ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
雪山といえば吹雪が舞う氷と岩の世界だとソラは思い込んでいた。
それはこれまで彼が知っているのが南極の峰だけだったからだ。
──ドラゴンエンパイア新竜骨山系。ここはその外れに位置する山林だ。
季節はもう春といってもよい時期にさしかかっているが、険しい山々の頂付近にはまだ白い雪が残っている。
「よォ、ソラ。テメエ、いつまでそんな所にしがみついてんだ」
私語厳禁という作戦行動中のルールを平然と破って、葬空死団ハーフウェイの声がインカムに飛び込んできた。
「邪魔するな。回線を切断する」
ソラの応答は短く素っ気ない。そこには怒りも苛立ちもない。ただ冷たく回答しただけだ。
「ヘッ、慌てんなって。それじゃイザというときに増援も呼べねーだろが。イキってんじゃねぇよ」
崖を登攀していたソラは黙ったまま、張り出し岩への挑みを始めた。
硬い岩の表面にあるわずかな凹凸や割れ目を手掛かりに這い上がる、素手道具無しの登攀である。
「しっかしテメェも物好きだよなぁ。そんな崖、バトロイドでひとっ飛びしちまえばいーだろうがよ」
「この峡谷は地形が入り組んで狭く、気流も不安定だ。飛行中少しでも操作を誤れば激突するし、崖に取り付くにも岩盤が脆い」
答えるソラの身体に強い風が吹き付ける。風にさらわれ手を滑らせて落ちれば一巻の終わり。だが生身で挑む理由を淡々と説明するソラの顔には怖れが微塵もない。
「あともうひとつ理由がある」
「拝聴するぜぇ、ソラ」ハーフウェイはあくまで軽侮する口調を止めない。
「目指すこの崖の上にいる存在を徒に刺激したくないんだ。ハーフウェイ、頼みがある」「あ?」
ソラはオーバーハングの最後を登りきる所だった。
「俺が消えても跡を追うな」「なんだと?」「そこで待て」「はぁ!?テメエ、勝手に決めるんじゃねぇ……!?」
ソラは崖の最後の一段に手を掛けると通信器をオフにした。これでこの後ソラの所在が知られることはない。
「あんのクソガキが……!」
葬空死団ハナダ・ハーフウェイ──現在撃墜数でソラと競るエースパイロット──は、崖下で偽装したバトロイドのコックピットで脱いだヘルメットを腿に叩きつけ、歯ぎしりした。
「『警戒して待て。手を出すな』だと?!……ハッ、ボスと同じこと言いやがる!」
Illust:п猫R
ハーフウェイの罵声は、実はソラには聞こえていた。管理者権限で受話がオフになるタイミングを少しずらしてあるだけなのだが、こうした気を抜いた瞬間に他人の本音が聴けることを、経験上ソラは知っていた。
ソラは無表情のままだ。予想どおりの反応。部下としての評価も変わらない。
態度は悪くてもハーフウェイは腕のいいパイロット、頼れる兵士だ。
──!
