ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
Illust:とくまろ
ダークステイツのことわざに曰く。
“夜の墓地の門を叩く者。其処は死者の世界と心得よ”、と。
「あー……習ったかなぁ。作劇の授業で」
獣人が頭を振ると垂れた耳がぱたぱたと音を立てる。
さらにダークステイツの古老、曰く。
“生者は墓場で何も口にするべからず”
「いや、ムリだって、そんなの」
イリスターナは尻尾を振り振り、暗い空に向かって口笛を吹き(ドラゴニア大陸の極東ではこれも縁起が悪いと言われる事だ)軽快なステップを踏みながら、墓石の間を歩いて行く。
普通の学園生徒なら絶対に近づきたくないリリカルモナステリオ市街の幽霊出現地も、彼女にとっては慣れ親しんだ庭のようなものだ。
「へへっ、豊作豊作」
イリスターナは笑みこぼれつつ、墓の間に漂う“それ”を素早く捕まえて器用に背中のバッグに詰め込んでゆく。まるで果物の実でも収穫するようだが、摘み取られているのは半透明の実体化している幽霊だ。
「ほぅら、怖くない怖くない」
獣人は何のために幽霊を集めているのか。
「一緒に遊ぼうっ!せっかくのお祭りだもの」
イリスターナは背中の幽霊たちに優しくそう呼びかけながら、腰の灯りを頼りに墓地を進んでいった。その灯りもまた──墓地の幽霊を警戒させないために──幽かな光を放つ人魂である。
空には双子月。低空をふらふらと舞う黒い影はコウモリだろうか。
「むっふっふー。みんな、楽しみに待ってなよ~」
ゴースト狩りに勤しみながら、イリスターナはまたほくそ笑んだ。
夜、墓地で一人笑う少女、というと何やら怪奇趣味が漂いそうな所だが、当の本人が活発な垂れ耳犬系獣人なので愛嬌のほうが勝っている。
時は万闇節。
リリカルモナステリオのびっくりで、どっきりな夜は終わらない。
design:凛愛 Illust:早瀬あきら
カボチャ、お化け、カボチャ、お化け、カボチャ……。
万闇節のリリカルモナステリオは街路も店も寮部屋もこれら2つでいっぱいだ。
フェネルはそのカボチャかお化けで迷っていた。
リリカルモナステリオの大通りにある洋品店。
天上から下がる店内装飾、提灯も──ランタンではなく東洋風の紙提灯だ──この時期はカボチャとお化けだらけ。
フェネルが迷っているのは髪留めだ。
「あ、フェネルちゃんだ……」「可愛い~」「この前のライブも凄かったね」「いま声かけていいのかな」
店内の学園生のひそひそ話は全部聞こえていた。
生まれてこの方、この鋭い聴覚には感謝もしているし(今のように)ちょっと悩まされてもいる。フェネルの前ではナイショ話が成立しない。それが良いことであっても、聞こえてしまうと居心地の悪くなる事も世の中には沢山ある。
「こ、これ、くださいっ」
悩むのを取りやめてレジを済ますと、大きな耳の小柄な獣人は急いで店を出た。
今日もダメだった。こういう時なんで堂々としていられないんだろう、わたしは。
かぁっと赤面した顔を見られないように、通りを小走りで駆けるフェネル。
ステージではクールなパフォーマンスを見せる耳大きい系獣人アイドル、素顔はすごい照れ屋な少女のプライベートタイムはこうしてあえなく終了となった。
Illust:こよいみつき
「ほーら、そこのおっきなお耳のアイドルっ!」
「そこで何をこそこそしてるのかなぁ?」
昼。晴れた中庭──ここは場所を間違えるとおしゃべり好きな『吸血鬼フェルティローザと11人のゴースト』のお喋りに巻き込まれる危険性がある──。
垂れ耳犬系獣人イリスターナと垂れ耳ウサギ系獣人ロペラートは、隠れ潜むこの恥ずかしがり屋の友達をあっさり発見した。
「「フェ・ネ・ル♡見ーっけた!」」
2人の呼びかけにフェネルはぷっと頬を膨らませながら、がさっと草むらから顔を出した。右耳には先ほど購入したカボチャのヘッドバンドが着けられている。
「もう!かくれんぼしてるんじゃないって!」と耳大きい系フェネル。
「なーに言ってんの」とウサギ系ロペラート。
「隠れてたの、フェネルのほう。こんな照れ屋さんでよくアイドルが務まるよね~」と犬系イリスターナ。
獣人の友達がじゃれ合う光景など、リリカルモナステリオの昼休みとしてはよくある光景である。人気アイドルとその心友の2人ならばまして。
「あ、準備できたんだ。あたしも終わったよ~」
とイリスターナは“それ”を取り出した。
「それはどっち?」「ナイショ。アンタも墓地行ってたでしょ」
ロペラートの問いにイリスターナは答えをはぐらかせる。
「えーっと、わたしは今回イタズラ控えめで……」とフェネル。
「「えーっ?!」」ウサギと犬系獣人は垂れた耳を振り乱して詰め寄った。
「ダメかな?」とフェネルも大きな耳をしおらせる。
「だってアンタ、アイドルだよ!万闇節だよ!お祭りだよっ!」
「誰より目一杯やらなきゃダメに決まってるっ!……ホラ、私たちの分けてあげるから!」
うーん。お化けカボチャに満載された“それ”を見ながら、いま一つ腑に落ちない様子のフェネル。
しかし友だち2人はそんな耳大きい系アイドルの手を両側から取ると容赦なく、市街に続く道へと引きずっていくのだった。
Illust:凛愛
Trick&Treat!
