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短編小説「ユニットストーリー」
116 龍樹篇「ユースベルク“反抗黎騎・閃煌”」
ケテルサンクチュアリ
種族 ヒューマン
 ユースベルクは暖炉に燃える薪火まきびを見ていた。揺れる照り返しが素顔の左目に反射し、瞳に緋の紋様を踊らせる。窓の外は漆黒の闇だ。
「そろそろ時間だよ、破天騎士」
 恐竜ディノドラゴン座のテュラン=ダイナの声がかかった。
 扉にきしむ音さえ立てさせなかったのは女戦士としての星刻姫アルマジェスタテュランの技量を物語るものだが、対する室内の4人にもまったく動揺は見られない。
 あぁ、と低く答えたユースベルク。
 彼を背中でかばうように立ちはだかる──それはまるで男家族を守る姉か妹のようだ──烈破の騎士フリーデ。
 右手に携えた魔道書を閉じて向き直ったのは破却の魔女フェルゴーサ、ホルンを持って場違いなほど陽気な笑みを浮かべる勇奏の楽士コルリーノ。
「まぁ、そう警戒しなさんなって。取って食いはしないから」
 とテュランはギザギザの歯を剥き出して笑った。普通ならば相手をぎょっとさせるような特徴が、テュランの場合、姉御肌と屈託の無さのおかげで奇妙にバランスが取れている。似合っているのだ。
「そうですよぉ。姫様お待ちかねなんですから~」
 その腰の後ろから蝙蝠コウモリ座のピピス=ムルシェがピンクの髪を揺らしながら顔を覗かせる。なお歯のことを言うならば、甘ったるい話し方をするこの娘も牙のような犬歯が伸びている。
「会場の準備ができましたのでご案内いたします。お三方にも席をご用意してありますので、この2人にご同行願います」
 魔剣座のシュアト゠スパーダが扉の後ろから慇懃いんぎんに一同を差し招いた。
 席?と顔を見合わせるフリーデたちに、兜を着けて立ち上がりシュアトの指し示す廊下へと歩を進めながらユースベルクが告げた。
あれ・・はまた一騎打ちが望みのようだ、観客を入れてな。酔狂なことだが。なにも心配はいらん」
 最後の言葉はフリーデに向けられたものだ。国境で孤立したユースベルクに血路を開くべく駆けつけた今回の救出任務の切り込み隊長、破天騎士団の古株ベテラン、ユースの腹心、そして何より恩人である彼を心から慕う獣人ワービーストである。
「わかってる!ビシッと決めてきて、ユース」
 フリーデはそっとユースの手甲に触れた。彼の左腕には彼女が結び直した赤い布──初志「天ヲ破ル」を誓う旗印──がある。右眼に傷のある仮面が頷いた。
「ご健闘をユース」「ユース、頑張れー!」
 続いて声をかけたフェルゴーサとコルリーノもまたユースベルクを“ユース”と呼ぶ。
 エルフの魔法使いと天使エンジェルのロイヤルパラディン。種族や立場こそ違えど、あえて破天騎士団に参入し、元シャドウパラディンのアリアドネに弟子入りしてユースベルクのレヴォルドレスの力と装備の専門家となった2人だ。なお、ユースベルクに反抗黎騎レヴォルフォームの力をもたらす装備「反抗励起レヴォルドレス」の事となると傍若無人を絵に描いたように振る舞い、他人を寄せ付けない天才技術者アリアドネとうまく付き合うため、2人は彼女の好物である氷乳菓アイスクリームをパンプキン、スィートポテト等々、毎日風味を変えながら調達することで円滑なコミュニケーションを計ったという逸話がある。アリアドネの技友・・であるロイヤルパラディンの天才技術者ムーゲンの好物もマロンであり、クレイ極東で云われる芋栗南京(女子の好むもの)とは良く言ったものである。


