ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
131 運命大戦第6話「標の運命者ヴェルストラ “ブリッツ・アームズ”」
ブラントゲート
種族 ヒューマン
果てしなく広がるドラゴニア海の大海原。
巨大空母の飛行甲板上にガラス張りの球技場があった。
バ!バ!バムッ!!
密室にゴムボールが弾ける音は、思っているよりも激しいものだ。
「おっと!」
右壁から正面壁、そして左壁とめまぐるしく飛んだスカッシュ球は、ヴェルストラが豪快にブン回したラケットに当たって天井にぶつかった。
「OUT」
審判席のバヴサーガラが重々しく告げると
「10-ALL: A PLAYER MUST WIN BY TWO POINTS」
その横に浮かんでいるトリクムーンは感情の無い平板な口調で、試合がタイブレイクに突入したことを知らせた。
「やりますわね。そんな扮装で」
ラケットを構え直したクリスレインは、敵手の身体にまとわりつくマントを冷たく見つめた。もっとも、そういう彼女の服装も(今は2本足で立つ姿を取っているものの)、ステージ衣装と思われる複雑な色合いと装飾がついたドレスである。ラケット競技の中でも特に激しい運動を要求されるスカッシュに興じる姿としては、どちらもふさわしいとは言い難いだろうが、注目すべきはこれほどの衣装を背負って打ち合っても互いに息もほとんど乱れていない点だ。
「そちらもね。万化の運命者さん」
ヴェルストラ──スカッシュコートとこの船のオーナー、ブリッツ・インダストリーCEO──はニヤリと笑った。こちらも疲労の色はわずかだ。いつもより幾分ジェントルな言い回しは、相手への敬意の表れらしい。
「強襲飛翔母艦に親友はいつでも歓迎。ミステリアスな美女も大歓迎。な、バヴサーガラ?」
よそ行きの振る舞いは数秒と持たなかった。
背後に首だけで振り向いてウインクするヴェルストラに、2対の冷たい視線──言うまでもなくこれは封焔の巫女バヴサーガラと絶望の精霊トリクムーンである──だけが応えた。が、こんな程度のジト目にひるむはずもない。ヴェルストラという男は、断じて。(あるいはそもそも気がついていないだけかもしれないが……)
「頑張れぇ~、クリスレインさまぁ!」
「このまま一気に行きましょう!」
「勝ってください!私たちリリカルモナステリオのためにも!」
観覧席に控えた人魚3人、天然派ユルシュール、元気印のティファイン、勝ち気なミュゼットが拍手と歓声を送る。パフォーマーとしても伝説の歌姫としても今絶賛リバイバル中のアイドルユニットのリーダーとしても、3人にとってクリスレインは遙か高見に位置し心酔する、神格にも比すべき存在である。
「「PLAY」」
バヴサーガラとトリクムーンはミリ秒の誤差もなく、ユニゾンで発声してプレイ再開を促した。
サーブは導きの塔の主クリスレイン。ゴム球が強く強く握りしめられる。
運命を賭けたゲームは今、クライマックスに差し掛かっていた。
Illust:すぐり
Illust:みよしの
Illust:柚希きひろ
惑星クレイでは海同様、空の航路も右優先である。
よって、その針路の先に空飛ぶ巨鯨が厚い雲の中から雄大な姿をぬっと現した時、強襲飛翔母艦リューベツァールのオーナー、ブリッツCEO ヴェルストラの反応は迷わず、早かった。
「面舵!」
回る舵輪の勢いのままに、巨艦の舳先がぎゅん!と右に転じた。
クルーへの警告もない緊急回避だ。
……とはいえ、操舵手から飛行甲板要員まで気が向けばなんでもやってしまうヴェルストラのこと、巨大空母が突然空飛ぶバイクみたいな機動運動をおっ始めるなど日常茶飯事なので、いまさら慌てる者などいなかったが。
「おうおうおう!そこなでっかいクジラさんよぉ!ドラゴニア海の空は天下の往来とはいえ、どこに目ぇつけてやんでぇ!気をつけろぃ!」
通信の全帯域にヴェルストラの怒鳴り声が轟いた。
ちなみに急にガラが悪い口調となってしまったのは、先に遺跡発掘で世話になった重力使いの傭兵と意気投合し、ダークステイツ東部の酒場で朝まで痛飲して一時的に伝染したものらしい。
『停船されたし。当方と通信せよ』
ブリッツ・インダストリーCEOの怒号に応えたのは、素っ気ない国際信号旗のメッセージだった。クジラの頭のすぐ後ろに建てられた塔から、ご丁寧に大きすぎるほどの旗がなびいている。
「停まれ、話がしたいと行ってますが、CEO」
旗の意味を読み取ったヤクトの声が艦橋に届いた。いまは甲板の哨戒ヘリのコクピットにいるブリッツパイロット ヤクトはいつでも出撃可能である。
Illust:I☆LA
