ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
“皆は一人のために、一人は皆のために”
─ドラゴンエンパイア北極圏ツバレン島、石碑に刻まれた銘文
灰、茶、白。
岩と砂が覆う斜面を赤い髪の男が駆けてゆく。
草木もまばらな大地は乾き、しかしそれは熱く活きていた。
すり鉢状に落ちくぼんだ地形のあちこちから激しく吹き上がる噴煙の色は白、対して噴火口の周りは黄色に染まっている。
ここは火口原。
辺りには強烈な臭いが立ちこめている。呼吸器や皮膚から生物の身体を冒す、強い毒性をもつ火山ガスだ。人間がこの濃度のガスの中で活動するには、息を最低限のものに留め、常に自らの限界を考慮しておく必要がある。
そして青年には今、もうひとつの危険が迫っていた。
!
突然、その行く手に石塊を跳ね上げながら、地中よりのものが出現した。
岩石そのものが意識をもって立ちあがったとしか思えない巨躯。
その肩、腕、脚、身体のそこかしこが燃えあがり、灼熱の溶岩となって流れ落ちている。
メルトナックル・ゴレム。
それはこの竜尾火山帯に棲息する岩石生命体だ。
難敵を前に、臆することなく拳を振り抜く。戦い、砕け散ることしか知らない無機質の闘士である。
Illust:ダイエクスト(DAI-XT.)
恐れ知らずという点では、青年も岩人形に負けていなかった。
スピードを緩めることなく、手に携えていた両刃の薙刀を閃かせ、すれ違いざまにメルトナックル・ゴレムに斬りつける。
!!
火花と咆哮が散った。
ゴレムの両肩から溶岩が激しく噴き出す。
青年はなお恐れること無く灼熱の飛沫を避けながら肉迫し、目にも止まらぬ斬撃を二振り、ゴレムの両腕を左右に薙ぎ払った。激しい動きにもかかわらず青年の呼吸はほとんど乱れることはない。
だが岩石はまだ──、
斬れない。
青年は動きを止めることなく、捕らえようと迫る巨大な腕をすり抜けて、斜面を一気に駆け上った。
咆哮がその背を追ったが、青年がただ溶岩巨人の攻撃と呼吸の滞在限界を避けたのではないことはすぐに明らかになった。
「アンドラ!」
青年はひと声叫ぶと、薙刀をまるで翼のように構えながら、斜面の頂上から飛んだ。
燃え上がる巨大な敵と噴煙をあげる大地に向かっての後方宙返り。そして背面逆落としのダイブ。
無謀だ。
彼を待つのは、その真下で構える岩石の巨人の拳による致命的な一打……のはずだった。
オォォォォ!
もうひとつの咆哮が遠くから至近へと迫り、青年を受け止めて、背中合わせのままゴレムに突っ込むまでは。
Illust:北熊
それは燃えるように輝く美しい竜だった。
「グライ!」
竜はひと声吼えた。2人の間ではそれだけで十分通じた。
ゴレムに迫る人と竜の軌道が、直線から錐もみに変わる。
かざした薙刀の炎の刃と竜の爪が回転する鋸歯のように迫ると、剛力だが鈍重すぎるゴレムの腕をかいくぐり、懐に入り込んで一気にその身体を切り裂き、砕いた。
降り注ぐ岩礫、溶岩が爆発したように周囲に散った。
「「やった!」」
人と竜は岩と灼熱のしぶきに触れることなく、一気に上昇して上空を旋回した。肩を組むように体位を変じた青年と竜は顔を見交わし、歓声をあげて笑い合った。
「そこまで!」
眼下から声がかかったのはその時だった。
Illust:桂福蔵
「どうでした、僕らは。ファルハート先生」「ふっ、当然“優”だろう」
師の答えは短かった。
「いいや、“不可”だ。たかが1体に時間を掛け過ぎる上に無駄な動きが多すぎる。免状には程遠い」
青年グライと竜アンドラはええっ!?と目を剥いた。