ソラが崖を登り切った途端、クロスボウが目の前に突きつけられた。
甲冑武者の竜人たちの後ろには、深い森と雪を被った峰々を背にひときわ大柄な炎竜が立っていた。
Illust:桂福蔵
深い森の中、所々雪が残る空き地に陣幕が張られ、かがり火が焚かれていた。
「おうおう!てメー、おいらたち緋炎の縄張りに一人で乗りこんでくるたぁ、いー度胸だぜ」
鼻っ柱の強そうな赤い竜人が、縛られ膝をついたソラに顔を近づけて喚いた。少年兵である。
今日はやたらに罵声を浴びせられる日だ、とソラは果たして思っただろうか。その表情に変化はない。
Illust:萩谷薫
「雑魚っぽい物言いはよせ、バーキッシュ」
苦笑しながら赤いバーキッシュの襟首を掴んだのは、緑の竜人である。
「だって!アギレドの兄貴ぃ」
Illust:萩谷薫
口を尖らすバーキッシュに、褐色の凜々しい竜人が口を開く。
「緋焔の兵は言葉でなく、その戦果で己を語るものだ」
いかにも侍大将といった重々しい言葉に、新兵バーキッシュだけでなくアギレドまでが居住まいを正す。
緋炎弓将ディパーネルは虜囚に向き直った。
「さて異国人」ソラのことである。
「……」
「ここ新竜骨山系南部、ダークステイツとの国境は我ら緋炎の竜人が守人を勤める領域である。無断で立ち入る者は侵入者とみなし、警告無しで射撃する許可を竜皇帝より頂戴し奉っている」
Illust:萩谷薫
褐色のディパーネルは、目の前に並べられたソラの所持品を見下ろした。
水筒。通信機。グローブ(今回は素手のクライミングのため装着していない)。
「たったこれだけでここまで登ってきたのか」
「白亜粉だけは用意した」
ソラは顎でチョークバッグを指した。
「これは実戦向きではないな。急所を狙う、いわば暗器だ」
緋炎弓将ディパーネルが指したのは釘のようなナイフ。これはもちろんソラが愛用する武器である。
「目的はなんだ。暗殺か」
「……」
「答えよ」
「話し合いに来た」
「誰と」
ソラの視線はディパーネルの背後に向けられていた。そこには小山のような炎竜が座している。
「やはりオレが狙いか、葬空死団ソラ・ピリオド」「!」
「ガーンデーヴァ様……」
その声に大鎧に身を固めた武者たちは一斉に跪き、ソラはわずかに眉をひそめた。
「ヴェルストラか」
「控えよ!我らが緋焔武者の長であり、竜皇帝の腹心にしてドラゴンエンパイア南部国境防備の要、緋炎帥竜ガーンデーヴァ様の御前である」と緋炎弓将ディパーネルが叱る。
Illust:萩谷薫
「よい。まぁ、空母の君は存じてはいるがな。違う」
後にして思いかえせば、“空母の君”とは個人的に付き合いがあるらしいヴェルストラに向けての皮肉だったのかもしれない。だが、ソラの正体を見抜いた根拠はそのブラントゲートのCEOと同じようだった。
「噂に聞くブラントゲートの私設軍の兵士が、我らが籠もる出作りの里を目指し、たった一人で乗りこんで来るとなれば首領に相違ない。他人まかせにはできない性分よな。それは良くわかるぞ」
「……」
「小僧。用件を聞こう」
「捜しものをしている」
「捜しものとは?」
「龍樹の本拠」
ソラ・ピリオドはまったく平板な口調で答えた。緋焔の武者たちがざわめくのを弓将ディパーネルが黙らせる。
「龍樹の脅威は知っている。なぜこの山中を疑ったのだ」
「消去法だ。しらみ潰しに調査して地図を埋めて行き、残るはこことこの東方だけなんだ。知っているか、ガーンデーヴァ。“悪意”は、龍樹の手先はどこにでも侵入する。壁も屋根のない野山ならばまして……こんな風に」
そう言うなりソラの口からふっとキラリと光るものが飛び出した。
四方から一斉に、葬空死団の首領にクロスボウが突きつけられる。
「慌てるな。見ろ」とガーンデーヴァ。
少し離れた立ち木に虫のように小さな“悪意”のなれの果て──龍樹の手先が縫い止められていた。事切れたらしいそれは灰のようになって崩れ、消えてゆく。
ソラの含み針である。口中に隠し持っていた針を勢いよく吐き出す。虫ならば即死、大柄な相手でも目潰しや奇襲にも使える。恐るべきその威力ではなく、的を外さないソラの正確すぎる狙いにあった。
「ふふ、油断も隙もないとはこの事よな」
「ソラ・ピリオドとやら、御前で無礼であろう!」と弓将ディパーネル。
「見逃した我らの責任です。緋焔の名を汚す失態。申し訳ございませんっ!」
赤と緑の緋焔兵、バーキッシュとアギレドが跪く。
「いいや。この御仁が上手だったというだけのこと」
武者たちははっと顔をあげたガーンデーヴァは小僧ではなく、御仁と敬意をもった呼び名に変えたのだ。
