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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
145 クレイ群雄譚 アナザーストーリー 「沈黙の毒騎士 影潜者 モーダリオン」
ケテルサンクチュアリ
種族 エルフ
 頭脳明晰、眉目秀麗、慇懃無礼。
 闇でコソコソ暗躍する悪党たちを震えあがらせる、その名も沈黙の毒騎士 モーダリオン。
 まさに怖いもの無しの彼だが、唯一恐れるものが存在した。

「——団長、領収書を出してください」

     *

「どうぞ、目を開けてください」

 声に促され、初老の男は目を開いた。
 薄暗い部屋だった。床も壁も天井も荒削りな石材でできており、窓はなく、肌にべたつきを感じるほど湿度が高い。
 唯一の灯りは篝火台で青く燃える松明だけだった。壁に伸びた影が、魔獣の舌のように黒く揺らめいている。
 自分はどうやってここに来たのだろう、いやそれ以上に、ここに来る前は何をしていたのだったか。
 記憶は曇りガラスに閉ざされたように曖昧だった。
 目を開けたときにはこの部屋で椅子に座っていたのだ。
「本日はお疲れ様です」
 声の主は事務的に微笑んで握手を求めてきた。
「ここはシャドウパラディン第四騎士団本部です。私はオンファ、シャドウパラディン第四騎士団副団長です。これからよろしくお願いします」 
 物腰の穏やかなエルフの男だった。
 浅紅色の髪は長く、まるで手入れの行き届いた鳥の羽のようにつややかだ。険のある目つきをしているが、事務的に繕われた人当たりの良さによって威圧感はなかった。
 肩には鎧を着た赤目の烏がとまっており、彼と共にこちらを見ている。
 オンファから差し出された手を握り、男は軽く会釈を返した。
「あなたのような有能な方にシャドウパラディンの事務官として入団して頂けるなんて本当にありがたいことです。第四騎士団は厄介……いえ、個性豊かな団員が多く、真面目に仕事をこなす以外に取り柄がない私のような事務官は肩身が狭くて……と、余計なこと言いましたね」
 ようやく男は思い出した。
 あぁ、そうだ。自分はシャドウパラディンの事務官に志願したのだ。
 しかし『なぜ』ここにいるのかはわかっても、『どうやって』ここに来たのかわからないままだった。
 ここが地下なのか、地上なのか、市街なのかそれとも山奥にあるのか、何ひとつ手がかりは掴めない。
 困惑する男に向かい、オンファは寂びた木造の扉を示した。
「早速ですが、仕事を説明しましょう。ちょうど良かった、今日は締め日なんです」
 締め日。
 この幽遠な場に不似合いな言葉に、思わず問い返してしまう。
「えぇ、請求書の締め日です」
 請求書の締め日。説明を受けてもやはりわからない。
 シャドウパラディン第四騎士団と言えば、すべてが謎に包まれた暗躍組織だ。
 影に潜み、秘密裏に反乱分子を葬り去る彼らについた二つ名は『影潜者アンダーカバー』。
 その秘密のベールに包まれたイメージと、請求書という『現実』が脳内でうまく結びつかない。
 戸惑う男にオンファは畳みかけてきた。
「ちなみに、嫌なことは先にやるタイプですか? 後にやるタイプですか?」
 先にやるタイプでしょうか。
 答えると「私も嫌なことは先に、そして手短かに済ませたいタイプです」とオンファは頷く。
「では嫌なことから済ませていきましょう」
 扉を抜けると、石造りの細い廊下に出た。
 青い篝火がまばらに灯り、その微かな燐光だけでは自分の足すらぼんやりと霞んでよく見えない。
 歩き出したオンファの足音を頼りについていく。しかしどれだけ行っても代わり映えのしない石廊下が続き、ずっと同じところをぐるぐると歩かされているのはないかという錯覚が押しよせてきた。
 他の団員たちとすれ違う気配はない。もし今オンファを見失ってしまったら、永遠に外に出られないのではないか。
 そんな荒唐無稽な妄想が頭によぎった、そのときだった。
「——そこ!」
 鋭く一喝し、オンファが右前方へと小剣ダガーを放った。刃が石壁に突き刺さる、硬質な音が響く。
 何ごとだろう。
 刃が飛んだ暗がりに目を凝らすと、そこには見知らぬ男がいた。
 オンファの放った小剣は彼の頚巻き飾りを石壁に縫い止めており、身動きの取れなくなった男は静かに腕を組んでいるのだった。
 彼は誰なのか。
 視線で問うと、オンファは事務的に答えた。
「彼はモーダリオン。我らシャドウパラディン第四騎士団の団長です」


