とバヴサーガラは釘を刺した。彼女が惑星周回軌道上にあるA.E.G.I.S. 基地から転送されてきたのは数十分ほど前。『銀河英勇』の本部に届いた、仮面に連なる者魔宝竜ドラジュエルドからの便りは、宛先である旧友バヴサーガラを通じて指名する者たちへの挑戦状であったらしい。
「望むところだ。我が行く。漢の戦いを二度も邪魔してくれるなよ」
ユースベルクはそう答えると、携えていた兜を着けて立ち上がった。ユースベルクが言う一度目とは先の革命の際、ドラジュエルドに決死の戦いを挑もうとした彼をバヴサーガラが止めた事を指している。
「まだどちらが先かは決まっていない」
とブルースは腕組みを解かずに言った。その目は閉じたままである。
『そーそー。順番って大事なんだよ、ユース君。果たし合いも、商売もね~』
ブリッツ・インダストリーCEO ヴェルストラの笑い声がスピーカーから響いた。
名だたる戦士たちに対し緊張感のかけらも無いコメントに、一同から離れたテーブルに座っていたケテルの天使リプレニッシュメント・エンジェルは眉をひそめ、床に屈んでいる封焔竜カーンクシャティは翼を揺らした。天使と竜とテーブルを同じくするフリーデとシュナイゼルのように、何だろうあれは?と肩をすくめる感じの動作か。
もっとも、なんでこの男ヴェルストラだけが暖かなラウンジを避け、極寒の飛行甲板にいるのかの方が理解に苦しむ所だ。一人で高い所に立つことが趣味なのだろうか。
ラウンジの外、ブラントCEO向こうは青く晴れあがった空。眼下は一面の雪景色。
ここはブラントゲート北部。はるか前方にはダークステイツ国境にまたがる山地が広がっている。
一同を乗せた巨船はいまその上空にあった。
Illust:ショースケ
Illust:北熊
「ほぅ。決まったか。悪魔が先陣を譲るとはね」
飛行甲板に一人現れたユースベルクを見て、ヴェルストラはにやりと笑いかけた。
「2人の説得のほうが大変だった」
そう言いながら、ユースベルクは律儀に飛行甲板のカタパルト待機スポットまで歩みを進めた。フリーデとシュナイゼルはどうしても付いていくと言って聞かなかったのだろう。ラウンジの窓にはこちらを見つめる姿が見える。
「親友って最高だよな」とヴェルストラ。
「あぁ」とユースベルク。短い返答に万感の思いがこもっている。
「家族もそうだ。このオレ様にとって社員ってのはまさに家族なんだよな。だからキツいことも言えるし、ダメなら本気で叱る。精一杯やったら後はもう成功でも失敗でも一緒に騒いで、次の日にゃ忘れちまう」
「俺にとっては破天の同志が、たぶんそれだな」
ユースベルクは飛翔に備えて反抗励起を翼のように広げた。
「オレはさ、嬉しいんだよ。最近、たっくさん親友が増えてさ。この惑星に名だたる英雄がああやってオレの卓で飲み食いしてるのを見てると、あれがオレの親友だと思うと、ちょっと身震いする。ずっと、いつまでも肩組んで悪態付き合っていたいのさ。だから……仮面の連中だっけ?ヤツらの言うトモダチは胡散臭くていけないんだよな。どうにもお互い腹を割ってうまい酒が飲めそうもない」
「さっきの卓に、酒はなかったがな」とユースベルクは前傾姿勢を取った。
「全力勝負の前に酒はやめときなって。帰ってきたらたっぷり振る舞うから……フライハイツ!」
ヴェルストラは襟にあるマイクから、彼お抱えの天才オペレーターに呼びかけた。この一瞬の口調は鋭い。
『針路クリア。いつでもどうぞ!』