万闇節のリリカルモナステリオは、いつもこの声で溢れている(もちろん授業中は禁止だけれど)。
特に祭りの後期となると、歌のイベントがあちらこちらで開かれるため、学園だけでなく市街地や通りでもお菓子を贈り合う姿でいっぱいになる。
ここでもう一つ。万闇節の頃に町中からあがる声がある。
それが悲鳴だ。
……とは言っても、わざわざ警備が呼ばれるほどのものではない。
人とは不思議なもので「わかっていても驚く」ことがある。
たとえば夕暮れ迫る細い路地から目の前にぬっとお化けカボチャの仮装をした生徒が現れたら?
無害と知っていても突然コウモリの群れに戯れつかれたら?
そして、もしお菓子のつもりで手に取ったり、食べようとして口を開けた途端に、お菓子が動いたり話しかけたりしたら?
女の子なら叫ぶはず。こんな風に。
「きゃっ!」
design:凛愛 Illust:早瀬あきら
「ご、ごめんなさいっ!」
フェネルが思わず声をかけると、お返しに渡したお菓子型のお化けがその手から飛んでいった相手──学園生ではなく市民の同年代くらいの少女だった──はきょとんとして、やがてくすくす笑い出した。
「やだ。謝らないで!“Trick&Treat!”でしょ」
フェネルもつられて思わず笑ってしまう。
そしてまたお菓子を差し出した。“Trick&Treat!”。驚かしもするけどお菓子もあげる。これがリリカルモナステリオの万闇節だ。
「どうぞ」「うん。ありがとう。あの、これって……」
フェネルと少女は目を合わせて、また笑った。
「どっちかな」「どっちだろう」
少女はキャンディをひと噛みして頷いた。これはお菓子らしい。
「「“Trick&Treat!”」」
2人は声をかけあい、手を振って別れた。
ついさっきまで知らなかった相手と、いたずらとお菓子であっと言う間に仲良くなれてしまう。これこそ平和を愛するリリカルモナステリオらしいお祭りだ。
「フェネルー!」
ウサギ系と犬系の友達が追いついてきた。すぐ側でお菓子を配っていたのが耳大きい系獣人アイドルのフェネルだと気がついて、周囲は少しざわめき始めた。
「うまくいってる?」「うん、うまくいった」「ヒトダマくん。役に立ったね」「うん、でも……」
フェネルはまだ少し首を傾げている。
「ヒトダマくん達、ゴーストってさ。飛んでいったらどうなるんだろうね」
「お墓に戻るんだよ」とウサギ系ロペラート。
「で、またアタシたちが捕まえてくる」と犬系イリスターナ。
「それとね。お菓子に化けてると、食べられそうになるじゃない?」と耳大きい系フェネル。
うんうんと2人の獣人が頷いた。
「飛ぶタイミング間違えたりしたら、そのまま……」
「いやいや、噛めないし消化できないって。お化けなんだし」
「まー、中には鈍いゴーストもいるかも。それで『お口の中からこんばんわ。でもひどいよ。ボクを食べるなんて!』なんて……」
「幽霊ってどんな味するのかな……」
3人は顔を見合わせてぷっと吹きだした。
いよいよ注目が集まったのに気がついてフェネルが逃げだそうとした瞬間、ウサギと犬系獣人は両側をがっちり固めて叫んだ。今日こそ、フェネルにもいっぱい祭りを楽しんでもらうのだ!
