ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」

早朝。
Hut!! Hut!!
ドラゴンエンパイアの暁紅院にこの掛け声が響くのは有史以来、初めてのことらしい。
天輪 vs チーム・ディアブロス。
ルールは「ギャロウズボール11」。トレーニングで使われる11人制、非武装で行われ(ただし手は使える)、相手ゴールまで球を持ち込めば得点というシンプルな球技。いわゆるフットボールである。
チーム・ディアブロスは4兄弟の他に、ディアブロスボーイズ イーデン、ディアブロスヘヴィランチャー パトリック、ディアブロスラピッドキャリアー ジーノ、ディアブロスマドンナ メーベル、ディアブロスガールズ トリッシュ、ディアブロスダイバー ジュリアン、ディアブロスナックラー ジャミルの7人。
天輪側はリノ、レイユ、ゾンネ、ローナの焔の巫女4名にトリクスタ、プレアドラゴン6名(装剣竜ガロンダイト、装閃竜ブラマーダ、装照竜グレイルミラ、装爆竜ランジャード、装撃竜ストレガリオ、装削竜ドリライズ)。ちなみにリノが背に負っている天輪竜の卵サプライズ・エッグは人数に数えられていない。
「ストイケイアまで着いていったご褒美ってヤツかね。役得!役得!」
今回、ウィングバックに先発したディアブロスラピッドキャリアー ジーノは、思わず笑み崩れた。
現在、ディアブロスは名実とも惑星クレイ世界最高峰のギャロウズボールチームである。選抜メンバー競争も激しい。練習であれディアブロス4兄弟、特に長兄でありチームリーダーのブルースと共にプレイできるのは悪魔たちの憧れなのだ。
試合前のウォーミングアップが終わった。球が手渡される。
「リノ。お前たちが先攻でいい」
ジーノが見つめる先、ディアブロス“爆轟”ブルースはセンターラインを挟んで、焔の巫女リノと向き合っている。
受け取るリノの背中で、反対向きにベビーキャリアで吊られたサプライズ・エッグが目をパチクリさせる。ブルースの提案でこしらえた装備だが、緊迫した真剣勝負であってもユーモラスな印象は避けられない。
「連携を鍛える。そして戦いの中でしか見えない勝機……」
リノが自分に言い聞かせるように呟くのにブルースは小さく頷いて答えた。
「そうだ。そしてそれを読むことが今、お前たちに必要なものだ。俺たちも本気で行く」
「望むところです」
とリノは周りを見渡した。暁紅院の裏庭は広く、規模としては運動グラウンドとして十分。その広い敷地に、白墨で引かれたフィールドとそれを囲む人間、悪魔、そしてプレアドラゴンの一群が厚い人垣となって見守っている。
「すでに1年、時間を使ってしまいましたから」
とリノ。龍樹が創りだした「時空の罠」に捕らわれ、天輪の一行は(ブルースたち残された者が奮闘している間)約1年の時間を飛ばされ、龍樹の攻勢にさらされて燃えるブラントゲートのドームを目撃するに至った。
そしてそれからしばらくの時を、圧倒的不利にあったブラントゲート国とその抵抗を支えるヴェルストラのブリッツ・インダストリー、超銀河警備保障の極光戦姫たちを支えて共に戦う抵抗運動に身を投じたリノたちだったが、バヴサーガラと接触したグラビディアンの戦線離脱、ストイケイアで起こった樹角獣の攻勢と撤退から、ようやく暁紅院に戻ってこられたのだ。
「そしてマグノリア王を本道に立ち戻らせたのが、あなたでした。ブルース」
「ブン殴っただけだ。アイツにはまだ恨まれている。リアノーンとバヴサーガラ、セラスが今、なだめに行っているらしいが」
「頼れます。あの3人ならば大丈夫」
リノは微笑を浮かべた。
レティア大渓谷の草地で、マグノリア王の毛皮にくるまれて共に眠るリアノーンの姿は容易に想像がつく。マスクスを体験し離脱した者同士だからこそお互いに癒されることもあるだろう。見舞客としてドラゴンエンパイアからはバヴサーガラ、ブラントゲートからはセラス・ホワイトが出向いている。
2人もきっと樹角獣たちは歓迎してくれるはず。何もかもこの大規模な攻勢が緩み、ゆとりができたからに他ならない。だからこそ……。
「鍛えるならば今しかない。まぁ、俺はこういうやり方しかできない男だが」
1年と南北数千kmを乗り越え、せっかく暁紅院へ辿り着いたリノたちの元に押しかけ、ほとんど休む間も与えず、練習試合という名の鍛練を課した悪魔。だがリノは反対の声を押し切って、むしろ喜んでその申し出を受けた。龍樹の本体を前に、畏怖するしかなかった自らの力不足を痛感していたからだ。
「よろしくお願いします」
「さっそく始めよう。この後、行かねばならない所もあるからな」
大地を揺るがすほどの歓声が、この惑星最古の寺院として知られる暁紅院に湧きあがった。

──魔帝都D.C.深夜。
「何にも縛られねぇ。それがホンモノの漢だ。オレみたいに欲しいものは必ず手に入れる業突く張りなヤクザでもそんな生き方、ちょっと憧れるのさ。フッ……」
ガラガラだけど無茶苦茶ドスだけは利いた声が暗闇に響く。ってか、これって何の独り語り?
