ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
未来とは現存する全ての物の干渉の中で、無限数の可能性より選び取られたものの一つなのだ。
──封焔の巫女バヴサーガラ
Illust:ひと和
天輪鳳竜ニルヴァーナ・ジーヴァ!!
焔の巫女4人による招来の声に応え、天輪聖紀の名を冠する巨大な存在が顕現した。
「あぁ、やっと会えたね!」
滅尽の覇龍樹グリフォギィラ・ヴァルテクス──その体の全高はいまや成層圏を超えるほどに成長している──は子供の声で叫ぶと、湧きあがる喜悦に巨大な幹と葉を震わせた。
「さぁ、ボクにもっとよく見せて!」
地と空を覆う偉容がなければ、はしゃいでいる様にさえ聞こえたその声がいきなり少年の、しかも怒りと苛立ちに満ちたものになって轟いた。
「……いいや、その姿じゃない!それでもまだ本気では無いんだろう、ニルヴァーナ」
「?!」
リノを除く巫女たちとトリクスタ=ミラズヴェルリーナは顔を見合わせた。
焔天の装鋒竜ナンディーカに乗ったリノ、他の焔の巫女たちも焔天の竜の背を借りて、この龍樹が生み出した異界──ギーゼ=エンド湾中心部──の空中に浮かんでいる。
本気とは何のことだろうか。
ニルヴァーナ・ジーヴァは《世界の選択》で一度灰となった後に復活した神格の化身、滅多なことでは現世に現れることのない形態である。つまりもう一度滅ぶか、生まれ変わる程の劇的な変化がない限り、これ以上の“本気”はないはずだ。
「お前たちはわかっていない。これほど強い力を呼び出せる特権を持っていながら、宝の持ち腐れとはこの事だ」
声は恐ろしく深く不吉な響きを帯びた青年のものになった。
「まぁ良い。その意味をこれから教えてやろう、じっくりとな……かかってこい!お前たちの希望の通りに!」
滅尽の覇龍樹グリフォギィラ・ヴァルテクスは挑発した。
龍樹に背く者、この地の原住民、仮面を拒絶した者たち、抵抗勢力のすべてに。
惑星クレイそのものに。
Illust:ToMo
リノたちの意図に気がついたのは近衞の落胤だった。
ラグン・ギムラード。
ドラゴンエンパイアの種族に擬態した「竜騎士」型のヒュドラグルムだが、バヴサーガラとラティーファ率いるドラグリッター隊にとって不運なことに、その特性が似通っているため戦場は膠着していた。
「……気づかれた!お母様ッ!」
一体のヒュドラグルム竜騎士が頭を巡らせ、すぐに他のラグン・ギムラードが身を翻すのを見て、ラティーファは叫んだ。思わず封焔の巫女に母として呼びかけてしまったが、力強く頷いたバヴサーガラ本人もヴェルロードに変化していたトリクムーンも、ドラグリッター隊の誰もそれを気にも留めなかった。目の前の敵がすべて消えた訳では無い、今は戦闘中である。
「ヴェルストラ!見破られたぞ。これより後は水晶玉の暗号回線を開放!」
「了解了解!みんな、見つかっちゃったよーん。いよいよ正念場だぜぇ!」
ヴェルストラ艦長の声とともに今まで隠密行動のため閉鎖されていたネットワークの回線が開かれ、各地で戦う面々が声をあげる。ちなみにヴェルストラが切迫した状況に直面するほどふざけた口調になるのは、いつもの事である。
「承知。ニルヴァーナの加護と武運を」
短く答えたのは龍樹勢力再度の首都攻めに対して陣頭指揮を執る万民の剣バスティオン・アコード。彼の双肩にケテルサンクチュアリの天と地の民の未来が掛かっている。
「リノとトリクスタならやれる。心配することは何もない」
とディアブロス“爆轟”ブルース。チーム・ディアブロスと共に競技場に押し寄せる龍樹の落胤を蹴散らしながら、その声は落ち着いて息もまったく乱れていない。
「こちらは大丈夫です!みなさんも頑張ってください」
ストイケイアの森で侵略者をなぎ倒す主、樹角獣帝マグノリア・エルダーに代わって、大渓谷の探求家C・K・ザカットが応答する。龍樹の落胤たちは今日こそ森の怒りの凄まじさを知るだろう。
