ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
137 運命大戦第11話「時の運命者 リィエル゠アモルタ」
ケテルサンクチュアリ
種族 エンジェル
静寂。
遺構への入り口は、もともと壁であった場所を強い火力で破壊したもののようで、黒い焦げ跡と崩れた石積み──ここの成り立ちを知ればそれが単純な岩石などであるはずもなかったが──とそして明らかに新しい痕跡として補強された支柱が残っていた。
「よぅ。来たな、奇跡の運命者」
突然かけられた声はこの遺跡に湛えられた水の奥から聞こえてきた。天使2人が立つ入り口は背後から差しこむ陽光でかろうじて足元を照らされる程度だったが、声が来た方にもまた一つ明かりが点っている。
「大学宛てに速達で招待状を寄越されては来ずにはおられまい、標の運命者」
そう答えたレザエルは、精一杯師匠を守ろうと暗闇に向かって杖を構える天使ソエルの頭に手をかけて、大丈夫だよと合図した。
「いい子だなぁ、ソエル君。弟子を見れば師匠がわかるってもんか」
櫓を漕ぐ音が近づいてきた。船を巧みに操り岸に寄せたヴェルストラは、舳先に灯る明かりにいつもの不敵な笑みを浮かべている。空飛ぶバイク、空母に続いて手漕ぎボートまでも彼の手にかかると、たちまち自在な動きを見せる。これもヴェルストラの特技のひとつらしい。
Illust:西木あれく
「決闘の続きにしては変わった場所だが」
とレザエル。彼の手には研ぎ澄まされた大剣があり、ヴェルストラもまた右手におそらく前回の戦闘以降に調整された剛腕武装を装着している。武装だけで見るならば互いに戦闘態勢は整っている。
「いいや。腕試しはあれで終わりだ。あんたの今日の相手はオレじゃない。まぁ乗ってくれよ、足元に気をつけて」
ヴェルストラの勧めにレザエルは悠然と、ソエルはおっかなびっくり船に乗りこみ座った。CEOがこの遺跡に持ち込んだものだろうか、乗客2人と船頭1人でもまだ余裕のあるこの船はいわゆるゴンドラ型である。
「零の虚のことは聞いたかい」
「あぁ。目下、大学教授陣と賢者たちが分析中だ。オラクルも」
「ストイケイアとケテルサンクチュアリの頭脳がオンラインで全投入というわけだ。やるね」
2人のやり取りは自然で、特にヴェルストラの方には明らかに親しげな調子があった。つい先日、グレートネイチャー総合大学グラウンドを半壊させるほど激しく剣と拳を交えたのだと教えられなければ、古くからつきあいのある友人と言われても信じてしまうだろう。
ブリッツCEOは会う人誰とでも友達になってしまうのが特技らしい、とソエルはそんな噂を思い出しながら大人2人の会話を聞いていた。
「そんな取り込み中に呼び出して悪かったな。じゃあ、まずここの説明から始めよっか」
「ギアクロニクル第99号遺構。ここがダークゾーンだった頃に残され忘れられていたギアクロニクルの遺跡だ。最近、何か重大な発見があったと言う。その情報発信者はブリッツ・インダストリーCEO。つまり君自身だ」
「全体共有チャンネルを見てくれたんだな。超役に立ってんじゃん、水晶玉ネットワーク」
「あの……でもその発掘は極秘調査じゃなかったんですか?CEOが莫大な私財を投じられた」
ソエルの懸念に、オレ秘密にできない質だからさ、とヴェルストラはウインクしながらまた嬉しそうに笑う。とにかく人を驚かせるのが(そして驚いた様子を見るのが)好きな男なのだ。
「それで、ここに私たちを呼んだ理由とは」
あくまで理路整然と話を勧めるレザエルは良き教師タイプの天使である。一方の櫓を漕ぎながら、悪戯っぽい笑顔を崩さずこれに答えるヴェルストラは、脱線しがちな厄介者の生徒と言ったところだろうか。
「あんたと話したいという人がいてね。オレはその仲介役って所」
ヴェルストラの言い方は謎めいていたが、天使の師弟は沈黙でそれに答えた。
ソエルはCEOの意図が読めないため、その師レザエルはふと目に止まった仄かな明かりを放つものに目を奪われていたためだ。
