ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
Illust:山崎太郎
目覚める時はいつもこの景色だ。
パワーが入ると身体が活性化し、カメラをはじめとする各種センサーが作動する。
人間で言えば目をパチリと開き、頭をもたげるといった感じ。眠っている間はまったくの無だ。
「『好きなもの』を、やめられるわけないだろう?」
それは実際の音声じゃない。起きる時にいつも、僕のメモリーの中で繰り返されるメッセージ。
いつもこの言葉から始まるんだ。
居並ぶ僕の仲間たち、ワーカロイドの部品の中でたった一人の個体として再び“生”を受ける、この瞬間。
僕は宇宙を駆ける影像。
シルエットマンだ。
Illust:Quily
「俺ら宇宙の建設屋~♪」
ヴァーサタイル・アセンブラは口笛を吹きながら、3Dで表示されている設計図を次々とめくった。
彼がいるのは宇宙船の司令室。
そして、この建築専用船の登録名は……
『シルエット』
少数精鋭の職人たちとワーカロイド作業員たちがチームを組む、宇宙の建設屋。アームド・アームズは彼らの基地の名でもある。
腕と腕が組み合わさった紋章が彼らのトレードマークだ。
創業者いわくこの“腕”には二つの意味があるという。
一つは“作り出す力”としての創造の右腕。もう一つは“壊れたものを直す”再生の左腕だ。
「アセンブラ、作業員長からコンタクト」
肩に止まった船のウサギ型伝達者ジェイド=ラビットが告げる。アセンブラは慌てない。
「よう、シルエットマン!」
アセンブラは呼びかけた。
シルエットマンは一見子供のような外見のワーカロイドだ。
だがそれ自体がチームの名もなっている通り、チームが船外活動で使う多数の作業用ワーカロイドをたった一人で統括する存在だ。人間でいう“意識”はシルエットマンのみ。つまりチーム「シルエットマン」とは全にして一つの意識で働く、無数の手足をもった“一人”のワーカロイドの集団と言っても良いものだった。
Illust:Quily
「ブリッツ構造物A、底面チェック。015から058の組み上げ作業順調。今のところ周辺に異常なし」
シルエットマンの声は──外見から想像される通り──幼い男の子の声だ。
事務的な内容とのギャップが微笑ましいが、これは設計者である『シルエット』創業者のアイデアなのだという。
ブリッツ構造物Aとは『シルエット』が建造を請けおっている建築中の、惑星クレイの静止軌道に浮かぶ巨大建造物。もちろん仮名だ。ブラントゲートのドーム都心に企業ビルやタワーマンションを建てようというのではないから、名前など付いているわけがない。
「OK。そのまま上部も見てくれ」
「ガーター シルエット、了解」
声の年齢が少し上がったようだった。
Illust:Quily
資材がこみいって繊細な部品が多い底部よりも広く、行動範囲の広い上部には身体は大人の大きさのガーターの方が向いていると考えたのだろう。アセンブラとジェイド=ラビットが見守るモニターには作業中のワーカロイドたちの中を、一人上昇するガーター シルエットの姿が見えている。
「ガーター。この構造物が何のために造られているか、知ってるかい」
格納庫から早口の通信が割り込んだ。
「いいや、ロドニー。それ、重要なこと?ボクには建物も兵器もみな仲間、“建造物”だよ」
とガーター シルエット。先ほどと反対で砕けた内容なのに、大人びた少年の声に聞き手はギャップを感じるだろう。
Illust:瞑丸イヌチヨ
奔走整備士の異名をもつロドニーは笑って答えた。音声のみの割り込みなので、一時も手を休めようとしないその整備の腕も無重力区域でのアクロバティックな推進運動も、今は見ることはできない。
「いい答えだね。“あの人”も喜んでくれるだろう。それじゃ!」
悪戯っぽい笑い声とともにロドニーは去った。
「ねぇ、“あの人”って?」とジェイド=ラビット。
「さぁ?今回の窓口はヤツだし」とアセンブラ。
「ロドニーにしかわからないんだろう。それじゃ、ボクは仕事に戻るから」
ガーターは集中するため司令室との通信を切ると、一旦さらに上昇して構造物の真上まで上がった。
眼下には青く輝く惑星クレイと手前の構造物の姿がある。
『それで、君がその宇宙飛行士みたいな姿をしている理由も創業者にしかわからない事かな』
突然入った通信の声に、ガーターの姿が瞬時に変わった。
カイザル シルエット。
通信のあった方角を割り出し、振り返って構えた右手にはすでにチャージされ、後は撃つばかりとなった無反動砲の銃口が輝いている。
声が掛かってから“変身”、“装着”し、武器を構えるまで1秒もかかってはいないだろう。
ここまでのゆったりとした船外活動の動きからはまったく想像もできないほど、ワーカロイド「カイザル シルエット」のそれは俊敏で油断の無い動きだった。
Illust:Quily
「ボクが人型をしているのは“人ができることは何でもできる”ようにするためさ……誰だ!」
「ご説明ありがとう」
誰何への答えは悠然としたものだった。呼吸音すらまったく乱れていない。