Illust:伊藤未生


Illust:祀花よう子


「いつまで上る。さすがに少々退屈してきたぞ」
 星刻姫アルマジェスタシュアトの後を歩いているユースベルクは静かに問いかけた。
「いつまでも。我があるじが待つ天頂まで」
 破天騎士団の3人と分かれた後シュアトに導かれるまま、永遠に続くかと思われる館の螺旋階段をユースベルクは上っていた。先の一言はむろん体力が尽きたわけでは無い。甲冑を着けていたとしてもユースベルクはケテルサンクチュアリ騎士士官学校の優等生であり、いまや同国地上の都を守護する騎士なのだ。まして前回までの傷も癒え、魔都のクラブでの一件でも友の突入に助けられて直接手を下すこともなく、この館で半日の休息も与えられて──敵のど真ん中という状況さえ無ければ、実に見事なもてなしホスピタリティだった──体調は万全である。ただ階段を上がるだけで根をあげる訳もなかった。つまりユースベルクはこの案内人の星刻姫アルマジェスタをからかい、それにシュアトも応酬したのである。
「忠臣のようだ」
 ユースベルクは初対面、そして前回もほんの少しすれ違っただけのシュアトの事を、その人となりまでよく覚えていた。バスティオンや副官フリエント、あるいはオールデンと同じく、敵味方の情報を記憶し自在に引き出せるという事は司令官に必須の能力である。
「恐れ入ります」
 シュアトの答えは冷たかった。だがユースベルクは話しかけることを止めなかった。
星刻姫アルマジェスタが龍樹側についた理由は何だ」「私からはお話しできません」
星刻姫アルマジェスタが仮面によって得るものとは」「それにつきましても、お話しできません」
「何故、追い詰められた敵である我ら破天をここに招き入れたのか」「アストロア様のご意思です」
「アストロアとは幼馴染みというわけか」「私たち3人は幼少よりお仕えしてまいりました。光栄なことです」
「ところで、さっきの部屋には見覚えがある」「そう。貴方は以前いらっしゃいました。そして我があるじに叩きのめされた。完膚なきまでにね」
「アストロアは星刻姫アルマジェスタの長、もっとも優れた“星見”だと聞いた」「左様です」
「ここはどこだ」「星刻姫アルマジェスタの館。代々、選ばれし星見が住まう場所であり、私たちが幼少より共に暮らしてきたいわば我が家」
「前に邪魔した時には、こんな塔など無かったように記憶しているが。もっと落ち着いた、僧院のような雰囲気だった」
「ええ。ここはつい最近建てられたものです。龍樹の援助と命令で、貴方をお迎えすべく落胤・・どもが総出で荒らし回って……」
「なるほどな。それ・・が聞きたかった」
 シュアトは水色の髪を振ってきっ・・とユースベルクを振り返った。その右手がいつの間にか彼女の星座である魔剣に変じている。
「私としたことが……こんなに引っかかるとは」
「怒るな。そういう君こそが忠臣のかがみだ。心から主君を思っていなければ先の言葉は出てこない」
 3人の星刻姫アルマジェスタの中でも最もアストロアに心酔し、この館での暮らしを愛しているのがシュアトだと、ユースベルクは察した上で鎌を掛けた。これがテュランならば年上の余裕で最後まではぐらかし続けただろうし、ピピスならば「わかんな~い」で押し通されただろう。
「ふふふ……一本取られたわね。シュアトらしくもない」
 頭上から降ってきた声に、シュアトは構えかけていた魔剣を隠すように身を伏せた。
 あと一層あがれば終点という所だったのか、平伏したまま動かないシュアトを見ながらユースベルクが外に踏み出すとそこは円形の塔の屋上であり、星一つ見えない陰鬱なダークステイツの夜空の下、声のありかを探せば白いアストロアの姿は彼方の渦巻く瘴気の雲の上にあった。
「飛べるようになったか」とユースベルク。
「いいえ。あなたのように自在にはまだ」
 異星刻姫ゼノアルマジェスタアストロア゠バイコ・マスクスは薄く笑い、言葉を続けた。
「でも、これで互角にしてあげたわよ。ユース君」
 風が吹いた。アストロアの前面と足元が露わになる。
 差し出す両手の間には輝く緑色の天球儀状のオーラ。わずかに晴れた瘴気の間から彼女が高空に立って・・・いるのが見て取れた。浮遊しているのだ。

Illust:NOMISAKI


「公平な条件で叩きのめしてこそ、真の勝利というものだから」
 たしかに前回この館の中庭で相見えた時には双方、地に足を着けたままの戦いだった。
「貴様の戦闘志向には付き合いきれぬ」
 ユースベルクはそう言いながら、“破天黎騎スカイフォール・アームズ”から“反抗黎騎レヴォルフォーム翠嵐テンペスト”へとレヴォルドレスした。言葉通り相当呆れてもいるのだろうが、目前の戦いには完璧に備え集中する。ユースベルクは生え抜きの騎士である。

