ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
ススキの穂が春の夕風に揺れている。
ヴァルガは茶屋の縁台に腰掛け、その音に耳を澄ませているようだった。眼は半眼である。
「お師匠。なんだか妙です」
その足元に控えるアルダートが鋭く細めた目を光らせて囁いた。片膝をついた姿勢だが片手剣は油断なく、その左手に収められている。背後には、彼の友となった轟炎獣カラレオルも同じように身を伏せている。
「さっきから茶屋の主人の姿が見えません」
「逃げたのだろう」
無双を名乗る剣士竜はヴァルガはしがんでいた藁を吐き出すと、茶碗を傾けて緑茶を最後の一滴まで飲み干す。暖簾に吊された風鈴が涼やかに鳴った。
「さて、行くか」
「オレもお供を!」
「いや。ここにいろ。レザエルが言う通り、おまえは俺の証言者だ。おまえ自身が戦うつもりで観るのだ。これぞ修行」
おもむろに立ちあがったヴァルガの動作は音も無く滑らかだったが、弟子アルダートの反論を封じる何かがあった。
「! 音が……」
アルダートが南の空を見上げる。
急速に接近してくるものがある。その数6つ。
目を凝らせばそれが、いずれも飛行輸送ドローンに吊り下げられた完全武装の人型機動兵器だと判るだろう。
「お師匠!」
アルダートが発声したのは師匠ヴァルガの姿が、目の前からかき消すように無くなった後だった。野生の視力を持つ轟炎獣カラレオルも思わず周囲を見回したほどの、疾風のような動きだった。
ザッ!
空気を押しのけて駆けだしたウインドドラゴンの余波は、少し遅れて茶屋とススキを猛風として揺るがせた。
この風の中、アルダートは言われた通り、目を見開いて見守った。
無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスの戦い、ノヴァグラップルを。
Illust:かんくろう
ブラントゲート北部、ドラゴニア大陸の旧ダークゾーン領にあるノヴァグラップル5000は人型機動兵器専用ステージである。
ノヴァグラップルは、惑星クレイのみならず他宇宙にも熱心なファンを持つ一大人気イベントだ。
この競技が人気を集める理由は幾つかあるが、巧みなマッチアップと、試合を盛り上げるルールや舞台の演出が筆頭にあげられる。
白熱する対戦は自然には生まれない。
ノヴァグラップルの運営者に引き継がれるこの格言は、いかにも理屈勝ちで超科学の国ブラントゲートで生まれた娯楽という感があるが、確かに観客の期待に応えるためのルールというものは存在する。
まず、勝負をギリギリの緊張感の下で行うには、圧倒的な力の差があってはいけない。
故にノヴァグラップルには大きなカテゴリー分けと、さらに細かい階級や対戦に際しての決まりがある。
そして斬新さ。
例えばボクシングのようにルールが確立されている場合は、試合前の煽りや途中の会場演出に力を入れる。もちろん無敵のチャンピオンと対戦するのは選び抜かれた最強の挑戦者、という「対立の構図」も熟考を重ねたものだ。
では、今ドラゴニア大陸を揺るがせている無双の剣士竜を全世界が注目するリングへと上がらせる時、ノヴァグラップルはこのエキシビションマッチにどのような舞台を設定し、対戦者として誰を当ててきたのか。
それが──。
「野原と極東風の峠の茶屋ってワケ?このためだけに雪原にススキ敷き詰めるなんてお金あるのね~、ノヴァグラップルは」
ディレクト・フォリエはモニター室の空気椅子によりかかって天井を見上げた。その視線を追って浮遊モニターが顔の前に滑ってくる。
Illust:松本光顕
超銀河基地“A.E.G.I.S.”。
クレイの惑星周回軌道上にあるここは銀河英勇の本拠地であり、フォリエは戦術オペレーターである。
「もう!姉さん、また他人事みたいに!」
目の前の通信モニターに映っているのはセンダー・ファリス。同じく銀河英勇のオペレーターを務めるフォリエの妹だが、その落ち着いた様子は姉妹が逆転しても納得されそうである。
Illust:п猫R
妹ファリスは、浮遊モニターに両手で打ち込みながら続ける。戦闘中の戦術オペレーターは多忙なのだ。
