ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
Illust:いの介
「オーゴンの剣を喰らぇい!!」
えいっ!やぁ!どうだっ!まいったか悪魔めっ!
届かない相手に奮闘するヒーロー・パイナッポーを指先で吊り下げながら、チーム・ディアブロスのリーダーは現れた。
ここは森の外れに設けられたキャンプ。バイオロイド、ハイビースト、フォレストドラゴン達から成る“世界樹の音楽隊”の大所帯が当領主の厚意で貸与されている仮の宿地であり、客人であるリアノーンたちの周囲はこの農場に仕えるドリアードたちが警護している。
「ブルースさん……」
バイオロイドの指揮者は他の団員同様、目を丸くして珍客を迎えた。
「グランフィア農園は良い用心棒を抱えているな。それと俺のことはブルースでいい」
惑星クレイ一のケンカ屋は低く通る声で言うと、張り切りすぎて目を回してしまったパイナッポーの剣士をリアノーンの腕にそっと預けた。ディアブロス“爆轟”ブルースの口元を覆う悪魔のマスクは今日も笑っていた。
Illust:lack
戦いの舞台として見た時、ズーガイア大陸旧ズー領はあまりにも広大である。
なにしろ約3000年前には超巨大穀物商社組織ネオネクタールだけで、惑星クレイの食糧の4割を供給していたという農地と、面積では平地をはるかに上回り豊かな動植物相を魅せる森林が大陸いっぱいに広がっているのだ。
「龍樹寄りの者となったマグノリアのヤツは、手勢を3つに分けた」
ブルースは携えてきた大陸図に緑のパステルで、上空から見た世界樹侵攻ルートを寸分の狂い無く描き入れた。武骨な印象ばかりのブルースとしては意外に思われそうな技筆だが、このギャロウズボールのスタアが戯れに描いた競技場の壁画には高い芸術性があると鑑定され、高額で買い取られたこともあるのだ。
「樹角獣は怒らせると手強い。水と日光さえあれば粗食にも耐えるし、疲れ知らずだ」とブルース。
「恐らく植物の特性をもっているためでしょう」
と深みのある声で音楽隊の調律師、フェストーソ・ドラゴンが推測を述べた。
「ヌエバもトゥーリも、世界樹からは良い音が聞こえない。追い詰められているんだ、きっと」
とリアノーン。世界樹の音楽隊の優れたメンバーの中においてさえ、これほど世界樹と心通わせる力を持つのはリアノーンだけだ。おそらく惑星クレイ世界随一の共感力を持つ彼女にとって、一度絆を結んだ世界樹の“声”は、それが喜びの笑いであれ嘆きの悲鳴であれ、距離に関係なく常にその耳に心に響いてくるものらしい。
「いまは改造昆虫怪人たちが森に潜みながらゲリラ活動で進撃を遅らせている。マグノリアが率いる3軍のルートが平地を選ばざるを得ないのはそうした理由だ。あの調子で怪人どもの抵抗が続けられれば、もう少し時間が稼げるだろう」
リアノーンはまた驚いた様子を見せた。メガコロニーの昆虫怪人といえば、種族のるつぼストイケイアでも特に厄介者、無法者として知られている悪人どもである。国家存亡の危機とはいえ、いきなり地域のため身を投げ打って自衛団のような働きをするとは信じがたい。
「どんな悪人でも住む場所を追われそうになったら必死にもなる。ケンカ屋としてはわからんでもない」
とブルース。この悪魔について、たっぷり流布されている噂とかなり違う印象を受けるためか、周りを囲む音楽隊の面々も息を詰めて聴き入っている。
「本隊は中央のこれだ。ここにヤツがいる」
ブルースはグレートネイチャー総合大学に向かう一筋を指した。
「オレが潰す。リアノーン、お前は動くな」
リアノーンは何か言いかけた口をまた閉じた。ブルースとは水晶玉ネットワークがまだ健在だった頃に、画面越しに何度か挨拶をしたくらいの仲だが、今はあっさりとこちらの覚悟を読まれてしまっている。
「わたしだって戦えます。一度はマスクスにもなりました。必要ならまたあの仮面を使ってでも……」
「それは勧められない」
「やっぱり信じてもらえませんか……」リアノーンは悄気ているようだった。
