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短編小説「ユニットストーリー」
140 運命大戦第14話「零の運命者 ブラグドマイヤー」
ダークステイツ
種族 デーモン
カード情報
 陽の光なき暗黒の地の沼に悲しみは果てしなく降り積もる。
 “沼”はダークステイツにありながら、誰もその所在を知らない場所にあった。
 だからここに誕生したものにとって孤独は「本能」と呼んでもいいだろう。
 ブラグドマイヤーは、自分がこの世に生まれ落ちた瞬間を覚えている。この沼の底にあった「誰かの強烈な悲しみ」。そこに強大な運命力が落ち、その悲しみを核として生まれたのが、ブラグドマイヤーと言う存在なのだ。
 ゆたう水面みなものその上に、瘴気の空が見えていた。
 最初に感じたのは強烈な「飢え」だ。自分の中心には、ぽっかりと空いた巨大な「うろ」があり、何としてもそれを満たさねばならないと感じた。
 飢えとは何か。
 満たしたい衝動だ。耐えがたい、こらえがたい欲求だ。
 だからブラグドマイヤーの産声は呼気ではなく、吸気だった。
 ォォォオオオ……
 最初に吸い込んだ瘴気。
 悪魔デーモンの喉に流れた最初の悲しみは味がしなかった。
 だがブラグドマイヤーは吸い込み続けた。
 無限に。
 味のしない悲しみを、ただ飢えを満たすためだけに。

