ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
黄昏は闇が起き出す時刻だ。そしてそれに属する者たちも。
墓場を抜け出した幽霊やコウモリ。そして悪魔。
それら現世の理には従わない者たちにとって、闇こそ安寧の地、夜こそ彼らの世界なのだ。
万闇節の夜。
赤きブラント月の夜。
封じられし闇の者たちが騒ぎ出す。
「にゃ~っはっはっは!オマエのアタマをかぼちゃに変えちゃうぞ~!」
Illust:田所哲平
テレテウスはからから笑いながら、杖を振り振りお化けカボチャの群れの先頭を歩いている。
猫系獣人といっても万闇節のこの時期、魔女帽を被っていると、彼女が人間と違うところはチラリと見える耳と尻尾だけ。それも人間がアクセサリーとして着けていないとも限らない。ともかく、テレテウスはその装いも仕草もこの上なく似合っていたし可愛らしかった。
「かぼちゃの大行進だ!」「すごーい!」「どうやってるの?」
観衆からあがった疑問はもっともだ。
お化けカボチャやヒトダマくんは確かに友好的なゴーストだけど、ここまで嬉々として行進に加わるものだろうか。
答えは、その猫系獣人の後ろに続く人物にあった。
Illust:壱子みるく亭
シアナは縛眼の麗蛇姫。
悪魔である。
その髪は生きている蛇、隠されし顔の下にあるのは究極の魅惑にして危険な視線。
そして、外界と彼女の素顔を隔てるのは「魔法の紙袋」だ。
今は万闇節の仮装で巨大な釘が刺さった装飾を施している。
観衆の注目を受けた紙袋が笑って、ウインクした。
「ふふふっ。ボクの素顔?ライブに来たら見せてあげるね~♪」
赤きブラント月の下、その指は指揮者のように優雅にひらめいて死霊たちをくるくると踊らせ、その歌声は聞く者の心を打った。陽気に力強く、でもなぜかほんの少しもの悲しく。
「はーい、みんな!お祭りは楽しんだもの勝ちだよ。オバケくんたちと一緒に踊りましょ~!生きてる人もそうでない人もクレイの人も、異星の人でもみんな仲良し!」
掛け声の一番最後に挙げられたカテゴリーにこの場で気がついたのは、かぼちゃの大行進を仕掛けたもう一人、テレテウスだけだったかもしれない。シアナとは先頃終わった龍樹侵攻についても話す機会が多かったのだ。
彼女の外見──シアナは、多種多様な生徒が集まるこの学園でも特に変わった出で立ちなので──と呼びかけに観衆は一瞬きょとんとしたが、すぐに街路中の人が幽霊たちと混じってステップを踏み出した。
今夜は万闇節の最終日。
街路はパレード、夕空には花火。どこからか流れ出す音楽。
確かに、お祭りは楽しんだもの勝ち。紙袋を被った悪魔の指揮者と猫系獣人に率いられたパレードに参加してオバケとダンス、なんてこんな日でなければできない体験だ。
でも、なんだかちょっと悪魔に化かされたような気もするけれど……。
さて、ここで時間の針は早朝まで戻される。
──リリカルモナステリオ学園、まだ誰もいないダンススタジオ。
Illust:壱子みるく亭
「よーし!今日もはりきっていきましょ~!」
シアナは気合いを入れた。いま紙袋の顔は☆odになっている。朝からハイテンション。
準備運動はばっちりと!ぶんぶん振り回される腕を避けようと蛇たちが右往左往する。
悪魔シアナの髪は蛇である。
正しく言うと「シアナの髪は生きた蛇と矛盾なく渾然一体となっている」のだが、実際どういう構造になっているのか、毎日のお手入れは大変ではないのか等、さまざまな疑問の答えはシアナ本人のみぞ知る。