「フン!いっそ海賊旗でもあげたらいいんだ」
「CEO、そのやたら相手を挑発する癖は直したほうが良いって、ペルフェさんも言ってましたよ」
とブリッツカスタマーサポート クルディが、では“承知”と返信しますと返事をした後に付け加えた。
本社勤務の彼女がいまブリッジにいるのには、クルディが無線通信士の免許も持つ才媛と言うだけでなく、本来の仕事として、行く先々で騒動を巻き起こすヴェルストラとリューベツァールのサポート役として秘書ペルフェが同行させたという経緯がある。
Illust:つくねね
「こういうケンカはスパッと売って買ったほうがいい。後腐れがないからさ」とヴェルストラ。
「もう!ブルースさんみたいなこと言わないでください」
すぐ影響されるんだから、と獣人のカスタマーサポートは頬を膨らませつつ、両艦のランデブー針路を共有させるべく、回線確保の要請をリリカルモナステリオ導きの塔へと打信した。お客様の感情を読み取り、その意図にできる限り寄り添うのは、カスタマーサポートの腕の見せ所である。
こうしてリリカルモナステリオの空飛ぶクジラと強襲飛翔母艦リューベツァールが接触したのは、冒頭の2時間前のこと。ヴェルストラが送った連絡艇に乗った、導きの塔の主クリスレインとアイドルユニットメンバー3人(ユルシュール、ティファイン、ミュゼット)と後2人を迎えた艦内大会議室では、さらに一悶着あった。
「おぉっ!バヴサーガラじゃーん!また会えるとはまじラッキー!」
ヴェルストラは客人の中に見慣れた姿を見つけると挨拶も忘れて、躍り上がった。ブリッツのスタッフとしては唯一立ち合いを許された良識派クルディが、止める間もあればこそである。
もちろんクルディだけでなく、ヴェルストラ以外の全員が呆れるか、いわゆるジト目で彼を見守っている。
「もー、せっかくゆったり休んでもらおうと思ったらすぐ姿消しちゃうしさぁ。タリスマンも」
トリクムーンが無表情のまま手を上げた。どうやら謝意の表明らしい。
ヴェルストラは龍樹侵攻で八面六臂の大活躍を見せたバヴサーガラに心身とも休養してもらうべく、強引に別荘に誘い、衣食住完璧なサポートを用意して好きなだけ自由に使っていいと貸し与えたのだったが、この封焔の2人は1旬と休んでいられなかったらしい。
「その件では大変世話になった。急ぎ動き出す必要があった故、礼も言えずに済まない」とバヴサーガラ。
いいんだよ、親友なんだしと笑み崩れるヴェルストラに、たまりかねてリリカルモナステリオの人魚3人娘が咳払いする。
「ン・ンン!」
「おっと、これは失礼。このような素敵な方々をお迎えするのは我がリューベツァールに過ぎた光栄」
マントを優雅にさばきながら頭を垂れる様子、それはブラントゲート最大最高の工業会社の主らしく堂に入ったものである。
「ごきげんよう、クリスレイン様。リリカルモナステリオの方々。しかしながら……」
それでも一言いわずにはいられないのがヴェルストラという男である。
「人様の船の鼻先にクジラごと突っ込んでくるとは、愛と平和を世界に広めるというアイドル学園リリカルモナステリオ導きの塔の主クリスレインとしては信じられぬ所業」
トリクムーンの無表情がほんの少し動いた様に見えたのは、他の者と同じく、この無茶無理無謀でもってなるCEOがまともな話し方をする違和感に戸惑ったからだろうか。
「いかなるご意思の表れか。お聞かせいただきたい」
言い訳があるなら聞いてやるぜ、さっさと話せよという所。おちゃらけた普段とビジネスの顔との使い分けは鮮やかなほどである。
「ひとつお願いがあってきました」とクリスレインが口を開いた。
「うわぁ。その声は卑怯~っ」
戯けて耳を塞ぐ仕草をするヴェルストラ。海のように深く魅惑的な声がもつ力は、あのバヴサーガラでさえ、その響きを堪能するように束の間、心地よさげに目を細めたくらいである。
「とはいっても聞かずにはいられないよな。さて、話し合いだがどのレベルでいく?」「きわめて率直に。我々には時間がありませんので」「あ、そう。腹割った感じでいいのねん」
2人はどうやら初対面ではないようだが、いきなり会話が通じている所をみると、惑星クレイに冠たる大企業の主と学園都市の導き手というものは、意外と似た素養が必要とされる立場なのかもしれない。
Illust:ひと和
「じゃ、とりあえずまぁお座りになって。歌姫様」
「ヴェルストラ殿、あなたが旧ダークゾーン領で拾ったものを捨ててほしい」
クリスレインはヴェルストラの誘いに乗らず、ずばりと用件を伝えた。
沈黙。
ヴェルストラは席を指して手を差し伸べたまま、その動きを止めていた。この場にいる者すべてもまた。