グライは今年で18歳。鍛え上げられた身体、赤い髪に水色の瞳を活き活きと輝かせる山岳の人間らしい青年だが、一方でいかにも竜らしい姿のアンドラも、驚く仕草までがまるで人間そのものである。
「明日はもっと難易度を上げてやり直しだ。この俺を納得させてみろ」
はぁ。
グライとアンドラは人と竜の肩を落とした。
ドラゴンエンパイア国東部。
ここに惑星クレイ世界最大の活火山「竜息の山フューリー」がある。
はるか皇都からも望むことができるその巨大なフューリーの山体を、ドラゴンテール山脈の険しい峰々が囲んでいる。そして地質学的に言えばカルデラと呼ばれるこの火山帯の奥深く、窪地の中に、冒火風の里があった。
そしてその里から少し離れた窪地の崖の縁に建つファルハートの仮住まいに今宵、来客があった。
「怒れる炎と風の集う場所。冒火風は古代より多くの勇者を輩出してきた土地だ。竜とそして人間と」
涼やかだが、侵しがたい威厳と深い叡智に満ちた女性の声だった。
「なるほど。それでここにもスカウトの手を伸ばされたという訳ですな」
ドラグリッター ファルハートはカップを目の高さまで上げた。敬意をこめた献杯という所か。
ちなみに中身は焙煎したスカポーロ豆をじっくりと抽出して淹れたコーヒー。これだけは自分に許した贅沢、そして客人に対する心づくしだ。彼は酒を飲まない。
「我が客員教官」
封焔の巫女バヴサーガラはそのもてなしとして饗されたコーヒーの芳香を楽しむように、カップを唇に当てたまま黙して動かなかった。伏し目にした紺碧の瞳がテーブルに置かれたランプの光を反射してきらりと輝く。
「そして絶望の精霊どの」
トリクムーンは頷くとカップを傾けた。変身すればヴェルロードという名を帯びる彼も今は無言である。
質素なテーブルを囲む3人。
夜。かすかな虫の音。
初夏とはいえ山の夜は涼しく、暖炉の火は灯されている。
「2人の動きは昼間に見せてもらった。少し厳しすぎはしないか、ファルハート」
「君には言われたくないだろう」
トリクムーンの呟きを、封焔の巫女とドラグリッターはあえて無視した。当のバヴサーガラはともかく、本音を言い当てられたファルハートの方は笑いをこらえている風でもある。
「戦士として育てたいのならば命懸けにならざるを得ません」
「それで言うならば評価は“可”ではないか。火口原の環境下で、あれほど動ける人竜は記憶に無い。ゴレムを砕いた突撃の威力、鋭さ、展開の速さとその後の回避の勘も良い」
「実戦では訓練での蓄積、経験、そして最後は自分の力だけが頼りです。いざという時に後悔してからでは遅い」
「彼らの場合は自分たちだな」
「そうだ。そうあって欲しいと考えている、トリクムーン殿」
トリクムーンの独り言を、ファルハートはきちんと受けて答えた。
バヴサーガラは得心がいった様子で飲み干したカップを置いた。
「なるほど。万全を期したい、か。だが彼らは特別な存在だ。故に無理を言って直接指導を頼んだ。私が信頼する最高の教官であり、優れたドラグリッターの射手である汝に。長きにわたる務め、心から感謝する」
ファルハートは肩をすくめた。
「自分にとっては前線もこの里も変わりません。標的を追うのか、追い方を教えるのかの違いだけで。彼らは鍛えがいがありますよ。ザクシスや他の子供たちもね」
砂塵の砲弾ザクシスは少年の頃、グライやアンドラと共にこの火口原の鍛練場で修行した仲だが、現在は西部へと巣立ち砂塵の銃士として身を立てている。
「誠に来た甲斐があった。さすがは魔弾の射手」
ようやくドラグリッター教官の本音を聞き、古い呼び名で彼を称揚すると、バヴサーガラは椅子から立ちあがった。
「佳き相棒を得た共心竜の覚醒。とくと拝見させてもらう」