ゴンドラの舳先に備えつけられ、光を放っているそれは奇妙な物体だった。
鶏の卵ほどの大きさと形、だが殻と白味にあたる部分は透明なガラス様の物質だった。
目を奪われるのは、固体であるはずのその内部に小さな歯車が密集しており、それぞれが複雑に連携して回転駆動している点だろう。
「変わっているよな。バロウとインヴァースに案内されてこれと対面した時、目を離せなくなったよ。オレも」
レザエルの様子を見越したように、ヴェルストラは背後から声をかけた。
「うちの技術者総掛かりでも、最初は何かわからなかった。歯車が動いているのにこのガラスみたいなのが凄く硬い構造でさ。つまり個体の中で絶対に動くはずがないものが動力も無しに回り続けてる。で、結局わかったのが、大気や大地から放射されるあるエネルギーを受けてこの“卵”内部の分子構造が瞬時に転移しているんだと。こんなの科学だけじゃ理解できないだろう。オレ一応、工業会社のCEOなんだけどさ~」
「……」聴衆2人は笑わない。
「ところがだ。研究してみたらこれこそが、オレのこの剛腕武装を完成させる最後の1ピースだったんだよ。動力も分子瞬間転移/再構築も運命力の産物なんだ、これは。いやぁユース君所や虹の魔竜の洞窟まで交渉に行く必要がなくなって助かったんだけど、これを持ってたら我らが永遠のアイドル、クリスレインちゃんまでが鯨で突っ込んできて手放せ!なんて言うんだもん。最近何をやるにも命がけでさ。これが運命者の定めってヤツかね。燃えるぜぇ」
暗闇に船を漕ぐヴェルストラは饒舌だった。
対して、救世の使いと称される天使レザエルは何も答えない。その師匠の背に漂ういつもとは明らかに違う緊張の気配を見て、ソエルは胸に不安の雲が広がるのを感じた。
「聞こえるんだな。オレもずっと囁かれてた」
ヴェルストラはまた謎めいた言葉を続けた。レザエルは一度振り向き、すぐにまた舳先の“卵”に視線を戻す。
「やっぱり引き合う運命なんだ、お前たちは」
Illust:タカヤマトシアキ
船の最終目的地は、島あるいは石舞台ともいえる場所だった。
遺跡の最奥と思われるここは紡錘形を半分にした縦長の巨大な半球型ドームで、岩のように見える素材不明で継ぎ目の見えない壁と天井に囲まれた広大な空間には、ここまでと同じく澄んだ水が湛えられ池となっている。その中央にあるのが前述の“島”である。
島にはかがり火と先客があった。
3人の天使。
ソエルはひどく、そしてヴェルストラも少し驚かされた事に、この大聖堂のような空間へと船が入り彼女たちの姿が視えた途端、今まで静かに舳先の“卵”を見つめていたレザエルが、いきなり翼を広げて島へと飛翔した。
「おおっと!……やれやれ、師弟そろってせっかちな事で」
激しく揺らぐゴンドラをその言葉ほど慌てることもなく制御したヴェルストラは、師匠の後を追って飛んだソエルに続いてすいとこぎ寄せると、島の岸にぴたりと寄せて泊めた。手早く舫い綱を取り出して固定するあたり、海の男も真っ青な手際の良さと身のこなしである。
「……お前たち……」
そんな背後の騒ぎには目もくれず、レザエルは彼に再会の礼をする天使たちの前で立ち尽くしていた。
「お久しぶりでーす、レザエル様」
と号笛の奏者ビルニスタが角笛を持ち上げて笑うと、
「良かった。お元気そうで」
愛琴の奏者アドルファスが楽器を抱えていない片手で目尻を拭い、
「お待ちしていました。永の歳月を、この土地で」
麗弦の奏者エルジェニアが深い満足をたたえた微笑を浮かべて頷いた。
Illust:kaworu
Illust:麻谷知世
Illust:mado*pen
「お師匠様、こちらの方たちは……」
遠慮がちに投げかけられたソエルの質問に答えたのは、背後から追いついたヴェルストラだった。
「レザエルと彼女たちは古い知り合いなのさ。ある一人の女性を中心としてね」
ヴェルストラは言葉を失っているレザエルの脇をすり抜けて、島のさらに中央にある祭壇へと歩を進めた。
その左手にはあの“卵”が、いまはまた彼の耳に押し当てられていた。そしてヴェルストラは独り言のように呟いた。誰かへの返答のようでもある。