「任せろ、CEO。我らがいる限りブラントゲートが龍樹の手に落ちることはない」
ふーん、我らねぇ。とヴェルストラが声だけでわかるほど破顔した先は、龍樹の落胤が群れるドームの外で(いまだに本当の正体を隠し)一兵士として戦うソラ・ピリオドである。もっとも彼が今駆っている兵器──葬空死団“裂空騎神”アーヴァガルダ・リヒター──は一兵卒が乗りこむにはあまりに強力なものだ。なぜアイツばかりいつもブリッツ・インダストリーの超最新高性能機があてがわれるんだよ、とライバルを自認するハナダ・ハーフウェイはさぞ悔しがっているに違いない。
Illust:とりゆふ
惑星クレイの各地で抵抗勢力側の意気があがる中、ふと異界の戦場に静寂が訪れた。
それは龍樹が至近距離まで迫ったリノたち焔天の竜とヴェルリーナを認め、向き直ったサインでもあった。
そして、見破られたと気づいた瞬間、焔の巫女たちはかねての手筈通りニルヴァーナを招来し、それに応えてリノの背中にあったサプライズ・エッグは神格の化身としての姿を再び現世に顕現させたのだ。かつてのセイクリッド・アルビオン叛乱未遂事件以来のことである。
ここで話は冒頭に返る。
「かかってこい!お前たちの希望の通りに!天輪の巫女!」
空間を揺るがす叫びにもリノは動じず、その表情はどこか悲しげでもあった。
「避けられぬ戦いには臨みます。ただそれは貴方に挑まれるからではありません」
「御託はいらぬ!事の白黒をつけ、誰がこの惑星を我がものとするかを決めようではないか」
「そこです」
「何のことだ」
「私たちはこの惑星に生き、豊かな神格の加護の下で暮らすこと以外を望みません。しかし……」
リノは焔天の装鋒竜ナンディーカの背中で立ち上がった。
「貴方の目的は惑星の運命力を飲み干すことですね。貴方の中には満たせない食欲が荒れ狂っている」
「そうとも!食らい尽くしてくれる!そしてすべては我の中で全にして一つの存在となるのだ」
「なるほど。そんな貴方にとって神格の化身たるニルヴァーナ様は究極のご馳走、最後に残した楽しみというわけですね。違いますか?」
「……」
龍樹が、極限まで成長した水銀様のものが沈黙した。
確かに真面目な巫女のリノにしては、神格をご馳走に例えるなどやや不謹慎な例えではあったが、それのどこに好戦的な龍樹を黙らせるものがあったのか。
「あと一歩なのだ!」
「確かにあと一歩。完璧な計画でした」
リノは頷いた。2人だけの会話が成立しているのに、トリクスタ=ミラズヴェルリーナが不思議そうな様子で尋ねた。
「どういうこと?リノ」
「私たちが全力でぶつかることこそが、龍樹の最後にして長い戦いの最終目的だったということ。私たちが倒れそうになれば、ニルヴァーナ様は現世で許される限り全力を発揮、つまり真の覚醒を迎えるでしょう。その予兆として地上に降りた太陽のような姿になる。以前、バヴサーガラが出現させようとした事があったけれど」
「あぁ、あったね。そんなことが」
トリクスタは遠い記憶を探るように頭に手を置いた。
それはまだバヴサーガラが絶望の巫女として野望達成を諦めていなかった頃、自らの魔力でサンライズ・エッグから「天輪真竜マハーニルヴァーナ」を覚醒させようとした事があった。その時、ニルヴァーナは柔らかく強い光を放つ小さな太陽として、地上に顕現しかけたのである。
「そう。そしてあの時と同じように、ニルヴァーナ様が神格の化身としてその力を発揮しようと姿を変えたその瞬間を狙って、一気に丸ごと……」
「全部食べちゃおうってワケか。あー、なんだか蝶々を罠にかける食虫植物みたいだね」
「失礼な!ワシは龍樹。神格の化身とやらを空間ごと呑み込める食虫植物などあるものか」