「いいや。俺が言っているのは相性だ。以前、ヤツ(マグノリアのことらしい)に一度会いに行ったことがある。小山のようだった。そびえる山や荒れ狂う河を制するものがあるとすれば“音楽”ではない。それを上回る力だけだ。つまりアレは俺でなくては止められない」
ブルースは相手の強さを認めるのにためらいはないようだった。もっともそれはアスリートとして、ケンカ屋としての第一条件なのかもしれないが。
「龍樹に惹かれる者はみな“力”を欲しているようです。厳しい時代に立ち向かえる、揺るがない強い力を」
とフェストーソ・ドラゴン。彼女にはリアノーンが言葉にしきれない思いを正しく表す特技がある。
「あぁ。だが借り物の力を本当の強さとは呼ばない。それはケンカも(ギャロウズ)ボールも同じことだ……リアノーン」
は、はい、とちょうど今、他のことを考えていたリアノーンは慌てて返事をした。だがブルースの次の言葉もその“他のこと”についてだった。
「お前はあの猫のことを考えてやれ。マグノリアの後ろにはアイツがいる。話を聞いてやるのも親友の役目だ。たとえ一度、袂を分かった相手であっても」
リアノーンは頷いて、悪魔をじっと見つめた。なんだ?とブルースが目顔で問うた。
「今のあなたからは、とても良い音が聞こえます」
「俺が奏でるものと言えば、拳がぶつかる音くらいのものだろう」
笑うマスクを着けた悪魔は肩をすくめた。
「まぁ、せいぜいブン殴ってやるさ」
「お願いします」
物騒な決意表明に物騒な依頼で答えたリアノーンは、足元でなにか言いたげにしていたもう一人のドリアードを抱え上げた。彼が放った言葉は悪魔を見送る一同の気持ちを見事に代弁していた。
「おい、そこのお前!疲れているならコイツを喰らえい!我らの餞別だ!」
と注射銃を構えたのは、クウェン・サーンだ。その注射器には強壮剤がたっぷり詰まっている。
少しだけ沈黙があって、ディアブロス“爆轟”ブルースは腕のプロテクターを引き上げた。
「もらおう」
Illust:オサフネオウジ
汝、学ばずして此の森を去ることなかれ。
──大賢者ストイケイア
ストイケイア旧ズー領の中央大森林、グレートネイチャー総合大学にはいわゆる校門が無い。
それは学内──そもそも一見して校舎が見当たらない学校というものが想像できるだろうか──も同じで、一見、ただの林や大木に見えるものが、実は研究室であったり講堂である事が多いのだ。
とはいえ、森の自然と巧みに調和させたこの大学にも幾つかの“入り口”はあり、外部からの出入りは原則ここを通してのものとなる。もちろん、キャンパスを囲む森を踏破して入り込むことも不可能では無い。だがそんな不届き者が野生のリスや野ネズミ、鳥たち等でない限り、密生した茂みをかき分けてほんの数歩進むだけで日が暮れている事だろう。つまりこの大学には塀なども要らないのである。今までは。
その東門。
グランフィア農園でブルースとリアノーンが出会ってから2日後のこと。時刻はまもなく正午である。
戦況はいよいよ龍樹側優位で進んでいた。
森を進む樹角獣の進軍の先陣には、その長の小山のような姿があった。
樹角獣王マグノリア。
だが、その顔には龍樹の仮面が着けられ、輝かしい青だった体表は血を思わせる臙脂へと変わり、身に纏うオーラは紫。体側に浮かぶ飾りには鋭い刺が生えて、鎧とも武器ともつかない異質なものになっている。いまはもう完全に別人と言っていい。
ストイケイア中央の森は、マグノリアの前には無人の野も同然だった。
悠々と森を歩むマグノリア・マスクスの前では、雲霞のごとく湧きあがるメガコロニーの昆虫怪人によるゲリラ襲撃も、文字通り蟷螂の斧ほどの効果もなかった。ようやく自分たちの縄張りに貢献できると奮起した極道一筋の悪党昆虫どもは、ここで一矢報いることもできなかったことにさぞ歯がみした事だろう。
そして、いつしか地域住民と大学のハイビーストたちの間でも新しい呼び名が口に上るようになっていた。
すなわち──
厄災の樹角獣王マグノリア・マスクス、と。