「ノヴァグラップルのエキシビションとは言っても、私たち銀河英勇が闘士として参加している試合なんだから、ちゃんとモニターしておかないと……」
「大丈夫。フェルヴィスが6機出てるのよ?無双だか何だか知らないけど、ドラエンの剣士竜なんて、ウチのバトロイドがけちょんけちょんに……ん?」
軽快だった姉フォリエの口調が変わった。
「ほら、ごらんなさい。ディアノスに指示を仰ぐわね」
妹ファリスはいかにも有能なオペレーターらしくそれを目撃した瞬間、モニターを切り替え、指揮を執る銀河英勇ユナイト・ディアノスとの通信へと向かってしまった。
地上を見下ろすモニターに向けた姉の呟きを、妹は聞かなくて幸いだったかもしれない。彼女の弱点である臆病さと弱気をますますかき立てられただろうから。
「やば、これはホント無双かも。ファリス、援護よろ~!」
Illust:萩谷薫
地上。ノヴァグラップル5000、ススキ野ステージ。
今回戦闘に参加した銀河英勇ブロード・フェルヴィスとそのパイロットには、機体番号でシンプルにB01から06までの識別番号を振られていた。
B01「隊長より全機へ。第1班、地上にてフォーメーションCで前進。第2班、ホバリングで低高度を維持。右翼に回り込め」
ALL「了解」
B05「第2班より報告。敵目標、見失いました。ススキの中に隠れたものと思われます」
B01「焼き払え」
B05「よろしいのですか?確かこのマッチルールの火器制限では……」
B01「重火器は終盤での使用を推奨する、だ。観客には娯楽だろうが、我々にはこの惑星にとっての脅威か否かを見定める真剣勝負である。発射せよ」
B04「了解。装填完了……ん!?なんだ?うわぁっ!」
人型バトロイドB04機のパイロットが最初に動揺したのは、焼夷弾を装填したグレネードランチャーの反応が無くなったためで、次に驚愕したのは持ち上げてみた銃身が半ばからすっぱりと断ち切られていた為だった。
ここからは観客向けの映像を追った方がわかりやすい。
「うぉっ?!」「ぐあっ!」
銀河英勇ブロード・フェルヴィスの右翼編隊2機に、ススキの中から飛び出したヴァルガの光と闇の剣がすれ違うと、人型バトロイドがまるで撫で斬りにあったように一瞬硬直してから、糸が切れたように地面に墜ちた。スパークと黒いオイルが、風にそよぐススキの叢に飛ぶ。
「B05、B06大破!」
悲鳴のようなオペレーター、センダー・ファリスの声が通信リンクを駆け巡った。
「バカな!なんでバトロイドを墜とせる?!相手は武装レベル1、しかもソフトターゲットだぞ!こちらが圧倒的に優位のはずだ!」
観戦モニターに流れる隊長の声には激しい動揺が窺えたが、そこは世界を脅かす悪人と鬩ぎ合うヒーローを率いる者である。的確な指示で体勢を整える。
「第2班はダウンだ。第1班、等間隔に散開。防御態勢」
地上カメラで見ると、大きな人型バトロイド4機がただ一人の剣士竜を警戒して、ススキのそよぐ草地に中腰になっている、というどこかユーモラスでもある光景だった。しかし真っ只中でいつ飛び出してくるかわからないヴァルガに怯えるパイロットとしては笑うどころでは無い。
「隊長、あれを!」
夕闇が迫っていた。
センサーで野原全体を精査しようとしていた隊長は、B02が注意を促す通信の声でありえないものを見た。
ススキ野原に一人の剣士竜が立っていた。
いまは隠れもせずに、双刀を自然に体側に垂らして。一見、いかにも無防備な体勢で。
「観念したのか、誘いなのか」
隊長は一瞬逡巡したが、B03の「どうしますか?」の問いには迷い無く返した。
「やるさ。我々は銀河英勇だ。全機、協調しつつ前進!」
隊長の指示で、4機の人型バトロイドはじりじりとススキ野に立つ竜へと迫った。銃を構えて押し包む半包囲陣形、フォーメーションCである。
Illust:北熊
「勝負がつくぜ。もうすぐな」
アルダートはそう言って、轟炎獣カラレオルの頭に左手をおいた。