真っ暗な舞台にスポットライトが点る。
ステージ中央。
構えた半身でちょいと帽子に手をかけ、ビシッとポーズを決めているのはここの店と暗黒街のボス、いや今となってはこの国のかなりの部分を裏から牛耳る超大ボスとなった、グリードン。ちなみに食べ物の好みは大の甘党だ。
「……」
ビッグバンドのシャウトコーラスが鳴り響く。
シーリング、フロントサイド、フットライト。全照明があがり一気に眩しい光の世界へと舞台は変貌する。凝固したままの暗黒街のボスは今、光のシャワーの中にいた。
♪ビッグボス、カッコイーダ♪イーダ!♪
その周りではスリットの切れ上がったチャイナドレスを着たデザイアデビル タイーダたちが、中央のボスに向けてボンボンをわさわさしている。
「……」
グリードンはまだ動かない。
タイーダたちは少し戸惑いながら、わさわさを続ける。
まだ動かない。
さすがに疲れてきたのか、タイーダたちの中には顔を見合わせたり、わさわさを止める子たちも出てきた。
「あのぉ……ボス?」
とうとう口を開いた一人のタイーダの顔にグリードンの尻尾が直撃した。イーイーダー……!と被害者タイーダがドップラー効果を引きながら客席を越えて壁の向こうまで消し飛ぶと、ここで初めてボスが低音シャウトする。
「Welcome to クラブ『偉業 龍樹』!Fooow!」
軽快な音楽とともにボスのダンスショーが始まった。
客席の悪魔たちは熱狂した。
シラケた目で舞台を見つめるわたしともう一人、ケテルサンクチュアリからのお客様を除いては。

「すみません。ここのボス、本当にダメな人で」
タイーダダンサーズを従え大音量のビッグバンドを背に踊り狂う舞台のグリードンを完全無視して、わたし──こと空飛ぶ幽霊船リグレイン号 船長代理 継承の乙女 ヘンドリーナ──は、客人のグラスに水を注いだ。聞けばこの若い騎士はお酒を嗜まないらしい。
「いや、気にしなくていい。それとあなたも使用人ではなく客人だと聞いている。我に給仕などしなくていい。ヘンドリーナ船長代理」
「ありがとうございます。わたしの事はヘンドリーナで。“おまえ”でいいですから」
「そう。では、どうぞ座ってヘンドリーナ」
仮面の騎士ユースベルクは優しい声でそういうと、椅子まで引いてくれた。
くぅぅ……なんて好男子。わたしは彼に痺れまくりながら、いそいそと横に座らせてもらった。怖い隻眼の仮面も気にならない。その下のお顔も美男に決まっているもん、絶対。
「あの……それでお役に立てましたか、アレは」
とわたし。チャイナドレスの裾がちょっと気になる。
乾杯のグラスを触れさせたユースベルクは、兜を下から持ち上げて飲み干すと──あ、やっぱり美男子だ──微笑む口元だけを少し残しながら、こう答えた。(仮面で感情が読みづらい初対面のわたしに対して「満足でいま笑っているよ」と示す気遣いなのだ。あー、これはケテルで老若男女にモテモテなわけだね……)
「もちろん。俺とブリッツCEO、ケテル防衛省長官。あともう一人からのお礼を君に。それと船長にも」
と会釈するユースベルクさん。一気に距離が縮まった感じで嬉しかったけど、わたしは慌てて手を振った。
「あぁ、いいんですいいんです。あの裏切りバカのことは放っといて」
本気だった。あのバカ──龍樹の軍師として大活躍中の──戯弄の降霊術師ゾルガ・マスクスには本っ当に迷惑しているのだ。