「運命力を使った武器とやらの野望もまた諦めてほしい」
「全部お見通しってワケね。どうやって?」
「ワイズキューブというものがある。それは大賢者ストイケイア様の遺した宝具。ケテルサンクチュアリにケテルエンジンが在ったように、偉大なる賢者ストイケイアを崇める我らにとって智慧と叡智の結晶であり、運命力とそれを取り巻く流れを監視する最後にして最高の手段なのです」
クリスレインの言葉は今日一番に重く、荘厳なものだった。
「そりゃ国家最高機密だろうに、今話すかね。……なるほど、これが礼か」
「あなたは“知りたい人”だから、ヴェルストラ」
「確かに。なんであの大自然と学者と海軍と動物と虫(※註.メガコロニーのインセクトのことらしい※)の国が、こうまで運命力に介入できるのか、昔っから疑問だった」
だが、とここでヴェルストラはゆらりと動いた。
バヴサーガラとトリクムーンが反応する。
小国に相当すると怖れられる軍事力を駆使する武将にして魔力の使い手バヴサーガラは言うに及ばず、小柄な精霊トリクムーンもまた、龍樹侵攻の際にヴェルロードの変化形態を身につけた、きわめて高い戦闘力の持ち主である。諍いを鎮圧するのは造作も無い。その相手が普通の人間と人魚ならば、だが。
それを見て、ヴェルストラはにやりと笑った。
「ははぁ。これには封焔も一枚噛んでるのか。そうだろう?」
「私はあくまで運命力の均衡を監視し支える調停者としてだが。そうだ」
バヴサーガラは頷いて続けた。
「強すぎる力はそれを持つものにもまた強さを求めるものだ」
封焔の巫女の言葉はある者の口から発せられたものと同じだった。その名を奇跡の運命者レザエルという。
「ヴェルストラ、汝は掴んだそれを手放したくはないのだろう。だが我が友クリスレインは捨てさせたい」
「白黒つける必要があるよな」
ヴェルストラはもうリラックスしていた。火薬庫の前で一服するくらいの度胸がなければ、大工業会社の主などやっていられるものではない。
「それはどのようにして」
クリスレインは杖でCEOを指した。挑戦である。
その問いに口を開いたのは意外な人物だった。
「僕に考えがある」
一同の注目を浴びた絶望の精霊トリクムーンは、視線を会議室の壁一面に張り巡らされた艦内モニターに向けていた。そこには戦艦のようでいて、娯楽と主の趣味に満ちた設備をもつ空母リューベツァールで繰り広げられる、ある光景が流されていた。
──ここで話は冒頭に戻る。
タイブレイクは白熱していた。
「スカッシュとはな」バヴサーガラは目線をコートから離さずに言った。
「スカッシュだよね」トリクムーンもまた猛烈なスピードで跳ね回るボールから目を離さずに答えた。
「この空母に設備があって、男女の体力差が影響しづらく、消耗が激しい。好都合だった」
「確かに。本気で激突して勝負を決するものなら、なんでも良いのかもしれぬ。龍樹の時、将棋でセイクリッド・アルビオン攻防戦を繰り広げたバスティオンとゾルガ船長の話は聞いておろうが。まして運命者が関わる勝負となれば、その結果がもたらすものは見かけ通りのゲームの勝敗ではないはずだ」
「なるほど。つまりこれもリリカルモナステリオ導きの塔の主が言う『運命者の邂逅』なのか。もっとも……」
トリクムーンは肩をすくめた。
「どちらもあれほど上手いとは予想していなかった」
またサーブが始まった。
「伝説のアイドルと常時全力稼働のCEOだ。どちらも身体が資本。常人とは鍛え方が違う」
ようやく本気を出したと言うのだろうか。ガラスに囲まれたコートの中でクリスレインとヴェルストラのラリーは果てしもなく続き、双方ともいよいよ肩で息をしているように見える。一見、スポーツ勝負に見せたこの対決は惑星クレイの運命がかかっているのだ。
「しかし、わざわざ室内球技場を甲板に移動する意味が僕にはわからないけれど。これでは秘密の決着も何もあったものじゃない」
甲板上の白熱したゲームを見つめるトリクムーンの目は冷ややかだった。それに今度はバヴサーガラが肩をすくめた。
「秘密は隠そうとするほど人目をひくものだ。これを世間は、リリカルモナステリオ導きの塔の主クリスレインとブリッツ・インダストリーCEO ヴェルストラが遊んでいるようにしか見えぬだろうよ。いずれにせよ。承知してくれて良かった。我らとしてはどちらの側にも立てない微妙な均衡ゆえ。……む」
ヴェルストラが1ポイント先取した。リリカルモナステリオ3人娘の声が必死さを帯びる。なお、スコアラーとして参加しているブリッツカスタマーサポート クルディは、両親と共に伝説のアイドル クリスレインの熱狂的ファンだそうである。少なくとも甲板上にCEOの味方は誰もいなかった。
ワァ!