「ソラ。我らは守人だ。国境を侵す侵入者に備えるのが仕事である。それはならず者や野獣のみならず、そうした宇宙よりの脅威もまさしく敵となる」
「平和を脅かす悪を許せない気持ちは同じだ」
「悪か……。ソラよ、善と悪は相対的な概念だ。国境を守る我らはドラゴンエンパイアの善だが、国境を侵すお主はドラゴンエンパイアにとっての悪ではないか」
「……」
「個人として悪を憎むのは良い。オレもそうだ。だが衆を率いる立場であれば、将としていつかそれを超えた所に辿り着かねばな」
この問答が魔宝竜ドラジュエルドと破天の騎士ユースベルクが交わしたものと酷似していることを、当人たちは知る由もない。だが通じた想いもまた似たものだったようだ。ソラはかすかに頷いたようだった。
「ここにお主の捜しものはない。だが、幾つか心当たりはある。悪を憎むもの同士、喜んで情報を提供しよう」
「感謝する」
ガーンデーヴァとソラの対話に少し穏やかな気が流れたその時──
『動くな!』
上空から拡声器で増幅された声が響いた。
クロスボウが一斉に、今度は上空のものに向けられる。
Illust:かんくろう
『テメーらが見あげてんのは、葬空死団第二部隊“クプレス”所属、人型機動兵器レイク・ゲヴェネアだぜ!撃墜王をそーんなヘッポコ弓で墜とせるもんかよ!』
「ならば緋焔の矢の威力、その身で受けてみるがいい!」緋炎弓将ディパーネルは引き金に指をかけた。
一触即発の森林に落ち着き払った声が響いた。
「よせ、ハナダ。彼らは味方だ」
『はぁ!?せっかく助けに来てやったのに第一声がそれかよ!あ!あとテメー、下っ端のくせにオレの名前、馴れ馴れしく呼んでんじゃねぇぞ、ソラ!』
「ハナダ。命令違反だぞ、銃を下ろせ。そもそもボスは交戦を許可したのか」
『ぐっ……ボスみたいに仕切ってんじゃねーっ!』
「では追って連絡があるまで凝固だな。ガーンデーヴァと大事な話がある。終わるまでそこに着地して待っていてくれ」
激昂するハナダ・ハーフウェイに対して、ソラの口調はあいかわらずだ。
だが、緋焔の武者たちは顔を見合わせた後、一人また一人と弓を下ろして笑い出した。
ハーフウェイは自分のいる葬空死団の首領ピリオドが誰かを知らない。どうやら身内にはソラ・ピリオドの名は秘密なのだなと悟ったのだ。
『な、なんだテメーら!なに笑ってんだよ!』
ソラは無表情で喚くハーフウェイに背を向けた。
“悪”を駆逐するため、組織を内外から隙なくまとめるために味方を欺くのも“悪”なのだろうか。
どうでもいい、と言いたげにソラは肩をすくめた。
戒めが解かれ、わずかな装備品が戻される。床几も用意された。虜囚ではなく客人の扱いである。
葬空死団の首領ソラ・ピリオドは新たな同士、緋炎帥竜ガーンデーヴァと緋焔の武者たちに向き合った。
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《今回の一口用語メモ》
竜人
ドラゴロイドは、ドラゴンエンパイア国の一種族である。
と断言してしまうものの、実はドラゴロイドは多くの謎に包まれている。
よって以下は巷で囁かれる噂を総合したものとしてご覧いただきたい。
・ドラゴロイドは天輪聖紀になってその存在が明らかになった種族である。ただし知られていなかっただけで、以前から存在していた可能性はある。
・ドラゴロイドは人間と竜の特性をもっている。
・角や尻尾を除いた外見は人間に近い。
(その外見が、同じドラゴンエンパイアの暁紅院の人間、焔の巫女の衣装に似ていることに注目されたし/ザカット注)
・強靱な体力、知性の高さ、感覚の鋭さ、技能習得の速さなどについても人間の基準を超えている。
・よってドラゴンエンパイア南部に広がる山地独特の、厳しい気候条件や気圧の変化、険しい地形にも対応できる不撓不屈のドラゴロイドは、国境の守人として最適といえる。
……ここまでが外観と肉体的特徴だ。
続けて、ドラゴロイドの出生と暮らしについて。
・ドラゴロイドは竜の卵から生まれる特異な個体である。これが事実だとするとドラゴロイドは人間の亜種ではなく、竜の亜種といえる。※後述参照※
・ドラゴロイドの卵はその誕生から非常に珍重され、ドラゴンエンパイア国のどこかにある「ドラゴロイドの里」に引き取られて、ここで育てられる。
・ドラゴロイドの里は竜皇帝によって保護されているため、その場所を知る者はごく少数で、外部から里を訪ねることには厳しい制限がある。