高い襟付きのマント、筋骨隆々とした身体を引き立たせるボディスーツ、いつも何かを企んでいるような輝く瞳。
その人間は、ご丁寧にいつも通りの服装を模した宇宙服にヘルメットを着けて気密していた。建造物の頂上に腕を組んで仁王立ちする姿は……この男は宇宙に来てまでもやはり、どうしても一番高い場所に立たないと気が済まないらしい。
「ご紹介が遅れたが、オレは君の依頼主だ。ブリッツ・インダストリーのCEOヴェルストラ」
CEOは右手を挙げた。
もっとも宇宙服に磁力靴、(見たところ)推進装置なしという装備ではこれ以上の動作はしたくてもできなかったというのが本当のところだっただろうけれど。
「ちょっと話をしないか。お前さんは座ってさ」
ヴェルストラはにっと笑った。
Illust:西木あれく
建築中の構造物の上にカイザル シルエットは勧められるままに座り、ヴェルストラは立ったままでしばし無言で眼下の惑星クレイを見下ろしていた。
「全部がオレの足の下。いい景色だ。ずっと見ていたいぜ」
「お望みでしたら何時まででも、CEO。もっともあなたの酸素タンクが持つ限りは、ですが」
「ヴェルストラでいいよ。お前、まるでワーカロイドみたいな事を言うなぁ」
「ワーカロイドですから」「おっと失礼。つい忘れてた」
ヴェルストラは宇宙服を仰け反らして笑った。
「おやっさんにはホンっと世話になったんだけどなぁ。こうして会うのは初めてだよな、オレたち」
「“おやっさん”とは先代のことでしょうか」
ヴェルストラはそうだよ、とヘルメットの中で頷いた。
「伝説的な職人だったよな。ずいぶん叱られたよ、“無茶な注文ばっかりしやがって”って」
「これみたいなですか」
そうだ、とヴェルストラはまた笑いかけてちょっと首を振った。いつもの調子で哄笑ばかりしていると、どうやら反響がつらいらしい。
「まだ名もつけてないけど、オレが世界を驚かす次のドッキリ構造物。でも、だいたいの用途も察しているんだろ?『シルエット』君たちはさ」
「詮索はしません。機密を守るのも建築屋の仕事ですから」
宇宙だけにな、と語呂(機密/気密)がハマったらしいヴェルストラは先ほどまでよりは控え目に笑った。ヘルメットの酸素濃度設定が基準よりちょっと高すぎなのかもしれない。この男ならやりかねない。
「いい子だ。おやっさんが言ってた通りだぜ。もっと早く寄ればよかった、下見じゃなく遊びにな」
「……。“父”はこれのことを知っていましたか」
「知らない。おまえが言いたい事はわかるぜ。なんで必要かってことだよな、これが」
ヴェルストラは表情を改めた。シルエットは何も答えない。
「必要になると、その時はオレもまだ考えていなかったからな」
二人は沈黙した。静止軌道に浮遊する巨大建造物の目的とは何なのか。
「でも、信じてほしい。オレはブリッツの建造物がいつかこの世界を救うと信じている。本気で」
ブリッツCEOは身をかがめると愛おしげに巨大建造物を撫でた。
「私は受注者。ご説明は不要です」
「だが建設業者だろ。考えるのはオレかもしらんが造ってくれてるのはお前さんたちだ。職人には礼を尽くせって、君の父さんに教わったからさ」
ヴェルストラはシルエットにぐっと拳を握って見せた。一緒にやろうぜの意思表示だ。
「ボクはただの建設業者ですからお気遣いは不要です。では、仕事に戻りますので」
「おおっと!嘘はいけないなぁ。先代に言われなかったか、シルエット」
立てた人差し指を振るヴェルストラ──ちなみに拳を握るにも指を立てるにも特製といえども宇宙服だとかなりの力が要るのだが、ブリッツCEOがポーズを取る妨げにはならない──にシルエットは軽く首を傾げた。
「なんのことでしょう」
「数ある宇宙建設業者の中でも、先代が率いる『シルエット』が選ばれる理由」
ひとつ、とCEOはまた指を立てた。
「現代惑星クレイでも飛び抜けて優秀な老舗の職人技」
もうひとつ、と2本目の指。
「統一意思を持つワーカロイドたちによる一糸乱れぬ現場作業」
最後に、とヴェルストラは親指を立てて背後を指した。
「緊急事態や建設を阻むモノへの対処能力、だ」
シルエットがその方向に目を向けると、音も無く小惑星が接近してくる所だった。
ビィー!
遅れて警報が鳴る。
“警戒が疎かになっていたのではない。あれが急に軌道を変えたのだ”
統一意思シルエットは瞬時に結論した。
この作業現場にいる全てのワーカロイドが動きを止め、発光を始めた。
カイザル シルエットだったものの周りにエネルギーが収束してゆく。
おぉ、ヴェルストラが唸った。先代に聞いてはいたが間近で見るのは初めてだったからだ。
突如、二つの巨大な腕──それはエムブレムにあったあの“腕”である──が出現した。
アームド・アームズ “L”!これは『旧きに数多の価値を見出す。再生の左手』
アームド・アームズ “R”!それは『眩き勝利を引き寄せる。創造の右手』
『着装完了!』
巨大な両腕と合体し、シルエットは新たな形態に変化した。
『――起動!アームド・アームズ!』
Illust:Quily
ギガントアームズ シルエット!!