不意に歓声が弾けて、審判席の二人はコールした。決着は付いたのである。
「14-12 MATCH TO VERSTRA: TWO GAME TO ONE」
「負けました……運命力が選んだのはあなたなのね。ヴェルストラ」
ラケットを落とした導きの塔の主は、駆け寄ってくる人魚アイドル3人をガラス壁ごしに手で制した。
代わりに手を差し伸べたのは目の前のブリッツ・インダストリーCEOだった。
「ナイスゲーム。だけどなぜスカッシュ対決なんて受けた、クリスレイン」
ヴェルストラは真面目な顔で訊いた。
「歌対決でもダンス対決でも受けてやったのに」
これを伝説のアイドルに向かって言ってしまうのがヴェルストラという男だ。対するクリスレインは少し苦笑したようだった。
「それでは公平とはいえませんね。私にも生徒たちに見せたい姿というものがあるのです」
「勝負はややオレに有利だったがね。最近、右腕と反射速度を鍛えていてさ、スカッシュで。さ、手を取ってくれよ、戦友」
クリスレインの繊手がヴェルストラの逞しい腕にかかると、歌姫は優雅に起き上がった。
「ある人いわく『相手を知るに真剣勝負より優れた方法などない』そうです。あなたは……私の心配している人ではないのかもしれませんし、そうでないことを望みます。私は負け、運命力の流れが今あなたに傾いたのを感じている」
「負けを受け容れられるのもその人の器だよな。さすがは伝説のアイドル。人間が大きい」
「人々が求める限り、私はそれを与えたい。現役であり続けたいのです。永遠に変化・成長しながら」
「その生き方、尊敬する。……ちょっと失礼」
ヴェルストラの顔はまだ真面目なままだった。その左手があがって、腰から取り出した何かを耳に当てる。場違いだがそれは、貝殻で潮騒を聴くような仕草だった。
「あぁ、わかった」
ヴェルストラは左手のそれから何を聴いたのだろう。クリスレインに笑顔で頷くとガラスのコート場を出て、吹きっさらしの飛行甲板に真っ直ぐに立つ。
「バヴサーガラ!」「何か」
真面目な呼びかけに、封焔の巫女も真面目に返答した。
「ここから先はオレの好きにやらせてもらうぜ」
「クリスレインと我はこの先を恐れ、策を講じた。だが、汝は勝った。これも運命とあらば仕方あるまい」
ヴェルストラはにっこり笑って右腕を天に向かって突き上げた。続く呟きはヴェルストラだけにしか聞こえなかった。
「極大衛星兵器オイリアンテ、CEO権限発動」
再び張られたヴェルストラの声は2人のゲストと1人のスタッフ、いずれも美しい女性に向けたものだった。
「こうなったのはあんた達のせいじゃない。オレはこのオレを呼ぶ声に応えただけさ。……クルディ!」「は、はい!」
ちょうどスコアを付け終わったブリッツカスタマーサポートは飛び上がった。
「これからちょっと空けるから。ペルフェとみんなによろしく」「は?えっと……CEO?」
ヴェルストラは天を仰ぐと、もう他の何をも顧みなかった。
「さぁて掴みに行こうか。在るべき未来ってやつを」
空母の甲板上に、目に見えぬエネルギーが集まり、収束してゆく。
トリクムーンが身を乗り出した。
「ではあれがそうなのか?!」
バヴサーガラの答えにはなぜか満足感がにじんでいた。
「そう。恐らくあれだ」
突如、稲妻のように爆発的な光がリューベツァールとそこに集った人々を照らした。
天に向かって伸びる光柱。
そしてもう一度、閃光が弾けた時、ヴェルストラの姿はどこにも無かった。
人外の視力を持つ者には見えただろうか。
粒子と化したヴェルストラの姿が天に向かって飛び立ったことを。またその寸前、ヴェルストラの右腕の上にどこからともなく出現した巨大な“右腕”が装着されていたことを。
3人の人魚に支えられながらリリカルモナステリオ導きの塔の主、万化の運命者クリスレインは呟いた。
「標の運命者 ヴェルストラ “ブリッツ・アームズ”」
Illust:西木あれく
※スカッシュは地球の似た球技の名を使用した。ルールやコールも同様である※
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
極大衛星兵器 オイリアンテ
ブリッツ・インダストリー社製の人工衛星。惑星クレイの衛星軌道上に浮かぶ建造物である。
その建造は老舗建設屋『シルエット』に委託しつつも(依頼主ブリッツ社としては)かなりの費用と時間を要した。しかも企業や個人(!)が所有する攻撃兵器としてあまりにも強力であるために、ブラントゲートの政府、軍部からも問題視されてきたという経緯がある。
だが、外部の懸念や雑音は、オイリアンテの実像が見えてくると共に消えてゆく。
オイリアンテはこれほど巨大なプロダクトでありながらも、CEOヴェルストラ専用の設備であり、
①設計図通りに造られた全体構造
②兵器管制と転送システム※後述※
……に加えて、その完成には心臓部となる
③運命力=光子化転換装置
の開発を待たねばならなかった。
つまり、「運命力を得た(=“運命者”となった)ヴェルストラでなくてはそもそも使用できない」という、設計当時では果たして運用開始できるのかどうかも不明、という所から出発した製品なのだ。
完成した極大衛星兵器オイリアンテについて、紹介していこう。
その機能の第一は「攻撃」。
ヴェルストラの剛腕武装“ブリッツ・アームズ”に内蔵されたエネルギー光子化装置により、運命者とその力を光に変換してこの衛星兵器まで飛ばし、そのエネルギーを何十倍にも増幅し敵に打ち出す。
第二の機能は「転送(瞬間移動)」。
天輪聖紀において、これまで転送技術は銀河英勇とその本拠である超銀河基地“A.E.G.I.S.”の独占状態だった。(封焔の巫女バヴサーガラが心身への過度の負担を覚悟で使う“時空の歪み”による遠隔移動などの特例を除けば)
それをこのオイリアンテがある衛星軌道を経由することで、“ブリッツ・アームズ”を装着したものを地上から任意の一点に瞬間移動させることができるようになった。ただしこの機能にはエネルギーチャージと転送元と転送先の緻密な計算が必要になるため、一度使うと再度転送までに時間がかかる。さらに繰り返しになるが、“ブリッツ・アームズ”を持つ人間はただ一人。つまりこの機能もまたCEOヴェルストラのみが使用できるものなのだ。
建造中の頃の「極大衛星兵器 オイリアンテ」については
→ユニットストーリー101「ギガントアームズ シルエット」を参照のこと。
銀河英勇の設備を借りた「転送」については
→『The Elderly ~時空竜と創成竜~』 後篇 第1話 遡上あるいは始源への旅 および
『The Elderly ~時空竜と創成竜~』 後篇 第2話 終局への道程
を参照のこと。
封焔の巫女バヴサーガラとトリクムーン、またトリクムーンの変化ヴェルロードについては
→ユニットストーリー108「ゴアグラビディア ネルトリンガー・マスクス」を参照のこと。
----------------------------------------------------------
巨大空母の飛行甲板上にガラス張りの球技場があった。
バ!バ!バムッ!!