Illust:BISAI


 団長という物々しい肩書きに対して、モーダリオンはお世辞にも大柄ではなかった。
 武器に喩えるならば素早い突きを繰りだす細剣レイピアといったところだろうか。鍛錬は感じられるが、数多の団員を率いる威厳には欠けている。
 しかしその美貌に思わず息を呑んだ。
 オンファもエルフ特有の端正な顔をしているが、モーダリオンのかんばせは現実感がないほど美しかった。
 天上の芸術家が大理石を彫りあげたような輪郭の曲線も、花蕾のような瞼の陰影も、血の通った生き物というよりも生きた絵画と呼ぶほうがふさわしい。
 薄闇のなかで梔子色の瞳が冴え冴えと輝き、その温度のないまなざしにぞくりと背筋が冷えた。
 魅入られてはいけない、そう思うのに目が離せない——
「はぁ……」
 モーダリオンは溜息をついた。芸術品のような玉貌へかすかに憂いがさし、美しさに深みが増すようだ。
「俺を捕まえられるのはお前ぐらいだぞ、オンファ」
「お褒めに預かり光栄です団長。では、毎月のことですが」
 コホン
 ひとつ咳払いをして、オンファは託宣のように厳かに告げた。
「団長、領収書を出してください」
「ハイ……」
 花のごとき唇から、蚊の鳴くような声が出た。
 