ファルハートもまた起き上がると敬礼した。
敬礼を返すバヴサーガラの横に浮かび上がったトリクムーンは、謎めいた言葉を低く呟いた。
「その目覚めが良い方に転べば良し。かのツバレンの様になるなら、その時は……ボクらの出番か」
立ち去る客人の背後で、暖炉の薪が爆ぜた。
Illust:北熊
師匠ファルハートの住まいの隣、火口原を見下ろす縁にある小屋。
夜になるとあちこちの小噴火口に燃える燐光が、下の窪地から青白く湧きあがってくるために、視力に優れたドラグリッターや竜には照明など必要ない。大事な来客でもない限りは。
青年グライと竜アンドラは今、干し藁にごろんと横になっている。
「絶望の巫女バヴサーガラと精霊トリクムーン」「凄かったな、威圧感が。2人とも」
「かつて世界の半分を背負って戦った封焔軍団の将軍だって」「それがなんでこんなド田舎の山にいるんだよ」
「知らない。明日も見に来るそうだよ」「授業参観かよ」
「挨拶したけどたぶんいい人だよ」「竜駆ヶ原の鬼教官だぞ、あれは」
「じゃあちょうどいいね。空戦技、教えてもらおうよ」「オレたちが学校に馴染めるとは思えないけどな」
人と竜、2人の掛け合いは、まるで一人が思うことの表と裏をそのまま言葉にしたようだった。
アンドラは共心竜。
これと決めた人に寄り添い、話し相手となること。そしてその代わりに相手の生命力をもらうことで生きる特殊なドラゴンである。
特にアンドラは生まれてからずっと共にグライと暮らしてきたために、言動が人間にきわめて近くなっている。横臥してグライの方を向く姿勢までが、身を丸める竜のものではなく同年齢の人間のようだ。今はゆったりと肘枕までしている。
「明日うまく行ったら免状をもらって卒業だね」「といっても学校じゃないけどな、ここは」
「僕はファルハート先生にもっと教わりたい」「さっきバヴサーガラに教えてもらおうって言ってなかったか」
「それはそれ。だけど僕はここが好きだし」「朝から晩まで特訓続きの、硫黄臭い、狭っ苦しいここが?」
ここは崖の上に備えられた倉庫を居住用に改造したものだが、確かに人間の青年と成竜が共に暮らすには狭すぎた。
グライは家族を、尾根を下った麓にある冒火風の里に残し、少年の頃からこの竜騎士修行に打ち込んでいた。グライに課せられた訓練の厳しさを除けば、これ自体は尚武の国ドラゴンエンパイアでは珍しい境遇ではない。親が子に与えられる最高の贈り物とは優れた師匠であり、ほとんどの子供も物心つくと、家族の団らんと同じかそれ以上に、自分を鍛え高めてくれる鍛練の場を愛することになる。ちなみにその師匠ファルハートが住み、弟子たちとの食事などにも使われる家屋は元・山小屋である。
「竜が硫黄、苦手なんて知らなかった」「忘れたのか?オレは共心竜。外見は竜でも精霊なんだ。とっても繊細な生き物なんだぜ」
それが冗談である証拠に、二人はぷっと噴きだして笑った。こんな深夜に師匠が耳をそばだてない程には控えめに。
「ともかく僕はドラグリッターになる。冒火風のグライじゃなくてね」「あぁ、その意気だ」
「できるかな」「できるさ。お前とオレなら」
アンドラはそれだけ言うと、眠い!寝るぞ!と反対側を向きたちまち鼾をかき始めた。
グライはくすりと笑うと自分もまた反対側を向いて目を閉じ、すぐに睡りへと落ちた。
Illust:北熊
両手いっぱいの大きな卵が割れると炎が弾け、産声とともに幼体の赤竜が飛び出した。
不思議とその炎は熱く感じられることがなく、グライの手を焦がすことも無かった。
それは赤子が、力尽きる寸前だった為かもしれない。