リノはワシという一人称を聞いてハッと顔をあげた。龍樹の声はいま確かに、今まで聞いた事もない老人のものになっていた。急激に遂げられた究極の成長とはあるいは「老化」の下り坂への入り口なのだろうか。
「龍樹。話し合いましょう」とリノ。
「馴れ馴れしい。我は今やこの惑星の運命力をたいらげた究極の存在、滅尽の覇龍樹グリフォギィラ・ヴァルテクスなるぞ」
「龍樹。無限の成長とは幻想です。無限の食欲と同様、パラドックスを含んでいる」
また「?」となるトリクスタ=ミラズヴェルリーナに、リノは両指を交互に組み合わせて一つの円を表した。暁紅院では“運命”を示す印形である。
「自らの尻尾をかじる蛇。閉じられた円環──つまりこの世界──の中ではすべてが定量。無限に増えるものも無限に減るものも無い。つまり貴方が欲しがっているものは、いつかあなた自身によって閉じられる運命にある」
「だがニルヴァーナを取り込めば、その環を抜けられるかもしれぬ。お前の後ろにいるものこそ不可能を可能とする鍵なのだ」
龍樹の巨大な頭が空の上から降りてきた。それは耳を聾する声で叫んだ。
「我と戦え!!天輪の巫女リノ!」
「どうやって?」
「ニルヴァーナをけしかけろ!我を倒せと!」
「何のために?」
「何のため?我はこの惑星の運命力をたいらげ、お前たちの世界を食らうと言っているのだぞ!」
「それは無理だと申しました。そもそも貴方が根を張っている大地をも食らい尽くしたとして、惑星を超える大きさにまで成長した貴方は、一体どこで幹を伸ばし花を咲かせるのですか」
「……」
巨大な龍樹に対するリノは、確かに大きさだけで対比すれば大樹の前の米粒ほどもないだろう。だが他の誰が、この宇宙的な存在相手にここまで丁々発止の論戦を展開できただろうか。リノはいまや龍樹の思惑、出来事の流れを正しく理解していた。
「龍樹。話し合いましょう。まだ間に合うわ」
リノは同じ言葉を繰り返した。そして天を指した。その先には惑星クレイを回る第2の月、ブラント月が──異界であるのに──煌々と輝いていた。昼、天にあるのは太陽、そして夜の闇を照らすものは月だ。
「私たちは共生できるはずです。それを柩機オルフィストやゾルガ船長は知っていた。たぶんあの月にある碑文に書かれていた未来とは、きっと……」
「イヤだ!」
龍樹の巨大な頭が叫んだ。駄々っ子のような幼い子供の声で。
Illust:タカヤマトシアキ
叫びが形を取ったかのように、龍樹の口からエネルギーの奔流が吐き出された。
「おっと!」
トリクスタ=ミラズヴェルリーナと焔天の竜たちは、リノの対話を見守りながら準備していたので、余裕をもってこれを避けられた。
「じゃ、ニルヴァーナ様。リノたちをお願いね」
とトリクスタ。焔の巫女たちは驚く間もなく焔天の竜たちの背から、天輪鳳竜ニルヴァーナ・ジーヴァの手へとその身を預けられていた。
「トリクスタ!」リノが叫ぶと
「手筈通りだよ、リノ!」
とトリクスタは手を振って、4体の竜と共に龍樹に向けて飛び立った。龍樹はむしろ悠々と手勢である落胤たちをその針路上に集結させている。数だけをみれば明らかに不利な戦いだ。無謀と言ってもいい。だが……。
リノは出撃の直前、バヴサーガラに耳打ちされた事を思い出していた。トリクスタには聞こえていたらしい。
『リノ。もう解っていると思うが今回の敵は力押しで勝てる相手ではない。いま生物として最盛期を迎えている龍樹の強さは惑星から吸い上げた“運命力”。お前や私が使う神格の加護や魔力の源でもある』
『つまり?』
『運命力に運命力をぶつけても弾かれるだけだ。しかも相手の方が豊富に貯め込んでいる。つまり龍樹とは、我々が本来勝てるはずのない相手なのだ。それこそ神格の化身ニルヴァーナが生まれ変わりでもしない限りは』
『ですがそれでは……』
『そこでもう一つの策がある。その一手とは希望のタリスマン。すなわち……』
ヴェルリーナだ!