 モーダリオンの執務室は迷路じみた石廊下を進み、曲がり、上り、下り、曲がり、さらに曲がった先にあった。
 扉を開けると、重さを感じるほど甘ったるい香りが鼻腔にまとわりついてきた。思わず男が顔を顰めると、そこには暗黒の熱帯雨林のような光景が広がっていた。
 室内には一抱えほどある植木鉢が何十と並べられ、巨大な植物が天井まで枝葉を伸ばしている。毒々しい大輪の花を咲かせている小木、茨のような黒い棘のある蔓植物、ネオングリーンのキノコ、どれもこれも見たことがない。
 男は好奇心にかられて触れようとしたが、その手首をオンファに掴まれた。
「それ、触ったら死にますよ」
 思わず悲鳴をあげて飛び退いた。
 毒植物たちをどうにか避けて進んだ先、植物に埋もれるように小ぢんまりとモーダリオンのデスクはあった。
 致死の毒に溢れる異様な雰囲気のなかで、ここだけは一般的な“書斎”や“執務デスク”のイメージに近い。黒い金属デスクの上には書類が乱雑に積まれ山となり、今にも崩れ落ちそうだった。
 電子的に情報を扱う手段がいくらでもあるなかで、なかなか前時代的な光景だ。
 そう思ったのが男の目つきに現れていたのだろう。
「機密を扱う上で、もっとも安全な方法は紙とペンだと私は信じています。なので弊騎士団は紙推奨です」
 オンファが力強く言い、
長命種エルフは大体こう言う」
 と自分エルフを棚に上げてモーダリオンがオンファを親指でさした。
「もたもた言っていないで、早く領収書を出してください」
「ぶぅ」
 モーダリオンは唇をひん曲げてデスクチェアに座り、全身から『不本意』を漂わせながら書類を崩しはじめた。
 オンファは腕を組み背後に立つ。絶対に逃がさない、という圧がモーダリオンの背中にのしかかる。
 自分がいるのから、副団長のオンファが直々に見張る必要はないのでは。
 男はそっと伝えたが、オンファは静かに首を横に振った。
「彼が団長になり、今回が145回目の領収書締め日です。うち、逃がしたのは72回。負け越しは断じて許されないのです」
 無慈悲な白眼視をモーダリオンに向ける。
「もし今回逃げたら、監視烏モニタリング・レイブンに責任を取ってもらい——焼きます」
「カー?!」
 突然降って湧いた命の危機に、肩にとまった烏が驚きの声をあげた。
「どうして監視烏モニタリング・レイブンに被害が行くんだ」
 モーダリオンが目を剥き、オンファは冷酷に言い放つ。
「私とて、もちろん本意ではありません。監視烏モニタリング・レイブンは家族よりも大切な存在です。なので烏を哀れに思うなら逃げないように」
 モーダリオンは義憤に拳を震わせる。
「……お前、やり口が堅気じゃないぞ。人でなし、鬼、悪魔、シャドウパラディン!」
「そうです」
 その総本部である。
 モーダリオンはついに諦めたらしく肩を小さくして書類整理をはじめた。
 大体は何かしらの資料のようだが、ときどき領収書らしき紙片を見つけてはオンファに見せた。
「アイスは経費に……」
「なりません。なぜトリプルにする必要が?」
「水着は経費に……」
「なります、項目は被服費で」
「よし」
 その偉大なシャドウパラディンの団長とは思えない情けない姿に、どういった感情を抱いて良いものか、正直困った。
 思考を見抜いたのか、オンファがこちらに顔を向けた。
「こんな有様でも、任務遂行能力は高い人です」
「こんな有様でも?」
 とモーダリオン。
「なので領収書ぐらい……という意見もあるでしょう。団長本人も全部自腹で良いなどとだらしないことを言っています。——ですが」
 オンファはデスクに置かれていた音楽雑誌を取り、開いて見せた。
「見なさい、どの分野であっても偉大な人物は細部に手を抜かないのです」
 誌面では『稀代の作曲家 星灯りのステリィ』と記された人間ヒューマンの女が、品良く微笑んでいる。
 見出しには『美しい音楽は美しく整えられた環境から生まれます』とあった。
「ぐぐぐ……」
 モーダリオンは呻き、書類をむんずと掴んだ。
 しかしすぐに「そういえば水やりが」と独り言をこぼし、すかさず「後で」と厳しい声が飛んだ。
 立ち続け、男が足に疲れを感じ始めたころ、モーダリオンがバタリとデスクに突っ伏した。
「……これで全部だ」
「はい、お疲れ様でした」
 オンファは受け取った紙束を手際よくまとめ、携えたブリーフケースにしまう。
「来月もよろしくお願いします」
「嫌だ……」 
 突っ伏したモーダリオンはモゴモゴ言った。


 モーダリオンの執務室を出て、再びオンファは石廊下を進んでいった。男もまた同じようにオンファについていく。
 やがて前方の薄暗闇にぼんやりと白いものが浮かび上がった。
 足音が無かったので一瞬鬼火でも近づいてきたのかと思ったが、よく見れば黒装束の少女だった。
「彼女はオニュクス。まだ若く、任務歴も浅いですが非常に才能に溢れた暗殺者アサシンです」