「あぁ、そうだ。いよいよ運命の刻限だな」
「貴様、何を知っている!」レザエルは珍しく詰問調だった。
「すべてを、と言いたいが、残念ながら必要なことだけさ。例えばこんな風に……」
ヴェルストラは右腕の剛腕武装に持ち返ると、恭しいほどの慎重な仕草で“卵”を祭壇に供え、また一同の後ろへまで退いた。“卵”は一瞬明滅したが、ふっとその明かりが消えた。
暗闇と沈黙。
何も起こらない。
天使5人と1人の人間はその場で動かず、待った。
「……何が起こるのですか」
「それがオレにもわからなくてね。もうしばらく待ってみよう」
たまりかねて放たれた疑問とその答えは、またもソエルとヴェルストラの間だけで終始した。
もしこの時、もっと明かりがあったならばソエルは、目の前のレザエルの身体がわなわなと震え始めた事に気がついたかもしれない。
水音すらもしない薄闇の世界。消えかけたかがり火だけが辛うじて物の輪郭を浮かび上がらせている。
それは無限に続くかとも思われた。
数十分、数時間か、あるいは逆に短くわずか数分、数十秒のことだったのかもしれない。
光が瞬いた。
見ている者はみな錯覚かと思い、目を瞬かせたに違いない。
だが確かにそれは光った。
次に浮かび上がったのは歯車だ。
透明な“卵”の中で時を刻む歯車。
『レザエル』
そして声と物音が響いた。
声は透き通るように美しい、しかしどこか無機質な女性の声。そして物音とはレザエルが──剣豪とも斬り合う──剛い身体から力が抜け、石舞台に両膝をついた音だった。その手は顔を覆っている。
「お師匠様っ!」「いまは待て、ソエル君」
ヴェルストラは左手で、薄闇の中に飛び出そうとする少年天使の肩を押さえた。その目は“卵”から放していない。
『レザエル』
「……リィエル……君なのか、リィエル!?」
レザエルはようやく顔をあげた。彼はいま確かに泣いていた。
取り戻せぬ過去に直面した時、込み上げてくるものは悔恨か、それとも一縷の望みなのか。
レザエルはいま絶望していた。
そして叫んだ。なぜこの声が、今、ここで聞こえるのか。こんなことは残酷すぎる。
「リィエル!君はあの時、僕の腕の中で……」
『死んだ。そうこの世から去った。かつての私は』
そして“卵”が孵化を始めた。
透明な外殻は今、黄金の光雲となって大聖堂を思わせる遺跡のドームを眩しく照らしていた。
歯車が周りながら、無から有へ、未来から過去、過去から未来へと美しいものを紡ぎ始めた。
再生である。
羽が、身体が、それらを彩る装束さえもがある記憶を元に、原子からそれを再構築してゆく。
「あ、あぁ……」
レザエルのこんな声をソエルは初めて聞いた。そして同様に眼前の光景に息を呑むばかりの自分もまた、同じような声をあげていることにも気がついた。
『レザエル』
身体の再構築が終わった。
そこにはかつてユナイテッドサンクチュアリの華と称えられた、美しい天使の似姿があった。
島にいた天使の3人はみな泣いていた。彼女たちは今を遡ること2000年以上も前、無神紀の悲劇からずっとこの瞬間のために長い時をただ耐え忍び、希望を繋いできたのだから。
「リィエル。君は、その姿は……」
『私の名はリィエル゠アモルタ』
「リィエル゠アモルタ?それは……」
『時の運命者。私はあなたのリィエルであり、またそうではない存在。ユナイテッドサンクチュアリの天使、エンジェルフェザー、そしてギアクロニクルによって産み出されし者』
「時の運命者リィエル゠アモルタだと?」
「初めまして、リィエル゠アモルタ。第7の運命者さん」
呆然と繰り返すだけのレザエルの背後で、ヴェルストラは満足げに独り言ちた。
それでは、彼は“卵”であったこの者を見出した後、彼女リィエルの囁きに耳を傾けたが故に、クリスレインの要求を断り、レザエルを襲撃したというのだろうか。
『時が来た。レザエル、私の言うことを聞き、そして来るべき戦いから身を退きなさい』
「来るべき戦いとは何だ、私のリィエル。いやリィエル゠アモルタよ」