森が泣いている。
それは厄災の樹角獣王の進軍の前に、自ら幹を曲げ、枝をたわませて道を空ける木々の嘆きの音だ。
もうひとつ、この有史以来ズーガイア大陸の中央にあった大森林を震え上がらせていたもの。
それはマグノリア王の新たな露払い、樹角獣の軍団の不気味な先鋒だった。
じゃらじゃらと不快な鎖の音を響かせているのは怨念鎖。繋がれた骸とともに重苦しい“怨念”を引き連れて浮遊する、顔の無いゴーストだ。
Illust:増田幹生
それと並ぶのが黒涙の骸竜。その名の通り、身体自体が崩壊しながらそれでもまだ現世に留まらざるを得ない苦しみに漆黒の尽きせぬ涙を流し続ける骸骨竜である。
Illust:増田幹生
この2体ともが本来は、伝説の空飛ぶ幽霊船リグレイン号に取り憑いた化け物──これは同船・船長代理の弁だ──であることから、龍樹の軍師の正体は知る人ぞ知るという事なのだが、ストイケイアの平和な森の住民にとって、「恐怖」を武器とするマグノリア・マスクスの先鋒は効果てきめんだった。
戦う以前に怖がって近くに寄ることもできないのだ。だがしかし……。
パーン!!
その一撃が音速を超えていた証拠に、重い地響きの寸前、乾いた音が森の大気を切り裂いていた。
「ハァ、こりゃアニキ、本気で怒ってんなぁ」
ディアブロスラピッドキャリアー ジーノは眼下の光景に目を奪われながら、現場の上空にアビスドラゴンを滑空させながら独り言ちた。
駆る竜はリキューザルヘイト・ドラゴン。
チーム・ディアブロスのリーダーの相棒リペルドマリス・ドラゴンと同じく、今回の遠征に際し、悪魔にその背を貸してくれた竜である。
「ムリ言ってついてきて良かったぜ。こんな派手なケンカが見られるなんてさ」
地上の森では今になってようやく、土埃が晴れてきたようだった。ラピッドキャリアーの名を持つ悪魔は、それにあまり見とれ過ぎて目の前に聳える“本隊”にぶつからぬよう、竜を旋回させた。
「さぁて、いよいよ御大のご登場だ。ここからは、全部がハイライトだ。見逃すなよ?」
ジーノの言葉にリキューザルヘイトは吠えた。これは同意のひと声らしい。
Illust:touge369
大学前の森は少し開けた土地になっており、木と枝が天を押し包むように覆っているこの小広場が、いわばグレートネイチャー総合大学東門の玄関ホールのようなものだ。
その広場の入り口で、いまが空飛ぶ幽霊船の怪物たちが陽光にさらされ、灰になってゆく。陽光とはニルヴァーナの恵み。不死の怪物はその力の下で長く形を保つことは難しい。
とはいえ怨念鎖も黒涙の骸竜も完全に消滅したわけではない。彼ら不死の怪物の身体=物質化した肉体は現世ではかりそめのものだ。この後しばらくすれば、再び怪雨の降霊術師の元で不気味な姿を復活させるだろう。
『見事だ。それでこそ、この惑星一のケンカ屋』
「こんな連中の手まで借りるとは、見損なったぞ」
ブルースは手にしていた怨念鎖の鎖を放り投げると、その鎖も空中で塵と化した。
つい先ほどの“爆轟”ブルースの奇襲はあまりにも疾く、まったく容赦のないものだった。
どこからともなく走りきたブルースは森の広場に飛び出るなり怨念鎖の鎖を掴み、怪物2体を渾身の力でなぎ払ったのだ。その先端速度は軽く音速を超え、2体の怪物はおそらく驚く間もなく滅ぼされた。
『不死のものには不死の物質で、か。噂で聞くほど力押しでもないのだな』
「批評なんてしてる場合か!」
ブルースは激怒していた。リアノーンにも告げたとおり、かつてドラジュエルドとの通信を仲介し、龍樹(当時はこの名前は判明していなかったが)に対して警戒し、抗う意思を確認し合ったはずの仲だ。直接会ったのはただの一度だとしても、ブルースとしては男の約束を踏みにじられて良い気分でいられるわけがない。
「姿を見せやがれ!」
『もうお前の目の前にいる』
ブルースは目を瞠った。
思念の返答があった次の瞬間、もう目の前いっぱいに柔らかい毛皮が迫っていたのだ。小山と見まごうマグノリアの腹である。
(疾い!)