1つのタリスマンと4つのプレアドラゴンは絶妙な連携を披露していた。
龍樹との間に立ちふさがる落胤たちはミラズヴェルリーナの光に惑わされ、すれ違った瞬間には背に展開した鏡板で切り裂かれていた。
Illust:ToMo
続いてナンディーカの突剣が貫き、カルモダーグの尾の戦槌に粉砕され、アパラジアが頭の刃を振るえば、ドラハースの双剣が残敵を薙ぎ払う。トリクスタへの捧げ銃で示した通り、焔天の竜は寡黙で精強な戦士たちだった。
「たった5人で落胤どもを突破しただと!?」
グリフォギィラ・ヴァルテクスは唸った。巨大な龍樹本体が見えなくなるほど、無数ともいえる落胤たちによる防御陣だったのだ。戦術の巧拙や戦闘力の比較では計れない、呆れるほどの強さだった。
「それはね、龍樹。“祈り”だよ。希望の祈り!ボクらを楽しく心地よくさせる波動なんだ」
トリクスタ=ミラズヴェルリーナは休みなく戦いながら笑った。
龍樹の視点が目の前に迫る者たちから、はるか後方、佇む神格の化身の巨体と、その手の上で祈る4人の焔の巫女たちに移った。
リノ、レイユ、ゾンネ、ローナは祈っていた。
その背後から友の、知り合った人の、顔も知らないこの惑星の住民の願い、祈りが吹き付けてくる。それはこの異界においても強くなる一方だった。
そう。今までの修行や旅を通じて出会った人・物・自然。それは温かく時に厳しく彼女たちの行く末を見守り、人生を彩り、包んできた。それが崩壊の危機に瀕した今、心から望むこと、心の奥底から湧きあがる祈りとは何か。攻め来る敵を排除することだろうか。断じて違う!巫女達の思考はいま天輪竜の掌の上で一つだった。
「楽しく心地よくさせる波動、だと」
龍樹はこの惑星に来て、初めて戸惑った。宇宙から来た龍樹の種にとって、生とは他を排除しても独り勝ち残り、生き続けることだ。土地も水も養分も運命力さえも“有限”なのだから。
有限……。
思い当たる言葉があった。
龍樹に連なる者となってから数少ない会話の中、業魔宝竜ドラジュエルド・マスクス──嘘か誠か100億歳だという老竜──はこう言ったのだ。
『なぁお若いの。確かに自然のルールとは弱肉強食であるし、勝ち残ったものがその地の支配者となるのも道理じゃ。だがもっとも過酷な環境においてさえ、互いに食い合って何も存在しなくなった自然などあろうか』
『ボクが旅してきた宇宙はどこも不毛だった』
『話を逸らすでない。この惑星のことを言っておる。自然とは共生のシステム。動物も植物も微生物すらその例外ではない。生き物みな兄弟じゃ』
『ボクにはマスクスがいる』
『それよそれ。お主はこの仮面を使って何がしたいのじゃ?選別と排除か。まぁそれもよかろう。だが世界を変えられるだけの力を持っているのに、なぜ楽しく心地よくさせる方に使わんのじゃ?』
『ボクにとって大事な物は力。それだけだ』
『友のいない生涯は空しく、寂しいぞ。ん、ワシか?友だちはいっぱいおるよ。特に若い連中がな。歳からするとワシは彼らの行く末まで見られないと思っておったが、こうなってみるとちょっと寂しいのう。故に……』
待て。今、我は何故これを思いだしたのだ?
「龍樹、お前も楽しく生きよ」
龍樹は愕然としていた。思い出したのではない。確かにいま聞こえているのだ。声だけが、耳の中で。
「ほーっほっほ!この世とあの世の狭間におるとたまにこんなこともできるのよ。ちーっと骨が折れるがの」
『これもお主がマスクスの力をくれたおかげ。ではまた茶飲み話に来るからの~。しばしさらばじゃ』
会話はほぼ一方的に老竜のお喋りで終わった。
ドラジュエルドとの記憶に捕らわれ呆然としていた時間は僅かなものだったが、毒気を抜かれたようになっていた龍樹が気を取り戻したのは時すでに遅し、リノたちが集めた祈りに力を得たトリクスタが、バヴサーガラから授けられた一手を繰り出すには充分だった。
Xo-Dress!!
叫びと共に、5人の姿が光の束となり、からみ合って眩しい一つの円を描いた。
「五身合体ーっ!」トリクスタの声がした。
武装焔聖剣ストラヴェルリーナ!!!!!