レザエルはようやく本来の理知的な態度を取り戻しつつあった。驚愕と絶望に打ちひしがれ、膝をついたままではあったが。
『邂逅と対決。運命力の均衡は運命者同士の接触によって傾く。そして世界の行く末もまた』
「それは我々も同じ推論に達している。だが今、話したいのは違うことだ、リィエル!」
『この状況において余談は非効率的よ、奇跡の運命者レザエル。いまの私は時の運命者リィエル゠アモルタ。私の忠告に従わねば……』
「従わなければ?」
『レザエル。あなたは死に、世界は滅ぶ』
黄金の光に満ちた大聖堂に、美しき天使の声は荘厳な鐘の音のように鳴り響き、動かなかった水面はいま初めて不穏なさざ波を立てた。
Illust:海鵜げそ
※注.時間は惑星クレイ時間のものを地球の単位に直している。※
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
ギアクロニクル第99号遺構
龍樹侵攻後に発見・発掘されたドラゴニア大陸南西部、現ブラントゲート(旧ダークゾーン領)北部にある遺跡が、ギアクロニクル第99号遺構だ。
天輪聖紀の現在、ここは地下に埋もれ廃墟となっているが、保存状態は非常によい(とトレジャーハンター バロウマグネス隊からはレポートが上がっている)。
内部はギアクロニクルの惑星外科学技術による施設のため、そのほとんどの用途が判明していない。
ただし同発掘隊サブリーダーの推測によれば──彼女は以前、超重力の嵐から生還したことで並外れた身体能力と精神力、知力(さらには知るはずのない情報に通じる直感力も)を得ている──、風化の具合が不均衡であることから「何らかの時空移動ないしは時間飛翔(『時翔』という文字も読み取れたそうだ)」に関わる施設・装備だった可能性がある。
さらに我々、東部ダークステイツ傭兵団およびトレジャーハンター事務局の情報網によれば、ブリッツ・インダストリーCEOが賓客を連れ、再びこの地下施設を訪れたとのこと。
もちろんクライアントとの契約は完了しているため、要らぬ憶測は禁物だ。だが、またご用命いただく機会のために共有を求めることはマナー違反とは言えないだろう。ブリッツ・インダストリー社広報を通じて、より詳しい情報を求めていくつもりである。
なによりもう一度一緒に飲みたいという某リーダーから再三の要求と、CEOからの「傭兵団メンバーを空母滞在ツアーへ招待したい」というメッセージが手元に届いているためでもあるが。
東部ダークステイツ トレジャーハンター・カンパニー/傭兵斡旋役 魔皇帝公認一級エージェント
幻想の奇術師 カーティス
※魔獣や野盗退治、魔王方の代理戦闘など傭兵任務の他、日常生活のお手伝い事、トラブル解決、宝探し、土木工事まで最高の人材を派遣いたします。秘密厳守。即断即解決がモットー。お気軽にご連絡ください。※
ギアクロニクルについては
→ユニットストーリー064「マーチングデビュー ピュリテ」の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
ギアクロニクルと遺跡発掘隊アンティークについては
→ユニットストーリー056 世界樹編「封焔竜 アウシュニヤ」の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
ギアクロニクル第99号遺構への道が開かれた経緯について。また、この遺跡の調査・発掘作業をプロフェッショナルかつ国際的な権威である多国籍遺跡発掘隊「アンティーク」ではなく、ブリッツ・インダストリーCEOとバロウマグネス率いるダークステイツ傭兵団(トレジャーハンター兼務)が秘密裏に行ったのか、については今回のエピソードと
→ユニットストーリー132「奇跡の運命者 レザエルII 《在るべき未来》」も参照のこと。
傭兵/トレジャーハンター隊サブリーダー、アトラクト・インヴァースが超重力の嵐に曝され、心身に驚異の変化を遂げた(そしてアレクサンドラから改名した)エピソードについては
→ユニットストーリー074「アトラクト・インヴァース」を参照のこと。