Illust:タカヤマトシアキ


 ──リィエル゠アモルタ出現より2日後。現在。
 特等船室のドアが開くと、レザエルが姿を現した。
 豪華ホテルと見まごう広い廊下を歩くと、指示されていた大会議室まで進んだ。
「お師匠様!」
 大扉は内側から開いた。
 涙目で駆け寄ってきたソエルの頭をいつものように撫でてから、中に歩み入る。
「よっ。来たな、奇跡の運命者」
 笑顔でこちらに手を広げているホストは、この艦のオーナーでもあるCEOヴェルストラ──標の運命者 ヴェルストラ“ブリッツ・アームズ”。
 着席している万化の運命者クリスレインがレザエルに会釈を送る。
 彼女はこの少し前、寝台で休らうリィエルとの対面も果たしている。無神紀当時に面識がなかったとしても、同じ時代を生きてきた者として、切なすぎる状況や恋人たちの気持ちを察するに多くの言葉は要らなかった。
 会議卓の空席には予備も含む3つの水晶玉マジックターミナルが置いてあった。
 ネットワークを介した向こうにいるのが無双の運命者ヴァルガ・ドラグレス(さらに弟子アルダートとその相棒 轟炎獣カラレオル)、いまは療養中の禁忌の運命者ゾルガ・ネイダールと察せられた。リィエル゠アモルタともう一人を除けば運命者が勢揃いという、錚々そうそうたる面々だ。
「ちょうど自己紹介が終わった所。もうみーんな親友ダチになっちまったぜ」
「おまえは親友ダチなどではない」
 冷たい声が水晶玉マジックターミナルから答えた。
「もー、つれないなぁゾルガ船長!くれぐれも傷、お大事に~。あ、あとヘンドリーナちゃんにもよろしくね!」
 ヴェルストラは全くめげる事も無く続けた。相手が目の前にいるように違和感なく話しかける様子は相当リモート慣れしている。
 相手が黙り込んだのを確認して、CEOは続けた。
「レザエル。接近方針アプローチについて最終確認をしたかったんだけど……もういいのか?」
 いいのか、とは眠れるリィエル゠アモルタとの逢瀬についてだ。それ以上細かく尋ねないあたり、意外にデリカシーも備えた男である。その耳で長く、窮状を訴え協力を求める囁きを聞き続けたリィエルへの思い入れも大きいのかもしれないが。
「ありがとう。皆にも心配をかけた。方針を聞こう」
「よし。戦う男の声になっている。もう心配は要らんな」「ヴァルガか」
 あぁ、と無双の剣士の声がレザエルに応えた。どこかの野で、アルダートが設置した水晶玉マジックターミナルに向かっている様子が目に浮かぶ。もちろんこの会議の前に弟子同士の交流もあったのだ。聞き知った師匠の悲劇を嘆き悲しむソエルを、アルダートが「オマエがしっかりしなくてどうするんだよ」とどやしつける構図だったが。
「ゾルガ船長も。まだお目にはかかっていないが、貴重なデータを提供いただいたとか」
 そうだ。我が半身の引き換えにな、と陰鬱な声が応え、何かに遮られたように消音ミュートになるとややあって、少し声音を変えたゾルガが続けた。
「失礼。接近方針アプローチに手を入れさせてもらった。画像を送ったと思うが」
 ちょっと待った……そら!とヴェルストラは会議室のモニターに模式図を映した。
 巨大な渦巻きのようにそれ・・は見えた。
「『ゼロうろ』。あらゆるものを吸い込み無に帰す、運命力のブラックホールだ」
 ブラックホールの注釈はいらないよな、とヴェルストラが一同を見回し、全員が頷くのを見てゾルガに返した。
「どうぞ、船長」「あぁ」
 親友ダチではないと突っぱねられた割に、2人の呼吸いきは合っている。
 模式図に、渦をかすめるような曲線、楕円が描かれた。
が先日、運命力のスイング・バイを試みた軌道だ」「ちなみに解析して描画したのはブリッツうちのスタッフだよん」
 レザエルはしばらくその軌跡を見つめ、それで?と水晶玉マジックターミナルの向こうのゾルガを促した。
「これに今日こんにち、さらに拡大した『ゼロうろ』の力を考慮に入れ再計算したのが次の図だ」「それを解析したのもブリッツうちな。大変だったぜ、再現するのは」「調べたのは俺だ。データが足りないだの、返事が遅いだのと、治療に忙しい相手に文句だけ言ってふんぞり返っていれば良いヤツは気楽なものだな。こちらは生と死の……」
 またも消音ミュート。陰々滅々と苦言を並べていたゾルガからの次の応答にはしばらく間が開いた。水晶玉マジックターミナルの向こうで何やら言い合いがあったようだ。
「……。副長が言うにはの態度が大変悪かったらしい。失礼した」「あぁ気にしないで、船長。オレも偉そうで文句ばっか言うヤツ、大っ嫌いだからさ~」
 ヴェルストラはヘラヘラ笑う。自分でも手を動かしているから言えることなのだろう。実際ヴェルストラは、本来縁もゆかりもないリィエルの依頼に、命を懸けて応えたのだ。ビジネスの枠組みを遙かに超えて。