「おっはよー!早いね、シアナ!」
Illust:mado*pen
レッスン室のドアからジュノが顔を出した。
縛眼の麗蛇姫シアナの紙袋顔を見た者の反応は2つに分かれる。
一つはぎょっとして以後、おそるおそる接触してくるタイプ。ほとんどの人がこれだ。
表情がくるくる変わる紙袋を被った悪魔に会った者としてはごく正常な反応だろう。ちなみに紙袋に驚きこそすれ、他人の容姿を笑うような生徒はリリカルモナステリオには一人もいない。世界最高のアイドル養成所なのだ。まず相手の(時に強烈な)個性を認め合うところがスタートラインである。
もう一つは“全然気にしない”タイプ。
入学した当日の寮部屋、初対面でいきなり「キミの被りもの、最高じゃん!」と声をかけてくれた人間、心友ラフィッシュランナー ジュノのような女の子との出会いが、シアナにこの学園に来て心底良かったと思わせてくれる。
「ライブ、楽しみにしてるよっ。はい、これプレゼント!」
とルポワが、特製の杖を満載したカボチャバッグを抱えて現れた。
Illust:蓮深ふみ
ワンダフル・ワンド ルポワ。作り出す杖は振ればくるくる廻り不思議に輝く一級品、アイドルとしてはもちろん、工芸職人としても将来を嘱望される手先器用なネズ耳系アイドルである。
「ありがと!がんばるよっ、ボク」
準備運動はいよいよ入念に、髪の蛇たちはますます絡まないように忙しくなった。
ジュノとルポワは顔を見合わせてにっこり笑った。
シアナの紙袋で距離を置きたがる人は損をしている。この少女がひたむきな努力家で、一緒にいて楽しい、またそうして人の気分を明るくすることが大好きな“いい悪魔”だと知らないからだ。なおシアナは同期では一、二を争う優等生でもある。
「もう衣装、選んだんだよね」「トリだもん。きっと素敵なドレスでしょ」
人間とネズミ系獣人の問いに、紙袋系悪魔アイドルはぴんと張った空中姿勢から突如崩れ落ちた。
「そ、それがまだ……」
えー?!ウォーミングアップどころじゃないじゃん!
「まだ難航しておりまして……」
床を指でにじにじするシアナの紙袋は悲しげな表情。蛇たちも悲しげに嘆息をついた。
この少し前の寮部屋。
ジュノが朝食に出た後、衣装部が用意した山ほどのそれを前に、悪魔と蛇たちの話し合いは長引いていた。
「む~。キミたちは、どれが良いと思う?」
世界最大のアイドル学園であるリリカルモナステリオはその性質上、舞台演出や衣装についても世界一の質を誇る。つまり自分のステージ衣装についての選択肢の幅も、世界一広いということだ。
もちろんスタイリストもいるし演出の意見も聞ける。
だが学園は自分で選ぶことを強く推奨している。悩むこと、それ自体が学びの機会であり自分を高めるチャンスなのだと。
「まー、そうなんだけどねー」とシアナ。蛇たちも頷く。
気に入らないのではない。その逆だ。世界一のステージ衣装、デザイナーの手によるものである。どれも魅力的で見れば見るほど目移りしてしまうのだ。
Illust:壱子みるく亭
やはり小悪魔系か。いっそ堕天使のイメージで弾けてみるのも良いか。
悩んで決めきれぬうちに、朝のルーティン(ダンスレッスン)の時間が来たのである。
ここで話はレッスン室に戻る。
「じゃごはんも食べてないの?!」「朝のうちに食べとかないと!」
「でも……食べようと思ってもノドを通らないしぃ」と床にへたり込むシアナ。
もう!