「了解!祝い酒用意しておくぜ、破天の騎士ユースベルク。……そら、行ってきな!」
ヴェルストラはそう言うなり、発艦サインを出した。本職のカタパルト要員も真っ青な華麗な体捌きだった。ずっと極寒の甲板で待っていたのは、どうもこれがしたかったかららしい。
“見送り感謝する”
ユースベルクもまたヴェルストラ私設航空隊パイロットばりの優美な敬礼を返し、蒼空へ飛びたった。
「くぅ……格好いいねぇ」
勇者の出撃を見届けたブリッツ・インダストリーCEOは衝撃波にマントをはためかせながら口笛をひとつ吹いて、鼻をこすった。
「こちらこそ感謝だよ、ユース君。楽しみに待ってな、オレ専用の超かっこいい戦闘スーツの完成を、さ」
そう言うとヴェルストラは、今度こそ親友の集うラウンジで駄弁るべく身を翻した。
五角城塞跡。
ブラントゲート国としては奇妙な地名である。
ドラゴンエンパイアの東洋の様に──北都であるとか黒甍の都など──、その形と用途の説明だけがある古い名前。それはまだこの地がダークゾーン(現ダークステイツ国)の一部だった三千年前の名残なのだ。
その城塞跡で、今……
一人の竜と一人の騎士が向かい合っていた。
「石は持っておるな、破天の騎士よ」
「しかとこの胸にある、虹の魔竜よ」
ドラジュエルドの問いかけに、ユースベルクは重々しく答えた。
青すぎる空で睨み合う二人の姿はまるで一幅の絵画のようだ。
「よし。では始めるとするか。約定通り」
「始めよう。我ら二人きりで」
そして虹の魔竜が最初の炎を吐き出した。
ここで話は冒頭に戻る。
強襲飛翔母艦リューベツァールから舞い降りてきた破天の騎士ユースベルクと魔宝竜ドラジュエルドの戦いは、五角形の城塞を舞台にユースベルク優勢で推移していた。
ユースベルクの強さは若さと多様性──様々な型から繰り出される多彩な攻めにあり、対するドラジュエルドは老練さと身の内に溜めて吐き出す圧倒的な虹の炎の力にあった。
故にユースベルクは炎の直撃を避け、あるいは槍で撥ね除けながら次第に肉迫し、ドラジュエルドは城塞の中心にどっしりと構えて、騎士が飛ぶ先さらにその先へと炎を繰り出した。
──!
ユースベルクが避ける。この俊敏性は反抗黎騎・疾風の真骨頂である。
「むうっ!」
ユースベルクの槍がドラジュエルドの腹を突いた。
竜に対する時の定石とは「腹を狙え」である。
「一つ目に問う。ご老体、虹の魔石の主である貴様が、何故マスクスに与する」
「ふふ。決まっておろうが。“強さ”じゃ。ワシは龍樹の種グリフォシィドと話し、そして悟ったのじゃ。龍樹はこの惑星の未来を変えるとな」
「力はもう十分に持っているだろう!“ダークステイツの悪夢”と呼ばれ魔王たちにも恐れられるほどに」
「言葉をよく吟味せよ。“力”と“強さ”とは違うぞ。龍樹はワシの炎でも焼けなかった……渾身まであと一息の差を見切られてしもうた。龍樹に連なる一党、すなわちマスクスの強さとはその戦闘センスにもある」
「虹の魔竜の長がまさかこれほど容易に悪に転ぶとはな」
「悪?ワシはもとから悪じゃ。それは二つ目の問いかのう。心に刻んでおけ、若僧。善と悪は相対的な観念に過ぎぬ。国を動かす立場となるにはそれを超えた所に辿り着かんといかんぞ。先のお主の革命もあえて悪者の汚名を被るものではなかったか」
「あいにくと俺は親父の教育が良くてね。あのまま悪に徹することなどできなかったのだと今は思うのだ」
「では死ぬが良い!」
ゴォォォォ!