冒火風の里を流れる小川のほとりで、グライは大きな卵を拾ったのだ。
それは手に取るなり孵化したのだが、生まれ出た赤竜はぐったりとして、ひと言口にするのが精一杯だった。
「心満たすものこそ……活きる力」
謎めいた言葉だった。
風景は淡い色彩。
これは夢だ。そして僕がまだ子供だった頃の記憶だ。
グライはそう悟りながらも、何度も見ているはずのこの光景と、生涯の友と初めて出会ったこの時の記憶に身を委ねた。
瀕死の幼竜を家に連れ帰ったグライだが、父母でもこの竜の正体は知らなかったので、村の古老に尋ねてみた。
すると、
「無垢なる竜の子。まだ幼きその炎は如何なる色に染まり得る」
冒火風の里の老賢者はそれだけを告げて、まるで何かを恐れるように速やかに立ち去った。この竜の国ドラゴンエンパイアにおいてさえ、何か古の言い伝えに触れる存在らしい。しかも古老の反応には、吉よりも禍事を示唆する気配が窺えた。
どうしたら竜を癒やし、回復させることができるかを知りたかったグライにとって、その助言はますます謎が深まるばかりだったが、それでも恵まれているとはいえない山間の里で、できる限りの食べ物と世話をすることになったのである。
結局、グライは衰弱は止めることはできなかった。
自宅の納屋を、この幼竜の住まいとしていたのだが、ある日とうとう途方に暮れて、ぐったりと横たわる竜にこう言葉をかけたのである。
「せっかく君と出会えたのに、僕は何もしてあげられなかった。せめて何か食べてくれたらと思ったんだけど……ごめんね」
すると竜は初めて、少年を認めてこう言ったのである。
「オレは食べ物で生きているんじゃない」
グライは竜が反応してくれたことに喜びながらも、疑問を口にせずにはいられなかった。
「じゃあ君は何なら食べてくれるの?」
「心だ」
「心?僕や人間の……思うこと?」
情動という言葉に辿り着くにはグライはまだ幼かったが、竜はその通りと弱々しく頷いた。
「オレたちは話すことで相手の生命力を少しもらう。だけどこれは本当に気が合う相手じゃないと意味がないのさ。……オレたちみたいな精霊が、ほとんどその姿を見られないのは、きっとこうして全てを知りながら、心満たす相手を見つけられずに消えていくからなんだろうな」
「君の話は難しいけど、その心満たせる“相手”っていうのは友だちってことかな」
また、そうだと竜は頷いた。
「いいよ。友だちになろう。ただその前にひとつ大事なことを教えてくれなきゃダメだ」
「なんだ」
「君の名前は?」
死に瀕した幼竜は恐らく最後の力を振り絞って笑った。
「アンドラ。オレは共心竜アンドラだ」
こうして二人は友だちになった。時には互いの種族さえ忘れてしまうほど深く、家族でさえも踏み込めないほどの強い絆。
そしてそれは互いが成長し、差し伸べ合う手が大きくなった今も変わることは無かった。
Illust:三越はるは
──翌朝。
ドラゴンテールの火口原は深い霧に包まれていた。
だが、崖の上に立つ青年グライと共心竜アンドラには迷いも恐れもない。
グライがほんの少年の頃からアンドラと共に、年のほとんどを過ごすことになった場所である。
天候、山の鳴動(火山活動)、まばらな草を揺らす風までが馴染み深く、彼ら2人の“味方”だ。濃霧などは独壇場といっていい。
「ドラグリッターとは人と竜が互いに身を委ねて戦う騎士。兵種であり役職名であり、そして尊称でもある」
師匠ファルハートの声が霧の中に響き渡った。
音が、窪地とカルデラの崖面に複雑に反射して、その発生元を特定できなくしていた。もちろん歴戦の勇士ファルハートとしては意図的なものである。