神経細やかな──それがこの娘の良い所でもあるけれど──悪魔に、ジュノとルポワが頬を膨らませていると、ちょうどレッスン室に入ってきたノールチェとテレテウスが「何ごと?」と首を傾げた。
──昼。リリカルモナステリオ学園、中庭。
「いや~、この時期のアイスは最高だね~」
いま紙袋は^_^。笑顔だ。降り注ぐ秋の陽差しが、鮮やかな木漏れ日の模様を描いている。
Illust:壱子みるく亭
「あのさ。シアナって、いつも一生懸命だよね~」
とノールチェ。おっとり屋のエルフはシアナの友だちの中でも飛び抜けて人脈に秀でている。長寿の種族なので仲間内では姉的に頼られる事が多く、今回も“シアナが食べられないのに張り切りすぎてぶっ倒れそう”と聞いて、中庭の屋台アイスに誘ったのだ。お腹が膨らめば自分を見つめる余裕も出てくるというものだから。
Illust:つるぎ輝
「そうそう。たまには肩の力抜かなきゃ」
猫系獣人テレテウスは2人と同時に買ったアイスを、もう平らげてしまっている。仲間と騒ぐこと目立つことが好き、というと問題視されそうだが、甘える猫のように愛らしいテレテウスの笑顔を見ると大抵の者が──教師でさえも──叱る気力を失ってしまう。
「でもデビューが万闇節のトリだなんて……重すぎだよ、ボクには。この紙袋もあるしさ、ボクなんて目立たないほうが……」
とアイスの棒をいじるシアナ。
だーかーらー、とエルフと獣人は紙袋の悪魔の両脇に寄り添う。
「違うよ、シアナ。飛び抜けた才能があるから全ステージの最後なんだって」
ずーん。
「紙袋って言えば、例の大仕掛けもあるんでしょ。あたしも今からワクワクだよ!」
ずずーん。
シアナがますます重い物を背負っていくのを見て、ノールチェが悪魔の肩を叩いた。
「よし、じゃあ宣伝しよう!」「えっ?!」
「パレードしよう!ぱーっと弾けなきゃ!」「ええっ?!」
本領を発揮できそうな予感に、テレテウスの顔も輝いた。
「みんなの注目を浴びてから」「自信をもってステージに上がればいいんだよ」と2人。
シアナはまだ不安げな様子だった。特製紙袋(巨大ネジ付)を被った悪魔のドラムメジャーによるオバケの行進が、万闇節のリリカルモナステリオの町でどんな反応を巻き起こすのか。パニックは起きないだろうか。
それがまったくの杞憂だったことは、このすぐ後に証明されたのだった。
──リリカルモナステリオ、賢者の塔。メインステージ。
湧きあがる歓声が、夜の闇をより濃く、柔らかなものにする。
今宵、万闇節後期、祭りすべての最後を飾る特別ステージを彩るのは、
縛眼の麗蛇姫 シアナ!
……。
コールにも関わらず、舞台はまだ薄闇の状態だ。
『ボクは小さい頃から、他人の顔が見られない子でした』
ステージのセンターに人影が立つ。
『ちょっと変わってたしね。……ねぇ邪眼って知ってる?見た相手が石に変わっちゃうの』
客席は静かだ。頑張り屋さんのシアナは本人が思っているより知名度もあったし、応援している生徒たちも多い。だからこれは好意的な沈黙だった。
『リリカルモナステリオのいい所って、どんな人でもアイドルになる夢を与えてくれる事。外の世界だとちょっと距離を置かれちゃうこんなボクでも受けいれてくれる。それと今日のライブ、このドレスも曲目も友だちが一緒に選んでくれました。みんな、大好きだよ』
シアナーっ!頑張れーっ!
一人二人、いや会場のあちこちから歓声があがり始めた。
『……ありがと……』
悪魔は薄闇の中でちょっと声を詰まらせ、気を取り直した。ボクは祭りのトリなのだ。それが感極まったものでもパフォーマーに涙は似合わないだろう。
『ってことで、縛眼の麗蛇姫、デビュー!!!』
ぱっと照明が上がると、観客は息を呑んだ。
Illust:壱子みるく亭
そこには同期トップと言われる悪魔アイドル、シアナの姿があった。
まったくの素顔で。
観客の中には思わず目を覆った者もいただろう。でもそれはシアナの次の一言で安堵に変わった。
「驚いた?でも大丈夫。ほら見て!目が合っても石にならないでしょ」
シアナの紙袋は取り払われ、そこには金色の目を光らせた美しい少女が立っていた。この日のために用意された特殊なスクリーンに守られて。