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遺構への入り口は、もともと壁であった場所を強い火力で破壊したもののようで、黒い焦げ跡と崩れた石積み──ここの成り立ちを知ればそれが単純な岩石などであるはずもなかったが──とそして明らかに新しい痕跡として補強された支柱が残っていた。
「よぅ。来たな、奇跡の運命者」
突然かけられた声はこの遺跡に湛えられた水の奥から聞こえてきた。天使2人が立つ入り口は背後から差しこむ陽光でかろうじて足元を照らされる程度だったが、声が来た方にもまた一つ明かりが点っている。
「大学宛てに速達で招待状を寄越されては来ずにはおられまい、標の運命者」
そう答えたレザエルは、精一杯師匠を守ろうと暗闇に向かって杖を構える天使ソエルの頭に手をかけて、大丈夫だよと合図した。
「いい子だなぁ、ソエル君。弟子を見れば師匠がわかるってもんか」
櫓を漕ぐ音が近づいてきた。船を巧みに操り岸に寄せたヴェルストラは、舳先に灯る明かりにいつもの不敵な笑みを浮かべている。空飛ぶバイク、空母に続いて手漕ぎボートまでも彼の手にかかると、たちまち自在な動きを見せる。これもヴェルストラの特技のひとつらしい。
Illust:西木あれく
「決闘の続きにしては変わった場所だが」
とレザエル。彼の手には研ぎ澄まされた大剣があり、ヴェルストラもまた右手におそらく前回の戦闘以降に調整された剛腕武装を装着している。武装だけで見るならば互いに戦闘態勢は整っている。
「いいや。腕試しはあれで終わりだ。あんたの今日の相手はオレじゃない。まぁ乗ってくれよ、足元に気をつけて」
ヴェルストラの勧めにレザエルは悠然と、ソエルはおっかなびっくり船に乗りこみ座った。CEOがこの遺跡に持ち込んだものだろうか、乗客2人と船頭1人でもまだ余裕のあるこの船はいわゆるゴンドラ型である。
「零の虚のことは聞いたかい」
「あぁ。目下、大学教授陣と賢者たちが分析中だ。オラクルも」
「ストイケイアとケテルサンクチュアリの頭脳がオンラインで全投入というわけだ。やるね」
2人のやり取りは自然で、特にヴェルストラの方には明らかに親しげな調子があった。つい先日、グレートネイチャー総合大学グラウンドを半壊させるほど激しく剣と拳を交えたのだと教えられなければ、古くからつきあいのある友人と言われても信じてしまうだろう。
ブリッツCEOは会う人誰とでも友達になってしまうのが特技らしい、とソエルはそんな噂を思い出しながら大人2人の会話を聞いていた。
「そんな取り込み中に呼び出して悪かったな。じゃあ、まずここの説明から始めよっか」
「ギアクロニクル第99号遺構。ここがダークゾーンだった頃に残され忘れられていたギアクロニクルの遺跡だ。最近、何か重大な発見があったと言う。その情報発信者はブリッツ・インダストリーCEO。つまり君自身だ」
「全体共有チャンネルを見てくれたんだな。超役に立ってんじゃん、水晶玉ネットワーク」
「あの……でもその発掘は極秘調査じゃなかったんですか?CEOが莫大な私財を投じられた」
ソエルの懸念に、オレ秘密にできない質だからさ、とヴェルストラはウインクしながらまた嬉しそうに笑う。とにかく人を驚かせるのが(そして驚いた様子を見るのが)好きな男なのだ。
「それで、ここに私たちを呼んだ理由とは」
あくまで理路整然と話を勧めるレザエルは良き教師タイプの天使である。一方の櫓を漕ぎながら、悪戯っぽい笑顔を崩さずこれに答えるヴェルストラは、脱線しがちな厄介者の生徒と言ったところだろうか。
「あんたと話したいという人がいてね。オレはその仲介役って所」
ヴェルストラの言い方は謎めいていたが、天使の師弟は沈黙でそれに答えた。
ソエルはCEOの意図が読めないため、その師レザエルはふと目に止まった仄かな明かりを放つものに目を奪われていたためだ。
ゴンドラの舳先に備えつけられ、光を放っているそれは奇妙な物体だった。
鶏の卵ほどの大きさと形、だが殻と白味にあたる部分は透明なガラス様の物質だった。