全身に嫌な汗を感じながら、ブルースの反応もまた瞬速だった。
ドスドスドスドスドスドスドスドス!
1秒で8発。だがこれでもまだ不意を食らっての反応だ。だが……。
「達していないだと!?」
ブルースの驚きは別にあった。岩をも砕く悪魔の拳はすべて分厚い毛皮に吸い込まれ、マグノリアにダメージを与えることはできなかった。
刺が迫る。ブルースは後ろに跳んだ。
マグノリアの動きは、巨体をまったく感じさせないものだった。肩甲を軽く揺するだけで、刺のついたそれは必殺の鉤爪攻撃となる。動作が極めて小さいので隙ができることもなく、続けざまに打突が可能だ。合理的かつ知的な攻撃だった。
(ヤバい!)
ブルースがこんな言葉を思考に上らせること自体、何年ぶりのことだろうか。
それほど“肩ボクシング”で迫りくるマグノリア・マスクスは強敵だった。
「ちょ……おいおいおいおい!やべぇぞ、こりゃ」
上空のディアブロスラピッドキャリアー ジーノは慌てた。チーム・ディアブロスはリーダー以下、ケンカ屋ぞろいなので戦いの優劣にも敏感なのだ。そのまま隣で飛ぶブルースの相棒、リペルドマリス・ドラゴンに視線を送った。だが意外にも、友の悪魔の危機にも竜は静かに羽ばたいているだけだった。
小山と虫けらか。
一瞬も休ませてくれないマグノリアの連撃を避けて、小広場を逃げ回り、飛び跳ねながらブルースは自嘲ぎみに吐き捨てた。ひとつ良かった事といえば、これほど猛烈かつ俊敏な攻撃を繰り出せる巨大な獣相手に、自分がリアノーンの出撃を許さなかったことだ。
『そうだ。私はお前と戦いたかった』
! マグノリアの思考にブルースの動きが一瞬固まる。
狙い澄ました前肢の一撃が悪魔を捉え、弾き飛ばした。
「ぐぉっ!」
ここまでの肩甲の連撃さえフェイントだったのだ。樹角獣王はどこまでもクレバーな闘士だった。
そしてそれがどれほど凄まじい打撃だったかは、飛ばされたブルースが奔流に揉まれるボロ布のように、大学を囲む林の生け垣に突っ込み、まったく勢いが衰えぬまま幹に枝に地面にぶつかり、最後は地面に深く埋もれていった事で察せられた。
『立て!悪魔!その程度でくたばるお前ではないだろう!!』
マグノリアの思念は音でないはずなのに周りの森から一斉に鳥が飛び立ち、主を支援しようと近くの林に潜んでいたフォースドグロウ・ドラゴンさえ思わず地に伏せるほどの大喝だった。
「……」
応答はない。ついにあのディアブロス・ブルースも息絶えたのであろうか。
『私は自由意志をもって龍樹の仮面を着けた。龍樹とその力がなんたるかを学んだぞ。そしてここまで堪えてくれた民と国土にかけて、これを持ってこの森を去り、希望を信じる民の糧とする。我が国のために。この惑星のために』
もしこの思念を聞き取れる龍樹の幹部がいれば、ここで軽く息を飲んだかもしれない。マグノリアは龍樹の性質を研究し、見極めるためにあえて身を投げ打って仮面を着け、龍樹の先兵となったと告白したのだ。
『だが最後の仕上げが必要だ。最後に学んだこととして怖ろしい事実がある。龍樹の仮面を通して得た力は“過去の自分を捨て去ること”で最大の効果を発揮する。そしてその誘惑はとても強く果てしが無い。この意味がわかるか、悪魔』
ああ。
その答えは地面に深く穿たれた穴から聞こえた。
右手が、そして左手が穴の縁にかかる。
「それは過去の自分に別れを告げること。つまり強いヤツほどより強い力を欲し、自分が自分でなくなる誘惑に勝てないという事だ」
『わかってくれるか。やはり馬鹿ではないのだな、お前も』
「放っとけ!」
ブルースの返答に対するマグノリア無言の思念にはこの時、苦笑が含まれているようだった。
『一撃だけ許す。好きに打ってくるがいい』
逆に返せばこの機会を逃すような事があれば、マグノリアはより以上の力を求め、自分を失った龍樹最強の獣と化して、世界を滅亡させる可能性があるという訳か。チャンスは一度きり。だがそう遠くない過去、同じような戦友とのシチュエーションがなかったか、ブルースよ。