「『鏡の盾』!ボクのために造られた透明な壁。これを作ってくれた人、準備してくれたスタッフ、今日来てくれたみんな、そしてジュノ!ルポワ!ノールチェ!テレテウス!……すべての人に感謝しますっ!」
シアナは天を指した。その先に辿り着く場所がある。それがアイドルの頂点だ。
「さぁ行くよ、みんなっ!あの頂点まで!」
歓声が弾け降り注いだ。
昨日までのアイドルの卵、今日からアイドルの悪魔、素顔の縛眼の麗蛇姫シアナに。
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《今回の一口用語メモ》
邪眼とアイドル
目が合った相手を石と化す。それが「邪眼」だ。
生物を石に変える力をもつ故に恐れられる邪眼だが、その持ち主がアイドル志望だった場合、何らかの制限を設けないと、他者との共同生活が成立しなくなる。ましてリリカルモナステリオは全寮制、しかもいわゆるマンモス校である。間違いがあると被害が大きくなる。
そこで縛眼の麗蛇姫シアナは、視線とその力を遮る「シアナの紙袋」を被るようになった。
その効果などは本篇に詳しいが、この紙袋自体も何らかの魔法の産物らしく、被っているシアナ側の五感を遮ることはない。それどころかダンスレッスンなどの激しい動きや歌唱などの授業も着けたまま臨み(声がこもる事もなく)シアナは好成績を収めている。なお、さすがに飲食時には紙袋をずらして口に運ぶようだ。
そしてこうしたシアナの邪眼にとっての希望が、実は“映像”である。
邪眼を撮った映像を見ても、視聴者が石化することはない。つまり配信やポスターなどで顔を出すことはできる。
だが邪眼をもったアイドルが活動する時、もっとも悩ましい点がライブだ。
対面にならざるを得ないライブ会場の観衆と会場スタッフはどうするか。素のままでは全員石化は避けられない。紙袋を被ったままパフォーマンスする特異なアイドルという手も無くはなかっただろう。デビューに当たって本人、演出、宣伝・広報らスタッフからも様々な可能性が検討された結果、ひとつの解決法が出された。
それがリリカルモナステリオ学園とブラントゲートが共同開発したのが対邪眼シールド「鏡の盾」である。
「鏡の盾」はステージの可動範囲すべてを覆う透明なテントのようなもので、特殊なフィルター効果を持つ。つまり観客からはシアナが見え/シアナからも観客が見えるが、シアナの石化視線は客席や舞台スタッフに届くことはない。この透明テント技術が(特殊フィルター機能以外は)極地でのライブ時にパフォーマーを守るものとして既に実用化されていたのも幸いし、開発は見事に成功した。
リリカルモナステリオは水棲生物である人魚のステージには巨大水球を、巨人族には特大サイズの寮部屋、またサイバロイドには機器メンテナンス室を、とそれぞれに対応した受け入れ態勢と衣食住環境を整えている。多種族多言語多様性は、芸能と平和を愛するリリカルモナステリオ学園の理念のひとつでもある。こうしたサポートとなにより本人の努力・研鑽によって「邪眼アイドル」が成立するのだ。
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墓場を抜け出した幽霊やコウモリ。そして悪魔。
それら現世の理には従わない者たちにとって、闇こそ安寧の地、夜こそ彼らの世界なのだ。
万闇節の夜。
赤きブラント月の夜。
封じられし闇の者たちが騒ぎ出す。
「にゃ~っはっはっは!オマエのアタマをかぼちゃに変えちゃうぞ~!」
Illust:田所哲平
テレテウスはからから笑いながら、杖を振り振りお化けカボチャの群れの先頭を歩いている。
猫系獣人といっても万闇節のこの時期、魔女帽を被っていると、彼女が人間と違うところはチラリと見える耳と尻尾だけ。それも人間がアクセサリーとして着けていないとも限らない。ともかく、テレテウスはその装いも仕草もこの上なく似合っていたし可愛らしかった。
「かぼちゃの大行進だ!」「すごーい!」「どうやってるの?」
観衆からあがった疑問はもっともだ。
お化けカボチャやヒトダマくんは確かに友好的なゴーストだけど、ここまで嬉々として行進に加わるものだろうか。
答えは、その猫系獣人の後ろに続く人物にあった。
Illust:壱子みるく亭
シアナは縛眼の麗蛇姫。
