ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
124 「ブリッツチーフメカニック バートン」
ブラントゲート
種族 スペースドラゴン
Illust:西木あれく
「分からねェことはオレに聞け。それがお前さんの最初の仕事だ」「はいっ!」
バートン“親父”は、緊張そのものの様子で答える新人整備士にひとつ頷いてみせると、羽ばたいて上に出て格納庫全体を見渡した。そのひと睨みで緩みかけていた現場の空気がピシッと締まる。
ブラントゲート国中央ドーム近郊。
ブリッツ・インダストリー本社工場。
広大な敷地を誇るここは、世界最高の工業会社ブリッツ・インダストリーの心臓部である。
その工場の真ん中を、1人と1頭が連れだって歩いている。
1頭とは制帽に完全装備のボディアーマー、警棒を口にくわえた精悍なハイビースト。
ブリッツチェイサー ラウフェン。
侵入者をしつこく、執拗に、粘り強く追尾するプロのガードドッグである。ちなみに見るからに強面な彼だが、実は本社見学に来る子供たちにはデレデレであり、ツアーの最後に催される「みんなでラウフェンさんを触ろうコーナー」ではチビッ子に揉みくちゃにされても抵抗しないという一面も持っている。
Illust:ゆずしお
もう1人の人間。……だが、この会社に限らず、ブラントゲート国で彼の名を知らぬ者などいるのだろうか。ブリッツ・インダストリーCEO、国や種族の垣根を超えて惑星クレイ世界で暴れ続ける男、ヴェルストラである。
「よっ!」
ヴェルストラが目的の人物を見つけて手を上げると、それまでぴたりと脇について警戒していた犬型ハイビースト ラウフェンは静かに一礼して踵を返した。一方のヴェルストラも、この任務に忠実なガードドッグに「ご苦労さん」とサムズアップしてウインクするのを忘れない。ヴェルストラCEOはブリッツ全社員のリストが頭に入っているのでは無いかというのも、あながち都市伝説ではないのかもしれないと思わせる親し気な仕草である。
羽音とともに飛来したスペースドラゴンにヴェルストラは呼びかけた。
「ジャマするぜ、親父っさん」
「その呼び方はやめてくれ」
ブリッツチーフメカニック バートンは真面目な顔で言った。ヴェルストラという男にはどうもこのセリフが常につきまとうらしい。
Illust:西木あれく
「工場はどんな感じ?」
「あぁ。問題ない」
気心の知れた仲というのは逆に掛け合う言葉が少なくなるものなのかもしれない。
研究棟へ続く廊下を歩きながら、CEOとメカニックチーフの会話はたったこれだけだった。
とはいえ、悠然と歩むCEOヴェルストラは見かけほど暇だったわけではない。イヤフォンにはひっきりなしに各所からの報告や相談が飛び込んでくるし、ボディスーツと一体になっているスマートデバイスは、その気になればこの場であらゆるレベルのリモートVR社内/社外会議を始めることも可能だ。
だがヴェルストラは山と積まれた案件に対して結局、次の言葉だけを残して研究棟のセキュリティーを通過することにした。
「いいや、クレイヴ。変形機能は必ず入れろ。お客が欲しがらないから、じゃない。欲しいと思わせるのがお前の仕事だ。頼んだぜ!」
ちなみにクレイヴとはブリッツ販売部門の敏腕社員の名だ。そしてこの時、これまでむっつりと歩いていたチーフメカニック バートンがにやりと笑ったのをヴェルストラは知らない。互いにプロとして要求し、信頼し、任せて高め合う。これがブリッツ・インダストリーの流儀なのだ。
Illust:西木あれく
「あぁ。強化服ね。できてますよ」
まるで力みが無いブリッツ技術研究員の返答に、ヴェルストラは文字通り躍り上がり、続くユーバの次の一言で床に倒れ伏した。
「ただ実戦で使うには重すぎるので、ボツ」
「はぁぁぁぁ!?これだけ手間暇をかけたのにッ?!」
ブリッツ・インダストリーCEOの叫びと表情には、期待いっぱいで購入した玩具がつまらなかった少年ほどの切実な絶望に満ちていた(敏腕経営者ヴェルストラがビジネスの現場でこれほど感情を露わにすることは珍しい)。
「機械科学と人間工学で実現するにはあれが限界。ウチの開発総掛かりでダメなんですよ。諦めてください」