「ヘッ。どいつもこいつも勝手な事ばかり……」
悪魔ブルースは大地を踏みしめ、構えた。叩きのめされていた身体に、心に力が蘇る。
「言いやがって!」
ブルースを中心に土砂が弾け、烈風にグレートネイチャー総合大学の樹木が揺れた。
“一気爆勢”
それはチーム・ディアブロスの必殺フォーメーション。悪魔ブルース、魂の爆発である。
「歯ぁ食いしばれーッ!」
ブルースは高く飛んだ。
狙うは一点のみ。
振りかぶった悪魔の拳は……。
狙い過たず、龍樹の仮面を砕いた。
Illust:かわすみ
「なかなか熱い戦いだったね。もうスクリーンは消していいよ」
蝕滅の龍樹グリフォギィラは青年の声で言った。
グリフォギィラは岩窟の底から伸びた一つの頭で喋っていた。広い部屋には他に、戯弄の降霊術師 ゾルガ・マスクス、異星刻姫アストロア バイコ・マスクス、凶眼獣アマナキィティ(言うまでもなく凶眼竜皇アマナグルジオ・マスクス)の普段の姿だ、そして浮かぶ球体の中からではあるが柩機の主神オルフィスト・レギスの姿があった。
「マグノリアは我らの手を逃れました」
とアストロアは冷たくゾルガを睨んだ。まるで彼のせいだと言いたげに。
「もう一歩だったよね、ごめん」とアマナ。
「いいや。際どいところだった」
ゾルガはアマナを擁護するような発言をした。言われた本人も意外だったようで黒猫アマナが目を丸くしてゾルガを顧みた。
「またしても脱落者が……」
「いや、これでいいんだ」
言いつのるアストロアをグリフォギィラが遮った。
「ここまでは真に優れた者をふるい分けるのに必要な過程だった。僕には選び抜かれた精鋭がいればいい。つまり君たちのことさ」
一同は黙って頭を垂れた。龍樹の則はたった一つ。力だ。いまや惑星クレイの大地に深く根を張り、無限とも言える力を蓄えつつある龍樹に、他4人は心からの敬意を示したのである。
「ゾルガ。君は言ったね。物事はずっと上り調子であり続けることはできないと」
「その通り。急激な成長にはひずみができるものだ。上ばかり見ていると足元を掬われがちなのも道理」
「つまり僕らに必要なのは地固めする時間だ」
アストロアは龍樹とゾルガの会話に割り込みかけて止めた。癪ではあるがこの軍師は間違ったことは言っていないし、龍樹は賢く学んでいる。よほど確実な根拠を沿えてからでないと、この口の減らないゴーストに異論を唱えたとしても躱されるか、煙に巻かれるばかりだと悟っているのだろう。
「もう一つ。表に現れるものには、必ず裏の動きが干渉しているとも。警戒すべきは派手な変化ではなく、見逃しがちな小さな兆候ということだね」
「君はとても優秀で良い生徒だ、グリフォギィラ」
ゾルガは満足げに頷き、龍樹のひとつの頭は青年の声で答えた。
「お褒めに与り光栄。さぁ皆、今は休んで“力”を蓄えよう。マグノリアの復帰で天輪がどう出てくるか。注意深く見守ろうじゃないか」
最後に龍樹の声は幼児のそれになった。
だが、その“音”はどの年齢の声よりも邪悪で、そして4人が思わず身を震わせるほどの“力”に満ちていた。
「ふふっ、一気に滅ぼすのは簡単だからね」
了
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《今回の一口用語メモ》
フォレストドラゴン
旧ズー国または超巨大穀物商社組織ネオネクタールに所属しているものがほとんどであり、
外見からすると大きく下記の2種類に分かれる。
ひとつは「妖精/フェアリー(ドラゴン)」タイプ。
……蝶や昆虫のような羽を持ち可憐で美しい竜。
具体例でいうと、世界樹の音楽隊の調律師、フェストーソ・ドラゴンがこのタイプだ。
もう一つが「植物/プラント(ドラゴン)」タイプ。