目を奪われるのは、固体であるはずのその内部に小さな歯車が密集しており、それぞれが複雑に連携して回転駆動している点だろう。
「変わっているよな。バロウとインヴァースに案内されてこれと対面した時、目を離せなくなったよ。オレも」
レザエルの様子を見越したように、ヴェルストラは背後から声をかけた。
「うちの技術者総掛かりでも、最初は何かわからなかった。歯車が動いているのにこのガラスみたいなのが凄く硬い構造でさ。つまり個体の中で絶対に動くはずがないものが動力も無しに回り続けてる。で、結局わかったのが、大気や大地から放射されるあるエネルギーを受けてこの“卵”内部の分子構造が瞬時に転移しているんだと。こんなの科学だけじゃ理解できないだろう。オレ一応、工業会社のCEOなんだけどさ~」
「……」聴衆2人は笑わない。
「ところがだ。研究してみたらこれこそが、オレのこの剛腕武装を完成させる最後の1ピースだったんだよ。動力も分子瞬間転移/再構築も運命力の産物なんだ、これは。いやぁユース君所や虹の魔竜の洞窟まで交渉に行く必要がなくなって助かったんだけど、これを持ってたら我らが永遠のアイドル、クリスレインちゃんまでが鯨で突っ込んできて手放せ!なんて言うんだもん。最近何をやるにも命がけでさ。これが運命者の定めってヤツかね。燃えるぜぇ」
暗闇に船を漕ぐヴェルストラは饒舌だった。
対して、救世の使いと称される天使レザエルは何も答えない。その師匠の背に漂ういつもとは明らかに違う緊張の気配を見て、ソエルは胸に不安の雲が広がるのを感じた。
「聞こえるんだな。オレもずっと囁かれてた」
ヴェルストラはまた謎めいた言葉を続けた。レザエルは一度振り向き、すぐにまた舳先の“卵”に視線を戻す。
「やっぱり引き合う運命なんだ、お前たちは」
Illust:タカヤマトシアキ
船の最終目的地は、島あるいは石舞台ともいえる場所だった。
遺跡の最奥と思われるここは紡錘形を半分にした縦長の巨大な半球型ドームで、岩のように見える素材不明で継ぎ目の見えない壁と天井に囲まれた広大な空間には、ここまでと同じく澄んだ水が湛えられ池となっている。その中央にあるのが前述の“島”である。
島にはかがり火と先客があった。
3人の天使。
ソエルはひどく、そしてヴェルストラも少し驚かされた事に、この大聖堂のような空間へと船が入り彼女たちの姿が視えた途端、今まで静かに舳先の“卵”を見つめていたレザエルが、いきなり翼を広げて島へと飛翔した。
「おおっと!……やれやれ、師弟そろってせっかちな事で」
激しく揺らぐゴンドラをその言葉ほど慌てることもなく制御したヴェルストラは、師匠の後を追って飛んだソエルに続いてすいとこぎ寄せると、島の岸にぴたりと寄せて泊めた。手早く舫い綱を取り出して固定するあたり、海の男も真っ青な手際の良さと身のこなしである。
「……お前たち……」
そんな背後の騒ぎには目もくれず、レザエルは彼に再会の礼をする天使たちの前で立ち尽くしていた。
「お久しぶりでーす、レザエル様」
と号笛の奏者ビルニスタが角笛を持ち上げて笑うと、
「良かった。お元気そうで」
愛琴の奏者アドルファスが楽器を抱えていない片手で目尻を拭い、
「お待ちしていました。永の歳月を、この土地で」
麗弦の奏者エルジェニアが深い満足をたたえた微笑を浮かべて頷いた。
Illust:kaworu
Illust:麻谷知世
Illust:mado*pen
「お師匠様、こちらの方たちは……」
遠慮がちに投げかけられたソエルの質問に答えたのは、背後から追いついたヴェルストラだった。
「レザエルと彼女たちは古い知り合いなのさ。ある一人の女性を中心としてね」
ヴェルストラは言葉を失っているレザエルの脇をすり抜けて、島のさらに中央にある祭壇へと歩を進めた。
その左手にはあの“卵”が、いまはまた彼の耳に押し当てられていた。そしてヴェルストラは独り言のように呟いた。誰かへの返答のようでもある。
「あぁ、そうだ。いよいよ運命の刻限だな」
「貴様、何を知っている!」レザエルは珍しく詰問調だった。