ユースベルクはまた笑った。好意的な感じで、どうやらわたしとゾルガのこの……腐れ縁というか何と呼ぶべきかの微妙な感じもよく知っているようだ。
でも、こんな気さくな人が、叛乱未遂をしたり魔宝竜ドラジュエルドと死闘を繰り広げたり星刻姫アストロア=ユニカとライバルだったりするんだ。わたしはついまじまじと見つめてしまったようだ。
「悪や不法を見れば制せずにはいられないし、挑まれれば奮い立つ。我ながら救われぬ性だ」
渋い。わたしはまたうっとりした。
「よォ、破天騎士。飲んでるかぁ!」
ドスドスという無粋な足音とともにアイツがやってきて、専用の巨大なソファーにズンと地響きをたてて座った。酒!と合図するのでわたしは超高級ブランデーのボトルを片手でついでやった。わざと雑にお酌をしたのにグリードンは愉快そうに笑ってガバガバグラスを傾けた。
「会うのは初めてだよな」
とユースベルク。そうよね、確かに。ケテルの若き英雄殿に対して図々しいのよ、このオヤジは!
「まぁな。だがオメエのことはよく知ってるぜ。星刻姫のねーちゃんから聞いてよォ」
空気が少しだけピンと張り詰めたようだ。気のせいかも。
「で、オレに用ってなんだ」
とグリードンはふんぞり返って聞いた。その右手には太い骨のパイプ(煙が臭いんだ、これ)が、左手は腰の後ろに回している。
「まず礼を言っておきたい。最近は外部のものとは会わなくなったあんたが、バスティオンか俺なら良いって……」
ユースベルクはあえて砕けた物言いをしているようだ。ま、暗黒街のボス相手にはこのくらいで良いのかもしれないね。実際、格式張らない物言いを気に入ったようで、グリードンは吼えるように笑った。
「ハッハー!今のオレに釣り合うのは一代の英雄だけだからなぁ。で、ケテル防衛省長官は多忙かい」
「お陰様でな。で、この俺が来たというわけさ。さっそく用件に入ろうか」
「おぉ。ビジネスはそうでなくっちゃな。オレに見せたいモンがあるんだって?お若いの」
「あぁ。幽霊捕獲銃って知ってるか」「ハァ?知らねぇよ」
ユースベルクは背筋を伸ばしたまま、続けた。このクラブ中見渡してもこんな姿勢の良い人はいない。改装し店名まで変えたここは、グリードンに取り入って「力」を手に入れたいヤツらばかりだから。わたし一人を除いては。
「総責任者はケテル防衛省長官。破天騎士団のアリアドネと天上騎士ムーゲンの共同設計、製造はブリッツ・インダストリー、心臓部の調達と運搬はヘンドリーナ。そして基本構想はリグレイン号の船長。いわばケテルサンクチュアリ、ブラントゲート、ストイケイアの3ヵ国協調で作られた画期的な発明品だ」
ほほぉ、とパイプの煙を吐きながらグリードンがわたしを睨んだ。
いいもん、バラされても。別に悪事に手を染めたわけではないし──これはゾルガとの契約にも明記されている、清く正しいネオネクタールのエージェントとしては何より大事なことだ──、そもそもアンタの所には船旅の合間に寄ってちゃんとパンケーキ焼いてあげてるでしょ!なによ、来客用のおめかしにって無理矢理こんなドレス着させて。確かにすっごく可愛いけど動くの大変なのよ、これ!
「そこで収穫があった」
破天騎士ユースベルクは腰の袋からある物をテーブルに出した。
──! ──!!