「本題に戻る。時の運命者リィエル゠アモルタが見せたという“滅びの未来”では、知らぬうちにシュヴァルツシルト半径を超え、君は死んだと聞いている」とゾルガ。
「それはこうした楕円軌道での接近アプローチでしたね、レザエル?」
 クリスレインもこの図の意味を正しく理解して参加している。ただの線図ではない。数字や数式もぎっしりと書き込まれた模式図である。その意味を易々と読み取る辺り、さすがは学園都市リリカルモナステリオ代表といった所か。
「その通り」
 レザエルは頷いた。リィエル゠アモルタが見せたものは自分の未来の記憶でもある。出撃を前にしたこの会合も、すでに自分が見た未来・・とは大きく変わっている。集まった顔触れも互いの距離、性格までも。違和感はいつまで経っても拭えなかった。
「そこで新しい接近方針アプローチだ。後はCEOに任せよう。……期待させてもらうぞ、奇跡の運命者」
 ゾルガは沈黙し、ヴェルストラが引き継いだ。
「ありがとう、船長。ゾルガが提案し、ウチのスタッフが弾きだした結果を言うとだ。『ゼロうろ』はブラックホールを思わせるけど、宇宙のブラックホールと違って惑星上に存在するものだ。何でも吸い込むのに、なんで地面も無限に吸い込んで埋もれていかないのか」
「そうね。私が得ている助言もそれを指摘している」「だろうね」
 クリスレインがまた口を開いた。情報源のワイズキューブは門外不出の秘密だが、ヴェルストラは何か察しているようだ。
「もう一つ。吸引力を観察すると、中心からまっすぐ上空へのものが原動力で、周りの渦巻きは“吸い込まれる力が瘴気(運命力)に渦を巻かせている”と分析できる。電磁誘導の原理でエネルギーを生み出すモーターに似ている。物理的な潮汐力は中心より周囲の渦の方がはるかに強いんだ」
 ソエルは頭を振った。神聖科学や医術は得意だが、気象学や電磁気学、宇宙物理学となると勝手が違う。それを見てヴェルストラは言い方を換えた。その明るい笑いが緊迫した会議の雰囲気をいいタイミングで和らげる。CEOは会議の達人なのだ。
「はは、簡単に言うとさ。“滅ぶ未来”のレザエルや、この前のゾルガ船長みたいに横からじゃなくて、真上から突入してみると良いんじゃないかって事」
「真上!?」
 ソエル、クリスレインは声をあげた。レザエルはしばらく黙った後、応えた。
「それで仮に侵入できたとして、第6の運命者はどう見つければ良いのか」
「ふーん。さすがはお医者さん、ちゃんと先まで考えてるね」
 ヴェルストラは腕組みをして破顔した。
「でも大丈夫。向こうから見つけてくれるだろう。だってそもそもうろの核まで迫れた者が誰もいないんだから、侵入者には敏感なはずさ」
「希望的観測だな」
「それでも見つからなかったら、洞窟・・を探すんだな」
「洞窟ですか、CEO。それはどうして?」とソエル。
「生物には共通の習性ってのがあってさ。生き延びるためにはどうしても《ねぐら》が必要になる」
「陸棲、水棲、棲、いずれもそうだな。だが第6の運命者に当てはまるか」とレザエル。
「わからない。でも推測はできる。すべてのものを吸引する生き物、そのねぐらなら少なくとも生身剥き出しでは無いだろうな。外敵の目を欺き、身を守り、かつ吸引力を削がない場所……」
風穴ふうけつでしょう。おそらく」
 それは確信に満ちたクリスレインの声だった。
「水棲の貝や深海生物、陸棲で言うとアリジゴクの様に、周囲の地形を掘り下げて身体を隠しながら、捕食手段をも残す」
「さっすがリリカルモナステリオ導きの搭の主。それで?他にもあれば名推理を!」
「えぇ。ねぐらはそれほど大きなものではないはず。常に移動し続けている運命者にとっては、仮の宿りにすぎないから」
「じゃあバリっバリ攻略可能ってワケじゃん!」
 ブリッツCEOのセリフが何となく怪しいのは、彼は彼なりに(自分も深く関わっている)この《運命大戦》が、今までになく対処困難なものだと分かっているかららしい。要は空元気である。
「だが、そもそもあの渦の真上に行くまでが容易ではない。上空であってもあの渦は、近づくだけで吸引力に乗って手も足も出なくなるわけだが」
「その通り」
 ヴェルストラは壁に立てかけた剛腕武装ブリッツ・アームズを叩いた。
「こういう軽いものならね。けど巨大な質量が爆速エンジン積んでいったら、違うだろ」
 一同の困惑に、ヴェルストラの自信満々の一言がとどめを刺した。
「このリューベツァールを使う。レザエルにはそこからスカイジャンプしてもらう」
 ブリッツ・インダストリーCEOはウインクした。そう。空母を個人で所有し、自家用車なみに使いこなすことのできる男が惑星クレイにはただ一人いるのだ。