「すべてを、と言いたいが、残念ながら必要なことだけさ。例えばこんな風に……」
ヴェルストラは右腕の剛腕武装に持ち返ると、恭しいほどの慎重な仕草で“卵”を祭壇に供え、また一同の後ろへまで退いた。“卵”は一瞬明滅したが、ふっとその明かりが消えた。
暗闇と沈黙。
何も起こらない。
天使5人と1人の人間はその場で動かず、待った。
「……何が起こるのですか」
「それがオレにもわからなくてね。もうしばらく待ってみよう」
たまりかねて放たれた疑問とその答えは、またもソエルとヴェルストラの間だけで終始した。
もしこの時、もっと明かりがあったならばソエルは、目の前のレザエルの身体がわなわなと震え始めた事に気がついたかもしれない。
水音すらもしない薄闇の世界。消えかけたかがり火だけが辛うじて物の輪郭を浮かび上がらせている。
それは無限に続くかとも思われた。
数十分、数時間か、あるいは逆に短くわずか数分、数十秒のことだったのかもしれない。
光が瞬いた。
見ている者はみな錯覚かと思い、目を瞬かせたに違いない。
だが確かにそれは光った。
次に浮かび上がったのは歯車だ。
透明な“卵”の中で時を刻む歯車。
『レザエル』
そして声と物音が響いた。
声は透き通るように美しい、しかしどこか無機質な女性の声。そして物音とはレザエルが──剣豪とも斬り合う──剛い身体から力が抜け、石舞台に両膝をついた音だった。その手は顔を覆っている。
「お師匠様っ!」「いまは待て、ソエル君」
ヴェルストラは左手で、薄闇の中に飛び出そうとする少年天使の肩を押さえた。その目は“卵”から放していない。
『レザエル』
「……リィエル……君なのか、リィエル!?」
レザエルはようやく顔をあげた。彼はいま確かに泣いていた。
取り戻せぬ過去に直面した時、込み上げてくるものは悔恨か、それとも一縷の望みなのか。
レザエルはいま絶望していた。
そして叫んだ。なぜこの声が、今、ここで聞こえるのか。こんなことは残酷すぎる。
「リィエル!君はあの時、僕の腕の中で……」
『死んだ。そうこの世から去った。かつての私は』
そして“卵”が孵化を始めた。
透明な外殻は今、黄金の光雲となって大聖堂を思わせる遺跡のドームを眩しく照らしていた。
歯車が周りながら、無から有へ、未来から過去、過去から未来へと美しいものを紡ぎ始めた。
再生である。
羽が、身体が、それらを彩る装束さえもがある記憶を元に、原子からそれを再構築してゆく。
「あ、あぁ……」
レザエルのこんな声をソエルは初めて聞いた。そして同様に眼前の光景に息を呑むばかりの自分もまた、同じような声をあげていることにも気がついた。
『レザエル』
身体の再構築が終わった。
そこにはかつてユナイテッドサンクチュアリの華と称えられた、美しい天使の似姿があった。
島にいた天使の3人はみな泣いていた。彼女たちは今を遡ること2000年以上も前、無神紀の悲劇からずっとこの瞬間のために長い時をただ耐え忍び、希望を繋いできたのだから。
「リィエル。君は、その姿は……」
『私の名はリィエル゠アモルタ』
「リィエル゠アモルタ?それは……」
『時の運命者。私はあなたのリィエルであり、またそうではない存在。ユナイテッドサンクチュアリの天使、エンジェルフェザー、そしてギアクロニクルによって産み出されし者』
「時の運命者リィエル゠アモルタだと?」
「初めまして、リィエル゠アモルタ。第7の運命者さん」
呆然と繰り返すだけのレザエルの背後で、ヴェルストラは満足げに独り言ちた。
それでは、彼は“卵”であったこの者を見出した後、彼女リィエルの囁きに耳を傾けたが故に、クリスレインの要求を断り、レザエルを襲撃したというのだろうか。
『時が来た。レザエル、私の言うことを聞き、そして来るべき戦いから身を退きなさい』
「来るべき戦いとは何だ、私のリィエル。いやリィエル゠アモルタよ」
レザエルはようやく本来の理知的な態度を取り戻しつつあった。驚愕と絶望に打ちひしがれ、膝をついたままではあったが。
『邂逅と対決。運命力の均衡は運命者同士の接触によって傾く。そして世界の行く末もまた』