師匠が(人型竜に比べれば)見上げるほど巨体である人型バトロイド、銀河英勇ブロード・フェルヴィス4機に前面を圧せられ、銃を突きつけられているのに、その口調はなぜかとても落ち着いている。カラレオルもその疑問に至ったのか(ハイビーストはただの獣ではなく高い知性の持ち主である)問いかけるように見つめる視線に、アルダートは答えた。
「一緒に戦っているんだ、お師匠の言いつけ通り」
そう言うアルダートの視線は戦場から片時も離れない。
「修行。そうだ、これが修行なんだぜ。わくわくする!」
アルダートは笑っていた。
天使ソエル、奇跡の運命者レザエルと別れて以来、ほぼまっすぐ南下して暗闇の国ダークステイツを縦断してきたが、それは驚きの連続だった。
師匠ヴァルガはほとんど眠ることがない。
起きている間はひたすら移動している。
そして目の前に立ち塞がるダークステイツの悪魔や機械獣、魔獣、魔竜、ならず者までを片っ端から打ち倒して行く。
しかもいずれも峯打ちである。勝負が決するのに2合と刃を合わせられる者すら、ほとんどいなかった。
よって南へとひた歩く師匠ヴァルガの後を、食料を調達し、短い宿りを探し、時にケテルの騎士と会って話しをしながら──行く先々に現れる無口なこの男は躍進の騎士アゼンシオルといい、ソエルたちとも知り合いなのだそうでいつの間にか互いに情報を交換することになっていた──、カラレオルと2人、やっとの事で着いてきたのだ。
そこで得た確信がひとつある。すなわち、
師匠は間違いなく“無双”だ、と。
「だからオレは見続ける。相手が魔獣だろうがヒーローだろうが、師匠はゼッタイ負けない」
アルダートは右手の片手剣を握りしめた。
師匠の教えに忠実に、いま戦っているのだ。無双の剣士と共に。
自分はススキの草原に一人。前には完全武装の人型バトロイド4機。
師匠ならどうする?
オレなら、どうする?
Illust:三越はるは
『研ぎ澄まされし闘気』
その流れは、ブロード・フェルヴィス隊の間ではそう呼ばれていた。
簡単に言えば、4機のうち2機を犠牲にしても相手に必殺の一撃を食らわせる戦術である。
つまりこの場合、2機までは剣士ヴァルガの刃にかかっても、残る2機で仕留めればよい、という事になる。
まさに肉を切らせて骨を断つ。
高度の連携と、なにより相互の信頼がなければできない銀河英勇ならではの技だった。
「進め!」
その名の通り闘気が研ぎ澄まされた。
4機は散開していたポジションから縦列となり、それぞれが波のように上下しながら突進してゆく。
第1射。
B04が上方から両手で立射した銃弾の雨を、ヴァルガは横に転がって避ける。
そして、まるで太鼓のバチをそろえて叩くように、ヴァルガの光と闇の剣がB04機の胴を薙ぎ、腰部の主動力を破壊した。
オイルとスパーク!
1機目のブロード・フェルヴィスが大破した。
続いてB03は、低くかがんだ位置から散弾を放った。
上下左右に広く放たれた細かい金属片から逃げる術などない。
ノヴァグラップルの安全確保ルールとして殺傷能力は削られているが、それでも弾幕の圧力を受けて、無双を名乗っていた剣士竜は吹き飛ばされた、はずだった。
「むん!」
始めてヴァルガの呼気が漏れた。
光と闇の刀身が扇型の弧を描くと、避けることも弾くこともできるはずもない無数の散弾が、傘に弾かれた雨粒のように夕闇に輝いて、ススキの野原に消えた。
そんなバカな!
パイロットに叫ぶ余裕はあっただろうか。
ヴァルガの剣は開かれた勢いそのままにまた鋏のように閉じられて、B03機の頭部を刎ねた。
オイルとスパーク!!
「2機目、大破!」またセンダー・ファリスの悲鳴。
3機目と4機目には勝機があった。
殺到したB04、B03僚機によってヴァルガに肉迫できたのだ。
だがそれがこの『研ぎ澄まされし闘気』の真骨頂だ。
「「もらった!」」
その声はB01リーダーのものだったか、あるいはB02と合わさったものだったか。
だが待っていたのはまたしても滅びだった。
ザ!ザン!!
それは──重粒子ビームから徹甲弾までを弾くはずの──人型バトロイドの分厚い装甲が、Vの字の軌跡からくるりと返ってWを描いたヴァルガの光と闇の剣の前に、薄紙のように切り裂かれ、手足を薙ぎ払われた音だった。
オイルとスパーク!!!