悪魔である。
その髪は生きている蛇、隠されし顔の下にあるのは究極の魅惑にして危険な視線。
そして、外界と彼女の素顔を隔てるのは「魔法の紙袋」だ。
今は万闇節の仮装で巨大な釘が刺さった装飾を施している。
観衆の注目を受けた紙袋が笑って、ウインクした。
「ふふふっ。ボクの素顔?ライブに来たら見せてあげるね~♪」
赤きブラント月の下、その指は指揮者のように優雅にひらめいて死霊たちをくるくると踊らせ、その歌声は聞く者の心を打った。陽気に力強く、でもなぜかほんの少しもの悲しく。
「はーい、みんな!お祭りは楽しんだもの勝ちだよ。オバケくんたちと一緒に踊りましょ~!生きてる人もそうでない人もクレイの人も、異星の人でもみんな仲良し!」
掛け声の一番最後に挙げられたカテゴリーにこの場で気がついたのは、かぼちゃの大行進を仕掛けたもう一人、テレテウスだけだったかもしれない。シアナとは先頃終わった龍樹侵攻についても話す機会が多かったのだ。
彼女の外見──シアナは、多種多様な生徒が集まるこの学園でも特に変わった出で立ちなので──と呼びかけに観衆は一瞬きょとんとしたが、すぐに街路中の人が幽霊たちと混じってステップを踏み出した。
今夜は万闇節の最終日。
街路はパレード、夕空には花火。どこからか流れ出す音楽。
確かに、お祭りは楽しんだもの勝ち。紙袋を被った悪魔の指揮者と猫系獣人に率いられたパレードに参加してオバケとダンス、なんてこんな日でなければできない体験だ。
でも、なんだかちょっと悪魔に化かされたような気もするけれど……。
さて、ここで時間の針は早朝まで戻される。
──リリカルモナステリオ学園、まだ誰もいないダンススタジオ。
Illust:壱子みるく亭
「よーし!今日もはりきっていきましょ~!」
シアナは気合いを入れた。いま紙袋の顔は☆odになっている。朝からハイテンション。
準備運動はばっちりと!ぶんぶん振り回される腕を避けようと蛇たちが右往左往する。
悪魔シアナの髪は蛇である。
正しく言うと「シアナの髪は生きた蛇と矛盾なく渾然一体となっている」のだが、実際どういう構造になっているのか、毎日のお手入れは大変ではないのか等、さまざまな疑問の答えはシアナ本人のみぞ知る。
「おっはよー!早いね、シアナ!」
Illust:mado*pen
レッスン室のドアからジュノが顔を出した。
縛眼の麗蛇姫シアナの紙袋顔を見た者の反応は2つに分かれる。
一つはぎょっとして以後、おそるおそる接触してくるタイプ。ほとんどの人がこれだ。
表情がくるくる変わる紙袋を被った悪魔に会った者としてはごく正常な反応だろう。ちなみに紙袋に驚きこそすれ、他人の容姿を笑うような生徒はリリカルモナステリオには一人もいない。世界最高のアイドル養成所なのだ。まず相手の(時に強烈な)個性を認め合うところがスタートラインである。
もう一つは“全然気にしない”タイプ。
入学した当日の寮部屋、初対面でいきなり「キミの被りもの、最高じゃん!」と声をかけてくれた人間、心友ラフィッシュランナー ジュノのような女の子との出会いが、シアナにこの学園に来て心底良かったと思わせてくれる。
「ライブ、楽しみにしてるよっ。はい、これプレゼント!」
とルポワが、特製の杖を満載したカボチャバッグを抱えて現れた。
Illust:蓮深ふみ
ワンダフル・ワンド ルポワ。作り出す杖は振ればくるくる廻り不思議に輝く一級品、アイドルとしてはもちろん、工芸職人としても将来を嘱望される手先器用なネズ耳系アイドルである。
「ありがと!がんばるよっ、ボク」
準備運動はいよいよ入念に、髪の蛇たちはますます絡まないように忙しくなった。
ジュノとルポワは顔を見合わせてにっこり笑った。
シアナの紙袋で距離を置きたがる人は損をしている。この少女がひたむきな努力家で、一緒にいて楽しい、またそうして人の気分を明るくすることが大好きな“いい悪魔”だと知らないからだ。なおシアナは同期では一、二を争う優等生でもある。
「もう衣装、選んだんだよね」「トリだもん。きっと素敵なドレスでしょ」
人間とネズミ系獣人の問いに、紙袋系悪魔アイドルはぴんと張った空中姿勢から突如崩れ落ちた。
「そ、それがまだ……」
えー?!ウォーミングアップどころじゃないじゃん!