「それは我々も同じ推論に達している。だが今、話したいのは違うことだ、リィエル!」
『この状況において余談は非効率的よ、奇跡の運命者レザエル。いまの私は時の運命者リィエル゠アモルタ。私の忠告に従わねば……』
「従わなければ?」
『レザエル。あなたは死に、世界は滅ぶ』
黄金の光に満ちた大聖堂に、美しき天使の声は荘厳な鐘の音のように鳴り響き、動かなかった水面はいま初めて不穏なさざ波を立てた。
Illust:海鵜げそ
了
※注.時間は惑星クレイ時間のものを地球の単位に直している。※
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《今回の一口用語メモ》
ギアクロニクル第99号遺構
龍樹侵攻後に発見・発掘されたドラゴニア大陸南西部、現ブラントゲート(旧ダークゾーン領)北部にある遺跡が、ギアクロニクル第99号遺構だ。
天輪聖紀の現在、ここは地下に埋もれ廃墟となっているが、保存状態は非常によい(とトレジャーハンター バロウマグネス隊からはレポートが上がっている)。
内部はギアクロニクルの惑星外科学技術による施設のため、そのほとんどの用途が判明していない。
ただし同発掘隊サブリーダーの推測によれば──彼女は以前、超重力の嵐から生還したことで並外れた身体能力と精神力、知力(さらには知るはずのない情報に通じる直感力も)を得ている──、風化の具合が不均衡であることから「何らかの時空移動ないしは時間飛翔(『時翔』という文字も読み取れたそうだ)」に関わる施設・装備だった可能性がある。
さらに我々、東部ダークステイツ傭兵団およびトレジャーハンター事務局の情報網によれば、ブリッツ・インダストリーCEOが賓客を連れ、再びこの地下施設を訪れたとのこと。
もちろんクライアントとの契約は完了しているため、要らぬ憶測は禁物だ。だが、またご用命いただく機会のために共有を求めることはマナー違反とは言えないだろう。ブリッツ・インダストリー社広報を通じて、より詳しい情報を求めていくつもりである。
なによりもう一度一緒に飲みたいという某リーダーから再三の要求と、CEOからの「傭兵団メンバーを空母滞在ツアーへ招待したい」というメッセージが手元に届いているためでもあるが。
東部ダークステイツ トレジャーハンター・カンパニー/傭兵斡旋役 魔皇帝公認一級エージェント
幻想の奇術師 カーティス
※魔獣や野盗退治、魔王方の代理戦闘など傭兵任務の他、日常生活のお手伝い事、トラブル解決、宝探し、土木工事まで最高の人材を派遣いたします。秘密厳守。即断即解決がモットー。お気軽にご連絡ください。※
ギアクロニクルについては
→ユニットストーリー064「マーチングデビュー ピュリテ」の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
ギアクロニクルと遺跡発掘隊アンティークについては
→ユニットストーリー056 世界樹編「封焔竜 アウシュニヤ」の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
ギアクロニクル第99号遺構への道が開かれた経緯について。また、この遺跡の調査・発掘作業をプロフェッショナルかつ国際的な権威である多国籍遺跡発掘隊「アンティーク」ではなく、ブリッツ・インダストリーCEOとバロウマグネス率いるダークステイツ傭兵団(トレジャーハンター兼務)が秘密裏に行ったのか、については今回のエピソードと
→ユニットストーリー132「奇跡の運命者 レザエルII 《在るべき未来》」も参照のこと。
傭兵/トレジャーハンター隊サブリーダー、アトラクト・インヴァースが超重力の嵐に曝され、心身に驚異の変化を遂げた(そしてアレクサンドラから改名した)エピソードについては
→ユニットストーリー074「アトラクト・インヴァース」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