「今回の試練を乗り越えたら、約束通りお前たちにその呼び名を授けよう。皇都の帝国軍司令部と、観戦武官としてお招きしたバヴサーガラ教官からも同意をもらっている。第1軍『かげろう』に属することもなくこの称号を帯びることを許されるのは特例だ」
グライとアンドラはいいね。よしやるぞ、と拳を突き合わせた。
戦い、掴み取ることに迷いもためらいも無い。これが若さだ。
「ただし、いまからお前たちに課せられる試練もおのずと特例に相応しいものとなる。覚悟を決めろ!」
「いつでもどうぞ、お師匠様!」とグライ。
「あんまり待たされると眠くなっちまうぜ!」とアンドラ。
2人の対照的な言葉に反応は無かった。
すでに戦いは始まっているのだ。
霧の向こう、噴火口からメルトナックル・ゴレムが立ちあがった。
1体だけではない。
次々と姿を現したそれは8体を数えた。
メルトナックル・ゴレムはこの火口原に噴き上がる火山の力が生み出す溶岩巨人だ。攻撃性の強さから恐れられる存在だが、放置すれば自然と溶け落ちて岩に戻るし、そもそも近づかなければ害は無い。
ドラグリッター ファルハートが教官として訓練場を設計する際にこの火口原を選んだのは、無限に仮想敵が生み出される点がひとつ。さらに彼の天才をあらわすものとして、火山活動の周期を把握することでメルトナックル・ゴレムの出現数を予測し、生徒たちへの試練の難易度を自在に設定したことにある。
「メルトナックル・ゴレム8体ならばその堅牢さを破るには、帝国軍一個中隊でも難儀するだろうな」
上空から戦況を見下ろすトリクムーンが呟いた。
「ドラグリッターはエリート兵だ。単騎での撃破を課すのは無謀では無い。ベテランならばだが」
その横で腕組みをするバヴサーガラもまた浮いていた。封焔を率いるこの主従が自在に空を飛べるのはもちろんだが、戦術談義をしているのは意外と珍しい。言葉の多い2人ではないし、批評するよりも自身が戦っていることのほうが多いからだ。
「動くぞ」とトリクムーン。
「短期決戦か。よい決断だ。ファルハートの思惑通り、彼らの新しい一面が見られるだろう」
結果から言えば、すべてはバヴサーガラの言葉通りになった。
ザッ!
グライは右に、アンドラは左に動いた。
多数に少数で挑むには幾つかの方法がある。
ひとつは各個撃破。その時々に対する敵を絞って一つ一つ打ち破っていく方法。
だが今のグライとアンドラにこの選択肢はなかった。
敵側の防御力が高すぎるからだ。各個撃破の前提は「集団の強さを、こちらと同等になるまで分散させ弱体化させる」ということにある。個々でも打ち砕くのが難しい相手には有効な手ではない。ではどうするのか。
もう一つの方法が遊撃。幸い視界の悪さはこちらに味方してくれている。
すなわち──。
グライは大地を駆けながら、両刃の薙刀で右側に陣取る2体のゴレムを、すれ違いざまに斬った。
斬ったというよりも殴ったというべきか。グライの刃は岩の表面を少し剥ぎ取っただけ。もとより溶岩巨人相手に撫で斬りは期待していない。そしてこの攻撃にはある工夫もしてあった。グライは外側から巨人たちが待つ陣形の中央へと走り込んだのだ。
グォォ──!
巨人たちの叫びは左からもあがっていた。
こちらはアンドラがその鉤爪で3体のゴレムを襲っていた。
竜の爪は人間よりもはるかに強い打撃を溶岩巨人に与え、ゴレムたちを怒り狂わせていた。そしてそのアンドラもまた敵陣形の中央へと切り込んでゆく。
2人の後を追うメルトナックル・ゴレム8体が中央に集結する。
上空から見ると、それはまるで人と竜2つが糸を引いたかのようなスムーズな戦術機動。そう、これは誘いだった。
「巧い」トリクムーンは呟いた。
ザザッ!