・よって惑星クレイ世界におけるドラゴロイドのイメージは「謎めいた」「戦闘能力に長けた」「かなりおっかない」「近寄りがたい」「半人半竜の変わった種族」というものだったが、最近は「努力家が多く、能力や技能に優れたエリート」というものに変わりつつある。
(このドラゴロイドのイメージ改善については、リリカルモナステリオ学園に所属する竜人アイドルグループ『Earnescorrect』の活躍と、リーダー クラリッサに拠るところが大きい/ザカット注)
……さて、ここからがいわゆる伝説や噂に拠る所である。
ひとつは『英雄』について。
・「ドラゴロイドには、ごく稀に偉大な戦士が竜となって転生した者が存在する」という噂がある。
・この“転生者”には、英雄と呼ばれる素質があるといわれている。
(ドラゴロイドの“転生者”伝説については、これを遺伝子と言い換えるならば動物学者として非常に興味をひかれる所である。天輪聖紀の現代ではこれは戦士としての『英雄』だけではなく、リリカルモナステリオのアイドルが目指す『スタア』の資質にも言い換えられるのではないだろうか/ザカット注)
もうひとつは『覚醒』について。
・一定の力を得て円熟したドラゴロイドは"覚醒"し、やがて竜になるという伝説がある。これについて、まだその段階に達した個体を確認できないため仮説に留まるが、もしこれが真実だとすると竜人の「人型」とは非常に長い期間に及ぶ幼体なのかもしれない。
以上のものについては筆者も今後調査を続けて行くが、確定した情報ではない事を重ねてお断りしておく。
グレートネイチャー総合大学動物学教授/水晶玉特設チャンネル客員アドバイザー
C・K・ザカット 拝
※なお、ザカット氏の職籍については同大学の学生・教授陣からの依頼により追記した/配信編集部より※
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それはこれまで彼が知っているのが南極の峰だけだったからだ。
──ドラゴンエンパイア新竜骨山系。ここはその外れに位置する山林だ。
季節はもう春といってもよい時期にさしかかっているが、険しい山々の頂付近にはまだ白い雪が残っている。
「よォ、ソラ。テメエ、いつまでそんな所にしがみついてんだ」
私語厳禁という作戦行動中のルールを平然と破って、葬空死団ハーフウェイの声がインカムに飛び込んできた。
「邪魔するな。回線を切断する」
ソラの応答は短く素っ気ない。そこには怒りも苛立ちもない。ただ冷たく回答しただけだ。
「ヘッ、慌てんなって。それじゃイザというときに増援も呼べねーだろが。イキってんじゃねぇよ」
崖を登攀していたソラは黙ったまま、張り出し岩への挑みを始めた。
硬い岩の表面にあるわずかな凹凸や割れ目を手掛かりに這い上がる、素手道具無しの登攀である。
「しっかしテメェも物好きだよなぁ。そんな崖、バトロイドでひとっ飛びしちまえばいーだろうがよ」
「この峡谷は地形が入り組んで狭く、気流も不安定だ。飛行中少しでも操作を誤れば激突するし、崖に取り付くにも岩盤が脆い」
答えるソラの身体に強い風が吹き付ける。風にさらわれ手を滑らせて落ちれば一巻の終わり。だが生身で挑む理由を淡々と説明するソラの顔には怖れが微塵もない。
「あともうひとつ理由がある」
「拝聴するぜぇ、ソラ」ハーフウェイはあくまで軽侮する口調を止めない。
「目指すこの崖の上にいる存在を徒に刺激したくないんだ。ハーフウェイ、頼みがある」「あ?」
ソラはオーバーハングの最後を登りきる所だった。
「俺が消えても跡を追うな」「なんだと?」「そこで待て」「はぁ!?テメエ、勝手に決めるんじゃねぇ……!?」
ソラは崖の最後の一段に手を掛けると通信器をオフにした。これでこの後ソラの所在が知られることはない。
「あんのクソガキが……!」
葬空死団ハナダ・ハーフウェイ──現在撃墜数でソラと競るエースパイロット──は、崖下で偽装したバトロイドのコックピットで脱いだヘルメットを腿に叩きつけ、歯ぎしりした。
「『警戒して待て。手を出すな』だと?!……ハッ、ボスと同じこと言いやがる!」
Illust:п猫R
ハーフウェイの罵声は、実はソラには聞こえていた。管理者権限で受話がオフになるタイミングを少しずらしてあるだけなのだが、こうした気を抜いた瞬間に他人の本音が聴けることを、経験上ソラは知っていた。
ソラは無表情のままだ。予想どおりの反応。部下としての評価も変わらない。
態度は悪くてもハーフウェイは腕のいいパイロット、頼れる兵士だ。
──!