思わずわたしも覗きこんでしまった。
それは密閉された小さなガラス瓶で、中では何か不透明な生き物が懸命に叫んでいる。小さすぎてよく聞こえないけれど。
「おい、こいつぁ……」
とグリードンもわたしの横に身を乗り出してきて、ちょっとビックリした。最近、妙に力強くさらに傲慢になってきたグリードンはよく言えば泰然、悪く言うとつける薬もないほど手の着けられない暴君ぶりばかりが目立つようになっていたから。
「クランキィ・ストローラー。こいつはかつて貴様の金庫からあるものを盗んで行方をくらました」
ユースベルクは騎士というより刑事のような口調で答えた。
「そうだ、究極の甘味だ。オレが毎晩舐めてた“ダークステイツの地獄蜂”のハチミツ。地獄蜂は滅んじまったからもうアレしかなかったんだぜ。それをこの野郎が……」
グリードンは嘆息を吐き出し大きな手を握りしめた。もう、だから!そのタバコの煙、臭いんだってば。
「これを渡そう。我ら水晶玉ネットワークからの贈り物だ」
「おう、ありがとよ」
伸ばしたグリードンの手の先から、ユースベルクは素早くガラス瓶をかすめ取った。
「条件がある」
「ヘッ、取引か。この国にゃふさわしいがオメエじゃどうだろうなぁ……」
グリードンは指を鳴らした。
とたんに音楽が止み、フロアの悪魔たちがぞろりと一斉にこちらを睨んだ。ヤバい。
「さぁ、お前の手札を晒せよ!ショウ・ダウンだ!破天騎士」
仮面の騎士ユースベルクにはまったく動揺の気配はない。文字通りのポーカーフェイスで答えた。
「こちらの条件。それは貴様が龍樹の仮面を手放すことだ。強欲魔竜王 グリードン・マスクス」

やっぱりね。わたしは一人で納得した。
おかしいと思ってたんだ。
一時期治まっていたデザイアデビルたちの捕食──あれは本当に可愛そうだ──が増えて、この店もギャンブルより悪魔の集会場みたいになって、挙げ句の果てには今まで手を出さなかった各地の魔王(ダークステイツでは地方領主の事をこう呼ぶ)まで脅迫し始める始末。
「そうか。バレちまってんならしょうがねぇ」
グリードンは後ろ手に隠し持っていた龍樹の仮面を顔に着け、立ち上がった。ただでさえ大きい身体が天井を突き破らんばかりに膨れ上がってゆく。
「ここでオメエをとっ捕まえて龍樹に突き出せば、この国全部をもらえるかもなぁ!!ユースベルク!!!」
その声はまるで巨大な銅鑼を連打しているようだった。
あー、耳が痛い。ちょっと声抑えなさいって!
「貴様に我は捕らえられない。さっき3ヵ国と言ったが実は4ヵ国なのだ」
ユースベルクも立ち上がった。甲冑と仮面ごしでも彼が闘志に満ちているのがわかる。
「東洋の格言にある。『毒をもって毒を制す』と」
ユースベルクは軽く手を上げた。
ズ・ドーン!!!
突然、扉を壁をぶち破って悪魔がなだれこんできた。ってなんで悪魔???
Hut!! Hut!!