密室にゴムボールが弾ける音は、思っているよりも激しいものだ。
「おっと!」
右壁から正面壁、そして左壁とめまぐるしく飛んだスカッシュ球は、ヴェルストラが豪快にブン回したラケットに当たって天井にぶつかった。
「OUT」
審判席のバヴサーガラが重々しく告げると
「10-ALL: A PLAYER MUST WIN BY TWO POINTS」
その横に浮かんでいるトリクムーンは感情の無い平板な口調で、試合がタイブレイクに突入したことを知らせた。
「やりますわね。そんな扮装で」
ラケットを構え直したクリスレインは、敵手の身体にまとわりつくマントを冷たく見つめた。もっとも、そういう彼女の服装も(今は2本足で立つ姿を取っているものの)、ステージ衣装と思われる複雑な色合いと装飾がついたドレスである。ラケット競技の中でも特に激しい運動を要求されるスカッシュに興じる姿としては、どちらもふさわしいとは言い難いだろうが、注目すべきはこれほどの衣装を背負って打ち合っても互いに息もほとんど乱れていない点だ。
「そちらもね。万化の運命者さん」
ヴェルストラ──スカッシュコートとこの船のオーナー、ブリッツ・インダストリーCEO──はニヤリと笑った。こちらも疲労の色はわずかだ。いつもより幾分ジェントルな言い回しは、相手への敬意の表れらしい。
「強襲飛翔母艦に親友はいつでも歓迎。ミステリアスな美女も大歓迎。な、バヴサーガラ?」
よそ行きの振る舞いは数秒と持たなかった。
背後に首だけで振り向いてウインクするヴェルストラに、2対の冷たい視線──言うまでもなくこれは封焔の巫女バヴサーガラと絶望の精霊トリクムーンである──だけが応えた。が、こんな程度のジト目にひるむはずもない。ヴェルストラという男は、断じて。(あるいはそもそも気がついていないだけかもしれないが……)
「頑張れぇ~、クリスレインさまぁ!」
「このまま一気に行きましょう!」
「勝ってください!私たちリリカルモナステリオのためにも!」
観覧席に控えた人魚3人、天然派ユルシュール、元気印のティファイン、勝ち気なミュゼットが拍手と歓声を送る。パフォーマーとしても伝説の歌姫としても今絶賛リバイバル中のアイドルユニットのリーダーとしても、3人にとってクリスレインは遙か高見に位置し心酔する、神格にも比すべき存在である。
「「PLAY」」
バヴサーガラとトリクムーンはミリ秒の誤差もなく、ユニゾンで発声してプレイ再開を促した。
サーブは導きの塔の主クリスレイン。ゴム球が強く強く握りしめられる。
運命を賭けたゲームは今、クライマックスに差し掛かっていた。
Illust:すぐり
Illust:みよしの
Illust:柚希きひろ
惑星クレイでは海同様、空の航路も右優先である。
よって、その針路の先に空飛ぶ巨鯨が厚い雲の中から雄大な姿をぬっと現した時、強襲飛翔母艦リューベツァールのオーナー、ブリッツCEO ヴェルストラの反応は迷わず、早かった。
「面舵!」
回る舵輪の勢いのままに、巨艦の舳先がぎゅん!と右に転じた。
クルーへの警告もない緊急回避だ。
……とはいえ、操舵手から飛行甲板要員まで気が向けばなんでもやってしまうヴェルストラのこと、巨大空母が突然空飛ぶバイクみたいな機動運動をおっ始めるなど日常茶飯事なので、いまさら慌てる者などいなかったが。
「おうおうおう!そこなでっかいクジラさんよぉ!ドラゴニア海の空は天下の往来とはいえ、どこに目ぇつけてやんでぇ!気をつけろぃ!」
通信の全帯域にヴェルストラの怒鳴り声が轟いた。
ちなみに急にガラが悪い口調となってしまったのは、先に遺跡発掘で世話になった重力使いの傭兵と意気投合し、ダークステイツ東部の酒場で朝まで痛飲して一時的に伝染したものらしい。
『停船されたし。当方と通信せよ』
ブリッツ・インダストリーCEOの怒号に応えたのは、素っ気ない国際信号旗のメッセージだった。クジラの頭のすぐ後ろに建てられた塔から、ご丁寧に大きすぎるほどの旗がなびいている。
「停まれ、話がしたいと行ってますが、CEO」
旗の意味を読み取ったヤクトの声が艦橋に届いた。いまは甲板の哨戒ヘリのコクピットにいるブリッツパイロット ヤクトはいつでも出撃可能である。
Illust:I☆LA
「フン!いっそ海賊旗でもあげたらいいんだ」
「CEO、そのやたら相手を挑発する癖は直したほうが良いって、ペルフェさんも言ってましたよ」
とブリッツカスタマーサポート クルディが、では“承知”と返信しますと返事をした後に付け加えた。
本社勤務の彼女がいまブリッジにいるのには、クルディが無線通信士の免許も持つ才媛と言うだけでなく、本来の仕事として、行く先々で騒動を巻き起こすヴェルストラとリューベツァールのサポート役として秘書ペルフェが同行させたという経緯がある。
Illust:つくねね
「こういうケンカはスパッと売って買ったほうがいい。後腐れがないからさ」とヴェルストラ。
「もう!ブルースさんみたいなこと言わないでください」
すぐ影響されるんだから、と獣人のカスタマーサポートは頬を膨らませつつ、両艦のランデブー針路を共有させるべく、回線確保の要請をリリカルモナステリオ導きの塔へと打信した。お客様の感情を読み取り、その意図にできる限り寄り添うのは、カスタマーサポートの腕の見せ所である。