ソラが崖を登り切った途端、クロスボウが目の前に突きつけられた。
甲冑武者の竜人たちの後ろには、深い森と雪を被った峰々を背にひときわ大柄な炎竜が立っていた。
Illust:桂福蔵
深い森の中、所々雪が残る空き地に陣幕が張られ、かがり火が焚かれていた。
「おうおう!てメー、おいらたち緋炎の縄張りに一人で乗りこんでくるたぁ、いー度胸だぜ」
鼻っ柱の強そうな赤い竜人が、縛られ膝をついたソラに顔を近づけて喚いた。少年兵である。
今日はやたらに罵声を浴びせられる日だ、とソラは果たして思っただろうか。その表情に変化はない。
Illust:萩谷薫
「雑魚っぽい物言いはよせ、バーキッシュ」
苦笑しながら赤いバーキッシュの襟首を掴んだのは、緑の竜人である。
「だって!アギレドの兄貴ぃ」
Illust:萩谷薫
口を尖らすバーキッシュに、褐色の凜々しい竜人が口を開く。
「緋焔の兵は言葉でなく、その戦果で己を語るものだ」
いかにも侍大将といった重々しい言葉に、新兵バーキッシュだけでなくアギレドまでが居住まいを正す。
緋炎弓将ディパーネルは虜囚に向き直った。
「さて異国人」ソラのことである。
「……」
「ここ新竜骨山系南部、ダークステイツとの国境は我ら緋炎の竜人が守人を勤める領域である。無断で立ち入る者は侵入者とみなし、警告無しで射撃する許可を竜皇帝より頂戴し奉っている」
Illust:萩谷薫
褐色のディパーネルは、目の前に並べられたソラの所持品を見下ろした。
水筒。通信機。グローブ(今回は素手のクライミングのため装着していない)。
「たったこれだけでここまで登ってきたのか」
「白亜粉だけは用意した」
ソラは顎でチョークバッグを指した。
「これは実戦向きではないな。急所を狙う、いわば暗器だ」
緋炎弓将ディパーネルが指したのは釘のようなナイフ。これはもちろんソラが愛用する武器である。
「目的はなんだ。暗殺か」
「……」
「答えよ」
「話し合いに来た」
「誰と」
ソラの視線はディパーネルの背後に向けられていた。そこには小山のような炎竜が座している。
「やはりオレが狙いか、葬空死団ソラ・ピリオド」「!」
「ガーンデーヴァ様……」
その声に大鎧に身を固めた武者たちは一斉に跪き、ソラはわずかに眉をひそめた。
「ヴェルストラか」
「控えよ!我らが緋焔武者の長であり、竜皇帝の腹心にしてドラゴンエンパイア南部国境防備の要、緋炎帥竜ガーンデーヴァ様の御前である」と緋炎弓将ディパーネルが叱る。
Illust:萩谷薫
「よい。まぁ、空母の君は存じてはいるがな。違う」
後にして思いかえせば、“空母の君”とは個人的に付き合いがあるらしいヴェルストラに向けての皮肉だったのかもしれない。だが、ソラの正体を見抜いた根拠はそのブラントゲートのCEOと同じようだった。
「噂に聞くブラントゲートの私設軍の兵士が、我らが籠もる出作りの里を目指し、たった一人で乗りこんで来るとなれば首領に相違ない。他人まかせにはできない性分よな。それは良くわかるぞ」
「……」
「小僧。用件を聞こう」
「捜しものをしている」
「捜しものとは?」
「龍樹の本拠」
ソラ・ピリオドはまったく平板な口調で答えた。緋焔の武者たちがざわめくのを弓将ディパーネルが黙らせる。
「龍樹の脅威は知っている。なぜこの山中を疑ったのだ」
「消去法だ。しらみ潰しに調査して地図を埋めて行き、残るはこことこの東方だけなんだ。知っているか、ガーンデーヴァ。“悪意”は、龍樹の手先はどこにでも侵入する。壁も屋根のない野山ならばまして……こんな風に」
そう言うなりソラの口からふっとキラリと光るものが飛び出した。