「ブルース?!」
グリードン・マスクスが驚きの声をあげた。その声に応えるかのように、睨み合う悪魔の両陣営を意に介さず、ディアブロス“爆轟”ブルースがわたし達の前まで来た。歩いているはずなのに次の瞬間には目前にいる。まるで疾風の様な動きだ。
「久しぶりだな、スポンサー」
とブルース。へぇ、グリードンってディアブロスにも出資してたんだ。
「ぃようようよう。ウワサをしてりゃ真の漢のお出ましじゃねぇか!よりにもよってオメェが出てきちまうのかよう、ブルース!……だが、どうしてここに?」
「練習の後、飛んできた。ユースベルクに頼まれて。俺に会いたがっているヤツがいると」
「おうおうおう。そりゃ嬉しいねぇ。もちろん!もちろん会いたかったぜぇ、オレはよォ」
グリードン(巨大マスクスバージョン)はすっかりデレデレになってしまっている。スター選手に会ったファンの顔だ。あ、新発見。グリードンって悪魔(捕食用)と甘いものと、ギャロウズボールが好きなんだ。
「仮面。捨ててくれるな」
「おぅ、もちろんだぜ!こんなもんはポイ!さ。……あ、でも記念だ。ここにサインしてくれよ。そうすりゃ勿体なくってもう絶対着けられないからよォ」
ペンが無いので、ブルースはグリードンから渡された骨のパイプで仮面にサインを書いた。力を入れているようには見えないのに、消えないサインが龍樹の仮面に刻みつけられていく。
「どうだ。久しぶりに飲んでいくかい、ブルース」
「水をもらおう。扉と壁は悪かったな」
「あぁいいんだいいんだ、あれも“ブルースが破った扉と壁”って飾っておくからよォ」
仮面を外し、ただのボスに戻った強欲魔竜グリードンは嬉しそうにブルースの肩を抱いた。
一同はこの間、わたしも含めてぽかんとして2人を見守っていた。この展開でもなお冷静なのはユースベルクだけだった。
「おい、野郎ども!客人に大盤振る舞いだ。倉庫の酒や食いモン全部出せ!」
イーダ!
デザイアデビル タイーダたちは一斉に手を上げた。
「それとねーちゃん」
いきなりグリードンに振り向かれてチャイナドレス姿のわたしは立ち尽くした。ねーちゃんじゃなくてヘンドリーナでしょ……。
「うまいパンケーキを頼む」
ちょっと!この格好で調理しろっていうの!と怒りかけたけどせっかくうまく収まりかけているんだ。今回は黙って言うことを聞いてあげることにした。
「シロップはいつものね」
「いいや。そいつがとびっきりのハチミツの在処を知っている。大荷物だからこの館のどこかに隠してるはずだ。いつかこっそり帰ってきて売りさばくつもりだったのさ。そうだろうが」
グリードンはギロリとガラスケースの中のクランキィ・ストローラーを睨みつけた。哀れな悲鳴をあげる幽霊。わたしもさすがに怖かった。いつも愉快で間抜けなおじさんだけど、その正体はやっぱり悪人の大元締めなのだ。
ユースベルクは複雑な思いに苛まれているわたしにガラス瓶を渡すと、励ますように握手してくれた。思い切って、わたしもサインもらっとこうかな。破天の騎士ユースベルクと悪魔ディアブロス・ブルースのサインを船長室の一番いい場所に額に入れて飾っておきたい。
「地獄蜂ハチミツのパンケーキ作ってくれたら、お代ははずむぜ、ねーちゃん」
ブルースと連れ立って談笑しながら、振り返ったグリードンは最後にこう言ってウインクしてみせた。
「アンタんとこの船長よりさ」
うん。それはそうだ。
グリードンも油断してるとこうして裏切るけど、アイツみたいにケチで放浪癖もないもん。仁義も通すし。
さぁて……
空飛ぶ幽霊船リグレイン号船長代理の総額は高く付くからね、船長。
ここからは逆襲の時間なんだから。
了
※英単語、演奏形式名(ビッグバンド)、服の名称(チャイナドレス)、ドップラー効果、競技名(フットボール)などは地球の似たものや同じ意味のものに変換した。ちなみに「ギャロウズボール11」の“手も使える上、打撃も可、とにかく相手陣内に侵入してゴールに球を押し込めば得点”というルールは、後の洗練された各フットボール競技よりも、原始的なフットボールに酷似している。※
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《今回の一口用語メモ》
デザイアデビルの名称について
以下は空飛ぶ幽霊船リグレイン号船長代理 継承の乙女ヘンドリーナからの情報提供からまとめたものである。すでに一般に知られている個体も含まれているが、そうした再掲も含め、水晶玉ネットワークの共有アーカイブの一端として納めていただければ幸いである。
デザイアデビルとは悪魔の中でも特に、強欲魔竜グリードンによって「悪魔に姿を変えられたもの」を指す。つまりデザイアデビルは生まれつきの悪魔ではなく元々、人間など他の種族であり、またその名前が生前(厳密に言えば“変化”であり“死亡”してはいないが)正せなかった悪行や悪癖に由来するものと言われている。
以下は、これまでに確認されたデザイアデビルとその由来である。(但し、私ゲイドの推測も含んでいる)
タイーダ(怠惰。怠け心は人間を腐らせるものだ。特に我ら騎士は肝に銘じるべき戒めである)
ゴーマン(傲慢。傲慢は疎まれるし、手を差し伸べる者を遠ざけてしまう。悪魔への早道か)
ボーショック(暴食は体に悪く、頭の働きも鈍くする。我ら騎士が自ら節制を課す理由である)
アクラーツ(悪辣。他人を押しのけ手段を選ばない者にとって悪魔はふさわしい姿なのかもしれない)
インケーン(陰険。職業柄、私もこの謗りを免れないだろう。悪魔にならぬよう気をつけたい)
ヒステラ(ヒステリー。これに限らず、他人が離れていく行いを止められないと言うのは破滅への近道らしい)
ケンエン(犬猿の仲、人と仲良くなれなかったらしい)
ヤーバ(凶暴、ケンカっ早い、ヤバイ奴ということか?)