こうしてリリカルモナステリオの空飛ぶクジラと強襲飛翔母艦リューベツァールが接触したのは、冒頭の2時間前のこと。ヴェルストラが送った連絡艇に乗った、導きの塔の主クリスレインとアイドルユニットメンバー3人(ユルシュール、ティファイン、ミュゼット)と後2人を迎えた艦内大会議室では、さらに一悶着あった。
「おぉっ!バヴサーガラじゃーん!また会えるとはまじラッキー!」
ヴェルストラは客人の中に見慣れた姿を見つけると挨拶も忘れて、躍り上がった。ブリッツのスタッフとしては唯一立ち合いを許された良識派クルディが、止める間もあればこそである。
もちろんクルディだけでなく、ヴェルストラ以外の全員が呆れるか、いわゆるジト目で彼を見守っている。
「もー、せっかくゆったり休んでもらおうと思ったらすぐ姿消しちゃうしさぁ。タリスマンも」
トリクムーンが無表情のまま手を上げた。どうやら謝意の表明らしい。
ヴェルストラは龍樹侵攻で八面六臂の大活躍を見せたバヴサーガラに心身とも休養してもらうべく、強引に別荘に誘い、衣食住完璧なサポートを用意して好きなだけ自由に使っていいと貸し与えたのだったが、この封焔の2人は1旬と休んでいられなかったらしい。
「その件では大変世話になった。急ぎ動き出す必要があった故、礼も言えずに済まない」とバヴサーガラ。
いいんだよ、親友なんだしと笑み崩れるヴェルストラに、たまりかねてリリカルモナステリオの人魚3人娘が咳払いする。
「ン・ンン!」
「おっと、これは失礼。このような素敵な方々をお迎えするのは我がリューベツァールに過ぎた光栄」
マントを優雅にさばきながら頭を垂れる様子、それはブラントゲート最大最高の工業会社の主らしく堂に入ったものである。
「ごきげんよう、クリスレイン様。リリカルモナステリオの方々。しかしながら……」
それでも一言いわずにはいられないのがヴェルストラという男である。
「人様の船の鼻先にクジラごと突っ込んでくるとは、愛と平和を世界に広めるというアイドル学園リリカルモナステリオ導きの塔の主クリスレインとしては信じられぬ所業」
トリクムーンの無表情がほんの少し動いた様に見えたのは、他の者と同じく、この無茶無理無謀でもってなるCEOがまともな話し方をする違和感に戸惑ったからだろうか。
「いかなるご意思の表れか。お聞かせいただきたい」
言い訳があるなら聞いてやるぜ、さっさと話せよという所。おちゃらけた普段とビジネスの顔との使い分けは鮮やかなほどである。
「ひとつお願いがあってきました」とクリスレインが口を開いた。
「うわぁ。その声は卑怯~っ」
戯けて耳を塞ぐ仕草をするヴェルストラ。海のように深く魅惑的な声がもつ力は、あのバヴサーガラでさえ、その響きを堪能するように束の間、心地よさげに目を細めたくらいである。
「とはいっても聞かずにはいられないよな。さて、話し合いだがどのレベルでいく?」「きわめて率直に。我々には時間がありませんので」「あ、そう。腹割った感じでいいのねん」
2人はどうやら初対面ではないようだが、いきなり会話が通じている所をみると、惑星クレイに冠たる大企業の主と学園都市の導き手というものは、意外と似た素養が必要とされる立場なのかもしれない。
Illust:ひと和
「じゃ、とりあえずまぁお座りになって。歌姫様」
「ヴェルストラ殿、あなたが旧ダークゾーン領で拾ったものを捨ててほしい」
クリスレインはヴェルストラの誘いに乗らず、ずばりと用件を伝えた。
沈黙。
ヴェルストラは席を指して手を差し伸べたまま、その動きを止めていた。この場にいる者すべてもまた。
「運命力を使った武器とやらの野望もまた諦めてほしい」
「全部お見通しってワケね。どうやって?」
「ワイズキューブというものがある。それは大賢者ストイケイア様の遺した宝具。ケテルサンクチュアリにケテルエンジンが在ったように、偉大なる賢者ストイケイアを崇める我らにとって智慧と叡智の結晶であり、運命力とそれを取り巻く流れを監視する最後にして最高の手段なのです」
クリスレインの言葉は今日一番に重く、荘厳なものだった。
「そりゃ国家最高機密だろうに、今話すかね。……なるほど、これが礼か」
「あなたは“知りたい人”だから、ヴェルストラ」
「確かに。なんであの大自然と学者と海軍と動物と虫(※註.メガコロニーのインセクトのことらしい※)の国が、こうまで運命力に介入できるのか、昔っから疑問だった」
だが、とここでヴェルストラはゆらりと動いた。
バヴサーガラとトリクムーンが反応する。
小国に相当すると怖れられる軍事力を駆使する武将にして魔力の使い手バヴサーガラは言うに及ばず、小柄な精霊トリクムーンもまた、龍樹侵攻の際にヴェルロードの変化形態を身につけた、きわめて高い戦闘力の持ち主である。諍いを鎮圧するのは造作も無い。その相手が普通の人間と人魚ならば、だが。
それを見て、ヴェルストラはにやりと笑った。
「ははぁ。これには封焔も一枚噛んでるのか。そうだろう?」
「私はあくまで運命力の均衡を監視し支える調停者としてだが。そうだ」
バヴサーガラは頷いて続けた。