四方から一斉に、葬空死団の首領にクロスボウが突きつけられる。
「慌てるな。見ろ」とガーンデーヴァ。
少し離れた立ち木に虫のように小さな“悪意”のなれの果て──龍樹の手先が縫い止められていた。事切れたらしいそれは灰のようになって崩れ、消えてゆく。
ソラの含み針である。口中に隠し持っていた針を勢いよく吐き出す。虫ならば即死、大柄な相手でも目潰しや奇襲にも使える。恐るべきその威力ではなく、的を外さないソラの正確すぎる狙いにあった。
「ふふ、油断も隙もないとはこの事よな」
「ソラ・ピリオドとやら、御前で無礼であろう!」と弓将ディパーネル。
「見逃した我らの責任です。緋焔の名を汚す失態。申し訳ございませんっ!」
赤と緑の緋焔兵、バーキッシュとアギレドが跪く。
「いいや。この御仁が上手だったというだけのこと」
武者たちははっと顔をあげたガーンデーヴァは小僧ではなく、御仁と敬意をもった呼び名に変えたのだ。
「ソラ。我らは守人だ。国境を侵す侵入者に備えるのが仕事である。それはならず者や野獣のみならず、そうした宇宙よりの脅威もまさしく敵となる」
「平和を脅かす悪を許せない気持ちは同じだ」
「悪か……。ソラよ、善と悪は相対的な概念だ。国境を守る我らはドラゴンエンパイアの善だが、国境を侵すお主はドラゴンエンパイアにとっての悪ではないか」
「……」
「個人として悪を憎むのは良い。オレもそうだ。だが衆を率いる立場であれば、将としていつかそれを超えた所に辿り着かねばな」
この問答が魔宝竜ドラジュエルドと破天の騎士ユースベルクが交わしたものと酷似していることを、当人たちは知る由もない。だが通じた想いもまた似たものだったようだ。ソラはかすかに頷いたようだった。
「ここにお主の捜しものはない。だが、幾つか心当たりはある。悪を憎むもの同士、喜んで情報を提供しよう」
「感謝する」
ガーンデーヴァとソラの対話に少し穏やかな気が流れたその時──
『動くな!』
上空から拡声器で増幅された声が響いた。
クロスボウが一斉に、今度は上空のものに向けられる。
Illust:かんくろう
『テメーらが見あげてんのは、葬空死団第二部隊“クプレス”所属、人型機動兵器レイク・ゲヴェネアだぜ!撃墜王をそーんなヘッポコ弓で墜とせるもんかよ!』
「ならば緋焔の矢の威力、その身で受けてみるがいい!」緋炎弓将ディパーネルは引き金に指をかけた。
一触即発の森林に落ち着き払った声が響いた。
「よせ、ハナダ。彼らは味方だ」
『はぁ!?せっかく助けに来てやったのに第一声がそれかよ!あ!あとテメー、下っ端のくせにオレの名前、馴れ馴れしく呼んでんじゃねぇぞ、ソラ!』
「ハナダ。命令違反だぞ、銃を下ろせ。そもそもボスは交戦を許可したのか」
『ぐっ……ボスみたいに仕切ってんじゃねーっ!』
「では追って連絡があるまで凝固だな。ガーンデーヴァと大事な話がある。終わるまでそこに着地して待っていてくれ」
激昂するハナダ・ハーフウェイに対して、ソラの口調はあいかわらずだ。
だが、緋焔の武者たちは顔を見合わせた後、一人また一人と弓を下ろして笑い出した。
ハーフウェイは自分のいる葬空死団の首領ピリオドが誰かを知らない。どうやら身内にはソラ・ピリオドの名は秘密なのだなと悟ったのだ。
『な、なんだテメーら!なに笑ってんだよ!』
ソラは無表情で喚くハーフウェイに背を向けた。
“悪”を駆逐するため、組織を内外から隙なくまとめるために味方を欺くのも“悪”なのだろうか。
どうでもいい、と言いたげにソラは肩をすくめた。
戒めが解かれ、わずかな装備品が戻される。床几も用意された。虜囚ではなく客人の扱いである。
葬空死団の首領ソラ・ピリオドは新たな同士、緋炎帥竜ガーンデーヴァと緋焔の武者たちに向き合った。