グライとアンドラは互いに手を差し伸べて、それを支えに回り込むように転じて、迫りくる溶岩巨人の群れに向き直った。
容易に砕けない無機質の兵士。それも8体が一直線に並んでいる。
絶体絶命。
いいや、まさにこの時こそが2人が待ち望んでいた瞬間だった。
勝ちたい!
いや僕らは必ず打ち克つ!
グライは強く願い、アンドラはその人間の心に自らの心身の全てを委ねた。
竜魂共鳴。
熱く燃える魂を、今こそ一つに!
「行くよアンドラ!人竜一体!」「おう!」
炎が爆発し、深い霧を吹き飛ばした。
そしてそれが出現した。
だがいったい誰がそれを教えたのだろう。そうなることを。
噴煙が吹き上がる大地には人と竜のどちらでもなく、また人であり竜でもある存在が立っていた。
人間グライの顔、直立する竜の身体と尾。右腕は鉤爪。左手にはグライのものに似た輝く薙刀が握られていた。
何よりも戦いを生業とするものや、霊的な力を観測できるものならば驚愕しただろう。
それは単なる合体1+1=2ではなかった。
数字では表せぬ力、無限に通じるエネルギー、確かな運命力を帯びた存在だったのだ。
「仁竜融騎 グライアンドラ」
上空のバヴサーガラは満足げに頷くと、踵を返した。
「見ていかないのか」
「もう結果はわかっている」
「……なるほど。君が正しい。いつもながら、バヴサーガラ」
トリクムーンは頷いた。
その眼下ではこの上空までも揺るがせる雄叫びが上がっていた。
突進を止めた溶岩巨人同様、この後起こる事は文字通り、火を見るより明らかだった。
Illust:北熊
オォォォォ!
竜の雄叫びが人間の口が発せられた。
恐れを知らぬはずの溶岩巨人たちが、足を止めている。
続く戦闘は結果だけを見れば、あっけないものだった。
「退け!」
伸ばした鉤爪の右手が、戦闘にいた無抵抗のメルトナックル・ゴレムを上半身ごと弾き飛ばした。
「避けねば切り払い!」
左手の薙刀はその長いリーチで2体目の頭部を、くるりと回転させた返す刀で3体目を唐竹割りにした。
4、5、6体目はその武器さえ使わなかった。
正面蹴り、肩で体当たり、最後には腕を挟み合わせただけで全て細かい瓦礫となって散った。
「砕け散る!」
それでも7、8体目は闘志を見せた。
ドラゴンテール火山帯にもし意思や意地があったとしたなら、新種ともいえる存在が暴れ放題、やられ放しはやはり業服なのだろう。
「……」
グライアンドラもまたここ数秒で見せた猛烈な破壊を、止めていた。
膝立ちの姿勢で待つ。
それを停滞と見たか、溶岩巨人たちは勢い込んで腕を振り上げ、突進してきた。
「我が前に立ちはだかる者、滅すべし!」
炎の剣筋が二閃。
並んだメルトナックル・ゴレムは、瞬時に二度薙ぎ払われて胴体を輪切りにされた。
砕け散る溶岩巨人。
戦闘終了。
それは無機質相手でなければ酸鼻を極めるものだったかもしれない。
だが青年と竜に残虐の意図はなかった。
あまりにも強すぎただけである。
深く息をつくグライとアンドラには、もう硫黄の毒気に害されることは無いようだった。
「見事。炎刃のドラグリッター グライ」
岩陰から現れた師匠ファルハートがひと声発すると、人竜一体を解いたグライとアンドラは抱き合い、肩を叩き合って歓声をあげた。
上空、封焔の2人はすでに山脈を越えていた。
「ツバレンのこと、話してやればよかったのではないか」
「知らぬほうが良いこともある」
「そうだな。それにいつかまた会うこともあるだろう。あの青年と共心竜には」
「それは予言か」とバヴサーガラ。
「いいや。だが君もわかっているはずだ。そのためにファルハートに任せたのだろう」
「……」
「仁竜融騎グライアンドラ。いい名だ」
トリクムーンも肩をすくめると踵を返し、西へ飛ぶ封焔の巫女の隣に追いついた。