Illust:萩谷薫


「そう。やる気になってくれて嬉しいわ。楽しみましょう、存分に」
 アストロアはそう言いながら、今度こそ満面の笑みを浮かべた。
「墜とす前に聞いておきたい」
「よろしい。特別に質問を許すわ」
 塔の頂上と瘴気の雲上、ケテルサンクチュアリの破天騎士とダークステイツの星刻姫アルマジェスタ、緑の焔をまとった反抗励起レヴォルドレスと掲げられた天球儀。
 一触即発で死闘になだれ込むであろうこの緊張の中で、いずれにも奇妙な落ち着きが漂っている。
「あのまま数でたちを圧倒することは可能だったはず。なぜ救援が駆けつけるまで手を緩めた」
 それはほんの半日前のことだ。
 魔帝都D.C.からの帰途、ブルースらチーム・ディアブロスと分かれた直後から、ユースベルクは龍樹の落胤の強襲を受けた。もちろんユースベルクも龍樹勢力が強いダークステイツ中央部を縦断するのに備えていなかったわけではない。随員も精鋭揃いだった。問題は数である。波のように打ち寄せる敵勢は雲霞の如く──日付的にはこの後となるが、やはり強行突破を計ったリノたちが悩まされた物量作戦と同じものだ──破天騎士団を追い詰め、一度は目前に迫った国境越えも果たせずにまた迷路のようなダークステイツの森にまで逆戻りさせられたのである。
「間一髪だったわね。あの獣人ワービーストの隊長さん達が間に合ったのは」
 知っていた。という事は……ユースベルクの仮面が微かに動いた。
「そう。どうしてもここ・・に来てほしかったのよ」
「俺のみか。フリーデたち3人もか。それともこの館の外で野営している我が騎士団の兵を含め全員が狙いか」
「館に招待したのはあなたたち4人のみ。私たち星刻姫アルマジェスタも4人。大事なのは数よ。あなたの兵はただの観客ギャラリー、スカル・ケムダー達と睨み合いを続けさせておく。しかしあれだけ大勢をけしかけても退くという事を知らないのだから。まったく、あなたたち破天ときたら……」
 首を振るアストロアの口元には苦笑が、その左目は仮面が覆っている。
「さて……もう良いかしら、ユース君。そろそろ始めたいのだけど」
「異論は無い。さっさと片付けよう」
「条件はどちらかが死ぬまで、かしら」
「それで構わぬ」
 では、とアストロアはドレスの裾をつまんだ。優雅な身のこなしはまるで舞踏会に臨む美姫のようである。
「前回はあまりに一方的だったから、今回はいろいろ趣向を凝らしてみたの」
 ユースベルク“反抗黎騎レヴォルフォーム翠嵐テンペスト”が身構える。
 ♪──!!
  突然、暗かった周囲が昼の明るさとなり、漂っていた瘴気の雲が晴れると同時に、会場に身を震わせるようなソプラノの歌声が響き渡った。
 ダークステイツの僻地に建てられた尖塔、広大な空間を周囲と隔絶させた“空の闘技場”、劇場を思わせる観客席と闘技場を煌々と照らす夜戦ナイター設備、そして超一流の歌姫による歌唱つきの決闘。資金も労働力も龍樹の重鎮として湯水のように消費して実現したと思われる、これら全てがアストロアの言う新趣向という訳か。だがすでに戦闘モードに入っているユースベルクは構えたまま小揺るぎもしない。