Illust:BISAI


「…………」
 少女は無言でオンファに書類を差し出した。
 黒い眼帯を着けているが、どうやら前は見えているようだ。
「ありがとうございます、確認させて頂きます」
 オンファは書類を丁寧にめくっていき、ある一枚で手を止めた。
 ぼそりと呟く。
「ナイフが34本……」
「…………」
 オンファはオニュクスを安心させるように事務的な微笑を見せた。
「失礼、もちろんこちらは経費になりますよ。しかし金額のことではなく、使用した刃物を現場に残すことが問題だと思いまして」
「…………」
「時間に余裕をもって目標を仕留めることが出来れば、使用した刃物の回収もできるでしょう。そのためには急所を狙い一撃で仕留めることが重要になりますね」
「…………」
「あぁ、気負うことはありません。あなたが努力していることは知っています。これからも日々精進していきましょう」
 こくり
 オニュクスは小さく頷いた。
 無言だったが、オンファへの信頼が窺える仕草だ。
「ありがとうございます、こちらの領収書はすべて頂戴します」
「…………」
 オニュクスは優雅に一礼すると、そのまま石廊下の向こうに消えていく。と、オンファは思い出したように声をあげた。
「あぁ、そうだ」
「…………」
 オニュクスがゆっくりと振り返る。
「ジェニクスに、領収書を出すようにと伝言をお願いします」
「…………」
 こくり、と頷いてオニュクスは再び闇に消えていった。
 ジェニクス?
 男が問うと、オンファは答えた。
「彼女の兄はジェニクスといって、私と同じ副団長です。彼も団長のように領収書の提出が遅れがちなのですが……まぁオニュクスから伝えてもらえば問題ありません。彼は重度の妹愛者シスコンなので」
 言葉を発さないオニュクスは兄にどう伝えるのだろうか。
 疑問を抱いたものの、男はつっこまなかった。