Illust:西木あれく


 リューベツァールの甲板にはヴェルストラとレザエルだけが立っていた。
 ソエルはどうしても共に行くと言って聞かなかったが、レザエルの「リィエル゠アモルタの側にいてほしい、頼めるのは君だけなんだ」という言葉に、泣きながらようやく頷いたのだ。
「あんたの記憶・・では、ここはまったく違う場面だったんだろうな」
 とヴェルストラ。さすがに風圧に負けないように剛腕武装ブリッツ・アームズで甲板を掴み、呼吸を確保するため頭部を密閉するヘルメットは着けている。
「そうだ」
 レザエルは大剣を下げ、甲板の縁から眼下の巨大な渦を見下ろした。
「凄ぇ!リューベツァールがギシギシいってるぜ。こりゃ下は荒れ模様かね」
 呑気な言葉にレザエルは笑ったのだろうか。この上空の猛風の中では定かではなかった。一方のヴェルストラはずっと笑顔だ。レザエルとそしてリィエル゠アモルタのために何か役に立てるのが嬉しくて仕方ないらしい。友のためなら常に全力サポート。ブリッツCEOの忠誠心は、全女性と親友ダチに捧げられているのだ。
「実は今朝、悪夢を見たんだよ。オレは世界の行く末を決めるこの戦いの、肝心な時にとっ捕まってさ。何もかも見られないまま終わるんだ」
「罪状はなんだったのだ」
 レザエルの問いは、まさか冗談を言ったのだろうか。この謹厳実直な癒やし手、良き教師が。この非常時に際して。
「時空を超えた男女のロマンス幇助ほうじょ、超カッコイイ男すぎ反則罪」
 笑いながらヴェルストラは左手をあげた。レザエルもまた左手をあげて2人はハイタッチした。
 時間だ。
「お師匠様!」「レザエル」
 ソエルが、クリスレインがゾルガが、そしてヴァルガが、耳に着けた通信機の向こうから呼びかけていた。
 レザエルはひとつ頷くと、最後に言葉をかけた。
「ヴェルストラ」
「礼ならいいって」
「礼もだが。……君はすべてを聞き、すべてを知っているな?」
「やっぱりお見通しか」
 ヴェルストラは剛腕武装ブリッツ・アームズの集音マイクを指した。
「ひとつ頼みがある」
「言ったろ、最近何をやるにも命がけなんだ。まして拳友ダチの頼みを断るわけない」
拳友ダチか。いい言葉だな」
 レザエルは空を見上げた。この高度ではまだ瘴気は薄く、世界は鈍い午前中の光に照らされている。
「もし私が滅んだら……」「おい、よせよ!縁起でも無い」「いや、聞いてくれ。大事なことだ」
 ブリッツ・インダストリーCEOは甲板を掴んで猛風の中に立ったまま、黙って救世の使いを見つめた。
「この歴史においては君もまた異分子アノマリーだ、ヴェルストラ。"滅びの未来"では、運命者でありながら運命者と関わらなかった存在」
「そうらしいね」
「だから“未来”に対して、君もまた強い影響力を持っているのだと私は考えている。強い想い、希望には世界を変える力がある。この羽根はその証だ」
 レザエルは懐にしまっていたリィエル゠アモルタの白い羽根を取り出し、見つめてから、また大事にしまった。ヴェルストラは神妙な顔のままだ。リィエルとレザエルのやり取りもしっかり聞いていたのだろう。
「もし私が帰らず、滅んだら、速やかにここを離れ、運命者たちを集めて再起を図ってほしい。惑星クレイのどこかで」
「……わかった」
「私のリィエルのことも」
「もちろん。彼女はオレと運命力導入プロジェクトチームの恩人だ。最高の賓客としていつまででも滞在してもらう」
 次にリィエル゠アモルタが目覚める時、世界は、運命力の均衡バランスはレザエル、第6の運命者どちらの側に傾いているのだろうか。どちらにしても──レザエルが勝利しても、ブラグドマイヤーなる運命者がすべてを飲み込んだとしても──未来に属するリィエル゠アモルタはいずれこの世から消滅する。2人はそれをよく承知していた。
「感謝する。もう思い残すことはない」
「レザエル。第6の運命者の懐に飛び込むこの作戦は、広げた相手の口の中にあえて飛び込むのと同じだ。身体がバラバラにならない代わりに、何もできないまま消滅することも大いに考えられるんだぜ」
「私は未来で一度死んでいる。希望があれば飛び込むまで。そしてこれがその希望だ……さらば友よ!」
 そして、レザエルはリューベツァールから飛び降りた。
 飢えた悪魔が待つ深淵。瘴気渦巻く中心。“無”のあぎとへと。