Illust:NOMISAKI


「フォノグラフ・オペラスター。彼女の歌声は空が描く星辰、はるか未来へと通じる道標。そして……」
 アストロア゠バイコ・マスクスが手を挙げると空の曇りは晴れ、煌々と星が輝きだした。大小の惑星とはるか遠くの恒星が埋め尽くし輝く惑星クレイの夜空である。見れば館のテラスの一方には3人の星刻姫アルマジェスタ、もう一方にはフリーデ隊長、魔女フェルゴーサ、楽士コルリーノが、さらに敷地の外で野営を命ぜられている破天騎士たちもこちら上空を仰ぎ見ている。
「星々は私の味方」
「参る!」
 ユースベルクは緑色の軌跡を曳いて飛翔した。
 予備動作も一切無い、凄まじいはやさ。反抗励起レヴォルドレスは航空母艦のカタパルト射出でも証明された通り、空力設計にも優れている。弾丸のように飛来したユースベルクの重なり合う刃にアストロアの純白のドレスは切り裂かれ──なかった。
 彼女を中心に球形に展開された力場フィールドが、騎士の槍と幾重にも擦れ合いハープを引きむしるような不快な音を立てる。
 ♪──♬──!!
 夜空に照らされた“空の闘技場”を観客の歓声と、歌姫プリマ・ドンナの歌声が包む。
 アストロアが天球儀に手を置くとエネルギーが収束し、幾筋もの光線が旋回するユースベルク“反抗黎騎レヴォルフォーム翠嵐テンペスト”を追尾する。錐もみで回避するユースベルクの後ろで、躱されたエネルギーが爆発四散する。近接信管式の対空ミサイルのような効果をもつらしい。
「そんなものじゃないでしょう!せっかく貴方の得意な舞台を用意したのだから、私をもっと楽しませなさい!ユースベルク!」
 ビーム榴散弾を放ち続けるアストロアが叫んだ。好敵手の呼び名が変わっているのは仮面の星刻姫アルマジェスタが今この戦い以外で覚えたことがない感情に突き動かされているからだ。胸躍る気持ち。心身ともに最高潮で生涯最強の敵に臨むスリルと興奮。生きているという実感だ。

Illust:萩谷薫


 ユースベルク“反抗黎騎レヴォルフォーム紅蓮ゼスト”!!
  ♬・♪──♪♪!!
 一点突破に勝機を賭ける気になったか、ユースベルクは再びレヴォルドレスして今度は紅蓮の炎をまとった。
「その力場フィールド、貫き通す!」
 再び神速の一撃。赤く燃える槍の穂先がアストロアの仮面を──砕けない。
 槍の突撃、まして空を猛速で飛ぶユースベルクの必殺の打突を正面からまともに受ける愚を、アストロアは冒さなかった。
「……!」
 アストロアの黒髪が扇のように広がると、ぎりぎりまで引きつけた穂先がかわされる。かつてソラ・ピリオドが放った対物アンチマテリアルライフル弾を見切ったように。龍樹の仮面マスク・オブ・ヒュドラグルムの力があるとはいえ、占術師というよりは女戦士と呼ぶ方がふさわしい超人的な動体視力、反射神経、体幹の強さだった。
 だがユースベルクもまた並みの騎士では無い。
 至近距離で躱された槍がまったく同じ鋭さと速さで引き戻される。石突きの一撃は躱せないと判断して、アストロアは天球儀で受けた。緑色の閃光が散り、稲光のようにスパークを発する。
 ──♪♪──!!
 独唱アリアはクライマックスを迎えた。観客はすべて──龍樹の落胤スカル・ケムダーの群れさえも──空中の激闘に目を奪われている。
「やるわね」「これ・・を受けられるとはな」
 2人の言葉には真剣勝負の相手を賛嘆する響きはあっても皮肉の気配は無い。戦いの極限に至った者同士だけが辿り着ける境地にいるのだろう。
 鍔迫り合いから突き放したのはアストロアだった。いかに常人離れした動きができたとしても、甲冑の騎士と腕力比べでは分が悪い。この星見の長は状況判断に関する限りどこまでも合理的で、そして自らの事となるとどこまでも身勝手なのだった。
「では終わりにしましょうか。私の退屈しのぎもこれでお終い。残念だわ」
「退屈しのぎだと?」
 防御とバランスを重視したためか、ユースベルクは“破天黎騎スカイフォール・アームズ”の姿に戻っている。相手のどんな行動アクションにも対応できるのが基本形、自然体だ。アストロアとは対称的に悪とみれば熱く燃え、自らの事となると地底の湖のように澄んで揺るがない己を保つことのできる男である。
「そう。未来が読める人間にとって、明らかな結果となって現れるまではただの暇つぶしに過ぎない」
「暇つぶしで龍樹に加担し、世界を滅亡の危機にさらしたというのか。あの娘たちはどうなのだ」
 ユースベルクは槍でピピス、シュアト、テュランを指した。3人の星刻姫アルマジェスタはそれぞれの想いをこめてあるじを見上げている。
「あれは私に仕える星刻姫アルマジェスタ。我が一族に列する者たち」
「違う!家族だろう!」
「星見の長となった時から、私は唯一無二の存在。故に保護者はいない。家族などという結びつきもまた」
 アストロアはそう言いながら龍樹の仮面マスク・オブ・ヒュドラグルムに触れた。
 一方のユースベルクの仮面からは低い笑いが漏れた。
が聞いたのとは違うな。彼女たちは愛している。世間知らずの理屈屋のくせに、甘えん坊で駄々っ子のような、貴様を」
「覇道と支配の道を捨て、あるべき未来に背いたおまえが何を言うのか……その言葉、後悔させてあげる!」