再び虹色の炎が破天の騎士を襲う。しかしまたユースベルクはその奔流を避け、二の槍を同じ箇所に叩き込んだ。
「うぐっ!やるのう……」
「三つ目の問いだ。グリフォシィドならびにマスクスの真の狙いとは」
「察しはついておるのじゃろ。この惑星の力を吸い上げて食らい、クレイと同化し、龍樹そのものに変えることよ……むっ!」
ドラジュエルドは苦痛に耐える様子になった。どうやらグリフォシィドの機密を口に上らせると──この惑星の上にいる限りどれほど離れていても──何らかの罰則があるらしい。
「大丈夫かな、ご老体」
ユースベルクはまだ若い。戦闘の高揚のあまりドラジュエルドがなぜ今、苦痛を押してまで喋りつつけるのかまでは察することができない。
「大事ない。さぁ来い!来ねば我が炎によって灰燼と化すまで!」
ゴォォォォ!ゴォォォォ!ゴォォォォ!
炎の奔流が三方に放たれた。避けられない。
だがユースベルクはあえて直進を選んだ。槍と反抗励起を前面に展開し、急激な錐もみ回転をすることで虹の炎を弾き飛ばす。
炎の力か反抗励起の速さか。
この勝負は後者に傾いた。
殺到する炎の流れを突っ切った瞬間、ユースベルクは竜との間に射線が開けたのを見た。それはまっすぐに槍を打ち込むべき一直線の道だ。
“もらったッ!”
この一番の、そして決定的な三の槍がドラジュエルドの胴体をぶち抜いた。
「ぐわぁぁぁ!」
「魔宝竜、破れたり」
ユースベルクは呟いた。手応えは十分だった。
反抗励起は竜を貫いて、いま破天の騎士を包む羽根のような形で静止している。必殺の突き、万全の攻撃で相手を貫いてなお心を鏡のように研ぎ澄ませ、次の攻防に備えて体勢を躾ける。これが残心である。騎士として万が一にも油断をついた逆襲など食らわぬ。
「安らかに眠れ」
だが──
「……ぁ、ハハハハ!!『疾風』型。惜しかったのう、ユースベルク」
「何!?」
胴を貫かれたはずのドラジュエルドの姿は背後から消えていた。
「若い頃じゃのう。ドラゴンエンパイアの忍びが見せた奇妙な術があった」
“空蝉の術”だと!?
マスク・オブ・ヒュドラグルム!!
声が呼ばわると老竜の新たな姿が雪煙の上空から降りてきた。
『業魔宝竜 ドラジュエルド・マスクス』!!
Illust:北熊
仮面の竜の次の襲撃はあまりにも疾かった。
殺到する虹色のエネルギーを辛うじて反抗励起が受け止めた。アリアドネ自慢の構造材が軋み、破天の騎士はただの一撃で五角城塞跡の敷地から弾き飛ばされた。
「ほ、炎ではないだと……」
全身を痛みと衝撃と消耗とが襲っている。
目の端に、今まで雪で見られなかった封焔の巫女バヴサーガラとトリクムーンの姿が見えた。見届け人の裁定を待つまでも無く、果たし合いは我の負けだ。
だが勝負には敗れても、意気地では譲らぬ。
「ほう、立ち上がるか。さすがはワシが見込んだ漢だけはあるわ。だが……」
「……」
「今のお主では未来は掴めぬ。お主は弱い」
「騎士とは民のために身を挺する者」
ユースベルクは顔を上げた。
「俺は今弱くても構わぬ。負けることは恥では無い。強くなりまた挑んで戦う。愛する民のために」
「また返り討ちにするまでよ」
「勝つまでやる、何度でも挑む。そしていつか我はお前を超えてみせる、魔宝竜ドラジュエルド!」
槍を支えに立っていられるのもやっとの状態。しかし決然と破天の騎士ユースベルクは叫んだ。
天下にあまねく名を知られた偉大なる虹の魔竜の長。自らを悪と言って憚らぬダークステイツの悪夢。ケテルサンクチュアリの騎士としていつかこの手で倒し、乗り越える目標としてこれほど燃える相手はいない。
ドラジュエルドは震えた。死地においてもなお前に進むことを放棄しない。無謀とも愚直とも呼べば呼べ。若さとはこうも眩しく美しいものか。だがその心が動いたことを察したのは旧き友バヴサーガラだけだった。
「その意気やよし。だがワシもマスクスとして止めの機会を逸したくは無い。許せ、ケテルの騎士よ」
ドラジュエルドの口が開いた。
虹のエネルギーの奔流。その疾さ、威力ともに今のユースベルクには避ける術もない。
ユースベルクの瞳が閉じられた。
その時──
Hut! Hut!!