5つの声が1つになる。
そこに現れたのは燃える剣を携え、鏡と羽根を背負ったタリスマン。
いつの頃か惑星クレイに生を受けた希望の精霊トリクスタ、その究極の姿だった。
Illust:ToMo
「武装焔聖剣……ストラヴェルリーナ?!」
そんなものは知らない。データに無い。傍受した水晶玉も、軍師ゾルガからも、耳をそばだてて聞いた惑星クレイの抵抗勢力のあらゆる会話、呟きにさえもその名は上がっていなかった。
「聞いたことないよね。だってボクも初めてだから」とトリクスタ。
一方の龍樹は愕然と頭を上げた。
目の前にストラヴェルリーナが焔聖剣を構えていた。どれほど素早く移動したのか、龍樹はもとより落胤の軍勢の誰も追いつくことも捕らえることもできなかった。
「ねぇ龍樹。ボクはケンカがキライだ。傷つく事をするのも見るのも本当にキライなんだよ」
「……」
「もう諦めてくれないかな。仲良く暮らそうよ、みんなで」
龍樹はトリクスタ=ストラヴェルリーナの提案を笑い飛ばそうとして、それが無理だと悟った。
ストラヴェルリーナには一分の隙もなかった。燃える焔聖剣には龍樹の巨体をもってしても圧倒される何か──それが祈りの力だとでも言うのか──が漂っている。差し出された手を撥ねのければ斬られる。その確信だけがあった。
チャンスがあるとすれば一度。
今、ストラヴェルリーナは龍樹の顔の前にいる。ここは最大の攻撃を吐き出せる場所だ。渾身の一撃を、全エネルギーを一点に集中させれば、あるいは……。だがこの手で自分はあのドラジュエルドの心を砕いたのではなかったか。嫌な記憶に思い当たり、龍樹は小さく顔を揺らした。
「どうする?」とストラヴェルリーナ。
……。
無言の時が流れた。
異界が、いや惑星クレイの全土が、龍樹の落胤すべてが動きを止め、息を潜めて次の瞬間を待っていた。
ゴォ……!!!
龍樹の顎が開いた瞬間、それよりもはるかに速くストラヴェルリーナの焔聖剣が振り下ろされた。
爆発的な光と焔が異界に溢れると、偽りの天蓋は砕けた。
「ぐわぁぁぁぁぁ──!!」
子供の少年の青年の大人の、そしてひどく年老いた声がひとつの苦鳴となって木魂する。
そして辛うじて形を留めていた滅尽の覇龍樹グリフォギィラ・ヴァルテクスから、眩しい幾筋もの光芒が立ち上がると、それは光の矢となって天に飛び立った。
──ケテルサンクチュアリ。セイクリッド・アルビオンまで約15km。
“反抗黎騎・閃煌”!
三色の槍が触れた先で、龍樹の落胤たちがまとめて蒸発した。
「我が愛する地をこれ以上、貴様らが踏み荒らすのは許さぬ!」
平原は立錐の余地もないほどに龍樹の落胤の軍勢で埋め尽くされている。
ヒュドラグルムの強さを知っている者ならば突破など思いもつかないだろう……破天騎士団でなければ。
いかに自分が愛する街が危機に瀕していようと強行突破など正気の沙汰では無い……破天騎士団でなければ。
そう、破天騎士団でなければ。
この指揮官でなければ誰がこれほど多勢に無勢の敵陣突破などを考えるだろう。
だが、そのユースベルクは敵兵など存在しないかのように低空から押して参り、無人の野を行くように圧倒して進んでいた。
「ユース!」
はるか後方からの声に気がついたのは、それが烈破の騎士フリーデだったからか。それとも槍が触れていないはずの敵が、自ずから弾けて液状の水銀様のものと化したのを目にしたためか。
瞬く間に敵兵が群れていた平原は、大地を濡らし染みこんで消える水たまりが広がるばかりになっていた。
「ユース!今、水晶玉に連絡があって……」
「終わったのだな。なるほど」
「もう!最後まで言わせて!」
呟くユースの前でぷっと頬を膨らませた獣人フリーデは、後続の破天騎士が駆けよってくるのを見て、慌ててベテラン兵としての体裁と威厳を整えた。フェルゴーサとコルリーノを筆頭に、笑いを堪えている者も少なからずいたがフリーデは知らぬ振りをした。
「あれは?」
ごまかすようにフリーデが地上と天上の都の方を指すと、果たして彼方から高速で接近する編隊がある。全隊警戒と叫びかけたフリーデの頭を軽く押さえてユースは言った。
「慌てるな。古い知り合いだ」