 再びオンファについて石廊下を進むと、闇の向こうに現れたのはマントをかぶった少女だった。先ほどのオニュクスよりもさらに何歳か若い。


Illust:BISAI


「彼女はセレンディス。オニュクス同様に現場の暗殺者アサシンですが、彼女は材料の開発に才能があるため、最近はそちらを主に担当してもらっています」
 材料?
 問うと、オンファは答える。
「特に衣類用の繊維ですね。それをモーダリオン団長が作った毒物と合わせるのです。痺れ薬、自白剤、致死のもの——彼女が作り出すのは毒の効果時間をコントロールする優れた特殊繊維です」
「あ、あ、ありがとうございます……っ」
 照れたセレンディスは両手でフードを引っ張って目元を隠す。
 下がり眉毛のその顔立ちは控えめで、もし街ですれ違ったとしても記憶に残らないだろう。
 彼女がシャドウパラディンの暗殺者として暗躍し、致死の衣服を作り出しているなど誰が想像するだろか。
「あ、そうだ。領収書、お願いします……っ」
 セレンディスは深くお辞儀しながら紙の束を差し出した。
 受け取ったオンファは、モーダリオンの領収書を矯めつ眇めつしていたのとは別人のように優しさあふれる目で書類を確認し、軽く頷いた。
「はい、確かに。お疲れ様でした。あなたの仕事にはいつも助けられていますよ」
「う、嬉しいです……っ」
「流行に疎く申し訳ないのですが、あなたの作ったエメラルドグリーンの布はとても人気のようですね。街で見かけると誇らしい気持ちになりますよ」
 深くかぶっていたマントが跳ねるほどの勢いでセレンディスは顔をあげる。丸い瞳が青銀の箔糸刺繍のようにキラキラと光った。
「はい、後追いで色を似せた物も多いのですが、私が作ったものが一番鮮やかできれいだと思います……!」
 エメラルドグリーン。
 男は、最近巷で鮮やかな緑色の服が流行っていることを思い出した。
 その一部にセレンディスが作った布が使われているというのだろうか。オンファの説明によれば、彼女の作る布には毒が添加されている。それが確かなら、街の女性たちは毒を身に纏っているということになる。
 まさかな、と男はよぎる思考を否定した。
 そのとき闇の奥から声が聞こえてきた。
「セレンディス」
 姿を現したのはモーダリオンだ。
「……団長」
 セレンディスの表情がキラキラを失い曇っていく。しかしモーダリオンは気づいていないようだ。
「お前にずっと礼を言いそびれていたんだ。ちょっと前に作ってくれた、あの布があっただろう。一昨昨日さきおとといの任務でさっそく役に立った」
「……!」
 セレンディスはおもてを上げて表情を明るくした——が。
 モーダリオンは無表情で言う。
「あの、何色と言うんだ……そうだ、イラガの毛虫・・・・・・みたいな緑色の——゛っっっ!」
 台詞の途中でモーダリオンは叫んだ。セレンディスが思いっ切りモーダリオンのみぞおちにパンチを入れたからだ。
「——っ〜〜〜〜〜!」
 モーダリオンは膝から崩れ落ちて悶絶した。
 オンファは毛虫を見るような目で見下ろしていた。
 しばらくして、どうにか痛みをやりすごしたモーダリオンは石床に手を突いた。
「セレンディス、俺は何か悪いことを言ったようだな、ごめんね」
 ぶるぶる震えながら顔を上げる。
 しかし、
「…………居ない……」
 セレンディスはとっくにそこから去っており、モーダリオンは再び崩れ落ちた。
 オンファはハァ……と溜息をつく。
「女性の衣類の色を毒毛虫で喩えるのは止めた方がいいですよ」
「若草茸ならどうだ?」
「毒キノコもダメです」
「ふむ……?」
 モーダリオンは釈然としない顔でみぞおちをさすっている。
「セレンディスにはあとでお詫びしてくださいね」
「謝罪文言が書けたら確認してもらえるか?」
「もちろん。再着火の可能性が高いので良い心がけですね。何か詫びの品があるとさらにいいでしょう」
「あぁ、菓子を贈ればいいな」
「あなたからの菓子は誰も食べないので他の物にしてください」
「なぜだ……」
 やはり釈然としない顔で首をかしげながら、モーダリオンは薄闇の向こうに消えていった。
「あんな有様でも、任務遂行能力は高い人です」
 オンファが言う。どこか自分に言いきかせるような声だった。
 そう言われたところで、男の目には顔がいいばかりで統率力のないリーダーにしか見えなかった。トップがあの様子では、団員たちの力も大したものではないだろう。
 影に潜みどんな悪事も暴くという影潜者アンダーカバーだが、噂ほどでは無いらしい。
 さて、次は誰に会うのだろうか。
 まばらに灯っていた青い篝火はさらに数を少なくしていき、闇のきめが細かくなっていく。ついに闇とからだの境は溶けあって、完全にわからなくなってしまった。
 カツン、と硬質な足音を最後に物音が聞こえなくなって、オンファが立ち止まったのがわかった。
「今日のご説明はここまでです、お疲れ様でした。さぁ、こちらにどうぞ」
 ギィ……と扉が軋む重々しい音がして、すぅと風が流れてきた。冷えた石のかおりの奥にかすかな悪臭があり、男は顔を歪める。
 手洗い所の扉を開けたのだろうか? そう思ったが、これは排泄物のアンモニア臭ではないなと否定した。
 黴? 違う。
 不潔な衣類? 違う。
 あぁそうだ、傷み腐った肉から涌きだす、わずかに甘さをおびた饐えた臭い——
「どうしたのですか。さぁ、こちらへ」
 しかし男の足は凍ったように動かない。
「今日はあなたについて知ることができて有意義な時間でした」
 男は震える舌をどうにか動かす。
 自分もあなたのお陰でシャドウパラディンのことを知ることができました。
「それは良かった。……あぁ、最後にひとつ知りたいことが。あなたに我々の諜報を依頼した相手のことです」
 ……諜報? 何のことでしょうか?
「ご心配なく。言ったでしょう? 私は嫌なことは手短かに済ませるタイプなので、すぐに終わりますよ」
 暗闇の奥に黒緋くろあけの光が灯った。
 一つや二つではない。濁った血からごぶごぶと無数の泡が湧きたつように、黒緋がびっしりと蠢いている。
 目だ。
 すべてを見透かす悪食の目が、目が、目が、こちらを見ている。


Illust:BISAI


 男は恐怖で呼吸すら忘れ、自らの運命を悟った。
 待ってくれ、許してくれ!
 影潜者アンダーカバーに手を出したのが間違いだった!
 オンファの声が無慈悲に響く。

「それでは、本日はお疲れ様でした」




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作:鷹羽 知  
監修:中村 聡