「「“Trick&Treat!”」」
今日はお祭り。友達の中にいる照れ屋さんもお化けと一緒に飛んでっちゃえ!
──リリカルモナステリオ、賢者の塔。メインステージ。
湧きあがる歓声が、夜の闇をより濃く、柔らかなものにする。
今宵、万闇節後期、特別ステージの一番手を務めるのは、
『Tr!ple×Tr!ck フェネル』!
Illust:凛愛
「みんなー!来てくれてありがとー!」
歓声!!!
フェネルの周囲に半透明のヒトダマくん、ジャック・オー・ランタンが乱舞する。
「さぁ、スタンド!」「センター!」「アリーナ!」
煽るフェネル。応える客席。歓声はいまや大きな波のように賢者の塔ステージを揺らしている。
大きな耳系獣人はマイクをぎゅっと握りしめた。ステージ中にも頼もしいオバケが溢れている。もう何も怖くない。
「行くよーっ!」「Tr!ple×Tr!ck!!!」
激しく魂を震わせる歌声と演奏、オバケたちの乱舞が祭りの夜に爆発した。
了
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《今回の一口用語メモ》
Trick&Treat!──万闇節の幽霊たち
「いたずらしちゃうぞっ!」
リリカルモナステリオの万闇節の合い言葉はこんな風に掛け合う。
万闇節は不死者の大騒ぎを起源とするが、その名残りといえるものが3つある。
①カボチャに刻まれる怪物の顔
②不死者をかたどったお菓子やアクセサリーを身につける※ただし可愛らしいデザインのものに限る※
③無害な幽霊とコウモリが町に溢れること
このうち①、②はお祭りらしい仕掛けとして珍しいものではないかもしれないが、万闇節の「Trick&Treat!」に無くてはならないのが、この期間、リリカルモナステリオの町には実際にゴーストが出没することである。
リリカルモナステリオは芸能と平和を愛する町だけに本来、人に害をなす存在が侵入することを許さず──空飛ぶクジラと天蓋が何よりの防壁である──、死者がいたずらに生者の暮らしを乱すようなことはさせない(リリカルモナステリオにも他国同様、死者を供養し、悪夢を払う専門家がいる)。
ただし万闇節の期間だけは墓場からゴーストが開放され、生徒たちの“いたずら”を助ける相棒となる。それが③の「万闇節の幽霊」だ。(ちなみにこの時期、リリカルモナステリオになぜか大量に現れるコウモリも、古より不吉な象徴とみなされる事が多い動物である)
万闇に出現することを許された幽霊はイタズラ好きで人懐っこいオバケに限られ、特にもっとも多く見かけられる「ヒトダマくん」は半透明のキャンディーに似た身体をもって実体化している幽霊のため、お菓子に擬態することができる(ちなみにヒトダマくん自身の好物もお菓子だそうだ)。
Illust:むらき
よって万闇節にお菓子を贈られる者はそれが本物のお菓子なのか、それともお菓子のふりをしているオバケなのか、食べてみるまでわからない。
贈られた側の笑顔が一瞬で驚きの顔に変わり、だまされたと知ってまた笑顔になる。こうして万闇節の挨拶、「いたずらしちゃうぞっ!お菓子もあげるけど!」が完成するのだ。
なお万闇節でもっとも好まれる仮装に「悪魔(頭の角と背の翼)」と「魔女帽や箒」があるが、どちらも闇の世界と縁の深い者であり、古の万闇節ではあえてその形を真似ることで、闇の世界からの誘惑や介入を避けるまじないとしたと言われている。
万闇節の起源やダークゾーンで行われていた古の万闇節、現代のリリカルモナステリオで行われる祝い方については、
→ユニットストーリー119「LèVre♡SœurS シャルモート」および《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
ダークステイツに伝わる墓場の言い伝えについては、
→ユニットストーリー051 世界樹編「廉潔の聖光 ユーファ」を参照のこと。
リリカルモナステリオ学園中庭の名物、吸血鬼フェルティローザと11人のゴーストについては
→ユニットストーリー022「Earnescorrectリーダー クラリッサ」の《今回の一口用語メモ》および
→ユニットストーリー096 「聖卵祭実行委員長 クラリッサ」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