……樹木や果実など森を体現したかのような植物の特徴を持つ竜。
こちらの例としてマスクス化したマグノリア様に仕える竜として進軍に参加していたフォースドグロウ・ドラゴンが、全身に花とツタを生やしていて、このタイプだといえるだろう。
フェストーソ・ドラゴン
Illust:獣道
フォースドグロウ・ドラゴン
Illust:北熊
いずれにせよ、区別の仕方としては「羽」に注目するとわかりやすい。
ただ今回、説明のためにあえてフェアリードラゴン、プラントドラゴンという用語を使ったが、惑星クレイの種族としてこの2つが存在する訳では無い。自分が動物学者という立場でもあるため、細かいようだが読者におかれてはこの点を留意の上でお読みいただきたい。
追伸:
さて最後になるが私信として追記させていただく。
少し前から主マグノリアと共に一時、龍樹の配下として我が国の世界樹攻略に加わることになったが、ディアブロス“爆轟”ブルースを始め、旧水晶玉ネットワークの同志たちの力によって、この軛を断ち切ることができた。主も私も、樹角獣たちも覚悟していたよりずっと短い期間で復帰することができた。この場を借りて感謝を伝えたい。特に、我ら自身の手で世界樹(がある2つの町)を害することにならずに済んだことは、心から安堵している。
さらに「龍樹の仮面」を着けたマグノリア様の様子を間近で観察することで、私が考えていた幾つかの仮説に確信を持てた。また、かねてからその存在が疑われていた龍樹側の軍師も特定できた。短い時間だったが直に話すことでその狙いの幾つかも窺うことができたと思う。これは今後、我々の反攻に役立つだろう。
しかしもっとも驚いたこととして、龍樹側からの脱退については加入と同様、(仮面をつけている)本人の意思で「協力する/止めた」と宣言すれば何の罰則もなく抜けられる上に、龍樹の仮面の返却を求められることもなかった。これではまるで、龍樹の仮面とは龍樹から惑星クレイの生き物に対する贈り物であり、龍樹勢力とは「クレイの運命力を共有し有効利用するシステムを確立するための共同生活帯」のようだ。
強すぎる龍樹の力を浴び過ぎた末に信奉者が異形の者に変形したり、急激な運命力の吸収で世界樹を枯らすなどその方法が強引で勝手すぎることを除けば必ずしも「悪」と断じきれない点もある。圧倒的な力と融和性、戦略性と戦術理解度、それらとは裏腹にどこか幼児を思わせる移り気と執着の無さ。これほど異質で奇妙な思想を持つ侵略者は、どのような文献や伝承にあたっても見当たらない。
取り急ぎ自分としてはグレートネイチャー総合大学で合流した編集部と力を合わせ、水晶玉ネットワークの復旧に力を注ぎたいと考えている。いずれにせよ、反転攻勢の時は近い。希望を失わず、未来を信じて努力し続けよう。
レティア大渓谷の動物学者
C・K・ザカット 拝
C・K・ザカット 拝
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グレートネイチャー総合大学については
→ユニットストーリー065「リペルドマリス・ドラゴン」本編と《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
リアノーンと黒猫アマナ(凶眼竜 アマナグルジオ)の関係については
→ユニットストーリー085「森厳なる薔薇の主 グランフィア」
→ユニットストーリー086「龍樹の落胤 ビスト・アルヴァス」
→ユニットストーリー089「隷属の葬列 リアノーン・マスクス」を参照のこと。
凶眼の獣アマナと凶眼竜 アマナグルジオについては
→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」016 凶眼、を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