Illust:DaisukeIzuka


 うろの底。
 リリカルモナステリオ導きの塔の主が見抜いたように、ここは風穴──火山噴火の際にできた溶岩トンネル──の様な構造を持つねぐらだ。そして風の替わりに噴き上がるのは運命力の奔流ムーヴ、その逆向きに吸い込まれていくのが世界中の悲しみ、第6の運命者が何より求め、飢え、欲する負の感情の波動だった。
 ただ今も吸い続け吐き出し続けていたブラグドマイヤーはふと、獣が獲物を察知した時のように、鋭く頭をもたげた。
 待ちに待ったものだった。
「この俺の、真上から来るとはな」
 悪魔デーモンブラグドマイヤーは、それだけでこの獲物の力量と彼に加勢する者たちの実力を察した。
 だが……
「それが何なのだ」
 ブラグドマイヤーは見上げたまま、呟いた。
「最後は無に還るだけ」
 彼、ブラグドマイヤーがいるのは無の空間だ。
 周囲には悲しみが凝固した雨が降り注ぎ、しかし生誕地ははるか彼方となった今は、その水を湛える沼もない。ただ空しく何もない地面に落ち、消滅する。
 故に、悲しみは果てしなく、空しく降り注ぐ。
「来るがいい、奇跡の運命者。ただこの俺に飲み込まれるためだけに」
 ブラグドマイヤーは待った。
 やってくるのはこの世界最大の“悲しみ”だ。
 奇跡の運命者の運命力と、その悲しみは俺の望みを実現させてくれるはず。
「やはりお前だ。予感は間違っていなかった。これまで飲み込んできた悲しみとは違う。お前は俺だ。俺はお前だ」
 ちらりと何かがブラグドマイヤーの中で蠢いた。
 この感情は何なのか。
 他の悲しみを捕食する時には感じられなかった何かが、今動きだそうとしていた。
「それではひとつ歓迎してやろうか」
 ブラグドマイヤーは再び呟いた。
 降り注ぐ雨が激しさと勢いを増した。悲しみの集中豪雨が地面を泥濘に替えてゆく。

 高高度からの垂直落下。
 天使のレザエルにとって、飛行はむしろ地上にいるよりも落ち着ける状態だ。
 それが渦巻く瘴気の中心。周囲を囲むが織り重ねられた白い闇に墜ちてゆくのでなければ。
「行けるか」
 そのうろの中心に何かの姿が見えたような気がする。
 レザエルと虚の主、彼我の間、白い闇の中に浮かび上がるのは無数の物体・・・・・だ。
 時間が止まったような空間に、生物・非生物問わず、ありとあらゆるものが浮遊している。水槽に様々なものを投げ入れ、水底からゆったりと攪拌かくはんさせるとちょうどこのような光景になるのかもしれない。レザエルは医師として鍛えられた目で、それらが死を迎えているのではなく「停止」という表現がふさわしい状態であることを見抜いていた。それでは、ゼロうろがもたらすものとは生命の終焉ではなく「永遠の停止」だとでも言うのだろうか。
「これがうろに取り込まれ、捕らわれたものの有り様なのか」
 レザエルは、他の運命者が知恵を絞り、持てる力の全てを懸けて立ててくれた作戦が有効であることに感謝しつつ、この被害者たちの姿が目くらましとなってくれる事を、あともうひと息の幸運を祈って落下し続けた。
 ……だがそれは叶わなかった。
「!」
 何かがいきなり下から飛んできた。辛うじて回避行動に移ったのは、レザエルが2000年以上祖国を離れて培った生き延びる本能のなせる技だ。
 羽根が散る。レザエルの羽根が。
 猛速で下方から飛来したのは巨大な鎌だった。
「何者!」
 地上まではあと少し。
 レザエルは錐もみに旋回しながら、ブーメランのように後方/上空から戻り背中を狙う鎌を避けた。
 うろの口が迫った。一瞬、レザエルが体勢を戻し速度を緩めた、その時。
「誉めてやろう。ここまで我が核心に迫った者はいない」
 目の前にそれ・・がいた!
 コマ落としの唐突さだった。
 実際には第6の運命者が、レザエルの動きが止まる瞬間を迎撃ポイントとして死角から飛び上がったのだ。すべてを無に帰す悪魔は獲物の仕留め方にも優れていた。
「我は零の運命者ブラグドマイヤー。この名を心に刻んで滅べ、奇跡の運命者」
 大鎌を振りかぶる悪魔の姿。
 まるで力みのない、しかし異様なまでに殺気に満ちた一撃だった。
 死は免れない。
 奇跡の運命者は滅び、再びその運命力と悲しみは零の運命者のものとなるのか。
 レザエルは最後の瞬間まで、目を閉じなかった。
 その時──。
 白い羽が舞い上がった。
 ブンッ!!
 大鎌は空しく空を切り、瘴気を舞い上がらせる。
 !?
 レザエルの目の前、何もなかった無の空間に、リィエルが、リィエル゠アモルタが、時の運命者の眩しい姿があった。
「次に目覚めた時はきっとまたあなたがいる。そうよね、レザエル」