だがバヴサーガラの顔はただ未来へと向けられ、主従であり心友でもあり彼女の半身リノリリを造りあげた絶望の精霊トリクムーンでもいまの彼女の感情を窺うことはできなかった。
了
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《今回の一口用語メモ》
共心竜
他者の心に寄り添い、その話し相手となる代わりに、相手の生命力の一部を分けてもらって生きる、共生生物。それが共心竜だ。
竜と呼ばれ、実際に身体は竜のものだが、その始まりは精霊だとされる。
この精霊起源のドラゴン「共心竜」は、惑星クレイの長い歴史においても極めて報告例が少ない種族である。 そして共心竜についてのエピソードはその性質から、単体で語られることは無い。
しかも、新聖紀にドラゴンエンパイア北極圏で発見された固体(いくつかの証言からその誕生は聖竜紀と推測される)と人間との関わりは、天輪聖紀の今、口に上らせるのもためらわれる程の悲劇と恐怖として語り継がれている。
共心竜アンドラは天輪聖紀になって誕生、発見されたドラゴンだ。
同じくドラゴンテール山脈の冒火風の里に生まれた人間、グライと共に育ち、互いに魂の絆を結ぶことになった。つまり現在、共心竜アンドラも青年グライとほぼ同じ年齢(孵化から考えるとアンドラの方が少し年下)ということになる。
共心竜のもう一つの特徴が「肉体は精神の表れに過ぎない」という事だ。この不可思議な特性は共心竜の研究を困難なものとしている理由でもある。
共心竜アンドラの場合、まるで人間グライの成長に合わせるように幼体を超えて、成体の竜となっている。
これは普通の竜が成体となるまでにかかる時間よりもはるかに短い時間であり、これは「グライに追いつきたい」という心の状態が竜アンドラの肉体を変えたものだと考えられる。
そして2人が互いに思い合う気持ちが力となり、炎の中から仁竜融騎グライアンドラとして顕現したのだ。
なお上記については、封焔の巫女バヴサーガラから情報提供されたものである。
不老不死のバヴサーガラは、その精神が記憶していたある事情から、共心竜アンドラ(と人間グライ)を注意深く見守ってきたのだという。私の庵を訪ねてきてくれた際には詳細までは教えてくれなかったが、どうやらそれはドラゴンエンパイア北極圏ツバレン島で古に起こった事件とその証人から、教訓と同じ悲劇を起こさないことをバヴサーガラが固く心に誓っているという事のようだ。
私、動物学者ザカットとしても、人と竜が一体化することで強い力を得ること、互いを思う気持ちがこの顕現を生み出すこと、また今後の共心竜と他種族との関わりについても非常に興味を引かれている。データの保守保全に努め、グライ、アンドラの成長を遠く、このレティア大渓谷から見詰め続けていきたいと思う。
動物学者/大渓谷の探究家C・K・ザカット 拝
竜を駆る者と封焔の巫女バヴサーガラ、竜騎士を養成する竜駆ヶ原兵学校については
→ユニットストーリー098「ドラグリッター ラティーファ」を参照のこと。
ドラゴンエンパイア第1軍『かげろう』として西部方面軍と傭兵「砂塵の銃士」との共働補給輸送任務の護衛にあたるドラグリッターについては
→ユニットストーリー147「ドラグリッター ディルガーム」を参照のこと。
地図上に見える「光の宝具洞窟出口」については、一方通行であり既に閉鎖されてはいるが
→『The Elderly ~伝説との邂逅~』第4話 死せる修道僧の庵
を参照のこと。
バヴサーガラがコーヒーを好むことについては
→ユニットストーリー133「夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ」および
ユニットストーリー091「業魔宝竜 ドラジュエルド・マスクス」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