了
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《今回の一口用語メモ》
竜人
ドラゴロイドは、ドラゴンエンパイア国の一種族である。
と断言してしまうものの、実はドラゴロイドは多くの謎に包まれている。
よって以下は巷で囁かれる噂を総合したものとしてご覧いただきたい。
・ドラゴロイドは天輪聖紀になってその存在が明らかになった種族である。ただし知られていなかっただけで、以前から存在していた可能性はある。
・ドラゴロイドは人間と竜の特性をもっている。
・角や尻尾を除いた外見は人間に近い。
(その外見が、同じドラゴンエンパイアの暁紅院の人間、焔の巫女の衣装に似ていることに注目されたし/ザカット注)
・強靱な体力、知性の高さ、感覚の鋭さ、技能習得の速さなどについても人間の基準を超えている。
・よってドラゴンエンパイア南部に広がる山地独特の、厳しい気候条件や気圧の変化、険しい地形にも対応できる不撓不屈のドラゴロイドは、国境の守人として最適といえる。
……ここまでが外観と肉体的特徴だ。
続けて、ドラゴロイドの出生と暮らしについて。
・ドラゴロイドは竜の卵から生まれる特異な個体である。これが事実だとするとドラゴロイドは人間の亜種ではなく、竜の亜種といえる。※後述参照※
・ドラゴロイドの卵はその誕生から非常に珍重され、ドラゴンエンパイア国のどこかにある「ドラゴロイドの里」に引き取られて、ここで育てられる。
・ドラゴロイドの里は竜皇帝によって保護されているため、その場所を知る者はごく少数で、外部から里を訪ねることには厳しい制限がある。
・よって惑星クレイ世界におけるドラゴロイドのイメージは「謎めいた」「戦闘能力に長けた」「かなりおっかない」「近寄りがたい」「半人半竜の変わった種族」というものだったが、最近は「努力家が多く、能力や技能に優れたエリート」というものに変わりつつある。
(このドラゴロイドのイメージ改善については、リリカルモナステリオ学園に所属する竜人アイドルグループ『Earnescorrect』の活躍と、リーダー クラリッサに拠るところが大きい/ザカット注)
……さて、ここからがいわゆる伝説や噂に拠る所である。
ひとつは『英雄』について。
・「ドラゴロイドには、ごく稀に偉大な戦士が竜となって転生した者が存在する」という噂がある。
・この“転生者”には、英雄と呼ばれる素質があるといわれている。
(ドラゴロイドの“転生者”伝説については、これを遺伝子と言い換えるならば動物学者として非常に興味をひかれる所である。天輪聖紀の現代ではこれは戦士としての『英雄』だけではなく、リリカルモナステリオのアイドルが目指す『スタア』の資質にも言い換えられるのではないだろうか/ザカット注)
もうひとつは『覚醒』について。
・一定の力を得て円熟したドラゴロイドは"覚醒"し、やがて竜になるという伝説がある。これについて、まだその段階に達した個体を確認できないため仮説に留まるが、もしこれが真実だとすると竜人の「人型」とは非常に長い期間に及ぶ幼体なのかもしれない。
以上のものについては筆者も今後調査を続けて行くが、確定した情報ではない事を重ねてお断りしておく。
グレートネイチャー総合大学動物学教授/水晶玉特設チャンネル客員アドバイザー
C・K・ザカット 拝
※なお、ザカット氏の職籍については同大学の学生・教授陣からの依頼により追記した/配信編集部より※
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