「まだ難航しておりまして……」
床を指でにじにじするシアナの紙袋は悲しげな表情。蛇たちも悲しげに嘆息をついた。
この少し前の寮部屋。
ジュノが朝食に出た後、衣装部が用意した山ほどのそれを前に、悪魔と蛇たちの話し合いは長引いていた。
「む~。キミたちは、どれが良いと思う?」
世界最大のアイドル学園であるリリカルモナステリオはその性質上、舞台演出や衣装についても世界一の質を誇る。つまり自分のステージ衣装についての選択肢の幅も、世界一広いということだ。
もちろんスタイリストもいるし演出の意見も聞ける。
だが学園は自分で選ぶことを強く推奨している。悩むこと、それ自体が学びの機会であり自分を高めるチャンスなのだと。
「まー、そうなんだけどねー」とシアナ。蛇たちも頷く。
気に入らないのではない。その逆だ。世界一のステージ衣装、デザイナーの手によるものである。どれも魅力的で見れば見るほど目移りしてしまうのだ。
Illust:壱子みるく亭
やはり小悪魔系か。いっそ堕天使のイメージで弾けてみるのも良いか。
悩んで決めきれぬうちに、朝のルーティン(ダンスレッスン)の時間が来たのである。
ここで話はレッスン室に戻る。
「じゃごはんも食べてないの?!」「朝のうちに食べとかないと!」
「でも……食べようと思ってもノドを通らないしぃ」と床にへたり込むシアナ。
もう!
神経細やかな──それがこの娘の良い所でもあるけれど──悪魔に、ジュノとルポワが頬を膨らませていると、ちょうどレッスン室に入ってきたノールチェとテレテウスが「何ごと?」と首を傾げた。
──昼。リリカルモナステリオ学園、中庭。
「いや~、この時期のアイスは最高だね~」
いま紙袋は^_^。笑顔だ。降り注ぐ秋の陽差しが、鮮やかな木漏れ日の模様を描いている。
Illust:壱子みるく亭
「あのさ。シアナって、いつも一生懸命だよね~」
とノールチェ。おっとり屋のエルフはシアナの友だちの中でも飛び抜けて人脈に秀でている。長寿の種族なので仲間内では姉的に頼られる事が多く、今回も“シアナが食べられないのに張り切りすぎてぶっ倒れそう”と聞いて、中庭の屋台アイスに誘ったのだ。お腹が膨らめば自分を見つめる余裕も出てくるというものだから。
Illust:つるぎ輝
「そうそう。たまには肩の力抜かなきゃ」
猫系獣人テレテウスは2人と同時に買ったアイスを、もう平らげてしまっている。仲間と騒ぐこと目立つことが好き、というと問題視されそうだが、甘える猫のように愛らしいテレテウスの笑顔を見ると大抵の者が──教師でさえも──叱る気力を失ってしまう。
「でもデビューが万闇節のトリだなんて……重すぎだよ、ボクには。この紙袋もあるしさ、ボクなんて目立たないほうが……」
とアイスの棒をいじるシアナ。
だーかーらー、とエルフと獣人は紙袋の悪魔の両脇に寄り添う。
「違うよ、シアナ。飛び抜けた才能があるから全ステージの最後なんだって」
ずーん。
「紙袋って言えば、例の大仕掛けもあるんでしょ。あたしも今からワクワクだよ!」
ずずーん。
シアナがますます重い物を背負っていくのを見て、ノールチェが悪魔の肩を叩いた。
「よし、じゃあ宣伝しよう!」「えっ?!」
「パレードしよう!ぱーっと弾けなきゃ!」「ええっ?!」
本領を発揮できそうな予感に、テレテウスの顔も輝いた。
「みんなの注目を浴びてから」「自信をもってステージに上がればいいんだよ」と2人。
シアナはまだ不安げな様子だった。特製紙袋(巨大ネジ付)を被った悪魔のドラムメジャーによるオバケの行進が、万闇節のリリカルモナステリオの町でどんな反応を巻き起こすのか。パニックは起きないだろうか。
それがまったくの杞憂だったことは、このすぐ後に証明されたのだった。
──リリカルモナステリオ、賢者の塔。メインステージ。
湧きあがる歓声が、夜の闇をより濃く、柔らかなものにする。
今宵、万闇節後期、祭りすべての最後を飾る特別ステージを彩るのは、
縛眼の麗蛇姫 シアナ!
……。
コールにも関わらず、舞台はまだ薄闇の状態だ。
『ボクは小さい頃から、他人の顔が見られない子でした』
ステージのセンターに人影が立つ。
『ちょっと変わってたしね。……ねぇ邪眼って知ってる?見た相手が石に変わっちゃうの』
客席は静かだ。頑張り屋さんのシアナは本人が思っているより知名度もあったし、応援している生徒たちも多い。だからこれは好意的な沈黙だった。
『リリカルモナステリオのいい所って、どんな人でもアイドルになる夢を与えてくれる事。外の世界だとちょっと距離を置かれちゃうこんなボクでも受けいれてくれる。それと今日のライブ、このドレスも曲目も友だちが一緒に選んでくれました。みんな、大好きだよ』
シアナーっ!頑張れーっ!