南の空から赤い悪魔が弾丸のように五角の城塞に突っ込んできた。
了
※時間の単位は地球のものに変換した。コーヒーについては地球で似た製法の飲料の名称を借りた。※
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
【お詫びとご案内】強襲飛翔母艦リューベツァールにつきまして
親愛なるお客様方へ
平素は格別のご愛護を賜り誠にありがとうございます。
“犬小屋から軌道エレベーターまで”。
これはブラントゲートが誇る世界的工業会社、私どもブリッツ・インダストリーのモットーであります。
上記の標語はただの例えではございません。現在発売中の「機動犬舎 アインガルテン」は全世界の愛犬家の皆様より大変ご好評をいただいております。
詳しくはブリッツ・インダストリーの商品カタログをご覧ください。ネットショッピングに適さない通信環境にあられる場合や、ご希望の方には紙媒体での印刷配布も行っております。注文票付き総合カタログの本体・送料・定期交換代はいずれも無料ですが、大変分量がありますのでお受け取りの際にはくれぐれもご注意くださいませ。(弊社カタログ専用強化書庫※自走防犯機能付き&内部での快適な居住も可能※も販売しております)
さて、現在ブラントゲート北部を飛行しております強襲飛翔母艦リューベツァールにつきまして、お客様とダークステイツ国市民より多数お問い合わせをいただいておりますので、ご回答いたします。
強襲飛翔母艦リューベツァールは我が社が誇る最新鋭の飛行航空母艦であります。
ブラントゲート海・空・宇宙軍にも同型艦を納入。制式採用いただいておりまして、海上から宇宙空間までその性能と実績はまさに折り紙つきです。
但し、恐縮ながら以下を強調しておきたいのですが、現在ノースドームを母港とする強襲飛翔母艦リューベツァールは軍所属ではございません。つまりその建造および運用において軍事作戦行動を想定あるいは関与するものでなく、弊社CEO個人所有の構造物であり、ブラントゲート国より商業船籍も頂戴しております。リューベツァールは飛行する空域と宙域について各国政府の許可の下、CEOが最低限必要と考える武装と艦載機を搭載し、同CEOが望む場所を平和裡にビジネス目的で巡航するものであり、商談はもとより各国の名士方の会談・ご滞在にも利用されます。寄港の際にはシャトル便の送迎により艦内のCEOおすすめ順路見学、戦闘機/バトロイド体感アトラクション、各国通貨と電子決済が使える売店のご利用、ご予約があれば飛行甲板展望ラウンジレストラン『The Great VERSTRA』で当艦自慢のスペシャルビュッフェもお楽しみいただけます。なおCEOよりご招待がない方には宿泊および艦載機の利用はいただけませんので悪しからずご了承ください。
この度お寄せいただいておりますリューベツァール航行による騒音、衝撃波による損害につきまして、お客様方にはご不便、ご迷惑をおかけいたしまして大変申し訳ございません。弊社営業部ならびにブリッツ・インダストリー修復ラボの総力を挙げて引き続き誠心誠意対応してまいります。また恐縮ながら、五角城塞跡における爆発や閃光、同艦艦載機以外の射出、戦術的艦船運動などにつきましては一部誤情報も混じっている恐れもあり、これはCEO命名による“強襲”という肩書きが誤解を招いているものと思われます。
他にもご不明な点等ございましたら、弊社カスタマーセンターへお気軽にご連絡いただければ幸いです。
お客様の声にお応えすることこそが私どもブリッツ・インダストリーの使命であります。今後ともご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願いいたします。
ブリッツ・インダストリー営業宣伝部 ブリッツトップセールス アンレーグ 拝
----------------------------------------------------------
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