勝負は決した。
『勝者!無双の運命者ヴァルガ・ドラグレス!ノヴァグラップル主催、本日のエキシビションマッチの覇者は、ドラゴンエンパイアの剣士竜だーっ!』
大歓声。
血振りをした両刀を収めたヴァルガは、かすかに好敵手たちに会釈して会場を去った。
南へ。
彼が何処にても最強だと示すために。
彼の弟子 熱気の刃アルダートとその友である轟炎獣カラレオルを連れて。
南へと。
Illust:桂福蔵
──再び、超銀河基地“A.E.G.I.S.”。
「そうか、間に合わなかったか。腕試しと聞いてウォーミングアップをしていたのだが。この吾輩のスーパーパワーを全世界に披露する絶好の機会であったのに」
「それは残念。君の出番はまた今度だな。ドクター・エーブル」
ユナイト・ディアノスは指令室の背後を振り返りもせずにそう言った。その顔には心なしか安堵の色がある。
「最後の会釈を見ただろう、敵への礼儀、ノーサイドの精神。私とピュアリィ・アグノの意見は一致している。彼ヴァルガは平和に対する脅威ではない。いまはまだ、かもしれないが」
「まぁ、そうかもしれんな。……だが」
なにを感じたのか、ユナイト・ディアノスは振り返った。
「バトロイドを切り裂く剣技と力。一度あって決めてみたいものだ。吾輩のこの左腕とどちらが勝つか」
白衣の男は異様に太く逞しい左手でポーズを決めながら続けた。
理性派でしられるユナイト・ディアノスの吐息はかすかなものだったが、居合わせた隊員たちは皆、彼に同情した。この博士、銀河英勇エーブル・マティーズは本来修めている学業や教養と矛盾するようにパワー一辺倒、ヒーローとしては左の剛腕で悪をブッ潰す、超絶マッチョかつマッドな男なのである。
「まぁ、ともかくだ。我々銀河英勇とブラントゲート国はこれからも運命者たちから目を離すことはない」
ユナイト・ディアノスは何も見なかったかのように中央スクリーンに向き直った。
「ヴァルガが運命者である限り、最強を自負する、あるいはその称号を求める者は彼を探し、その行く手に現れるだろう。倒す者と倒される者が絶えることがない、まさに修羅の道。それが彼が選び取った剣の道。惑星クレイの未来に影響するという……」
銀河英勇たちの視線が、スクリーンの向こうに青く輝く惑星クレイへと注がれた。
「運命者の定めなのか」
Illust:霜村航
※註.ボクシングは惑星クレイにもほぼ同じ競技が存在する。※
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《今回の一口用語メモ》
銀河英勇
衛星軌道上に浮かぶ超銀河基地“A.E.G.I.S.”を本拠として、世界を脅かす悪の手から宇宙と惑星クレイとそこに暮らす民を護る組織、それが銀河英勇である。
またこの名前は個々のヒーローたちの称号としても使われ、「銀河英勇○○○○」と名乗っている。ヒーローたちにとって勇気の“勇”を背負うことは誇りとされている。
銀河英勇の代名詞といえば、悪を倒す超絶の「技&パワー」と、地表であろうと空中、水中あるいは宇宙であろうと悪ある所に出現する「空間転送」である。※ただし最近、ブリッツ・インダストリー社のCEOがこの空間転送の力を身につけたという情報も入ってきている※
銀河英勇には様々な種族や年齢、性格のヒーローたちが所属しているが、共通しているのは平和を愛し、悪と戦う使命に燃える熱い正義心だ。
また、ヒーローたちは世界の平和という──困難かつ維持が難しい──任務のため、各国の警察や軍隊、有識者とも連携し良好な関係を築いている。
今回の特別試合のように、ノヴァグラップルの常連ゲストとして名高い銀河英勇が、各国首脳からの密かな依頼を受けて、“無双”を名乗る運命者ヴァルガ・ドラグレスが「世界に及ぼす影響」を見定めるため、エキシビションマッチの形を借りて、あえて打たれ役を買って出るというのもそうした信頼関係に基づくものと思われる。
銀河英勇と超銀河基地A.E.G.I.S.については
→『The Elderly ~時空竜と創成竜~』
後篇 第1話 遡上あるいは始源への旅
後篇 第2話 終局への道程
を参照のこと。
銀河英勇ユナイト・ディアノスについては