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《今回の一口用語メモ》

ブラグドマイヤーと6人の運命者
 惑星クレイ、暗黒地方に出現した運命者は、世界中の悲しみが澱を成す沼の底で産まれた一人の悪魔デーモンであるという。
 ここで、これまでにその存在が確認された運命者を列記してみたい(註.次に挙げる数字は小官が便宜上、振ったもので彼ら彼女ら自身がそう名乗っているわけではない)。
 第1の運命者 奇跡の運命者 レザエル
 第2の運命者 無双の運命者 ヴァルガ・ドラグレス
 第3の運命者 万化の運命者 クリスレイン
 第4の運命者 標の運命者 ヴェルストラ“ブリッツ・アームズ”
 第5の運命者 禁忌の運命者 ゾルガ・ネイダール
 第6の運命者 零の運命者 ブラグドマイヤー
 第7の運命者 時の運命者 リィエル゠アモルタ

 運命者は我々が得た情報からすると、大きく3つに分けられる。
 一つは、先の龍樹崩壊の際に飛び散った運命力を受けて「運命者」となったタイプ。
 ①奇跡の運命者 レザエル②無双の運命者 ヴァルガ・ドラグレス③万化の運命者 クリスレイン⑤禁忌の運命者 ゾルガ・ネイダール⑥零の運命者 ブラグドマイヤーがそれに当たる。
 これらのいわば受動型運命者にはもうひとつ共通項がある。
 それは、激しい運命力と接触・受領した際に、眩しい光とそれに伴う“声”を聞いていることだ。
 二つ目がつい最近発覚した、未来から過去への跳躍を成功させたことで生じた⑦時の運命者リィエル゠アモルタ。
 三つ目が④標の運命者 ヴェルストラ“ブリッツ・アームズ”。集めた情報から推測するにヴェルストラCEOは、世界が滅びを迎えた時間軸では「運命者に選ばれたが、運命者同士の運命力のやりとり(均衡バランスを傾け合うこと)には関わらないことを選択」した(つまり運命力を使った発明である剛腕武装ブリッツ・アームズの開発に興味を示さなかった)人物だ。
 時翔を成し遂げたというリィエルは──各位ご存じの通り──、我が国がまだユナイテッドサンクチュアリと呼ばれていた無神紀に活躍していたエンジェルフェザーの元隊員である。
 言うまでもないがこの時翔に関する限り、情報の扱いはくれぐれも慎重にする必要がある。当報告が紙面で、宛名もなく、読み終わった後には破棄されることを表書きしているのはこの為である。
 本件は、ギアクロニクルが時空に関する過度の干渉とみなす可能性がある。
 もちろん国土防衛調査官として、時空犯罪を擁護するような事はない。
 だがオラクルからの予言にもある通り、リィエルを名乗る存在が、この戦いの中で大きな役割を果たす可能性がある以上、時空管理当局(ギアクロニクル)が動き出さない限り、静観すべきであると小官は考える。