ユースベルクは変形を解いて兜を被った。戦友だからこそ、安堵した顔など見せたくなかったのかもしれない。
「あれほど見事なダイヤモンド編隊を組める者などいるわけがない。オールデンと近衞以外にはな」
サンクチュアリ平原に遅い秋の風が吹いた。
戦いは終わり、再建と復興の時が始まる。
──同じ頃、ダークステイツのどこかで。
天と地、2人の騎士が互いを労う様子を大きな水晶玉を通してアストロアは見ていた。
「姫様、何か」
シュアト゠スパーダが茶器を片付けながら振り返った。
「いいえ、何でも無いわ。ありがとう」
主に忠実な星刻姫は一礼すると、ワゴンを押して退出した。
厚い扉が閉まる寸前、シュアトはまた鈴を転がすようなアストロアの笑いを聞いた。主の口からこれほど自然で愉快そうな笑みが漏れるのは、幼少の頃から絶えて久しかった事だ。
シュアトもまた微笑みながら静かに立ち去った。最後に聞いた呟きを胸の内で繰り返しながら。
「“意思”には運命を変える力がある、かしら。あなた達が変えた“未来”の行く末が楽しみね、ユース君」
──ギーゼ=エンド湾上空。
「事成れり」
バヴサーガラは勝利を確信して呟くと封焔竜アーヒンサの手綱を引き、深い吐息をついた。ラティーファ達ドラグリッター隊は念のため一帯を警戒に出ていた。
「これでようやく終わりか」
その肩口から変化を解いたトリクムーンが顔を出した。
「いや、ここからがむしろ始まりであろう。被害の調査と復興。残された仮面のこともあるし、龍樹の言う『力の論理』に魅力を感じている者も少なくない。状況が安定するには長くかかりそうだ。龍樹の今後についてもリノとトリクスタが鍵となるはずだ。彼女らこそが天輪だ。よくやった」
バヴサーガラは呼び出し音が鳴りっぱなしの水晶玉の接続を切り、鞍に身を預けた。
「出なくていいのか」「あぁ今は休みたい。少しだけ」
バヴサーガラほど飛び抜けた魔力、戦闘力、知力、多方面にわたるバイタリティに恵まれた者でも疲れることはあるのだろうか。いや、渾身の儀式で焔天の竜を産み出し、惑星クレイ全土を時には空間跳躍まで使って自在に移動し、リノと水晶玉ネットワークのために献身的に尽くしたバヴサーガラだからこそ、今回は特に魂まで疲弊するような深い疲労を覚えているのだろう。
「そうか」
トリクムーンは身を離すと再び変化した。
「どうした。周辺に敵はいないぞ。もう戦いに振るう手もしばらく必要あるまい」とバヴサーガラ。
「この手は君を支えるためのものだ、友よ」
ヴェルロードとなったトリクムーンは言葉通り、力強い手を使ってバヴサーガラを楽な姿勢でくつろがせた。
「ふっ、頼れる相棒だな。私は……」
目を閉じ微笑を浮かべたバヴサーガラは何故か続く言葉を呑み込んだ。替わりにトリクムーンが呼びかける。
「バヴサーガラ」「なんだ?」
トリクムーン=ヴェルロードは静かに言葉を継いだ。
「君もよくやった」
バヴサーガラはふいに顔を背けた。目を開き見上げれば龍樹の擬態が取り払われた空は鮮やかな夕景である。
「ありがとう。私は良い友を持ちました」
それはかつて絶望の祈りを練り作り上げた魂の容れ物だった者、リノリリの言葉だった。
一人の人間と精霊は風景に溶け込んだように動かなかったが、そこには目に見えない確かな友情の交流があった。
そしてギーゼ=エンド湾には今日もまた、何ごとも無かったかのように陽が沈んでいった。
ユニットストーリー122 龍樹篇「トリクスタ」に続く
※単位は地球の物に変換した。※
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《今回の一口用語メモ》
焔天の竜と武装焔聖剣ストラヴェルリーナ──龍樹侵攻の終結に寄せて
焔天の竜は封焔の巫女バヴサーガラが封焔竜、プレアドラゴンに続いてこの世に送り出した竜である。いずれもバヴサーガラが産み出した、いわば“落胤”と呼ぶべき竜たちだが、その特徴や性格には大きな違いがあるようだ。
まずは「封焔竜」。