→ユニットストーリー126「大望の翼 ソエル」を参照のこと。
人型機動兵器専用ステージ、ノヴァグラップル5000のノヴァグラップル、バトロイドの戦いについては
→ユニットストーリー010「グラナロート・フェアティガー」を参照のこと。
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ヴァルガは茶屋の縁台に腰掛け、その音に耳を澄ませているようだった。眼は半眼である。
「お師匠。なんだか妙です」
その足元に控えるアルダートが鋭く細めた目を光らせて囁いた。片膝をついた姿勢だが片手剣は油断なく、その左手に収められている。背後には、彼の友となった轟炎獣カラレオルも同じように身を伏せている。
「さっきから茶屋の主人の姿が見えません」
「逃げたのだろう」
無双を名乗る剣士竜はヴァルガはしがんでいた藁を吐き出すと、茶碗を傾けて緑茶を最後の一滴まで飲み干す。暖簾に吊された風鈴が涼やかに鳴った。
「さて、行くか」
「オレもお供を!」
「いや。ここにいろ。レザエルが言う通り、おまえは俺の証言者だ。おまえ自身が戦うつもりで観るのだ。これぞ修行」
おもむろに立ちあがったヴァルガの動作は音も無く滑らかだったが、弟子アルダートの反論を封じる何かがあった。
「! 音が……」
アルダートが南の空を見上げる。
急速に接近してくるものがある。その数6つ。
目を凝らせばそれが、いずれも飛行輸送ドローンに吊り下げられた完全武装の人型機動兵器だと判るだろう。
「お師匠!」
アルダートが発声したのは師匠ヴァルガの姿が、目の前からかき消すように無くなった後だった。野生の視力を持つ轟炎獣カラレオルも思わず周囲を見回したほどの、疾風のような動きだった。
ザッ!
空気を押しのけて駆けだしたウインドドラゴンの余波は、少し遅れて茶屋とススキを猛風として揺るがせた。
この風の中、アルダートは言われた通り、目を見開いて見守った。
無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスの戦い、ノヴァグラップルを。
Illust:かんくろう
ブラントゲート北部、ドラゴニア大陸の旧ダークゾーン領にあるノヴァグラップル5000は人型機動兵器専用ステージである。
ノヴァグラップルは、惑星クレイのみならず他宇宙にも熱心なファンを持つ一大人気イベントだ。
この競技が人気を集める理由は幾つかあるが、巧みなマッチアップと、試合を盛り上げるルールや舞台の演出が筆頭にあげられる。
白熱する対戦は自然には生まれない。
ノヴァグラップルの運営者に引き継がれるこの格言は、いかにも理屈勝ちで超科学の国ブラントゲートで生まれた娯楽という感があるが、確かに観客の期待に応えるためのルールというものは存在する。
まず、勝負をギリギリの緊張感の下で行うには、圧倒的な力の差があってはいけない。
故にノヴァグラップルには大きなカテゴリー分けと、さらに細かい階級や対戦に際しての決まりがある。
そして斬新さ。
例えばボクシングのようにルールが確立されている場合は、試合前の煽りや途中の会場演出に力を入れる。もちろん無敵のチャンピオンと対戦するのは選び抜かれた最強の挑戦者、という「対立の構図」も熟考を重ねたものだ。
では、今ドラゴニア大陸を揺るがせている無双の剣士竜を全世界が注目するリングへと上がらせる時、ノヴァグラップルはこのエキシビションマッチにどのような舞台を設定し、対戦者として誰を当ててきたのか。
それが──。
「野原と極東風の峠の茶屋ってワケ?このためだけに雪原にススキ敷き詰めるなんてお金あるのね~、ノヴァグラップルは」
ディレクト・フォリエはモニター室の空気椅子によりかかって天井を見上げた。その視線を追って浮遊モニターが顔の前に滑ってくる。
Illust:松本光顕
超銀河基地“A.E.G.I.S.”。
クレイの惑星周回軌道上にあるここは銀河英勇の本拠地であり、フォリエは戦術オペレーターである。
「もう!姉さん、また他人事みたいに!」
目の前の通信モニターに映っているのはセンダー・ファリス。同じく銀河英勇のオペレーターを務めるフォリエの妹だが、その落ち着いた様子は姉妹が逆転しても納得されそうである。