右!左!そしてまた右!
ボクサーのように目にも止まらぬ速度で繰り出された連打は、巨大な腕の形そのままのエネルギー波となって小惑星に殺到し、
──!!!!
出現と同様、無音のまま砕け散り、幾つもの細かい破片となって建造物を通過していった。
「いいモン見せて貰ったぜ、ギガントアームズ シルエット」
声に振り向くと、ヴェルストラは──動くのに労力を要する宇宙服姿のまま──シャドウボクシングをしていた。くどいようだが動きづらい宇宙服を身につけていようと何だろうと、この男は目の前で見た見事な迎撃の手際に興奮が抑えられないのだろう。
「な?それのどこがただの建設業者だよって」
ニヤニヤ笑っているヴェルストラに、シルエットは少し顔を逸らしながら答えた。
「予想外のことでしたので」
ふぅーん、とヴェルストラは肩をすくめて追及は止めた。ワーカロイドを困らせることが目的なのではない。
「ま、確かにはぐれ“隕石”なんて予測不可能だよなぁ。ありゃ操られているんだもの」
とヴェルストラ。シルエットはCEOがまた真面目な顔に戻っているのを走査した。
「これが必要な理由、もう一つってわけさ。この建造物とそしてお前さんたち『シルエット』の協力が」
シルエット──数千体の個体からなる統一意思であり、構造物を敵や災いから守る兵隊でもあるワーカロイド──は初めてとまどったように、この無理無茶無謀で知られる人間、ブリッツ・インダストリーCEOを見返した。
「もうちょっと話そうぜ」
ヴェルストラは同じ誘いを繰り返した。
「船の内部で。今度こそこのオレ様も座って、さ」
ヴェルストラはウインクして見せた。ちょうど地平線から昇ってきた太陽の光に照らされて、それはヘルメットごしにでも十分伝わる意思表示だった。
了
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《今回の一口用語メモ》
『シルエット』──天輪聖紀に残る宇宙の老舗建設屋
天輪聖紀に至るまでの惑星クレイには、メサイア消滅後の「無神紀」の経済・物流の縮小による国家の弱体化、そして竜や魔術(いずれもその元となる運命力の低下により)の衰退によって、それ以前の時代とは大きな断絶がある。
特に惑星クレイ歴4500年代に観測された《時空の断絶》という現象は──自在に時空を旅するギアクロニクルでさえ観測できないほど──非常に奇妙な性質をもつ「時空災害」であり、情報・歴史・文化の記録と継続すら危うくさせる程の大混乱だったとされている。※災害自体の記録すら残っていないので推測するしかないが、一説にはここで幾つもの世界線が入り混じったとも言われている※
一方で、星系レベルの大災害にも揺らぐことなく継承されてきたものもある。
その一つが宇宙の建設屋「シルエット」だ。
船員用の設備とワーカロイド製造整備工場を積んだ、宇宙船シルエット号を家として惑星クレイ付近の宇宙を旅するこの一団は、創業が聖竜紀の頃まで遡れる──つまり3000年前以上の歴史を持つ──老舗である。ユナイテッドサンクチュアリの建国も虚無と遊星ブラントの襲来(星輝大戦)も宇宙から見続け、黙々と宇宙のモノづくりに励んできたのが「シルエット」なのだ。
今まで「シルエット」は派手な宣伝も企業規模の拡大もしてこなかった。建設屋として一番信頼できるとして知る人ぞ知る存在だったのだ。また創業者の理念から、軍事開発関連のオファーにも積極的ではなかった。その反面、どんな激戦の中にあっても「シルエット」ある所、たちまち破壊された施設が元通りになってしまうので宇宙からの敵が現れたときに、建造物の軍医的な頼られ方をすることもあった。そんな職人気質の「シルエット」が天輪聖紀に入り、ブラントゲートの工業会社ブリッツ・インダストリーの宇宙構造物を受注するようになったのは、同CEOが頑固で知られる先代を根気強く説得したためとも言われる(ただ一緒に遊んだだけだと本人達は言っているようだが)。
同CEOが、数ある建設会社から「シルエット」を選んで懇意にしている理由としてもう一つ、密かな噂がある。
それは一つの統合意思をもつワーカロイド「シルエットマン」の戦闘形態だ。
宇宙の平和を守る組織としては銀河英勇が知られている。
だがさすがの銀河英勇も惑星クレイ付近で起こるすべてのトラブルに対応できるわけではない。忙しすぎるのだ。もし建設中の宇宙ステーションやブリッツ・インダストリーの巨大建造物に急な危機が迫ったら、どうするのか。建設屋「シルエット」が関わる現場では昔から、“影のように”現れて事件を解決する謎の存在が目撃されている。名も告げずに去る銀色のスーツの人影は、その巨大な両腕から「ギガントアームズ シルエット」と呼ばれている。この点でも「シルエット」は同業者からも頼られる職人集団なのである。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