Illust:NOMISAKI


 殺気が走った。
 光溢れていた空の闘技場に再び、夜の暗さが降りてくる。
 アストロアは天球儀を空に放ち、素早く空中に印形を描くとこう叫んだ。
星刻魔術アルマゲスト虚彗天球セレスフィア!!」
 大気が歪み、渦を巻く。いや歪んでいるのはこの館と周辺の空間そのものだ。
 異星刻姫ゼノアルマジェスタアストロア゠バイコ・マスクスの白い外見は薄れ、本来の星刻姫アルマジェスタアストロア゠ユニカの黒衣の姿が重なって同時に存在しているようだった。
「伽藍の心に降り注ぐはが悲しみよ」
 渦を巻く天球儀が、破天騎士を襲った。ユースベルクは今、“反抗黎騎レヴォルフォーム疾風ガスト”の形態にあった。
 彗星の如く迫りくる一撃は、その速度からいってもユースベルクが避けられないものではないだろう。だが、本当に恐れるべきはたぶん渦巻きのように天球を取り巻き、その表面に虚ろな顔を浮かび上がらせる不気味な霊光とその影響力だ。不屈の騎士を斃す必殺の一撃として、肉体ではなく魂への一撃を目論んだのは──皮肉にも龍樹の幹部としては犬猿の仲に近い緊張関係にあった──星刻姫アルマジェスタアストロアと“軍師”ゾルガだけである。2人は、敵にかける止めの一言まで似ていた。
「必然を拒絶する者よ。我が星辰の下にうつろとなれ!」
 ♪──♪!!
 絶唱。
 ユースベルクは避けずに巨大な天球の渦に呑まれた。
 破天騎士団の、フリーデの叫びが星刻姫アルマジェスタの邸、空の闘技場に木魂する。
「ユース!!!」
 ……。
 彼は天空の浮島ケテルギアに生まれ育ち、地の実情を知り、やがて天を憎むに至った。故郷は彼に決して優しくはなく、多くのものを奪った。だが時は巡り、相対した敵手が友となり、憎んでいたはずの者と手を携え、国の根幹を守る仕事にも就いた。奪われたものはまた与えられる。いや、無くしたからこそ判る事もある。全ては流転しそして表裏は一体である。同じように、触れあった時の長さとは必ずしも及ぼした影響の大きさと比例しない。
 魔宝竜ドラジュエルドは最初で最後の邂逅となったあの時、虹の魔石を渡してこう云ったのだ。
「汝は高く飛べ。天の高みをどこまでも。いつかこのワシを超えるその時まで」