「強すぎる力はそれを持つものにもまた強さを求めるものだ」
封焔の巫女の言葉はある者の口から発せられたものと同じだった。その名を奇跡の運命者レザエルという。
「ヴェルストラ、汝は掴んだそれを手放したくはないのだろう。だが我が友クリスレインは捨てさせたい」
「白黒つける必要があるよな」
ヴェルストラはもうリラックスしていた。火薬庫の前で一服するくらいの度胸がなければ、大工業会社の主などやっていられるものではない。
「それはどのようにして」
クリスレインは杖でCEOを指した。挑戦である。
その問いに口を開いたのは意外な人物だった。
「僕に考えがある」
一同の注目を浴びた絶望の精霊トリクムーンは、視線を会議室の壁一面に張り巡らされた艦内モニターに向けていた。そこには戦艦のようでいて、娯楽と主の趣味に満ちた設備をもつ空母リューベツァールで繰り広げられる、ある光景が流されていた。
──ここで話は冒頭に戻る。
タイブレイクは白熱していた。
「スカッシュとはな」バヴサーガラは目線をコートから離さずに言った。
「スカッシュだよね」トリクムーンもまた猛烈なスピードで跳ね回るボールから目を離さずに答えた。
「この空母に設備があって、男女の体力差が影響しづらく、消耗が激しい。好都合だった」
「確かに。本気で激突して勝負を決するものなら、なんでも良いのかもしれぬ。龍樹の時、将棋でセイクリッド・アルビオン攻防戦を繰り広げたバスティオンとゾルガ船長の話は聞いておろうが。まして運命者が関わる勝負となれば、その結果がもたらすものは見かけ通りのゲームの勝敗ではないはずだ」
「なるほど。つまりこれもリリカルモナステリオ導きの塔の主が言う『運命者の邂逅』なのか。もっとも……」
トリクムーンは肩をすくめた。
「どちらもあれほど上手いとは予想していなかった」
またサーブが始まった。
「伝説のアイドルと常時全力稼働のCEOだ。どちらも身体が資本。常人とは鍛え方が違う」
ようやく本気を出したと言うのだろうか。ガラスに囲まれたコートの中でクリスレインとヴェルストラのラリーは果てしもなく続き、双方ともいよいよ肩で息をしているように見える。一見、スポーツ勝負に見せたこの対決は惑星クレイの運命がかかっているのだ。
「しかし、わざわざ室内球技場を甲板に移動する意味が僕にはわからないけれど。これでは秘密の決着も何もあったものじゃない」
甲板上の白熱したゲームを見つめるトリクムーンの目は冷ややかだった。それに今度はバヴサーガラが肩をすくめた。
「秘密は隠そうとするほど人目をひくものだ。これを世間は、リリカルモナステリオ導きの塔の主クリスレインとブリッツ・インダストリーCEO ヴェルストラが遊んでいるようにしか見えぬだろうよ。いずれにせよ。承知してくれて良かった。我らとしてはどちらの側にも立てない微妙な均衡ゆえ。……む」
ヴェルストラが1ポイント先取した。リリカルモナステリオ3人娘の声が必死さを帯びる。なお、スコアラーとして参加しているブリッツカスタマーサポート クルディは、両親と共に伝説のアイドル クリスレインの熱狂的ファンだそうである。少なくとも甲板上にCEOの味方は誰もいなかった。
ワァ!
不意に歓声が弾けて、審判席の二人はコールした。決着は付いたのである。
「14-12 MATCH TO VERSTRA: TWO GAME TO ONE」
「負けました……運命力が選んだのはあなたなのね。ヴェルストラ」
ラケットを落とした導きの塔の主は、駆け寄ってくる人魚アイドル3人をガラス壁ごしに手で制した。
代わりに手を差し伸べたのは目の前のブリッツ・インダストリーCEOだった。
「ナイスゲーム。だけどなぜスカッシュ対決なんて受けた、クリスレイン」
ヴェルストラは真面目な顔で訊いた。
「歌対決でもダンス対決でも受けてやったのに」
これを伝説のアイドルに向かって言ってしまうのがヴェルストラという男だ。対するクリスレインは少し苦笑したようだった。
「それでは公平とはいえませんね。私にも生徒たちに見せたい姿というものがあるのです」
「勝負はややオレに有利だったがね。最近、右腕と反射速度を鍛えていてさ、スカッシュで。さ、手を取ってくれよ、戦友」
クリスレインの繊手がヴェルストラの逞しい腕にかかると、歌姫は優雅に起き上がった。
「ある人いわく『相手を知るに真剣勝負より優れた方法などない』そうです。あなたは……私の心配している人ではないのかもしれませんし、そうでないことを望みます。私は負け、運命力の流れが今あなたに傾いたのを感じている」
「負けを受け容れられるのもその人の器だよな。さすがは伝説のアイドル。人間が大きい」
「人々が求める限り、私はそれを与えたい。現役であり続けたいのです。永遠に変化・成長しながら」
「その生き方、尊敬する。……ちょっと失礼」
ヴェルストラの顔はまだ真面目なままだった。その左手があがって、腰から取り出した何かを耳に当てる。場違いだがそれは、貝殻で潮騒を聴くような仕草だった。
「あぁ、わかった」
ヴェルストラは左手のそれから何を聴いたのだろう。クリスレインに笑顔で頷くとガラスのコート場を出て、吹きっさらしの飛行甲板に真っ直ぐに立つ。