現在から約2500年以上前の無神紀の頃、運命力=魔力の減衰によって多くの竜が眠りにつく中、長い孤独な月日に心を蝕まれていたはぐれ竜たちを、バヴサーガラが己が内に燃える絶望の焔と魔力を分け与えて“生まれ変わらせた”のが「封焔竜」だ。よって最も古くからバヴサーガラに仕える竜たちであり、近衞であり忠臣である。またバヴサーガラ自身が闘将として戦場に立つ際にその武具や戦闘力を補助し支える役割を負う者が多い。
次に「プレアドラゴン」。
祈りの竜プレアドラゴンは、バヴサーガラから天輪への──厳密に言えば天輪の巫女リノへの──贈り物である。また種族として見た場合、後述の焔天の竜もまた「プレアドラゴン」に含まれる。プレアドラゴンの成り立ちに詳しい成り立ちに関しては不明だが、バヴサーガラ自身の言葉によれば、“儀式”によって産み出されたとされるので封焔竜と同じく、彼女の魔力と封焔の力によるものと考えていいだろう。
プレアドラゴン全般として言えるのは、希望の精霊トリクスタの変化形態「ヴェルリーナ」を支え、補助する力を持たされている事だ。トリクスタはプレアドラゴンとXo-Dressすることによって様々な力を発揮することができる。
そして「焔天の竜」はプレアドラゴンの新たな一種として、龍樹との最終戦闘において、バヴサーガラから贈られた竜たちだ。その力は各々の奮戦はもとより、五身合体「武装焔聖剣 ストラヴェルリーナ」となって「滅尽の覇龍樹グリフォギィラ・ヴァルテクス」に滅びの一撃を食らわせたことは既に周知の通りである。「焔天の竜」とは、一歩踏み込んだ言い方をすれば対グリフォギィラ戦に特化して産み出された竜であるとも言える。
まとめると……
①かつて《世界の選択》に際しては敵手だったバヴサーガラから天輪の巫女リノに贈られた
②バヴサーガラの落胤であるプレアドラゴン「焔天の竜」の合流によって
③龍樹の真の狙いだった天輪聖竜ニルヴァーナの真の覚醒に頼ることなく
④焔の巫女たちとトリクスタ、焔天の竜、皆の力を合わせた事で
⑤ヴェルリーナをさらに進化させ、五身合体の新たな姿と力を発現
⑥焔の巫女たちが集めた「希望の祈り」によって止めの一撃を可能とする
……となり、悲願の勝利を達成する事ができたのは何よりの幸いだった。
特に③。仮に、我々抵抗勢力側が採用する可能性があった一手として「惑星クレイの運命力、究極の塊である神格の化身ニルヴァーナを前面に立てた力押しで対抗・勝利しようとした」場合、最後の最後でどのような逆転劇──龍樹はあるいはニルヴァーナごと飲み込めるほどに巨大化・強力な存在となっていたはずなので──が起こっていたのか、その結果は想像するだに恐ろしいものがある。
今はただ長きにわたった龍樹侵攻の終結を祝い、小官もまた軍参謀、副団長という立場以前にケテルサンクチュアリの一国民として、傷ついた国土の回復に務める所存である。
惑星クレイと冠頂く我が神聖国に、偉大なる太陽と聖なる竜の祝福を。
シャドウパラディン第5騎士団副団長/水晶玉特設チャンネル管理配信担当チーフ
厳罰の騎士ゲイド 拝
厳罰の騎士ゲイド 拝
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封焔竜については
→ユニットストーリー056 「封焔竜 アウシュニヤ」と《今回の一口用語メモ》も参照のこと。
プレアドラゴンについては
→ユニットストーリー063「柩機の主神 オルフィスト・レギス」と《今回の一口用語メモ》も参照のこと。
ドラグリッター、ラティーファと“バヴサーガラの仔”たちについては
→ユニットストーリー098「ドラグリッター ラティーファ」と《今回の一口用語メモ》も参照のこと。
葬空死団とソラ・ピリオド、ハナダ・ハーフウェイについては
→ユニットストーリー084「葬空死団 “裂空神”アーヴァガルダ」と《今回の一口用語メモ》および
→ユニットストーリー094「緋炎帥竜 ガーンデーヴァ」も参照のこと。
絶望の巫女バヴサーガラが自らの魔力で「天輪真竜マハーニルヴァーナ」を覚醒させようとした経緯は
→ユニットストーリー036「天輪真竜 マハーニルヴァーナ」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