Illust:п猫R
妹ファリスは、浮遊モニターに両手で打ち込みながら続ける。戦闘中の戦術オペレーターは多忙なのだ。
「ノヴァグラップルのエキシビションとは言っても、私たち銀河英勇が闘士として参加している試合なんだから、ちゃんとモニターしておかないと……」
「大丈夫。フェルヴィスが6機出てるのよ?無双だか何だか知らないけど、ドラエンの剣士竜なんて、ウチのバトロイドがけちょんけちょんに……ん?」
軽快だった姉フォリエの口調が変わった。
「ほら、ごらんなさい。ディアノスに指示を仰ぐわね」
妹ファリスはいかにも有能なオペレーターらしくそれを目撃した瞬間、モニターを切り替え、指揮を執る銀河英勇ユナイト・ディアノスとの通信へと向かってしまった。
地上を見下ろすモニターに向けた姉の呟きを、妹は聞かなくて幸いだったかもしれない。彼女の弱点である臆病さと弱気をますますかき立てられただろうから。
「やば、これはホント無双かも。ファリス、援護よろ~!」
Illust:萩谷薫
地上。ノヴァグラップル5000、ススキ野ステージ。
今回戦闘に参加した銀河英勇ブロード・フェルヴィスとそのパイロットには、機体番号でシンプルにB01から06までの識別番号を振られていた。
B01「隊長より全機へ。第1班、地上にてフォーメーションCで前進。第2班、ホバリングで低高度を維持。右翼に回り込め」
ALL「了解」
B05「第2班より報告。敵目標、見失いました。ススキの中に隠れたものと思われます」
B01「焼き払え」
B05「よろしいのですか?確かこのマッチルールの火器制限では……」
B01「重火器は終盤での使用を推奨する、だ。観客には娯楽だろうが、我々にはこの惑星にとっての脅威か否かを見定める真剣勝負である。発射せよ」
B04「了解。装填完了……ん!?なんだ?うわぁっ!」
人型バトロイドB04機のパイロットが最初に動揺したのは、焼夷弾を装填したグレネードランチャーの反応が無くなったためで、次に驚愕したのは持ち上げてみた銃身が半ばからすっぱりと断ち切られていた為だった。
ここからは観客向けの映像を追った方がわかりやすい。
「うぉっ?!」「ぐあっ!」
銀河英勇ブロード・フェルヴィスの右翼編隊2機に、ススキの中から飛び出したヴァルガの光と闇の剣がすれ違うと、人型バトロイドがまるで撫で斬りにあったように一瞬硬直してから、糸が切れたように地面に墜ちた。スパークと黒いオイルが、風にそよぐススキの叢に飛ぶ。
「B05、B06大破!」
悲鳴のようなオペレーター、センダー・ファリスの声が通信リンクを駆け巡った。
「バカな!なんでバトロイドを墜とせる?!相手は武装レベル1、しかもソフトターゲットだぞ!こちらが圧倒的に優位のはずだ!」
観戦モニターに流れる隊長の声には激しい動揺が窺えたが、そこは世界を脅かす悪人と鬩ぎ合うヒーローを率いる者である。的確な指示で体勢を整える。
「第2班はダウンだ。第1班、等間隔に散開。防御態勢」
地上カメラで見ると、大きな人型バトロイド4機がただ一人の剣士竜を警戒して、ススキのそよぐ草地に中腰になっている、というどこかユーモラスでもある光景だった。しかし真っ只中でいつ飛び出してくるかわからないヴァルガに怯えるパイロットとしては笑うどころでは無い。
「隊長、あれを!」
夕闇が迫っていた。
センサーで野原全体を精査しようとしていた隊長は、B02が注意を促す通信の声でありえないものを見た。
ススキ野原に一人の剣士竜が立っていた。
いまは隠れもせずに、双刀を自然に体側に垂らして。一見、いかにも無防備な体勢で。
「観念したのか、誘いなのか」
隊長は一瞬逡巡したが、B03の「どうしますか?」の問いには迷い無く返した。
「やるさ。我々は銀河英勇だ。全機、協調しつつ前進!」
隊長の指示で、4機の人型バトロイドはじりじりとススキ野に立つ竜へと迫った。銃を構えて押し包む半包囲陣形、フォーメーションCである。
Illust:北熊
「勝負がつくぜ。もうすぐな」
アルダートはそう言って、轟炎獣カラレオルの頭に左手をおいた。