Illust:萩谷薫


 黄金色は曙光、暗闇を照らす力をもつ明かりだ。
 歌声は止んでいた。
「……!!」
 下から湧きあがる眩しい光に目を覆いかけたアストロアは、投げ落としたはずの天球儀が猛烈な速さで迫ってくるのに辛うじて反応した。が、それを投げ返したのが誰であれ次の瞬間、その目的は達していた。
 三叉三色の穂先が、刹那の隙ができた異星刻姫ゼノアルマジェスタアストロア゠バイコ・マスクスの仮面を突き、乙女の顔を傷つけることもなく易々と砕いたからだ。だがアストロアにとって、真の驚きはこの後に待っていた。
「もしも魂が虚ろならば荒ぶる感情で満たせば良い。星刻姫アルマジェスタアストロア=ユニカ」
 破天の騎士ユースベルクが素顔となって目の前にいた。彼は虚彗天球セレスフィアに呑まれ、星刻魔術アルマゲストの一撃を魂に受け滅んだはずでは無かったのか。
「ユースベルク“反抗黎騎レヴォルフォーム閃煌フルブラスト”。天と地のすいを尽くして完成した天翔あまかける黒金の『反抗励起レヴォルドレス』」
「仮面を……」
 アストロアはこれだけ言うのが精一杯だった。
 破天の騎士ユースベルクは今までとは何もかもが違っていた。天使の羽根を思わせる形の反抗励起レヴォルドレス、三叉の槍、輝く黒と黄金の鎧。さらに重厚さを増した物腰さえも。
「我は仮面を取り、仮面を砕いた。これで全てが正された。汝と龍樹に関わる限り」
 よほど注意して聞かない限り、この時ユースベルクがドラジュエルドと同じ人称を使ったことに気がつく者はいなかっただろう。事実、ユースベルクの声があまりにも朗々と響き渡ったために、古風な物言いはごく自然に受け止められた。
「家族を大事にせよ。星見の姫」
「ま、待ちなさい!」
 さらばだと身を翻しかけたユースベルクに、アストロアは慌てて声をかけた。魂の危機を乗り越えたばかりなのに、どうしてこの男はこう落ち着いていられるのか。
「まだ勝負はついていないわ」
 アストロアはそう言いながら、天球儀を起動させようと念を込めたものの、今はオーラも霊光も湧きあがってはこなかった。
「力には限界がある。それがどれほど大きく見えたとしても」
「こんな終わり方って無いわ!私は認めないから!」
「それで構わん。この一件が終わったらまた挑んで来い」
 ユースベルクの唇が笑みの形を浮かべた。そうすると彼の本来の一面、必要に応じて砕けて話すこともできる若者らしい顔が一瞬透けて見えた。
 アストロアは話すべき事を整理しようと苦心し、やがて挫折して深いため息をついた。
「星見でも読めなかったわけね。こんな結末だなんて」
「自分を占うのは反則ではないか」
「そんなの、貴方に言われるまでもない!だいたい閃煌フルブラストの発動条件って何なの!いつの間に開発したの?!」
「それは技術者たちに聞いてみないとわからんな」
 ユースベルクが帰投準備に入っている味方を顧みると、涙を拭っているフリーデ、名指しされたのが聞こえたのかフェルゴーサは魔道書をコルリーノはホルンをそれぞれ掲げて満面の笑みを浮かべていた。
「都合良すぎるでしょう。力を尽くした上で絶体絶命になるのが条件だとでも言うの……?」
 一人呟くアストロアの周りに、3人の星刻姫アルマジェスタの家臣が寄り添った。いや、いまや姉妹と呼ぶべきなのだろうか。アストロアがとまどっていると、
「すまんが、少し急いでいる。これで失礼させてもらう」とユースベルクが言った。
「セイクリッド・アルビオンのことね」
 少しだけ落ち着きを取り戻したアストロアの声に、羽を広げていた黒と黄金の騎士はまた振り返った。
「都は陥落していないわ。今のところはね。貴方が帰るまでは大攻勢は無いと思う」
 何故だ、とユースベルクは軽く首を傾げた。
「“軍師”が消えたからよ。……あぁ、もう!こんな事言わせないで。利敵行為だわ」
「だが事実、君の仮面は……」
「無いわ。えぇ!もうありませんとも!そばにいられると気分が悪いわ。もう、とっとと帰りなさい!!」
 素顔のユースベルクはアストロアの罵声を意に介せず、ケテルサンクチュアリ騎士の代表らしく、空中で優雅に立礼をして、今度こそ仲間の元へと飛び去っていった。
「さすがにはやいなぁ、破天騎士」とテュラン゠ダイナが腕組みすると、
だーい丈夫!また遊べますよ、アストロア様っ」とピピス゠ムルシェがアストロアにしがみつく。
「お怪我が無くて何よりです。ところで龍樹はどういたしましょう」
 シュアト゠スパーダの言葉にアストロアは軽く額を押さえ、しばらく考えてからこう言った。
「楽しかったけれど同志からは脱退ね。今はどう動いても龍樹の為にはならないわ。逆にあちら・・・の思う壷というわけ」
 シュアトは頷いた。自身が体験したように、ユースベルクの真の恐ろしさは強情と柔和、大胆と慎重が矛盾なく併存している所にありそうだ。“ケテルサンクチュアリのユース”が何故これほど人望を集めるのか、姫様と検討すべきことが沢山ある。
「では使いの者を出しましょう」
「いいえ。龍樹はもう知っているわ。スカル・ケムダー達が去って行くでしょう。あれがその証拠よ」
 アストロアは純白のドレスの乱れを直しながら遠い目をしていた。3人の姉妹は振り向いてそれが事実だと知り、驚いた。間もなく星刻姫アルマジェスタの館はダークステイツ辺境本来の静けさを取り戻すだろう。
「間もなくこの世界の覇権を賭けた最後の戦いが始まる。私たちができることは邪魔をしない事だけ。……ある意味、これが星見の“正しい立ち位置”なのかもしれない」
 いまこの不世出の星見の目には何が見えているのか。
 それは本人以外、まだ誰も知らない。