「バヴサーガラ!」「何か」
真面目な呼びかけに、封焔の巫女も真面目に返答した。
「ここから先はオレの好きにやらせてもらうぜ」
「クリスレインと我はこの先を恐れ、策を講じた。だが、汝は勝った。これも運命とあらば仕方あるまい」
ヴェルストラはにっこり笑って右腕を天に向かって突き上げた。続く呟きはヴェルストラだけにしか聞こえなかった。
「極大衛星兵器オイリアンテ、CEO権限発動」
再び張られたヴェルストラの声は2人のゲストと1人のスタッフ、いずれも美しい女性に向けたものだった。
「こうなったのはあんた達のせいじゃない。オレはこのオレを呼ぶ声に応えただけさ。……クルディ!」「は、はい!」
ちょうどスコアを付け終わったブリッツカスタマーサポートは飛び上がった。
「これからちょっと空けるから。ペルフェとみんなによろしく」「は?えっと……CEO?」
ヴェルストラは天を仰ぐと、もう他の何をも顧みなかった。
「さぁて掴みに行こうか。在るべき未来ってやつを」
空母の甲板上に、目に見えぬエネルギーが集まり、収束してゆく。
トリクムーンが身を乗り出した。
「ではあれがそうなのか?!」
バヴサーガラの答えにはなぜか満足感がにじんでいた。
「そう。恐らくあれだ」
突如、稲妻のように爆発的な光がリューベツァールとそこに集った人々を照らした。
天に向かって伸びる光柱。
そしてもう一度、閃光が弾けた時、ヴェルストラの姿はどこにも無かった。
人外の視力を持つ者には見えただろうか。
粒子と化したヴェルストラの姿が天に向かって飛び立ったことを。またその寸前、ヴェルストラの右腕の上にどこからともなく出現した巨大な“右腕”が装着されていたことを。
3人の人魚に支えられながらリリカルモナステリオ導きの塔の主、万化の運命者クリスレインは呟いた。
「標の運命者 ヴェルストラ “ブリッツ・アームズ”」
Illust:西木あれく
了
※スカッシュは地球の似た球技の名を使用した。ルールやコールも同様である※
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
極大衛星兵器 オイリアンテ
ブリッツ・インダストリー社製の人工衛星。惑星クレイの衛星軌道上に浮かぶ建造物である。
その建造は老舗建設屋『シルエット』に委託しつつも(依頼主ブリッツ社としては)かなりの費用と時間を要した。しかも企業や個人(!)が所有する攻撃兵器としてあまりにも強力であるために、ブラントゲートの政府、軍部からも問題視されてきたという経緯がある。
だが、外部の懸念や雑音は、オイリアンテの実像が見えてくると共に消えてゆく。
オイリアンテはこれほど巨大なプロダクトでありながらも、CEOヴェルストラ専用の設備であり、
①設計図通りに造られた全体構造
②兵器管制と転送システム※後述※
……に加えて、その完成には心臓部となる
③運命力=光子化転換装置
の開発を待たねばならなかった。
つまり、「運命力を得た(=“運命者”となった)ヴェルストラでなくてはそもそも使用できない」という、設計当時では果たして運用開始できるのかどうかも不明、という所から出発した製品なのだ。
完成した極大衛星兵器オイリアンテについて、紹介していこう。
その機能の第一は「攻撃」。
ヴェルストラの剛腕武装“ブリッツ・アームズ”に内蔵されたエネルギー光子化装置により、運命者とその力を光に変換してこの衛星兵器まで飛ばし、そのエネルギーを何十倍にも増幅し敵に打ち出す。
第二の機能は「転送(瞬間移動)」。
天輪聖紀において、これまで転送技術は銀河英勇とその本拠である超銀河基地“A.E.G.I.S.”の独占状態だった。(封焔の巫女バヴサーガラが心身への過度の負担を覚悟で使う“時空の歪み”による遠隔移動などの特例を除けば)
それをこのオイリアンテがある衛星軌道を経由することで、“ブリッツ・アームズ”を装着したものを地上から任意の一点に瞬間移動させることができるようになった。ただしこの機能にはエネルギーチャージと転送元と転送先の緻密な計算が必要になるため、一度使うと再度転送までに時間がかかる。さらに繰り返しになるが、“ブリッツ・アームズ”を持つ人間はただ一人。つまりこの機能もまたCEOヴェルストラのみが使用できるものなのだ。
建造中の頃の「極大衛星兵器 オイリアンテ」については
→ユニットストーリー101「ギガントアームズ シルエット」を参照のこと。
銀河英勇の設備を借りた「転送」については
→『The Elderly ~時空竜と創成竜~』 後篇 第1話 遡上あるいは始源への旅 および
『The Elderly ~時空竜と創成竜~』 後篇 第2話 終局への道程
を参照のこと。
封焔の巫女バヴサーガラとトリクムーン、またトリクムーンの変化ヴェルロードについては
→ユニットストーリー108「ゴアグラビディア ネルトリンガー・マスクス」を参照のこと。
----------------------------------------------------------
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