師匠が(人型竜に比べれば)見上げるほど巨体である人型バトロイド、銀河英勇ブロード・フェルヴィス4機に前面を圧せられ、銃を突きつけられているのに、その口調はなぜかとても落ち着いている。カラレオルもその疑問に至ったのか(ハイビーストはただの獣ではなく高い知性の持ち主である)問いかけるように見つめる視線に、アルダートは答えた。
「一緒に戦っているんだ、お師匠の言いつけ通り」
そう言うアルダートの視線は戦場から片時も離れない。
「修行。そうだ、これが修行なんだぜ。わくわくする!」
アルダートは笑っていた。
天使ソエル、奇跡の運命者レザエルと別れて以来、ほぼまっすぐ南下して暗闇の国ダークステイツを縦断してきたが、それは驚きの連続だった。
師匠ヴァルガはほとんど眠ることがない。
起きている間はひたすら移動している。
そして目の前に立ち塞がるダークステイツの悪魔や機械獣、魔獣、魔竜、ならず者までを片っ端から打ち倒して行く。
しかもいずれも峯打ちである。勝負が決するのに2合と刃を合わせられる者すら、ほとんどいなかった。
よって南へとひた歩く師匠ヴァルガの後を、食料を調達し、短い宿りを探し、時にケテルの騎士と会って話しをしながら──行く先々に現れる無口なこの男は躍進の騎士アゼンシオルといい、ソエルたちとも知り合いなのだそうでいつの間にか互いに情報を交換することになっていた──、カラレオルと2人、やっとの事で着いてきたのだ。
そこで得た確信がひとつある。すなわち、
師匠は間違いなく“無双”だ、と。
「だからオレは見続ける。相手が魔獣だろうがヒーローだろうが、師匠はゼッタイ負けない」
アルダートは右手の片手剣を握りしめた。
師匠の教えに忠実に、いま戦っているのだ。無双の剣士と共に。
自分はススキの草原に一人。前には完全武装の人型バトロイド4機。
師匠ならどうする?
オレなら、どうする?
Illust:三越はるは
『研ぎ澄まされし闘気』
その流れは、ブロード・フェルヴィス隊の間ではそう呼ばれていた。
簡単に言えば、4機のうち2機を犠牲にしても相手に必殺の一撃を食らわせる戦術である。
つまりこの場合、2機までは剣士ヴァルガの刃にかかっても、残る2機で仕留めればよい、という事になる。
まさに肉を切らせて骨を断つ。
高度の連携と、なにより相互の信頼がなければできない銀河英勇ならではの技だった。
「進め!」
その名の通り闘気が研ぎ澄まされた。
4機は散開していたポジションから縦列となり、それぞれが波のように上下しながら突進してゆく。
第1射。
B04が上方から両手で立射した銃弾の雨を、ヴァルガは横に転がって避ける。
そして、まるで太鼓のバチをそろえて叩くように、ヴァルガの光と闇の剣がB04機の胴を薙ぎ、腰部の主動力を破壊した。
オイルとスパーク!
1機目のブロード・フェルヴィスが大破した。
続いてB03は、低くかがんだ位置から散弾を放った。
上下左右に広く放たれた細かい金属片から逃げる術などない。
ノヴァグラップルの安全確保ルールとして殺傷能力は削られているが、それでも弾幕の圧力を受けて、無双を名乗っていた剣士竜は吹き飛ばされた、はずだった。
「むん!」
始めてヴァルガの呼気が漏れた。
光と闇の刀身が扇型の弧を描くと、避けることも弾くこともできるはずもない無数の散弾が、傘に弾かれた雨粒のように夕闇に輝いて、ススキの野原に消えた。
そんなバカな!
パイロットに叫ぶ余裕はあっただろうか。
ヴァルガの剣は開かれた勢いそのままにまた鋏のように閉じられて、B03機の頭部を刎ねた。
オイルとスパーク!!
「2機目、大破!」またセンダー・ファリスの悲鳴。
3機目と4機目には勝機があった。
殺到したB04、B03僚機によってヴァルガに肉迫できたのだ。
だがそれがこの『研ぎ澄まされし闘気』の真骨頂だ。
「「もらった!」」
その声はB01リーダーのものだったか、あるいはB02と合わさったものだったか。
だが待っていたのはまたしても滅びだった。
ザ!ザン!!
それは──重粒子ビームから徹甲弾までを弾くはずの──人型バトロイドの分厚い装甲が、Vの字の軌跡からくるりと返ってWを描いたヴァルガの光と闇の剣の前に、薄紙のように切り裂かれ、手足を薙ぎ払われた音だった。
オイルとスパーク!!!