「武装も山盛りそれでいて最速のエンジン積んでデザインもシャープにと、あんたの要求が高すぎるんだ。しかもケテルの騎士がライバルではなぁ」
すがるようなヴェルストラの視線に、メカニック バートンも肩をすくめて続けた。
「特にあのユースベルクの反抗励起。なんだありゃ。バケモンか」
「ユナイテッドサンクチュアリから続くお家芸。神聖科学と魔法の融合、さらには何やら謎の古代技術の合わせ技のようですからねぇ、アレは」
ユーバは他人事のように言って、くるりとホワイトボードの数式に向き直った。
もう関心が失せたのだろう。常人が一生かかっても追いつけない能力を授かっている代わりに、辿り着いた後のことにはほとんど関心も執着もない。天才によく見られる傾向である。
「頼むよ、そこを何とか!このとおり!」
と2人に手を合わせるヴェルストラ。この仕草はドラゴンエンパイアの東洋などで見られるものだが、頼みごとの反射的な動作として出るあたり、CEOはあの竜の帝国とも深い付き合いがあるのだろうか。
「んー」とブリッツ技術研究員ユーバは首を傾げ、
「そう言われてもなぁ」とブリッツチーフメカニック バートンも腕を組む。
『ふひひ、僕にひとつアイデアがありますよ~』
その時、不気味な声がユーバの研究室に響き渡った。
ヴェルストラ──全社員を把握しているはずの──が悪のアジトで閉じ込められたヒーローの如く、身構えて視線を周囲に放つ。
「今日入った新入りです。データベースにはただ今登録中。……ギード、CEOだよ。ご挨拶して」
とユーバ。その指差す先、散らかった研究室の隅には、膝を抱えて丸くなった少年が一同に目を見開いていた。
Illust:紺藤ココン
「いま、アイデアがあるって言ったか」「That's right(そうだよ)」
とヴェルストラ。自己紹介も挨拶もすっ飛ばしていきなり本題。タメ口を気にも留めないのがブリッツ流だ。
「デザインとは過去に学び未来へ飛び越えるものだ、CEO。あんたはそこが解っていない」
「デザイナーなんです。兵装部門の。切れますよ、この子は」
目で問うヴェルストラにユーバは肩をすくめて答える。CEOは促した。
「続けてくれ」
「スペースドラゴンのおじさんの言うとおり、バトロイド相手に無双しようって言うならともかく、ケテルの騎士やあの龍樹、天輪みたいな存在と競おうとするなら、科学でも魔法でも無いもっと強い力が必要となる。もちろんそれに合ったデザインもね~」
ギードは、手に持ったデルタ翼戦闘機の模型を飛ばす仕草を繰り返しながら言った。誰も笑わない。ここはブリッツ・インダストリーである。もっと変わった技術研究員が山ほどいる。
「それは運命力だな」「That's correct(当たり)」
ヴェルストラは真顔、ギードはにやにや笑っていた。
「だがブリッツ・インダストリーには運命力の研究室は無いぞ。どうする」
「お金くださ~い。それもたくさん」
ギードは軽い口調で重い提言をした。
「バートン、ユーバ、ストラーザは元々あんたの直属でしょ。“運命力導入プロジェクトチーム”を組む。メカニック、エンジニア、プログラマーに僕のデザイン。そしてあんたのアイデアを合わせてゼロから世界最強装備を開発する」
「それでお前は?」
「僕は裏方でいい。役職とか着いちゃったら好きなデザインだけやってられないからね。欲しいのは狭い部屋と最新の端末、それだけ」
「気に入った」
ヴェルストラは頷くと、直属2人に向き直った。いつの間にか手首のデバイスで操作を終えている。
「ストラーザはもう呼んだ。何か欲しいものは」
「人手を」とバートン。
「開発機材も」とユーバ。
「あとは素材ですよ」
ドアがスライドすると、ブリッツプログラマー ストラーザがやれやれと首を振りながら現れた。
「運命力の特質を、僕らはまるで知らないんですからね。CEOもちゃんと勉強してくださいよ」
ストラーザのセリフを受けてバートンとユーバも喋り出す。ギードはまたふひひ、と笑った。
「その素材だが、虹の魔竜から魔石でも買い取るか?」
「ダークステイツの秘宝、いまやケテルサンクチュアリ騎士団の至宝ですよ。売ってはくれないでしょうねぇ」