一人二人、いや会場のあちこちから歓声があがり始めた。
『……ありがと……』
悪魔は薄闇の中でちょっと声を詰まらせ、気を取り直した。ボクは祭りのトリなのだ。それが感極まったものでもパフォーマーに涙は似合わないだろう。
『ってことで、縛眼の麗蛇姫、デビュー!!!』
ぱっと照明が上がると、観客は息を呑んだ。
Illust:壱子みるく亭
そこには同期トップと言われる悪魔アイドル、シアナの姿があった。
まったくの素顔で。
観客の中には思わず目を覆った者もいただろう。でもそれはシアナの次の一言で安堵に変わった。
「驚いた?でも大丈夫。ほら見て!目が合っても石にならないでしょ」
シアナの紙袋は取り払われ、そこには金色の目を光らせた美しい少女が立っていた。この日のために用意された特殊なスクリーンに守られて。
「『鏡の盾』!ボクのために造られた透明な壁。これを作ってくれた人、準備してくれたスタッフ、今日来てくれたみんな、そしてジュノ!ルポワ!ノールチェ!テレテウス!……すべての人に感謝しますっ!」
シアナは天を指した。その先に辿り着く場所がある。それがアイドルの頂点だ。
「さぁ行くよ、みんなっ!あの頂点まで!」
歓声が弾け降り注いだ。
昨日までのアイドルの卵、今日からアイドルの悪魔、素顔の縛眼の麗蛇姫シアナに。
了
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《今回の一口用語メモ》
邪眼とアイドル
目が合った相手を石と化す。それが「邪眼」だ。
生物を石に変える力をもつ故に恐れられる邪眼だが、その持ち主がアイドル志望だった場合、何らかの制限を設けないと、他者との共同生活が成立しなくなる。ましてリリカルモナステリオは全寮制、しかもいわゆるマンモス校である。間違いがあると被害が大きくなる。
そこで縛眼の麗蛇姫シアナは、視線とその力を遮る「シアナの紙袋」を被るようになった。
その効果などは本篇に詳しいが、この紙袋自体も何らかの魔法の産物らしく、被っているシアナ側の五感を遮ることはない。それどころかダンスレッスンなどの激しい動きや歌唱などの授業も着けたまま臨み(声がこもる事もなく)シアナは好成績を収めている。なお、さすがに飲食時には紙袋をずらして口に運ぶようだ。
そしてこうしたシアナの邪眼にとっての希望が、実は“映像”である。
邪眼を撮った映像を見ても、視聴者が石化することはない。つまり配信やポスターなどで顔を出すことはできる。
だが邪眼をもったアイドルが活動する時、もっとも悩ましい点がライブだ。
対面にならざるを得ないライブ会場の観衆と会場スタッフはどうするか。素のままでは全員石化は避けられない。紙袋を被ったままパフォーマンスする特異なアイドルという手も無くはなかっただろう。デビューに当たって本人、演出、宣伝・広報らスタッフからも様々な可能性が検討された結果、ひとつの解決法が出された。
それがリリカルモナステリオ学園とブラントゲートが共同開発したのが対邪眼シールド「鏡の盾」である。
「鏡の盾」はステージの可動範囲すべてを覆う透明なテントのようなもので、特殊なフィルター効果を持つ。つまり観客からはシアナが見え/シアナからも観客が見えるが、シアナの石化視線は客席や舞台スタッフに届くことはない。この透明テント技術が(特殊フィルター機能以外は)極地でのライブ時にパフォーマーを守るものとして既に実用化されていたのも幸いし、開発は見事に成功した。
リリカルモナステリオは水棲生物である人魚のステージには巨大水球を、巨人族には特大サイズの寮部屋、またサイバロイドには機器メンテナンス室を、とそれぞれに対応した受け入れ態勢と衣食住環境を整えている。多種族多言語多様性は、芸能と平和を愛するリリカルモナステリオ学園の理念のひとつでもある。こうしたサポートとなにより本人の努力・研鑽によって「邪眼アイドル」が成立するのだ。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