 そしてこれら運命者の中でも、我々が派遣された理由、そして各位が事の始まりから懸念・予見されていた「平和に対する脅威」「抑制の効かない運命力を暴走させる運命者」「世界に滅びをもたらす最後の運命者」と思われるのが、⑥零の運命者 ブラグドマイヤーである。
 他の運命者の言動を見ていると、運命者にはそれぞれの意思と望みがあり、運命力はその実現のために使われるようだ。そしてオラクルの予言通り、あるいは何人かは“声”が勧めるままに、運命者同士は邂逅し、互いの運命力もまた出逢うことで均衡バランスを傾け、運命力の流れを動かす定めにあるらしい。
 だが、零の運命者 ブラグドマイヤーについてはその詳細が不明のままである。
 いずれにせよ、奇跡の運命者レザエルと零の運命者 ブラグドマイヤーが出逢い、対決することはどうやら必然の「運命」であったらしい。
 我々は観戦武官としてこのままリューベツァールに滞在し、今後の展開を注視してゆく所存である。

 前述の通り現在、小官と騎士ベンテスタはブリッツ・インダストリーCEOからの招待を受け、ブラントゲート船籍の強襲飛翔母艦リューベツァールに滞在中である。今回はもっとも秘匿を要する情報を含んでいるため、シャドウパラディンの伝令による紙文書送付という形を取らせて頂いた。通常の電文形式を守れなかったことをお詫びする。

追伸:
 なお今回、小官らが情報源としているのはブリッツ・インダストリーCEOヴェルストラ氏と、大望の翼ソエルである。救世の使い、奇跡の運命者レザエルは襲撃の直前まで眠れる淑女レディリィエルに付き添っており、面会は叶わなかった。騎士として人として、2人がおかれている悲劇的な状況には同情を禁じ得ず、遺憾ながら尋問の機会を逸したことも致し方なしとするものである。
※ソエルに関しては、彼が健在かつ有能、特に情緒と思慮に旧知の仲であるベンテスタも目を瞠る成長を遂げていることを、ドラゴニア大山脈『エンジェルフェザー前線基地』勤務のご両親へお伝えいただきたく。彼はこれまでの状況をよく見、聞き、理解しており、小官との問答も要領よく、きわめて有効な情報をもたらしてくれた。※

ロイヤルパラディン第4騎士団所属 国土防衛調査官 躍進の騎士 アゼンシオル



奇跡の運命者 レザエルについては
 →ユニットストーリー127「熱気の刃 アルダート」に始まるレザエルの行動を参照のこと。
無双の運命者 ヴァルガ・ドラグレスについては
 →ユニットストーリー128「奇跡の運命者 レザエル」に始まるヴァルガの行動を参照のこと。
万化の運命者 クリスレインについては
 →ユニットストーリー130「万化の運命者 クリスレイン」に始まるクリスレインの行動を参照のこと。
標の運命者 ヴェルストラ“ブリッツ・アームズ”については
 →ユニットストーリー124 「ブリッツチーフメカニック バートン」に始まるヴェルストラの行動を参照のこと。
禁忌の運命者 ゾルガ・ネイダールについては
 →ユニットストーリー125 「禍啜り」および134「禁忌の運命者 ゾルガ・ネイダール」に始まるヴェルストラの行動を参照のこと。
ゾルガの野望と海賊王ナイトミストへの憧れについては
 →ユニットストーリー113「万民の剣 バスティオン・アコード」を参照のこと。
時の運命者 リィエル゠アモルタについては
 →ユニットストーリー137「時の運命者 リィエル゠アモルタ」
  ユニットストーリー138「時の運命者 リィエル゠アモルタ II 《過去への跳躍》」
  ユニットストーリー139「時の運命者 リィエル゠アモルタ III《奇跡の運命》」を参照のこと。
零の運命者 ブラグドマイヤーについては本編
 →ユニットストーリー140「零の運命者 ブラグドマイヤー」以降を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