「よーし。お前ら全員昇格な!いまこの瞬間から、ブリッツ運命力導入プロジェクトチーム発足だ!!」
ヴェルストラは皆の意見が耳に入っているのかいないのか、一人で盛り上がっている。
「いや、オレはもう昇格してる。チーフのままでいい。理由はそこのガキと同じだ」
整備職人らしいバートンのコメントに、ヴェルストラは「じゃあ昇給な」と頷いて手首のデバイスを一押しする。これでCEOの決定とチーム結成は即時、全社に通達された。相談無く要求された予算に経理部長ゾルディオの悲鳴が社内で聞こえたようだが、おそらく気のせいであろう。
「よぉし!みんなでリノちゃんを……いや、世界を魅了してやろうぜ!」
「あのー、CEO」
ユーバが手を上げる、とすっかりやる気が復活して拳を握りしめていたヴェルストラが振り返る。
「なんだ?」「ボツったあのドデカい強化服ですが、どうしますか」
ヴェルストラは少し考えて思いついたらしく、あぁ!と破顔した。
「本社前の銅像に装着しておけよ。格好いいオレの強化服姿に、リノちゃんきっと惚れ直すに違いないぜ」
外は冬のブリザードが吹き荒れる南極大陸の荒野。
ブラントゲートの本社工場にCEOの気炎は高まるばかり。
そしてやがて襲い来る難題──機械工学と運命力学の混合による装備開発──を前にメカニックは顔をしかめ、エンジニアは肩をすくめ、プログラマーは黙々と端末部屋へと戻り、そして新人デザイナーは膝を抱えたまま期待に満ちた笑みを浮かべたのだった。
了
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《今回の一口用語メモ》
ブリッツメカニック チーム
世界最大の工業会社ブリッツ・インダストリーは、惑星クレイ中から俊英が集うことでも知られている。
企画、開発、製造、運輸、販売・経理、宣伝・広報、防衛・警備。そして修理・補償。
いずれにもCEOヴェルストラが関わっているのがブリッツ・インダストリー最大の特徴だ。
そしてそのブリッツ社の中でも、開発と並ぶ柱と呼ばれるのが「製造」部門。
“人が想像できるもので創造できないものは無い”と豪語する、ブリッツメカニック チームである。
ブリッツ・インダストリーの製品は……
①高品質と充実のアフターサービス
②ユニークな特徴(何かしら余計な機能が付いている、等)
で知られるが、これは企画や開発がいくら優れたアイデアを出したとしても、実際に使える製品として手にとれなければ意味が無い。
さらにブリッツ社のモットーである「犬小屋から軌道エレベーターまで」にもあるように、その製品は宇宙ステーションや飛行空母から家庭用品、スマートフォン、ナノマシンなど多岐にわたる。
当然、最高度の人材がそろっていないと製品とその質を維持することはできない。
ブリッツメカニック チームは、同社の製造と整備・修理を担当するスタッフの総称だ。
ブラントゲートのドーム都市や各地のブリッツ支社に配属された人員は(既にその時点で優秀なエンジニアがほとんどなのにも関わらず)、惑星クレイ最高の育成プログラムで鍛えられる。
研修を体験したもののほとんどが口を揃える感想が「常識が覆された」というもの。
確かに通常の考え方では、ノヴァ・グラップルで破壊された機体や戦艦、会場がもう次の日には完璧に直されているなど、常識外れ以外の何ものでもないだろう。ともあれ、厳しくも充実した研修期間が終わり現場に入った彼らは、もう世界に冠たるブリッツメカニックとなっているのだ。
ブリッツ・インダストリー本社工場勤務、ブリッツチーフメカニック バートンは整備士として入社。現場叩き上げのベテランであり、部下からは“親父”、“親父っさん”と呼ばれ※註.同氏はスペースドラゴンとしてはまだ若いほうである※、恐れられつつ慕われている。
またバートンは、ヴェルストラが相手でも「言いたいことは言う」立場を貫く頑固者であり、現場の意見や現状をCEOに直接伝えるパイプ役も担っている。
ブリッツメカニック バートン、ブリッツプログラマー ストラーザ、ブリッツ技術研究員 ユーバ、については
→世界観/ライドライン解説 清蔵タイゾウ
を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