勝負は決した。
『勝者!無双の運命者ヴァルガ・ドラグレス!ノヴァグラップル主催、本日のエキシビションマッチの覇者は、ドラゴンエンパイアの剣士竜だーっ!』
大歓声。
血振りをした両刀を収めたヴァルガは、かすかに好敵手たちに会釈して会場を去った。
南へ。
彼が何処にても最強だと示すために。
彼の弟子 熱気の刃アルダートとその友である轟炎獣カラレオルを連れて。
南へと。
Illust:桂福蔵
──再び、超銀河基地“A.E.G.I.S.”。
「そうか、間に合わなかったか。腕試しと聞いてウォーミングアップをしていたのだが。この吾輩のスーパーパワーを全世界に披露する絶好の機会であったのに」
「それは残念。君の出番はまた今度だな。ドクター・エーブル」
ユナイト・ディアノスは指令室の背後を振り返りもせずにそう言った。その顔には心なしか安堵の色がある。
「最後の会釈を見ただろう、敵への礼儀、ノーサイドの精神。私とピュアリィ・アグノの意見は一致している。彼ヴァルガは平和に対する脅威ではない。いまはまだ、かもしれないが」
「まぁ、そうかもしれんな。……だが」
なにを感じたのか、ユナイト・ディアノスは振り返った。
「バトロイドを切り裂く剣技と力。一度あって決めてみたいものだ。吾輩のこの左腕とどちらが勝つか」
白衣の男は異様に太く逞しい左手でポーズを決めながら続けた。
理性派でしられるユナイト・ディアノスの吐息はかすかなものだったが、居合わせた隊員たちは皆、彼に同情した。この博士、銀河英勇エーブル・マティーズは本来修めている学業や教養と矛盾するようにパワー一辺倒、ヒーローとしては左の剛腕で悪をブッ潰す、超絶マッチョかつマッドな男なのである。
「まぁ、ともかくだ。我々銀河英勇とブラントゲート国はこれからも運命者たちから目を離すことはない」
ユナイト・ディアノスは何も見なかったかのように中央スクリーンに向き直った。
「ヴァルガが運命者である限り、最強を自負する、あるいはその称号を求める者は彼を探し、その行く手に現れるだろう。倒す者と倒される者が絶えることがない、まさに修羅の道。それが彼が選び取った剣の道。惑星クレイの未来に影響するという……」
銀河英勇たちの視線が、スクリーンの向こうに青く輝く惑星クレイへと注がれた。
「運命者の定めなのか」
Illust:霜村航
了
※註.ボクシングは惑星クレイにもほぼ同じ競技が存在する。※
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《今回の一口用語メモ》
銀河英勇
衛星軌道上に浮かぶ超銀河基地“A.E.G.I.S.”を本拠として、世界を脅かす悪の手から宇宙と惑星クレイとそこに暮らす民を護る組織、それが銀河英勇である。
またこの名前は個々のヒーローたちの称号としても使われ、「銀河英勇○○○○」と名乗っている。ヒーローたちにとって勇気の“勇”を背負うことは誇りとされている。
銀河英勇の代名詞といえば、悪を倒す超絶の「技&パワー」と、地表であろうと空中、水中あるいは宇宙であろうと悪ある所に出現する「空間転送」である。※ただし最近、ブリッツ・インダストリー社のCEOがこの空間転送の力を身につけたという情報も入ってきている※
銀河英勇には様々な種族や年齢、性格のヒーローたちが所属しているが、共通しているのは平和を愛し、悪と戦う使命に燃える熱い正義心だ。
また、ヒーローたちは世界の平和という──困難かつ維持が難しい──任務のため、各国の警察や軍隊、有識者とも連携し良好な関係を築いている。
今回の特別試合のように、ノヴァグラップルの常連ゲストとして名高い銀河英勇が、各国首脳からの密かな依頼を受けて、“無双”を名乗る運命者ヴァルガ・ドラグレスが「世界に及ぼす影響」を見定めるため、エキシビションマッチの形を借りて、あえて打たれ役を買って出るというのもそうした信頼関係に基づくものと思われる。
銀河英勇と超銀河基地A.E.G.I.S.については
→『The Elderly ~時空竜と創成竜~』
後篇 第1話 遡上あるいは始源への旅
後篇 第2話 終局への道程
を参照のこと。
銀河英勇ユナイト・ディアノスについては
→ユニットストーリー126「大望の翼 ソエル」を参照のこと。
人型機動兵器専用ステージ、ノヴァグラップル5000のノヴァグラップル、バトロイドの戦いについては
→ユニットストーリー010「グラナロート・フェアティガー」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