ムッカー(ムカっ腹=怒りっぽい、短気のことか?)
ガーメッツ(がめつい。生前ケチだった者のなれの果てか)
ヤーダ(何をするのもヤダというのは「タイーダ」に通じるものがある)
ベッシー(蔑視。いつも他人をバカにしていては悪魔にもなるだろう)
ワルズーレ(悪擦れ。世間にもまれた結果、悪の道に落ちたのか)
ブベツー(侮蔑。他人を侮っていては仲良くなれるわけもない)
ヒーコウ(非行。悪いヤツらと縁が切れなかったらしい)
ドフンド(憤怒のことか?案外、足音を抑えられない迷惑者だったというだけかもしれない)
シットー(嫉妬。妬み嫉みは人間の業である)
フンマーン(憤懣やるかたない。これはつい最近までの私の気持ちでもある)
クウィスギー(食い過ぎ。「ボーショック」の項を参照のこと)
コドーク(孤独。これは悪行・悪癖というよりもギャンブルにのめり込む原因を指しているものと思われる)
グゥタラン(たまにはぐうたらに過ごすのも休暇の醍醐味か。しかし毎日となると悪魔への道が開けてくる)
フージョ(不浄。これも悪魔に通じる道だとするなら、清掃の習慣と清潔はより一層心がけるべきだろう)
サーショウ(詐称。ダークステイツでは微罪あるいは無罪かもしれぬが、ケテルでは詐欺は重罪である)
追伸:
つい先日のことだが、ストイケイアでの形勢逆転(※注)により、本日めでたく水晶玉の本格復活が叶った。反転攻勢に入った現在だから報告できることだが、最盛期における龍樹侵攻の勢いは凄まじく、ケテルサンクチュアリ騎士団も各地支部との連絡が一時分断され、我が国の領内であっても龍樹の勢力圏に入った地域では私ゲイドも身分を隠して行動せざるを得ない時期が長く続いた。軍事に限らず信頼できる情報共有/連絡手段の確保は現代天輪聖紀では生命線と言える。ネットワーク復帰に尽力してくれた関係各位には心から感謝申し上げたい。
※注:樹角獣王マグノリアが「龍樹の仮面」を受け入れて龍樹よりの者となり同国世界樹攻略の先兵となっていたが、ディアブロス“爆轟”ブルースの“気合い注入”により本道に復帰した一件。
シャドウパラディン第5騎士団副団長/水晶玉特設チャンネル管理配信担当チーフ
厳罰の騎士ゲイド 拝
厳罰の騎士ゲイド 拝
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ヘンドリーナとグリードンの馴れ初めについては
→ユニットストーリー087「戯弄の降霊術師 ゾルガ・マスクス」を参照のこと。
ゾルガが、ヘンドリーナに幽霊捕獲銃を手配させている様子は
→ユニットストーリー097「六角宝珠の女魔術師 “藍玉”」を参照のこと。
幽霊捕獲銃を使ったヴェルストラとソラ・ピリオドの活躍については
→ユニットストーリー110「宇宙監獄長 ジェイラス」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