※楽器名、音楽用語などは地球で使われているものに合わせた。※

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《今回の一口用語メモ》

星刻姫アルマジェスタ《追補 再掲》
 ここまでの調査によって判明した星刻姫アルマジェスタについて、前回掲載分に加えて追記補足していきたいと思う。

 星刻姫アルマジェスタとは常闇の国ダークステイツで代々、星の並びから運命を読み解く「星見」を生業なりわいとしてきた一族である。
 また星刻姫アルマジェスタは惑星クレイから見える星座と心身を結びつけることで、その星座に則した特殊な能力や力を身につけている。
 現在の“星見”の長はアストロア=ユニカ。
 星座は「一角獣ユニコーン座」だが、龍樹の仮面マスク・オブ・ヒュドラグルムの力を得た異星刻姫ゼノアルマジェスタアストロア=バイコ・マスクスの出現によって、謎に包まれ隠されていた彼女の2つ目の星座「二角獣バイコーン座」であることが判明した。
 彼女を取り巻くのは幼馴染みでもある3人の星刻姫アルマジェスタの女性である。それぞれの星座とともに列記すると……
 ピピス゠ムルシェ 「蝙蝠コウモリ座」
 シュアト゠スパーダ「魔剣座」
 テュラン゠ダイナ 「恐竜ディノドラゴン座」

 アストロアは星刻の魔術を継承する星刻姫アルマジェスタの宗家に生まれた、歴代最高とも噂される予見の力を持つ「星見」の天才である。
 彼女には我がケテル国に起きた叛乱未遂事件について、事実とはまったく違う未来像が見えていたようだ。
 アストロアが見た「もうひとつの未来」では、ユースベルクは頂の天帝バスティオンと和解することなく、彼をしいして天上政府を倒し、ケテルサンクチュアリの王として惑星クレイの覇権を狙うことになっていたらしい。
 それは現実にならなかったものの、世界の未来に干渉するほどの存在としてアストロアの、ユースベルクに対する評価は極めて高く、現在に至るまで様々な形で接触を図っている。これはつまり地上の都セイクリッド・アルビオンが天上と手を携えること、その安定と防衛を担う中心人物としてのユースベルクを否定し、覇王となるべく翻意を促しているという事なのだが幸い、ユースベルク自身にそうした意志はないらしい。
 今回、“反抗黎騎レヴォルフォーム閃煌フルブラスト”としてさらなる進化を見せたユースベルクには、ケテル地上と天上、光と闇の騎士団の垣根を越えて最高の人材と技術が惜しみなく注がれている。抜擢に応え、一軍の将としてケテル首都防衛戦で功績をあげているオールデン同様、他勢力による誘惑や介入も我が国の若き重鎮たちには付けいる隙がないということに、ひとまず安心したい所だ。

シャドウパラディン第5騎士団副団長/水晶玉マジックターミナル特設チャンネル管理配信担当チーフ
厳罰の騎士ゲイド 拝

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ここまでのユースベルクとアストロアの戦いと因縁については
 →ユニットストーリー082「星刻姫 アストロア=ユニカ」および
  ユニットストーリー088「異星刻姫 アストロア=バイコ・マスクス」を参照のこと。

星刻姫アルマジェスタについては
 →世界観/ライドライン解説「ソフィー・ベル」を参照のこと。

破天の騎士ユースベルクの少年時代については
 →ユニットストーリー070「ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐”」および
 →世界観/ライドライン解説「狐芝ライカ」も参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